新名 優花(にいな ゆうか、2004年10月20日 - )は… 新名 優花(にいな ゆうか、2004年10月20日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 宮崎県児湯郡新富町出身。 宮崎県立都城商業高等学校2年生時の2022年には一学年上の甲斐理香菜とともに第74回春高バレーに出場し、3年生ではキャプテンとしてインターハイに出場。 2023年1月、V.LEAGUE DIVISION1の岡山シーガルズ入団内定が発表された。 2024年11月16日、2024-25シーズン第6節のSAGA久光スプリングス戦がリーグ戦初のベンチ入りとなり、同日にリベロとして出場しSVリーグデビューを果たした。
甲斐 優斗(かい まさと、2003年9月25日 - )は、日… 甲斐 優斗(かい まさと、2003年9月25日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。同じくバレーボール選手の甲斐孝太郎は兄である。 宮崎県延岡市出身。小学2年生から父が監督を務めた延岡南バレーボールクラブでバレーボールを始めた(2歳上の兄・孝太郎もバレーボールを始めていた)。 2019年、孝太郎が通う宮崎県立日南振徳高等学校に進学。高校時代は全日本高等学校選手権大会(春高バレー)で活躍を見せた。 2022年、同じく孝太郎が通う専修大学に進学。同年、日本代表登録メンバーに選出された。 2023年、日本代表として中国代表との親善試合に出場し、サーブとスパイクで活躍を見せた。その後、ネーションズリーグの名古屋ラウンド(第1週)の日本代表登録選手14人に選出され、初戦のイラン戦で出場を果たした。
甲斐 理香菜(かい りかな、2003年9月4日 - )は、日… 甲斐 理香菜(かい りかな、2003年9月4日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 宮崎県延岡市出身。姉の影響で9歳の頃からバレーボールを始める。 都城商業高等学校を経て、2021/22シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属する岡山シーガルズの内定選手となった。 2022年、高校卒業後に、岡山シーガルズに入団した。入団1シーズン目となる2022/23シーズンにV1女子の試合に出場し、Vリーグデビューを果たした。 姉の甲斐由美夏は2021/22の1シーズンPFUブルーキャッツに所属した。
長友 真由(ながとも まゆ、2001年10月1日 - )は、… 長友 真由(ながとも まゆ、2001年10月1日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 延岡学園高等学校を経て、東海大学体育学部競技スポーツ学科に進学。 大学2年まではオポジットであったが、大学3年でミドルブロッカーに転向。直後の第70回黒鷲旗ではベスト4進出に貢献した。しかしその後の春季リーグで負傷し、1年以上実戦から離れた。4年生では選手兼学生コーチを務め、秋季リーグで試合復帰となった。 2023年12月、PFUブルーキャッツ石川かほくの内定選手になる。2024年4月、同チームに正式入団。 2024年10月13日、2024-25シーズンのSV.LEAGUEで、リーグ初出場を果たした。
ムヤカバング・フランシス(Muya Kabangu Fran… ムヤカバング・フランシス(Muya Kabangu Francis、2001年4月30日 - )は、コンゴ民主共和国の男子バレーボール選手、バスケットボール選手。 キンシャサ出身。中学時代にバスケットボールとバレーボールを経験し、15歳で延岡学園高等学校にバスケットボール選手として留学。 2年生時の2018年6月、自身と交代でコートに立った後輩留学生による審判員暴行事件が発生。インターハイ出場辞退、監督交代を経て第71回全国高等学校バスケットボール選手権大会に出場した。 3年生時に出場した第72回全国高等学校バスケットボール選手権大会でベスト8を経験した。 2020年に近畿大学に進学し、バスケットボール部に所属する一方で、バレーボール経験者であることからバレーボール部監督の光山秀行によるスカウトを受けバレーボール部にも入部、二刀流選手として注目を受けた。
