田中 全(たなか ぜん、1953年(昭和28年)2月20日 … 田中 全(たなか ぜん、1953年(昭和28年)2月20日 - )は、日本の政治家。元高知県四万十市長(1期)。 現在の高知県四万十市出身。一橋大学卒。卒業後は農林中央金庫に勤める。2009年30年勤めた農林中央金庫を退職。四万十市長選挙に立候補し、現職の澤田五十六を破り、当選する。2013年の市長選挙に立候補し、再選を目指したが、元副市長の中平正宏に敗れた。2021年の市長選挙に再び立候補したが、現職の中平に敗れた。このほか全国首長九条の会共同代表や幸徳秋水を顕彰する会の事務局長を務めた。 2026年、旭日双光章受章。
廣瀬 直己(ひろせ なおみ、広瀬直己、1953年2月1日 -… 廣瀬 直己(ひろせ なおみ、広瀬直己、1953年2月1日 - )は日本の実業家。東京電力ホールディングス社長を経て、同社副会長。
高橋 進(たかはし すすむ、1953年1月28日 - )は、… 高橋 進(たかはし すすむ、1953年1月28日 - )は、日本のエコノミスト、経済学者。早稲田大学大学院客員教授、内閣府政策統括官、株式会社日本総合研究所理事長等を務めた。栃木県出身。 栃木県出身。都立西高校を経て、1976年に一橋大学経済学部を卒業し住友銀行入行。ロンドンに駐在して欧州経済調査等を担当した後、1990年から日本総合研究所へ出向。2011年同理事長に就任した。 2000年から2004年まで早稲田大学大学院アジア太平洋研究科客員教授、2003年から2005年まで近畿大学経済学部・経営学部客員教授。 2005年小泉内閣下で、大田弘子の後任として、民間出身者として3人目、民間企業出身者としては初の内閣府政策統括官として登用される。
晏 妮(アン ニ、YAN Ni,1953年-)は、中国北京市… 晏 妮(アン ニ、YAN Ni,1953年-)は、中国北京市出身の映画学者、映画評論家。専門は日中比較映画史、映像学、表象文化論。かつて一橋大学大学院社会学研究科客員教授や日本映画大学特任教授を務めた。 清華大学外国語学部を卒業し中国電影家協会(英語版)に入った。清水晶の知遇を得て川喜多記念映画財団の招きで来日し、映画評論活動を行う。早稲田大学大学院文学研究科で修士学位取得後、2007年一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程を修了し、論文「戦時下の日中映画交渉―その史的展開をめぐって」で、一橋大学博士(社会学)学位を取得。 一橋大学大学院社会学研究科の特任講師や、日本映画大学特任教授、川喜多記念映画文化財団客員研究員、明治学院大学言語文化研究所研究員、華東師範大学比較人文研究所研究員、早稲田大学、慶應義塾大学、東京工業大学、法政大学、明治学院大学の非常勤講師を歴任。
金森 俊樹(かなもり としき、1953年 - )は、日本の財… 金森 俊樹(かなもり としき、1953年 - )は、日本の財務官僚。財務総合政策研究所次長や、財務省大臣官房政策評価審議官、大和総研常務理事などを務めた。 兵庫県神戸市生まれ。1972年灘高等学校卒業。1976年一橋大学経済学部卒業。大学には首席で入学し、首席で卒業した。在学時に経済倫理学、経済哲学を専門とする元一橋大学長の塩野谷祐一と経済数学を専門とする二階堂副包に師事。1976年大蔵省入省。外務省研修所で中澤英彦(東京外国語大学名誉教授)よりロシア語を学んだ後、在ソ連日本大使館2等書記官勤務。中澤からは、半年足らずの学習で、少なくとも外大のロシア語専攻の大学院生レベルには達したと言われた。在ロスアンジェルス日本領事館領事を経て、1990年アジア開発銀行理事代理。
杜 進(と しん、1953年 - )は経済学博士。拓殖大学教… 杜 進(と しん、1953年 - )は経済学博士。拓殖大学教授、北京大学客員教授等を務める。 上海市生まれ。中国の遼寧大学大学院経済学研究科修士課程修了後、同大助手に就任。1983年から一橋大学大学院経済学研究科に留学。清川雪彦ゼミ、南亮進ゼミ出身。渡辺利夫学部長の誘いを受け拓殖大学国際開発学部教授に就任。北京大学中国経済研究中心客員教授、華東理工大学商学院客員教授も務める。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
