野村 茂夫(のむら しげお、1934年10月22日 - 20… 野村 茂夫(のむら しげお、1934年10月22日 - 2021年2月4日)は、日本の中国哲学者、愛知教育大学名誉教授。 岐阜県出身。1958年大阪大学文学部哲学科中国哲学専攻卒業。同大学大学院文学研究科博士課程単位修得退学。大阪大学助手、愛知教育大学助教授、教授。97年定年退官、名誉教授、皇學館大学教授。2006年退任。 2015年4月瑞宝中綬章受章。 2021年2月4日に死去。86歳没。
眉村 卓(まゆむら たく、本名:村上 卓児〈むらかみ たくじ… 眉村 卓(まゆむら たく、本名:村上 卓児〈むらかみ たくじ〉、1934年〈昭和9年〉10月20日 - 2019年〈令和元年〉11月3日)は、日本のSF作家。 代表作『司政官シリーズ』で1979年に泉鏡花文学賞を、同年と1996年に星雲賞日本長編部門を受賞している。 1934年 (昭和9年) に大阪府大阪市西成区で生まれる。大阪府立住吉高校を経て、1957年 (昭和32年) に大阪大学経済学部卒業後、大阪窯業耐火煉瓦株式会社(のちの株式会社ヨータイ)に入社、日生工場(現岡山県備前市日生町)赴任。1958年 (昭和33年) に大阪本社に転勤。この頃の経験を題材として後年『傾いた地平線』に「ぼくがそうであったかも知れぬ可能性」の世界として描かれた。
伊藤 友宣(いとう とものり、1934年10月14日- )は… 伊藤 友宣(いとう とものり、1934年10月14日- )は、日本の教育心理カウンセラー。 神戸生まれ。大阪大学人間科学部(教育心理学専攻)在学中に里親運動に入る。社団法人家庭養護促進協会の事務局長を9年にわたって務めた後、1975年よりフリーの親子問題カウンセラーとして活動を始める。神戸心療親子研究室主宰。
興地 斐男(おきじ あやお、1934年〈昭和9年〉8月28日… 興地 斐男(おきじ あやお、1934年〈昭和9年〉8月28日 - 2022年〈令和4年〉7月14日)は、日本の物理学者。専門は理論物理学(磁性、界面)。大阪大学名誉教授。第54期日本物理学会会長。 1934年8月28日、兵庫県西宮市にて生まれた。1958年に大阪大学理学部数学科を卒業後、同物理学科に学士入学し、1960年に卒業した。同大学院理学研究科在学中に、東京大学物性研究所の助手に異動し、博士課程を中途退学した。博士課程取得後、1968年に大阪大学工学部の助教授に着任し、1984年に教授に昇任した。1997年に大阪大学の名誉教授になった。1997年から6年間、和歌山工業高等専門学校の校長を務めた。
平田 達治(ひらた たつじ、1934年8月15日 - 202… 平田 達治(ひらた たつじ、1934年8月15日 - 2022年3月)は、日本のドイツ文学者、翻訳家。大阪大学名誉教授。専門はドイツ・オーストリア文学・中欧都市文化論。 奈良県大和郡山市生まれ。大阪大学大学院文学研究科独文学修士課程修了。1959年関西学院大学助手、講師、助教授、1968年大阪大学教養部助教授、1976年言語文化部助教授、1983年教授、1998年定年、名誉教授。「オーストリア研究会」や「プラハ研究会」を研究活動の舞台としていた。 2005年『ウーファ物語 - ある映画コンツェルンの歴史』でマックス・ダウテンダイ翻訳賞受賞。ヨーゼフ・ロートを多く翻訳した。2014年、瑞宝中綬章受章。
丸山 瑛一(まるやま えいいち、1934年7月12日 - 2… 丸山 瑛一(まるやま えいいち、1934年7月12日 - 2019年12月24日)は日本の電子技術者。材料工学者、理化学研究所名誉研究員。工学博士(1977年、大阪大学)。 長野県上田市出身。長野県上田高等学校を経て、昭和32年(1957年)東京大学教養学部教養学科科学史科学哲学分科卒業。同34年(1959年)同理学部物理学科卒業。同年日立製作所中央研究所に入所し、同59年(1984年)主管研究長、同60年(1985年)基礎研究所長。のち研究開発推進本部技師長。平成5年(1993年)オングストロームテクノロジー研究機構常務理事。平成11年(1999年)政策研究大学院大学教授を経て、理化学研究所フロンティア研究システム長。
