吉良 大弥(きら だいや、2003年5月30日 - )は、日… 吉良 大弥(きら だいや、2003年5月30日 - )は、日本のプロボクサー。大阪府門真市出身。東京農業大学中退。志成ボクシングジム所属。 父親がキックボクシングジムを経営しており4歳からキックボクシングを始め、小学生になってから柔道とボクシングを始めた。2人の姉達と切磋琢磨しながら練習に励み格闘技の大会に出場した。 ボクシングでは、2015年全国U-15ジュニアボクシング大会の32・5kg級決勝で坂間叶夢を破り優勝。中学1年になるとボクシングに専念した。 2019年、ボクシングの名門王寺工業高校に入学。高校1年時のインターハイと国体ではどちらも高見亨介に判定負けを喫し優勝を逃した。10月にアラブ首長国連邦で開催されたASBC主催のアジアジュニア選手権50kg級で優勝し、大会最優秀選手にも選ばれた。
大橋 蓮(おおはし れん、2001年10月6日 - )は、日… 大橋 蓮(おおはし れん、2001年10月6日 - )は、日本のプロボクサー。愛知県北名古屋市出身。大橋ボクシングジム所属。 血液型A型。得意のパンチは左ストレート。 4歳から中学3年まで空手をしており、享栄高校でボクシングを始めて東京農業大学に進学した。 2022年11月27日、東京の墨田区総合体育館にて、佐藤貴則(西武台千葉)と全日本ボクシング選手権ライト級決勝戦で対戦し、初回2分43秒KO勝ちを収め、初優勝を果たした。26日の準決勝も左ストレートで3回にKO勝ちしており、アマでは極めて異例の連続KOを全日本の準決勝と決勝で達成する快挙を達成した。 2023年7月、所属していた東京農業大学ボクシング部は違法薬物に関わり4人の部員が逮捕された事で無期限活動停止処分を受けた。
松本 圭佑(まつもと けいすけ、1999年7月17日 -)は… 松本 圭佑(まつもと けいすけ、1999年7月17日 -)は、日本のプロボクサー。第67代日本フェザー級王者。元WBOアジア太平洋フェザー級王者。大橋ボクシングジム所属。神奈川県横浜市出身。 祖父は東日本ウェルター級新人王松本弘、父は日本・東洋太平洋フェザー級王者松本好二というボクシング一家。 脱毛症の影響で2023年の試合からスキンヘッドにしている。 フジテレビの番組ミライ☆モンスターでたびたび特集されていることから、あだ名は「ミライモンスター」。 小学3年生からボクシングを始めて、U-15大会で5連覇。 みなと総合高校卒業後、東京農業大学に進学(後にプロ入りのため中退)。なおみなと総合高校時代、全国高等学校ボクシング選抜大会でライトフライ級の部で優勝経験がある。
中島 玲(なかじま れい、1998年6月27日 -)は、日本… 中島 玲(なかじま れい、1998年6月27日 -)は、日本のキックボクサー、元プロボクサー。ハイブリッドアカデミー/KNOCK OUTクロスポイント渋谷所属。元KNOCK OUT-BLACKウェルター級王者。元日本スーパーウェルター級暫定王者。ボクシング時代は寝屋川石田ボクシングクラブに所属していた。大阪府池田市出身。 幼少の頃から親の進言もあり空手とキックボクシングを学び、高校からボクシングを始めた。 興國高校卒業後、東京農業大学に入学(後にプロ入りのため中退)。 2016年、交通事故で首を骨折するも、3年で完治。 2019年7月12日のプロデビュー戦は判定勝ち。 また2020年10月9日に後楽園ホールにて行われた「ゴールデンチャイルドボクシングvol.128」のメインで元OPBF東洋太平洋ミドル級王者の細川チャーリー忍とミドル級8回戦を行い、8回2-1(77-75×2、74-78)判定勝ちの金星を挙げた。