横山 真奈(よこやま まな、2000年12月12日 - )は… 横山 真奈(よこやま まな、2000年12月12日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 宮崎県宮崎市出身。姉の試合を観たのがきっかけで小学4年生からバレーボールを始めた。 2015年、第29回JOC全国都道府県対抗中学バレーボール大会に出場し、優秀選手賞を受賞した。宮崎日本大学高等学校を経て、2019年、鹿屋体育大学に進学。九州大学リーグ戦は、春季・秋季とも4年間優勝。2019年秋季に新人賞を受賞。2022年には、春季・秋季両方でスパイク賞、ブロック賞、ベストスコアラー賞を受賞した(春季は猛打賞も受賞)。また、2020年には、全日本大学選手権大会(全日本インカレ)で優勝し、MIP賞、スパイク賞、サーブ賞を受賞した。
東 美奈(ひがし みな、2000年3月4日 - )は、日本の… 東 美奈(ひがし みな、2000年3月4日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 宮崎県都城市出身。母の影響で小学1年生からバレーボールを始める。 宮崎日本大学高等学校を経て、2018年、鹿屋体育大学に進学。2018年と2019年、西日本インカレで連覇。2020年、全日本インカレで優勝に貢献し、自身もセッター賞を受賞した。 2021/22シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属するJTマーヴェラスの内定選手となった。 2022年、大学卒業後に、JTマーヴェラスに入団した。入団1シーズン目となる2022/23シーズン、2022年10月29日に開催されたV1の開幕戦(デンソーエアリービーズ戦)に第3セットから途中出場し、Vリーグデビューを果たした(試合は逆転勝ち)。
中島 咲愛(なかじま さえ、1999年6月18日 - )は、… 中島 咲愛(なかじま さえ、1999年6月18日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 宮崎県宮崎市出身。姉の影響で小学1年生からバレーボールを始める。 宮崎日本大学高等学校を経て、鹿屋体育大学に進学。2020年、全日本インカレで優勝に貢献し、自身もレシーブ賞を受賞した。 2021/22シーズン、V.LEAGUE DIVISION1 WOMEN(V1女子)に所属する久光スプリングスの内定選手となった。 2022年、大学卒業後に、久光スプリングスに入団した。2022/23シーズンの2022年11月5日、V1女子の岡山シーガルズ戦に第4セットから出場し、Vリーグデビューを果たす。セットカウント1-2でリードされている展開からの出場で、そこからの逆転勝ちに貢献した。
田口 絢佳(たぐち あやか、1998年11月11日 - )は… 田口 絢佳(たぐち あやか、1998年11月11日 - )は、日本の女子バレーボール選手。 宮崎県国富町出身。4人兄妹の長女(兄が3人いる)。8歳のとき、母がバレーボールをやっていた影響で自身もバレーボールを始めた。 2017年、岡山シーガルズへ入団。 V.LEAGUEの個人成績は下記の通り(交流戦・プレーオフを含む)。
浮島 杏加子(うきしま あかね、1996年6月10日 - )… 浮島 杏加子(うきしま あかね、1996年6月10日 - )は、日本の女子バレーボール選手である。 宮崎県延岡市出身。3人姉妹の長女。母の影響で小学3年生のころにバレーボールを始める。 延岡学園高等学校に進学し、1年生のころからエースとして活躍。春高をはじめとした全国大会に出場。 2013年2月、ジュニアオールスタードリームマッチに出場。 2015年1月29日、久光スプリングスへの入団内定が発表された。同期入団は兒玉仁美、金森晴香。 2017年5月9〜14日に渡りグリーンアリーナ神戸で開催されたFIVB世界クラブ女子選手権2017に日本代表として出場。 2017年バレーボール女子アジアクラブ選手権に久光が日本代表として出場。
