小川 賢太郎(おがわ けんたろう、1948年7月29日 - … 小川 賢太郎(おがわ けんたろう、1948年7月29日 - 2026年4月6日)は、日本の実業家、起業家、経営者。すき家などを展開しているゼンショーの創業者で、同社代表取締役会長。 2017年より、国民生活産業・消費者団体連合会(生団連)第2代会長。 石川県出身。東京都立新宿高等学校を経て、東京大学に進学するが、全共闘運動に関わり中退。 港湾労働を経て、ベトナム戦争から「資本主義のもとで貧困をなくす」ことに目覚め、通信教育で中小企業診断士の資格を取得。 1978年、吉野家に入社。同社の倒産などをきっかけに独立し、1982年にゼンショーを創業。社名は創業時に「全勝」「善意の商売」「禅の心で商売を行う」の3つの意味を込めて命名した。
舩橋 晴俊(ふなばし はるとし、1948年7月17日 - 2… 舩橋 晴俊(ふなばし はるとし、1948年7月17日 - 2014年8月15日)は、日本の社会学者。法政大学社会学部元教授。専門は、社会学理論、環境社会学。原子力市民委員会座長。環境社会学会の設立メンバー。妻は舩橋惠子。 神奈川県中郡大磯町生まれ。大磯町立大磯小学校、大磯町立大磯中学校、神奈川県立平塚江南高等学校を経て、東京大学理科一類に入学。1971年に東京大学工学部宇宙航空学科、1973年に東京大学経済学部経済学科をそれぞれ卒業。1975年に東京大学大学院社会学研究科修士課程を修了、1976年に同博士課程を中退。東京大学文学部助手、法政大学社会学部専任講師、同助教授を経て、同教授。 2014年8月15日、クモ膜下出血のため神奈川県大磯町の病院で死去。
大西 隆(おおにし たかし、1948年7月16日 - )は、… 大西 隆(おおにし たかし、1948年7月16日 - )は、日本の都市工学者(国土計画・地域開発・都市開発)。学位は工学博士(東京大学・1980年)。豊橋技術科学大学学長、東京大学名誉教授、日本学術会議会長(第27代)、総合科学技術・イノベーション会議議員[3]。これまでに、東京大学大学院工学系研究科教授、東京大学先端科学技術研究センター教授、東日本大震災復興構想会議委員、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別招聘教授などを歴任。
萩谷 順(はぎたに じゅん、1948年7月11日 - )は、… 萩谷 順(はぎたに じゅん、1948年7月11日 - )は、日本のジャーナリスト、法政大学名誉教授。元朝日新聞編集委員。 東京都出身。祖父は大阪の医師の萩谷理平治。父萩谷朴は国文学者、二松學舍大学と大東文化大学の名誉教授。母松江は安田銀行(現みずほ銀行)創業者の安田善次郎の三男で安田銀行頭取の安田善五郎の四女。戦前の歌手の徳山璉は義理の叔父にあたる。 学習院初等科、学習院中・高等科、東京大学法学部を卒業し1971年朝日新聞社入社。学習院の同級生に政治家の鳩山邦夫、作曲家の都倉俊一、東京大学名誉教授の能見善久、日本郵政社長の長門正貢などがいる。学習院高等科では第一外国語としてドイツ語を専攻。 宇都宮、長野両支局勤務の後、政治部、外報部、Deutsche Welle(ドイツ国際放送)派遣、カイロ特派員、ウィーン特派員、外報部次長、ボン特派員、英文雑誌ジャパン・クオータリー編集長などを歴任した。
佐藤 研(さとう みがく、あるいは佐藤研眞〈けんしん〉、19… 佐藤 研(さとう みがく、あるいは佐藤研眞〈けんしん〉、1948年7月 - )は、日本の神学者・宗教学者・禅指導者(三宝禅)。専門は、新約聖書学・初期キリスト教史・禅。。立教大学名誉教授。 1948年に福島県に生まれる。1973年に東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業後、 東京大学大学院人文科学研究科西洋古典学専門課程に進学。1976年に同修士課程を修了、博士後期課程進学。1982年に単位取得満期退学後、スイスに留学。 1984年、ベルン大学神学部を卒業。 1991年に、立教大学一般教育部人文・社会学科助教授に就任。1995年に文学部キリスト教学科に異動、1997年に教授に昇任、翌1998年にコミュニティ福祉学部教授に異動、2009年にキリスト教学科に戻る。