長谷川 晃(はせがわ あきら、1934年6月17日 - 20… 長谷川 晃(はせがわ あきら、1934年6月17日 - 2025年6月22日)は、日本の物理学者。大阪大学名誉教授。専門は光通信工学、プラズマ物理学、非線形光学、地球物理学。日米関係などの社会学の著作もある。東京生まれ、兵庫県芦屋市出身。
三井 康平(みつい こうへい、1934年6月15日 - )は… 三井 康平(みつい こうへい、1934年6月15日 - )は、日本の経営者。クボタ社長を務めた。兵庫県出身。 1957年に大阪大学経済学部経済学科を卒業し、同年に久保田鉄工に入社。 1982年7月に資材部長に就任し、教育部長、人事部長、取締役、常務、専務を経て、1992年6月に副社長に就任し、翌年6月には社長に昇格した。1999年に水道用ダクタイル鋳鉄管の不当カルテル事件により、社長を辞任。
稲垣 繁男(いながき しげお、1934年〈昭和9年〉6月7日… 稲垣 繁男(いながき しげお、1934年〈昭和9年〉6月7日 - )は、日本の実業家。京都近鉄百貨店社長や近鉄百貨店副社長を務めた。 奈良県天理市出身。1957年(昭和32年)に大阪大学経済学部を卒業後、近畿日本鉄道に入社した。入社した時点では「百貨店が直営だと知らなかった」ものの、10日後には当時近畿日本鉄道の直営だった近鉄百貨店に配属された。以降、人事・総務畑を歩む。 近鉄グループには近鉄百貨店以外にも複数の百貨店が存在し、そのひとつが京都市下京区(京都駅前)に立地し、大阪証券取引所第一部に上場している百貨店「丸物」を改称した京都近鉄百貨店だった。同社は本店と岐阜店のみの小さな百貨店であり、増床や草津近鉄百貨店出店などの対策を取っていたが、1997年(平成9年)の開業を目指すジェイアール京都伊勢丹の脅威にさらされていた。
長谷川 利治(はせがわ としはる、1934年5月23日-20… 長谷川 利治(はせがわ としはる、1934年5月23日-2011年11月28日)は、日本の工学者、京都大学名誉教授、南山大学名誉教授、京都情報大学院大学第二代学長。 オペレーションズ・リサーチ、システム工学、通信方式、道路交通制御が専門であった。交通系ICカードの開発の先駆者であった。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
吉田 二郎(よしだ じろう、1934年4月20日 - )は、… 吉田 二郎(よしだ じろう、1934年4月20日 - )は、南海電気鉄道(南海電鉄)社長、会長、日本民営鉄道協会会長、東京地下鉄第2代会長などを務めた日本の鉄道事業経営者。 大阪府出身。大阪府立三国丘高等学校を経て、大阪大学経済学部卒業。 1957年大阪大学経済学部を卒業して南海電鉄に入社。 南海電鉄では、鉄道、バス、人事・労務を経験した。人事部長、取締役、常務、鉄道事業本部長、和歌山支社長、専務、副社長、を経て、1999年に社長に就任した。 2001年には、社長の座を山中諄に譲り、自らは代表権を持つ会長となって、もっぱらグループ企業の経営を担当するようになった。 その後は、日本民営鉄道協会会長を務めたり、帝都高速度交通営団の民営化による東京地下鉄の設立委員会委員長となり、同社の設立後には第2代会長となった。
清水 将之(しみず まさゆき、1934年3月31日 - )は… 清水 将之(しみず まさゆき、1934年3月31日 - )は、日本の医学者・精神科医。名古屋市立大学助教授などを経て、関西国際大学教授。医学博士(大阪大学・1965年)。兵庫県芦屋市生まれ。 1934年兵庫県芦屋市生まれ。1960年大阪大学医学部医学科卒業。1965年大阪大学大学院修了。1965年医学博士(大阪大学)の学位を取得。名古屋市立大学医学部精神科助教授を経て、三重県立こども心療センターあすなろ学園園長。2001年関西国際大学教授。後に関西国際大学大学院教授。三重県立看護大学理事。
谷川 秀善(たにがわ しゅうぜん、1934年2月3日 - )… 谷川 秀善(たにがわ しゅうぜん、1934年2月3日 - )は、日本の政治家。
