支倉 隆子(はせくら たかこ、1941年3月11日 - )は… 支倉 隆子(はせくら たかこ、1941年3月11日 - )は、日本の詩人。 本名は川瀬 隆子(旧姓・支倉)。夫は画家の川瀬裕之。 北海道札幌市生まれ。労働基準局勤務の父親の転勤で、中学2年から高校時代まで滝川市で育つ。北海道滝川高等学校を経て、1963年北海道大学文学部ロシア文学科卒業。 1976年に詩集『音楽』、1979年に『琴座』で2度H氏賞候補となる。1995年に『酸素31』で第19回地球賞を受賞。その後2003年に『身空x』で詩歌文学館賞候補となっている。 平明な表現の中に、幻想的要素を漂わせた作風が特色。ヴィジュアル・ポエトリィの活動を積極的に行っており、近年は朗読や美術家としての活動も行っている。
眞柄 泰基(まがら やすもと、1941年 <昭和16年> 3… 眞柄 泰基(まがら やすもと、1941年 <昭和16年> 3月8日 - )は、日本の工学者。北海道大学教授、学校法人トキワ松学園理事長を歴任。専門は環境衛生工学、環境リスク工学。 愛知県出身。1966年 北海道大学大学院修了。1979年工学博士。国立公衆衛生院衛生工学部長、同院水道工学部長、北海道大学大学院工学研究科教授、同大学創成科学研究機構特任教授。2001年 (平成13年) 2月 バングラデシュの飲料水のヒ素汚染について同大学研究室の学生を伴った現地調査のため現地で実証プラントによるヒ素除去の調査実験を開始。2005年同大学公共政策大学院特任教授。トキワ松学園理事長。2017年2月 給水工事技術振興財団第12回評議員会において理事長に選出された。
數土 文夫(すど ふみお、1941年(昭和16年)3月3日 … 數土 文夫(すど ふみお、1941年(昭和16年)3月3日 - )は、JFEホールディングス第2代社長・相談役、元日本放送協会経営委員会委員長。元東京電力ホールディングス取締役会長。 富山県旧富山市の村役人を務めた家に生まれ、父は国語教師で、石動高校と新湊高校で校長を務め、婦中町教育長も務めた數土寅夫。富山県立富山中部高等学校、北海道大学工学部冶金工学科を卒業後、川崎製鉄に入社。 剛腕の経営者として知られ、為替、金利など経済・経営全般に関する発言も見られる。中国の古典を愛読。兄の直方はエスエス製薬名誉会長。東京大学工学部を卒業し、泰道照山の三女と結婚した。弟の数土武夫も東京大学工学部卒で、同仁医薬化工社長、エスエス製薬取締役を務めた。
三浦 清一郎(みうら せいいちろう、1941年〈昭和16年〉… 三浦 清一郎(みうら せいいちろう、1941年〈昭和16年〉2月15日 - 2023年〈令和5年〉11月8日)は、日本の教育学者・教育者。専門は社会教育・生涯学習。三浦清一郎事務所所長。月刊生涯学習通信「風の便り」編集長。 東京都出身。福岡県宗像市在住。文部省、福岡教育大学教授を経て、1991年に福原学園が設立した財団法人理事長のほか、同学園が運営する大学等の要職に就いたが、同学園理事長らの乱脈経営発覚により理事会総辞職要求が出され、1999年に辞職した。理事長や騒動の黒幕と言われたフィクサー大中圭四郎との密接関係が財界誌で報じられた。その後は教育評論や研究を行なうかたわら、学校や自治体などの顧問として実践活動を行う。
中村 雅知(なかむら まさとも、1941年2月3日 - )は… 中村 雅知(なかむら まさとも、1941年2月3日 - )は、日本の実業家。日本製紙グループ本社代表取締役社長や、同社代表取締役会長を務めた。 北海道出身。1963年北海道大学工学部卒業、十條製紙(現日本製紙)入社。1993年日本製紙技術本部技術企画部長。1995年日本製紙石巻工場長代理。1996年小松島工場長。1998年取締役旭川工場長。2000年取締役旭川工場長兼勇払工場長。2001年常務取締役旭川工場長兼勇払工場長。2002年常務取締役企画本部長。2003年専務取締役企画本部長兼日本ユニパックホールディング取締役企画・IR担当。2005年から日本製紙グループ本社代表取締役社長兼日本製紙代表取締役社長を務め、王子製紙による北越製紙株式公開買付けに対抗し、北越製紙株式の8.5%の取得を行うなどした。
芳賀 卓(はが まさる、1941年2月 - )は、日本の植物… 芳賀 卓(はが まさる、1941年2月 - )は、日本の植物学者。理学修士。北海道教育大学名誉教授。利根別自然休養林研究会代表。山形県鶴岡市出身。
