近藤 希美(こんどう のぞみ、2005年〈平成17年〉7月2… 近藤 希美(こんどう のぞみ、2005年〈平成17年〉7月20日 - )は、神奈川県相模原市出身の陸上競技選手。専門は中距離走、3000mSC。相模原市立上溝中学校、東海大学付属相模高等学校卒業。名城大学在学中。 東海大学付属相模高等学校3年次のインターハイでは1500mと3000mに出場し、どちらもカリバ・カロラインに敗れ優勝を逃したが、3000mでは日本人トップとなる5位入賞を果たした。なお、1500mではドルーリー朱瑛里にも先着されており日本人トップも逃した。 名城大1年次にU20アジア選手権に3000mで出場し、3位入賞の成績を残した。しかし駅伝シーズンになると2学年先輩で一般入部上がりの上野寧々を除くチーム全員が不調に陥り、全日本大学女子駅伝では連続優勝を果たせず、近藤も出走できなかった。
川﨑 颯(かわさき そう、2004年〈平成16年〉12月20… 川﨑 颯(かわさき そう、2004年〈平成16年〉12月20日 - )は、大阪府出身の陸上競技選手。専門は長距離走。東海大学付属大阪仰星高等学校卒業、筑波大学在学中。 第102回箱根駅伝では1区を走り、区間記録を上回る記録で区間3位相当だった。参考記録ながら関東学生連合チームの選手が区間記録を上回ったのは史上初めてであった。 2026年2月1日に開催された日本学生ハーフマラソンでは1時間00分53秒の記録で5位入賞し、永田宏一郎の国公立大学在学生最高記録を16秒上回った。
兵藤 ジュダ(ひょうどう ジュダ、2003年8月5日 - )… 兵藤 ジュダ(ひょうどう ジュダ、2003年8月5日 - )は、日本の陸上競技選手。静岡県静岡市出身。東海大学体育学部卒業。Honda陸上競技部所属。 静岡市立清水飯田中学校、東海大学付属静岡翔洋高等学校陸上競技部出身。父は米国人、母は日本人のハーフ。小学1年でサッカーを始め、その天性のスピードから精華清水陸上クラブの誘いを受け、小学4年生から陸上を始める。短距離からスタートし、中学では中距離に。強い先輩たちと一緒に走りたいと、練習環境が整った東海大学付属静岡翔洋高等学校へ進学。高校1年時は全国高等学校総合体育大会陸上競技大会(インターハイ)への出場はなかったが、10月の東海高校新人陸上競技大会では800mで優勝した。
吉田 響(よしだ ひびき、2002年8月20日 - )は、日… 吉田 響(よしだ ひびき、2002年8月20日 - )は、日本の陸上競技選手。静岡県御殿場市出身。東海大学体育学部中退、創価大学経済学部卒業。サンベルクス陸上競技部所属(プロ契約)。 御殿場市立朝日小学校、御殿場市立原里中学校、東海大学付属静岡翔洋高等学校出身。 高校時代はインターハイおよび全国高校駅伝への出場はなかったが、高校1年時の東海高校駅伝では1区を走り、区間賞を獲得した中倉啓敦から12秒遅れるだけの区間3位(29分41秒)の好走があった。しかし高校2年以降は静岡県高校駅伝への出走すらなかった。 東海大学に入学して以降ほとんど試合に出場していなかったが、第98回箱根駅伝では山登りの5区を任される。
石原 翔太郎(いしはら しょうたろう、2002年1月4日 -… 石原 翔太郎(いしはら しょうたろう、2002年1月4日 - )は、日本の陸上競技選手。兵庫県たつの市出身。東海大学体育学部卒業、SGホールディングス所属。陸上競技部に所属し、専門種目は長距離走。 中学校はたつの市立龍野東中学校、高校は倉敷高等学校、大学は東海大学出身。 大学卒業後はSGホールディングスで競技を継続。
齋藤 真希(さいとう まき、2001年2月13日 - )は、… 齋藤 真希(さいとう まき、2001年2月13日 - )は、日本の陸上選手。円盤投を専門とする。 庄内町立余目中学校、山形県立鶴岡工業高等学校、東京女子体育大学、東海大学大学院出身。太平電業所属。