中島 俊克(なかじま としかつ、1953年 - )は、日本の… 中島 俊克(なかじま としかつ、1953年 - )は、日本の歴史学者。立教大学経済学部経済学科教授、パリ第4大学歴史学博士。専門は経済史・技術史・労働史、特にフランス北東部を中心とする西ヨーロッパの産業発展、とくに金属・機械工業の発展が専門。社会経済史学会幹事等も務める。 東京都出身。1977年一橋大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。1985年パリ第四大学(ソルボンヌ大学)歴史学博士号取得。 1987年京都産業大学専任講師、1989年同大学助教授。1996年から立教大学経済学部経営学科助教授、98年より現職。 ヨーロッパ、とりわけ近代フランス北東部の経済史、労働史、技術史の学際的研究を行う。
西浦 裕二(にしうら ゆうじ、1953年 - )は、日本の経… 西浦 裕二(にしうら ゆうじ、1953年 - )は、日本の経営コンサルタント・実業家。ブーズ・アレン・ハミルトン社長、ローランド・ベルガーCEO、アリックスパートナーズ副会長、アクサ生命保険会長、アクサ損害保険会長、三井住友トラストクラブ会長、LIXIL取締役会議長等を歴任している。 岐阜県出身。1975年一橋大学社会学部を卒業し、住友信託銀行株式会社に入行。 1986年株式会社ボストン・コンサルティング・グループプロジェクトマネージャー、1989年シティバンクヴァイスプレジデント、1993年ブーズ・アレン・アンド・ハミルトン株式会社(現プライスウォーターハウスクーパース・ストラテジー株式会社)取締役副社長兼パートナー。
寺田 達志(てらだ たつし、1953年 - )は、日本の官僚… 寺田 達志(てらだ たつし、1953年 - )は、日本の官僚。環境省地球環境局長、地球環境審議官、環境省参与を経て、2013年から2016年まで駐ケニア特命全権大使。
玉山 和夫(たまやま かずお、1953年 - )は、日本の経… 玉山 和夫(たまやま かずお、1953年 - )は、日本の経営学者、エコノミスト、実業家。専門は国際ビジネス論であり、札幌学院大学名誉教授。北海道美唄市生まれ。 1972年、函館ラ・サール中学校・高等学校卒業。1976年(昭和51年)、一橋大学経済学部卒業。同年、日立電線株式会社海外事業部入社。 1981年、野村総合研究所研究員。1982年、野村證券株式会社海外投資顧問室バハレーン支店勤務。1987年、安田火災海上保険株式会社有価証券部副長。 1991年、安田火災ブリンソン投資顧問取締役。1995年、パリバ投資顧問株式会社運用本部長。1997年、札幌国際大学人文・社会学部教授。 2005年、北海道情報大学経営情報学部教授。
太田 道彦(おおた みちひこ、1952年12月8日 - 20… 太田 道彦(おおた みちひこ、1952年12月8日 - 2026年2月13日)は、日本の実業家。丸紅副会長、ゼビオホールディングス取締役、応用地質取締役、ユニチカ取締役、ダイエー監査役、セゾン自動車火災保険監査役などを歴任した。 東京都出身。東京学芸大学附属小金井中学校、東京学芸大学附属高等学校を経て、1975年一橋大学商学部卒業、丸紅株式会社入社。2005年丸紅株式会社執行役員輸送機部門長。2008年丸紅株式会社常務執行役員ライフスタイル部門長。2009年日本繊維輸入組合理事長、日本繊維輸出組合理事長。2009年丸紅株式会社代表取締役常務執行役員。2010年丸紅株式会社代表取締役専務執行役員、株式会社ダイエー監査役。
杉山 隆男(すぎやま たかお、1952年11月25日 - )… 杉山 隆男(すぎやま たかお、1952年11月25日 - )は、日本のノンフィクション作家、小説家。生家は神田神保町の「杉山書店」。
河相 周夫(かわい ちかお、1952年(昭和27年)11月2… 河相 周夫(かわい ちかお、1952年(昭和27年)11月22日 - )は、日本の外交官。上皇侍従長。侍従長(第9代)。祖父は情報局総裁兼外務次官を務めた河相達夫。 外務省北米局長、外務省総合外交政策局長、内閣官房副長官補、外務事務次官、外務省顧問、式部官長などを歴任した。 東京都出身。1975年(昭和50年)一橋大学経済学部を卒業し、外務省に入省する。2005年(平成17年)外務省北米局長就任。2006年(平成18年)4月にクリストファー・ヒル国務次官補と東京都内のホテルで会談、BSE問題に絡み米国産牛肉の全面輸入禁止措置がとられていることについてヒル次官補から早期解禁を要求されたのに対し、米国の検査体制整備がなされない限り輸入解禁はできない旨を告げた。
