袴田 武史(はかまだ たけし、1979年 - )は、日本の宇… 袴田 武史(はかまだ たけし、1979年 - )は、日本の宇宙開発技術者、実業家、ファッションモンスター。株式会社ispaceファウンダー&代表取締役(CEO)。元HAKUTO代表。 東京都出身。父は銀行員。入間市立藤沢中学校、高松市立紫雲中学校を経て、城西大学付属川越高等学校を卒業。 東京工業大学に2年連続3回不合格となり、上智大学理工学部機械工学科に進学したが、宇宙に携わりたいという思いから再受験し、2004年に名古屋大学工学部機械・航空工学科卒業。2006年ジョージア工科大学大学院修了、航空宇宙システムの概念設計により航空宇宙工学修士取得。 同年外資系経営コンサルティングファームのマサイ・ジャパン(のちのエイミングジャパン)に入社。
粥川 宏 (かゆかわ ひろし、1960年12月26日 - … 粥川 宏 (かゆかわ ひろし、1960年12月26日 - )は、日本の自動車技術者。トヨタ自動車東日本プロジェクトDプロジェクトリーダー。 愛知県出身。1984年名古屋大学卒業、トヨタ自動車入社。入社後はボデー設計部に配属され、セルシオの開発に携わった。スープラを担当後、東富士研究所へ異動し、アルミを使った環境対応小型軽量車の先行開発に従事。2001年の東京モーターショーに出展されたコンセプトカー・ES3(イーエスキュービック)の開発にも参加。その後はボディー計画室長としてプラットフォームの開発を指陣。その傍らで、愛知万博i-unit開発に参画。2006年に製品企画室へ異動し、チーフエンジニアとしてプリウスα、2代目シエンタ、ジャパンタクシーの開発を担当した。
小林 敏郎(こばやし としろう、1958年2月23日 - )… 小林 敏郎(こばやし としろう、1958年2月23日 - )は、日本の研究者、技術者、教育者、経営者。 三菱重工では、圧力容器の溶接、セラミックスの接合、真空蒸着、イオンビーム支援薄膜などの研究・開発を経て燃料電池、有機EL製造装置などの開発プロジェクトを推進した。その間、イオンビーム技術の主要拠点であった英国サルフォード大学に留学し学位(工学博士)を授与された。 津山高専では、電子制御工学科、総合理工学科(電気電子システム系)の教授、地域共同テクノセンター長を歴任し、名誉教授の称号を授与された。有機層を有する多層薄膜の接合界面剥離、割れ、核反応(NRA)を用いた薄膜の分析、マイクロ波によるマイクロ流路の加熱、農業用機械の電子化、ICTや生物情報取得ツールを活用したアクティブラーニング、メタバースを利用した仮想実験とその協力プロジェクトへの応用など、幅広く実用的な分野横断研究を行った。
吉田 守孝 (よしだ もりたか、1957年7月12日 - )… 吉田 守孝 (よしだ もりたか、1957年7月12日 - ) は、日本の自動車エンジニア、実業家。アイシン代表取締役社長、名古屋グランパスエイト取締役会長。トヨタ自動車執行役員副社長、豊田中央研究所代表取締役会長、ダイハツ工業取締役新興国小型車カンパニーChairman、レクサスのチーフエンジニアなどを歴任。 愛知県出身。東海高等学校を経て、1980年名古屋大学工学部機械科卒業。同年トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)に入社。80年入社組は「豊作」と称され、同期入社に宮内一公トヨタ自動車東日本代表取締役社長などがいる。 初代レクサス・LSやレクサス・SCのサスペンション、ステアリングの設計を担当したのち1993年から第1開発センター主担当員、同センター主査を務めトヨタ・クラウン、レクサス・GS、レクサス・LS等の企画開発に従事。
石原 美幸(いしはら みゆき、男性、1957年7月9日 - … 石原 美幸(いしはら みゆき、男性、1957年7月9日 - )は、日本の技術者、実業家。UACJ取締役会長、日本アルミニウム協会会長。 岐阜県揖斐郡揖斐川町出身。1981年名古屋大学工学部金属学科・鉄鋼学科卒業、住友軽金属工業入社。2006年住友軽金属工業生産本部名古屋製造所板製造部長。2010年住友軽金属工業生産本部名古屋製造所設備部長。2012年住友軽金属工業執行役員生産本部副本部長・名古屋製造所副所長・設備部長。2013年UACJ執行役員生産本部名古屋製造所長。2014年UACJ執行役員生産本部福井製造所長。2015年UACJ取締役兼執行役員生産本部副本部長、福井製造所長に昇格。2017年UACJ取締役兼常務執行役員生産本部長。