飯澤 千翔(いいざわ かずと、2001年2月2日 - )は、… 飯澤 千翔(いいざわ かずと、2001年2月2日 - )は、日本の陸上競技選手、専門は中距離走。東海大学出身。住友電工所属。 中学校は伊勢原市立伊勢原中学校、高校は山梨学院高等学校出身。 9月12日、岐阜メモリアルセンター長良川競技場で行われた第88回日本学生陸上競技対校選手権大会(日本インカレ)1500mにおいて、3分43秒07を記録し初優勝。 9月17日から熊谷スポーツ文化公園陸上競技場で行われた第90回日本インカレには800mと1500mに出場。1日目の1500mでは決勝で3分53秒78で12着に敗れた。しかし、2日目の800m予選、3日目の準決勝を通過すると、決勝では1分50秒47を記録し、優勝を果たした。
デーデー・ブルーノ(英語: DEDE Bruno, 1999… デーデー・ブルーノ(英語: DEDE Bruno, 1999年10月7日 - )は、日本の陸上競技選手。陸上競技に於ける専門は短距離走。 長野県松本市出身。父はナイジェリア人であり、母は日本人である。 松本市立筑摩野中学校、創造学園高等学校(現:松本国際高等学校)、東海大学を経て、セイコーホールディングス在籍。 中学校から高校1年までサッカー選手としてプレーしていたが、高校では「ボールコントロールに難があったため」メンバー入りが出来ずに挫折。1年生の途中でサッカーを辞め、陸上競技部の友達から誘われていたこともあり高校2年の春から陸上競技へ転向する。 高校3年の時には平成29年度全国高等学校総合体育大会兼第70回全国高等学校陸上競技対校選手権大会(NDソフトスタジアム山形)に出場、男子100m決勝で10秒74のタイムで5位入賞を果たしている。
名取 燎太(なとり りょうた、1998年7月21日 - )は… 名取 燎太(なとり りょうた、1998年7月21日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は長距離走。長野県諏訪郡富士見町出身。 富士見中学校卒業、佐久長聖高校卒業、東海大学体育学部卒業、コニカミノルタ陸上競技部在籍。 富士見中学校3年夏の全国中学体育大会3000メートルで6位入賞。2013年10月27日の第44回ジュニアオリンピック陸上競技大会で自己ベスト8分35秒08で6位入賞。 佐久長聖高校在学中には3年連続で全国高校駅伝へ出場。2014年第65回高校1年2区(3km)4位、2015年第66回高校2年4区(8.0875km)6位、2016年第67回高校3年では、各校のエースが集う1区(10km)を走り29分22秒で区間賞を獲得。
羽生 拓矢(はにゅう たくや、1997年11月8日 - )は… 羽生 拓矢(はにゅう たくや、1997年11月8日 - )は、日本の陸上競技選手。千葉県印西市出身。トヨタ紡織陸上競技部所属。専門種目は長距離走。 印西市立印西中学校、八千代松陰高等学校、東海大学卒業。 1年時の第64回全国高校駅伝では3区を走り、日本人1位の区間2位。3年時の第66回全国高校駅伝では1区を走り、大学でチームメイトになる關颯人に次ぐ区間2位だった。 故障に苦しみ、大学三大駅伝の出場は1年時の全日本大学駅伝のみだった。 入社1年目の9月に5000mで高校2年生以来6年ぶりの自己ベストとなる13分40秒26を記録した。10月には10000mでも自己ベストを更新。入社3年目の11月に行われた八王子ロングディスタンスでは10000mで日本歴代4位(当時)となる27分27秒49を記録すると、2023年1月のニューイヤー駅伝では6区で区間賞を獲得した。
中島 怜利(なかしま れいり、1997年〈平成9年〉11月7… 中島 怜利(なかしま れいり、1997年〈平成9年〉11月7日 - )は、日本の陸上競技選手、YouTuber。所属クラブはTRIGGER Athlete Clubで、同クラブの代表も務める。妻は元陸上選手の髙松智美ムセンビ(現姓:中島)。 兵庫県姫路市出身。姫路市立大白書中学校、倉敷高等学校、東海大学体育学部競技スポーツ学科卒業。 大白書中時代は全国大会などの出場は無く、初の全国大会は倉敷高校1年次の東京国体少年男子B3000m[信頼性要検証]である。倉敷高校2年次に出場した山梨インターハイでは3000mSCにて、9分08秒38の記録で予選通過。決勝では14位の好成績を残したが、後に自身のYouTubeにて「ハードルすら飛んだ事が無く、道路にある車両通行禁止用の柵を飛び越えて感覚を掴んだ」と述べている。