小島 茂(こじま しげる、1952年11月22日 - 201… 小島 茂(こじま しげる、1952年11月22日 - 2014年8月22日)は、日本の社会学者(国際社会論・教育社会学)、まちづくりアーティスト、漫画家、肖像画作家。学位は、Ph.D.(カリフォルニア大学バークレー校・1985年)。 静岡県立大学経営情報学部教授などを歴任した。 東京都生まれ。東京外国語大学の外国語学部イタリア語学科に1年在籍後、第一志望の英米語学科に合格し転科するつもりだったが、たまたま受けた一橋大学社会学部にも合格し迷った挙げ句そちらに転学。一橋大学を卒業し、その翌年にアメリカ合衆国に渡航し、スタンフォード大学大学院を経て、1982年にカリフォルニア大学バークレー校大学院社会学研究科の博士課程を修了し、1985年に同大学よりPh.D.(博士号)を取得したが、留学中に胸部に疾患を得て、これが後の死因となる。
大久保 裕晴(おおくぼ ひろはる、1952年11月3日 - … 大久保 裕晴(おおくぼ ひろはる、1952年11月3日 - )は、日本の金融官僚。日本銀行神戸支店支店長、神戸大学大学院経済学研究科教授、池田泉州銀行顧問、トーホー取締役、大阪経済大学客員教授、播州信用金庫常勤監事、神戸やまぶき財団理事などを歴任。兵庫県出身。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
河内 厚郎(かわうち あつろう、1952年10月- )は、日… 河内 厚郎(かわうち あつろう、1952年10月- )は、日本の文化プロデューサー。演劇評論家、コラムニスト、書評家。 兵庫県西宮市生まれ。甲陽学院高等学校、一橋大学法学部卒業(西洋法制史専攻、勝田有恒ゼミ)卒。 舞台芸術学院(夜間)卒。 多数の文化イベントのプロデュースを手がけるほか、行政、マスコミ、経済団体等でさまざまな公職を務める。[要出典] 夙川学院短期大学教授(2001〜2012)、神戸夙川学院大学教授(2012~2015)。追手門学院大学客員教授(~2016)。大阪樟蔭女子大学客員教授(2010年10月1日~2016年3月末)。 『演劇界』の歌舞伎劇評公募で最終候補に残り(1982)演劇評論家として執筆業に入る。
若林 辰雄(わかばやし たつお、1952年9月29日 - )… 若林 辰雄(わかばやし たつお、1952年9月29日 - )は日本の実業家。勲等は旭日重光章。三菱UFJ信託銀行代表取締役会長。三菱UFJフィナンシャル・グループ取締役。 広島県尾道市出身。広島県立福山誠之館高等学校を経て、1977年一橋大学法学部卒業。大学では誕生日が同じ高校の後輩枝廣直幹(のちに財務官僚を経て第13代福山市長)を可愛がったという。2年間の大学受験浪人生活をしていたため、大学卒業後は、最初に内定が出た三菱信託銀行(現三菱UFJ信託銀行)に入社。1984年から1990年までニューヨーク勤務。1997年三菱信託銀行ロンドン支店次長、1999年三菱トラストインターナショナル(現:三菱UFJトラストインターナショナル)社長、2003年に帰国して三菱信託銀行営業第三部長。
丸山 康幸(まるやま やすゆき、1952年9月21日 - )… 丸山 康幸(まるやま やすゆき、1952年9月21日 - )は日本の実業家。長野県商工部産業活性化・雇用創出推進局長や、フェニックスリゾート社長兼最高経営責任者・会長、内閣府行政刷新会議評価者を歴任。
浜 矩子(はま のりこ、1952年8月3日 - )は、日本の… 浜 矩子(はま のりこ、1952年8月3日 - )は、日本のエコノミスト。同志社大学大学院ビジネス研究科専門職学位課程教授。専門は「国際経済学」「国際金融論」「欧州経済論」。
並木 正男(なみき まさお、1952年6月25日 - )は、… 並木 正男(なみき まさお、1952年6月25日 - )は、日本の元裁判官。京都地方裁判所所長、大阪高等裁判所部総括判事などを歴任し、大阪地方裁判所所長を最後に定年退官。
津谷 正明(つや まさあき、1952年6月22日 - )は、… 津谷 正明(つや まさあき、1952年6月22日 - )は、日本の実業家。ブリヂストン取締役代表執行役CEO兼取締役会長を経て、同社取締役会長。元日本自動車タイヤ協会会長、元タイヤ公正取引協議会会長。 東京都出身。東京都立青山高等学校を経て、1976年一橋大学経済学部を卒業し、株式会社ブリヂストンに入社。1983年シカゴ大学経営大学院修了、MBA取得。妻で、慶應義塾大学経済学部教授の津谷典子とは、シカゴ大学留学中に知り合った。 ブリヂストンでは、長く国際業務を担当。2006年ブリヂストン執行役員グループCEO室担当に就任。2008年取締役常務執行役員に昇格。2011年からは代表取締役専務執行役員を務めた。