深見 茂(ふかみ しげる、1934年1月24日 - )は、ド… 深見 茂(ふかみ しげる、1934年1月24日 - )は、ドイツ文学者、大阪市立大学・滋賀県立大学名誉教授、祇園祭山鉾連合会理事長。 京都市生まれ。1958年大阪大学大学院独文科修士課程修了、同年6月大阪市立大学文学部助手、講師、助教授。1981年10月教授。1994年「ドイツ近代短篇小説の研究 -その歴史と本質」で大阪市大文学博士。1995年定年退官、名誉教授、滋賀県立大学国際教育センター教授。2004年退任、名誉教授。2012年11月、瑞宝中綬章受章。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
内田 能嗣(うちだ よしつぐ、1934年1月3日 - 202… 内田 能嗣(うちだ よしつぐ、1934年1月3日 - 2024年11月7日)は、日本の英文学者。帝塚山学院大学名誉教授。医師内田千秋は息子。 1962年大阪大学文学部仏文科卒業。1971年大阪市立大学大学院文学研究科博士課程(英文学専攻)単位取得満期退学。 帝塚山学院大学助教授、教授、文学部長、副学長、2005年定年退任、名誉教授、関西外国語大学教授、2009年退職。日本ブロンテ協会顧問。 ジョージ・エリオット、ブロンテ姉妹など19世紀英国女性作家が専門。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
高木 雅行(たかぎ まさゆき、1934年 - )は、日本の生… 高木 雅行(たかぎ まさゆき、1934年 - )は、日本の生物学者。専門は感覚生理学。 大阪府生まれ。大阪大学理学部生物学科卒業。同大学院理学研究科修了。1962年阪大理学博士。大阪大学理学部助手、教養部助教授を経て清教学園教育研究所長。
中村 貞夫(なかむら さだお、1934年 - )は、風景画… 中村 貞夫(なかむら さだお、1934年 - )は、風景画の大作を描き続ける画家。富士の四季シリーズ、四大文明シリーズに取り組む。 『中村貞夫画集』 作成:共進社印刷株式会社
前田 親良(まえだ ちかよし、1934年 - )は、日本の機… 前田 親良(まえだ ちかよし、1934年 - )は、日本の機械工学者、教育者。大阪工業大学名誉教授、第8代機械工学科同窓会会長。工学博士(大阪大学)。常翔学園理事。元大阪工業大学高等学校(現:常翔学園高等学校)校長。日本計量史学会元副会長。瑞宝中綬章受章。 専門は、機械計測工学、機械力学、機械金属工学。 1959年に大阪工業大学工学部機械工学科(「計測研究室」; 増尾竜一研究室)を卒業する。のちに、大阪大学大学院にて工学博士号を取得する。1960年3月に大阪工業大学工学部機械工学科助手となり、機械工学教室を担当。その後、同学科講師、助教授を経て、1974年に教授に就任した。1999年に同大学名誉教授となる。
矢追 秀彦(やおい ひでひこ、1933年12月8日 - 20… 矢追 秀彦(やおい ひでひこ、1933年12月8日 - 2009年12月12日)は、日本の政治家。兵庫県出身。 参議院議員(3期)、参議院運輸委員長、衆議院議員(3期)、公明党副書記長、公明党副委員長などを歴任した。 1933年12月8日、兵庫県に生まれる。1952年、大阪府立池田高等学校卒業。1958年、大阪大学歯学部を卒業する。 1965年7月4日、第7回参議院議員通常選挙に全国区から公明党公認候補として立候補し、初当選する。1967年、四大公害病の一つであるイタイイタイ病について国会で初めて言及し、政府を追及した。 1980年6月22日、第12回参議院議員通常選挙に公明党公認候補として立候補し、当選する。
森 晴秀(もり はるひで、1933年11月22日 - 201… 森 晴秀(もり はるひで、1933年11月22日 - 2012年7月7日)は、英文学者、神戸大学名誉教授。 1956年神戸大学文学部英文科卒、1963年大阪大学大学院文学研究科英文学博士課程中退。1978年「D・H・ロレンス研究 長編小説の構造と文体」で大阪大学より文学博士。神戸大学教養部助教授、教授。1994年定年退官、名誉教授。広島女学院大学教授を経て、京都女子大学教授、2006年退職。英国小説、比較文学。 2012年7月7日に下咽頭がんのため死去。
