YURA(ユーラ、2003年8月18日 - )は、日本の男性… YURA(ユーラ、2003年8月18日 - )は、日本の男性キックボクサー。ダイアタイガージム(正道会館宮崎)所属。初代BreakingDownフェザー級王者。本名、甲野 裕頼。宮崎県宮崎市出身。 日本人の父とロシア人の母との間に生まれる。小学校2年生時からフルコンタクト空手を始め、小学5年生時(2014年)には、「第7回正道ジュニアフェス(全日本選手権)」で優勝している。正道会館の宮崎県本部で空手を習い、中学2年生時にキックボクサーに転向。宮崎日本大学高校、宮崎情報ビジネス専門学校健康スポーツトレーナーコース出身。 2023年5月、高校の先輩である安井飛馬に推薦され、『BreakingDown8』でBreakingDownに初出場。
寺田 匠(てらだ たくみ、2000年12月26日 - )は、… 寺田 匠(てらだ たくみ、2000年12月26日 - )は、日本の男性キックボクサー。宮崎県小林市出身。team VASILEUS所属。第6代K-1 WORLD GPフェザー級王者。 実家が格闘技道場を営んでいた影響で、幼少期から様々な格闘技を学ぶ。2019年に格闘リアリティ番組「格闘代理戦争 K-1 FINAL WAR」にTEAM武尊の一員として出場し、これを機に上京している。 2020年4月4日、KHAOS.10にて、内田道隆を3-0の判定で下しプロデビュー。その後は連勝を重ね、6戦全勝の戦績を築く。 2023年6月16日、Krush.150にて、第5代Krushフェザー級王者の新美貴士と対戦。
湯場 海樹(ゆば かいき、1998年12月11日 - )は、… 湯場 海樹(ゆば かいき、1998年12月11日 - )は、日本のプロボクサー。宮崎県都城市出身。第3代日本ライト級ユース王者。YUVAXボクシングジム所属。かつてはワタナベボクシングジム、都城レオスポーツボクシングジムに所属していた。 父は元日本5階級制覇王者湯場忠志。 ボクシングは中学3年生から始めた。日章学園高校卒業。 2017年2月28日、プロデビュー戦をTKO勝利。 2018年2月26日、後楽園ホールで日本ライト級ユース王者富岡樹と日本ユース同級タイトルマッチを行い、2回負傷引き分けで日本ユース王座獲得に失敗。 2020年1月28日、後楽園ホールで日本ライト級ユース王者富岡樹の王座返上に伴い竹中関汰と日本同級ユース王座決定戦を行い、4回1分51秒TKO勝ちで王座獲得に成功した。
齋藤 麗王(さいとう れお、1998年4月23日 - )は、… 齋藤 麗王(さいとう れお、1998年4月23日 - )は、日本のプロボクサー。宮崎県日南市出身。帝拳ボクシングジム所属。元WBOアジア太平洋スーパーフェザー級王者。 最初は空手をやっていたが、学生時代ボクシングで国体出場経験のある父親の影響で中学校からボクシングを始めた。日章学園高校で高校6冠を達成。 日章学園高校卒業後、東京農業大学に進学。なお東京農業大学時代、ボクシング部主将を務めた。 2016年11月、ロシアのサンクトペテルブルクで行われた世界ユース選手権のライト級(60kg)に出場し、準々決勝で敗れた。 2021年2月5日のプロテストで同門増田陸と共にB級合格。 2022年7月2日、後楽園ホールでのプロデビュー戦は初回KO勝ち。
島田 知佳(しまだ はるか、1996年10月21日 - )は… 島田 知佳(しまだ はるか、1996年10月21日 - )は、日本の女性キックボクサー。team VASILEUS所属。第3代RISE QUEENアトム級王者。宮崎県宮崎市出身。 6歳から伝統派空手を学び、18歳から航空自衛隊の横田基地に所属。自衛隊体育学校で空手の訓練が開始したことをきっかけに再び空手を学ぶ。横田基地の近くにあるGRES 8Mile GYMでフィットネスとしてキックボクシングを始め、キックボクシングに熱中してアマチュア大会に出場するようになる。 自衛隊を退職し、2024年7月26日にRISEが開催した『RISE 180』でプロデビュー。RISEからデビューした理由としてRISEのアトム級で活躍していた宮﨑小雪の影響を挙げ、宮崎との対戦を目標とした。
別府 優樹(べっぷ ゆうき、1991年4月8日 - )(身長… 別府 優樹(べっぷ ゆうき、1991年4月8日 - )(身長170cm)は、日本のプロボクサー。宮崎県都城市出身。久留米櫛間&別府優樹ボクシングジム所属。元WBOアジア太平洋ウェルター級王者。愛称は「九州のタイソン」。 都城東高校でボクシングを始めて2012年、久留米櫛間ボクシングジムに入門。 2012年10月21日のプロデビュー戦はKO勝利。 2014年ウェルター級新人王西軍代表として、東軍代表松永宏信を相手に2回32秒KO勝ちで全日本新人王とMVPを獲得。 その後6連勝して2017年1月13日に後楽園ホールで行われた「ダイナミックヤングファイト」のメインイベントで日本スーパーウェルター級8位のチャールズ・ベラミーとウェルター級8回戦を行い、8回1-1(74-78、77-76、76-76)引き分けで15連続KOの日本タイ記録に並べず。