中垣 啓一(なかがき けいいち、1952年6月10日 - )… 中垣 啓一(なかがき けいいち、1952年6月10日 - )は、平成期の日本の実業家。インド三菱商事社長や、千代田化工建設の社長代行を経て、帝京大学経済学部教授。 1975年一橋大学経済学部(国際経済学専攻)卒業、三菱商事入社、繊維資材部配属。1976年からフランス語研修生としてボルドー大学やエクス=マルセイユ大学に留学。化学プラント部事業開発チームリーダー等を経て、2000年ジャカルタ駐在機械部長。 2004年三菱商事機械グループCEOオフィス経営計画担当。2007年機械グループCEOオフィス室長。2008年執行役員インド三菱商事会社社長兼コルカタ支店長兼ムンバイ支店長兼如水会デリー支部長。 2013年から千代田化工建設代表取締役副社長を務め、海洋事業の強化などにあたった。
高田 真治(たかだ しんじ、1952年6月6日 - )は、日… 高田 真治(たかだ しんじ、1952年6月6日 - )は、日本のテレビプロデューサー。スカパーJSATホールディングス(スカパーHD)代表取締役会長、スカパーJSAT代表取締役執行役員会長。 日本テレビ放送網のプロデューサーとして活動後、メディア戦略局長、執行役員営業局長などを歴任。スカパーJSAT(旧・スカイパーフェクト・コミュニケーションズ)出向後は同社及び持株会社・スカパーHDの代表取締役社長を務め、2019年より両社の会長に就任している。 岡山県出身。岡山県立岡山大安寺高等学校、一橋大学商学部を卒業後、1976年日本テレビに入社。同期入社に渡辺弘、小杉善信、清水奈津子(小杉とは大学も同期)などがいる。
松本 俊郎(まつもと としろう、1952年5月22日 - )… 松本 俊郎(まつもと としろう、1952年5月22日 - )は、日本の経済史学者。放送大学岡山学習センター所長、岡山大学名誉教授。日経・経済図書文化賞受賞。 東京都生まれ。1975年一橋大学社会学部卒、1980年一橋大学大学院経済学研究科博士課程満期退学。指導教官中村政則。岡山大学経済学部講師となり、1984年助教授、1993年教授、2004-2006年学部長、2006年同社会文化科学研究科比較社会文化学専攻教授。2018年定年退任、岡山大学名誉教授、放送大学岡山学習センター 所長・特任教授。 2001年「「満州国」から新中国へ 鞍山鉄鋼業からみた中国東北の再編過程 1940~1954」で一橋大学経済学博士。
河田 正也(かわた まさや、1952年4月20日 - )は、… 河田 正也(かわた まさや、1952年4月20日 - )は、日本の実業家。日清紡ホールディングス代表取締役社長を経て、同社代表取締役会長。日本学生卓球連盟会長。元日本紡績協会副会長。日本卓球協会会長。 山口県下関市出身。下関市立東部中学校、山口県立下関西高等学校を経て、1975年一橋大学経済学部を卒業し、日清紡株式会社に入社。大学では石弘光ゼミと卓球部に所属。部の1年後輩に川嶋文信(元三井物産副社長)が、3年後輩に山添茂(丸紅副会長)がいた。伊藤邦雄一橋大名誉教授はクラスの同級生。 日清紡では大阪、東京での営業や、富山工場労務担当を経て、長く人事部門を歩み、コンティネンタル・テーベス出向、人事部長兼労政部長、執行役員人事本部長兼経理本部副本部長、取締役兼執行役員事業支援センター副センター長、初代日清紡ブレーキ代表取締役社長兼務、日清紡ホールディングス経営戦略センター副センター長兼新規事業開発本部長兼日清紡ケミカル代表取締役社長、日清紡ホールディングス取締役専務執行役員兼日清紡メカトロニクス代表取締役社長、日本無線監査役などを歴任。
加藤 利男(かとう としお、1952年4月20日 - )は、… 加藤 利男(かとう としお、1952年4月20日 - )は、日本の官僚。内閣府政策統括官や、国土交通省都市局長、内閣官房地域活性化統合事務局長を経て退官後、住宅金融支援機構理事長、東京都都市計画審議会会長などを務めた。 愛媛県新居浜市出身。愛媛県立新居浜西高等学校を経て、1976年に一橋大学商学部を卒業し、建設省(のち国土交通省)入省。都市局、住宅局、建設経済局などで勤務し、都市計画に詳しい。2001年内閣府大臣官房会計課長に就任。外務省の松尾克俊室長が外務省報償費から5400万円余を横領し、競走馬の購入などにあてていたとして、警視庁捜査二課に被害届を出し、外務省機密費流用事件として立件された。
