米澤 明憲(よねざわ あきのり、1947年6月 - )は、日… 米澤 明憲(よねざわ あきのり、1947年6月 - )は、日本のコンピュータ科学者。東京大学工学部卒、同大学院工学研究科修士課程修了。マサチューセッツ工科大学 (MIT) 博士課程修了、Ph.D.。
東京大学:5,428人
米澤 明憲(よねざわ あきのり、1947年6月 - )は、日… 米澤 明憲(よねざわ あきのり、1947年6月 - )は、日本のコンピュータ科学者。東京大学工学部卒、同大学院工学研究科修士課程修了。マサチューセッツ工科大学 (MIT) 博士課程修了、Ph.D.。
笠木 伸英(かさぎ のぶひで、1947年5月8日 - 201… 笠木 伸英(かさぎ のぶひで、1947年5月8日 - 2015年7月29日)は、日本の熱工学者。東京大学名誉教授。 元日本学術会議会員(2005年から。2011年から同連携会員)。元独立行政法人科学技術振興機構上席フェロー。 1947年、北海道生まれ。1966年、東京都立新宿高等学校を卒業後、東京大学理科一類入学、1971年、同大学工学部舶用機械工学科卒業。1976年、同大学院工学系研究科修了。学位論文は「体積力を伴う乱流境界層の輸送機構に関する研究」(指導教授は、平田賢)。大学院修了後、ただちに同大学講師に任用され、1977年東京大学工学部助教授、1990年同教授を歴任、2012年に定年により退官するとともに、同大学名誉教授に称号授与される。
栗田 充治(くりた みちはる、1947年〈昭和22年〉5月4… 栗田 充治(くりた みちはる、1947年〈昭和22年〉5月4日 - )は、日本の倫理学者。
永見 文雄(ながみ ふみお、1947年4月29日 - )は、… 永見 文雄(ながみ ふみお、1947年4月29日 - )は、フランス文学者、中央大学名誉教授。ルソーなど18世紀文学が専門。 鳥取県境港市生まれ。1972年東京大学教養学部教養学科フランス科卒、78年同大学院仏文科博士課程中退、74-77年パリ第8大学で学ぶ。東京大学文学部助手、1981年中央大学文学部講師、84年助教授、90年教授。2006-2008年パリ国際大学都市日本館館長。2018年中央大学を定年退職。
有信 睦弘(ありのぶ むつひろ、1947年4月21日 - )… 有信 睦弘(ありのぶ むつひろ、1947年4月21日 - )は、日本の機械工学者。専門は流体工学。東芝で研究開発センター所長や執行役員常務を務めた。また、日本機械学会会長にも就任した。 1971年に横浜国立大学工学部卒業(工学士)。1976年に東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻博士課程を修了(工学博士)し、東京芝浦電気(現・東芝)に入社した。大学では乱流境界層を研究した。有信は、不安はあったが大学より企業に可能性を感じて就職したと述べている。ドクターを出て就職という例がほとんどなかったため、有信が就職を表明すると「大騒動」になったという。 東芝での最初の仕事は商業用原子炉の安全性評価に関係するものだった。
神谷 律(かみや りつ、1947年4月20日 - )は、日本… 神谷 律(かみや りつ、1947年4月20日 - )は、日本の生物学者。専門は、細胞生物学、生物物理学。東京大学名誉教授。 東京大学教養学部基礎科学科を卒業後、名古屋大学大学院理学研究科を修了した。理学博士号を取得。 名古屋大学理学部助手、助教授、東京大学理学系研究科教授を歴任。 父は神谷宣郎、母は神谷美恵子。母方の祖父は前田多門である。前田陽一は伯父。
梶田 孝道(かじた たかみち、1947年4月18日 - 20… 梶田 孝道(かじた たかみち、1947年4月18日 - 2006年5月29日 )は社会学者。専門は国際社会学、ヨーロッパ研究。元一橋大学教授。1988年『エスニシティと社会変動』でサントリー学芸賞受賞。
新美 隆(にいみ たかし、1947年4月15日 - 2006… 新美 隆(にいみ たかし、1947年4月15日 - 2006年12月20日)は、日本の弁護士、島根大学大学院法務研究科教授。アジア人権基金理事、NPO花岡平和友好記念会(秋田県大館市)理事、花岡平和友好基金運営委員会(北京)運営委員。 1966年4月、名古屋工業大学に入学。翌67年再受験して、東京大学文科一類(法学部)に入学。第二次安保闘争の嵐の中で学生時代を過ごした。。71年10月司法試験に合格。72年3月東京大学法学部卒業。74年弁護士登録後、永山則夫連続射殺事件、4・27反軍裁判(反戦自衛官懲戒免職処分取消請求訴訟)などの弁護人、代理人をつとめる。 1986年、在日韓国人一世の韓宗碩(ハン・ジョンソク)が外国人登録時の指紋押捺を在日コリアンとして初めて拒否した事件(押捺拒否1号)で弁護人となる。