東 孝光(あずま たかみつ、1933年9月20日 - 201… 東 孝光(あずま たかみつ、1933年9月20日 - 2015年6月18日)は、日本の建築家。大阪大学名誉教授。 「打ち放しコンクリート」「狭小住宅」の先駆けで建築史に残る「塔の家」をはじめ、「都市型住宅」を多く手がけ、1995年に日本建築学会賞作品賞を受賞した。日本万国博覧会では三井グループ館を設計している。 大阪市出身。出世作となった「塔の家」は、坂倉準三建築研究所時代に新宿駅西口地下広場の設計担当として上京した際、自宅として東京都渋谷区に建てられた(1966年)。都心のわずか6坪弱(20平方メートル)という狭い敷地に、地上5階・地下1階を塔状に積み立てた鉄筋コンクリート造。玄関を除けば、トイレも浴室も含め扉が一切なく、間仕切りもない。
小松原 千里(こまつばら ちさと、1933年9月17日 - … 小松原 千里(こまつばら ちさと、1933年9月17日 - )は、日本のドイツ文学者・歌人。神戸大学名誉教授。 兵庫県武庫郡(現:西宮市)生まれ。大阪外国語大学ドイツ語科卒、1959年大阪大学大学院独文科修士課程修了。大阪工業大学助教授、神戸大学教養部助教授、神戸大学国際文化学部教授、97年名誉教授。
河井 清和(かわい きよかず、1933年8月22日- )は… 河井 清和(かわい きよかず、1933年8月22日- )は、日本の経営者。新キャタピラー三菱社長を務めた。 大阪府堺市出身。1956年に大阪大学工学部を経て、1958年に大阪大学院を修了し、同年に新三菱重工業(のちの三菱重工業)に入社。 1990年6月に取締役に就任し、1992年6月に常務を経て、1995年6月に副社長に就任し、1997年6月には特別顧問に就任。1997年6月から2001年6月までに新キャタピラー三菱社長を務めた。 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。
山本 英樹(やまもと ひでき、1933年6月1日 - 201… 山本 英樹(やまもと ひでき、1933年6月1日 - 2018年3月25日)は、日本の経営者。日東電工社長を務めた。大阪府出身。 1956年に大阪大学薬学部を卒業し、同年に日東電気工業(のちの日東電工)に入社。1983年6月に取締役に就任し、1989年6月に常務、1995年6月に専務を経て、1996年6月に社長に就任。2001年4月に会長に就任。 2018年3月25日慢性閉塞性肺疾患のために死去。84歳没。
森田 敏照(もりた としてる、1933年3月27日 - )は… 森田 敏照(もりた としてる、1933年3月27日 - )は、大阪大学名誉教授。愛知県春日井市「石尾台おとなの学校」元代表。 大阪府出身[要出典]。大阪府立清水谷高等学校から[要出典]、1955年大阪大学理学部生物学科卒業。大阪大学大学院理学研究科生理学専攻修士課程修了。理学博士。1993年4月大阪大学教養部部長から、1994年6月24日には副学長に就任し、1996年3月退官。退官後は大阪工業大学教授であった。
大槻 修(大槻 脩、おおつき おさむ、1933年1月12日 … 大槻 修(大槻 脩、おおつき おさむ、1933年1月12日 -2025年8月6日 )は、日本の国文学者、甲南女子大学名誉教授。 京都府生まれ。1955年大阪大学文学部国文科卒、1970年同大学院博士課程満期退学、甲南女子大学助教授、教授。2003年定年となり、名誉教授。中古・中世の物語文学が専門。国文学者・大槻節子は最初の妻、田淵福子(1960-)が現在の妻・大槻福子。
藤山 朗(ふじやま あきら、1932年 <昭和7年> 10月… 藤山 朗(ふじやま あきら、1932年 <昭和7年> 10月24日 - 2015年 <平成27年> 10月14日)は、日本の経営者。藤沢薬品工業社長、会長を務めた。位階は正四位。 大阪府出身。1956年に大阪大学薬学部を卒業し、同年に藤沢薬品工業に入社。1984年6月に取締役に就任し、1987年6月に常務、1989年3月に専務を経て、1991年6月に副社長に就任し、1992年6月には社長に昇格。1999年6月に会長に就任し、2005年4月からアステラス製薬相談役を務めた。 2005年4月に旭日重光章を受章。 2015年10月14日心不全のために死去。82歳没。死没日付をもって正四位に叙された。
