山口 昭男(やまぐち あきお、1949年 - )は、岩波書店… 山口 昭男(やまぐち あきお、1949年 - )は、岩波書店元社長。日本ペンクラブ会員。 1949年(昭和24年)生まれ、東京都出身。東京都立大学経済学部卒業後の1973年、岩波書店に入社し『世界』編集部に所属。1988年から1996年までの8年間に渡り同誌編集長を務めた。その後、編集部長、取締役編集担当、常務取締役を経て、2003年に大塚信一の後任として代表取締役社長に就任。 2008年には10年ぶりに『広辞苑』の改訂を行い、全項目を徹底的に再検討するなど進化・充実させる他、デジタル全盛時代に向けた様々なクリエイティブ、プロモーション施策と連動させたコミュニケーション戦略を展開させた。2013年5月31日付で退任。
村松 励(むらまつ つとむ、1948年12月23日 - )は… 村松 励(むらまつ つとむ、1948年12月23日 - )は、日本の心理学者、専修大学名誉教授。専門分野は臨床心理学、非行臨床、犯罪心理学。警察庁科学警察研究所顧問。元日本犯罪心理学会会長。 千葉県出身。東京都立大学 (1949-2011)人文学部卒業。東京大学大学院情報学環教育部中退。 大学在学中、家庭裁判所調査官補Ⅰ種試験(現・裁判所職員採用総合職試験(院卒・大卒、人間科学区分))に合格。その後家庭裁判所調査官として、長年に渡り少年保護手続を担当。少年事件における家庭裁判所の審判では一般の刑事訴訟と異なり刑罰を下すのではなく、少年法の規定に従って「非行少年の再非行の抑止や更生を目的」としており、これら審判手続きを通じて、臨床心理学、犯罪心理学等、少年の犯罪に至る過程及び更生における援助を法務省、警察庁等、関連諸機関と協力して対処することを専門としてきた。
池田 香代子(いけだ かよこ、1948年12月21日 - )… 池田 香代子(いけだ かよこ、1948年12月21日 - )は、日本のドイツ語翻訳家、社会運動家。 東京都杉並区生まれ、東京都杉並区在住。東京都立西高等学校時代は「授業をサボッて映画を観に行くような映画少年映画少女の一人だった。」と語っている。同校卒業後、東京都立大学人文学部ドイツ文学科へ入学。種村季弘に師事し、1971年に卒業。種村からの紹介で大学時代からドイツ文学の翻訳アルバイトを始めた。 その後、30歳を目前に夫池田信雄(当時名古屋大学教養部講師)の旧西ドイツ公費(ドイツ学術交流会等)による留学に三人の息子(当時1、3、5歳)を連れて同行。自身も大学に入学した。この頃、矢川澄子(当時澁澤龍彦の妻で、種村の友人)が紹介した編集者よりグリム童話の翻訳の依頼を受けたのがグリム童話との出会い。
浅倉 むつ子(あさくら むつこ、1948年10月25日 - … 浅倉 むつ子(あさくら むつこ、1948年10月25日 - )は、日本の法学者。専門は労働法・ジェンダー法。学位は博士(法学)(早稲田大学・論文博士・1993年)。(旧)東京都立大学名誉教授、早稲田大学名誉教授。 千葉県館山市出身。籾井常喜(都立大名誉教授)門下。1993年早稲田大学より博士(法学)の学位を取得。 東京都立大学法学部教授や、早稲田大学大学院法務研究科教授、日本労働法学会代表理事、ジェンダー法学会理事長、第23期民主主義科学者協会法律部会副理事長等を歴任した。 「九条科学者の会」呼びかけ人。「安全保障関連法案に反対する学者の会」発起人 を務めている。日本共産党に期待すると表明している。
松本 彰(まつもと あきら、1948年9月9日 - )は、日… 松本 彰(まつもと あきら、1948年9月9日 - )は、日本の歴史学者。新潟大学名誉教授。専攻はドイツ近現代史。東京都出身。 東京都新宿区生まれ。都立戸山高校から早稲田大学第一文学部へ進み、1973年卒業。その後、東京都立大学大学院人文科学研究科へ進んで、遅塚忠躬に師事した。1980年から1983年までドイツのフライブルク大学に留学し、帰国後、新潟大学人文学部の助教授に着任。1994年に教授に昇任した。この間、1991年にはベルリン自由大学でも学んでいる。2014年に新潟大学を退職して名誉教授となった。 ドイツの国民国家形成について研究を進めるとともに、音楽にも造詣が深く、日本クラヴィコード協会の会長も務めた。