柳沢 幸雄(やなぎさわ ゆきお、1947年4月14日 - )… 柳沢 幸雄(やなぎさわ ゆきお、1947年4月14日 - )は、日本の化学者、東京大学名誉教授(2012年3月退官)。博士(工学)。元開成中学校・高等学校校長(在任:2011年4月 - 2020年3月)。北鎌倉女子学園学園長(在任:2020年4月 - )。 シックハウス症候群、化学物質過敏症研究の第一人者。1976年から環境についての研究一筋で現在に至る。ハーバード大学ではベストティーチャーに数回選ばれ、教育に熱心である。 幼少期の自宅は東京・上野の不忍池のほとりにあり、身体が弱く、小学校には1年遅れで入学、家の近くの開成に進学した。父親が「好きに使え」と言って早稲田大学への入学に必要な二十数万円の小切手を渡してきたので、学費の安い東大を選び、残った20万円で中古のルノーを手に入れた。
戸波 江二(となみ こうじ、1947年4月9日 - )は、日… 戸波 江二(となみ こうじ、1947年4月9日 - )は、日本の法学者。早稲田大学法学学術院教授。専攻は憲法、教育法。元司法試験第二次試験考査委員(2004年まで)。違憲審査制を中心に研究している。
渡邊 博(渡辺 博、わたなべ ひろし、1947年4月 - 2… 渡邊 博(渡辺 博、わたなべ ひろし、1947年4月 - 2018年6月18日)は、日本の哲学者。中央大学文学部教授。専門は科学哲学、科学史、比較文化。日本科学哲学会評議員。このほか日本科学史学会、科学基礎論学会、日本哲学会に所属。中央大学山岳部長。 新しい歴史教科書をつくる会関連など時事問題全般について発言していた。同会の内紛をめぐっては西尾幹二・藤岡信勝派を支持し、退会した八木秀次らを生前まで批判していた。
尼ヶ﨑 彬(あまがさき あきら、1947年3月22日 - )… 尼ヶ﨑 彬(あまがさき あきら、1947年3月22日 - )は、日本の美学者、学習院女子大学名誉教授。 専門は日本の歌論・詩学、舞踊美学。言語や身体に現出する日本人の美意識から、文化や価値観の根源を読み解く。著書に『日本のレトリック』(1988年)、『ことばと身体』(1990年)、『いきと風流』(2017年)などがある。 愛媛県生まれ。東京教育大学附属駒場高等学校卒業。1971年東京大学文学部美学藝術学卒。同大学院博士課程中退。東京大学助手、学習院女子短期大学助教授、教授、1998年学習院女子大学教授。2018年定年退職、名誉教授。 日常生活において人間の身体は自然的・文化的な秩序に従って自動的に動いている。
園田 英弘(そのだ ひでひろ、1947年3月20日 - 20… 園田 英弘(そのだ ひでひろ、1947年3月20日 - 2007年4月6日)は、日本の社会学者。専門は日本社会史、比較社会学。 1947年、福岡県久留米市で生まれた。福岡県立明善高等学校を経て、京都大学教育学部に進学。東京大学大学院教育研究科に進み、修士課程を修了した。 その後、京都大学人文科学研究所助手に採用された。国立民族学博物館助教授に転じた後、1986年に国際日本文化研究センターの創設準備室が開設されると次長となり、1987年に同助教授、1994年より同センター教授。1998年からの3年間と2005年から2年間にわたり、研究調整主幹を務め、また副所長も務めた。 1994年6月、学位論文『西洋化の構造:黒船・武士・国家』を大阪大学に提出して人間科学博士号を取得。
千葉 準一(ちば じゅんいち、1947年3月9日 - 201… 千葉 準一(ちば じゅんいち、1947年3月9日 - 2011年10月26日)は、日本の会計学者。宮城県名取郡岩沼町出身。首都大学東京都市教養学部教授、法政大学経済学部教授、同大学院イノベーション・マネジメント研究科アカウティング専攻(会計大学院)兼担教授を経て、2011年4月より国士舘大学経営学部教授を務めた。経済学博士(東京大学)。専門は財務会計論、国際比較会計制度論(日英中比較会計制度論)、日本近代会計制度史。 日本会計学会、日本会計史学会、経営史学会等の学会に所属した。日本公認会計士協会国際会計基準検討会委員 (1991-1995)、税理士試験委員(1997-2002)、公認会計士試験第2次試験試験委員(2004-2006)、神奈川県情報公開審査会委員を歴任した。