林 文夫(はやし ふみお、1952年4月18日 - )は、日… 林 文夫(はやし ふみお、1952年4月18日 - )は、日本の経済学者。専門はマクロ経済学・計量経済学。一橋大学教授。アメリカ芸術科学アカデミー外国人名誉会員、Econometric Society終身特別会員。2001年日本学士院恩賜賞受賞。1995年日本経済学会第一回中原賞受賞。
奥田 宗久(おくだ むねひさ、1952年4月5日 - 200… 奥田 宗久(おくだ むねひさ、1952年4月5日 - 2001年10月7日)は日本の財務官僚。 山口県出身(父母も山口県)。東京都立立川高等学校、一橋大学経済学部経済学科卒業。1976年 大蔵省入省(主計局総務課)。1981年7月 弘前税務署長。1982年7月 国税庁長官官房総務課長補佐。 1990年7月 大臣官房会計課長補佐。1991年6月 大阪国税局調査部長。同年7月 大阪国税局調査第一部長。1993年7月 沖縄開発庁振興局振興総務課長。1997年7月 経済企画庁調整局財政金融課長。1999年9月 造幣局東京支局長。2000年7月 理財局国有財産第一課長。2001年1月6日 財務省理財局国有財産企画課長。
吉村 達也(よしむら たつや、本名同じ、1952年3月21日… 吉村 達也(よしむら たつや、本名同じ、1952年3月21日 - 2012年5月14日)は、日本の小説家。男性。日本推理作家協会会員。 大阪府で生まれ、東京都で育つ。 東京都立田園調布高等学校を経て、一橋大学商学部入学。 1973年(大学4年生)、CBSソニーの入社試験に合格、内定を得る。卒業を待たず、同年9月からアルバイトとして入社し、ADの現場業務に携わるようになる。しかし、卒業試験で単位を1科目落とし、留年が決定。そのことを会社に報告したところ、翌年度の不足分の単位取得が容認されたため、大学生と会社員の立場を兼任することになる。1974年4月から正社員になり、引き続きAD業務に従事するが、まもなく直属の上司と人間関係が悪化。
竹内 春久(たけうち はるひさ、1952年2月22日 - )… 竹内 春久(たけうち はるひさ、1952年2月22日 - )は、日本の外交官。駐英公使、外務省国際情報統括官等を経て、2016年4月まで駐シンガポール特命全権大使。
小林 秀之(こばやし ひでゆき、1952年2月1日 - )は… 小林 秀之(こばやし ひでゆき、1952年2月1日 - )は日本の法学者、弁護士(第二東京弁護士会所属)。一橋大学教授。研究分野は民事訴訟法、国際民事訴訟法、倒産法、PL法。石川県生まれ。
廣本 敏郎(ひろもと としろう、1952年1月2日 - 20… 廣本 敏郎(ひろもと としろう、1952年1月2日 - 2023年2月16日)は、日本の会計学者。一橋大学名誉教授。公認会計士・監査審査会会長。京都府出身。元公認会計士第二次試験委員。岡本清(一橋大学名誉教授)の弟子。元日本原価計算研究学会会長。1994年日本会計研究学会太田賞受賞。2023年従四位瑞宝中綬章。 なお、門下生(管理会計・原価計算のゼミナール出身者)として挽文子(一橋大学教授、検査官)、伊藤克容(成蹊大学教授)、諸藤裕美(立教大学経済学部教授)、伊藤彰浩(株式会社アクリート創業者、前代表取締役)、高橋伸彰(株式会社フィル・カンパニー創業者)などがいる。モルガン銀行日本代表を務めた藤巻健史(元参議院議員)はゼミの1年先輩。
板垣 信幸(いたがき のぶゆき、1952年 - )は、NHK… 板垣 信幸(いたがき のぶゆき、1952年 - )は、NHK解説委員、解説主幹。担当分野は財政、金融、国際経済。放送文化基金賞受賞。 山形県西村山郡大江町左沢出身。山形県立山形東高等学校理系コース卒業後、1年間の浪人を経て、1977年一橋大学社会学部社会学科(哲学専攻)卒業。同年日本放送協会入局。高校、大学では演劇活動を行う。 NHK岐阜放送局、NHK金沢放送局を経て、1984年から報道局経済部記者。農水、運輸、通商産業、大蔵といった中央省庁や日銀を担当。米価、国鉄改革、東芝ココム事件、公定歩合、銀行合併、リクルート事件、金融証券不祥事、湾岸戦争拠出金、東京サミットなどを取材。 1993年からNHKワシントン支局特派員となり、ホワイトハウス、FRBのほか、国務省や財務省など、経済官庁も担当。