毛利 信男(もうりのぶお、1941年1月18日 - )は、日… 毛利 信男(もうりのぶお、1941年1月18日 - )は、日本の物理学者。北海道余市郡余市町出身。弟は宇宙飛行士の毛利衛。 ソ連の人工衛星、スプートニクのブームで科学に興味を持つ。望遠鏡を自作して弟の毛利衛などと星をながめるなどして、衛に幼少期から最も多大な影響を与えた一人である。
宮本 登(みやもと のぼる、1941年1月7日 - )は、日… 宮本 登(みやもと のぼる、1941年1月7日 - )は、日本の機械工学者。北海道大学名誉教授。元自動車技術会理事。元日本機械学会理事。 1964年室蘭工業大学機械工学科卒業、三菱重工業入社。深沢正一や村山正の指導を受け、1969年北海道大学大学院工学研究科機械工学専攻修士課程修了。1972年同博士課程修了、北見工業大学機械工学科講師。同年同助教授。1974年北海道大学工学部機械工学科助教授。1976年同教授。1997年北海道大学大学院工学研究科教授。2004年定年退職、北海道大学名誉教授。2005年日本機械学会監事。2013年にはJR北海道の函館本線の出火事故の対策会議の座長を務めた。自動車技術会理事、自動車技術会北海道支部顧問、日本機械学会理事なども務めた。
嘉数 侑昇(かかず ゆきのり、1941年(昭和16年) - … 嘉数 侑昇(かかず ゆきのり、1941年(昭和16年) - )は、日本の工学者。北海道大学名誉教授。工学博士(北海道大学)。専門は機械要素。沖縄県生まれ。 ロボット・シミュレータの開発研究、3次元ソリッドモデルを用いたCAD/CAMシステムの開発研究など幅広く情報工学を研究 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
山上皓(やまがみ あきら/ひろし、1941年 - )は、日本… 山上皓(やまがみ あきら/ひろし、1941年 - )は、日本の精神科医。専門は精神神経科学、刑事法学。 1941年(昭和16年)、北海道に生まれる。北海道大学医学部卒業後、同大学大学院を経て国立武蔵療養所医師、府中刑務所医師、東京医科歯科大学助手、法務省紫明女子学院医務課長を歴任した。 1988年から1997年まで東京医科歯科大学難治疾患研究所の教授等を歴任し、同大学名誉教授。2005年設立の日本司法精神医学会で理事長を務めた。
宇野 正紘(うの まさひろ、1940年12月24日 - 20… 宇野 正紘(うの まさひろ、1940年12月24日 - 2005年5月27日)は、日本の経営者。ニッカウヰスキー社長を務めた。香川県出身。 1963年に北海道大学農学部を卒業し、同年にニッカウヰスキーに入社。1990年に取締役に就任し、1996年に常務、1999年に専務を経て、2001年3月には社長に就任。 2005年5月27日腎不全のために死去。64歳没。
小森 博(こもり ひろし、1940年10月1日 - )は、日… 小森 博(こもり ひろし、1940年10月1日 - )は、日本の経営者。日本鉄道建設公団総裁、鉄道建設・運輸施設整備支援機構理事長を務めた。北海道出身。 1964年に北海道大学工学部土木学科を卒業し、同年4月に日本国有鉄道に入社した。1983年5月に札幌鉄道管理局施設部長を経て、1985年3月に日本鉄道建設公団に転じ、1995年7月に理事、2001年1月に副総裁を経て、2003年3月には総裁に就任。2003年10月から2004年10月までに鉄道建設・運輸施設整備支援機構理事長を務めた。
小原 豊明(おばら とよあき、1940年(昭和15年)9月1… 小原 豊明(おばら とよあき、1940年(昭和15年)9月19日 - )は、日本の政治家・元官僚。元二戸市長。 岩手県二戸市出身。1963年(昭和38年)北海道大学農学部卒。1963年(昭和38年)厚生省に入省。同省国立公園部レンジャーを経て、1978年(昭和53年)環境庁設立の参画に加わり、同庁大気保全局に入局。1988年同庁同局課長、1991年(平成3年)同庁同局国立公園課長を務めたのち退職。 1992年(平成4年)二戸市長選に出馬し、当時の現職市長國分保男との一騎討ちによる選挙戦を制し初当選を果たす。以来、2006年(平成18年)1月1日に浄法寺町との新設合併により新たな二戸市が誕生するまでの間に4期連続で当選(うち2回は無投票)し、合併直後の2006年1月29日の市長選でも対立候補の元県議であった工藤篤を破って当選し新市の初代市長となり、2010年(平成22年)1月に当時の副市長小保内敏幸に市長を譲り、勇退するまで旧二戸市時代も含め計5期約18年に渡り市長を務めた。
