依田 照彦(よだ てるひこ、1946年 - )は、日本の工学… 依田 照彦(よだ てるひこ、1946年 - )は、日本の工学者。早稲田大学理工学部名誉教授。主な研究対象は構造物の機能と性能であり、錦帯橋研究者の一人である。
早稲田大学:1,054人
依田 照彦(よだ てるひこ、1946年 - )は、日本の工学… 依田 照彦(よだ てるひこ、1946年 - )は、日本の工学者。早稲田大学理工学部名誉教授。主な研究対象は構造物の機能と性能であり、錦帯橋研究者の一人である。
小林 忠雄(こばやし ただお、1945年10月30日- )は… 小林 忠雄(こばやし ただお、1945年10月30日- )は、日本の都市民俗学者。専門は、民俗芸術学・都市人類学。 石川県松任町(現・白山市)に生まれる。早稲田大学文学部美術史学科を卒業後、1971年同大学院文学研究科芸術学専攻に進み、1971年に特殊学生を修了する。 1973年に石川県立歴史博物館学芸員となり、のち資料課長を務める。 1989年に国立歴史民俗博物館民俗研究部助教授となり、1998年に東京家政学院大学人文学部工芸文化学科教授に就任した。2003年に北陸大学教育能力開発センター教授に移り、2005年同未来創造学部教授となる。2016年に定年退職した。 この間、1998年に「マチ場の民俗学的研究 旧城下町金沢を中心として」で筑波大学から博士(文学)の学位を取得した。
中尾 ハジメ(なかお はじめ、1945年10月13日 - )… 中尾 ハジメ(なかお はじめ、1945年10月13日 - )は、日本の社会心理学者、社会運動家、翻訳家、元京都精華大学学長。 本名、片桐充。思想の科学研究会会員。 兄は詩人・翻訳家の片桐ユズル。元妻は写真家・反核運動家のアイリーン・美緒子・スミス(ユージン・スミスの妻だった)。 東京都北多摩郡生まれ。早稲田大学第一文学部哲学科心理学専修卒業。 1972年に岡林信康、甲斐扶佐義らと京都で喫茶店「ほんやら洞」をオープンする。 1973年、甲斐扶佐義、寺田勇文とともに「南ベトナムの政治犯を釈放する運動・京都」を立ち上げる。 1974年から、中川五郎フォークリポートわいせつ裁判をサポート。 以上のような自称「ヒッピー生活」を経て、1975年京都精華大学講師。
福岡 政行(ふくおか まさゆき、1945年9月9日 - )は… 福岡 政行(ふくおか まさゆき、1945年9月9日 - )は、日本の政治学者、リポーター、コメンテーター。白鷗大学名誉教授、東北福祉大学特任教授。ボランティア活動ベース・「アシスト(ジャパン)の会」事務局長。専門は政治学(主に地方自治論、現代日本政治論、福祉国家論)。 東京都葛飾区出身。東京都立葛飾野高等学校、早稲田大学政治経済学部卒業。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程単位取得。駒澤大学法学部専任講師・助教授を経て、1992年より白鷗大学法学部教授、2002年より立命館大学客員教授、2003年より東北福祉大学客員教授。白鷗大学名誉教授、東北福祉大学特任教授。ほかに岐阜聖徳学園大学、ノースアジア大学他複数の客員教授を兼任[要出典]。
大高 保二郎(おおたか やすじろう、1945年8月24日 -… 大高 保二郎(おおたか やすじろう、1945年8月24日 - )は、日本の美術史学者、早稲田大学名誉教授。専攻はスペイン美術史。 香川県生まれ。早稲田大学大学院修士課程修了。1973~1976年、スペイン・マドリード大学へ留学。当時在住していた作家堀田善衞と深い交流が有った。跡見学園女子大学教授、上智大学教授、早稲田大学文学学術院教授を歴任。 師は神吉敬三で、師と同様にスペイン黄金世紀を軸とするスペイン美術の多くの訳書、美術書解説を行っている。2011年に翻訳の功績により会田由賞を受賞。2025年4月に瑞宝中綬章を受章。
川辺信雄(川邉信雄、かわべ のぶお、1945年7月24日- … 川辺信雄(川邉信雄、かわべ のぶお、1945年7月24日- )は、日本の経営学者、経営史家。早稲田大学名誉教授。 広島県生まれ。1969年早稲田大学第一商学部卒業、1976年同大学院商学研究科単位取得満期退学。フルブライト奨学生としてオハイオ州立大学大学院に学び、1980年Ph.D.。1994年「セブン-イレブンの経営史 組織能力の逆転に関する事例研究」で早大商学博士。1982年広島大学総合科学部専任講師、84年助教授、1990年早稲田大学商学部助教授、1992年教授、2011年名誉教授、文京学院大学・文京学院短期大学学長。2021年、瑞宝中綬章受章。