杉原 厚吉(すぎはら こうきち、1948年6月29日 - )… 杉原 厚吉(すぎはら こうきち、1948年6月29日 - )は、日本の数理工学者。東京大学名誉教授。明治大学先端数理科学インスティテュート研究特別教授。 1948年岐阜県高山市生まれ。高山市立西小学校、高山市立中山中学校、岐阜県立斐太高等学校を経て、1971年東京大学工学部計数工学科卒業、1973年東京大学大学院工学系研究科計数工学専門課程修士課程修了、工学部助手、7月通商産業省電子技術総合研究所研究官、1980年東京大学より工学博士の学位を取得。1981年名古屋大学工学部情報工学科助教授、1986年東京大学工学部助教授、1991年教授、2001年東京大学大学院情報理工学系研究科数理情報学専攻教授、2009年4月より明治大学研究・知財戦略機構特任教授。
松田 譲(まつだ ゆずる、1948年6月25日 - )は、日… 松田 譲(まつだ ゆずる、1948年6月25日 - )は、日本の薬学研究者、実業家、農学博士。協和発酵キリン代表取締役社長や、日本製薬団体連合会副会長、日本農芸化学会副会長を務めた。 新潟県出身。1971年新潟大学農学部卒業。1977年東京大学大学院農学系研究科博士課程修了、農学博士、協和発酵工業(現協和発酵キリン)入社。東京研究所研究員を務め、新薬開発にあたった。主任研究員を経て、2000年執行役員医薬総合研究所長。2002年常務取締役総合企画室長に昇格。 2003年から協和発酵工業代表取締役社長を務め、キリンファーマとの経営統合を行い、2008年に合併後の協和発酵キリン代表取締役社長に就任。
渡辺 憲正(わたなべ のりまさ、1948年6月20日 - )… 渡辺 憲正(わたなべ のりまさ、1948年6月20日 - )は、日本の社会学者、関東学院大学名誉教授。日本哲学会理事。元唯物論研究会委員長。 静岡県清水市生まれ。1973年東京大学教育学部教育哲学科卒、1982年一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位修得満期退学。指導教官は良知力。 一橋大学助手、中国短期大学講師、助教授、1992年関東学院大学経済学部助教授、教授。2007年には副学長として関東学院大学ラグビー部部員の大麻事件に対応し、関東ラグビーフットボール協会へ報告書を提出するなどした。 2008年、唯物論研究協会委員長。2011年日本哲学会評議員、2017年同理事兼評議員。
百橋 明穂(どのはし あきお、1948年5月24日- )は、… 百橋 明穂(どのはし あきお、1948年5月24日- )は、日本の美術史学者、神戸大学名誉教授。 富山県生まれ。1971年東京大学文学部美学美術史卒、1974年同大学院美術史修士課程修了、奈良国立文化財研究所勤務。1980年奈良国立博物館学芸員。1981年神戸大学文学部助教授、95年教授、2013年定年退任、名誉教授。2000年「仏教美術史論」で東大文学博士。2005年鄭州大学客員教授。2009年甘粛省博物館客員研究員、蘭州大学客員教授。
月本 昭男(つきもと あきお、1948年5月20日 - )は… 月本 昭男(つきもと あきお、1948年5月20日 - )は、日本のアッシリア学者・聖書学者・宗教学者。立教大学名誉教授、上智大学名誉教授。公益財団法人古代オリエント博物館(池袋)館長。長野県出身。 長野県生まれ。1971年東京大学文学部宗教学・宗教史学科卒業。78年同大学院人文科学研究科宗教学・宗教史学専攻博士課程中退。1980年ドイツ・テュービンゲン大学文化学部修了、Dr. Phil.の学位を取得。::※学位論文「古代メソポタミアにおける死者供養の研究」が、ドイツの学術叢書『旧約聖書と古代オリエント』の一冊として出版される。1981年立教大学一般教育部人文・社会科学科専任講師。83年助教授。
大嶋 仁(おおしま ひとし、1948年5月15日- )は、日… 大嶋 仁(おおしま ひとし、1948年5月15日- )は、日本の比較文学者、福岡大学名誉教授。「からつ塾」運営委員。 神奈川県鎌倉市生まれ。1975年東京大学文学部倫理学科卒、在学中にフランス政府給費留学生としてパリに2年滞在。1980年同大学院比較文学比較文化博士課程単位取得満期退学。静岡大学講師、バルセロナ、リマ、ブエノスアイレス、パリで教えた後、1995年福岡大学人文学部教授。2016年退職、名誉教授。佐賀県唐津市で「からつ塾」の運営にも当たる。2011-13年日本比較文学会会長。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