齋藤 麗王(さいとう れお、1998年4月23日 - )は、… 齋藤 麗王(さいとう れお、1998年4月23日 - )は、日本のプロボクサー。宮崎県日南市出身。帝拳ボクシングジム所属。元WBOアジア太平洋スーパーフェザー級王者。 最初は空手をやっていたが、学生時代ボクシングで国体出場経験のある父親の影響で中学校からボクシングを始めた。日章学園高校で高校6冠を達成。 日章学園高校卒業後、東京農業大学に進学。なお東京農業大学時代、ボクシング部主将を務めた。 2016年11月、ロシアのサンクトペテルブルクで行われた世界ユース選手権のライト級(60kg)に出場し、準々決勝で敗れた。 2021年2月5日のプロテストで同門増田陸と共にB級合格。 2022年7月2日、後楽園ホールでのプロデビュー戦は初回KO勝ち。
森坂 嵐(もりさか あらし、1996年7月2日 - )は、日… 森坂 嵐(もりさか あらし、1996年7月2日 - )は、日本のアマチュアボクサー。大阪府枚方市出身。 最初は空手をやっていたが、中学1年生からボクシングを始めた。奈良朱雀高校時代、高校3冠を達成。 奈良朱雀高校卒業後、東京農業大学に進学。 2015年、全日本選手権を初めて制して、山根杯を受賞した。 翌2016年、リオ五輪ボクシング競技で日本代表として出場して初戦敗退。 この項目は、ボクシング関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJボクシング/PJキックボクシング)。
中野 幹士(なかの みきと、1995年7月14日 - )は、… 中野 幹士(なかの みきと、1995年7月14日 - )は、日本のプロボクサー。大阪府大阪市出身。帝拳ボクシングジム所属。現OPBF東洋太平洋フェザー級王者。 入場曲は菅野祐悟作曲で、映画『カイジ』のサウンドトラックである「END TITLE」。 小学6年生からボクシングを始める。竹台高校時代、高校3冠を達成した。 竹台高校卒業後、東京農業大学に進学。2014年、「第4回台北市カップ国際ボクシングトーナメント」フライ級では日本代表として優勝を果たした。 2018年9月、プロテストに合格。 2018年10月6日のプロデビュー戦はKO勝利。 2019年11月2日、後楽園ホールでOPBF東洋太平洋フェザー級12位のKJナトゥプラグと対戦し、3回18秒TKO勝ちを収めた。
鈴木 雅弘(すずき まさひろ、1995年7月11日 - )は… 鈴木 雅弘(すずき まさひろ、1995年7月11日 - )は、日本のプロボクサー。東京都足立区出身。第43代日本スーパーライト級王者。第48代OPBF東洋太平洋ライト級王者。角海老宝石ボクシングジム所属。トレーナーは田部井要。同じプロボクサーの鈴木稔弘は弟。 アマチュア時代には駿台学園高等学校、東京農業大学ボクシング部で活躍。アマチュア戦績は90戦64勝(21KO)26敗。大学の先輩に同じく角海老宝石ジム所属の山内涼太、酒井幹生らがいる。 大学卒業後にワールドスポーツボクシングジムからプロ転向。 2018年11月3日、後楽園ホールでデビュー戦としてアントニオ・シエスムンドと対戦し、6回1分55秒TKO勝ちを収めた。
桑原 拓(くわはら たく、1995年4月4日 - )は、日本… 桑原 拓(くわはら たく、1995年4月4日 - )は、日本のプロボクサー。大阪府大阪市平野区出身。大橋ボクシングジム所属。第47代OPBF東洋太平洋フライ級王者。 5歳から空手を始める。桑原本人は当時K-1のチャンピオンを目指していたためボクシングはやりたくなかったが、小学5年生の時に空手の同門の同級生がボクシングを始めたことで、父親に無言のままスポーツ用品店に連れて行かれボクシング用具を購入すると、その足で近所の大鵬ジムへ入会し、半ば強制的にボクシングを始めさせられた。興國高校卒業後、東京農業大学に入学。なお東京農業大学時代、ボクシング部主将を務めていた。 2018年5月25日、プロデビュー戦でモハマッド・ソリミンと対戦し、初回KO勝ち。