山本 哲士(やまもと てつじ、1948年7月10日 - )は… 山本 哲士(やまもと てつじ、1948年7月10日 - )は、哲学者、政治社会学者。 元東京藝術大学客員教授、元信州大学教授。文化科学高等研究院ジェネラル・ディレクター。日本ホスピタリティ財団理事。(財)日本国際高等学術会議理事長。 ホスピタリティ環境学、教育社会学、政治社会学を専門としながら経済論、政治論、日本文化論、メキシコ研究などの超領域的専門研究を拓き、大学アカデミズムとは異なるさまざまな新たな学術生産の活動に携わる。 また、かつては熱心な大洋ホエールズ、横浜ベイスターズファン。 著書・編書は雑誌編集も含めると200冊以上にわたる。2006年以降は、「資本経済」の実践として学者たちによる出版、文化科学高等研究院出版局を運営する。
加藤 光徳(かとう みつのり、1948年〈昭和23年〉7月9… 加藤 光徳(かとう みつのり、1948年〈昭和23年〉7月9日 - 2006年〈平成18年〉2月26日)は、日本の政治家。三重県伊勢市長(2期)。 三重県出身。1971年、東京都立大学工学部卒。三重県庁に入り、県まちづくり推進課長、都市整備指導監、伊勢市助役などを経て、2004年、伊勢市長に当選する。 翌2005年、伊勢市は近隣の町村と合併し、新伊勢市が発足、これに伴う市長選挙に立候補し、民主党推薦で立候補した。対立候補は自民党の推薦を受け、片山さつきや竹中平蔵が応援演説に駆け付けたが、激しい選挙戦の末加藤が当選した。しかし、当選後、加藤に対する無言電話や加藤へ剃刀が送りつけられたりした。 2006年2月26日、伊勢市内の自宅を出たまま行方不明になり、翌27日朝、伊勢市内の山林で首を吊った姿で発見された。
大塚 啓二郎(おおつか けいじろう、1948年5月4日 - … 大塚 啓二郎(おおつか けいじろう、1948年5月4日 - )は、日本の経済学者。専門は開発経済学。経済学博士 (PhD)(シカゴ大学・1979年)。東京都立大学ならびに政策研究大学院大学名誉教授、アジア経済研究所名誉研究員、神戸大学特別栄誉教授、神戸大学経済経営研究所リサーチフェロー、アジア開発銀行研究所フェロー。東京都練馬区出身。 1971年北海道大学農学部農業経済学科卒業。1974年東京都立大学大学院修士課程修了。1979年シカゴ大学大学院経済学研究科博士課程修了(Ph.D.)。同年エール大学経済成長研究所ポストドクトラルフェロー、1980年東京都立大学経済学部講師、1981年同助教授、1991年同教授、2001年政策研究大学院大学教授、2016年神戸大学社会システムイノベーションセンター兼大学院経済学研究科特命教授。
岡本 慶一(おかもと けいいち、1948年 - 2017年5… 岡本 慶一(おかもと けいいち、1948年 - 2017年5月)は、日本の広告文化論、経営学、マーケティング理論学者。 1972年、東京都立大学人文学部(社会人類学専攻)を卒業し、同年電通に入社。マーケティング局にて消費者調査、クライアント企業のマーケティング・コミュニケーション作業に携わる。1991年電通総研に出向。「企業価値」をテーマに日本企業の組織文化変革プログラム作成。また同社のオピニオン誌「BY LINE」編集長を務める。1994年、電通インフォメーション・テクノロジーセンター部長兼R&Dディレクター。1999年、組織改革によりR&D局部長。この間、神戸市外国語大学国際関係学部講師、早稲田大学大学院商学研究科客員教授、『季刊マーケティングジャーナル』編集委員等を務める。
佐藤 誠(さとう まこと、1948年 - )は、日本のアフリ… 佐藤 誠(さとう まこと、1948年 - )は、日本のアフリカ研究者。専門は、南アフリカ地域研究、比較社会学。 東京都立大学 (1949-2011)人文学部卒業後、新聞記者を経て、リーズ大学で博士号取得。現在、立命館大学国際関係学部教授。
中西 新太郎(なかにし しんたろう、1948年 - )は、日… 中西 新太郎(なかにし しんたろう、1948年 - )は、日本の文化社会学者、横浜市立大学名誉教授。現代日本社会論・文化社会学。元唯物論研究会委員長。 東京都立大学 (1949-2011)人文学部卒。一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位修得退学。岩崎允胤らの指導を受けた。鹿児島大学教育学部助教授、1990年横浜市立大学国際文化学部助教授、教授。2006年唯物論研究協会委員長。2014年横浜市立大学退職、関東学院大学経営学部教授、横浜市立大学名誉教授。 オウム真理教事件をきっかけに、子供・若者の成長に関わる文化現象に関心を持っている。NPO法人前夜が主宰する雑誌『前夜』に参加した。