嵯峨山 茂樹(さがやま しげき、1948年5月12日 - )… 嵯峨山 茂樹(さがやま しげき、1948年5月12日 - )は、日本の工学者。東京大学名誉教授。明治大学総合数理学部先端メディアサイエンス学科教授。博士(工学)(東京大学・1998年)。専門は音楽信号処理、音楽情報処理、音響信号処理、音声認識、音声分析、音声合成、音声対話システム、音声対話擬人化エージェント、手書き文字認識、画像処理。兵庫県出身。 専門は音楽信号処理、音楽情報処理、音響信号処理、音声認識、音声分析、音声合成、音声対話システム、音声対話擬人化エージェント、手書き文字認識、画像処理。電電公社、ATR、NTTにて音声認識・合成・対話の研究開発に長年にわたり従事し、ラグ窓法、複合正弦波音声合成法、デルタ特徴量、音素環境クラスタリング、話者適応法など、音声情報処理における現在の技術の源流となる数々のアイディアを提唱。
北川 源四郎(きたがわ げんしろう、1948年5月6日 - … 北川 源四郎(きたがわ げんしろう、1948年5月6日 - )は、日本の数理統計学者。前統計数理研究所長。情報・システム研究機構長。時系列解析の先導的研究者。逐次モンテカルロ法を考案し、1996年に発表。
上垣外 憲一(かみがいと けんいち、 1948年5月3日- … 上垣外 憲一(かみがいと けんいち、 1948年5月3日- )は、日本の比較文学・文化学者。前大妻女子大学比較文化学部教授。古代からの日本と朝鮮半島との関係史などの論考が多い。 長野県松本市出身。5歳から東京都で育つ。1972年東京大学教養学科ドイツ分科卒業、1977年同大学院比較文学比較文化博士課程中退、東洋大学文学部講師(ドイツ語)、1980年助教授、1987年国際日本文化研究センター助教授、1996年教授。1996年、東京大学より博士(学術)の学位を取得、学位論文の題は「半井桃水に見る明治日本人の朝鮮観」。1997年、帝塚山学院大学文学部教授、同副学長。2009年大手前大学教授。2013年退任、大妻女子大学比較文化学部教授。
高見 進(たかみ すすむ、1948年4月30日 - )は、日… 高見 進(たかみ すすむ、1948年4月30日 - )は、日本の法学者。専門は民事訴訟法。北海道大学名誉教授。 1948年4月30日、兵庫県伊丹市生まれ。1971年、東京大学法学部卒業。1972年、司法試験合格。1973年、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程民刑事法専攻修了。 1973年、東京大学法学部助手。1975年、北海道大学法学部助教授。1985年、北海道大学法学部教授。2000年、北海道大学大学院法学研究科教授。2004年、北海道大学法科大学院教授。2012年、北海道大学法科大学院特任教授。2013年、定年退職。札幌大学地域共創学群非常勤講師(2016年まで)。 専門は民事訴訟法。特に、証明の程度。
並木 頼寿(なみき よりひさ、1948年4月27日 - 20… 並木 頼寿(なみき よりひさ、1948年4月27日 - 2009年8月4日)は、日本の歴史学者、東京大学教授。専門は中国史。 1948年、新潟県南魚沼市(旧大和町)で生まれた。新潟県立六日町高等学校を卒業し、東京大学文学部第二類に入学した。東洋史学専修で学び、1973年に卒業。東京大学大学院に進み、 1976年に修士課程を修了した。 1982年、東海大学文学部講師に就任。その後[いつから?]、同助教授に昇格。1988年に東京大学教養学部助教授に転じ、1995年に同教授に昇格した。その後、東京大学大学院総合文化研究科教授[いつから?]。 学界では、2004年から2008年まで、日本現代中国学会事務局長、副理事長を務めた。
北岡 伸一(きたおか しんいち、1948年〈昭和23年〉4月… 北岡 伸一(きたおか しんいち、1948年〈昭和23年〉4月20日 - )は、日本の政治学者、歴史学者。奈良県立大学理事長、政策研究大学院大学客員教授、東京大学名誉教授、立教大学名誉教授。学位は法学博士(東京大学・1976年)。専門は日本政治外交史。 国連次席大使(2004年4月 - 2006年8月)、国際大学学長、国際協力機構(JICA)理事長を歴任。 奈良県吉野郡吉野町で造り酒屋の家に生まれる。祖父と父は共に吉野町長。大叔父は官僚・経済学者の北岡寿逸。東大寺学園中学校・高等学校、東京大学法学部卒業。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了、1976年博士課程修了、博士論文「日本陸軍と大陸政策 1906年 - 1918年」により、法学博士取得。
