役重 眞喜子(やくしげ まきこ、1967年 - )は日本の行… 役重 眞喜子(やくしげ まきこ、1967年 - )は日本の行政学者。専門は地方自治、地域コミュニティ。花巻市教育委員会委員。花巻市総務部総務課長などを務めた。 茨城県日立市生まれ。その後は東京都豊島区や千葉県流山市に移る。千葉県立東葛飾高等学校では陸上部に所属。東葛飾高校から東京大学文科一類に入学。東京大学法学部第2類(公法コース)在学中に国家公務員一種試験(行政職)をトップで合格(行政職の女性トップは史上2人目)。東大法学部第2類(公法コース)卒業。 1989年 農林水産省に入省。水野政義とともに畜産局畜政課に法律事務官として配属された。当時はバブル絶頂期であり、学部時代の友達や当時のボーイフレンドは大手の銀行や証券会社、大蔵省、通産省などを勧めていたが、小さい頃から自然が好きだったため、農水省を選択した。
村山 元展(むらやま もとのぶ、1957年 - )は、日本の… 村山 元展(むらやま もとのぶ、1957年 - )は、日本の農学者。元高崎経済大学学長。専門研究分野は農業経済学。農学博士(東京大学)。 大分県出身。1980年3月岩手大学農学部卒業、1982年3月同大学大学院農学研究科修士課程修了、1991年3月東京大学大学院農学系研究科博士課程修了。日本における自治体農政の現状と問題点や、国と自治体の政策のありかたなどに詳しい。 1991年東京大学農学博士。論文は「計画的市街地形成と農地保全制度に関する研究」。 1989年10月財団法人日本農業研究所研究員、1996年4月高崎経済大学地域政策学部助教授、2003年4月同大学教授、2013年4月高崎経済大学副学長を経て、2017年4月から2021年3月まで同大学学長。
藤井 弘志(ふじい ひろし、1956年 - )は、日本の農学… 藤井 弘志(ふじい ひろし、1956年 - )は、日本の農学者。農学博士(岩手大学)。株式会社ファーム・フロンティア取締役会長・もっけ田農学校講師。山形大学農学部客員教授。酒田市長政策参与。 1956年、山形県酒田市の出身。岩手大学農学部を卒業。山形県庁に就職し、試験研究を20年(山形県農業総合研究センター農業生産技術試験場庄内支場水田技術研究部部長)、普及員を4年、担い手等の行政業務を3年担当。1995年3月、博士(農学)岩手大学。2006年、山形大学農学部食料生命環境学科(安全農産物生産学コース)の教授として教壇に立つ。山形大学附属やまがたフィールド科学センターセンター長。2016年6月23日、ドローン活用の農業システムで山大農学部と民間企業共同開発。
中村 順行(なかむら よりゆき、1953年2月 - )は、日… 中村 順行(なかむら よりゆき、1953年2月 - )は、日本の農学者(育種学・作物学・茶学)。学位は博士(農学)(岐阜大学・2006年)。静岡県立大学学長補佐・大学院食品栄養環境科学研究院特任教授・附属茶学総合研究センターセンター長(初代)・食品栄養科学部特任教授。 静岡県茶業試験場富士分場分場長、静岡県農林技術研究所企画部部長、静岡県農林技術研究所茶業研究センターセンター長などを歴任した。 静岡県茶業試験場などで、長年にわたりチャノキの品種改良の研究に取り組んだ。静岡県の特産物である緑茶に適した品種を目指しており、実際に数品種の開発にも携わった。日本国内で開発された多数のチャノキの品種に通じており、「茶の品種博士」とも呼ばれている。
澤田 利夫(さわだ としお、1935年12月19日 - )は… 澤田 利夫(さわだ としお、1935年12月19日 - )は、日本の教育学者。専門は数学教育。元東京理科大学教授。社団法人日本数学教育学会名誉会長、国立教育政策研究所名誉所員、東京理科大学名誉教授。 岩手県北上市出身。東京理科大学大学院修了後、国立教育研究所(現国立教育政策研究所)科学教育研究センター長、東京理科大学教授、同総合研究機構数学教育研究部門長、同総合教育機構理数教育研究センター客員教授等を経て、現東京理科大学名誉教授。 1990年代から本格化したいわゆるゆとり教育に対し、文部科学省やIEA、OECD等の行う学力調査の結果の分析を通じ、一貫して児童の学力低下や学力の二極化につながるものとして警鐘を鳴らし続けた。