山内 涼太(やまうち りょうた、1995年1月15日 - )… 山内 涼太(やまうち りょうた、1995年1月15日 - )は、日本のプロボクサー。大阪府豊中市出身。元WBOアジア太平洋フライ級王者。角海老宝石ボクシングジム所属。トレーナーは阿部弘幸。 小学2年生から、地元の豊中市にあるライザースポーツボクシングジムでボクシングを始める。その後小5、小6と2年連続でU-15全国大会で優勝。 高校は箕面東高校に進学。ボクシング部は無かったが、山内曰く「校長先生がめっちゃいい人で、名前だけつくってくれた」とのこと。2011年の全国選抜大会ライトフライ級で、井上拓真に敗れて準優勝。 大学は東京農業大学に進学。大学の先輩に同じく角海老宝石ジム所属の斎藤一貴がいる。2017年、大学卒業後にプロ転向。
佐川 遼(さがわ りょう、1994年3月13日 - )は、日… 佐川 遼(さがわ りょう、1994年3月13日 - )は、日本のプロボクサー。青森県青森市出身。第64代日本フェザー級王者。三迫ボクシングジム所属。 洋菓子メーカーのコロンバンの営業部で営業マンとして働いている。 ジャッキー・チェンの映画をみて格闘技に興味を持つ。中学生の時に同級生の小山内幹(現・三迫ジム)に誘われ、12歳でキックボクシングを始め、15歳でボクシングに転向。青森北高校、東京農業大学を経て、就職を機に、一度はボクシングをやめるつもりだったが、プロボクサーになった小山内幹のプロデビュー戦を観戦し、ボクシングへの想いを断ち切ることが出来ず、社長に直談判。会社公認のもと、サラリーマンとプロボクサー二刀流の人生を歩むことになり、大学の先輩吉野修一郎の誘いで三迫ボクシングジムに入門した。
中澤 奨(なかざわ しょう、男性、1992年12月9日 - … 中澤 奨(なかざわ しょう、男性、1992年12月9日 - )は、日本の元プロボクサー。大阪府大阪市出身。大橋ボクシングジム所属。以前は大阪帝拳ジムに所属していた。ニックネームは「浪速のショー」。 辰吉丈一郎に憧れ、小1より辰吉が所属していた大阪帝拳ジムでボクシングを始め、興國高校2年で選抜、国体、3年で総体、国体の高校四冠を達成。 卒業後は東京農業大学進学。 2012年、ロンドンオリンピック日本代表選考会に出場するが、清水聡に敗れ代表を逃す。 11月の全日本選手権バンタム級で優勝し、最優秀選手賞にも選ばれた。 2013年3月、大学中退。 2013年5月、B級プロテスト合格。 8月24日、大阪府立体育会館第2競技場にてデッチャイ・ボビージム(タイ)戦でプロデビュー、1回TKOで勝利。
吉野 修一郎(よしの しゅういちろう、1991年9月28日 … 吉野 修一郎(よしの しゅういちろう、1991年9月28日 - )は、日本の元プロボクサー。栃木県鹿沼市出身。三迫ボクシングジムに所属していた。第62代日本ライト級王者。第47代OPBF東洋太平洋ライト級王者。元WBOアジア太平洋ライト級王者。 入場曲はウルフルズの『ガッツだぜ!!』。 母はフィリピン人。父と叔父の影響でボクシングを始める。 作新学院高校時代は、インターハイ、国体、選抜(2度)で優勝し高校4冠を果たした。東京農業大学時代は、国体と国際大会で2度準優勝し、ボクシング部の後輩に中澤奨がいる。 大学卒業後はサラリーマンになるが、1年のブランクを経てプロ入りを決断した。 2015年12月14日、後楽園ホールでペッジャー・シットパーセーンとウェルター級4回戦を行い、3回2分40秒TKO勝ちを収めデビュー戦を白星で飾った。
井岡 一翔(いおか かずと、1989年3月24日 - )は、… 井岡 一翔(いおか かずと、1989年3月24日 - )は、日本のプロボクサー。大阪府堺市出身。志成ボクシングジム所属。元WBA・WBC世界ミニマム級統一王者。元WBA世界ライトフライ級王者。元WBA世界フライ級王者。元WBA・WBO世界スーパーフライ級王者。世界4階級制覇王者。 興國高等学校卒業、東京農業大学中退。かつては父・井岡一法が会長を務める井岡ボクシングジム・プロフェッショナル、パチンコ・パチスロメーカーのSANKYO、DANGAN AOKIボクシングジム(旧Reason大貴ボクシングジム)に所属していた。 中学1年時に叔父である井岡弘樹が所属していたグリーンツダジムでボクシングを始め、中学3年時に叔父と父が設立した井岡ジムへ移籍。