本川 達雄(もとかわ たつお、1948年4月9日 - )は、… 本川 達雄(もとかわ たつお、1948年4月9日 - )は、日本の生物学者、シンガーソングライター。東京工業大学名誉教授。専攻は動物生理学。 1948年、宮城県仙台市で生理学者の本川弘一(後に東北大学総長)の息子として生まれる。宮城県仙台第一高等学校を経て、1971年、東京大学理学部生物学科(動物学)卒業。東京大学助手、琉球大学助教授、デューク大学客員助教授を経て、1991年より2014年まで東京工業大学教授。 研究対象は、キャッチ結合組織や、ホヤを題材にしたサイズの生物学(アロメトリー)など。キャッチ結合組織とは硬さが素早く変わる結合組織で、棘皮動物にのみ見られるもの。この組織が棘皮動物5つの綱すべてで働いていることを示し、硬さ変化の機構や変化の神経制御など、この分野を切り開いて行ったことで、世界の棘皮動物学者の間で名高い。
加藤 典洋(かとう のりひろ、1948年(昭和23年)4月1… 加藤 典洋(かとう のりひろ、1948年(昭和23年)4月1日 - 2019年(令和元年)5月16日)は、日本の文芸評論家、早稲田大学名誉教授。講談社ノンフィクション賞、小林秀雄賞選考委員。 『「アメリカ」の影』(1985年)で注目される。文学、政治、歴史認識と広く戦後日本の社会を独自の視点で考察。著書に『敗戦後論』(1997年)、『日本の無思想』(1999年)、『言葉の降る日』(2016年)、『敗者の想像力』(2017年)などがある。 山形県山形市出身。山形県立山形東高等学校を経て、1972年東京大学文学部仏文学科を卒業。1985年に『アメリカの影』でデビューする。 雑誌『思想の科学』に1980年代からかかわり、第八次『思想の科学』(1993-1996)の編集委員をつとめた。
山梨 俊夫(やまなし としお、1948年4月1日 - )は、… 山梨 俊夫(やまなし としお、1948年4月1日 - )は、日本の美術史家、国立国際美術館館長。日本とフランスの近現代美術を主な専門領域とし、数多くの展覧会企画を担当する。 神奈川県横浜市生まれ。1972年東京大学文学部美学美術史学科卒業。1976年神奈川県立近代美術館学芸課勤務、1992年同館学芸課長、2002年副館長、2004年館長。定年後も非常勤館長として勤務。2011年国立国際美術館館長。2013年全国美術館会議副会長。2017年『風景画考』で平成28年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。
木村 正人(きむら まさと、1948年4月 - )は、日本の… 木村 正人(きむら まさと、1948年4月 - )は、日本の医学者(内科学・腎臓病学)、医師。学位は医学博士(東京大学・1984年)。静岡県立大学名誉教授。 東京大学医学部附属病院第一内科医員、浜松医科大学医学部附属病院第一内科外来医長、静岡県立大学短期大学部第一看護学科教授、静岡県立大学看護学部教授、静岡県立大学看護学部学部長(第3・5代)、静岡県立大学学生部部長、静岡県立大学大学院看護学研究科研究科長(第3代)などを歴任した。 東京大学医学部附属病院や浜松医科大学医学部附属病院にて内科医として勤務し、浜松医科大学医学部附属病院では第一内科の外来医長も務めた。医学者としての顔も持ち、静岡県立大学短期大学部の第一看護学科や静岡県立大学の看護学部では教授を務めた。
吉田 豊信(よしだ とよのぶ、1948年4月 - )は、日本… 吉田 豊信(よしだ とよのぶ、1948年4月 - )は、日本の工学者。工学博士。東京大学大学院工学系研究科教授を経て、同名誉教授。専門はプラズマ材料工学。福井県出身。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
山形 俊男(やまがた としお、1948年3月25日 - )は… 山形 俊男(やまがた としお、1948年3月25日 - )は、日本の理学者。第42代東京大学大学院理学系研究科研究科長・理学部学部長、東京大学名誉教授。専門は気候力学、海洋物理学、地球流体力学。栃木県出身。 海洋の渦や木星の大赤斑等の非線形現象の研究を経て、1980年代初頭にエルニーニョ現象の基本的な発生メカニズムをプリンストン大学のサミュエル・ジョージ・フィランダー教授らと世界に先駆けて提唱した。世界の異常気象に影響を与えるダイポールモード現象や太平洋のエルニーニョもどき現象を発見し命名する等、世界の気候の自然変動(climate variability)研究の指導的立場にある。 米国気象学会は2004年にスヴェルドラップ金メダルを授与し、一連の海洋物理学、気候力学への功績を称えた。