五十嵐紀男(いがらしのりお、1940年8月30日 - )は、… 五十嵐紀男(いがらしのりお、1940年8月30日 - )は、日本の検察官、公証人、弁護士。公安調査庁総務課長、東京地検特捜部長、最高検検事、千葉地検検事正、横浜地検検事正等を歴任した。 北海道稚内市生まれ。 北海道苫小牧東高等学校を経て、北海道大学法学部在学中に旧司法試験合格。大学卒業後、1965年東京地方検察庁検事。東京地方検察庁特別捜査部副部長(財政・経済担当)、公安調査庁総務部総務課長、最高裁判所司法研修所教官、東京地方検察庁総務部長等を歴任。 1991年から東京地方検察庁特別捜査部長を務め、金丸信自由民主党経世会会長を巡る東京佐川急便事件などを手掛けた。1993年最高検察庁検事。同年大分地方検察庁検事正。
渡辺 洋(わたなべ ひろし、1940年7月13日- )は、英… 渡辺 洋(わたなべ ひろし、1940年7月13日- )は、英文学者、北海道大学名誉教授。 北海道生まれ。1964年北海道大学文学部英文科卒、1969年同大学院文学研究科博士課程満期退学、北星学園大学文学部講師、1972年助教授、1974年北海道大学文学部講師、1977年助教授、1984年同言語文化部助教授、1990年教授。2004年定年退官、名誉教授。18世紀イギリス小説を専攻。1989年頃よりサミュエル・リチャードソンの大作『クラリッサ』を全訳、2012年よりウェブ上に公開した。
岡 雅彦(おか まさひこ、1940年7月5日 - )は、日本… 岡 雅彦(おか まさひこ、1940年7月5日 - )は、日本の国文学者。国文学研究資料館名誉教授。 北海道出身。1963年北海道学芸大学教育学部卒、1965年北海道大学大学院修士課程修了、1966年北海道大学文学部助手、1968年フェリス女学院大学文学部専任講師、1973年国文学研究資料館助教授、90年教授、副館長、2002年定年退官、名誉教授、國學院大學教授。2011年退職。
小野 堅太郎(おの けんたろう、1940年6月17日 - … 小野 堅太郎(おの けんたろう、1940年6月17日 - )は、日本の経営者、銀行家。山梨中央銀行頭取を務めた。 山梨県出身。1964年に北海道大学法学部を卒業し、同年に山梨中央銀行に入行した。1995年6月に取締役に就任し、1997年6月に常務、1999年6月に専務を経て、2001年6月には頭取に就任。2007年6月に会長に就任し、2011年6月には取締役顧問に就任。 2011年11月に旭日小綬章を受章。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
坂本 眞一(さかもと しんいち、1940年(昭和15年)2月… 坂本 眞一(さかもと しんいち、1940年(昭和15年)2月19日 - 2014年(平成26年)1月14日)は、日本の鉄道実業家。北海道旅客鉄道(JR北海道)の社長や会長、北海道経済連合会副会長などを歴任したが、北海道観光振興機構初代会長在任中自殺した。 東京都出身。北海道大学工学部土木工学科を卒業後に1964年(昭和39年)、旧国鉄に入社。1979年2月東京第三工事局次長、1983年4月大阪鉄道管理局施設部長、1985年4月総裁室調査役、1985年7月経営計画室計画主幹、1987年3月北海道旅客鉄道株式会社設立準備室分室付となる。 1987年(昭和62年)4月、日本国有鉄道の分割民営化に伴う北海道旅客鉄道の発足にともない取締役鉄道事業本部営業部長に就任する。
栢原 英郎(かやはら ひでお、1940年〈昭和15年〉2月1… 栢原 英郎(かやはら ひでお、1940年〈昭和15年〉2月13日 - 2025年〈令和7年〉5月6日)は、日本の運輸技官、土木技術者。技術士、工学博士、土木学会認定特別上級土木技術者(調査・計画)。 運輸省港湾局長や、同省技術総括審議官、北海道大学公共政策大学院特任教授、日本港湾協会会長、土木学会会長等を歴任した。土木学会功績賞受賞。 東京都立小山台高等学校を経て、1964年(昭和39年)北海道大学工学部土木工学科卒業、運輸省(現国土交通省)入省。1980年(昭和55年)国際臨海開発研究センター主任研究員。1984年(昭和59年)国土庁計画・調整局計画官。1987年(昭和62年)運輸省港湾局開発課長。