日高昭二(ひだか しょうじ、1945年5月15日 - )は、… 日高昭二(ひだか しょうじ、1945年5月15日 - )は、日本近代文学研究者、神奈川大学名誉教授。妻は歌人の日高堯子。
日下 力(くさか つとむ、1945年1月10日 - )は、日… 日下 力(くさか つとむ、1945年1月10日 - )は、日本の国文学者、早稲田大学名誉教授。専門は中世軍記物語。 新潟県佐渡生まれ。1968年早稲田大学第一文学部文学科国文学専修卒業、1971年同大学大学院文学研究科修士課程修了。1972年、岩手大学教育学部助手、1974年、同専任講師、1977年同助教授。1977年、日本古典文学会賞、第9回窪田空穂賞受賞。1979年、早稲田大学文学部助教授、1984年、同教授。1998年「平治物語の成立と展開」で早稲田大学文学博士。2013年選択定年により早稲田大学を退職。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
鈴木 勝(すずき まさる、1945年 - )は、日本の観光学… 鈴木 勝(すずき まさる、1945年 - )は、日本の観光学者、大阪観光大学名誉教授。元・桜美林大学ビジネスマネジメント学群教授、専門は観光マーケティング論、国際観光振興論。 千葉県安房郡富山町(現・南房総市)出身。1967年、早稲田大学商学部を卒業し、日本交通公社(後のジェイティービー)に入社。1981年からオーストラリア・シドニー駐在を5年、1989年から中国・北京駐在を4年経験する。JTB ワールド取締役アジア部長などを経て、2000年3月にJTBを退社、4月から大阪観光大学観光学部助教授に転じた。2002年に教授となった後、2008年4月に桜美林大学ビジネスマネジメント学群教授に転じ、2015年3月に定年退職。
須田 勉(すだ つとむ、1945年(昭和20年) - )は、… 須田 勉(すだ つとむ、1945年(昭和20年) - )は、日本の考古学者、元国士舘大学教授。 埼玉県生まれ。1969年早稲田大学教育学部卒業。文化庁記念物課文化財調査官を経て、1992年国士舘大学文学部専任講師、96年助教授、2000年教授。2012年「長屋王政権と地方政策に関する考古学的研究」で早大博士(文学)。2016年定年退任。
藤江 正克(ふじえ まさかつ、1945年 - )は、日本のロ… 藤江 正克(ふじえ まさかつ、1945年 - )は、日本のロボット工学者。早稲田大学名誉教授。 長く日立製作所でロボット開発に従事し、4足歩行ロボットの歩行機構の新たな方式を発明した。その後は、高齢者向け歩行支援ロボットや脳外科手術支援ロボットなど、医療・福祉分野におけるロボットの開発に取り組んでいる。グローバルCOEプログラム「グローバルロボットアカデミア」拠点リーダー、早稲田大学次世代ロボット研究機構機構長などを歴任。
田村 正勝(たむら まさかつ、1945年 - 2025年12… 田村 正勝(たむら まさかつ、1945年 - 2025年12月20日)は、日本の経済学者、早稲田大学名誉教授、一般社団法人 社会科学総合研究機構(RISS)名誉会長。難波田春夫の弟子。長野県松本市出身。 長野県松本深志高等学校卒業。1968年、早稲田大学第一政治経済学部卒業。1974年、早稲田大学大学院経済学研究科博士課程修了。1982年、早稲田大学教授。2015年、早稲田大学名誉教授。2020年、一般社団法人社会科学総合研究機構(RISS)名誉会長。2023年、瑞宝中綬章受章。 社会科学も自然科学と同様に、専門分化しながら発展してきた。これは厳密な科学であるためには、一面では不可欠な方向である。
北川 正恭(きたがわ まさやす、1944年〈昭和19年〉11… 北川 正恭(きたがわ まさやす、1944年〈昭和19年〉11月11日 - )は、日本の政治家、政治学者。 三重県知事(第4代、2期)、衆議院議員(4期)、三重県議会議員(3期)を歴任。早稲田大学大学院公共経営研究科名誉教授、および早稲田大学マニフェスト研究所(プロジェクト研究所)顧問・前所長。富士通株式会社社外取締役。四日市大学客員教授。 1944年(昭和19年)11月11日、三重県鈴鹿市に生まれた。三重県立神戸高等学校、早稲田大学商学部卒業。学位は商学士(早稲田大学)。大日本印刷に勤務した。 1972年(昭和47年)、補選で三重県議会議員に初当選し、連続3期務めた。 1983年(昭和58年)の第37回衆議院議員総選挙で自由民主党から出馬し、初当選した。