盛山 和夫(せいやま かずお、1948年3月13日 - )は… 盛山 和夫(せいやま かずお、1948年3月13日 - )は、日本の社会学者、関西学院大学教授、東京大学名誉教授。専門は、数理社会学。博士(社会学)(東京大学、1996年)。 統計学を用いての科学的社会学の構築を目指し、SSM調査を用いて日本社会の階層構造を調査している。またジョン・ロールズの『正義論』についても著作がある。小室直樹の門下生。鳥取県生まれ。
湊 博昭(みなと ひろあき、1948年3月7日 - 2006… 湊 博昭(みなと ひろあき、1948年3月7日 - 2006年10月3日 )は、日本の医学者、精神科医。専門は社会精神医学、研究領域は、青年期危機の精神医学的研究、スチューデント・アパシーの臨床研究、青年期精神医学の研究。 徳島県生まれ。一橋大学での湊ゼミで学んだ学生には、漫画家の倉田真由美や黒田硫黄、ジャーナリストの安田純平らがいる。 一橋大学の他、東京大学(駒場・本郷)、東京工業大学、中央大学などの保健センターでも非常勤講師として、学生の診察を行っている。ただし、2006年3月、体調不良のため全て辞職。一橋大学でも、講義・演習は辞退したが、保健センターでの診察は同年9月に帰宅途中の国分寺駅で脳出血で倒れるまで継続した。
能見 善久(のうみ よしひさ、1948年2月27日 - )は… 能見 善久(のうみ よしひさ、1948年2月27日 - )は、日本の法学者。専門は民法。東京大学名誉教授。学習院大学教授。東京都品川区出身。四宮和夫門下。 学習院中・高等科を経て、東京大学法学部卒業。学習院の同級生に元総務大臣の鳩山邦夫、作曲家の都倉俊一、日本郵政社長の長門正貢、元朝日新聞編集委員の萩谷順などがいる。 不法行為法・契約法、環境法の基礎理論、信託と法人等について主に研究している。内戦後のカンボジアにおける法整備の支援にも尽力している。その後、2009年にカンボジア政府から勲章を授与されている。民法学者で同様に信託法で名高い四宮和夫に師事。
村沢 義久(むらさわ よしひさ、1948年2月27日-)は、… 村沢 義久(むらさわ よしひさ、1948年2月27日-)は、日本の経営学者、環境学者。徳島県出身。徳島県立城南高等学校、東京大学工学部機械工学科卒業、東京大学大学院工学系研究科修了(情報工学専攻)。スタンフォード大学経営大学院にてMBA取得。東京大学総長室アドバイザー。「かながわソーラープロジェクト研究会」会長。元東邦チタニウム取締役(2019年6月まで)、(株)アドバンス顧問。 1979年7月ベイン・アンド・カンパニー入社の後、ブーズ・アレン・アンド・ハミルトン日本代表、ゴールドマン・サックス証券M&A担当バイス・プレジデント、及び モニター・カンパニー日本代表を歴任。さらに、 サイクロン・コマース・インク日本代表やコラボ・テクノロジー取締役を務めた後、 2003年4月より東京大学非常勤講師。
竹村 牧男(たけむら まきお、1948年2月25日 - )は… 竹村 牧男(たけむら まきお、1948年2月25日 - )は、日本の仏教学者。専攻は唯識、禅、大乗仏教思想。学位は、博士(文学)(東京大学・論文博士・1993年)。筑波大学名誉教授、東洋大学名誉教授。東洋大学学長を歴任。 東京豊島区生まれ。豊島区立千早小学校、豊島区立千早中学校、東京都立小石川高等学校卒業、1971年に東京大学文学部卒業、1975年、同大学院印度哲学専修博士課程中退。 1993年に『唯識思想論攷 -三性説の哲学的究明』で東京大学より文学博士(乙種)の学位を取得。 文化庁宗務課専門職員を経て三重大学助教授に移籍、筑波大学に転じ、教授に昇任。2002年に定年退官、名誉教授となる。東洋大学文学部に転じ、2009年9月より2020年3月まで同大学長。