奥田 仁(おくだ ひろし、1948年 - )は、日本の経済学… 奥田 仁(おくだ ひろし、1948年 - )は、日本の経済学者・元地方公務員。農学博士(北海道大学)。専門は、地域経済学・ヨーロッパの地域経済と北海道の比較研究。
小野 新次郎(おの しんじろう、1948年? - 2022年… 小野 新次郎(おの しんじろう、1948年? - 2022年〈令和4年〉6月3日)は、日本の特許庁技官、弁理士。特許技監を最後に退官後、ユアサハラ法律特許事務所特許部代表パートナー。位階勲等は従四位瑞宝中綬章。 1970年(旧)東京都立大学工学部工業化学科卒業、特許庁入庁。1974年特許庁審査第四部審査官(高分子有機材料)。1975年科学技術庁振興局管理課情報室出向。1977年特許庁審査第四部審査官(薬品化学)。1978年からアメリカ化学会Chemical Abstractsサービスに留学。1979年特許庁審査第四部審査官(応用化学)。 1982年外務省在ジュネーブ国際機関日本政府代表部一等書記官。
岡部 仁(おかべ ひとし、1947年10月15日 - 200… 岡部 仁(おかべ ひとし、1947年10月15日 - 2003年11月14日)は、日本のドイツ文学者。 佐賀県生まれ。東京都立大学大学院修士課程修了。大阪女子大学講師、助教授、東京都立大学助教授、教授。
絵所 秀紀(えしょ ひでき、1947年8月21日 - )は、… 絵所 秀紀(えしょ ひでき、1947年8月21日 - )は、日本の経済学者。法政大学名誉教授、神戸大学経済経営研究所リサーチフェロー。 東京都生まれ。1970年(旧)東京都立大学経済学部卒業。72年同大学院修士課程修了、1975年法政大学大学院社会科学研究科博士課程単位取得満期退学、1990年「現代インド経済研究 金融革命と経済自由化をめぐる諸問題」で経済学博士(法政大学)の学位を取得。 1972年法政大学経済学部助手、1975年助教授、1983年教授。2017年名誉教授。 1988年『現代インド経済研究』で発展途上国研究奨励賞受賞、1997年『開発の政治経済学』で大来賞受賞。
稲垣 久和(いながき ひさかず、1947年7月20日 - )… 稲垣 久和(いながき ひさかず、1947年7月20日 - )は、日本の神学校教師。理学博士。東京基督教大学教授・共立基督教研究所長。東京都生まれ。 1975年、旧東京都立大学博士課程を修了、理学博士の学位を取得。1975年から1978年まで、トリエステの国際理論物理学研究所とジュネーヴの欧州共同原子核研究所の研究員として、理論物理学の研究に従事する。 帰国後、国際基督教大学講師になる、その後宗教哲学に転向して、アムステルダム自由大学哲学部の客員研究員として宗教哲学を学ぶ。 東京基督神学校と、東京基督教短大の講師になり、1990年 東京基督教大学助教授、慶應義塾大学文学部哲学科講師に就任する。1994年、東京基督教大学教授に就任。
天児 慧(あまこ さとし、1947年7月17日 - )は、日… 天児 慧(あまこ さとし、1947年7月17日 - )は、日本の政治学者。早稲田大学名誉教授、第16代アジア政経学会理事長。日本国際フォーラム政策委員も務める。1999年から2001年までアジア政経学会理事長を務めた。 1947年、岡山県で生まれた。早稲田大学教育学部で学び、1971年に卒業。東京都立大学大学院法学研究科に進み、1974年に修士課程を修了。一橋大学大学院社会学研究科博士課程に進学し、指導教官は西順蔵。1981年に博士課程を満期退学。 1982年、琉球大学助教授に就いた。1986年、学位論文『中国革命と基層幹部:内戦期の政治動態』を一橋大学に提出し、社会学博士号を取得。1986年から1988年まで外務省嘱託専門調査員を兼任。
小松 和彦(こまつ かずひこ、1947年〈昭和22年〉7月1… 小松 和彦(こまつ かずひこ、1947年〈昭和22年〉7月13日 - )は、日本の文化人類学者・民俗学者。文化功労者。文化勲章受章者。国際日本文化研究センター名誉教授・元所長。埼玉大学フェロー。大阪大学教授・国際日本文化研究センター教授。 1947年、東京都で生まれた。1966年、東京都立国立高等学校卒業。1970年、埼玉大学教養学部教養学科卒業。1972年、旧・東京都立大学大学院社会科学研究科修士課程修了。1976年、同博士課程単位取得退学。 1977年10月、信州大学教養部講師に着任。1980年に助教授就任。1983年、大阪大学文学部助教授に転じ、1996年に教授就任。1997年、国際日本文化研究センター教授となった。