小室 直樹(こむろ なおき、1932年〈昭和7年〉9月9日 … 小室 直樹(こむろ なおき、1932年〈昭和7年〉9月9日 - 2010年〈平成22年〉9月4日)は、日本の社会学者、経済学者、批評家、社会・政治・国際問題評論家。 学位は法学博士(東京大学・1974年)。東京工業大学世界文明センター特任教授、現代政治研究所(東京都千代田区)所長などを歴任。 社会学、数学、経済学、心理学、政治学、宗教学、法学などの多分野を第一人者から直接学び、「社会科学の統合」に取り組んだ。東京大学の伝説の自主ゼミナール「小室ゼミ」主宰者。著書に『ソビエト帝国の崩壊』や『痛快!憲法学』などがある。 出生名爲田直樹として東京府荏原郡玉川村(現・東京都世田谷区奥沢)に生まれる。私生児であった。
石澤 小枝子(いしざわ さえこ、1932年8月15日 - )… 石澤 小枝子(いしざわ さえこ、1932年8月15日 - )は、日本のフランス文学者、児童文学者。梅花女子大学名誉教授。 東京生まれ。旧姓・内海。1955年大阪大学文学部仏文科卒、1958年同大学院文学研究科仏文科修士課程修了。 1970年梅花女子大学文学部専任講師、1975年助教授、1982年教授、2008年名誉教授。 1991年『フランス児童文学の研究』で日本児童文学学会賞受賞。 明治期日本のちりめん本を研究、自ら創作も行った。
濱川 圭弘(はまかわ よしひろ、1932年7月12日 - 2… 濱川 圭弘(はまかわ よしひろ、1932年7月12日 - 2016年12月19日)は、日本の太陽光発電の研究者。工学博士。多接合型太陽電池の発明等で世界的に知られ、教育にも力を入れている。京都府出身。 多接合太陽電池の発明者として世界的に知られる。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
中村宣一朗(なかむら のぶいちろう、1932年5月3日- 2… 中村宣一朗(なかむら のぶいちろう、1932年5月3日- 2025年3月20日)は、日本の会計学者、大阪大学名誉教授。 和歌山県で育つ。京都市出身。1955年大阪外国語大学イスパニア語科卒、学士入学して1959年大阪大学経済学部卒、65年同大学院博士課程単位取得退学、77年「会計統一化政策」で経済学博士の学位を取得。甲南大学助教授、教授をへて、1982年大阪大学経済学部教授。96年定年退官、名誉教授となり、摂南大学教授を務めた。日本会計研究学会太田賞受賞。
加賀 精一(かが せいいち、1932年4月25日 - )は、… 加賀 精一(かが せいいち、1932年4月25日 - )は、日本の機械工学者。大阪工業大学名誉教授・第7代機械工学科同窓会会長。工学博士(大阪大学)。 専門は、電子ビーム溶接工学、核融合工学・原子力工学。 大阪大学大学院にて工学博士。同大学工学部助手などを経て、1965年大阪工業大学工学部機械工学科に着任、機械工学教室を担当。1987年同学科教授。1992年大阪工業大学第7代機械工学科同窓会会長。1998年同大学名誉教授。 大阪工業大学機械工学科にて30年以上に渡り教鞭を執り、特に初期の電子ビーム溶接工学・核融合工学・原子力工学の研究育成に貢献した。 主な所属学会は、日本高圧力技術協会、溶接学会、高温学会(現:スマートプロセス学会)、大阪工研協会など。
難波 精一郎(なんば せいいちろう、1932年4月4日 - … 難波 精一郎(なんば せいいちろう、1932年4月4日 - )は、日本の心理学者。専攻は音響心理学、環境心理学。文学博士。大阪大学名誉教授。日本学士院会員。 時間経過に伴って変化する音の印象を捉える「カテゴリー連続判断法」と独自の実験装置の開発により、旧来の定常音研究の枠を超えて複雑な変動音と機械音の研究に道を拓いた。また、多次元的で解析が困難であった音色に関する研究では、各種の音源に関する言語的記述の国際比較など、実験と調査を駆使した多面的なアプローチによって先駆的かつ広範な成果を挙げた。さらに、機械的騒音の評価には騒音レベルだけでなく音色が大きく影響することを明らかにして、機械音の改善を推進した。