小泉 武栄(こいずみ たけえい、1948年(昭和23年)2月… 小泉 武栄(こいずみ たけえい、1948年(昭和23年)2月21日 - )は、日本の地理学者。東京学芸大学名誉教授。 長野県下高井郡瑞穂村(現飯山市)生まれ。1970年東京学芸大学教育学部中学校社会課程卒業。1977年東京教育大学大学院理学研究科修士課程地理学専攻修了。東京大学大学院理学系研究科博士課程地理学専門課程単位取得退学。1978年東京学芸大学助手、1982年助教授を経て、教授。 1990年に「日本アルプスにおける高山風衝地植物群落の生態地理学的研究 : 地質および斜面発達と植物群落」(小泉 1990)にて東京大学より理学博士を授与される。 主要な研究テーマは、高山や極地から山地・丘陵地・河原までの地形・地質と植生分布の関わり、山地や河川の地形、氷河期以来の環境変遷など。
船曳 建夫(ふなびき たけお、1948年2月18日 - )は… 船曳 建夫(ふなびき たけお、1948年2月18日 - )は、日本の文化人類学者、東京大学名誉教授。
恒川 惠市(つねかわ けいいち、1948年2月13日 - )… 恒川 惠市(つねかわ けいいち、1948年2月13日 - )は、日本の政治学者。東京大学名誉教授。専門は、比較政治学・ラテンアメリカ政治。 千葉県出身。千葉県立佐原高等学校卒、1971年東京大学教養学部国際関係論専攻卒、1980年同大学院博士課程満期退学、1979年コーネル大学政治学部大学院博士課程満期退学(1989年博士号取得)。 1980年東京大学教養学部助手、1981年助教授、1991年教授、2008年政策研究大学院大学教授、2008年10月国際協力機構(JICA)の組織改編に伴って新設された、JICA研究所の初代所長に就任した。2011年4月 - 2014年3月政策研究大学院大学副学長、JICA研究所シニアリサーチアドバイザー。
春日 雅人(かすが まさと、1948年2月4日 - )は、日… 春日 雅人(かすが まさと、1948年2月4日 - )は、日本の医師、医学者。医学博士。
西村 清和(にしむら きよかず、1948年1月30日 - )… 西村 清和(にしむら きよかず、1948年1月30日 - )は、日本の美学者。学位は、文学博士(東京大学・論文博士・2010年)。東京大学名誉教授。元國學院大學文学部哲学科教授。 京都府京都市生まれ。 1966年3月、兵庫県立尼崎北高等学校卒業。 1971年6月、東京大学文学部(美学芸術学専修課程)卒業。 1974年3月、同学大学院人文科学研究科(美学芸術学専門課程)修士課程修了。 1976年5月、同研究科(美学芸術学専門課程)博士課程単位取得退学。同年6月、岡山大学法文学部助手(美学美術史)。 1977年6月から1979年3月まで、ミュンヘン大学にドイツ学術交流会奨学生として留学。 1979年7月、岡山大学法文学部講師。
有田 秀穂(ありた ひでほ、1948年1月28日 - )は日… 有田 秀穂(ありた ひでほ、1948年1月28日 - )は日本の脳生理学者、医師。専門領域は呼吸の脳神経学、セロトニン神経の機能と活性法、坐禅の科学。「セロトニン」が心身の元気とハピネスに関係する脳内物質であると主張。東邦大学医学部名誉教授。セロトニンDOJO代表。 東京大学医学部在学中に、「潜り人、92歳」の著者である大崎映晋にダイビングを習い、東大海洋研究会を設立し、初代会長となった。 米国ニューヨーク州立大学バッファロー校に2年半留学し、1年後に新設の筑波大学基礎医学系の講師に着任、生理学に転向した。 東邦大学医学部第一生理学の助教授となり、睡眠時無呼吸の実験研究を行った。2000年に主任教授になって研究チームを組織し、「坐禅の丹田呼吸法を脳科学で読み解くヒューマン実験」を本格的に開始、セロトニン神経が中心的役割を担う事を証明し、サイエンスの国際誌に掲載された。
菊地正幸(きくち まさゆき、1948年1月19日 - 200… 菊地正幸(きくち まさゆき、1948年1月19日 - 2003年10月18日)は、日本の地震学者・地球科学者である。特にリアルタイムでの震源解析に努めた。 1970年代にはコンピュータを使用した地震のシミュレーションを調査した。1980年代以降は地震の初期破壊過程の研究を行い、金森博雄らと震源の解析方法を確立した。また、世界の主要な地震について発生直後に解析しインターネット上でそれを公開した。これらは「菊地解」と称され、震源解析の研究の基盤を確立した[要出典]。また、地震発生直後に地震の実態を把握に焦点を当て、インターネットの普及に伴い地震研究のリアルタイム化を推進した。その後の緊急地震速報の研究・開発にも寄与した。