堀忠雄(ほり ただお、1944年10月26日ー2021年6月… 堀忠雄(ほり ただお、1944年10月26日ー2021年6月29日)は、日本の心理学者。 北海道生まれ、東京都出身。1968年早稲田大学文学部心理学専修卒。1985年「覚醒、睡眠移行期における脳波の空間、時間変動」で金沢大学・医学博士。1972年福井大学保健管理センター講師、1975年同教育学部助教授、1982年広島大学総合科学部助教授、90年教授。2008年定年退任、名誉教授となる。2011年まで睡眠研究所所長。
岡村 遼司(おかむら りょうじ、1944年9月21日- )は… 岡村 遼司(おかむら りょうじ、1944年9月21日- )は、日本の教育学者、人権問題研究家。 早稲田大学教育学部卒、同専任講師、助教授、教授、教育総合学術院教授、2014年退職。教育問題を文化史・文化論の視点から考察することに関心をもつ。
戒能 民江(かいのう たみえ、1944年9月13日 - )は… 戒能 民江(かいのう たみえ、1944年9月13日 - )は、日本の法学者。専門は、家族法・法女性学。お茶の水女子大学名誉教授。元民主主義科学者協会法律部会理事。2002年度第22回山川菊栄賞、2006年平塚らいてう賞、2023年度朝日賞受賞。 1944年満州国生まれ。1967年、早稲田大学第一法学部卒業。1969年、早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了。1973年、早稲田大学大学院法学研究科博士課程民事法学専攻単位取得満期退学。 1991年、東邦学園短期大学助教授、1996年同教授。1999年、お茶の水女子大学生活科学部人間生活学科生活社会科学講座教授。2004年、お茶の水女子大学生活科学部長。
橋詰 静子(はしづめ しずこ、1944年9月 - 2024年… 橋詰 静子(はしづめ しずこ、1944年9月 - 2024年12月6日)は、日本近代文学研究者、目白大学社会学部社会情報学科名誉教授。 静岡県生まれ。早稲田大学卒、同大学院修士課程修了、日本女子大学大学院博士後期課程中退。早大非常勤講師、目白大学社会学部社会情報学科教授を歴任。 主として北村透谷を研究しているが、1976年、勝本清一郎編『透谷全集』に疑義を呈した論文が三好行雄の批判を受け、三好と谷沢永一の論争の発端となった。
岡沢 憲芙(おかざわ のりお、1944年7月12日 - 20… 岡沢 憲芙(おかざわ のりお、1944年7月12日 - 2024年11月9日)は、日本の政治学者。早稲田大学名誉教授。早稲田大学「日欧研究機構」機構長、早稲田大学社会科学部・社会科学総合学術院教授、北ヨーロッパ学会会長を歴任。 専攻は、比較政治学、リーダーシップ論。北ヨーロッパ地域研究。特に、「少子高齢社会への適応」研究に早くから取り組み、スウェーデンやノルウェー、フィンランド、デンマークといった北欧諸国の政治・社会制度研究の第一人者として知られる。 上海生まれ。1963年大阪府立北野高等学校卒業、1967年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、1972年大学院政治学研究科博士課程単位取得退学。同年早稲田大学社会科学部助手。
嶋村 紘輝(しまむら ひろき、1944年6月23日 - )は… 嶋村 紘輝(しまむら ひろき、1944年6月23日 - )は、日本の経済学者、早稲田大学名誉教授。 埼玉県深谷市生まれ。埼玉県立熊谷高等学校卒、1967年早稲田大学商学部卒、1972年同大学院博士課程満期退学。1997年「マクロ経済学研究 景気循環とマクロ経済政策の理論的分析」で商学博士の学位を取得。早大商学部助教授、教授、2015年定年、名誉教授。
