金 大植(キム・デシク、朝鮮語: 김대식、1962年8月11… 金 大植(キム・デシク、朝鮮語: 김대식、1962年8月11日 - )は、大韓民国の日本語学者、政治家。汝矣島研究院(朝鮮語版)院長、慶南情報大学校(朝鮮語版)総長、国民の力所属の第22代韓国国会議員を歴任した。 全羅南道霊光郡塩山面出身。慶南高附設放送通信高、東義大卒。韓南大学校(朝鮮語版)修士、大谷大学大学院博士課程修了(2000年、文学博士)。東西学園傘下の慶南情報大学校(朝鮮語版)・東西大学校日本語学科教授、李明博大統領職引受委員会社会教育文化分科委員会委員、第32代全国大学校学生処長協議会会長、韓国日本学連合会長、正しい大学教育実践協議会長、民主平和統一諮問会議事務処長、先進国民連帯指導メンバー、国民権益委員会副委員長、第20代汝矣島研究院(朝鮮語版)院長(2017年7月~2018年7月)、第11代慶南情報大学校総長(2022年2月14日~2024年2月)を務めた。
松崎 晃治(まつざき こうじ、1958年〈昭和33年〉1月2… 松崎 晃治(まつざき こうじ、1958年〈昭和33年〉1月22日 - )は、日本の政治家。福井県小浜市長(4期)、福井県議会議員(4期)を務めた。 福井県小浜市出身。1981年大谷大学文学部卒業後、小中学校の教員となる。その後、鳴門教育大学大学院学校教育研究科を修了。福井県教育研究所等に勤める。 1995年4月30日に福井県議会議員に就任。計4期務める。この間、副議長と議長を歴任。県議時代は自由民主党に所属した。2008年7月4日、辞職。 2008年、2012年、2016年、2020年と4連続無投票で小浜市長選挙に当選。 2024年7月21日投開票の市長選挙では元市議の杉本和範が立候補。小浜市長選挙では自身初の選挙戦となり、松崎は自民、公明両党の推薦を受け、5期目を目指したが、杉本に敗れ落選した。
西澤 久雄(にしざわ ひさお、1948年〈昭和23年〉11月… 西澤 久雄(にしざわ ひさお、1948年〈昭和23年〉11月4日 - )は、日本の政治家、元滋賀県東近江市長(1期)。 滋賀県出身。平安高等学校を経て、大谷大学文学部卒。八日市市職員を経て、1999年滋賀県議会議員に当選。2期務める。2005年合併により東近江市が発足。合併後の市長選挙に立候補したが旧八日市市長中村功一に敗れて落選した。2009年の選挙で当選。東近江市長を1期務め、2013年の市長選挙で小椋正清に敗れた。
加藤 法瑛(かとう ほうえい、1936年〈昭和11年〉1月1… 加藤 法瑛(かとう ほうえい、1936年〈昭和11年〉1月15日 - 2009年〈平成21年〉2月8日)は、日本の政治家、真宗大谷派の僧。自由民主党所属。大阪府議会議員、大阪府議会議長 (87代)を歴任。旭日中綬章受章。位階は正五位。 1958年、大谷大学卒業。のちに大阪府茨木市の慈光寺の住職となる。 1991年4月、大阪府議会議員選挙茨木市選挙区 (定数3) で1位で当選。同年5月から1年間、藤井昭三副議長とともに第87代大阪府議会議長を務めた。 1995年4月、大阪府議会議員選挙茨木市選挙区 (定数3) で1位当選し、1999年4月大阪府議会議員選挙 茨木市選挙区 (定数3) で2位当選、2007年12月大阪府選挙管理委員会委員に選挙された。