小松 陽平(こまつ ようへい、1997年11月2日 - )は… 小松 陽平(こまつ ようへい、1997年11月2日 - )は、日本の元陸上競技選手。北海道札幌市出身。東海大学体育学部卒業。 中学校は札幌市立厚別中学校、高校は東海大学付属第四高等学校を経て、2016年に東海大学に進学する。 大学3年時に、第95回箱根駅伝で8区で出場。第73回の古田哲弘の記録 (1時間04分05秒) を22年ぶりに更新する区間新記録 (1時間03分49秒) を樹立し、東海大学の総合優勝に大きく貢献をした。同大会の金栗四三杯 (大会MVP) も受賞。4年時の第96回箱根駅伝でも8区を担当。自身の持つ区間記録には及ばず東海大学も優勝を逃したが、同大学初の復路優勝に貢献した。 東海大学を卒業後はプレス工業に入社し2021年に日立物流(現・ロジスティード)へ移籍した。
鬼塚 翔太(おにづか しょうた、1997年9月13日 - )… 鬼塚 翔太(おにづか しょうた、1997年9月13日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は長距離走。松浦市立上志佐小学校、松浦市立志佐中学校、大牟田高校、東海大学体育学部卒業。M&Aベストパートナーズ陸上部所属。 大牟田高校3年時に全国高校駅伝1区で区間4位の好走。 東海大学に進学後は初年度からハーフマラソンで1時間02分03秒の大学記録を樹立、U20世界選手権10000mに日本代表として出場するなど活躍。大学三大駅伝にもフル出場し、3大会とも1区を担当した。また、2017年1月の第22回全国都道府県対抗男子駅伝では福岡県代表として一般区間の3区を担当し、高卒1年目ながら区間賞を獲得。最優秀選手賞に輝いた。
土方 英和(ひじかた ひでかず、1997年6月27日 - )… 土方 英和(ひじかた ひでかず、1997年6月27日 - )は、千葉県松戸市出身の陸上競技選手。専門は長距離走。埼玉栄高校、國學院大學卒業。大学卒業後はHonda陸上競技部を経て、旭化成陸上部所属。 小学校の卒業式で「箱根駅伝に出ます!」と宣言し、中学校から本格的に陸上競技を始める。 高校は自宅のある千葉県松戸市から1時間半かかる駅伝の強豪・埼玉栄高校に進学。しかし、同級生に館澤亨次(東海大学→DeNA)や中村大聖(駒澤大学→ヤクルト)といった強力な同級生がいたうえ、土方自身は故障と貧血に悩まされ、全国高校駅伝には3年間で一度も出走が叶わなかった。 大学は國學院大學に進学。故障に苦しんだ高校時代とは一変し、4年間連続で箱根駅伝に出走。
館澤 亨次(たてざわ りょうじ、1997年5月16日 - )… 館澤 亨次(たてざわ りょうじ、1997年5月16日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は中距離走・長距離走。埼玉栄高校卒業、東海大学体育学部卒業。DeNAアスレティックスエリート→SGホールディングス所属。 埼玉栄高校3年時に全国高校駅伝1区で区間6位の好走。東海大学進学後は初年度から大学三大駅伝すべてに出場し、全日本大学駅伝では区間賞を獲得した。 トラックでは1500mを主戦場とし、2年時は関東インカレ、学生個人選手権と立て続けに優勝。第101回日本選手権1500mでも優勝を果たした。 3年時は第102回日本選手権1500mで連覇を果たすと、日本インカレ1500mでも優勝。 4年時はアジア選手権1500mで5位入賞。
關 颯人(せき はやと、1997年4月11日 - )は、日本… 關 颯人(せき はやと、1997年4月11日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は長距離走。茅野市立東部中学校、佐久長聖高校、東海大学体育学部卒業。SGホールディングス陸上競技部所属。 中学時代から全国レベルで活躍した。佐久長聖高校3年時に第66回全国高校駅伝のエース区間1区で区間賞を獲得している。 東海大学進学後は1年時から学生個人選手権5000mで優勝、U20世界選手権10000mに日本代表として出場するなど活躍。第16回出雲駅伝では3区で区間賞を獲得し、鮮烈な大学駅伝デビューを果たした。第48回全日本大学駅伝は胃腸炎の影響により欠場したが、第93回箱根駅伝では復帰し2区を担当。しかし先の胃腸炎の影響による走りこみ不足もあり、区間13位に終わった。