魚本 健人(うおもと たけと、1947年(昭和22年)3月5… 魚本 健人(うおもと たけと、1947年(昭和22年)3月5日 - )は、日本の土木工学者。専門はコンクリート工学。 愛媛県に生まれる。1971年(昭和46年)東京大学工学部土木工学科を卒業し、大成建設に入社する。1978年(昭和53年)母校の東京大学生産技術研究所助手となり、同助教授を経て、1992年(平成4年)同教授に進んだ。1998年(平成10年)東京大学国際産学共同研究センター教授に転じ、東京大学生産技術研究所副所長を経て、2001年(平成13年)東京大学生産技術研究所都市基盤安全工学国際研究センター教授兼センター長に就任した。 2007年(平成19年)東京大学を定年退職したのち、芝浦工業大学工学部土木工学科教授を経て、2010年(平成22年)土木研究所理事長に就任し、2017年(平成29年)3月まで務めた。
西田 典之(にしだ のりゆき、1947年〈昭和22年〉3月2… 西田 典之(にしだ のりゆき、1947年〈昭和22年〉3月2日 - 2013年〈平成25年〉6月14日)は、日本の法学者。専攻は刑法。東京大学名誉教授。熊本県熊本市出身。 元日本刑法学会理事長。平野龍一門下。 元々は九州大学を志望していたが、両親の希望に沿い東京大学文科I類に入学。在学中に司法試験に合格し、卒業後は弁護士になるつもりであったが、大学側から誘いがあったため、研究者として大学に残ることを選択した。 2013年6月14日、心不全のため死去。66歳没。 その刑法学説は、師の平野と同じく結果無価値論を基本とする。出世作は、後掲『共犯と身分』である。この点に関し、判例は、刑法65条1項を真正身分犯についての規定、2項を不真正身分犯についての規定と解していたが、平野は真正身分は違法身分であるから連帯的に作用し、不真正身分犯は責任身分であるから個別的に作用すると解していた。
平井 俊顕(平井 俊顯、ひらい としあき、1947年2月27… 平井 俊顕(平井 俊顯、ひらい としあき、1947年2月27日 - )は、日本の経済学者、上智大学名誉教授。 大阪府豊中市に生まれる。1971年東京大学経済学部卒、1977年同大学院博士課程満期退学、1978年駒澤大学経営学部助手、1979年講師、1981年専修大学経済学部助教授、1986年教授、1990年上智大学経済学部教授、2017年定年、名誉教授となる。ケインズを中心に研究した。
井上 晴夫(いのうえ はるお、1947年2月23日 - )は… 井上 晴夫(いのうえ はるお、1947年2月23日 - )は、日本の化学者。東京都立大学大学院都市環境科学研究科教授、特別先導教授、東京都立大学名誉教授。工学博士。専門は光化学、人工光合成、光機能物質、化学反応エネルギー共役。 滋賀県野洲郡守山町(現:守山市)生まれ。大阪府立豊中高等学校卒業。同級生に数学者の柏原正樹、音楽家の加古隆など。東京大学工学部工業化学科卒業。1982年に論文名“Photochemistry of Anthraquinone Derivatives by Visible Light”で工学博士の学位を取得。主査は本多健一。学部3年次に牧島象二の最終講義を受け学問への姿勢に深く感銘し光化学分野に進む。
鳩山 由紀夫(はとやま ゆきお、1947年〈昭和22年〉2月… 鳩山 由紀夫(はとやま ゆきお、1947年〈昭和22年〉2月11日 - )は、日本の政治家、経営工学者。共和党棟梁。公益財団法人友愛理事長、一般財団法人東アジア共同体研究所理事長、アジアインフラ投資銀行国際諮問委員会委員。学位はPh.D.(スタンフォード大学・1976年)で、西安交通大学名誉教授。 内閣総理大臣(第93代)、内閣官房副長官(細川内閣)、衆議院議員(8期)、民主党代表(第2・7代)、民主党幹事長(第7代)、旧民主党代表(初代)、旧民主党幹事長(初代)、新党さきがけ代表幹事(第2代)、共和党棟梁(代表)を歴任した。 2013年から「鳩山 友紀夫」(読み同じ)をメディア出演時に「ペンネーム」として使用している。