田島 俊樹(たじま としき、1948年1月18日 - )は、… 田島 俊樹(たじま としき、1948年1月18日 - )は、日本の物理学者。独立行政法人日本原子力研究開発機構・関西光科学研究所の元所長。レーザー粒子加速器の世界的権威。カリフォルニア大学アーバイン校教授。千葉大学名誉教授の田島正樹は弟。[要出典] 愛知県尾張旭市出身。1971年東京大学理学部卒業、1975年カリフォルニア大学アーバイン校理学部物理学科博士課程修了。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。
谷川 渥(たにがわ あつし、1948年1月7日 - )は、日… 谷川 渥(たにがわ あつし、1948年1月7日 - )は、日本の美学者・批評家。 1972年、東京大学文学部美学芸術学科を卒業。1978年には同大学院博士課程を修了し、文学博士の学位を取得した。その後、東京大学助手、國學院大學文学部助教授・教授を歴任。海外においては、杭州師範大学客座教授、京都精華大学客員教授などの要職を務めた。 マニエリスムやバロックといった歴史的な美術潮流から、モダニズム、そして現代美術に至るまで、広範な領域を視野に収めた批評活動を展開している。その研究は多岐にわたり、美学原理論、芸術時間論、廃墟論、だまし絵論、シュルレアリスム論、そして独自の視点による「芸術の皮膚論」など、独創的な美学的地平を切り拓いている。
岡崎 彰(おかざき あきら、1948年1月4日 - )は、日… 岡崎 彰(おかざき あきら、1948年1月4日 - )は、日本の天文学者・教育学者。群馬大学教育学部名誉教授。 天文学・天体物理学一般および科学教育 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。 この項目は、天文学(天文学者を含む)や地球以外の天体に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:天体/Portal:天文学)。
林 文代(はやし ふみよ、1948年1月4日 - )は、アメ… 林 文代(はやし ふみよ、1948年1月4日 - )は、アメリカ文学者、東京大学総合文化研究科名誉教授。ウィリアム・フォークナー、言語論が専門。 徳島県生まれ。1971年早稲田大学第一文学部英文科卒、1974年東大大学院英文科修士課程修了、1975-1977年米国インディアナ大学博士課程在籍、1980年東大博士課程単位取得満期退学、早大専任講師、1983年助教授、1985年インディアナ大学博士号、1988年東大教養学部助教授、1993年教授。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
谷口 維紹(たにぐち ただつぐ、1948年1月1日 - )は… 谷口 維紹(たにぐち ただつぐ、1948年1月1日 - )は日本の分子免疫学者。東京大学教授。和歌山県出身。
舘 昭(たち あきら、1948年1月1日- )は、日本の教育… 舘 昭(たち あきら、1948年1月1日- )は、日本の教育行政学者、桜美林大学名誉教授。 東京生まれ。1972年東京大学教育学部教育行政学科卒業、1977年同大学院博士課程満期退学。この間、1976年3月から(1978年3月まで)『東京大学百年史』の編集に携わる。 1978年4月奈良教育大学助教授に就き、放送教育開発センター助教授、大学評価・学位授与機構教授を経て、2004年より桜美林大学教授。2009年より2年間日本高等教育学会会長をつとめる。2018年3月末日をもって桜美林大学を退職、名誉教授の称号を得る。
中田 基昭(なかだ もとあき、1948年 - )は、日本の教… 中田 基昭(なかだ もとあき、1948年 - )は、日本の教育学者。東京大学名誉教授、岡崎女子短期大学特任教授。 専攻は、授業実践学、教育哲学、現象学。 現象学的知見をもとにした教育事象の解明。哲学を渡邊二郎に師事。 東京都生まれ。東京大学大学院教育学研究科後期博士課程修了。1982年東京大学教育学博士、論文の題は「重症心身障害児の教育方法研究 : 現障学に基づく経験構造の解明 」。 東京大学教育学部助手、助教授、教授を経て2009年に東京大学を定年退職。2010年から岡崎女子短期大学幼児教育学科特任教授。
板橋 作美(いたばし さくみ、1948年 ‐ )は、日本の文… 板橋 作美(いたばし さくみ、1948年 ‐ )は、日本の文化人類学者。専門は宗教人類学、日本の俗信(迷信)の論理に関する研究。ある社会の食物の禁忌などについても論じている。 東京都生まれ。東京大学教養学部教養学科文化人類学分科卒業。東京大学大学院社会学研究科修士課程修了。東京大学助手、山口大学講師、東京医科歯科大学助教授を経て、東京医科歯科大学教養部教授。
