池 毅(いけ たけし、1953年10月25日 - )は、日本… 池 毅(いけ たけし、1953年10月25日 - )は、日本の作曲家、編曲家、歌手。香川県善通寺市出身。武蔵野美術大学造形学部産業デザイン学科商業デザイン卒業。初期は平仮名表記の「いけたけし」名義で活動していたが、1986年秋ごろ、漢字表記の「池 毅」に改名した。ただし現在でも歌手としては「いけたけし」名義を使うこともある。 1970年代に、3人組のニューミュージックグループ「He-Story」のメンバーとしてデビュー。歌手としてのソロデビューは1985年の「バーニング・ラヴ」で、これは他のロック系男性アーティストが歌うことを想定して作曲したのだが、歌い手が決まらず急遽、池が歌うことに決定したもので、その話を聞かされて困惑したという。
吉岡 正人(よしおか まさと、1953年(昭和28年)8月1… 吉岡 正人(よしおか まさと、1953年(昭和28年)8月15日 - )は。大阪府出身の洋画家。 全体的に神秘的な雰囲気が漂う作品が多い。作品には、理想化された女性、細身の犬、印象的な空、白や赤い壁の建物がよく見られる。中でも描かれる女性の表情は、深く、何かを秘めたような面持ちである。現在の作品はテンペラと油彩の混合技法を用いているものがほとんどである。 2002年頃からランチュウ(金魚)の飼育にも力を入れている。
岡井 大二(おかい だいじ、1953年7月8日 - )は、日… 岡井 大二(おかい だいじ、1953年7月8日 - )は、日本の音楽プロデューサー、ドラマー。1974年、四人囃子のドラマーとしてデビュー。プロデューサーとしてL⇔Rなどを手がけた。実父は武蔵野美術大学の教授や同美術学園の学園長を務めたデザイナー・岡井睦明。
西田 俊英(にしだ しゅんえい、1953年(昭和28年)4月… 西田 俊英(にしだ しゅんえい、1953年(昭和28年)4月20日 - )は、日本画家、日本美術院同人、理事、日本芸術院会員、武蔵野美術大学日本画学科教授、広島市立大学名誉教授。 三重県伊勢市出身。高校生で中部春陽会賞受賞、その後油彩画から日本画に転向。1977年武蔵野美術大学日本画卒業。在学中、院展に初入選し、奥村土牛、塩出英雄に師事。1988年に日本美術院同人となり、現在は日本美術院同人、理事、日本芸術院会員、広島市立大学名誉教授、武蔵野美術大学日本画科教授。 花鳥画、風景画、人物画等様々なジャンルの作品を描き、いずれも叙情性に富んだ繊細な作品を発表している。 1983年山種美術館賞展「華曼」で優秀賞受賞、1984年東京セントラル美術館日本画大賞展「聖牛」で大賞受賞、1990年両洋の眼・現代の絵画展「朝」で推奨受賞、1993年文化庁在外研修員として一年間インドで研究する。
須藤 玲子(すどう れいこ、1953年 - )は、日本のテキ… 須藤 玲子(すどう れいこ、1953年 - )は、日本のテキスタイルデザイナー。 茨城県立土浦第二高等学校卒業、武蔵野美術大学短期大学部専攻科修了。武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科テキスタイル研究室助手を経て、株式会社 布の設立に参加。現在は同社取締役デザインディレクター。英国UCA芸術大学より名誉修士号授与。2019年より東京造形大学造形学部デザイン学科テキスタイルデザイン専攻領域名誉教授。2008年より良品計画のファブリック企画開発、鶴岡織物工業協同組合、株式会社アズのデザインアドバイスを手がける。2016年無印良品アドバイザリーボードに就任。 日本の伝統的な染織技術から現代の先端技術までを駆使し、新しいテキスタイルづくりをおこなう。
高橋 美江(たかはし みえ、1953年 - )は、東京都出身… 高橋 美江(たかはし みえ、1953年 - )は、東京都出身の散歩屋、絵地図師である。高橋デザイン室主宰。 武蔵野美術大学卒業後、グラフィックデザイナー、イラストレーターとして活動。 イラストレーターの仕事の1つとして始めた絵地図が人気を博し、また絵地図制作の経験から「まち歩き」のプロ=プロの散歩屋として活動している。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