萓沼 紀子(かやぬま のりこ、1940年1月28日 - )は… 萓沼 紀子(かやぬま のりこ、1940年1月28日 - )は、日本近世文学研究者、元作新学院大学短期大学教授。 北海道大学卒、同大学院中退。1997年東京大学大学院で「安藤昌益の学問と信仰」により文学博士。作新学院大学短期大学部教授を務めた。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
石田 栄一(いしだ えいいち、1940年1月7日 - 201… 石田 栄一(いしだ えいいち、1940年1月7日 - 2010年11月3日)は、日本の経営者。高砂熱学工業社長、会長を務めた。 東京都出身。1963年に北海道大学工学部を卒業し、同年に高砂熱学工業に入社した。1989年6月に取締役に就任し、1996年4月に常務、2002年4月に専務を経て、2004年4月に社長に就任。 2010年11月3日、死去。70歳没。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
平本 紀久雄(ひらもと きくお、1940年1月5日 - )は… 平本 紀久雄(ひらもと きくお、1940年1月5日 - )は、日本の水産学者。 東京生まれ。北海道大学水産学部卒、1980年「マイワシ太平洋系群の房総およびその周辺海域における発育と生活に関する研究」で水産学博士。1962年~2000年主に千葉県水産試験場に勤務し、イワシなど沿岸資源調査に従事。退職後、「千葉の海と漁業を考える会」を創設し、漁業支援・海岸侵食対策などに関わるほか、漁業民俗や食文化調査を続けている。日本キリスト教団南房教会員。
西 安信(にし やすのぶ、1940年1月 - )は、日本の工… 西 安信(にし やすのぶ、1940年1月 - )は、日本の工学者。学校法人北海道尚志学園理事長、北海道工業大学名誉教授。元北海道工業大学学長。北海道小樽市出身。
遠藤 知恵子(えんどう ちえこ、1940年 - )は、日本の… 遠藤 知恵子(えんどう ちえこ、1940年 - )は、日本の教育学者・教育者。学位は、教育学博士(北海道大学)。元北翔大学学長・北翔大学短期大学部学長。北海道出身。恩師は山田定市。 1959年北海道札幌南高等学校卒業。1963年北海道大学文学部ドイツ文学専攻卒業。その後、道内各地の中学校で教諭を務め、1982年北海道大学教育学部卒業。1991年同大学院教育学研究科社会教育学博士課程単位取得満期退学。1991年弘前学院大学文学部助教授。1994年3月 北海道大学 教育学博士 論文の題は「地域社会教育実践と現代公民館の展開基盤に関する実証的研究」。1994年弘前学院大学文学部文学部教授を経て、1999年弘前学院大学文学部長。
小野 善康(おの よしやす、1940年 - )は、日本の法学… 小野 善康(おの よしやす、1940年 - )は、日本の法学者。岩手大学名誉教授。専門は、公法学。研究分野は、憲法の統治機構と、フランスの憲法史。北海道生まれ。指導教授は深瀬忠一。札幌福音的教育・平和研究会代表。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
笹川 紀勝(ささかわ のりかつ、1940年 - )は、日本の… 笹川 紀勝(ささかわ のりかつ、1940年 - )は、日本の法学者。専門は、憲法、良心の自由・信教の自由。学位は、法学博士(北海道大学・論文博士・1986年)(学位論文「国家と宗教の関係 : 類型と特徴,主にドイツ教会法学説史を素材として」)。国際基督教大学名誉教授。明治大学法学部教授など歴任。北海道赤平市生まれ。 1959年北海道赤平高等学校卒業。1960年北海道大学理類入学。1963年同法学部に転部。1965年同法学部卒業。1967年北海道大学大学院法学研究科修士課程修了。 同法学部助手。1970年北星学園大学経済学部専任講師。1974年同経済学部助教授。1979年同経済学部教授。1986年国際基督教大学教養学部教授。