宇田 正(うだ ただし、1932年2月24日 - )は、日本… 宇田 正(うだ ただし、1932年2月24日 - )は、日本の経営史学者、追手門学院大学名誉教授。 大阪市生まれ。大阪大学文学部・法学部卒。大同生命保険相互会社本社勤務のあと大阪大学文学部事務官を経て同経済学部助手。1966年追手門学院大学経済学部専任講師。助教授、教授、同大学付属図書館長・評議員・経済学研究科長。2006年定年退職、名誉教授。1996年「近代日本と鉄道史の展開」で経済学博士(大阪大学)。宮本又次に師事した。
長山 泰久(ながやま やすひさ、1932年2月7日 - 20… 長山 泰久(ながやま やすひさ、1932年2月7日 - 2022年8月24日)は、日本の心理学者。専門は、交通心理学、交通教育学、産業心理学。大阪大学名誉教授。日本においてはじめて交通心理学を体系化し、心理学の中で独自の研究領域として確立する先導的役割を果たした。また、危険予測、防衛運転、暴走族研究、二輪車事故の研究等、さまざまな研究課題への取り組みを通じ、交通安全教育・交通安全対策の提言や実践を行ってきた。 大阪府枚方市生まれ。1955年大阪大学文学部卒業、1960年大阪大学大学院文学研究科博士課程を単位取得。 1960年大阪大学文学部助手、1967年追手門学院大学文学部講師、1968年同助教授を経て、1974年大阪大学人間科学部助教授、1984年同教授。
脇村 春夫(わきむら はるお、1932年1月15日 - )は… 脇村 春夫(わきむら はるお、1932年1月15日 - )は、日本の実業家、元アマチュア野球選手。第5代日本高等学校野球連盟会長(2002年11月 - 2008年11月)。現在は、公益財団法人脇村奨学会代表理事。博士(経済学)(大阪大学)。 脇村禮次郎と祐子(正田貞一郎の三女)との子として東京府東京市小石川区(現:東京都文京区)に生まれる。祖父は田辺市名誉市民・脇村市太郎、正田貞一郎。おじに経済学者・脇村義太郎、鉱物学者・正田篤五郎、数学者・正田建次郎がいる。上皇后美智子の従兄にあたる。
岡本 忠成(おかもと ただなり、1932年1月11日 - 1… 岡本 忠成(おかもと ただなり、1932年1月11日 - 1990年2月16日)は、日本のアニメーション作家。 持永只仁や川本喜八郎とともに日本のアニメーション黎明期の礎を築き、多大な功績と発展を遺した「アニメーションの神様」の一人として知られる。 妻は人形作家の森田さと子、長男はブックデザイナーの岡本洋平。義弟にイタリア美術研究で著名な森田義之がいる。 大阪府豊中市生まれ。大阪大学法学部卒業、一般会社に就職した後にチェコのアニメ作家イジー・トルンカを始めとしたチェコのアニメーションの作品に魅せられて退社し、日本大学芸術学部映画学科に編入学。 1961年に持永只仁のMOMプロダクションに入社し、アニメーション撮影の腕を磨く。
西澤 進(にしざわ すすむ、1932年1月1日 - 2002… 西澤 進(にしざわ すすむ、1932年1月1日 - 2002年12月29日 )は、日本の経営者。兵庫県出身。 1954年に大阪大学工学部応用化学科を卒業し、同年に積水化学工業に入社。1979年7月に取締役に就任し、常務、専務を経て、1993年7月に副社長に就任し、1994年1月から1999年までに社長を務めた。 2002年12月29日肺癌のために死去。70歳没。
冨田 勲(とみた いさお、1932年 - )は、日本の薬学者… 冨田 勲(とみた いさお、1932年 - )は、日本の薬学者(衛生化学)。勲等は瑞宝中綬章。学位は薬学博士(大阪大学・1962年)。静岡県立大学名誉教授、公益社団法人日本食品衛生学会名誉会員、公益社団法人日本ビタミン学会功労会員。「冨」は「富」の異体字のため、富田 勲(とみた いさお)と表記されることもある。 大阪大学助手、アイオワ州立大学博士研究員、ニューヨーク州立大学博士研究員、静岡薬科大学での勤務を経て、静岡県立大学薬学部教授、静岡産業大学国際情報学部教授などを歴任した。 富山県出身の薬学者である。衛生化学を専攻しており、緑茶に関する研究などでも知られた。大阪大学、アイオワ州立大学、ニューヨーク州立大学、静岡薬科大学、静岡県立大学、静岡産業大学、などで教鞭を執った。