小泉 吉宏(こいずみ よしひろ、1953年 - )は、日本の… 小泉 吉宏(こいずみ よしひろ、1953年 - )は、日本の漫画家、絵本作家。ただ、漫画家としては珍しく[誰?]コピーライターの経験がある。最近[いつ?]、結婚式のスピーチや、道徳の教科書に載ったり[要出典]するなどで有名になった、『一秒の言葉』の詩の作者でもある。もともと『一秒の言葉』は、SEIKOのCMとして1985年に流れたもので、広告マン時代に書いた詩「一秒の言葉キャンペーン」。静岡県浜松市出身。静岡県立浜松北高等学校、武蔵野美術大学商業デザイン学科卒業。妻は作詞家の芹沢類。 正確には「吉」の字は「士」に「口」ではなく、「土」に「口」の字を使う。広告代理店勤務ののち、1987年に独立する。
高橋 章子(たかはし あきこ、1952年〈昭和27年〉10月… 高橋 章子(たかはし あきこ、1952年〈昭和27年〉10月28日 - )は、日本のエッセイスト、元雑誌編集者。 東京都出身。武蔵野美術大学在学中から、雑誌『ビックリハウス』の出版に携わる。卒業後、パルコ出版に入社し、1977年から『ビックリハウス』の編集長となる。以来、1985年の終刊まで編集長として勤める。また、編集長時代から様々なメディアに多数出ていたので「花編アッコ」との別名が名付けられていた。『ビックリハウス』編集長時代、『ビックリハウス音頭』のシングルB面曲『ある乙女の祈り』を歌唱する。シングルジャケット裏の歌詞には名前の横に(ビックリハウス·花の編集長)と併記されていた。 終刊後は、パルコ出版を退職、独立。
高橋 幸宏(たかはし ゆきひろ、1952年〈昭和27年〉6月… 高橋 幸宏(たかはし ゆきひろ、1952年〈昭和27年〉6月6日 - 2023年〈令和5年〉1月11日)は日本のシンガーソングライター、ドラマー、音楽プロデューサー、ファッション・デザイナー、文筆家。 ソロ・デビューした1978年から1980年代前半までは「高橋ユキヒロ」の名義を使用していた。 立教中学校(現・立教池袋中学校)・立教高等学校(現・立教新座高等学校)卒業(高校の3年後輩に佐野元春がいる)。武蔵野美術大学短期大学部生活デザイン科中退。 高校在学中からスタジオ・ミュージシャンとして活動。「サディスティック・ミカ・バンド」や「イエロー・マジック・オーケストラ」(YMO) のメンバーとしての活動が有名。
旦 雄二(だん ゆうじ、1952年3月24日 - )は、日本… 旦 雄二(だん ゆうじ、1952年3月24日 - )は、日本の映画監督、脚本家、CMディレクター、映像クリエイターである。日本映画監督協会会員。 『城戸賞』『ACC賞』『経産省HVC賞』受賞。別名・檀 雄二。大阪府大阪市出身。武蔵野美術大学卒業。 大阪府大阪市生まれ。桃山学院高等学校、武蔵野美術大学(美術デザイン専攻)を卒業。1975年(昭和50年)よりフリーの映画助監督として渡辺護、山本晋也、中村幻児らにつく。見習いサードからセカンドを経てチーフを歴任。 1978年(昭和53年)からCMに従事。CMプロダクション「HAT Inc.(旧CAP)」にて制作、プロダクション・マネージャー、アシスタント・プロデューサー、CMプランナー、アシスタント・ディレクターを担当。
村上 龍(むらかみ りゅう、本名:村上 龍之助〈むらかみ り… 村上 龍(むらかみ りゅう、本名:村上 龍之助〈むらかみ りゅうのすけ〉、1952年〈昭和27年〉2月19日 - )は、日本の小説家・映画監督・脚本家。血液型はO型。長崎県佐世保市出身。 武蔵野美術大学在学中の1976年、福生の米軍キャンプで麻薬とセックスに溺れる退廃的な若者たちを描いた『限りなく透明に近いブルー』で群像新人文学賞、及び芥川龍之介賞を受賞。同作は100万部を売り上げた。ベストセラー作家として、村上春樹とともに時代を代表する作家と目された。代表作に、『コインロッカー・ベイビーズ』『愛と幻想のファシズム』『69 sixty nine 』『トパーズ』『五分後の世界』『半島を出よ』などがある。
川端 誠(かわばた まこと、1952年1月10日 - )は、… 川端 誠(かわばた まこと、1952年1月10日 - )は、日本の絵本作家。 新潟県高田市(現・上越市)出身。新潟県立高田高等学校、武蔵野美術短期大学商業デザイン科卒業。東京都杉並区在住。 1982年に『鳥の島』でデビュー。デビュー作は高く評価され、第5回絵本にっぽん賞を受賞。以降フリーの絵本作家として、お化けシリーズ、十二支シリーズ、風来坊シリーズ、幼児絵本シリーズ、あいさつの絵本シリーズ等を次々と発表。1994年から発表している古典落語をテーマにした『落語絵本シリーズ』は各方面で話題を呼びヒットした[要出典]。 その他、『お化けかるた』等のお化けをテーマにした作品を複数発表している。執筆活動のほか、原画展や講演会、絵本の開き読み(読み聞かせ)も各地で開催する。