松岡 健一(まつおか けんいち、1940年 - )は、日本の… 松岡 健一(まつおか けんいち、1940年 - )は、日本の工学者。工学博士(北海道大学)。元室蘭工業大学学長。室蘭工業大学名誉教授・港立市民大学学長。学校法人天使学園理事長。北海道北見市出身 1962年室蘭工業大学工学部土木工学科を卒業。1964年北海道大学大学院工学研究科博士課程修了。北海道大学工学部助手を経て、1965年北見工業短期大学土木科講師。1966年北見工業大学工学部助教授。1968年室蘭工業大学工学部助教授。1979年同工学部教授。同図書館長を経て、1997年室蘭工業大学学長事務取扱。2002年室蘭工業大学副学長。2004年室蘭工業大学理事。2006年室蘭工業大学12代学長に就任。
山田 元(やまだ げん、1940年 - ) は、日本の機械工… 山田 元(やまだ げん、1940年 - ) は、日本の機械工学者。北海道大学名誉教授。元日本機械学会副会長。 北海道生まれ。1965年北海道大学大学院工学研究科修士課程修了。 北海道大学工学部講師を経て、1966年北海道大学工学部助教授に昇任。1986年北海道大学工学部教授に昇格。1997年日本機械学会機械力学・計測制御部門長。2001年日本機械学会副会長。2004年北海道工業大学総合教育研究部教授、北海道大学名誉教授。工学博士。Journal of Sound and Vibration編集委員なども務めた。2021年春の叙勲で瑞宝中綬章受章。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。
大谷 俊昭(おおや としあき、1940年(昭和15年) - … 大谷 俊昭(おおや としあき、1940年(昭和15年) - )は、日本の農業経済学者・農学者。専門は農業経済学。酪農学園大学名誉教授。元酪農学園大学学長。元酪農学園大学短期大学部学長。恩師は桃野作次郎。東京都目白出身。 東京都立立川高等学校卒業。1966年北海道大学農学部農業経済学科卒。1968年同大学院農学研究科修士課程修了。同年、酪農学園大学酪農学部助手。1975年同酪農学部助教授。1983年同評議員。1989年同酪農学部教授。同酪農学部農業経済学科長(~1995年)。1995年同学生部長(~1999年)。学校法人酪農学園理事。2001年酪農学園大学9代学長に就任。2005年酪農学園大学短期大学部学長。
大泰司 紀之(おおたいし のりゆき、1940年 - )は、日… 大泰司 紀之(おおたいし のりゆき、1940年 - )は、日本の哺乳類学者。元酪農学園大学教授(環境システム学部生命環境学科)、北海道大学名誉教授。ニホンジカを中心とする資源保全学/形態・構造/生物多様性・分類/ を専門に研究をおこなった。 1940年旧満洲国生まれ。1964年北海道大学獣医学部獣医学科卒、1964年-1971年北海道大学助手、1971年-1980年北海道大学講師、1980年-1995年北海道大学助教授、1995年-2004年北海道大学教授。 1996年日本解剖学会評議員、2001年野生動物医学会評議員、1996年日本獣医学会評議員、1995年野生生物保護学会理事。 書籍等出版物として、「中国鹿類動物(華東師範大学出版社) 1992年」「歯の比較解剖学(医歯薬出版株式会社)1989年」「中国の野生哺乳動物[日本語・中国語・英語の3ヵ国語で出版](中国林業出版社)2000年」などがある。
川北 和徳(かわきた かずのり、1939年11月22日 - … 川北 和徳(かわきた かずのり、1939年11月22日 - )は、日本の地方公務員 (技術公務員) 。東京都水道局多摩水道対策本部長、東京都水道局長を経て日本水道協会専務理事。瑞宝小綬章受章。 1962年(昭和37年)、北海道大学工学部衛生工学科卒業。 同年4月、東京都庁に入庁し、水道局配属。1970年、建設局江東治水事務所第二工区長。1971年12月、水道局計画部調整課総合調整係長。1973年7月、総務局小笠原支庁上下水道課長。1984年12月、水道局経営計画部計画課長。1985年12月、同経営計画部主幹。1991年(平成3年)6月、同給水部長。1993年7月、同多摩水道対策本部長。1995年6月、同公営企業管理者・水道局長・水道技術管理者 。
長尾 克子(ながお かつこ、1939年10月18日 - 20… 長尾 克子(ながお かつこ、1939年10月18日 - 2003年6月23日)は、工業技術史学者。 1939年、北海道紋別郡遠軽町で生まれた。旧姓・加藤。北海道札幌西高等学校を卒業し、北海道学芸大学に進学。学生時代は革マル派に関わるが、後に離れた。1963年に北海道学芸大学を卒業し、高校教師となった。一方で北海道大学経済学部で学び、1967年に卒業。 卒業後は、北海道大学経済学部助手に採用された。1973年、法学者の長尾龍一と結婚。1974年、同大学大学院経済学研究科博士課程を中退し、旭川大学専任講師となった。しかし、1978年に東京へ移るため退職。 その後は、1980から1998年まで、法政大学経済学部非常勤講師として教鞭を執った。