古谷 真吾(ふるや しんご、1932年 - 1988年7月1… 古谷 真吾(ふるや しんご、1932年 - 1988年7月19日)は、日本の実業家。元・阪神タイガース球団代表。 1955年に大阪大学経済学部を卒業後、阪神電気鉄道に入社。阪神甲子園パークや阪神甲子園球場を管轄する事業部門で長く勤め、1983年に球団専務、1986年7月に同常務と昇進したのち、1988年6月10日付で球団の専務取締役社長へ就任した。 しかし、球団代表の交代による多忙さに加えランディ・バースの退団や掛布雅之の引退など数々の騒動によるマスコミ対応などに追われた結果心労を重ね、就任からわずか1ヶ月後の1988年7月19日未明に東京都千代田区のホテルニューオータニで飛び降り自殺を図り死去した。
俵 好夫(たわら よしお、1932年又は1933年 - 20… 俵 好夫(たわら よしお、1932年又は1933年 - 2024年2月13日)は、日本の物理学者、希土類磁石の研究者。長女は歌人の俵万智。 1957年大阪大学理学部物理学科卒、1959年東北大学大学院理学研究科修士課程修了、1967年「金属間化合物Fe5Ge3およびMn5Ge3の結晶磁気異方性の研究」で理学博士。1959年松下電器産業入社、1975年退職、デイトン大学客員研究員、1976年信越化学工業入社、1998年退職。磁性材料研究所所長、コーポレートリサーチセンター所長を歴任。 1999年大橋健共著『希土類永久磁石』(森北出版)を刊行、2007年日本磁気学会出版賞を受賞。俵が発明したサマリウムコバルト磁石は1970年から1980年ごろまで世界で一番強い磁石であったが、その後ネオジム磁石にその地位を譲った。
柏原 正明(かしわら まさあき、1931年〈昭和6年〉12月… 柏原 正明(かしわら まさあき、1931年〈昭和6年〉12月25日 - 2018年〈平成30年〉8月29日)は、日本の実業家。元千代田化工建設代表取締役社長。 大阪府出身。1953年に大阪大学工学部応用化学科を卒業後、千代田化工建設入社。エンジニアリング副本部長、同本部長、技術本部長を経て1987年12月副社長に就任。のち1992年6月玉置正和に代わり社長に就任した。1996年に社長の座を退き、北川正人が次代社長となった。
薗頭 健吉(そのがしら けんきち、1931年10月25日 -… 薗頭 健吉(そのがしら けんきち、1931年10月25日 - )は、日本の化学者である。大阪市立大学工学部名誉教授。 鹿児島県生まれ。 ハロゲン化合物とアルキン間のクロスカップリング反応の開発。(薗頭カップリング) 1975年にCassarと Heckらにより独立して同時期にPd触媒を用いたアリールハライドとアルキンのカップリング反応が報告された。その時点で論文を投稿準備をしていた薗頭らは自分たちのCuIを共存させた条件の方が数段優れていると判断し(Pd触媒のみでは100℃、Pd/CuIでは室温)、Tetrahedron Lettに報告した。現在では薗頭-萩原クロスカップリング反応と呼ばれる人名反応となっている。
奈河 彰輔(なかわ しょうすけ、1931年10月6日 - 2… 奈河 彰輔(なかわ しょうすけ、1931年10月6日 - 2014年10月13日)は、歌舞伎の脚本家、演出家、製作スタッフ、プロデューサー(奥役) 。 大阪府生まれ。本名・中川芳三。大阪大学卒。1957年松竹に入社し、関西歌舞伎の企画などを担当。1964年から復活狂言の台本を手がけ、3代目市川猿之助と組んで「伊達の十役」「小笠原騒動」などを制作。京都南座支配人ののち、1988年松竹取締役。編著に『昭和の南座』(中川芳三、松竹 1991-1992年)がある。 2014年10月13日午後10時20分、肺炎のため大阪市の病院で死去。83歳没。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
新開 陽一(しんかい よういち、1931年10月3日 - )… 新開 陽一(しんかい よういち、1931年10月3日 - )は、日本の経済学者。大阪大学名誉教授。日本学士院会員。専門はマクロ経済学と国際経済学。経済学博士(大阪大学、1960年)。大阪府堺市出身。