出口 衆太郎(いでぐち しゅうたろう、1952年 - )は、… 出口 衆太郎(いでぐち しゅうたろう、1952年 - )は、鹿児島生まれ、武蔵野美術大学卒業。自然身法研究会主宰。気功・太極拳家。風水フォトグラファー。 佐保田鶴治ヨーガ禅の教師となり数千人を指導後、縁あって山中の禅僧に師事、立禅を中心とした内功武術を学び、内功の深さと力に目覚める。自然なからだを求めて、84年より陳式太極拳、大東流合気柔術を研究。陳式第十代伝人で混元太極拳宗師第一代、馮志強老師に陳発科伝太極拳、胡耀貞伝・混元気功を28年にわたり学び、混元太極拳第二代伝人、陳式太極拳第十一代伝人となる。日常動作、伝統体術に共通する原理『 自然身法 』を提唱する。 1985年に発表した『波動功』は、入門気功、自然との交流法として全国で広まった。
官浪 辰夫(かんなみ たつお、1952年 - )は日本のデザ… 官浪 辰夫(かんなみ たつお、1952年 - )は日本のデザインコンサルタント。大阪府出身。 江戸時代の名跡、大坂屋久左衛門家の子孫。大坂屋は鉱山経営、両替、オランダ貿易を営んだ江戸時代の商家。創業者である初代久左衛門(1576 - 1668)から数えて14代目にあたる。武蔵野美術大学造形学部産業デザイン学科(現在の空間演出デザイン学科)卒業。 大学時代はオペラやバレエなどの舞台美術を学んだ。大学卒業後、株式会社官浪商品環境研究所(KDI)を設立し国際企業のデザイン戦略に携わる。新事業、新ブランド開発に関わるブランディングも数多く手掛けアメリカやヨーロッパのアーティスト、デザイナー、建築家との提携プロジェクトの実績も豊富に持つ。
小原 礼(おはら れい、1951年11月17日 - )は、ベ… 小原 礼(おはら れい、1951年11月17日 - )は、ベーシスト、作曲家、音楽プロデューサーである。
富松 留幹(とみまつ るみき 1951年9月19日 - )は… 富松 留幹(とみまつ るみき 1951年9月19日 - )は、日本の現代彫刻家。奈良県吉野郡吉野町生まれ。 武蔵野美術大学彫刻学科卒。行動美術協会会員。現奈良芸術短期大学クラフトデザイン学科教授。 妻は染色家の富松るみ、息子はデザイナーの富松暖。親族者に洋画家の織田廣喜、フラメンコダンサーのわりさや憂羅がいる。
鈴木 孝義(すずき たかよし、1951年9月11日 - )は… 鈴木 孝義(すずき たかよし、1951年9月11日 - )は日本のアニメ監督、演出家である。神奈川県小田原市出身。 武蔵野美術大学卒業後、日本アニメーションに入社。世界名作劇場作品などを始め数々の日アニ作品でキャリアを積んだ。「大草原の小さな天使 ブッシュベイビー」で監督デビューし、90年代は多くの作品で監督を務めた。2005年には長い間関わり続けていた日本アニメーションを退社し、フリーとなり活動している。 妻は子供服専門店「こねこねこ」の経営者である鈴木子猫。 この項目は、アニメ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJアニメ)。
近藤 雅樹(こんどう まさき、1951年8月7日 - 201… 近藤 雅樹(こんどう まさき、1951年8月7日 - 2013年8月3日)は、日本の民具研究家・民俗学者。元国立民族学博物館教授。 東京都出身。1977年武蔵野美術大学造形学部美術学科卒。高等学校美術科講師、日本常民文化研究所研究員、技術職員を経て、1982年兵庫県立歴史博物館学芸員に就任。1990年に国立民族学博物館第1研究部助手。1999年同民族学研究開発センター教授に就任。2003年からは国立民族学博物館・博物館民族学研究部教授、翌年、同民族文化研究部教授。ほかに甲南大学、甲子園短期大学、松山大学等で教鞭を執る。 2013年8月3日、心不全により自宅で亡くなっているのが発見された。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
山下 彰一(やました しょういち、1951年7月13日 - … 山下 彰一(やました しょういち、1951年7月13日 - 2011年6月16日)は兵庫県生れの日本画家。 1951年兵庫県に生まれる。1975年に武蔵野美術大学造形学部を卒業。1979年に日展初入選、1980年に日春展初入選、1988年・1993年に日春展日春賞、1990年・1994年に日春展奨励賞、1991年・1995年に日展特選、1992年・1996年に現代美術展出品。日展会友。日春展会員。2011年、特発性間質性肺炎のため死去。