草野 一郎平(くさの いちろうべい、1906年1月5日 - … 草野 一郎平(くさの いちろうべい、1906年1月5日 - 1973年11月22日)は、日本の政治家。位階は従三位、勲章は勲二等旭日重光章。衆議院議員(6期)。自由民主党所属。 滋賀県東浅井郡出身。高等小学校卒業後に電力会社勤務の傍ら近江新聞の通信員となり、大谷大学卒業後に新聞記者をしながら農民運動に参加。1933年に27歳で大津市会議員に当選し、新聞記者と政治家・農民運動家として活動し滋賀新聞編集局長を歴任した。 国政選挙では、1942年の翼賛選挙で滋賀選挙区に東方会(非推薦)から立候補したものの落選。終戦直後の1946年の総選挙でも無所属で立候補したが次点に終わり、公職追放で一時期政治から遠ざかることになる。
林田 哲雄(はやしだ てつお、1899年(明治32年)10月… 林田 哲雄(はやしだ てつお、1899年(明治32年)10月6日 ‐ 1958年(昭和33年)2月14日) は、大正から昭和期の農民運動家・政治家。衆議院議員。 愛媛県周桑郡小松村新屋敷(小松町新屋敷を経て現西条市小松町新屋敷)で、明勝寺住職・林田孝純の二男として生まれた。幼くして父が死去し母に養育された。小松小学校、西条中学校(現愛媛県立西条高等学校)を経て大谷大学に進学。1922年(大正11年)全国水平社創立大会に参加し、大学を中退して帰郷し水平運動を起こした。 1922年設立の日本農民組合に1923年(大正12年)に加わり農民運動を推進し、1925年(大正14年)別子銅山大争議を支援した。
山名 義芳(やまな ぎほう、1895年10月11日 - 19… 山名 義芳(やまな ぎほう、1895年10月11日 - 1960年3月26日)は、真宗大谷派僧侶、衆議院議員(1期)。 兵庫県出身。1920年大谷大学を卒業。僧侶となり少年保護司などとして活動。岐阜教務所、高岡教務所、神戸教務所、富山教務所の所長を歴任し、大谷派教学顧問に就任を経て鹿児島教務所長になった。 政治家としては第23回衆議院議員総選挙に民主自由党から兵庫県第4選挙区で立候補し当選。国会では花まつりを祝日にするよう求める請願を行なった。
草葉 隆圓(くさば りゅうえん、1895年(明治28年)3月… 草葉 隆圓(くさば りゅうえん、1895年(明治28年)3月13日 - 1966年(昭和41年)9月20日)は、日本の社会福祉事業家、政治家、僧侶。参議院議員(4期)、厚生大臣(第24代)。雅号・隆月。 福岡県出身。1920年(大正9年)、大谷大学を卒業し欧米に留学。1921年(大正10年)から社会福祉事業に従事し、愛知県遺友会会長となる。 1947年(昭和22年)4月、第1回参議院議員通常選挙に愛知地方区から出馬し当選(任期3年)。以後、第2回、第4回、第6回参議院議員通常選挙で再選され、連続4回当選を果たした。 参議院議員としては、参議院在外同胞引揚問題に関する特別委員長、同議院運営委員長、同外務委員長、同日米安全保障条約等特別委員長を務める。
稲葉 道意(いなば どうい、1882年(明治15年)8月19… 稲葉 道意(いなば どうい、1882年(明治15年)8月19日 ‐ 1968年(昭和43年)3月20日) は、明治末から昭和期の僧侶、政治家。衆議院議員、真宗大谷派・岐阜信願寺住職。 岐阜県不破郡赤坂村(赤坂町を経て現大垣市)で生まれ、稲葉現意の養子となる。1908年(明治41年)真宗大学(現大谷大学)を卒業。岐阜信願寺住職に就任した。 真宗大谷派宗議会議員、同副議長、同議長を歴任。1937年(昭和12年)教化研究所の初代所長に就任。さらに、真宗大谷派参務、同内務局長、同教学局長を務めた。 1946年(昭和21年)4月の第22回衆議院議員総選挙に岐阜県全県区から日本自由党公認で出馬して当選し、衆議院議員に1期在任した。