佐々木 一郎(ささき いちろう、1957年〈昭和32年〉4月… 佐々木 一郎(ささき いちろう、1957年〈昭和32年〉4月30日 - )は、日本の技術者、実業家、ブラザー工業株式会社元代表取締役社長、現取締役副会長、中部マーケティング協会会長。名古屋市出身。 愛知県名古屋市出身。1983年名古屋大学大学院工学研究科修了、ブラザー工業入社。レーザープリンター開発など新事業の指揮にあたった。NID開発部長を経て、2009年執行役員。2013年常務執行役員。2013年取締役常務執行役員に昇格。2016年代表取締役常務執行役員。2017年代表取締役専務執行役員。11年ぶりの社長交代により2018年から代表取締役社長を務め、中期経営計画策定などにあたった。 2024年6月には取締役副会長に就任したほか、2025年5月には中部マーケティング協会の会長に就任している。
多田 哲哉(ただ てつや、1957年3月7日 - )は、日本… 多田 哲哉(ただ てつや、1957年3月7日 - )は、日本の自動車技術者。NPO法人日本ソープボックスダービー協会の理事長。元トヨタ自動車スポーツ車両統括部長、GAZOO Racing Company GR開発統括部 チーフエンジニア。 愛媛県新居浜市出身。愛知県立一宮高等学校、名古屋大学工学部卒業。三菱自動車に新卒で入社。その後、コンピューターシステムのベンチャー企業を立ち上げたが事業が上手くいかず失敗。その後に1987年にトヨタ自動車入社(同期に田中義和、中嶋裕樹、勝又正人等)。ABSの開発に携わった後、1993年にはドイツでWRCのシャシー制御システム開発を担当した。 1998年に製品企画本部へ異動。
杉山 武史(すぎやま たけし、1956年12月29日 - )… 杉山 武史(すぎやま たけし、1956年12月29日 - )は、日本の技術者、実業家。三菱電機株式会社特別顧問。 岐阜県各務原市出身。岐阜県立岐阜高等学校を経て、1979年名古屋大学工学部卒業。同年三菱電機入社、姫路製作所配属。以降様々な分野を担当し、モバイルターミナル製作所長、生産技術部長、中津川製作所長、リビング・デジタルメディア事業本部副事業本部長等を経て、2014年常務執行役リビング・デジタルメディア事業担当に昇格。2016年専務執行役リビング・デジタルメディア事業担当。2017年代表執行役副社長リビング・デジタルメディア事業担当。2018年から取締役代表執行役社長 を務め、縦割の強い三菱電機の各事業間の連携によるシナジー創出などにあたった。
小林 宏史(こばやし ひろし、1955年3月1日 - )は、… 小林 宏史(こばやし ひろし、1955年3月1日 - )は、日本の技術者、実業家。旭化成建材株式会社代表取締役社長等を経て、公益財団法人野口研究所理事長。日本建築仕上学会学会賞受賞 愛知県岡崎市出身。1973年愛知県立岡崎高等学校卒業。1979年名古屋大学大学院工学研究科修了、旭化成工業(現旭化成)入社。2003年旭化成建材企画管理部長。2004年旭化成建材取締役兼常務執行役員。 2007年から旭化成建材代表取締役社長を務め、2015年に発覚したパークシティLaLa横浜などでの杭打ちデータ偽装問題については、元福岡高等検察庁検事長の鈴木和宏弁護士が外部調査委員長として検証等を行った社内調査委員会の調査で、代表取締役社長在任中社内で報告を受けていたが指示を行っていなかったとされた。
岩瀬 隆広(いわせ たかひろ、1952年5月28日 - )は… 岩瀬 隆広(いわせ たかひろ、1952年5月28日 - )は、日本の技術者・実業家。トヨタ車体代表取締役社長、愛知製鋼代表取締役会長を経て、愛知県公安委員会委員長。 愛知県出身。1975年名古屋大学工学部卒業。1977年名古屋大学大学院工学研究科修士課程修了、トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)入社。2005年常務役員。2009年専務取締役。2011年専務役員、トヨタモーターアジアパシフィック取締役副会長。2013年トヨタ車体副社長執行役員。2014年からトヨタ車体代表取締役社長を務め、新興国での事業展開などにあたった。2016年愛知製鋼代表取締役会長。2017年中央発條監査役。2018年愛知県公安委員会委員。