片上 義則(かたがみ よしのり、1951年7月9日 - )は… 片上 義則(かたがみ よしのり、1951年7月9日 - )は、広島県出身の日本の大学教授である。東北芸術工科大学副学長。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
今 千春(こん ちはる、男性、1951年3月 - )は、日本… 今 千春(こん ちはる、男性、1951年3月 - )は、日本の陶芸家。 新潟県長岡市に生まれる。武蔵野美術大学を卒業後、辻清明に師事、信楽焼を学ぶ。長岡市宮本町の工房「木火窯」で制作を行う。 1991年、焼き締め陶公募展入選。1992年、淡交ビエンナーレ茶道美術公募展家元賞(奨励賞)受賞、新潟光風会奨励賞受賞。黒田陶苑(東京都渋谷区)、伊勢丹本店(東京都新宿区)、松屋銀座(東京都中央区)などで個展を開催。 茶器、花器、酒器などジャンルは広く、信楽焼のほか、粉引、瀬戸黒など、さまざまな作品にチャレンジしている。また、書についてもいくつか作品を制作しており、陶芸作品の箱の蓋にも大きく記されている。 妻の今葉子も陶芸家で、夫婦で陶芸教室を開いている。
芥 真木(あくた まき、1951年2月23日)は、東京都文京… 芥 真木(あくた まき、1951年2月23日)は、東京都文京区出身のコミック原作者、作家である。 東京都立荻窪高校卒、阿佐ヶ谷美術専門学校卒。武蔵野美術大学グラフィックデザイン科中退。15歳、中学時代に『毎日中学生新聞』で4コマ作品デビュー。17歳、高校時代より『蛍雪時代(旺文社)』や『近代映画(近代映画社)』でコミックの連載を開始。20歳のときに手塚治虫主宰のコミック雑誌『COM』で『COM新人賞』を受賞。審査員は手塚治虫、藤子不二雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫、ちばてつや、つのだじろうなど。この時に賞を争った相手は、後に伝奇漫画家としてメジャーになった諸星大二郎。 1973年、漫画家つのだじろうプロダクションのマネージャーとして4年間在籍。
伊坂重春(いさか しげはる、1951年 - )は、日本の建築… 伊坂重春(いさか しげはる、1951年 - )は、日本の建築家。一級建築士。株式会社伊坂デザイン工房代表。武蔵野美術大学非常勤講師。 北海道生まれ。1976年武蔵野美術大学産業デザイン学科卒業。髙島屋設計部やスタジオA、江平建築設計事務所などを経て、1983年東京で、佐藤(伊坂)道子と共に、伊坂デザイン工房を設立した。1995年(平成7年)より武蔵野美術大学非常勤講師。1998年には渡辺邦夫とともに、親族の伊坂重孝が社長を務めた札幌テレビ放送のイベントホール「札幌メディアパーク・スピカ」の設計に携わり、デザインを担当した。 親族に札幌学院大学元理事長で、札幌テレビ放送元社長の伊坂重孝や、学校法人札幌学院大学専務理事を務めた伊坂員維がいる。
高島 直之(たかしま なおゆき、1951年 - )は、日本の… 高島 直之(たかしま なおゆき、1951年 - )は、日本の美術評論家。武蔵野美術大学名誉教授。2022年、同大学芸術文化学科教授を退官。 1951年、宮城県生まれ。 武蔵野美術短期大学デザイン科商業デザイン専攻卒業。1978年、週刊書評紙「日本読書新聞」編集部入社。編集者として6年間勤務。学術書評欄を担当しながら美術・デザイン・写真・建築の記事を企画。同紙編集長を経て、美術批評(近現代美術/デザイン史)に携わる。 1994年 - 1995年、2001年 - 2002年ギャラリーαMキュレーター。
高橋 丁未子(たかはし てみこ、1951年 - )は、日本の… 高橋 丁未子(たかはし てみこ、1951年 - )は、日本のエッセイスト、編集者、書店店主。ギャラリスト。 東京都文京区本郷に育つ。武蔵野美術短期大学卒業後、北宋社の編集者になり、橋本治の『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』や末井昭の『素敵なダイナマイトスキャンダル』などの他、村上春樹の研究読本の編集を手がける。その後、村上春樹を題材にしたエッセイ本などを出しながら、書店「ヴァリエテ本六」の店主となった。ヴァリエテ本六は2019年8月をもって閉店。 Amazon-高橋丁未子参照