小宮山 眞(こみやま まこと、1947年2月1日 - )は、… 小宮山 眞(こみやま まこと、1947年2月1日 - )は、日本の化学者。筑波大学生命領域学際研究センター教授。東京大学先端科学技術研究センター及び工学系研究科化学生命工学専攻名誉教授。専門は核酸化学で、人工制限酵素、DNAナノテクノロジーの研究などで知られる。元東京大学総長の小宮山宏は実兄。 セリウムを用いた人工制限酵素によるDNAの切断技術を開発し、これを駆使したバイオテクノロジー分野の研究を進めている。またテロメアの構造・機能解析、DNAを素材として用いた構造物の構築、希土類金属を用いたリン酸化の検出法などの研究でも知られる。
上西 紀夫(かみにし みちお、1947年1月31日 - )は… 上西 紀夫(かみにし みちお、1947年1月31日 - )は、日本の医学者、医学博士。専門は外科。 東京に生まれる。1966年桐朋高等学校卒、1974年東京大学医学部卒業、東京大学医学部第三外科学教室入局。1997年から2008年まで東京大学大学院医学系研究科消化管外科学分野教授。この間、東京大学医学部附属病院分院副院長を歴任。2008年より公立昭和病院院長。2023年より一般財団法人多摩緑成会総長。 主な著作は以下のとおり。
柴﨑 正勝(しばさき まさかつ、1947年1月25日 - )… 柴﨑 正勝(しばさき まさかつ、1947年1月25日 - )は、日本の有機化学者。学位は、薬学博士(東京大学・1974年)(学位論文「α-amino acidを用いる光学活性テルペン類の合成に関する研究」)。北海道大学名誉教授、東京大学名誉教授。財団法人微生物化学研究会微生物化学研究センター化学研究センター長、同常務理事(2010-)。2006年度日本薬学会会頭。埼玉県鴻巣市出身。 ビナフトール (BINOL) 骨格を有するものを中心に多数の不斉触媒を開発。それまで難しいとされてきたヘンリー反応、シアノヒドリン化、ストレッカー反応、ヘック反応、マイケル反応など多くの反応を、高い不斉収率で不斉化することに成功した。
柴﨑 正勝(しばさき まさかつ、1947年1月25日 - )… 柴﨑 正勝(しばさき まさかつ、1947年1月25日 - )は日本の有機化学者。財団法人微生物化学研究会微生物化学研究センター化学研究センター長、同常務理事(2010–)。2006年度日本薬学会会頭。埼玉県鴻巣市出身。
吉岡 一男(よしおか かずお、1947年1月17日 - )は… 吉岡 一男(よしおか かずお、1947年1月17日 - )は、日本の天文学者(理学博士)。放送大学名誉教授。専門は、天文分光学、変光星の分光観測および偏光観測に関する研究。 大阪府生まれ。趣味はロシア民謡。 吉岡一男の恩師は藤田良雄である。藤田は萩原雄祐の弟子なので、吉岡は萩原の孫弟子にあたる。
加藤 哲郎(かとう てつろう、1947年1月16日 - )は… 加藤 哲郎(かとう てつろう、1947年1月16日 - )は、日本の政治学者。一橋大学名誉教授。早稲田大学客員教授。「尾崎=ゾルゲ研究会」代表。
金澤 英作(かなざわ えいさく、1947年1月 - )は、日… 金澤 英作(かなざわ えいさく、1947年1月 - )は、日本の解剖学者、人類学者、医学博士。日本大学名誉教授(松戸歯学部)。形態人類学や歯科学に光学手法の一つであるモアレ法を導入した功績や歯の人類学に関する著作で知られる。 東京都立小石川高等学校から東京大学に進み、1971年に農学部獣医畜産学科を卒業した。 北里大学医学部解剖学教室(寺田春水教授主任)助手、日本大学松戸歯学部解剖学教室(尾崎公教授主任)講師を経て、1992年に同学部解剖学教室教授に就任した。在任中にオランダ・ライデン大学・動物学教室やアメリカ・シカゴ・イリノイ大学人類学教室に長期留学した。その後日本解剖学会、日本人類学会会員・理事を経て、2008年、日本人類学会会長となる。
井上 哲文(いのうえ てつふみ、1947年1月 - )は、日… 井上 哲文(いのうえ てつふみ、1947年1月 - )は、日本の医師、内科学者。専門はリウマチ学、アレルギー学、免疫学および保健医学。東京外国語大学名誉教授。医学博士。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
佐藤 弘(さとう ひろし、1947年 - )は、日本の医師、… 佐藤 弘(さとう ひろし、1947年 - )は、日本の医師、医学者、東京女子医科大学名誉教授。 秋田県生まれ、都立戸山高校卒。1974年東京大学医学部卒業。東京大学医学部付属病院で漢方診療を始める。その後、東京女子医科大学附属第二病院助手、のち講師を経て助教授。1992年、東京女子医科大学東洋医学研究所助教授、2002年同大学教授。2013年東京女子医科大学名誉教授・新潟医療福祉大学教授。また、2015年より日本東洋医学会会長。