阪口 竜平(さかぐち りょうへい、1997年4月5日 - )… 阪口 竜平(さかぐち りょうへい、1997年4月5日 - )は京都府八幡市出身の陸上競技選手。専門は中距離走・3000mSC。洛南高等学校、東海大学体育学部体育学科卒業。SGホールディングス、On Athletics Clubに所属した。身長173cm、体重54kg。 洛南高校3年次の全国高校駅伝1区で区間5位と好走。 大学1年次の2016年7月にブィドゴシュチュ(ポーランド)で行われた世界U20陸上競技選手権大会に1500mの代表として出場。 2年次は、日本学生個人選手権5000mで優勝を果たし、第101回日本選手権に出場した。第86回日本インカレ5000mでは日本人トップの3位入賞。ホクレンディスタンスチャレンジ網走大会では3000mSCに初挑戦し、大学記録を更新する8分37秒64を記録した。
川端 千都(かわばた かずと、1995年12月20日 - )… 川端 千都(かわばた かずと、1995年12月20日 - )は、京都府舞鶴市出身の陸上競技選手。専門は長距離種目、駅伝。 京都府立綾部高等学校、東海大学体育学部卒業。コニカミノルタ陸上競技部を経て、現在はSGホールディングスグループ陸上競技部に所属。 小学校時代は野球チームに所属していた。舞鶴市立若浦中学校では陸上部に入るもきちんとした活動をせずにいたが、3年時に「思い出作り」として出場した駅伝大会で2位に入ったことで、綾部高校の陸上部監督から勧誘を受けて進学した。 高校2年時のインターハイでは3000mSCで2位入賞。3年時は5000mで8位入賞を果たす。第19回都道府県対抗駅伝では1区でトップと3秒差の区間3位と好走。
荒井 七海(あらい ななみ、1994年12月26日 - )は… 荒井 七海(あらい ななみ、1994年12月26日 - )は、千葉県船橋市出身の男子陸上競技選手で、専門は中距離走。八千代松陰高校、東海大学体育学部競技スポーツ学科卒業。Honda陸上競技部所属。 1500mの元日本記録保持者で、室内の日本記録保持者。1マイルの日本記録保持者。 2015年、東海大学3年で日本選手権1500mに出場し、初優勝。 2017年から、Honda陸上競技部に所属。2019年年1月から、バウワーマン・トラッククラブ(BTC)で世界トップクラスの指導を受けてアメリカでトレーニングを行っている。2月24日、アメリカのボストンで行われた競技会で1マイルに出場し、3分56秒60の室内日本新をマーク。
池畠 旭佳瑠(いけはた ひかる、1994年8月31日 - )… 池畠 旭佳瑠(いけはた ひかる、1994年8月31日 - )は、日本の陸上選手。三段跳を専門とする。 聖望学園高等学校、東海大学を卒業し、駿大AC所属。
石橋 安孝(いしばし やすたか、1994年8月24日 - )… 石橋 安孝(いしばし やすたか、1994年8月24日 - )は、日本の陸上競技選手。福井県小浜市出身。東海大学体育学部競技スポーツ学科卒業。 小浜市立小浜第二中学校、福井県立美方高等学校、東海大学出身。 美方高の4学年先輩でもある早川翼と入れ替わる形で東海大に入学した。大学時代は2年生から3年連続で箱根駅伝に出場。2年時の第91回箱根駅伝では7区を担当し、区間7位で走った。 3年時の第92回箱根駅伝では最短区間(当時)の4区を走り、区間2位だった。 4年時の第93回箱根駅伝では7区を担当。6区までに1年生を5人起用したが、不振が続き襷を受け取ったのは15位だったが、区間賞の走りで4つ順位を上げ、東海大のシード権獲得に貢献した。