岡本 一宣(おかもと いっせん、1951年 - )は日本のア… 岡本 一宣(おかもと いっせん、1951年 - )は日本のアートディレクター、グラフィックデザイナー、出版プロデューサーである。エディトリアル・デザインを中心として、一般誌、PR誌、写真集から書籍などのアートディレクション及びデザインを行っている。長崎県長崎市出身。 企業のCI、VIそれに伴うコンセプト作り、企業のロゴマーク開発、会社案内などビジュアル制作や広告制作なども手掛けている。「美は存在の力」を念頭に、現在進行形型のデザインファクトリーにて活動。進化するさまざまな文化を伝達する道具としての「日本グラフィック・デザイン技術」を日々開発、完成を目指している。
中村 史郎(なかむら しろう、1950年10月17日 - )… 中村 史郎(なかむら しろう、1950年10月17日 - )は、日本のカーデザイナー、工業デザイナー。 大阪府出身。武蔵野美術大学工業デザイン専攻卒業。 ジェミニ(3代目)、ビークロス(ただし1993年発表のコンセプトカーのみ。)、ウィザード/ミュー(2代目)のチーフデザイナーとして参画。 いすゞ自動車時代より、アートセンター・カレッジ・オブ・デザインでの派遣留学、ゼネラルモーターズアドバンスデザインスタジオやいすゞヨーロッパエンジニアリング時代の経験や人脈を評価され、海外のヘッドハンティング会社を通じて日産自動車に移籍した。なお、この日産自動車への移籍に当たっては、1999年10月に行われたが、実際にヘッドハンティングの会社から打診があったのは同年6月末と本人が語っている。
石井 達矢(いしい たつや、1950年 - )はCMプランナ… 石井 達矢(いしい たつや、1950年 - )はCMプランナー。 兵庫県神戸市出身。武蔵野美術大学商業デザイン学科卒。電通関西支社・東京本社兼務。2005年退社。 2008年現在、フォノプリンツ代表、2008年5月、株式会社ファーストブランドの顧問に就任。 彼の作品は関西的な人間関係・会話を基に、視聴者が笑いながら納得してしまうようなストーリー展開が特徴であるとされる。「亭主元気で留守がいい」「つまらん!お前の話はつまらん!」、「ボヨヨン ボヨヨン ダッダーン」、など、その時代に話題になるようなキャッチコピーが多数ある。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
立川 広己(たちかわ ひろみ、1949年8月1日 - )は、… 立川 広己(たちかわ ひろみ、1949年8月1日 - )は、日本の洋画家。 東京都品川区で生まれ、武蔵野美術大学にて洋画を学んだ。美術展覧会・公募展で数々の作品が入選・入賞する。美術館や政府系機関などに作品が買い上げられたことから、専業画家となる。 美術専門誌を中心とする取材の他、テレビ出演などマスメディアへの露出も多い。個展等へアーティストとしての出席も継続的かつ積極的に行い続けている点も特徴的である。個展会場にて本人から創作作品の話が聴けたり、実演が見られる観点(会いに行ける芸術家・会いに行ける画家という観点)を捉えると、アーティストと観覧者とのリアルな距離感が近い側面も併せ持つ。 新たな技法・モチーフなどを取り入れていくことにも積極的である。
山本 鈴美香 (やまもと すみか、1949年6月17日 - … 山本 鈴美香 (やまもと すみか、1949年6月17日 - )は、日本の漫画家。女性。山梨県塩山市(現甲州市)出身。代表作は、『エースをねらえ!』。 1949年(昭和24年)、山梨県塩山市(現甲州市)に生まれ、埼玉県浦和市(現さいたま市)育ち。埼玉県立浦和西高等学校卒業。1970年(昭和45年)、武蔵野美術短期大学商業デザイン科を卒業した後。1971年(昭和46年)、『その一言がいえなくて…』で漫画家としてのデビューを果たした。1973年(昭和48年)、テニスをテーマにした『エースをねらえ!』の連載が少女漫画雑誌『週刊マーガレット』上で開始、メイン層である女性だけでなく、男性層にも爆発的な人気を得た。
鈴木 喜一(すずき きいち、1949年1月20日 - 201… 鈴木 喜一(すずき きいち、1949年1月20日 - 2013年7月30日)は、日本のエッセイスト、紀行作家。 静岡県富士宮生まれ。武蔵野美術大学デザイン科卒。建築家、旅人、画家、文筆家、大学教師、ギャラリー運営他、さまざまな活動を展開した。