坂口 佳穗(さかぐち かほ、1996年3月25日 - )は、… 坂口 佳穗(さかぐち かほ、1996年3月25日 - )は、日本の元ビーチバレー選手、タレント。セント・フォース所属。 武蔵野大学法学部政治学科卒、川崎ビーチスポーツクラブアカデミー生。「新ビーチの妖精」ともいわれる。 宮崎県串間市出身。バレーボールクラブ監督であった実父の影響で、小学1年時からバレーボールを始める。小学校卒業後は東京へ転居。中学校でもバレー部に所属し9年間バレーを経験する。母親の薦めで中学2年生から高校2年生まで芸能活動をする。高校ではバレーボールを離れダンス部に入部した。タレント活動としては、『BSブランチ』での「BSブランチガール」としての活動などがある。高校3年時に実父と知り合いであった瀬戸山正二に随行し観戦したビーチバレーに魅せられ、バレーボール熱が再燃した。
山形 理沙子(やまがた りさこ、1995年7月4日 - )は… 山形 理沙子(やまがた りさこ、1995年7月4日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 宮崎県東臼杵郡門川町出身。小学1年生のとき、母と姉の影響でバレーボールを始めた。 延岡学園高等学校在籍時は、1年生の頃からスターティングメンバーとして出場し、3年生時にはキャプテンを務めていた。 2017年11月20日、トヨタ車体クインシーズ公式サイトにて、山形の入団内定が発表された。同期入団は杉郁香、藪田美穂子ら。 2021年7月26日、トヨタ車体クインシーズの副キャプテンに就任。同時に背番号が「20」から「6」へ変更された。2021/22シーズンは途中よりリベロとして試合出場し勝利に貢献した。 2023年、2022-23シーズン終了をもって現役を引退した。
今村 貴彦(いまむら たかひこ、1993年5月20日 - )… 今村 貴彦(いまむら たかひこ、1993年5月20日 - )は、日本の男子インドアバレーボール選手、ビーチバレーボール選手。 小学校3年生の時に友人に誘われバレーボールを始める。 中学時代、県選抜チームの一員として全国都道府県対抗中学生大会に出場。2008年には、オリンピック有望選手として個人賞を受賞。 日向学院高校時代は、主力として活躍し、3年夏のインターハイに出場した他、2010年、アジアユース選手権で代表入りした。2011年、日本高校選抜メンバー。 中央大学進学後の2012年にはアジアジュニア選手権に出場。2014年、全日本インカレ優勝。U-21の代表メンバーとして世界ジュニア選手権に派遣。
久保田 雅人(くぼた まさと、1992年8月7日 - )は、… 久保田 雅人(くぼた まさと、1992年8月7日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 宮崎県都城市出身。親に勧められて小学4年生からバレーボールを始める。 都城工業高等学校、法政大学を経て、2014/15シーズン、V・チャレンジリーグ(当時のVリーグ2部リーグ)に所属する大同特殊鋼レッドスターの内定選手となった。内定選手としてV・チャレンジリーグの試合に出場しVリーグデビューも果たした。 2015年、大学卒業後に、大同特殊鋼レッドスターに入団した。2016年、大同特殊鋼レッドスターの主将に就任した。2017年3月26日、V・チャレンジリーグI・IIオールスターゲームに出場。2019年4月21日、V.LEAGUEオールスターゲームに出場。
長友 優磨(ながとも ゆうま、1991年12月22日 - )… 長友 優磨(ながとも ゆうま、1991年12月22日 - )は、日本の男子プロバレーボール選手である。 宮崎県三股町出身。8歳の頃、ラーメン食べながらバレーボールを見て夢中になったのをきっかけにバレーボールを始める。 宮崎県立都城工業高等学校、専修大学を経て、2014年、FC東京に入団。 2016/17シーズンよりチームの主将を務める。 2019年9月、練習にてブロックの着地に失敗し、重傷を負う。左腓骨骨幹部骨折、左足関節開放脱臼、左脛腓間靭帯断裂、左三角靭帯断裂と診断され、全治12ヶ月の離脱となった。 2020-21シーズン、1年間の離脱から復帰した。 2021-22シーズン、5シーズン務めた主将を栗山英之に託し副将に就任。