稲田 篤信(いなだ あつのぶ、1947年6月28日 - )は… 稲田 篤信(いなだ あつのぶ、1947年6月28日 - )は、日本の近世文学研究者。首都大学東京名誉教授。専門は上田秋成、石川雅望などの近世読本。高田衛に師事した。 愛媛県生まれ。1971年広島大学教育学部卒、1981年東京都立大学 (1949-2011)大学院国文学専攻博士課程単位取得満期退学。1984年富山大学教養部専任講師、1985年同助教授。1991年、都立大学助教授、1994年同教授。2005年首都大学東京教授。2012年定年退職、名誉教授、二松学舎大学文学部教授。2016年二松学舎大学特別招聘教授。 1993年「近世小説史研究 -和文系読本の世界」で東京都立大学より文学博士の学位を取得。
池田 信雄(いけだ のぶお、1947年5月13日 - )は、… 池田 信雄(いけだ のぶお、1947年5月13日 - )は、日本のドイツ文学者。東京大学名誉教授。専門は、近現代ドイツ文学研究。 東京都中野区出身。旧姓福井。東京都立西高等学校卒業後、旧・東京都立大学人文学部独文学科にて種村季弘と川村二郎に師事し、1971年に卒業。1973年、同大学院修士課程修了。1975年、名古屋大学教養部講師、1976年から1978年まで妻の池田香代子とともにボン大学とエアランゲン大学に留学。帰国後名古屋大学助教授を経て、1982年に東京大学教養学部助教授。1991年から1993年までトリーア大学客員教授。1993年東京大学教授。2012年定年退任、名誉教授。2014年からドイツ南部のバーデン=ヴュルテンベルク州のウンメンドルフに住む。
宮村 治雄(みやむら はるお、1947年3月22日 - )は… 宮村 治雄(みやむら はるお、1947年3月22日 - )は、日本の政治学者。旧・東京都立大学名誉教授。日本思想史専攻。丸山眞男に師事し、評伝を著した。 滋賀県長浜市生まれ。滋賀県立虎姫高等学校を経て、1969年東京大学法学部卒業。1974年同大学院政治学研究科博士課程修了。法学博士の学位を取得。同年、立教大学法学部助手、1975年東京都立大学法学部助教授、1989年同教授、2001-2003年法学部長、2005年定年退官、名誉教授、成蹊大学法学部教授。2012年、同大学特任教授、2015年特任教授を退職する。
礒野 弥生(いその やよい、本名=横山、1947年3月15日… 礒野 弥生(いその やよい、本名=横山、1947年3月15日 - )は、日本の法学者。東京経済大学名誉教授。専門分野は行政法、環境法等。東京都出身。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
原田 悦雄(はらた えつお、1947年1月 - 2023年6… 原田 悦雄(はらた えつお、1947年1月 - 2023年6月)は、弘前大学人文学部・コミュニケーション講座助教授。主な研究分野はドイツ文学(ドイツの中世期)。その他、叙事詩や語学、現代ドイツの言語政策の研究なども行っている。学位は、文学修士(東京都立大学 (1949-2011)、1971年)。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
小竹 澄栄(こたけ すみえ、1947年 - )は、日本のドイ… 小竹 澄栄(こたけ すみえ、1947年 - )は、日本のドイツ文学者。 神奈川県生まれ。1972年横浜市立大学文理学部独文科卒業。1976年旧・東京都立大学人文科学研究科博士課程中退。東京都立大学人文学部助教授、教授。2005年退職。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
さくま ゆみこ(作間 由美子、1947年 - )は、日本の翻… さくま ゆみこ(作間 由美子、1947年 - )は、日本の翻訳家。日本国際児童図書評議会(JBBY)理事。 東京都出身。東京都立大学人文学部仏文科卒業。出版社勤務、フリーの編集者、玉川大学大学院英米文学科講師、白百合女子大学児童文化学科講師、青山学院女子短期大学子ども学科教授(2016年退官)などを経て、現在は翻訳家。 1999年『もうひとつの「アンネの日記」』で第46回産経児童出版文化賞・大賞受賞。著書に『エンザロ村のかまど』(福音館書店)、『どうしてアフリカ? どうして図書館?』(あかね書房)、『明日の平和をさがす本』(共著、岩崎書店)など。 訳書は、絵本からYA小説、研究書に至るまで230点を超える。