飯島 直樹(いいじま なおき、1949年 - )は、日本のイ… 飯島 直樹(いいじま なおき、1949年 - )は、日本のインテリアデザイナー。1973年(昭和48年)、武蔵野美術大学造形学部産業デザイン科(工芸工業デザイン専攻)卒業。1985年(昭和60年)に飯島直樹デザイン室を設立。日本商環境設計家協会理事長、工学院大学建築学部教授などを歴任した。 主なプロジェクトにARAI(和食店)、伊丹十三邸、THE WALL(リストランテ・バール)、内儀屋(和食店)、5S NEWYORK(資生堂旗艦店)、新文芸坐(映画館)、SHUNKAN BACCARI DI NATURA(トラットリア)、blu pond ソウル(フュージョンダイニング)、妻家房コレド日本橋(朝鮮料理店)、東京糸井重里事務所、新宿高島屋(環境リノベーション)、Ao(青山Aoビル商環境計画)、PMO(野村不動産オフィスビルデザイン37棟)、トータルワークアウト(渋谷、六本木、福岡)、スタジオE139(DNライティングショールーム)、工学院大学ラーニングコモンズ(新宿・八王子)など。
井沢 洋二(いざわ ようじ、1949年 - )は、日本のイラ… 井沢 洋二(いざわ ようじ、1949年 - )は、日本のイラストレーター。宮城県仙台市出身。武蔵野美術大学商業デザイン学科卒業。1976年、CBSソニーに入社し、1979年退社後、フリーのイラストレーターとなり絵本、挿絵、広告で活動。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
内田 あぐり(うちだ あぐり、1949年 - )は、現代の日… 内田 あぐり(うちだ あぐり、1949年 - )は、現代の日本画家。武蔵野美術大学日本画学科教授。 1949年東京都に生まれる。1969年武蔵野美術大学造形学部日本画学科に入学。1975年武蔵野美術大学大学院修了、同年第2回創画展に出品、創画会賞を受賞する。その後、主に創画会で活躍する。1990年葉山町にアトリエを開く。1993年から武蔵野美術大学で教鞭を執り、第12回山種美術館賞展で大賞、2002年『吊(つる)された男―'00M』で第1回東山魁夷記念 日経日本画大賞を受賞した。各地で個展を開催している。国内外で日本画のワークショップを開催している。2019年神奈川文化賞の受賞が決まった。2022年、地域文化功労者表彰。
末永 史(すえなが あや、1949年 - 2018年1月1日… 末永 史(すえなが あや、1949年 - 2018年1月1日)は、日本の元漫画家、イラストレーター、エッセイスト、精神保健福祉士。宮城県仙台市出身。漫画家としては特に1970年代に活動していた。東京都立南多摩高等学校を経て武蔵野美術大学、中央大学中退後、「ヤングコミック」や「りぼん」に連載していた。その後は医療に従事するかたわら、イラストやエッセイの活動が中心になっていた。 別のペンネームに末永あや子、いとう絢子がある。 (上記全て、末永あや子または末永あやこ名義作品)
アンリ菅野(アンリ・すがの、本名:梅山 静子(うめやま しず… アンリ菅野(アンリ・すがの、本名:梅山 静子(うめやま しずこ)、1949年〈昭和24年〉※自著で記載 - 2000年〈平成12年〉6月30日)は、日本のジャズ・ヴォーカリストである。 日本のジャズ・ヴォーカルの草分け的グループのリーダーである父・梅山 勤(うめやま つとむ)とピアニストであった母・萌子の長女として、東京都練馬区に生まれる。音楽家の家庭に育ち、5歳からピアノとバレエのレッスンを受ける。また、豊島区立池袋第三小学校、豊島区立道和中学校(現・豊島区立西池袋中学校)に通う。14歳のころから絵画に熱中し、女子高校を経て武蔵野美術短期大学に進学して美術科油絵専攻に学ぶ(卒業制作は優秀作品に列する)。
戸井 十月(とい じゅうがつ、1948年〈昭和23年〉10月… 戸井 十月(とい じゅうがつ、1948年〈昭和23年〉10月12日 - 2013年〈平成25年〉7月28日)は、日本の作家、ルポライター、映像ディレクター。factory喜望峰(株式会社 喜望峰)所属。 東京都新宿区生まれ。本名も同じ。10月に生まれたため「十月」と父親に名付けられた。 父は画家で、秩父事件研究の第一人者である戸井昌造。母は、人形劇団プークのリーダーだった、川尻東次・川尻泰司兄弟の妹・錦子。妻はイラストレーターの中村鈴子。母の妹の夫(義理の叔父)に俳優の西村晃がいる。 父の影響で画家を志し武蔵野美術大学に入学するが、学生運動に傾倒し中退。イラストレーター、ルポライターを経て作家となる。