李 博(り はく、LEE Haku、1990年12月27日 … 李 博(り はく、LEE Haku、1990年12月27日 - )は、日本のバレーボール選手。バレーボール日本代表。 宮崎県宮崎市出身。小学4年生のときに母に勧められてバレーボールを始める。 日向学院高等学校在学中、春の高校バレーやインターハイの選手として活躍、そして筑波大学に入学。大学在学中にインターン選手としてつくばユナイテッドSun GAIAでプレーし、卒業後に東レアローズへ入団。 2017年にオーストラリアで行われたバレーボール世界選手権アジア予選メンバーとして活躍、本戦出場を獲得した。 2021年東京オリンピックメンバーに選出され、7月24日のベネズエラ戦でオリンピック初出場した。 2022年10月7日、体調を崩したため、しばらくの間休養すると東レアローズより発表された。
浜崎 勇矢(はまさき ゆうや、1987年11月30日 - )… 浜崎 勇矢(はまさき ゆうや、1987年11月30日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。バレーボール指導者。 大宮中学1年からバレーボールを始める。宮崎工業高校を卒業後、2006年に、V・プレミアリーグ(当時の1部リーグ)に在籍する豊田合成トレフェルサへ入団。2009年に、同じくV・プレミアリーグに在籍する大分三好ヴァイセアドラーへ移籍した。 2013年5月、大分三好を退団し、同年9月にV・チャレンジリーグ(当時の2部リーグ)に在籍するつくばユナイテッドSun GAIAに移籍した。2015年5月を以てつくばユナイテッドSun GAIAを退団し、2015年6月、大分三好ヴァイセアドラー(当時V・チャレンジリーグ所属)に復帰した。
大竹 貴久(おおたけ たかひさ、1984年6月12日 - )… 大竹 貴久(おおたけ たかひさ、1984年6月12日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 宮崎県延岡市出身。星翔高校を経て、大阪産業大学でプレー。 2006/07シーズンにパナソニックパンサーズの内定選手になる。2007年のユニバーシアードに出場。 2009/10V・プレミアリーグでは出場機会が増え、チームの勝利に貢献した。2012年5月の第61回黒鷲旗大会ではチーム優勝に貢献し、ベスト6に輝いた。 2013年4月、全日本男子メンバーに選出された。 2016年5月、黒鷲旗大会をもって現役引退。引退後は社業に専念。
興梠 亮(こうろぎ りょう、1983年8月14日 - )は、… 興梠 亮(こうろぎ りょう、1983年8月14日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者である。 宮崎県西臼杵郡高千穂町出身。中1の頃、家族の影響を受けてバレーボールを始める。 宮崎県立高千穂高等学校、愛知学院大学を経て、2006年、V・チャレンジリーグ(当時のVリーグ2部)に所属していたジェイテクトSTINGSに入団。 2014年にチームがV・プレミアリーグ(当時のVリーグ1部)に昇格。 2018-19シーズン、2019年1月13日の豊田合成トレフェルサ(現・ウルフドッグス名古屋)戦でVリーグ通算230試合出場達成となったため、Vリーグ栄誉賞を受賞した。 2019-20シーズンになると、後輩の本間隆太のリベロとしての出場機会が増え、興梠の出場機会が少なくなる。