坂口 芳貞(さかぐち よしさだ、1939年10月2日 - 2… 坂口 芳貞(さかぐち よしさだ、1939年10月2日 - 2020年2月13日) は、日本の俳優、演出家、声優。文学座所属。 東京府(現東京都)出身。 学習院高等科、北海道大学文学部卒業。 大学1年生の5月ぐらいに一緒に進学した高校の同級生が演劇好きで演劇研究会に所属しており、「お前、体力があるからタタキ手伝ってくれよ」と言われ「うん、いいよ」と承諾した。その時に部室に先輩たちが何人かおり、「ちょっとこれ読んでくれよ」と言われたところ戯曲があった。「僕は役者とかで呼ばれて来たんじゃないんですよ。タタキ手伝いに来たんです」と説明したが「いいじゃないか、読んでみてよ」と言われ、書籍を読んでみたことで演劇を始める。
太田原 高昭(おおたはら たかあき、1939年 <昭和14年… 太田原 高昭(おおたはら たかあき、1939年 <昭和14年> 9月18日 - 2017年 <平成29年> 8月11日)は、日本の農業経済学者。北海道における農業経済学の第一人者の一人。学位は、農学博士(北海道大学・論文博士・1977年)。北海道大学名誉教授。日本学術会議会員。位階は正四位。瑞宝中綬章。指導教授は川村琢。門下生に佐藤信(北海学園大学教授)らがいる。 福島県会津若松市生まれ。福島県立会津高等学校を経て、1963年に北海道大学農学部農業経済学科を卒業。恵迪寮出身。1968年に北海道大学大学院農学研究科農業経済学専攻博士課程を修了。 1968年北星学園大学経済学部経済学科講師。1971年北海道大学農学部農業経済学科助手。
五十嵐 三津雄(いがらし みつお、1939年9月1日 - )… 五十嵐 三津雄(いがらし みつお、1939年9月1日 - )は日本の郵政官僚。郵政事務次官、簡易保険福祉事業団理事長、KDDI代表取締役会長等を歴任した。 北海道空知郡北村出身。北海道札幌南高等学校を経て、1963年 北海道大学法学部卒業。民法学 川井健ゼミ出身。大学卒業後、郵政省入省。郵務局業務課長補佐、人事局管理課長補佐を経て、1976年 東北郵政局郵務部長。1978年東京郵政局郵務部長。1980年 郵務局服務課長。1981年 電気通信政策局業務課長。1983年 電気通信政策局監理課長。1984年 電気通信事業部監理課長。1985年 電気通信局総務課長。1986年 大臣官房秘書課長。1988年 電気通信局電気通信事業部長。
根路銘 国昭(ねろめ くにあき、1939年7月24日 - 2… 根路銘 国昭(ねろめ くにあき、1939年7月24日 - 2025年3月28日)は、日本の獣医ウイルス学者。獣医学博士。有限会社生物資源研究所代表取締役・所長。スペインかぜウイルスのルーツを解明するなど、インフルエンザウイルス研究及びワクチン開発の第一人者とされる。沖縄県国頭郡本部町出身。 ・沖縄県立北部農林高等学校卒業。
栃内 香次(とちない こうじ、1939年7月8日 - )は、… 栃内 香次(とちない こうじ、1939年7月8日 - )は、日本の工学者。学位は、工学博士(北海道大学)。北海道における自然言語処理研究の第一人者。多くの門下生を輩出した。北海道大学教授・栃内吉彦の長男。祖父に栃内曽次郎がいる。 1962年に北海道大学工学部電気工学科卒業。1964年北海道大学大学院工学研究科電気工学専攻修了。1964年に北海道大学工学部専任講師に就く。以後、1965年に北海道大学工学部助教授。1986年9月工学博士を受く。1987年に北海道大学工学部教授。1994年に北海道大学大型計算機センター長(1998年まで)。1995年に北海道大学大学院工学研究科教授。2002年に定年退任。
井山 嗣夫(いやま つぐお、1939年3月26日 - )は、… 井山 嗣夫(いやま つぐお、1939年3月26日 - )は、日本の官僚、経営者。 北海道出身。1961年に北海道大学法学部法律学科を卒業し、同年に運輸省に入省。1991年7月に鉄道局長に就任し、1992年6月から1994年6月までに海上保安庁長官を務めた。その後は、1995年7月に国際観光振興会会長、2000年6月に日本自動車ターミナル社長を歴任。 2009年4月に瑞宝重光章を受章した。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