大村 謙二郎(おおむら けんじろう、1947年 - )は、日… 大村 謙二郎(おおむら けんじろう、1947年 - )は、日本の都市工学者、工学博士。筑波大学名誉教授。専門は土地利用計画、市街地整備、都市計画史、都市住宅政策。 1947年11月に兵庫県洲本市で生まれる。1971年に東京大学工学部都市工学科を卒業し、同年から計量計画研究所都市計画研究室研究員、1977年から東京大学工学部都市工学科助手、1984年~1985年に建設省建築研究所第一研究部建設経済研究室長、1985年から同研究所第六研究部都市開発研究室長を歴任した。1994年に筑波大学社会工学系教授に就任し、1999年~2001年に同大学社会工学研究科長、2003年~2004年に東京大学社会科学研究所教授を併任した。
坂野 仁(さかの ひとし、1947年 - )は、日本の生命科… 坂野 仁(さかの ひとし、1947年 - )は、日本の生命科学研究者、神経生物学者、分子生物学者、免疫学者。理学博士。東京大学名誉教授。 福井県の商人の家に生まれる。文筆家を志したこともあったが、大病を経て、研究者の進路を選ぶ。京都大学の小関治男研究室の志村令郎准教授の下でRNAのプロセシングの研究を行い、博士号を取得する。海外に渡り、利根川進研究室でのちにノーベル賞の受賞対象となるV(D)J遺伝子再構成の分子機構の解明を行う。カリフォルニア大学バークレー校教授を勤めた後、帰国し、東京大学で嗅覚神経を扱う神経生物学の研究室を主宰する。1つの嗅覚神経細胞の中には1000個もある嗅覚受容体の中からたった1つの嗅覚受容体のみが選択的に発現されているという「1神経・1受容体」ルールの解明や、嗅覚神経が嗅球へ秩序だって投射する機構の解明などを行った。
田原 八郎(たはら はちろう、1947年 - )は、日本の哲… 田原 八郎(たはら はちろう、1947年 - )は、日本の哲学者・評論家、民俗学者。 大阪府大阪市に生まれる。大阪府立大手前高等学校を経て、東京大学文学部哲学科を卒業した。引き続き同大学大学院に進み、比較文学比較文化専攻を博士課程満期退学した。 大谷女子大学専任講師、富山国際大学助教授を経て、教授となる。 また、京都大学体育会ボクシング部監督、日本アマチュアボクシング連盟理事を務めた。 はじめヘーゲル哲学を研究していたが、次第に関心をボクシングから日本史、心性史などに移行させ、多くの著作がある。 日本民俗を「神事・農耕・渡世」の三つに分け取り分け「渡世」の民俗を研究の中心にしている。 相撲・歌舞伎・花柳・侠客・博徒・渡り鳥・魚屋・人斬り・医師などの渡世集団の存在を挙げ、新選組も「人斬り」の「剣戟戦闘渡世集団」と位置付けている。
大田 晋(おおた しん、1947年 - )は、日本の元厚生官… 大田 晋(おおた しん、1947年 - )は、日本の元厚生官僚、広島市元助役、川崎医療福祉大学元教授である。広島県出身。 広島県広島基町高等学校(現・広島市立基町高等学校)を経て、1971年に東京大学法学部を卒業し、厚生省に入省。1973年から2年間、フランスのリヨン大学大学院に留学した。 1980年から3年間、広島市に出向した。1994年9月、環境庁大気保全局企画課長。1996年に広島市助役に就任した。 1999年、自由民主党推薦で広島市長選に出馬したが、落選。2003年にも自民党推薦で出馬したが、秋葉忠利に破れ落選。 1999年10月に川崎医療福祉大学教授に就任。2015年3月末で同大を退職。
浅野 幸弘(あさの ゆきひろ、1947年 - )は、日本の経… 浅野 幸弘(あさの ゆきひろ、1947年 - )は、日本の経済学者、横浜国立大学名誉教授。 愛知県生まれ。1969年東京大学経済学部卒業、日本生命保険入社。その後、住友信託銀行を経て、2000年横浜国立大学経営学部教授。2012年定年退官、名誉教授。大阪証券取引所清算業務委員会委員長、小規模企業共済資産運用委員会座長、岡三証券グループ社外監査役などを務める。
安達 裕之(あだち ひろゆき、1947年 - )は、日本の造… 安達 裕之(あだち ひろゆき、1947年 - )は、日本の造船学者。東京大学名誉教授。 大阪府大阪市出身。灘高等学校、東京大学工学部船舶工学科卒業。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。東京大学教養学部助手、助教授、教授を歴任。