佐藤 靖彦(さとう やすひこ、1944年4月4日 - )は、… 佐藤 靖彦(さとう やすひこ、1944年4月4日 - )は、ロシア文学者、歌人、東海大学名誉教授。 東京都生まれ。早稲田大学文学部露文科卒、同大学院博士課程単位取得満期退学。東海大学外国語教育センター助教授、教授、2000年定年、名誉教授。ロシア語、ロシア英雄叙事詩専攻。「新日本歌人」所属の歌人。
石橋 春男(いしばし はるお、1944年3月30日 - )は… 石橋 春男(いしばし はるお、1944年3月30日 - )は、日本の経済学者、大東文化大学名誉教授。 埼玉県生まれ。1966年早稲田大学政治経済学部卒、72年早稲田大学大学院商学研究科博士課程、中央学院大学講師、大東文化大学経済学部助教授、教授、名誉教授、日本大学商学部教授。松蔭大学教授を務めた。
関 曠野(せき ひろの、1944年3月14日– )は、日本の… 関 曠野(せき ひろの、1944年3月14日– )は、日本の思想史家、評論家。愛知県豊橋市在住。父は児童文学作家の関英雄。 東京都出身。早稲田大学第一文学部仏文科卒業後、共同通信社入社。国際局海外部をへて1980年に同社を退職し、在野の思想史家(自称の肩書きは「文明史家」)、評論家として活動を開始する。英語、ドイツ語、フランス語に堪能で、海外の論文はほとんど原語で読んでいる。その冠絶した知性と変人ぶりから「左翼界の小室直樹」と称せらる。 1982年に処女評論『プラトンと資本主義』(北斗出版)を上梓。以来、資本主義批判、西欧近代文明批判を軸として、政治思想史、教育論、科学・技術論等、様々なテーマで論考を発表。
曽根 威彦(そね たけひこ、1944年3月6日 - )は、日… 曽根 威彦(そね たけひこ、1944年3月6日 - )は、日本の法学者。専門は刑法。学位は、法学博士(早稲田大学・1981年)(学位論文『刑法における正当化の理論』)。早稲田大学名誉教授。横浜市出身。 責任論では法的責任論を採用する。刑事責任と犯罪予防を対立的に捉える。 未遂犯論では客観説を採用する。未遂犯においても故意を違法要素としない。 共犯論では共同意思主体説をとるが、共謀共同正犯を否定し、師説を離れた。共犯の処罰根拠論では修正惹起説を支持する。
五十嵐 敬喜(いがらし たかよし、1944年1月28日 - … 五十嵐 敬喜(いがらし たかよし、1944年1月28日 - )は、日本の弁護士、都市政策学者、立法学者。法政大学法学部政治学科名誉教授(都市政策)。菅直人再改造内閣で内閣官房参与を務めた。 山形県河北町出身、早稲田大学法学部卒業。大学在学中の21歳時に司法試験に合格、司法修習(20期)を経て、弁護士となった。不当な建築や都市計画による被害者の弁護活動に携わるとともに、従来の公共事業を批判、「美の条例」(神奈川県真鶴町)の制定を支援するなど、美しい都市創りを訴えている。また、日本において「日照権」という権利を生み出したことで知られている。 1981年(昭和56年)には、早川書房が徳間書店および作家の堀晃を訴えた『太陽風交点事件』で早川書房側の弁護士を務め、敗訴した。
千代田 邦夫(ちよだ くにお、1944年1月2日 - )は、… 千代田 邦夫(ちよだ くにお、1944年1月2日 - )は、日本の会計学者、立命館大学名誉教授、早稲田大学特任教授。 公認会計士で、2013年公認会計士・監査審査会会長。 埼玉県生まれ。埼玉県立熊谷高等学校をへて、1966年早稲田大学第一商学部卒業。1968年同大学大学院商学研究科修士課程修了。 鹿児島経済大学講師・助教授、1976年立命館大学経営学部助教授、1984年立命館大学教授。 1986年「アメリカ監査制度発達史」で立命館大学経営学博士。1999年経営学部長、のち名誉教授。 2009年熊本学園大学会計専門職研究科教授、2012年早稲田大学大学院会計研究科教授。2015年特任教授。 1995年『アメリカ監査論』で日経・経済図書文化賞受賞。
清水 啓助(しみず けいすけ、1944年1月 -)は、日本の… 清水 啓助(しみず けいすけ、1944年1月 -)は、日本の特許庁官僚、学者。特許技監、慶應義塾大学商学部教授・知的資産センター所長、社団法人日本国際知的財産保護協会理事長等の要職を歴任した。専門領域は、知的財産・産学連携・技術移転。産学官連携功労者表彰文部科学大臣賞受賞(2003年)。 東京都出身。特許庁において、技術官僚の最高ポストである特許技監を務めた後、慶應義塾大学に転身。慶應義塾における産学連携を推進すべく、技術移転機関 (TLO - Technology Lisencing Office) である知的資産センター (現研究連携推進本部) を設立。大学における知的資産戦略・産学連携の実践・研究の第一人者として知られる。