島田 荘司(しまだ そうじ、1948年10月12日 -)は、… 島田 荘司(しまだ そうじ、1948年10月12日 -)は、日本の小説家・推理作家。 広島県福山市に生まれる。広島県立福山誠之館高校、武蔵野美術大学商業美術デザイン科を卒業。ライター、ミュージシャンなどを経て、1981年に名探偵御手洗潔が登場する『占星術殺人事件』(投稿時の題名は『占星術のマジック』)が江戸川乱歩賞最終候補作品となり小説家としてデビューする。本作は2014年1月、イギリスの有力紙『ガーディアン』で「世界の密室ミステリーベスト10」の第2位に選ばれた。 主な作品には、この御手洗潔シリーズの他に、吉敷竹史シリーズがある。吉敷竹史シリーズはTBS系で『警視庁三係・吉敷竹史シリーズ』としてドラマ化されている。
三嶋 典東(みしま てんとう、 1948年5月22日 - 2… 三嶋 典東(みしま てんとう、 1948年5月22日 - 2012年12月1日)は、日本のイラストレーター、ブックデザイナー、グラフィックアーティスト。本名 渡邉典治 ( わたなべ のりはる )。
塚越 仁慈(つかごし ひとじ、1948年 - )は日本の洋画… 塚越 仁慈(つかごし ひとじ、1948年 - )は日本の洋画家である。1971年に渡仏してジャン・ジャンセンに師事し、以後はヨーロッパ、なかでも南ヨーロッパの風景を主題とする油彩作品を中心に制作している。2024年には画業50周年を迎えた。 写実的な風景画を得意とし、ヨーロッパ各地、とくに南仏、スペイン、イタリアの街並み、村落、運河、古城などを題材にした油彩作品で知られる。南欧の明るい光や空気感、静けさ、詩情を大切にした表現が特徴で、作品名にも土地の名や風景の情景が多く見られる。 『トスカーナの一軒家』『ポンヌフの秋』『ベニス風景』『アッシジ遠望』『カップマルタン村』『こもれ陽』『春を耕す』『川辺の片隅』などが挙げられる。
中川 久嗣(なかがわ ひさつぐ、1948年 - )は、大阪府… 中川 久嗣(なかがわ ひさつぐ、1948年 - )は、大阪府出身の木工作家である。 武蔵野美術短期大学卒。同校卒業後、ギャラリーマロニエで個展。その他、埼玉県立近代美術館で「木のかたちとエスプリ」展に参加、木の素材を生かした作品を中心に活動している。他に住宅や店舗などの設計も手がける。1996年、creative factory PARADIS を設立する。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
中村 好文(なかむら よしふみ、1948年 - )は、日本の… 中村 好文(なかむら よしふみ、1948年 - )は、日本の建築家。日本大学生産工学部建築工学科居住空間デザインコース教授。多摩美術大学美術学部環境デザイン学科客員教授。 千葉県九十九里町出身。武蔵野美術大学建築学科卒業。卒業制作では宇宙船内の無重力下を想定した住宅を設計するも評価は得られなかった。小さな設計事務所に勤務するも数年で退職し、その後、都立品川職業訓練校木工科にて家具製作を学んだ。1976年から1980年まで吉村順三設計事務所に勤務し、吉村の家具製作のアシスタントを務めた。1981年に独立して設計事務所 レミングハウスを設立し、住宅建築を中心に活動し家具製作も行っている。1993年に「一連の住宅作品」で第18回吉田五十八賞特別賞を受賞。
村上 祥司(むらかみ しょうじ、1948年 - )は、日本の… 村上 祥司(むらかみ しょうじ、1948年 - )は、日本の都市計画家。(株)想像都市研究所代表取締役。 愛媛県に生まれる。 武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業後、都市計画設計研究所を経て想像都市研究所に入り、土地利用計画、風景計画・景観計画から都市・集落の空間デザイン、景観関連条例の改正・制定検討一連の企画立案・計画・設計などの業務に従事する。 著書に『日本の風景計画』(学芸出版会)など。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
工藤 強勝(くどう つよかつ、1948年 - 2023年1月… 工藤 強勝(くどう つよかつ、1948年 - 2023年1月23日)は、エディトリアルデザインを中心に活躍する日本のグラフィックデザイナー、エディトリアルデザイナーである。デザイン実験室主宰。 岩手県生まれ。もともとはNTTのエンジニアであったが退職し、桑沢デザイン研究所でデザインを学びグラフィックデザイナーになる。同じエディトリアルの領域で活躍する戸田ツトム、木村久美子は桑沢の同期である。 武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科講師を経て、2006年より東京都立大学システムデザイン学部インダストリアルアートコース教授、2014年まで客員教授。2018年よりNPO法人 日本タイポグラフィ協会 専務理事。