永田 大士(ながた だいし、1990年1月12日 - )は、… 永田 大士(ながた だいし、1990年1月12日 - )は、日本のプロボクサー。宮崎県児湯郡川南町出身。第42代日本スーパーライト級王者。第43代OPBF東洋太平洋スーパーライト級王者。元WBOアジア太平洋スーパーライト級王者。三迫ボクシングジム所属。 日章学園高校卒業後、自衛隊に入隊、陸上自衛隊朝霞駐屯地自衛隊体育学校(ボクシング班)転属、2012年、全日本社会人ボクシング大会で優勝。2012年陸上自衛隊練馬駐屯地転属後、2014年3月自衛隊退職、2014年8月プロデビュー。 2014年8月2日のプロデビュー戦は6回引き分け。 その後2018年10月11日に後楽園ホールでOPBF東洋太平洋スーパーライト級王者内藤律樹とOPBF東洋太平洋同級タイトルマッチを行うも、12回1-2(113-114×2、114-113)判定負けでOPBF王座獲得に失敗。
前原 香那枝(まえはら かなえ、1989年10月12日 - … 前原 香那枝(まえはら かなえ、1989年10月12日 - )は、日本のプロボクサー、看護師である。宮崎県えびの市出身。三迫ボクシングジム所属(デビュー2戦はワタナベボクシングジム)。現女子日本ミニマム級王者。 大学病院の看護師として働き始めて3,4年たち、精神的に辛くなった時に姉の勧めで観た映画『百円の恋』がきっかけでボクシングを始める。 2018年8月20日、デビュー戦でダウンを奪って判定勝ち。 2022年9月1日、鵜川菜央に判定で敗れプロ3戦目で初黒星。 2025年1月21日、プロ9戦目で漣バルとの女子日本ミニマム級王座決定戦に臨むが、0-3判定で敗れ王座獲得ならず。 2025年7月27日、神戸市立中央体育館にて女子日本ミニマム級王座決定戦として1位の吉川梨優那と対戦、2回にダウンを奪ったが1-2判定で敗れる。
橋本 力(はしもと ちから、1981年11月21日 - )は… 橋本 力(はしもと ちから、1981年11月21日 - )は、日本人プロボクサー。元タイ国スーパーフライ級チャンピオン。宮崎県宮崎市出身。Fukuokaボクシングジム所属。福岡県立玄洋高等学校卒業。
桜木 裕司(さくらぎ ゆうじ、1977年7月20日 - )は… 桜木 裕司(さくらぎ ゆうじ、1977年7月20日 - )は、日本の男性キックボクサー、総合格闘家。宮崎県宮崎市出身。 中学1年の時に佐竹雅昭の戦う姿勢に感銘を受け格闘技の道へ進む。高校入学を期に極真空手に入門。卒業後は自衛隊を経て、体育教師を目指し日本体育大学体育学部武道学科に入学。大学入学を期に東京へ上京すると、顔面攻撃の重要性を考え、キックボクシングの目黒ジムへ入門。藤本勲会長の紹介で佐山聡と出会い、2000年7月に掣圏道に入門した。 2003年まで瓜田幸造と共にアルティメットボクシングに高頻度で出場し続け、多くのロシア人選手を撃破する。 2005年2月4日、パンクラスで謙吾と対戦し、3Rに左ハイキックでKO勝ち。
吉田 拳畤(よしだ けんじ、本名:吉田 健司、1977年2月… 吉田 拳畤(よしだ けんじ、本名:吉田 健司、1977年2月10日 - )は、日本のプロボクサー。宮崎県西諸県郡高原町出身。第50代日本フライ級王者。ワタナベボクシングジム所属選手としてプロデビュー、2004年11月より笹崎ボクシングジムに移籍、2009年7月から再びワタナベジム所属。宮崎県立小林工業高等学校卒業。 1999年1月27日、本名の吉田健司でワタナベジム所属でプロデビュー(1RKO勝ち)。 デビュー戦後、3連敗を喫するが、連敗後は5連勝して6回戦に昇格する。 2001年4月24日、6回戦デビューを6R判定勝ちで飾るも、7月30日にオートバイによる交通事故に遭い、下半身不随も考えられるほどの怪我を負い約3年のブランクを作る。
湯場 忠志(ゆば ただし、1977年1月19日 - )は、日… 湯場 忠志(ゆば ただし、1977年1月19日 - )は、日本の元プロボクサー。宮崎県北諸県郡三股町出身。第47代日本ライト級王者。第28代日本スーパーライト級王者。第43代・第45代日本ウェルター級王者。第34代日本スーパーウェルター級王者。第55代日本ミドル級王者。日本王座5階級制覇王者。都城レオスポーツジムに所属していた。宮崎日本大学高等学校卒業。 17歳の時にオスカー・デ・ラ・ホーヤのビデオを観て、そのボクサーとしての紳士的なあり方に近づきたいと考え、ボクシングを習うようになった。高校卒業後、19歳の時にアマチュアの試合に勝利し、ボクシングを本格的に志した。 1996年4月14日、プロデビュー戦に4回判定勝利を収めた。