久保 雅(くぼ みやび、1982年11月23日 - )は、日… 久保 雅(くぼ みやび、1982年11月23日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 宮崎県都城市出身。2001年、JTマーヴェラス入団。入団直後から度々故障に悩まされるも、悪い流れを断ち切るスーパーサブや、ムードメーカーとしても非常に重宝されている。劣勢時の途中出場や、ワンポイントでの起用で結果を度々残している。 第10回Vリーグ、2004年1月18日福岡大会・NECレッドロケッツ戦、同年1月24日海老名大会・シーガルズ戦において途中出場から結果を残し、翌日25日日立佐和リヴァーレ戦にて初スタメンを勝ち取ると、このシーズン終了までスタメンとして定着する。 第11回Vリーグでは、高木理江の成長により、出場機会に恵まれなかった。
中尾 巴美(なかお ともみ、1981年11月27日 - )は… 中尾 巴美(なかお ともみ、1981年11月27日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 宮崎県都城市出身。小学校5年生よりバレーボールを始める。都城西中時代に宮崎県選抜に選ばれる。延岡学園高校を経て、第一幼児教育短大では同期の有田佳織らと共にインカレ準優勝を経験した。 2002年、上尾メディックスに入部。主将としてチームを牽引し、2008年、2007-08チャレンジリーグにおいて日本人トップのアタック決定率46.9%を記録した。同年9月、第1回アジアカップ女子大会の全日本代表メンバー に選出された。 2009年7月、現役引退。
興梠 龍司(こうろぎ りゅうじ、1980年8月20日 - )… 興梠 龍司(こうろぎ りゅうじ、1980年8月20日 - )は、日本の元男子バレーボール選手、指導者。 宮崎県西臼杵郡高千穂町出身。高千穂高校を経て、福岡大学を卒業。2006年にVプレミアリーグの大分三好ヴァイセアドラーに加入した。大分三好のリベロだった井上裕介が堺ブレイザーズへ移籍した2008年からレギュラーのリベロになった。チームでは副キャプテンを務めた。2012年シーズンから現役を引退し、大分三好のコーチ専任となった。2014年、2013/14シーズン終了をもってコーチを退任した。 2024年現在は都城高等学校で教員として勤務し、女子バレーボール部顧問を務める。 この項目は、バレーボール関係者に関連した書きかけの項目です。
井村 仁美(いむら ひとみ、1979年5月14日 - )は、… 井村 仁美(いむら ひとみ、1979年5月14日 - )は、日本の元女子バレーボール選手、指導者。 宮崎県延岡市出身。小学2年よりバレーボールを始める。宮崎日大高校在学時にはインターハイや春高バレーなどを経験。 鹿屋体育大学在学中には、全日本インカレ2年連続準優勝に貢献し、自らもレシーブ賞を獲得した。2001年、Vリーグ武富士バンブーの内定選手となる。 2003年、第9回Vリーグにおいて新人賞に輝いた。また2004年から2006年にかけてチーム主将を務めた。2007年、現役引退。 2014年5月、デンソーエアリービーズのコーチに就任。 2016年10月、デンソーエアリービーズで選手兼コーチとして9年ぶりの現役復帰を発表した。
甲斐 祐之(かい ひろゆき、1978年7月17日 - )は、… 甲斐 祐之(かい ひろゆき、1978年7月17日 - )は、日本の元男子バレーボール選手。 宮崎県宮崎市出身。母・(旧姓)脇田代喜美は世界選手権で銀メダルを獲得し、モントリオールオリンピックに出場した元ユニチカのバスケットボール選手。父も弟もバレーボール選手。 宮崎市立高岡中学校入学後、母の影響もあり当初はバスケットをやるつもりだったが、バレー部の先生に誘われてバレーボールを始める。中学3年時にさわやか杯宮崎県選抜に選ばれている。高校は地元バレーの強豪・宮崎県立宮崎工業高等学校へ進学、1年からレギュラーに抜擢され、全日本ユースやジュニアに選ばれている。 1997年、筑波大学へ進学。 2000年に新日鐵(現堺ブレイザーズ)に入部。