遠藤 彰子(えんどう あきこ、1947年10月7日 - )は… 遠藤 彰子(えんどう あきこ、1947年10月7日 - )は、日本の洋画家。暗緑色を基調とした背景に、複数の視点からなる建物、踊り場、広場などがあり、そこに多数の人物や動物が描かれ、全体として神秘的な印象を受けるような作品が特徴とされる。 東京都中野区出身。武蔵野美術短期大学油絵学科卒。武蔵野美術大学油絵学科名誉教授、二紀会理事、女流画家協会委員。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
くず 哲也(くず てつや、本名:野村 哲也、1947年〈昭和… くず 哲也(くず てつや、本名:野村 哲也、1947年〈昭和22年〉6月10日 - 2021年〈令和3年〉1月31日)は、日本のタレント、フリーライター、ラジオパーソナリティ。 東京都出身。東京都立広尾高等学校、武蔵野美術大学産業デザイン科卒業。大学卒業後、広告会社に入社するが3か月で退社。その後は特に定職に就く訳でもなく音楽グループの「日暮し」の結成に関わったり、平凡出版(現・マガジンハウス)で「平凡パンチ」のライターをしたり気ままな活動をし、せんだみつお、鈴木ヒロミツ、高橋基子、黒田征太郎、浅井慎平、野末陳平らと出会い親交を温めて来た。ある時ニッポン放送のプロデューサー・上野修にマイクテストを受けるようにと半ば強引にニッポン放送に呼ばれる。
小島伸吾(こじま しんご、1947年5月28日 - )は、日… 小島伸吾(こじま しんご、1947年5月28日 - )は、日本の木工家具作家。 1947年 東京都港区に生まれる。1971年、武蔵野美術大学工業デザイン科を卒業。 1974年〜 大阪の松村木工に勤務ののち、1976年に埼玉県飯能市に工房を設立した。 1985年 武蔵野美術大学、2002年に東京造形大学でそれぞれ講師を務めている。 2001年〜 工房と同敷地内にあるショールームを改装し忘路庵カフェを経営している。
景山 民夫(かげやま たみお、1947年〈昭和22年〉3月2… 景山 民夫(かげやま たみお、1947年〈昭和22年〉3月20日 - 1998年〈平成10年〉1月27日)は、日本の小説家、放送作家。放送作家としての別ペンネームに大岡 鉄太郎。 1947年(昭和22年)3月20日、警察官僚(のち全日本剣道連盟会長)の景山二郎 を父として、東京都千代田区神田の病院で生まれる(当時の自宅は東京都杉並区西荻窪の母方祖父宅)。本籍地は広島県広島市。景山家は元々、広島県三次市の出で親戚はみな三次市にいるという。母方の祖父橋本清吉は福島県知事や岡山県知事、衆議院議員(改進党)などを歴任。 4歳で千代田区麹町の警察官舎に転居し、近くの白百合幼稚園を経て暁星小学校に入学、同級生に尾上辰之助がいた。
高麗 隆彦(こま たかひこ、1947年3月8日 - )は、日… 高麗 隆彦(こま たかひこ、1947年3月8日 - )は、日本のエディトリアルデザイナー、装幀家である。東京生まれ。武蔵野美術大学卒業。哲学、思想書、文学書等を中心に多数の本の装幀を手がけている。本名長尾信(ながおまこと)。1992年より東京造形大学教授。 青土社、なくなった小沢書店の本等を多く手がける。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
芦川 羊子(あしかわ ようこ、1947年2月23日 - )は… 芦川 羊子(あしかわ ようこ、1947年2月23日 - )は舞踏家。千葉県出身。武蔵野美術大学卒。本名は洋子。 1967年、石井満隆に誘われて土方巽のアスベスト館に入る。美大生でそれまでダンス経験はなかったが、1968年8月3日、第1回リサイタルを草月会館ホールで開催した。構成・演出・振付は土方巽。きわめて短い訓練期間でソロ・リサイタルを開いたことになる。 土方はそれまで、男性の舞踏家を中心に舞台をつくっていたが、この頃からアスベスト館に女性が入るようになる。こののちアスベスト館の中核的ダンサーとなり、土方巽の舞踏に欠かせない舞踏家へと成長することとなった。 1968年、澁澤龍彦責任編集の『血と薔薇』(第2号)で土井典製作の「鍵のかかる女」の貞操帯を着用して立木義浩撮影で表紙を飾った。