藤田 敏郎(ふじた としろう、1948年 - )は、日本の医… 藤田 敏郎(ふじた としろう、1948年 - )は、日本の医学者(内科学・腎臓学・高血圧)。学位は、医学博士。東京大学名誉教授。紫綬褒章受章。
彦坂 興秀(ひこさか おきひで、1948年 - )は、日本出… 彦坂 興秀(ひこさか おきひで、1948年 - )は、日本出身の神経科学者、医師。アメリカ国立衛生研究所眼病研究所 (NEI) 所属。 長野県長野市出身。長野県長野高等学校を経て、1973年に東京大学大学院から医学博士号を取得し、1978年には島津浩の指導下で前庭眼脳幹系の研究により博士号を取得した。同年から東邦大学講師、翌年からは助教授を務めた。その後は1982年までアメリカ国立衛生研究所眼病研究所 (NEI) で博士研究員として研究を行った。 1983年に東邦大学の准教授に就任。1988年、生理学研究所に教授として移籍し、1993年に順天堂大学医学部第一生理学教室教授。2002年以降はアメリカ国立衛生研究所眼科研究所に戻り、感覚運動システムの研究グループリーダーを務めている。
井上 順孝(いのうえ のぶたか、1948年 - )は、日本の… 井上 順孝(いのうえ のぶたか、1948年 - )は、日本の歴史学者・宗教学者。國學院大學名誉教授、国際宗教研究所宗教情報リサーチセンター長、宗教文化教育センター長、日本宗教学会会長。専門は宗教社会学で新宗教や教派神道を研究。学位は宗教学博士(乙種、國學院大學、1992年)。 鹿児島県出身。祖父は日本画家の棚田暁山。鹿児島県立川内高等学校を経て、東京大学文学部卒業。同大学大学院人文科学研究科博士課程中退。1974年、東京大学文学部助手となる。1982年、國學院大學日本文化研究所講師に就任。その傍ら、近代の宗教運動の比較研究などに携わった。1986年に助教授、1992年に教授へ昇任。同年、「教派神道の形成」で國學院大學より宗教学博士の学位を取得。
青木 正博(あおき まさひろ、1948年 - )は、日本の地… 青木 正博(あおき まさひろ、1948年 - )は、日本の地球科学者。専門は鉱物学。理学博士(1977年)(学位論文「wairakiteの鉱物学的および地球化学的研究」)。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
有川 治男(ありかわ はるお、1948年 - )は、日本の美… 有川 治男(ありかわ はるお、1948年 - )は、日本の美術史家・美術評論家。学習院大学文学部哲学科教授。専攻は芸術学、西洋美術史。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
飯田 隆(いいだ たかし、1948年 - )は、日本の言語哲… 飯田 隆(いいだ たかし、1948年 - )は、日本の言語哲学者、分析哲学者。慶應義塾大学名誉教授。日本哲学会会長、日本科学哲学会理事、科学基礎論学会理事長などを歴任。北海道札幌市出身。主著に『言語哲学大全』シリーズがある。 1948年、北海道札幌市生まれ。1972年、東京大学教養学部教養学科科学史・科学哲学専攻卒。1974年、同大学大学院人文科学研究科哲学専攻修士課程修了。1974年4月、同大学院博士課程進学。1974年9月、ミシガン大学大学院哲学専攻入学。1978年1月、同大学博士候補資格(Ph.D. Candidacy)取得。1978年3月、東京大学大学院人文科学研究科(哲学専攻)博士課程退学。
今井 重孝(いまい しげたか、1948年 - )は、日本の教… 今井 重孝(いまい しげたか、1948年 - )は、日本の教育学者。青山学院大学名誉教授。シュタイナー教育、ホリスティック教育などを専攻する。 東京大学教育学部卒、同大学院博士課程中退、西ドイツ政府留学生としてボン大学に学ぶ。東京工芸大学講師、助教授、教授、1998年広島大学教育研究センター教授、2000年青山学院大学文学部教授、2009年教育人間科学部教授。 1990年「西ドイツギムナジウム上級階段に関する発展段階論的考察」で東大教育学博士。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。