飯田 雅明(いいだ まさあき、1952年 - )は、日本の実… 飯田 雅明(いいだ まさあき、1952年 - )は、日本の実業家。三井製糖代表取締役社長や精糖工業会会長を務めた。 神奈川県出身。1971年神奈川県立湘南高等学校卒業。1977年一橋大学商学部を卒業し、三井物産に入社。1992年マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院修了、MBA(経営学修士)。東京ディズニーランド開園時のアトラクション輸入や横浜博覧会のイベント開催等を担当し、米国三井物産ゼネラルマネージャー等を経て、2002年三井物産ロジスティクス第3部長、2004年物流事業部長、2006年物流金融機能部長、2007年執行役員・物流本部長、2009年常務執行役員・物流本部長。この間三井物産ロジスティクス・パートナーズ取締役等を兼務。
荒川 章二(あらかわ しょうじ、1952年 - )は、日本の… 荒川 章二(あらかわ しょうじ、1952年 - )は、日本の歴史学者。専門は日本近現代史、軍事史。国立歴史民俗博物館および静岡大学名誉教授。国立歴史民俗博物館特任教授。放送大学浜松サテライトスペース客員教授。 静岡県生まれ。1976年早稲田大学第一文学部卒業。1978年立教大学大学院文学研究科修士課程修了。1983年一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。博士課程指導教官は藤原彰。 1984年日本学術振興会奨励研究員。1985年法政大学大原社会問題研究所兼任研究員。1988年静岡大学教育学部助教授。1995年静岡大学情報学部情報社会学科教授。2004年人間文化研究機構国立歴史民俗博物館客員教授。
野澤 美博(のざわ よしひろ、1952年または1953年 -… 野澤 美博(のざわ よしひろ、1952年または1953年 - )は、日本の地方公務員。東京都交通局長や、日本地下鉄協会副会長、多摩都市モノレール代表取締役社長を務めた。 一橋大学社会学部卒業。1978年東京都入庁。1998年東京都交通局経営企画室副参事。1999年東京都総務局災害対策部応急対策課長。2000年東京都総務局統計部人口統計課長。2003年東京都交通局長総務部財務課長。2005年東京都交通局参事。2006年東京都総務局総務部参事、首都大学東京総務部長。2008年東京都交通局参事(特命担当)。同年東京都交通局電車部長。2009年東京都交通局総務部長。2010年東京都交通局次長。2011年東京都交通局長、日本地下鉄協会副会長、日本バス協会理事。
持田 繁(もちだ しげる、1952年 - )は、国際公務員。… 持田 繁(もちだ しげる、1952年 - )は、国際公務員。国際連合アジア太平洋経済社会委員会事務局次長や、国際連合事務総長副特別代表、国際連合東ティモール統合ミッション副代表を務めた。 一橋大学法学部卒業、プリンストン大学大学院修了、修士(国際関係論)。1975年外務省入省。国連局政治課、アメリカ局安全保障課で勤務したのち、知人の勧めで国際連合開発計画の面接を受け、1980年に国際連合事務局入局。事務局政治安全保障理事会部、安全保障理事会部、情報調査収集局(ORCI)、政治局(DPA)、事務総長室等で勤務し、アジア、中東、東アフリカの紛争問題を担当。エチオピア・エリトリア国境紛争には政治局東アフリカ担当官として関わり、事務総長特使補佐を務めアルジェリア迎賓館で和平協定案の作成にあたった。
山本 健兒(やまもと けんじ、1952年 - )は、日本の経… 山本 健兒(やまもと けんじ、1952年 - )は、日本の経済地理学者。九州大学経済学研究院特任研究者、名誉教授。専門分野は、産業配置論、経済地理、社会地理。名は「健児」と表記されることもある。 新潟県生まれ。新潟県立長岡高等学校を経て1974年、一橋大学社会学部卒業。1980年、東京大学大学院理学系研究科博士課程退学。この間、1977年から1979年にかけて、ドイツ学術交流会 (DAAD) 奨学生としてミュンヘン工科大学に学ぶ。 高知大学人文学部を経て、法政大学経済学部の教員となり、経済地理などを担当。 1988年から1990年にかけて、アレクサンダー・フォン・フンボルト財団研究員として、ミュンヘン工科大学で研究に従事する。