杉田 ダイスケ(すぎた ダイスケ、1988年10月22日 -… 杉田 ダイスケ(すぎた ダイスケ、1988年10月22日 - 2026年5月30日)は、日本の警察官、プロボクサー。東京都杉並区出身。警視庁巡査長。 ボクサーとしては金子ボクシングジム所属。駿台学園高校、東京農業大学卒業。 中学1年から輪島功一スポーツジムでボクシングを始めた。 駿台学園高校ボクシング部では2006年インターハイ準々決勝で後の世界チャンピオン小國以載に敗れベスト8。 名門東京農業大学ボクシング部にスカウトされ進学。大学では2年の時にバンタム級で出場した全日本大学王座決定戦で国際大会入賞選手を相手にKO勝ち。4年の時には関東大学一部リーグでライト級に階級を上げ5戦全勝。ライト級階級賞を受賞、日本連盟推薦選手にも選ばれた。
出田 裕一(いでた ゆういち、1984年10月7日 - )は… 出田 裕一(いでた ゆういち、1984年10月7日 - )は、日本の元プロボクサー。東京都国分寺市出身。第41代日本スーパーウェルター級王者。三迫ボクシングジム所属。 2017年のヨネクラジム閉鎖に伴い、三迫ボクシングジムに移籍した "最後のヨネクラ戦士"。 松丘高校卒業後、東京農業大学に進学。 2005年、ヨネクラジム所属でプロデビュー。 デビュー後は2006年度の全日本新人王(ウェルター級)に輝くなど、破竹の12連勝を飾った。 しかし、2010年の初黒星をきっかけに、そのキャリアは低迷。 2010年6月24日に後楽園ホールで渡部あきのりと最強後楽園ウェルター級準決勝を行い、6回58秒TKO負けで決勝進出ならず。
五十嵐 俊幸(いがらし としゆき、1984年1月17日 - … 五十嵐 俊幸(いがらし としゆき、1984年1月17日 - )は、日本の元プロボクサー。秋田県由利本荘市出身。帝拳ボクシングジム所属。元WBC世界フライ級王者。 秋田県立西目高等学校でボクシングを始める。2000年2年時とやま国体少年ライトフライ級3位になり、由利本荘市栄光賞を授与され、2001年3年時にインターハイライトフライ級・新世紀・みやぎ国体少年ライトフライ級の2冠を達成。これにより由利本荘市体育協会特別栄光賞を授与される。 高校時代は西目高監督の佐々木学の指導を受けた。また、大場政夫が新人だった頃に帝拳ジムでトレーナーを務めた由利本荘市出身の尾形荘二と知り合い、支援を受けた。 高校卒業後、東京農業大学造園科学科に進学し、2003・2004年全日本選手権ライトフライ級を連覇。
岡田 誠一(おかだ せいいち、1982年4月6日 - )は、… 岡田 誠一(おかだ せいいち、1982年4月6日 - )は、日本のプロボクサー。神奈川県横浜市出身。第43代日本スーパーフェザー級王者。横浜高等学校、東京農業大学卒業。大橋ボクシングジム所属。 東農大時代には国体準優勝を経験し卒業後、大橋ジムに入門、B級ボクサーライセンスを取得した。 2005年5月18日、プロデビュー。 2009年、最強後楽園にエントリー、準決勝で松崎博保(協栄)を6回判定勝利で下し、決勝で川村貢治(ワタナベ)を退け優勝した。 2010年2月6日、日本スーパーフェザー級王者の三浦隆司(横浜光)と対戦し、僅差の判定で王座奪取はならなかった。 2011年1月31日、有明コロシアムで行われたダブル世界戦の前座として、三浦がその世界戦のために返上して空位となった同王座を福原力也(ワタナベ)と争い、2-1の僅差の判定を制して2度目の挑戦で日本王座を獲得した。
清水 智信(しみず とものぶ、1981年(昭和56年)6月2… 清水 智信(しみず とものぶ、1981年(昭和56年)6月28日 - )は、日本の元プロボクサー、政治家。東京・大崎の学習塾「ブルカン塾」講師、福井県議会副議長、福井県議会議員(3期)。福井県福井市出身。 元WBA世界スーパーフライ級王者。第51代日本フライ級王者。金子ボクシングジム所属。北陸高校、東京農業大学卒業。メディア対応などについてはエーケー・グローバル・エージェントとマネジメント契約を結んでいる。入場曲は「ロッキーのテーマ」。 ボクシングの名門・東京農大ボクシング部で主将を務めた。同部は 五十嵐俊幸(WBC世界フライ級王者、アテネ五輪日本代表)、井岡一翔 (日本人男子初の4階級制覇)を輩出している。