上杉 秋則(うえすぎ あきのり、1947年 - )は、日本の… 上杉 秋則(うえすぎ あきのり、1947年 - )は、日本の公取官僚・法学者。専門は独占禁止法。一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授。フレッシュフィールズブルックハウスデリンガー法律事務所東京オフィスシニアコンサルタント。公正取引委員会審査局長、公正取引委員会経済取引局長、第5代公正取引委員会事務総長を歴任。複数人での共同の筆名は大野 金一郎(おおの きんいちろう)。2017年瑞宝重光章受章。 東京大学法学部卒業、ペンシルベニア大学ロースクール修了、LL.M.の学位を取得。 公正取引委員会事務局に採用後、官房審議官を経て、審査局や経済取引局にて局長に就任、その後、第5代公正取引委員会事務総長に就任した。
海津 正倫(うみつ まさとも、1947年〈昭和22年〉 - … 海津 正倫(うみつ まさとも、1947年〈昭和22年〉 - )は、日本の地理学者。専門は、自然地理学・地形学・第四紀学・自然災害研究。学位は、理学博士(東京大学、1981年)。名古屋大学名誉教授。 東京都出身。1978年東京大学大学院理学系研究科地理学専門課程博士課程満期退学。理学博士(東京大学、1981年)。学位論文の題は『日本における沖積低地の発達過程』。1979年から1985年にかけて愛媛大学教育学部助手・講師・助教授、1985年名古屋大学文学部助教授、1995年同教授、奈良大学文学部教授などを経て、2010年名古屋大学名誉教授。 詳しくは海津正倫のホームページ参照 この項目は、地形に関連した書きかけの項目です。
久保野 茂(くぼの しげる、1947年 - ) は、日本の物… 久保野 茂(くぼの しげる、1947年 - ) は、日本の物理学者。東京大学名誉教授。 1970年東北大学理学部物理学科卒業。1972年東北大学大学院理学研究科修了、理学修士。1975年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了、理学博士。 J.H.ウイリアムス研究所研究員、ブルックヘブン国立研究所研究員、東京大学原子核研究所助手、東京大学大学院理学系研究科附属原子核科学研究センター助教授、東京大学大学院理学系研究科附属原子核科学研究センター教授を経て、2012年定年退職、東京大学名誉教授、理化学研究所仁科加速器研究センター客員主管研究員。 専門は原子核物理及び宇宙核物理で、低エネルギー不安定核生成分離装置「CRIB」 の整備を主導し、核反応機構分野の研究で顕著な業績を挙げた。
後藤 道夫(ごとう みちお、1947年 - )は、日本の哲学… 後藤 道夫(ごとう みちお、1947年 - )は、日本の哲学者、社会学者。専攻は社会哲学・現代社会論。都留文科大学名誉教授、非営利・協同総合研究所副理事長、福祉国家構想研究会共同代表、東京学習会議東京労働学校長。 福島県出身。東京大学理学部卒業後、1977年一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。指導教官は岩崎允胤。 2004年唯物論研究協会委員長。2013年3月まで都留文科大学教授。都留文科大学名誉教授、非営利・協同総合研究所副理事長。福祉国家構想研究会共同代表、東京学習会議副会長、東京労働学校長。 現代日本の貧困を「ワーキングプア」と「日本型雇用の崩壊」という観点で分析し、現代日本社会の貧困に対処するための提言を行っている。
佐藤 雅彦(さとう まさひこ、1947年 - )は、日本の理… 佐藤 雅彦(さとう まさひこ、1947年 - )は、日本の理論計算機科学者。京都大学名誉教授。数理論理学に基づくプログラム理論、定理証明・構成的プログラミング環境の計算機上での実現を研究テーマとしている。 兵庫県神戸市生まれ。神戸市立摩耶小学校、灘中学校・高等学校卒業(厚生労働事務次官を務めた辻哲夫は小学校からの同級生、地震学者の都司嘉宣は中学校の同級生)。1971年東京大学理学部数学科卒業(東大紛争の影響で6月に卒業)。1973年東京大学大学院理学系研究科数学専攻修士課程修了。1974年京都大学大学院理学研究科博士課程単位取得退学。1977年京都大学より理学博士の学位を取得。京都大学数理解析研究所助手、東京大学教養学部数学教室助教授、東京大学理学部情報科学科助教授、東北大学電気通信研究所教授、京都大学大学院工学研究科教授、京都大学大学院情報学研究科教授。