小山田 了三(おやまだ りょうぞう、1932年12月31日 … 小山田 了三(おやまだ りょうぞう、1932年12月31日 - 2009年10月2日)は、日本の物性工学者、技術史学者。富士大学元学長。 岩手県盛岡市出身。小山田信茂の子孫。岩手県立盛岡第一高等学校を経て、1955年岩手大学教育学部卒、59年まで中学校教師、1961年東京理科大学卒、東京教育大学理学部をへて、1964年東京工業大学大学院修士課程修了、科学技術庁金属材料技術研究所研究員、71年同主任研究官、73年「溶融塩の基礎研究 二・三の基礎的性質とイオン間の相互作用について」で大阪大学工学博士。1974年長崎大学教育学部助教授、1978年教授、ニューマテリアル開発研究所・シンクタンク代表。1984年東京電機大学講師、1987年山梨学院大学商学部教授。
駒形 和男(こまがた かずお、1928年12月15日 - 2… 駒形 和男(こまがた かずお、1928年12月15日 - 2022年9月9日)は、日本の微生物学者。東京大学名誉教授。日本学士院エジンバラ公賞受賞。 新潟県南魚沼郡浦佐村(現南魚沼市)生まれ。1945年盛岡農林専門学校(現岩手大学農学部)農芸化学科入学。1948年同卒業。同年東京大学農学部研究生。1954年東京大学応用微生物研究所職員。1958年文部技官任官。1960年農学博士。1961年味の素入社。1968年東京大学応用微生物研究所助教授。1978年東京大学応用微生物研究所教授。1981年理化学研究所ライフサイエンス培養生物部長,理化学研究所ライフサイエンス研究情報室長、東京大学応用微生物研究所付属有用菌保存施設長。
鷹觜 テル(たかのはし テル、1921年3月7日 - 200… 鷹觜 テル(たかのはし テル、1921年3月7日 - 2000年3月24日)は、日本の栄養学者。岩手大学で初の女性助教授となった研究者で栄養学研究に生涯を捧げ、後年は「長寿村」研究をし「健康長寿の秘訣は雑穀を中心とする日本型食事」の実践的解明。医学博士。岩手大学名誉教授。 岩手県江刺郡田原村(のち江刺郡江刺町→江刺市、現在の岩手県奥州市江刺)に生まれ、岩谷堂高等女学校(現在の岩手県立岩谷堂高等学校)を経て、岩手女子師範学校卒業。卒業後は愛宕小、仁王小、盛岡高等女学校(現在の岩手県立盛岡第二高等学校)各教諭を経て、岩手大学の前身のひとつである岩手師範学校女子部の教員となり、新制大学移行後に岩手大学で初の女性助教授となった。
室井 綽(むろい ひろし、1914年7月11日 - 2012… 室井 綽(むろい ひろし、1914年7月11日 - 2012年10月5日)は、植物学者。専門は竹の分類、植物の生態。「日本竹笹の会」の会長として研究をリードし、「竹博士」と呼ばれた。 兵庫県赤穂市生まれ。1938年、盛岡高等農林学校農学部(現岩手大学農学部)卒業。1948年、第二神戸中学校(現兵庫県立兵庫高等学校)の教諭となり、1956年、富士竹類植物園(静岡県駿東郡長泉町)の初代園長となる。1962年「有用竹類の形態学的特性とその利用に関する研究」で北海道大学農学博士。1973年、県立兵庫高等学校を退職し、姫路学院女子短期大学教授。同年、兵庫県生物学会長。2012年10月5日、肺炎のため死去。
三木 茂(みき しげる、1901年1月1日 - 1974年2… 三木 茂(みき しげる、1901年1月1日 - 1974年2月21日)は、日本の植物学者。メタセコイアの発見者。 香川県木田郡奥鹿村(現:三木町鹿庭)出身。 盛岡高等農林学校(現:岩手大学農学部)を経て、1925年、京都帝国大学理学部卒業、後に同教授。大阪学芸大学(現:大阪教育大学)教授、大阪市立大学教授を歴任。また、大阪自然科学研究会(大阪市立自然史博物館友の会の前身)の会長を務め、自然史科学の普及活動に貢献した。 1939年、和歌山県・岐阜県から、常緑樹のセコイアやヌマスギとは異なる落葉樹の植物遺体(化石の一種)を発見し、1941年にメタセコイアと命名、発表した。遺跡出土の植物遺体についても多くの考察を残した。
千島 喜久男(ちしま きくお、1899年10月10日 - 1… 千島 喜久男(ちしま きくお、1899年10月10日 - 1978年10月23日)は、日本の生物学者。医学博士。 岐阜県吉城郡上宝村(現・高山市)出身。盛岡高等農林学校獣医科卒。岐阜大学農学部教授(1953年就任、1963年退官)。正五位勲三等瑞宝章。 1963年から自らが「革新的医学・生物学理論」と称する「千島学説」を提唱して、「新生命医学会」を設立、普及活動を行った。 千島の発表論文は、例えば慶應義塾大学解剖学教室のOkajimas Folia Anatomica Japonicaなどに査読を経て掲載されている。 しかし千島学説の検証については、査読のある論文で千島学説を支持するものはない。