本田 秀伸(ほんだ ひでのぶ、1975年9月27日 - )は… 本田 秀伸(ほんだ ひでのぶ、1975年9月27日 - )は、日本の元プロボクサー。第25代日本ライトフライ級王者。宮崎県西諸県郡高原町出身。日章学園高等学校卒業。 中学時代は少林寺空手で初段を取得。日章学園ではボクシング部主将を務め、高校総体フライ級で10位の成績を残し卒業後、大阪のグリーンツダボクシングジムへ移籍した。 1994年9月19日、大阪府立体育会館でのジュニアバンタム級(現在のスーパーフライ級)4回戦でグリーンツダジムからプロデビュー。3RKO勝利を収めた。 1996年12月3日、プロ10戦目で日本ジュニアフライ級(現在のライトフライ級)王座を獲得し、1999年1月までに6度の防衛を果たす(後に返上)。
東郷 理代(とうごう りよ、1975年7月20日 - )は、… 東郷 理代(とうごう りよ、1975年7月20日 - )は、日本のプロボクサー。階級はスーパーバンタム級。アルファボクシングジム(現山木ボクシングジム)所属。宮崎県立都城商業高等学校卒業。初代OPBF東洋太平洋女子バンタム級王者。 高校卒業後に上京しトラックドライバーとして勤務を続ける[要出典]。 L-1ジムでボクシングを始め、デビュー戦の2004年9月18日に水野真基子をTKOで沈め勝利。 デビュー3戦連続KO勝利を樹立するが、2005年3月に後のIBFチャンピオンステイシー・リールと対戦して判定負け。6月にはこれがデビュー戦となった塩田華子にKO負けを喫し、1度引退。 しかし、2008年にJBCが女子を解禁すると、復帰を決意して山木ジムの門を叩く。
戸高 秀樹(とだか ひでき、1973年3月16日 - )は、… 戸高 秀樹(とだか ひでき、1973年3月16日 - )は、日本の元プロボクサー。宮崎県宮崎市出身。元WBA世界スーパーフライ級王者。元WBA世界バンタム級暫定王者。世界2階級制覇王者。 宮崎ワールドジムからデビューしたが、1998年に緑ジムに移籍。同ジムからは飯田覚士に次ぐ世界王者となった。 現役時代のニックネームは「侍」「雑草王者」。 主な入場曲は2pacの「changes」。バンタム級転向後は、長渕剛の「HOLD YOUR LAST CHANCE」などを使用。 中学・高校時代は喧嘩に明け暮れる日々を送っており、その影響で高校は中退した。持病の腰痛の回復が思わしくなかったこともあり、プロデビューを果たした頃には21歳を迎えていた。
赤城 武幸(あかぎ たけゆき、本名:赤木 武幸、1962年6… 赤城 武幸(あかぎ たけゆき、本名:赤木 武幸、1962年6月27日 - )は、日本の元プロボクサーである。宮崎県宮崎市出身。日章学園高等学校、日本大学卒業。現役時代は新日本木村ボクシングジム所属。元日本ジュニアライト級王者。現在は本千葉ボクシングジム会長。 実母も教員の母子家庭で育ち、中学1年生から近所のボクシングジムに通い、高校3年でインターハイバンタム級制覇、日大在学中の1984年、全日本選手権ライト級で優勝。日本代表としてロサンゼルスオリンピック予選に出場し優勝。しかし、協議の結果補欠にまわされる。 卒業後は鳥取県立米子東高等学校の教員としてアマチュアを続け、全日本3連覇を果たす。1986年の世界選手権、ソウルアジア大会にも出場した。
伊藤 沙月 は、日本の女子プロボクサーである。志成ボクシング… 伊藤 沙月 は、日本の女子プロボクサーである。志成ボクシングジム所属。宮崎県延岡市出身。拓殖大学卒業。自衛隊体育学校に所属した元自衛官(2等陸曹)。
童子丸(どうじまる)は、日本の元キックボクサー。宮崎県出身。… 童子丸(どうじまる)は、日本の元キックボクサー。宮崎県出身。身長168cm、体重59kg。キングジム所属。元NJKFバンタム級1位。 ムエタイにおける世界最高権威である2大殿堂スタジアム、ルンピニー2階級制覇&プロムエタイ協会の現役王者レジェント・ダーオ戦のKO勝利、現役ラジャダムナン・ランキング1位への勝利も達成。これによりムエタイ超えを2回果たしている。ルンピニー、ラジャの現役トップランカーを制するという当時の日本人キックボクサーとして数少ない成果により現役時代の選手としての評価は高い。 13勝のうち11KOをあげるなどアグレッシブなファイトスタイルが人気を呼び名実ともに団体の看板選手として認められ、NJKF興行のメインイベントを6回務めた。