松本 恒雄(まつもと つねお、1952年 - )は、日本の法… 松本 恒雄(まつもと つねお、1952年 - )は、日本の法学者。一橋大学名誉教授。京都市出身。 消費者法の第一人者と評され(後述)、日本消費者法学会初代理事長・内閣府消費者委員会初代委員長・国民生活センター理事長等を歴任した。 専門領域は民法・消費者法・消費者契約法・IT関連法など。 指導教官は北川善太郎。日本人としては最初の北川善太郎の弟子である。 法務省や朝日新聞、毎日新聞、明治学院大学では、消費者法研究の第一人者と評している。 指導学生に細川幸一(日本女子大学教授)、羽生香織(上智大学教授)などがいる。
井上 誠一郎(いのうえ せいいちろう、1951年(昭和26年… 井上 誠一郎(いのうえ せいいちろう、1951年(昭和26年)12月17日 - )は、日本の実業家、銀行家。ユーシーカード株式会社代表取締役社長や、日本クレジットカード協会会長を務めた。 都立秋川高校(3期生)を経て一橋大学法学部卒業。ペンシルベニア大学ウォートン・スクール卒業、Master of Business Administration。 1975年に日本興業銀行入行後、M&Aなどを手がけ、1987年ニューヨーク支店調査役に就任。1999年米州営業第二部長。2002年みずほコーポレート銀行本店営業二部長。2003年みずほ証券常務執行役員M&A本部長。 2005年ユーシーカード専務取締役に転じ、2007年から社長、2011年に顧問に退いた。
伊藤 邦雄(いとう くにお、1951年12月13日 - )は… 伊藤 邦雄(いとう くにお、1951年12月13日 - )は、日本の会計学者。学位は商学博士(一橋大学・論文博士・1996年)。一橋大学名誉教授。 一橋大学大学院商学研究科教授、中央大学専門職大学院戦略経営研究科特任教授、国立大学法人一橋大学理事、日本ベンチャー学会会長、日本インベスター・リレーションズ学会会長、一橋大学副学長、原子力損害賠償・廃炉等支援機構運営委員長、日本会計研究学会会長などを歴任。 経済産業省・東京証券取引所「DX銘柄」評価委員会委員長 経済産業省「コーポレート・ガバナンス・システム研究会」委員、内閣府「未来投資会議・構造改革徹底推進会合」委員、東京証券取引所「企業価値向上表彰制度委員会」委員長、経済産業省・東京証券取引所「攻めのIT経営銘柄」選定委員長、日本取締役協会「コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー」選考委員、経済産業省「トランジション・ファイナンス環境整備検討会」座長、TCFD(気候変動財務情報開示)コンソーシアム会長などを務める。
魚住 昭(うおずみ あきら、1951年10月25日 - )は… 魚住 昭(うおずみ あきら、1951年10月25日 - )は、日本のフリージャーナリスト。ノンフィクション作家。講談社ノンフィクション賞受賞。 熊本県八代郡鏡町(現・八代市)出身。熊本大学教育学部附属中学校から熊本県立熊本高等学校に入学。テニス部に入り、高校3年時に国体、インターハイに出場。夏のインターハイでシングルスベスト16に進出した。現役で一橋大学法学部に入学。大学では卒業論文を提出せずに1年間留年し、読書とパチンコをして日々を過ごした。高校時代の同級生に山室信一(元京都大学教授)、大学前期クラスでの同級生に鈴木和宏(検察官、元福岡高等検察庁検事長)や藤巻健史(為替トレーダー、参議院議員)などがいる。
橋本 圭一郎(はしもと けいいちろう、1951年(昭和26年… 橋本 圭一郎(はしもと けいいちろう、1951年(昭和26年)10月20日 - )は、日本の経営者。インフロニア・ホールディングス株式会社取締役会議長。元首都高速道路株式会社代表取締役会長兼社長兼最高経営責任者兼最高執行責任者、元経済同友会副代表幹事。 徳島県出身。一橋大学商学部卒業後、三菱銀行入行。国際畑を歩み在外勤務が長く、ニューヨーク支店長代理やドイツ三菱頭取、フランクフルト支店長等を歴任。 東京三菱銀行国際業務部長を経て、三菱リコール隠しなどの影響で経営難に陥っていた三菱自動車工業の副社長に就任し同社再建にあたる。 その後フィッチ・レーティングスの日本法人最高経営責任者を経て、2010年に首都高速道路の会長兼社長兼最高経営責任者兼最高執行責任者に就任。
新保 智(しんぽ さとし、1951年9月15日 - )は、日… 新保 智(しんぽ さとし、1951年9月15日 - )は、日本の郵政官僚、実業家。郵政事業庁近畿郵政局長や、日本郵政公社郵政総合研究所長を務めた。 1974年一橋大学経済学部卒業、郵政省入省。2001年から郵政事業庁近畿郵政局長を務め、高祖憲治派の公職選挙法違反に絡み前局長らが逮捕された事件で、「郵政事業に対する国民の信頼を損ねた」と謝罪し、信頼回復にあたった。 2003年からは日本郵政公社近畿支店長を務め、豊中郵便局保険課課長代理ら職員17人が、簡易保険の不正契約を行っていたことが発覚したことを受け、再発防止に取り組んだ。2004年日本郵政公社郵政総合研究所長。2005年財団法人郵便貯金振興会理事。