村澤 明伸(むらさわ あきのぶ、1991年3月28日 - )… 村澤 明伸(むらさわ あきのぶ、1991年3月28日 - )は、長野県塩尻市出身の陸上競技選手。専門は長距離種目。佐久長聖高等学校、東海大学体育学部卒業。SGホールディングス所属。 入学した楢川中学校には陸上部が存在せずサッカー部に所属していたが、兄の影響を受けて2年生から陸上競技を始めた。高校は、兄と同じ地元の高校ではなく、長距離走の名門佐久長聖高校に進学した。佐久長聖高校では両角速監督の下、インターハイ・国体などで活躍。2008年には世界ジュニア5000mの日本代表に選出され12位の成績を残した。また、千葉国際クロスカントリー大会・福岡国際クロスカントリー大会で好成績を残し、2008年英国・エディンバラ、2009年ヨルダン・アンマンで開催された世界クロスカントリー選手権ジュニア日本代表に選ばれた。
小林 直己(こばやし なおき、1990年12月20日 - )… 小林 直己(こばやし なおき、1990年12月20日 - )は、神奈川県秦野市出身の陸上競技選手。専門は400mで45秒79の自己ベストを持つ。2015年北京世界選手権男子4×400mリレーの日本代表である。また、世界リレーでは2015年,2016年,2021年(補欠)と三度の日本代表に選出された経歴を持つ。 秦野市立大根小学校、秦野市立鶴巻中学校、神奈川県立秦野総合高等学校、東海大学工学部材料科学科卒業。セゾン情報システムズ入社、HULFT陸上クラブ所属。 陸上を始めたのは小学生の時。授業が終わった後に1時間くらい行われるクラブ活動で陸上クラブに入ったのがきっかけ。 住んでいる学区の中学校に陸上部がなく、無理を言って陸上部がある中学校に入学させてもらったという。
早川 翼(はやかわ つばさ、1990年7月2日 - )は福井… 早川 翼(はやかわ つばさ、1990年7月2日 - )は福井県出身の元陸上競技選手。専門は長距離種目。 おおい町立名田庄小学校、おおい町立名田庄中学校、福井県立美方高等学校、東海大学卒。トヨタ自動車陸上長距離部陸上競技部に所属していた。
長谷川 大悟(はせがわ だいご、1990年2月27日 - )… 長谷川 大悟(はせがわ だいご、1990年2月27日 - )は、日本の陸上競技、三段跳選手。2016年リオデジャネイロオリンピックでは男子三段跳の日本代表選手となった。現在は、伊藤超短波に所属し現役を続けながら、年間多数のイベントでの講演などで、情報を発信している。 1990年2月27日、神奈川県横浜市に生まれる。 横浜市立仏向小学校、横浜市立橘中学校、桐蔭学園高等学校、東海大学、日立ICTを経て、現在は伊藤超短波に所属。 小学校のときはパソコンクラブに所属しておりスポーツは苦手だった。橘中学校入学時に友人から誘いを受け、陸上部に所属する。高校2年生から三段跳に専念する。 リオデジャネイロオリンピックの代表選考会でもあった2016年4月に開催された織田幹雄記念国際陸上競技大会では自己ベストを更新する16メートル88センチ(日本歴代4位記録)を出し、オリンピック代表の座を獲得した。
佐藤 悠基(さとう ゆうき、1986年11月26日 - )は… 佐藤 悠基(さとう ゆうき、1986年11月26日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は中・長距離種目。静岡県駿東郡清水町出身。佐久長聖高等学校、東海大学卒業。SGホールディングス所属。2012年ロンドンオリンピック日本代表。身長178cm、体重59kg。 中学時代より出場した各種目の記録を塗り替え、箱根駅伝では3年連続区間新記録を樹立するなど活躍した。全国都道府県対抗男子駅伝では長野県代表選手として5度優勝を飾っている。2009年4月には10000m日本歴代3位となる27分38秒25、2010年7月には3000m日本歴代2位となる7分44秒63、2013年7月には5000m日本歴代3位となる13分13秒60を記録した。
塚原 直貴(つかはら なおき、1985年5月10日 - )は… 塚原 直貴(つかはら なおき、1985年5月10日 - )は日本の元陸上競技選手。専門は短距離。 長野県岡谷市出身。東海大学付属第三高等学校、東海大学を経て2008年富士通に入社。富士通陸上競技部所属。 2003年のインターハイでは100mと200mでの2冠を達成した。2006年の関東インカレでは髙平慎士と争い、100m・200m共に同タイム着差ありの2位となる。また、その年の日本選手権100mでは優勝し、2008年まで3連覇を達成した。2009年の日本選手権は準決勝での怪我のために決勝は棄権し、4連覇は逃した。 第15回アジア競技大会(カタール・ドーハ)では男子100mで銀メダル、男子4×100mリレーでも銀メダルを獲得した。