児玉 敏雄(こだま としお、1951年9月24日 - )は、… 児玉 敏雄(こだま としお、1951年9月24日 - )は、日本の技術者・実業家。三菱重工業代表取締役最高技術責任者や、同社代表取締役副社長を経て、日本原子力研究開発機構理事長。 京都府出身。1974年名古屋大学工学部機械工学科卒業。1976年名古屋大学大学院工学研究科機械工学専攻修了、三菱重工業入社、技術本部高砂研究所配属。2005年技術本部高砂研究所長。2006年技術本部広島研究所長。2007年技術本部副本部長兼広島研究所長。2008年技術本部副本部長。2009年執行役員技術本部副本部長。2011年執行役員技術統括本部副本部長。2013年代表取締役常務執行役員技術統括本部長。 2014年三菱重工業代表取締役常務執行役員CTO、技術統括本部長兼ICTソリューション本部長。
新美 篤志(にいみ あつし、1947年7月30日 - )は、… 新美 篤志(にいみ あつし、1947年7月30日 - )は、日本の技術者、実業家。トヨタ自動車代表取締役副社長や、ジェイテクト代表取締役会長、中部経済同友会代表幹事などを務めた。藍綬褒章受章。息子はHOME MADE 家族のMICRO。 1971年名古屋大学工学部航空学科卒業、トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)入社。生産技術部を希望し堤工場に配属される。インドでの合弁事業を経て、1987年からアメリカ合衆国ケンタッキー州で工場開設プロジェクトのコーディーネーターを務める。1995年生産管理部新車進行管理室長。1997年生産管理部長。1999年生技管理部長。2000年取締役元町工場工場長兼堤工場工場長。
宮池 克人(みやいけ よしひと、1946年9月5日 - )は… 宮池 克人(みやいけ よしひと、1946年9月5日 - )は、日本の土木技術者、実業家、工学博士。中部電力代表取締役副社長を経て、2022年6月まで中日本高速道路代表取締役社長CEO。 愛知県出身。1971年名古屋大学大学院工学研究科土木工学専攻修了、中部電力入社。1989年名古屋大学工学博士。2001年取締役土木建築部長。2002年土木学会認定特別上級土木技術者(施工・マネジメント)取得。2003年取締役発電本部土木建築部長。2005年常務取締役執行役員環境・立地本部長。2007年代表取締役副社長執行役員。2013年顧問。 2014年から中日本高速道路代表取締役社長CEOを務め、笹子トンネル天井板落下事故を受け安全対策を進めた。
内山田 竹志(うちやまだ たけし、1946年〈昭和21年〉8… 内山田 竹志(うちやまだ たけし、1946年〈昭和21年〉8月17日 - )は、日本の技術者・実業家。トヨタ自動車相談役、元トヨタコンポン研究所代表取締役、元トヨタ自動車Executive Fellow、同社元代表取締役会長。 その他にも豊田鞍ヶ池開発代表取締役社長、一般社団法人日本自動車会議所会長、公益財団法人科学技術交流財団会長、社団法人日・タイ経済協力協会会長、一般社団法人産業競争力懇談会理事長、社団法人日本自動車教育振興財団理事長などを歴任した。愛知県岡崎市出身。栄典は藍綬褒章。 愛知県岡崎市出身。父の亀男もトヨタマンで、3代目クラウンの開発責任者(チーフエンジニア)を務めた。愛知県立旭丘高等学校を経て、1969年(昭和44年)3月に名古屋大学工学部応用物理学科を卒業し、同年4月にトヨタ自動車工業(現・トヨタ自動車)に入社。
宮原 諄二(みやはら じゅんじ 1942年4月9日 - )は… 宮原 諄二(みやはら じゅんじ 1942年4月9日 - )は、日本の工学者、技術者、経営学者。元東京理科大学専門職大学院総合科学技術経営研究科教授、元一橋大学イノベーション研究センター長、元富士フイルム研究部長、機器事業本部部長。静岡県出身。 富士フイルム在職中に、放射線画像センサー「イメージング・プレート」を発明し、世界初の医療用デジタルX線画像診断システム開発に成功するとともに、同社の研究部長、機器事業本部部長等を歴任。その後、経営学系の研究者に転身し、一橋大学、東京理科大学の教授としてイノベーションに関する研究に従事。2010年、イノベーション・ファクター研究会を設立し、代表に就任。