篠崎 榮(しのざき さかえ、1947年 - )は、日本の倫理… 篠崎 榮(しのざき さかえ、1947年 - )は、日本の倫理学者。元熊本大学文学部教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
清水 哲郎(しみず てつろう、1947年 - )は、日本の哲… 清水 哲郎(しみず てつろう、1947年 - )は、日本の哲学研究者、東北大学名誉教授。 東京都生まれ。1968年東京大学理学部天文学科卒、同年東京都立大学人文学部哲学専攻に学士入学、72年卒業、77年同大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学、同大学助手、80年北海道大学文学部助講師、82年助教授、93年東北大学文学部助教授、90年「オッカムの言語哲学」で都立大文学博士。96年教授、2007年東京大学人文社会系研究科教授、東北大名誉教授。2012年定年、死生学応用センター特任教授。2017年、岩手保健医療大学学長に就任。その後2021年に退任。 この項目は、哲学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Portal:哲学)。
清水 正之(しみず まさゆき、1947年(昭和22年) - … 清水 正之(しみず まさゆき、1947年(昭和22年) - )は、日本の倫理学者、思想史家、学校法人聖学院理事長、聖学院大学学長。倫理学・日本倫理思想史専攻。 神奈川県横浜市生まれ。1971年東京大学文学部倫理学科卒業。1977年同大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。三重大学人文学部助教授、教授、東京理科大学教授、2007年聖学院大学教授。2013年お茶の水女子大学博士(人文科学)。博士論文の題目は「国学の他者像 : 誠実と虚偽」。2015年4月より姜尚中の後任の聖学院大学学長に就任した。2017年4月より阿久戸光晴の後任の学校法人聖学院理事長に就任した。
鈴村 順三(すずむら よしかず、1947年 - )は、日本の… 鈴村 順三(すずむら よしかず、1947年 - )は、日本の理論物理学者。専門は物性物理学(物性理論)。名古屋大学大学院理学研究科名誉教授。理学博士。 1947年4月、三重県に生まれた。 1970年に名古屋大学を卒業。1972年に東京大学大学院理学系研究科の修士課程、1975年に同大学大学院の博士課程を修了した。学位論文は『Peierls転移における揺動効果』である。 1975年から1990年まで東北大学理学部物理学第二学科の助手、1990年から2000年まで名古屋大学理学部物理学科の助教授、2000年から2012年まで名古屋大学大学院理学研究科の教授を歴任した。 その間に、名城大学理工学部メカトロニクス工学科の講師を兼任した。
田中 教照(たなか きょうしょう、1947年 - )は、日本… 田中 教照(たなか きょうしょう、1947年 - )は、日本の仏教学者、武蔵野大学名誉教授。 山口県生まれ。1971年東京大学文学部印度哲学科卒、76年同大学院人文科学研究科インド哲学梵文学専攻博士課程満期退学、1991年「修業道論の展開と初期アビダルマ論書」で文学博士。東京大学非常勤講師、慶應義塾大学非常勤講師、武蔵野女子学院中学校・高等学校校長、1976年武蔵野女子大学短期大学部専任講師、80年助教授、93年教授、1999年武蔵野女子大学学長などを経て、武蔵野大学(校名変更)教授、武蔵野女子学院学院長。2018年定年退職、名誉教授。浄土真宗。
ケネス 田中(英語: Kenneth Kenshin Tan… ケネス 田中(英語: Kenneth Kenshin Tanaka、1947年 - )は、仏教学者、浄土真宗の僧。日系アメリカ人3世。2026年現在、武蔵野大学仏教文化研究所所長・教授、国際真宗学会会長、北カリフォルニア州仏教協議会 (Northern California Buddhist Council) 会長。 1947年、山口県で日系アメリカ人の両親のもとに生まれた。1958年に両親とともに米国に移住し、カリフォルニア州サンタクララ郡マウンテン・ビュー市で育った。また、マウンテンビュー仏教会仏教青年会に参加。カリフォルニア州立大学サンセボ校に入学するも、1967年に中退。スタンフォード大学に移って文化人類学を専攻し、1970年に卒業。