伊達 秀晃(だて ひであき、1985年4月11日 - )は陸… 伊達 秀晃(だて ひであき、1985年4月11日 - )は陸上競技選手(長距離種目)。山口県出身。防府市華陽中-大牟田高 - 東海大 - 中国電力(中国電力陸上競技部)。2015年引退。 同学年のライバル北村聡、松岡佑起、上野裕一郎とともに「学生四天王」と呼ばれていた。東海大学入学後はインカレや駅伝を中心に活躍を見せ、3年連続区間賞獲得(2度の区間新記録を含む)の活躍で2005年から2007年まで出雲駅伝3連覇や、第81回大会箱根駅伝の往路優勝に貢献した。大学の1年後輩に同じ長距離種目で活躍中の佐藤悠基がいる。
山口 有希(やまぐち ゆうき、1984年2月22日 - )は… 山口 有希(やまぐち ゆうき、1984年2月22日 - )は、日本の陸上競技選手で、400mの日本ジュニア記録保持者。京都府舞鶴市生まれ、身長174cm、体重63kg。 舞鶴市立明倫小学校、舞鶴市立城北中学校、洛南高等学校、東海大学を卒業。舞鶴市立明倫小学校の同級生には、のちに女子重量挙げで北京オリンピックに出場する齋藤里香がいた。東海大学在学中の2004年にはアテネオリンピックに出場し、マイルリレーで4位となった。バスケットボール選手の竹内譲次は高校・大学の1年後輩に当たる。2006年に大阪ガスに入社。2012年9月の全日本実業団陸上を最後に第一線からの引退を表明した。 2016年4月には地元舞鶴市にある京都府立東舞鶴高等学校の教諭となり、同校の陸上部顧問を務める。
上野 政英(うえの まさひで、1983年9月10日 - )は… 上野 政英(うえの まさひで、1983年9月10日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は短距離走。石川県出身。鶴来中学校、野々市明倫高校、東海大学卒業。2007年アジア選手権男子100mの銀メダリスト。 鶴来中学校時代は野球部に所属し1番センターで活躍。ピッチャーゴロ以外はほとんど内野安打にする俊足を買われ、陸上部に借り出される[要出典]。3年時には全日本中学校陸上競技選手権大会の100mに出場し4位入賞、その後ジュニアオリンピックの100mで自身初の10秒台となる10秒97で優勝した。野々市明倫高校1年時に国体の少年B100mで優勝、2年時に高校生ながら日本選手権の100mに出場し7位入賞、国体の少年A100mで優勝、3年時にインターハイの100mと国体の少年A100mを優勝して全国2冠と国体3連覇を達成するなど、高校時代に輝かしい実績を残した。
吉野 達郎(よしの たつろう、1982年9月11日 - )は… 吉野 達郎(よしの たつろう、1982年9月11日 - )は、日本の陸上競技選手。専門は短距離走。ヘルシンキ世界陸上選手権400メートルリレー走ファイナリスト。千葉県出身。東海大望洋高校、東海大学卒業。 コーナリングが得意であり、リレー要員として世界大会で活躍した[要出典]。 2003年、テグ・ユニバーシアードで4×100mRに出場。金メダル獲得の快挙を成し遂げた。2005年、ヘルシンキ世界選手権で4×100mリレーに出場。8位入賞を果たした。全日本実業団選手権では200mで初優勝を果たした。 大学卒業後、高野進がオーナーを務めるRa Sportでアルバイトをしていたが、2006年にミズノ株式会社に入社した。
生井 怜(なまい さとし、1981年8月14日 - )は、日… 生井 怜(なまい さとし、1981年8月14日 - )は、日本の陸上競技選手。 小さいころから、箱根駅伝への出場に憧れており、藤沢市立大庭中学校で陸上競技を始める。藤沢翔陵高校を経て東海大学に進学した。 東海大学時代の2003年に全日本大学駅伝対校選手権大会優勝(1区)と第15回出雲全日本大学選抜駅伝競走では4区6.5kmを18分29秒で走り区間賞を獲得した。2004年の第80回箱根駅伝準優勝(1区)に貢献し東海大学黄金期の主力として活躍をする。2004年に大学を卒業し、スズキ陸上競技部に所属した。 2005年7月9日に、静岡県小笠山総合運動公園スタジアムで行われた静岡県選手権の男子5000mでは14分28秒84で優勝した。