篠田 博之(しのだ ひろゆき、1951年9月10日 - )は… 篠田 博之(しのだ ひろゆき、1951年9月10日 - )は、日本の編集者、ジャーナリスト、実業家。月刊『創』編集長、『マス読』編集長、創出版社長。「コミック表現の自由を守る会」事務局長、「日本ペンクラブ言論表現委員会」副委員長。茨城県出身。 茨城県立水戸第一高等学校を経て、1976年に一橋大学経済学部卒業。当時の一橋大生は商社や銀行にフリーパスではあったが、篠田はそういった進路に疑問を感じ、雑誌ジャーナリズムを志して政策時報社に入社する。 1980年、政策時報社を退社し総合評論社に入社する。月刊『創』編集部所属となり1981年の月刊『創』編集長就任後、徐々にメディア批評誌化を進める。 1982年、月刊『創』編集者3人で創出版設立。
鈴木 和宏(すずき かずひろ、1951年9月4日 - )は、… 鈴木 和宏(すずき かずひろ、1951年9月4日 - )は、日本の検察官、裁判官、弁護士。最高検察庁刑事部長、東京地方検察庁検事正、福岡高等検察庁検事長などを務めた。退官後、国際研修協力機構理事長を務めた。瑞宝重光章受章。 北海道稚内市出身。1970年函館ラ・サール高等学校卒業。1974年一橋大学法学部卒業。日本弁護士会連合会会長菊地裕太郎、日本医師会会長中川俊男は高校の同期生。検察批判などで有名なジャーナリストの魚住昭や参議院議員の藤巻健史は大学前期クラスでの同級生。司法修習28期を経て、1976年東京地方検察庁検事。福島地方検察庁いわき支部、京都地方検察庁を経て、判検交流として東京地方裁判所で判事補や判事を務めた。
市川 周(いちかわ しゅう、1951年9月1日 - )は、日… 市川 周(いちかわ しゅう、1951年9月1日 - )は、日本の経営コンサルタント。白馬会議運営委員会事務局代表、特定非営利活動法人一橋総合研究所CEO、『世界経済評論』編集発行人。 1975年に三井物産に入社。香港および米国勤務を経て、アジア事業戦略や新規事業開発、ベンチャー投資などに従事した。 1990年、三井物産貿易経済研究所(現・三井物産戦略研究所)の創設に参画。1996年には同研究所コンサルティング事業室長に就任。 1997年、企業・自治体向けの経営コンサルティング会社「市川アソシエイツ」を設立。リーダーシップ開発や組織改革、人材育成プログラムの設計などに携わる。 1998年、作家・政治家の石原慎太郎と共著で『宣戦布告−「No」と言える日本経済』(光文社)を出版し、経済・国家戦略論の議論を喚起した。
盛 誠吾(もり せいご、1951年8月29日 - )は、日本… 盛 誠吾(もり せいご、1951年8月29日 - )は、日本の法学者。専門は労働法。研究テーマは労働時間規制など。一橋大学名誉教授。一橋大学副学長、神奈川県労働委員会会長、神奈川地方最低賃金審議会会長等を歴任。蓼沼謙一門下。指導学生に相澤美智子一橋大学教授など。青森県出身。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。
飯島 健司(いいじま たけし、1951年8月14日 - )は… 飯島 健司(いいじま たけし、1951年8月14日 - )は財務官僚。財務省大臣官房審議官や大阪税関長等を務めた。苫米地俊博は義父。 大阪府大阪市住吉区出身。1970年大阪府立天王寺高等学校卒業。1974年に一橋大学商学部を卒業し、大蔵省(後の財務省)入省。大臣官房企画調査課(現在の総合政策課)配属。 1998年に福岡財務支局長に就任。1999年2月の全国財務局長会議では福岡県、佐賀県、長崎県の北部九州三県の景気の現状につき、最終需要の低迷から、景気停滞状態が続いている旨の報告をした。 財務省大臣官房審議官や大阪税関長を務めた。 2021年瑞宝中綬章受章。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
河端 真一(かわばた しんいち、1951年8月4日 - )は… 河端 真一(かわばた しんいち、1951年8月4日 - )は、元社団法人経済同友会幹事。株式会社学究社の代表取締役社長。首都圏に進学塾enaを展開。京都府京都市出身。