松村 良之(まつむら よしゆき、1947年 - )は、日本の… 松村 良之(まつむら よしゆき、1947年 - )は、日本の法学者。専門は法社会学。北海道大学名誉教授。 1947年生まれ。1969年東京大学法学部卒業。東京大学法学部助手。 1975年4月北海道大学法学部助教授。1984年4月北海道大学法学部教授。1998年北海道大学法学部長。2000年北海道大学大学院法学研究科附属高等法政教育研究センター教授。2006年10月北海道大学退官。同名誉教授。 千葉大学法経学部教授。2009年千葉大学大学院人文社会科学研究科教授。2012年千葉大学退官。 明治大学研究・知財戦略機構客員研究員。明治大学法と社会科学研究所客員研究員。千葉大学大学院専門法務研究科非常勤講師(法社会学担当)。
三上 俊治(みかみ しゅんじ、1947年 - )は、日本の社… 三上 俊治(みかみ しゅんじ、1947年 - )は、日本の社会学者、東洋大学名誉教授。社会心理学者をされることもあり、専門領域は、メディア・コミュニケーション論、社会情報学、情報行動論、環境メディア論、世論研究などにおよぶ。 1971年6月、東京大学経済学部を卒業後、大学院社会学研究科で新聞学を専攻して1978年まで在籍し、同年に東京大学新聞研究所助手となった。この間に、社会学修士を取得している。 1982年に東洋大学講師となり、1985年に助教授へ昇任して、1992年に東洋大学社会学部教授となった。2017年、東洋大学名誉教授。 2000年から2017年まで、World Internet Projectの日本チーム代表を務めた。
八木 健彦(やぎ たけひこ、1947年 - ) は、日本の物… 八木 健彦(やぎ たけひこ、1947年 - ) は、日本の物理学者。東京大学名誉教授。元東京大学物性研究所副所長。元日本高圧力学会会長。フンボルト賞、ブリッジマン賞等受賞。 1971年北海道大学理学部物理学科卒業。1976年東京大学大学院理学系研究科地球物理学専攻博士課程修了、理学博士。カーネギー研究所博士研究員を経て、1978年東京大学物性研究所助手。1984年東北大学金属材料研究所助教授。1986年東京大学物性研究所助教授。1997年東京大学物性研究所教授。2000年フンボルト賞受賞。2003年日本高圧力学会会長、国際高圧力連合(AIRAPT)副会長。2007年ブリッジマン賞受賞。2008年東京大学物性研究所副所長。
安村 通晃(やすむら みちあき、1947年 -)は、日本の工… 安村 通晃(やすむら みちあき、1947年 -)は、日本の工学者。理学博士。慶應義塾大学名誉教授。慶應義塾大学環境情報学部教授兼大学院政策・メディア研究科委員、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスインタラクションデザインラボ代表を歴任。 専門分野は、インタラクションデザイン、アクセシビリティ、計算機科学。 1971年東京大学理学部物理学科卒業、1973年東京大学理学系研究科修士課程(情報科学専攻)修了、同博士課程(情報科学専攻)進学。1975年〜1977年UCLAに留学。1978年東京大学理学系研究科博士課程(情報科学専攻)を単位取得退学。同年日立製作所中央研究所に入社。1981年同研究員。1985年同主任研究員。
山本 正幸(やまもと まさゆき、1947年 - )は、日本の… 山本 正幸(やまもと まさゆき、1947年 - )は、日本の生物学者。東京大学名誉教授。元基礎生物学研究所長。分子生物学、細胞生物学を専門分野とする。 兵庫県加古川市出身。灘中学校1年生のとき父親の転勤で東京都へ引っ越し、開成中学校に編入学。当時、サメの解剖実習などの授業を通して、生物の生きる仕組みに興味を持つようになる。また中学時代、クラシック音楽を聞くためにテレビの公開収録に通った。 東京大学理科一類に進学。理学部生物化学科専攻に進路を決めた3年生の時(1968年)は大学闘争の真っ只中であり、集会に出向き議論に明け暮れたという。しかし1969年1月の東大安田講堂事件の直前、転機が訪れる。父を病気で亡くし、学生運動から身を引きこととなり、一番下の弟と自宅に近所の子どもを集めて勉強を教える仕事を始めた。