榊原 康夫(さかきばら やすお、1931年9月21日 - 2… 榊原 康夫(さかきばら やすお、1931年9月21日 - 2013年1月6日 )は、日本の牧師、神学者、説教者、著作家。 新改訳聖書のイザヤ書、エレミヤ書、哀歌を翻訳した。福音主義神学会の創立に関わった。 兵庫県芦屋市出身。灘高等学校卒業。大阪大学工学部機械科中退。1957年、神戸改革派神学校卒業。日本基督改革派教会の和歌山伝道所、甲子園教会牧師を歴任し、1967年(昭和42年)より東京恩寵教会牧師となる。1977年(昭和52年)- 1981年(昭和56年)日本基督改革派教会大会議長。 2001年(平成13年)に定年によって正牧師を引退し、東京恩寵教会名誉牧師となる。 この項目は、キリスト教に関連した書きかけの項目です。
奥井 功(おくい いさお、1931年9月3日 - 2008年… 奥井 功(おくい いさお、1931年9月3日 - 2008年9月8日)は、日本の経営者。 大阪府大阪市出身。1953年に大阪大学法学部を卒業し、同年に積水化学工業に入社。 1970年に積水ハウスに転職し、経理部長、取締役、常務、専務を経て、1990年4月に副社長に就任した。1992年4月に社長に昇格し、1998年4月から2004年までに会長を務めた。 2002年から2003年までに日本経済団体連合会副会長も務め、関西経済連合会副会長、関西経営者協会会長も歴任した。 2003年11月に旭日大綬章を受章した。 2008年9月8日胃がんのために死去。77歳没。
小野 修(おの おさむ、1931年9月3日 - 2022年6… 小野 修(おの おさむ、1931年9月3日 - 2022年6月)は、日本の政治学者、同志社大学名誉教授。 東京出身。大阪大学経済学部卒、同志社大学大学院法学研究科修士課程修了、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジで学ぶ。1976年同志社大学文学部英文科教授、1997年定年、名誉教授。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
植松 治雄(うえまつ はるお、1931年8月8日 - 201… 植松 治雄(うえまつ はるお、1931年8月8日 - 2018年3月7日)は、日本の医師。第16代日本医師会会長、財団法人日本学校保健会会長。その他、厚生省医道審議会委員など歴任。医学博士(大阪大学、1960年)。香川県生まれ。 初代 北里柴三郎1916-1931 / 2代 北島多一1931-1943 / 3代 稲田龍吉1943-1946 / 4代 中山寿彦1946-1948 / 5代 高橋明1948-1950 / 6代 田宮猛雄1950 / 7代 谷口弥三郎1950-1952 / 8代 田宮猛雄1952-1954 / 9代 黒澤潤三1954-1955 / 10代 小畑惟清1955-1957 / 11代 武見太郎1957-1982 / 12代 花岡堅而1982-1984 / 13代 羽田春兔1984-1992 / 14代 村瀬敏郎1992-1996 / 15代 坪井栄孝1996-2004 / 16代 植松治雄2004-2006 / 17代 唐澤祥人2006-2010 / 18代 原中勝征2010-2012 / 19代 横倉義武2012-2020 / 20代 中川俊男2020-2022 / 21代 松本吉郎2022- この項目は、医療関係者に関連した書きかけの項目です。
坂本 公延(さかもと ただのぶ、1931年7月23日 - )… 坂本 公延(さかもと ただのぶ、1931年7月23日 - )は、日本の英文学者、著作家。広島大学名誉教授。 兵庫県神戸市生まれ。1955年大阪大学英文科卒業。1957年同大学院修士課程修了。 1959年大阪工業大学専任講師、1964年助教授、1965年広島大学助教授、1977年教授、1979年「ヴァージニア・ウルフ 小説の秘密」で大阪大学文学博士。1995年広島大学を定年退官、名誉教授、広島女学院大学教授。2002年退職。 2011年秋、瑞宝中綬章受勲。小説を日本語、英語で書き、短篇小説'The Spirit in the Stone'などが英国BBC海外放送で朗読された。ほか短編集『別れる理由』で中国新聞社新人登壇・文芸作品第1席。