船崎 恵視(ふなさき めぐみ、現姓:安田、1977年8月14… 船崎 恵視(ふなさき めぐみ、現姓:安田、1977年8月14日 - )は、日本の元女子バレーボール選手、現指導者。 宮崎県宮崎市出身。友人に誘われて小学5年よりバレーボールを始める。走ることが大好きだったので、中学では陸上部を選択したが、バレーボールへの思いが強くなり、少しでも役立つとの思いからハイジャンプの練習に集中した。高校は県内バレー強豪校の宮崎日大高校へ進学する。セッターとして出場した1年生大会で優勝し、3年次にも宮崎代表となった。 香蘭女子短期大学卒業後、V1リーグの武田薬品に入部したが、3年後に廃部。JTマーヴェラスを経て茂原アルカスに入部するも後に廃部となり、2006年、Vプレミアリーグに昇格したばかりのトヨタ車体クインシーズに入部した。
谷口 雅美(たにぐち まさみ、1976年9月17日 - )は… 谷口 雅美(たにぐち まさみ、1976年9月17日 - )は、日本の元女子バレーボール選手、スタッフ。 宮崎県宮崎市出身。小学校4年生からバレーボールを始める。宮崎日大高校を経て1995年、小田急ジュノー入団。1999年小田急休部に伴い日立ベルフィーユに移籍するが、2001年日立廃部に伴いJTマーヴェラスへ移籍。第5回V1リーグから第12回Vリーグまで主将を務めた。 強烈なジャンプサーブと高さのあるスパイクを武器に、2006-07Vプレミアリーグにおいて、日本人最多得点を挙げる活躍でチーム初のリーグ準優勝に貢献。ベスト6を受賞した。その後も国内では得点を量産する活躍で、第57回黒鷲旗大会で敢闘賞を受賞、同大会から3大会連続でベスト6賞を獲得した。
江口 理代(えぐち まさよ、1976年2月5日 - )は、日… 江口 理代(えぐち まさよ、1976年2月5日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。 宮崎県宮崎市出身。中学校1年生からバレーを始め、宮崎日大高校から鹿屋体育大学を経て、鳥栖久光に所属するまでは高校の教員をしていた。久光製薬スプリングスではチーム屈指のマルチプレーヤーとして第8回Vリーグ優勝に貢献。2004年久光退団後、故郷宮崎県で会社勤めをしていたが、2005年当時の監督アリー・セリンジャーに請われてパイオニアレッドウィングスで現役復帰し、同年の第12回Vリーグ優勝に貢献した。 2006年、全日本代表候補に選出されたが、膝の故障を理由に辞退している[リンク切れ]。 2008年5月、パイオニアを退団し、現役引退した。
津曲 勝利(つまがり かつとし、1975年11月2日 - )… 津曲 勝利(つまがり かつとし、1975年11月2日 - )は、日本の元バレーボール選手、現指導者。 宮崎県串間市出身。本人の希望で福島小学3年よりバレーボールを始める。 鹿屋体育大学卒業後、一時期准看護師を志しながら病院に勤務し、その傍ら、病院のバレーボールチームである三好循環器科EKGに在籍していたが、当時からレシーブが上手く、噂を聞きつけたサントリーサンバーズの関係者にその実力を見込まれ、リベロとしてサントリーに移籍することになった。 1999年8月19日の全日本親善試合で試合中にチームメイトとの激突で転倒し、右肘下じん帯を損傷し入院した。 2001年全日本代表入り。2008年、オリンピック最終予選および16年ぶりの出場となる北京オリンピックで活躍した。
黒葛原 淳一(つづらばら じゅんいち、1961年2月26日 … 黒葛原 淳一(つづらばら じゅんいち、1961年2月26日 - )は、日本の元バレーボール選手である。 1961年2月26日、宮崎県北諸県郡三股町出身。 両親がバレーボール経験者であり、自身も小学校6年生次に松平康隆監督率いる男子バレーボール日本代表がミュンヘンオリンピックで優勝した際にTBS系列で放送されたテレビ番組『ミュンヘンへの道』に感動してバレーボールを始めた。 宮崎県立都城工業高等学校を経て日本体育大学へ進学。バレーボール部でプレイする一方で『バレーボールは大学で引退して、故郷(宮崎)で中学校教師になるつもりでいた』ところに、日本バレーボールリーグの名門である日本鋼管からスカウトされ、1983年4月に入社。
内瀬戸 真実 は、日本の女子バレーボール選手。
本田 つばさ は、日本の元女子バレーボール選手である。
矢野 美子 は、日本の元女子バレーボール選手。
松浦 麻琴 は、日本の元女子バレーボール選手、指導者。