平川 一臣(ひらかわ かずおみ、1947年 - )は、日本の… 平川 一臣(ひらかわ かずおみ、1947年 - )は、日本の地理学者(第四紀学・周氷河地形環境・第四紀地殻変動)。学位は、理学博士(東京都立大学)。北海道大学名誉教授。 愛知県生まれ。早稲田大学教育学部(地理歴史専修)卒業。旧・東京都立大学大学院理学研究科地理学専攻修了。学位論文「十勝平野とその周辺地域における第四紀後期の編年と地形発達史(英文)」で東京都立大学より理学博士を学位を取得。 山梨大学教育学部助教授、旧・東京都立大学理学部助教授を経て、1993年より北海道大学大学院環境科学研究院教授。2011年3月に北海道大学名誉教授、北海道大学特任教授。2012年3月に北海道大学退職。 日高山脈での氷河地形からみた氷河の消長と下流の平野の形成史に関する研究は、最終氷期中の2回の亜氷期の存在を詳しく論じ、下流の平野の地形発達史と結びつけたものであり、その後の日本の地形発達史研究、第四紀研究に大きな影響を与えた。
平尾 和雄(ひらお かずお、1946年12月19日 - )は… 平尾 和雄(ひらお かずお、1946年12月19日 - )は、日本のノンフィクション作家。 埼玉県出身。東京都立大学 (1949-2011)卒。1972年ネパールのダウラギリ県タトパニ村でネパール人女性スルジェと結婚、旅館・スルジェ館を開業。87年帰国。 1981年『ヒマラヤ・スルジェ館物語』で第3回講談社ノンフィクション賞受賞。
岡本 寛昭(おかもと ひろあき、1946年12月 - )は、… 岡本 寛昭(おかもと ひろあき、1946年12月 - )は、日本の工学者。学位は、工学博士。専門はコンクリート工学。 舞鶴工業高等専門学校名誉教授。 現在の福井県若狭町出身。 1971年に(旧)東京都立大学大学院工学研究科修士課程土木工学専攻を修了した。同年より舞鶴工業高等専門学校に48年間勤務した。 2010年に退職して、名誉教授となる。 2025年4月に瑞宝小綬章を受章した。
阿藤 快(あとう かい、、1946年〈昭和21年〉11月14… 阿藤 快(あとう かい、、1946年〈昭和21年〉11月14日 - 2015年〈平成27年〉11月14日)は、日本の俳優・タレントである。神奈川県小田原市出身。東京都立大学法学部法律学科(二部)卒業。劇団俳優座、舞プロモーションを経て、 ボニート合同会社(Bonito LLC)に所属していた。血液型A型。本名は阿藤 公一(あとう こういち)。旧芸名は阿藤 海(読み同じ)。 中学時代は野球に熱中していた。神奈川県立西湘高等学校に入学するが、高校に野球部がなかったため2年時に退学。その後、野球部名門校の編入試験を受験するも不合格になり、西湘高校へ復学。卒業後は、東京都立大学法学部法律学科の第二部に合格し、入学。
塚田 富治(つかだ とみはる、つかだ とみじ、1946年10… 塚田 富治(つかだ とみはる、つかだ とみじ、1946年10月30日 - 2001年12月12日)は、日本の政治学者、政治史家。一橋大学教授。東京都立大学法学博士。専門はイギリス政治史。 1976年、東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程修了。学位論文「トマス・モアにおける宗教と政治 イギリス・ルネッサンス期政治思想研究序説」により同大学法学博士。 一橋大学社会学部助教授、言語社会研究科教授を歴任。 2001年12月12日、呼吸不全で死去。享年55歳。
中島 平三(なかじま へいぞう、1946年8月19日 - )… 中島 平三(なかじま へいぞう、1946年8月19日 - )は、日本の言語学者・英語学者。旧・東京都立大学名誉教授、学習院大学元教授。ランニング、テニス、登山などが趣味[要出典]。 東京都出身。専門領域は理論言語学、生成文法、英語学。英語の記述的研究、言語特質の理論的研究、言語脳科学でERP(事象関連電位)・fMRIを用いた言語学的仮説の実験研究などを手掛ける。Ph.D.(言語学)。 旧・東京都立大学法経学部に入学し、法学部と経済学部に分離したため経済学部に入るが、二年生で人文学部英文科に転部、1970年卒業、72年同大学院修士課程修了、80年からアリゾナ大学大学院博士課程に学び、82年アリゾナ大学大学院言語学科でPh.D.取得。