宮崎 久(みやざき ひさし、1981年3月19日 - )は、… 宮崎 久(みやざき ひさし、1981年3月19日 - )は、日本の陸上競技選手、ボブスレー選手。専門は200m。長崎県南串山町(現:雲仙市)出身。パリ世界陸上選手権男子陸上競技日本代表、ソチオリンピックボブスレー競技日本代表。 別名「短距離界のQちゃん」。南串山町立南串中学校から福岡県立八女工業高等学校に進学。高校2年のときに100mで10秒28という学年別歴代最高記録を打ち立てる。しかしながら、高校3年のインターハイ予選では、支部大会準決勝で太腿の肉離れを起こし、個人種目でのインターハイへの道は断たれたものの、チームメイトが4×100mリレーで予選を突破したおかげでリレーのみ出場する事ができた。
醍醐 直幸(だいご なおゆき、1981年1月18日 - )は… 醍醐 直幸(だいご なおゆき、1981年1月18日 - )は、日本の元陸上競技選手。男子走高跳元日本記録保持者(2m33)。身長182cm、体重67kg。東京都町田市出身。教諭。 町田市立真光寺中学校出身。東京都立野津田高等学校在学中に、フランスのアヌシーで開催された世界ジュニア陸上競技選手権大会で7位入賞という快挙を成し遂げ、将来を嘱望された。推薦入試に合格し、東海大学体育学部に進学。入学早々の1999年、日本インカレを制するなどの活躍を見せた。しかし、大学2年次にヒザを故障。満足な成績を残せず、就職活動に失敗。フリーターとなる。東京陸上競技協会所属で大会に出場し、2004年の埼玉国民体育大会で優勝。
末續 慎吾(すえつぐ しんご、1980年〈昭和55年〉6月2… 末續 慎吾(すえつぐ しんご、1980年〈昭和55年〉6月2日 - )は、日本の陸上選手。熊本県熊本市出身。北京オリンピック男子4×100mリレー銀メダリスト。 東海大学で高野進の指導を受ける。高野が日本人の体格に合わせて構築した走法を完成させ、世界陸上2003年パリ大会の200mで3位となった。日本人でこの種目のメダル獲得は初めて。また、2006年のアジア大会の200mで2連覇するなどし、全盛期にはパトリック・ジョンソンとともに、「現役世界最速の非ネグロイド」とも言われた。 400mは練習の一環として取り組むが、学生時代には関東学生陸上競技対校選手権大会の4×400mリレー決勝で、東海大学のアンカーとして走り、44秒7のラップタイムで走った。
藤本 俊之(ふじもと としゆき、1979年6月25日 - )… 藤本 俊之(ふじもと としゆき、1979年6月25日 - )は、日本の陸上競技選手。兵庫県出身。兵庫県立社高等学校、東海大学卒業。元富士通陸上競技部所属。元・400mリレー日本学生記録保持者(東海大学チーム)。世界陸上選手権エドモントン大会男子400mリレー日本代表。 高校時代からインターハイなどで活躍していたが、東海大進学後に高野進の指導を受け日本のトップ選手へと成長した。2001年、エドモントン世界陸上選手権に日本代表として出場。400mリレーでは3走を務め、決勝進出を果たしたが、隣のレーンの選手と接触して減速。メダル獲得を逃した。個人種目では200mに出場し準決勝で敗退した。 2002年、東海大を卒業し富士通に就職。
諏訪 利成(すわ としなり、1977年(昭和52年)1月29… 諏訪 利成(すわ としなり、1977年(昭和52年)1月29日 - )は、日本の陸上競技(長距離走・マラソン)元選手・現指導者である。群馬県佐波郡東村(現伊勢崎市)出身。身長178センチメートル、体重58キログラム。 主な実績に、2004年アテネオリンピック6位入賞、2007年世界陸上大阪大会7位入賞(共に男子マラソン)。 2004年限りで伊勢崎市に吸収された東村最初で最後の名誉村民である。