中村 睦男(なかむら むつお、1939年2月7日 - 202… 中村 睦男(なかむら むつお、1939年2月7日 - 2020年4月17日)は、日本の法学者。専門は憲法。学位は、法学博士(北海道大学・論文博士・1973年)(学位論文「社会権法理の形成――フランス法を素材にして」)。北海道大学名誉教授。学校法人北海学園理事。財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構理事長。元・旧司法試験第二次試験考査委員(北海道大学総長就任につき離任)。北海道出身。 北海道札幌市に生まれ、後室蘭市に移る。北海道大学大学院法学研究科教授を経て、2001年5月から2007年4月まで北海道大学総長。 著書の中でも、特に野中俊彦・高橋和之・高見勝利と共に著した『憲法I・II』は、執筆者が4人であることから「四人本」、「四人組」などと称され、憲法学習者に人気がある。
新家 憲(あらや けん、1939年2月 - 2023年6月2… 新家 憲(あらや けん、1939年2月 - 2023年6月25日)は、日本の農学者・工学者。専修大学名誉教授。元専修大学北海道短期大学学長。農学博士(北海道大学)・工学博士(東京電機大学)。北海道函館市出身 1962年北海道大学農学部農業工学科卒業。1962年三菱重工業京都製作所京都製作所エンジン設計部門勤務。1969年本田技術研究所汎用開発課エンジン設計部門勤務。1971年専修大学美唄農工短期大学農業機械科講師。1972年同助教授。1980年専修大学北海道短期大学農業機械科教授。1987年専修大学北海道短期大学環境科学研究所教授。後に、専修大学北海道短期大学環境科学研究所所長。2005年専修大学名誉教授。
伊藤 セツ(いとう セツ、1939年〈昭和14年〉1月25日… 伊藤 セツ(いとう セツ、1939年〈昭和14年〉1月25日 - )は、日本の家政学・女性学者、昭和女子大学名誉教授。元社会政策学会代表幹事。 1939年北海道函館市生まれ。旧姓・松原。北海道函館西高等学校を経て、1962年北海道大学経済学部卒業。1968年同大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。1984年「クララ・ツェトキンの婦人解放論」で北海道大学より経済学博士の学位を取得。1968年北星学園女子短期大学講師、助教授。1974年東京都立立川短期大学助教授、教授、1989年昭和女子大学教授。1998年-2000年社会政策学会代表幹事。2000年-2004年昭和女子大学女性文化研究所所長、2004年 - 2009年大学院生活機構研究科長。
藤岡 康宏(ふじおか やすひろ、1939年1月11日 - )… 藤岡 康宏(ふじおか やすひろ、1939年1月11日 - )は、日本の法学者。専門は民法。北海道大学名誉教授、早稲田大学名誉教授。学位は、法学博士(北海道大学・論文博士・1975年)(学位論文『自動車交通事故による損害の補償―交通災害保険化構想への総論的展望(1)~(2完)』)。広島県出身。 1979年3月から1981年3月にいたる2年間
向井承子(むかい しょうこ、1939年1月4日- )は、日本… 向井承子(むかい しょうこ、1939年1月4日- )は、日本のノンフィクション作家。 東京都生まれ。北海道大学法学部卒業。北海道庁勤務後、婦人団体機関紙編集者などを経て、ノンフィクション・ライターとなり、医療を中心としたテーマを執筆。 1981年『女たちの同窓会 二十三年目のクラスメイトと女の現在』で第12回大宅壮一ノンフィクション賞候補、また1985年には『たたかいはいのち果てる日まで 医師中新井邦夫の愛の実践』で第7回講談社ノンフィクション賞候補となった。
渡邉 興亞(わたなべ おきつぐ、1939年 - ) は、日本… 渡邉 興亞(わたなべ おきつぐ、1939年 - ) は、日本の雪氷学者。元国立極地研究所所長。元南極地域観測隊隊長。 1958年大阪府立大手前高等学校卒業、北海道大学入学。北海道大学理学部卒業後、北海道大学大学院を経て、1967年名古屋大学理学部助手。1973年名古屋大学水圏科学研究所助手。1975年国立防災科学技術センター雪害実験研究所第1研究室長。1977年名古屋大学水圏科学研究所助教授。1978年名古屋大学理学博士。1985年国立極地研究所研究系教授。1993年第35次南極地域観測隊隊長。1994年国立極地研究所北極圏環境研究センター教授。1998年総合研究大学院大学教授。2000年国立極地研究所所長。