川上 行蔵(かわかみ こうぞう、1898年9月7日 - 19… 川上 行蔵(かわかみ こうぞう、1898年9月7日 - 1994年10月26日)は、栄養学者、食物史学者。 新潟県出身。盛岡高等農林学校農芸化学科(現岩手大学農学部)卒。1937年「肝油特ニ其ノ不鹸化物ノ成分ニ就テ」で東京帝国大学農学博士。鈴木梅太郎に師事し、東京帝国大学農学部、理化学研究所、満州国立大陸科学院に勤務。敗戦後引揚げ、農林省開拓研究所、農業技術研究所に勤める。1962年定年退職、共立女子短期大学教授。1974年退任、料理書原典研究会を設立、主宰。1984年勲三等瑞宝章受勲。江戸時代の料理書を研究した。
澤田 兼吉(さわだ かねよし、1883年12月26日-195… 澤田 兼吉(さわだ かねよし、1883年12月26日-1950年4月7日)は、日本の菌学者・植物病理学者。 1883年12月26日、岩手県盛岡市の生まれ。 1903年3月、岩手県立盛岡中学校(現在の盛岡第一高等学校)を卒業。その後、1903年6月から1908年7月まで盛岡高等農林学校(現在の岩手大学農学部)の植物学教室と図書館に勤務、同教室の教授だった山田玄太郎の助手として植物標本製作などの業務に従事する。1908年8月より、同年6月に設置されたばかりの台湾総督府農事試験場(後に中央研究所農業部)に植物病理部技手として勤務、1910年より教育部技手、同年7月より図書館取扱主任を兼任、1920年より植物病理部主任心得を務める。
田山 淳(たやま じゅん) は、日本の生理心理学者、臨床心理… 田山 淳(たやま じゅん) は、日本の生理心理学者、臨床心理学者。早稲田大学人間科学学術院教授。 1997年東北学院大学教養学部教養学科人間科学専攻卒業。2000年岩手大学大学院教育学研究科学校教育専攻修了。2004年東北大学大学院医学系研究科障害科学専攻行動医学分野修了、博士(障害科学)。 2005年東北労災病院附属看護専門学校非常勤講師、仙台白百合女子大学人間学部非常勤講師。2007年東京福祉大学短期大学部非常勤講師。2008年東北大学大学院医学系研究科非常勤講師、宮城学院女子大学学芸学部非常勤講師、宮城学院女子大学発達科学研究所客員研究員。 2009年長崎大学保健・医療推進センター准教授。
新渡戸 仙岳(にとべ せんがく、(1858年10月5日(安政… 新渡戸 仙岳(にとべ せんがく、(1858年10月5日(安政5年8月29日) - 1949年(昭和24年)9月26日)は、日本の教育者、郷土史家。 1858年(安政5年)、陸奥国盛岡馬町(現在の岩手県盛岡市清水町)にある峯壽院住職の家に生まれる。曽祖父の新渡戸姫岳は与謝蕪村に学んだ俳諧師で、諸国を漫遊した。 盛岡藩の藩校作人館に学んだ後、公立盛岡師範学校を経て初等教育者となる。県内各地の小学校に赴任し、1887年(明治20年)気仙郡立高等小学校校長となるも、1907年(明治40年)の盛岡高等女学校校長を最後に教職を辞した。退職後は『巖手日報』主筆となる。その後、岩手県史編纂委員長、南部藩史編纂委員、史跡名勝天然記念物調査委員などを歴任しつつ、郷土史史料の収集にあたった。
山根 正気(正氣)(やまね せいき、1948年 - )は、日… 山根 正気(正氣)(やまね せいき、1948年 - )は、日本の昆虫学者。専門は多様性生物学(アリ・ハチの分類学・生物地理学)。鹿児島大学名誉教授、農学博士。 1948年北海道生まれ。1971年岩手大学農学部農学科卒業、1975年北海道大学大学院農学研究科農業生物学専攻修士課程修了。1980年同博士課程単位取得退学。1980年鹿児島大学理学部助手、1986年講師。1990年農学博士(北海道大学)。1990年鹿児島大学理学部助教授、1995年東京大学大学院理学系研究科助教授(併任)、1997年鹿児島大学理学部教授、1997年東京大学大学院理学系研究科教授(併任)。2009年鹿児島大学大学院理工学研究科教授、2014年定年退職、同大学名誉教授。