松田 和宏(まつだ かずひろ、1974年6月24日 - )は… 松田 和宏(まつだ かずひろ、1974年6月24日 - )は、日本の元陸上競技選手、指導者。専門は長距離走。山形県出身。東海大学山形高等学校、中央大学卒業。その後ダイエー、佐川急便を経て、2006年に競技生活引退後、2009年より学校法人石川高等学校教諭・陸上部顧問を務めている。 1993年中央大学に進学。1年次から主力を任され、第5回出雲駅伝5区では区間3位、第25回全日本大学駅伝でも、1区で区間5位と好走した。1994年の第70回箱根駅伝で1年生ながらも花の2区を任され、山梨学院大・ステファン・マヤカ、順天堂大・本川一美、早稲田大・花田勝彦に次ぐ区間4位となった。2年次、第6回出雲駅伝で2区を区間9位、第32回全日本大学駅伝では初のアンカーを任され区間3位であった。
中村 哲也(なかむら てつや、1973年1月7日 - )は、… 中村 哲也(なかむら てつや、1973年1月7日 - )は、日本の陸上競技選手・陸上競技指導者。1994年広島アジア競技大会において陸上競技4×100mRの第一走者として出場し金メダルを獲得。40年ぶりの金メダル獲得であった。1999年セビリア世界陸上競技選手権大会では、100m日本代表として選ばれる。自己記録は10”26。東海大学付属浦安高等学校を経て、東海大学文学部卒業。千葉県千葉市出身。
大石 博暁(おおいし ひろあき、1970年3月13日 - )… 大石 博暁(おおいし ひろあき、1970年3月13日 - )は、広島県出身の陸上競技(円盤投)・ボブスレー選手である。現在はスポーツトレーナーをしている。 広島県に生まれ、崇徳高等学校から東海大学体育学部体育学科へ進み卒業する。1996年の広島国体には陸上競技の円盤投げ選手として出場し優勝する。その後、陸上競技とボブスレーの2足のわらじを履きながら、1996年にボブスレー日本代表入りをする。1998年には長野オリンピックのボブスレー日本代表として出場。竹脇直巳と男子2人乗りで結果は17位であった。男子4人乗りは15位。次の2002年ソルトレークシティオリンピックではパイロットとして出場し、三浦伸二との男子2人乗りで結果は29位。
大崎 栄(おおさき さかえ、1964年8月18日 - )は、… 大崎 栄(おおさき さかえ、1964年8月18日 - )は、日本の元陸上競技選手、指導者。千葉県出身。 八千代松陰高等学校時代に頭角を現し、全国高校駅伝で2年連続区間賞を獲得した。チームも過去最高順位の2位に入賞するなど黄金期の中心人物だった[要出典]。しかし、東海大学進学後は4年連続箱根駅伝出場を果たしたもののタイトルに縁のないまま卒業する。 卒業後旭化成陸上部でマラソンを目指した大崎は、ここで大きなショックを受ける。高校時代の同期と同じ練習をしているのに全くついていけなかったのだ。そこで足元から見直しトラック競技から出直すことにする[独自研究?]。それが1992年のバルセロナオリンピック10000m代表に繋がった。
高野 進(たかの すすむ、1961年5月21日 - )は、日… 高野 進(たかの すすむ、1961年5月21日 - )は、日本の陸上競技選手、指導者。男子400mの元日本記録保持者である。静岡県富士宮市出身。富士市立吉原商業高等学校、東海大学体育学部卒業。東海大学大学院修了。東海大学体育学部競技スポーツ学科専任教授、東海大学陸上競技部監督。日本スプリント学会会長。日本陸上競技連盟理事。北京オリンピックおよびロンドンオリンピック陸上競技日本選手団監督。 富士宮市麓生まれ。高校から陸上競技に本格的に取り組む。当初は棒高跳を専門にしていたが高校1年時の練習中にひざを故障、足が速かったこともあって短距離に転向し、400mを中心としたスプリンターとなる。東海大学進学時は文学部に入学したが後に体育学部へ進み、学部卒業の後は大学院修了を経て母校の講師に就任した。
植田 恭史(うえた やすし、1955年11月13日 - )は… 植田 恭史(うえた やすし、1955年11月13日 - )は、日本の陸上競技選手である。 1984年ロサンゼルスオリンピックで男子三段跳に出場した。その後、東海大学のスポーツ科学の教授になった。現在は一般社団法人関東学生陸上競技連盟会長。東海大学政治経済学部経済学科卒業。