長谷川 武彦(はせがわ たけひこ、1931年 - 2024年… 長谷川 武彦(はせがわ たけひこ、1931年 - 2024年5月7日)は、日本の技術者、実業家。愛知県名古屋市出身。 1958年、ヤマハ技術研究所を経てヤマハ発動機株式会社に入社。同社では、オートバイのエンジン開発を担当するとともに、世界グランプリレース監督を務めた。また、名車と謳われた「トヨタ2000GT」の共同開発、ソフトバイク「パッソル」の開発などに関わり、同社社長(1994年~2001年)、会長(2001年~2003年)等を歴任した。 2004年4月旭日中綬章受章。 2024年5月7日、老衰のため死去。92歳没。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
江副 茂(えぞえ しげる、1930年2月22日 - 2017… 江副 茂(えぞえ しげる、1930年2月22日 - 2017年5月20日)は、日本の技術者、実業家。東陶機器(現TOTO)元社長江副孫右衛門の甥で、同社社長や会長、九州・山口経済連合会(現九州経済連合会)副会長、福岡県公安委員会委員長などを務めた。正四位勲二等瑞宝章。 関東州大連市生まれ。東陶機器(現TOTO)社長を務めた江副孫右衛門は伯父。愛知県立旭丘高等学校1期を経て、1955年名古屋大学工学部機械学科卒業、東洋陶器入社。水栓金具技術者としてウォシュレット等の開発を手掛けた。 東陶機器常務、専務、副社長を経て、1992年から社長を務め、アジア進出などを進めた。1998年から会長。 2001年勲二等瑞宝章受章。
大野 稔(おおの みのる、1927年〈昭和2年〉7月3日 -… 大野 稔(おおの みのる、1927年〈昭和2年〉7月3日 - )は、日本の技術者。1950年代〜70年代にかけて日立製作所にて半導体事業で活躍し、現在の集積回路の基幹技術であるMOSFETの国産化において中心的役割を果たし、日本国内におけるMOSFET(MOSトランジスタ)開発の立役者の一人として知られる。 1927年7月3日 名古屋市に生まれる。 1952年 名古屋大学工学部電気科(当時は電気工学科)卒業。その後、特別奨学生コースを終了し、工学部の助手を務める。(大学院では磁性材料の研究) 1957年 半導体の技術を探していた日立製作所の誘いに応じ入社、日立中央研究所に入所。当時からいわゆる電界効果トランジスタの可能性に着目し研究を進めていたが、当時の日本では懐疑的な見方をするものが多く、研究所の総務部長からは「せっかく入ったけれども、知り合いが所長の小さい研究所があるから」と暗に退社・転職を勧められるほどだった。
豊田 章一郞(とよだ しょういちろう、1925年(大正14年… 豊田 章一郞(とよだ しょういちろう、1925年(大正14年)2月27日 - )は、日本の実業家、技術者。勲等は桐花大綬章。学位は工学博士(名古屋大学・1955年)。トヨタ自動車株式会社名誉会長、日本経済団体連合会名誉会長、株式会社デンソー取締役、東和不動産株式会社取締役会長、社会福祉法人恩賜財団済生会会長、学校法人海陽学園理事長(初代)、学校法人トヨタ学園理事。
林 政義(はやし まさよし、1922年5月12日 - 201… 林 政義(はやし まさよし、1922年5月12日 - 2014年4月26日)は、日本の電気技術者。中部電力代表取締役副社長や、動力炉・核燃料開発事業団理事長、新エネルギー・産業技術総合開発機構理事長、日本原子力学会会長等を歴任した。 1946年名古屋帝国大学工学部卒業、中部配電入社。1961年中部電力本店東名古屋送変電建設所次長。1969年中部電力名古屋支店次長。1972年中部電力支配人本店系統運用部長。1977年中部電力取締役長野支店長。1979年中部電力常務取締役。1981年中部電力取締役副社長。1983年中部電力代表取締役副社長。1984年動力炉・核燃料開発事業団理事。1986年動力炉・核燃料開発事業団理事長、中部電力顧問。
川崎舎 恒三(かわさきや つねぞう、1886年(明治19年)… 川崎舎 恒三(かわさきや つねぞう、1886年(明治19年)9月21日 - 1954年(昭和29年)9月)は、日本の実業家、技術者。 1886年(明治19年)9月21日、香川県高松市で男二人、女一人の3人兄姉の末っ子として生まれた。1899年(明治32年)4月、香川県立高松中学校(現:香川県立高松高等学校)へ入学。1904年(明治37年)、一高へ進学し、柔道部へ入って練習を積み、初段を得た。当時の一高柔道部の師範は講道館の横山作次郎であり、新井源水、山上岩次を擁して黄金時代を築いていた。一高時代には後々までの親友も得たが、中でも学生寮で同室であった勝沼精蔵(内科医、第3代名古屋大学学長)、橘本伝左衛門(京都大学農学部教授)ならびに森秀三(整形外科開業医)の3人とは終生にわたる親交が続いた。