川端 俊一郎(かわばた しゅんいちろう、1939年 - )は… 川端 俊一郎(かわばた しゅんいちろう、1939年 - )は、日本の経済学者、北海学園大学名誉教授。学校法人北海学園元理事。北海道生まれ。 専門は、当初は農業経済学で、次いで経済政策・マーケティング、さらに建築史及び意匠・仏寺関連の歴史と多岐にわたる。特に、南朝尺と法隆寺に関する研究を手がける。恩師は高倉新一郎
藤巻 裕蔵(ふじまき ゆうぞう、1938年12月23日 - … 藤巻 裕蔵(ふじまき ゆうぞう、1938年12月23日 - )は、日本の鳥類学者。帯広畜産大学名誉教授、山階鳥類研究所特任研究員、農学博士。別名「祐蔵」。 1938年東京都出身。1961年北海道大学農学部農業生物学科卒業。1966年北海道大学大学院農学研究科博士課程修了、農学博士の学位を取得。北海道立林業試験場研究職員を経て、帯広畜産大学教授。2002年定年退職、名誉教授。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
土屋 博(つちや ひろし、1938年9月29日 - 2023… 土屋 博(つちや ひろし、1938年9月29日 - 2023年2月14日)は、日本の宗教学者・聖書学者。博士(文学)(北海道大学)。北海道大学名誉教授。 1938年、東京都生まれ。1962年、北海道大学文学部哲学科を卒業。同大学大学院に進み、1967年に文学研究科哲学専攻博士課程を単位取得退学。 1967年、北海道大学文学部助手に採用された。1970年には同大学文学部専任講師、1973年には助教授に昇進した。1986年、同大学文学部教授・同大学院文学研究科教授に昇進。2000年からは同大学院文学研究科教授。2002年3月、北海道大学に学位論文『教典になった宗教』を提出して博士(文学)号を取得。2002年、北海道大学を停年退官し、名誉教授となった。
菊地 昌実(きくち まさみ、1938年(昭和13年)9月20… 菊地 昌実(きくち まさみ、1938年(昭和13年)9月20日 - 2020年(令和2年)5月27日)は、日本のフランス文学・比較文学者、北海道大学名誉教授。 北海道札幌市生まれ。1961年東京大学教養学部教養学科フランス分科卒、1966年東京大学大学院比較文学比較文化修士課程修了。北海道大学教養部助教授、言語文化部教授、2002年名誉教授。肝炎訴訟を支える会世話人代表。 2020年5月27日、胃癌のため死去。
沖藤 典子(おきふじ のりこ、1938年7月24日 - )は… 沖藤 典子(おきふじ のりこ、1938年7月24日 - )は、日本のノンフィクション作家。 北海道室蘭市生まれ、池田町育ち。北海道池田高等学校、北海道大学文学部卒業。1961年に日本リサーチセンター調査研究部に入社。第二企画室長を経て1976年に退職する。1979年初の単著『女が職場を去る日』を上梓して注目され、同年ドラマ化もされた。 以後、介護問題、人生行路全般について著書多数。合田一道らとともに北海道ノンフィクション集団にて活動した。
蛇川 忠暉(じゃがわ ただあき、1938年6月29日 - )… 蛇川 忠暉(じゃがわ ただあき、1938年6月29日 - )は日本の技術者、実業家。トヨタ自動車取締役副社長を経て、トヨタ自動車が新たに子会社化した日野自動車で代表取締役社長や代表取締役会長として同社の再建にあたった。日本科学技術連盟理事長、型技術協会会長なども歴任。デミング賞本賞、大倉喜七郎賞受賞。 北海道小樽市生まれ。北海道札幌西高等学校を経て、1961年北海道大学工学部機械工学科卒業、トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)入社。1988年取締役に昇格。1994年常務。1996年専務。1999年取締役副社長。2001年相談役に退いた。 2001年からトヨタ自動車が子会社化した日野自動車の代表取締役社長を務め、経営危機にあった同社を、外部出身者として改革により再建を行って、赤字からの回復を達成。