岩田 修二(いわた しゅうじ、1946年4月18日 - )は… 岩田 修二(いわた しゅうじ、1946年4月18日 - )は、日本の地理学者。東京都立大学 (1949-2011)名誉教授。 主に、山岳地域、極地をフィールドに地形学、自然地理学、第四紀学の研究を進めている。日本やヒマラヤ、南極などでの周氷河地形、氷河地形研究の成果がある。寒冷地形談話会の創立メンバーの一人。その他、各地の地誌学的な研究や、日本アルプスにおける環境保全に関する研究や活動も行っている。上高地自然史研究会元代表。 神戸市に生まれる。六甲高等学校卒、1971年明治大学文学部史学地理学科卒業。1976年東京都立大学 (1949-2011)大学院理学研究科博士課程単位取得退学。 1978年 東京都立大学理学部地理学科地誌学研究室の助手に採用。
白石 顕二(しらいし けんじ、1946年 - 2005年6月… 白石 顕二(しらいし けんじ、1946年 - 2005年6月22日)は、アフリカ文化研究者。 茨城県出身。東京都立大学法学部卒。映画、音楽、美術、スポーツなどアフリカ文化全般の紹介につとめた。 2005年6月22日、急性心筋梗塞のため死去、59歳。 ワガドゥグ全アフリカ映画祭(FESPACO)やカルタゴ映画祭、カイロ国際映画祭などアフリカ各地の映画祭を取材する。その一方、東京アフリカ映画祭の運営に携わり、アフリカの映画人を多数日本へ招いた。 グリオの伝統音楽からターアラブ、ムビラ音楽、ジャズ、レゲエまで論じつつ、マヌ・ディバンゴ、パパ・ウェンバ、アブデル・アジズ・エル・ムバラク、サリフ・ケイタ、トーマス・マプフーモ、ミリマム・マケバなどのミュージシャンを紹介。
大串 隆吉(おおぐし りゅうきち、1945年 - )は、日本… 大串 隆吉(おおぐし りゅうきち、1945年 - )は、日本の教育学者、東京都立大学 (1949-2011)・首都大学東京名誉教授。 佐賀県生まれ。東京都立大学人文学部卒、同大学院人文科学研究科博士課程中退。1973年同人文学部助手。講師、助教授、教授、首都大学東京都市教養学部教授。2008年定年退任、名誉教授。日本社会教育学会事務局長、同副会長、『月刊社会教育』編集長、社会教育推進全国協議会委員長など。
高橋 晃(たかはし あきら、1944年12月4日 - 201… 高橋 晃(たかはし あきら、1944年12月4日 - 2013年4月21日)は、日本の経営者、工学博士。元テルモ代表取締役社長。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
定方 昭夫(さだかた あきお、1944年11月25日 - )… 定方 昭夫(さだかた あきお、1944年11月25日 - )は、日本の超心理学者。専攻はユング心理学と東洋思想・東洋医学。易学、鍼灸、気功、漢方。 埼玉県生まれ。1968年東京都立大学 (1949-2011)心理学科卒、1976年上智大学大学院博士課程満期退学。1978年札幌学院大学助教授、1981年長岡短期大学助教授、長岡大学教授。のち退職。
藤川 芳朗(ふじかわ よしろう、1944年1月18日 - )… 藤川 芳朗(ふじかわ よしろう、1944年1月18日 - )は、日本のドイツ文学者、翻訳家。横浜市立大学名誉教授。 愛知県生まれ。旧・東京都立大学大学院修了。東京水産大学助教授を経て、横浜市立大学教授。2009年定年退任、名誉教授。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
沢近 十九一(さわちか とくいち、1944年 - )は、日本… 沢近 十九一(さわちか とくいち、1944年 - )は、日本の編集者、科学ジャーナリスト、翻訳家。「澤近十九一」の表記もある。 東京生まれ。東京都立大学大学院中退。 1973年より自然誌「アニマ」の編集陣に参画、1981年より編集長。1994年よりマイクロソフト・デジタル百科事典「エンカルタ」プロジェクト・マネージャー。 総合企画会社「エス・プロジェクト」代表。新樹社の編集長。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