仁多見 史隆(にたみ ふみたか、1974年12月27日 - … 仁多見 史隆(にたみ ふみたか、1974年12月27日 - )は、日本の元アマチュアボクシング選手。新潟県新潟市出身。1996年アトランタオリンピックライトウェルター級日本代表。右ボクサータイプ。身長173cm。興農館高等学校、東京農業大学卒業。弟・暢尚(のぶひさ)もアマチュアボクシング経験者。 1992年、インターハイ・全国高校選抜・べにばな国体少年の部のいずれもライトウェルター級で優勝を収めた。親からは農業の道を進むよう促されたため、プロは断念せざるを得なかった。 大学時代の1993年から1996年にかけて、副島保彦(1978年 - 1981年)に続き、4年間で1部リーグ戦全試合出場・全試合勝利を達成した。
佐々木 忠広(ささき ただひろ、男性、1970年6月22日 … 佐々木 忠広(ささき ただひろ、男性、1970年6月22日 - )は、日本の元アマチュアボクシング選手。新潟県新潟市出身。1992年バルセロナオリンピックライトフライ級日本代表。身長163cm。巻農業高等学校(現・巻総合高等学校)、東京農業大学卒業。現 巻中央自動車学校 教官 高校時代の1988年、インターハイモスキート級、京都国体少年の部ライトフライ級で、いずれも優勝を収めた。 大学4年在学中の1992年、バルセロナオリンピックにライトフライ級の日本代表として出場し、7月26日の1回戦に5-3のポイント勝ちを収めたが、8月1日に行われた2回戦では7-10のポイント負けとなった。 「アマチュア・レコード」『日本ボクシング年鑑2005』 ボクシング・マガジン編集部編、日本ボクシングコミッション/日本プロボクシング協会協力、ベースボール・マガジン社、2005年4月30日 ISBN 4-583-03849-6
荻原 千春(おぎわら ちはる、1957年(昭和32年)2月1… 荻原 千春(おぎわら ちはる、1957年(昭和32年)2月13日 - 2024年(令和6年)6月20日)は、日本のボクサー。 茨城県出身。茨城県立笠間高等学校、東京農業大学を経て、自衛隊体育学校在学中に、1984年ロサンゼルスオリンピックに男子ライトミドル級で出場し、3回戦敗退した。全日本ボクシング選手権大会では8連覇を記録し、1983年のアジア選手権でも優勝を果たした。1986年アジア競技大会で銀メダルを獲得したのを最後に、現役を引退。 その後は自衛隊体育学校にボクシング指導者として勤め、55歳で定年退職後はアマチュア審判を務めたほか、慶應義塾大学でコーチを務めるなどした。 2024年6月20日、心筋梗塞のため埼玉県内の病院で死去。
鈴木 進悦(すずき しんえつ、1939年(昭和14年)5月1… 鈴木 進悦(すずき しんえつ、1939年(昭和14年)5月10日 - )は、日本のボクサー。 東京農業大学在学中に、1960年ローマオリンピックに男子フェザー級で出場し、2回戦敗退した。 この項目は、ボクシング関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJボクシング/PJキックボクシング)。
八重樫 剛(やえがし つよし)は、日本のアマチュアボクシング… 八重樫 剛(やえがし つよし)は、日本のアマチュアボクシング選手。岩手県花巻市出身。広島アジア大会金メダリスト。岩手県立水沢農業高等学校、東京農業大学卒業。 水沢農業高校3年でインターハイライトウェルター級優勝。東農大進学後の1994年に全日本選手権ライト級初優勝、自国開催の広島アジア大会の日本代表として金メダルを獲得した。翌年も全日本選手権連覇を果たしアトランタオリンピック予選に出場も敗退。 卒業後は母校・水沢農高に教員として赴任し、1997年のなみはや国体を制する。以降は一線を退きボクシング部で指導。 後に花巻農業高校に異動。 2008年に当時のAIBA規定であった34歳を過ぎたため一度引退。