奈倉 哲三(なぐら てつぞう、1944年 - )は、日本の歴… 奈倉 哲三(なぐら てつぞう、1944年 - )は、日本の歴史学者。跡見学園女子大学名誉教授。近世民衆思想史、日本思想史専攻。 東京都生まれ。早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得。「真宗信仰の思想史的研究 越後蒲原門徒の行動と足跡」で文学博士(1990年、東京都立大学)。山陽学園大学教授、跡見学園女子大学文学部教授を経て、跡見学園女子大学名誉教授。 子にロシア文学翻訳家の奈倉有里、小説家の逢坂冬馬。
中須 勇雄(なかす いさお、1944年 - 2025年8月1… 中須 勇雄(なかす いさお、1944年 - 2025年8月13日)は、日本の農水官僚。水産庁長官、林野庁長官。 東京都立大学法学部を卒業し、1967年農林省に入省する。課長補佐を経て、1984年課長となる。各課課長を経て、1992年審議官。畜産局長等を経て、水産庁長官から林野庁長官を歴任し、2001年退官。その後大日本水産会会長や日本食肉協議会会長を歴任。
松本 忠夫(まつもと ただお、1943年9月14日 - )は… 松本 忠夫(まつもと ただお、1943年9月14日 - )は、日本の生態学者。学位は、理学博士。放送大学客員教授、東京大学名誉教授。専門は社会性昆虫学。研究テーマは、熱帯のシロアリ、家族性ゴキブリの進化生態、系統進化。東京都出身。
牧原 憲夫(まきはら のりお、1943年〈昭和18年〉8月2… 牧原 憲夫(まきはら のりお、1943年〈昭和18年〉8月29日 - 2016年〈平成28年〉7月20日)は、日本の歴史学者。専門は日本近代史(特に明治時代の民衆史・社会史)。東京都出身。 1979年、東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得。1997年、東京経済大学経済学部専任講師となり、2002年に助教授。2004年、同大全学共通教育センター長。2007年3月に依願退職し、同大非常勤講師となった。 この項目は、歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:歴史/P:歴史学/PJ歴史)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
小林 英夫(こばやし ひでお、1943年8月24日 - )は… 小林 英夫(こばやし ひでお、1943年8月24日 - )は、日本の歴史学者・経済学者。早稲田大学自動車部品産業研究所顧問、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科名誉教授。専門は東アジア経済論および植民地経済史の研究。 東京生まれ。1966年東京都立大学経済学部卒業。1971年東京都立大学大学院社会科学研究科博士課程修了後、同経済学部助手。1973年駒澤大学経済学部教授(-1997年)。1978年 文学博士(東京都立大学)。1997年早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授、2014年定年退職。 第二次世界大戦以前における帝国日本の東アジア支配の研究や、近現代日本の社会経済史で戦後の日本の経済発展の研究をしている。
古川 勇二(ふるかわ ゆうじ、1943年6月8日 - )は、… 古川 勇二(ふるかわ ゆうじ、1943年6月8日 - )は、日本の機械工学者(ものづくり、精密加工、技術経営、職業教育)。学位は工学博士(東京都立大学)。職業能力開発総合大学校校長、日本学術会議連携会員、旧・東京都立大学、東京農工大学および大連理工大学名誉教授、上海交通大学客座教授。東京出身。 東京都立大学 (1949-2011)工学部学部長、都市研究所長、東京農工大学技術経営研究科長などを歴任して現職に就任。この間、工学教育、都市科学教育、技術経営教育など多分野で教授に当たり、特にものづくりを中核とした研究・教育分野において日本の学術をリードしてきた。 (社)精密工学会長、(社)日本機械学会生産システム学委員長などを歴任し、現在、両学会のフェロー。
太田 敏子(おおた としこ、1943年 - 2025年)は日… 太田 敏子(おおた としこ、1943年 - 2025年)は日本の生物学者、生化学者、理学博士。筑波大学名誉教授。専門は生化学、微生物学、分子生物学。 1943年に上海で出生する。1967年に東京都立大学理学部生物学科を卒業、後に自治医科大学医学部研究生を修了した。1967年から1973年まで国立予防衛生研究所抗生物質部へ厚生技官として勤務する。1977年から自治医科大学で膜タンパク質の研究に従事、1980年より同大学の研究技官を務める。1991年から筑波大学の講師に就任し、人間総合科学研究科に所属した。基礎医学系助教授、筑波大学医療技術短期大学部教授を経て、基礎医学系教授となる。筑波大学では基礎医学系長を務めたほか、学内の基礎医学系の研究会であるつくば医科学研究会で代表として活動した。
松山 恒昭(まつやま つねあき、1942年 <昭和17年> … 松山 恒昭(まつやま つねあき、1942年 <昭和17年> 12月7日 - )は、日本の裁判官、弁護士。神戸地方裁判所長や、大阪高等裁判所部総括判事を務めた。瑞宝重光章受章。 1961年和歌山県立橋本高等学校卒業。1965年東京都立大学法経学部法学科卒業。参議院法制局参事を経て、1966年旧司法試験に合格。大阪地方裁判所部総括判事、釧路地方裁判所長、司法研修所第1部上席教官を経て、2001年神戸地方裁判所長。2004年大阪高等裁判所部総括判事。2008年大阪弁護士会弁護士登録。2013年瑞宝重光章受章。法務省難民審査参与員、近畿大学法科大学院教授等も歴任した。
西川 直子(にしかわ なおこ、1942年10月7日 - )は… 西川 直子(にしかわ なおこ、1942年10月7日 - )は、日本のフランス文学・思想学者、旧・東京都立大学名誉教授。 東京生まれ。本名・堀直子。1967年早稲田大学文学部フランス文学科卒。1974年東京都立大学人文科学研究科博士課程単位取得退学。東京都立大学人文学部助教授、教授。2006年定年退官、名誉教授。ジュリア・クリステヴァを研究。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、文学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJライトノベル)。
北 博昭(きた ひろあき、1942年10月1日 - 2022… 北 博昭(きた ひろあき、1942年10月1日 - 2022年12月23日)は、日本の政治史学者。大阪経済法科大学客員教授を務めた。日本近代史専攻。 鳥取県倉吉市生まれ。東京都立大学大学院(政治学)修了。二・二六事件の軍法会議記録を東京地検に開示請求して発見する。 2022年12月23日、病気のため死去。80歳没。
藤田 祐幸(ふじた ゆうこう、1942年8月24日 - 20… 藤田 祐幸(ふじた ゆうこう、1942年8月24日 - 2016年7月18日)は、日本の物理学者、科学史家。エントロピー論、科学哲学専攻。 千葉県生まれ。1966年、旧・東京都立大学理学部物理学科卒業。1972年、東京都立大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程修了。1972年より慶応義塾大学法学部教員、のち物理学教室助教授。 もともと金属物理を専攻していたが、1979年のスリーマイル島原発事故を契機に専攻を放射能に変更し、放射能が人体と環境に及ぼす影響を訴え続けている。 原子力発電や被曝労働の実態調査、チェルノブイリ原発周辺の汚染地域の調査(1990年 - 1993年)、セルビア、コソボ、ボスニアでの劣化ウラン弾の調査(1999年、2000年)、バグダードとバスラでの劣化ウラン弾による被害状況と環境汚染の現地調査(2003年)などに取り組んだ。
小野田 隆雄(おのだ たかお、1942年7月25日 - )は… 小野田 隆雄(おのだ たかお、1942年7月25日 - )は日本のコピーライター。栃木県足利市出身。旧東京都立大学人文学部卒業。 父を住職に持つ家庭の五人兄弟の末っ子として生まれる。都立大学人文学部卒業後の1966年に資生堂に入社。宣伝文化部に配属される。 1969年に資生堂スペシャル化粧品のコピー「効果的なシャドウは眼をふせても美しい」でTCC新人賞を受賞。その後も1972年には自身の代表作となる資生堂シフォネットのコピーならびに、同社が刊行する月刊誌『花椿』の特集タイトルにも起用された「ほほ ほんのり染めて」を送り出し、一躍注目される。その後も「海岸通りのぶどう色」「レンガ通りの白い肌」「うれしくて、バラ色」など、資生堂から発売される製品や企業コピーを書き続けてゆく。