岩田 孝(いわた たかし、Iwata Takashi, 19… 岩田 孝(いわた たかし、Iwata Takashi, 1944年 - )は、日本のインド哲学・仏教学者。早稲田大学名誉教授。早稲田大学仏教青年会第9代会長。 1944年東京生まれ。早稲田大学高等学院出身。早稲田大学理工学部・研究科(物理学)で理学修士号を取得後、同大学文学部東洋哲学科に入学。文学研究科(東洋哲学)に進学後、原始仏教・大乗仏教研究の碩学平川彰教授の指導を受ける。博士課程の後半に平川教授の紹介により、ドイツへ留学。そこでディーター・シュリングロフ教授(de:Dieter Schlingloff)の紹介を受け、当時新進気鋭の仏教研究者であったハンブルク大学のランベルト・シュミットハウゼン教授に師事し、後期大乗仏教の認識論を研究、哲学博士号(インド哲学・仏教学)を取得する。
田口 守一(たぐち もりかず、1944年 - )は、日本の法… 田口 守一(たぐち もりかず、1944年 - )は、日本の法学者。専門は刑事訴訟法。学位は、法学博士(早稲田大学・論文博士・1981年)(学位論文「刑事裁判の拘束力」)。名誉法学博士(アウグスブルク大学)。元司法試験第二次試験考査委員(2001年まで)。早稲田大学名誉教授。信州大学大学院法曹法務研究科元教授。岐阜県生まれ。
岡本 富郎(おかもと とみお、1944年 - )は、日本の保… 岡本 富郎(おかもと とみお、1944年 - )は、日本の保育学者、明星大学名誉教授。専門は幼児教育学、教育学。 東京都生まれ。1968年早稲田大学教育学部教育学科卒業。1977年同大学院博士課程満期退学。1973年白梅学園短期大学助手、講師、助教授、教授、2003年明星大学人文学部教授、2010年教育学部教授、2015年名誉教授。
佐久間 勝彦(さくま かつひこ、1944年 - )は、日本の… 佐久間 勝彦(さくま かつひこ、1944年 - )は、日本の教育学者である。現在は、学校法人千葉経済学園の理事長であり、同学園に設置されている大学、短期大学部及び高等学校における学長及び校長を兼任している。専門は社会科教育。 千葉県出身。早稲田大学卒、同大学大学院修士課程(教育学専攻)修了。2018年春の叙勲で旭日中綬章を受章。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
田山 輝明(たやま てるあき、1944年 - )は、日本の法… 田山 輝明(たやま てるあき、1944年 - )は、日本の法学者。専門は、民法・土地法。学位は、法学博士(早稲田大学・論文博士・1990年)。早稲田大学名誉教授。一般社団法人比較後見法制研究所理事長。元早稲田大学副総長。元青年法律家協会議長(1979年 - 1981年)。模範六法編集委員。群馬県生まれ。指導教授は高島平蔵。門下生に田處博之、志村武、黒田美亜紀、大場浩之、藤巻梓、青木仁美らがいる。 1964年に、弱冠20歳で司法試験に最年少合格を果たした。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。
安間 繁樹(やすま しげき、1944年 -)は、日本の動物生… 安間 繁樹(やすま しげき、1944年 -)は、日本の動物生態学者。農学博士。世界自然保護連合種保存委員会(IUCN・SSC)ネコ専門家グループ委員。熱帯野鼠対策委員会常任委員。公益法人平岡環境科学研究所監事。日本山岳会会員。 中国・内モンゴル自治区で生まれる。清水東高校を卒業後、早稲田大学法学部に進学。その後、早稲田大学教育学部理学科生物専修課程を卒業。東京大学大学院農学系研究科に進み、哺乳動物生態学を専攻する。若いころから琉球列島に興味を持ち、大学院在籍時よりイリオモテヤマネコの研究調査をはじめ、西表島に移住。イリオモテヤマネコの直接観察という手法にこだわり、世界ではじめてイリオモテヤマネコの動画撮影に成功するなど数々の成果を挙げる。
松本 耿郎(まつもと あきろう、1944年 - 2026年1… 松本 耿郎(まつもと あきろう、1944年 - 2026年1月7日)は、日本のイスラーム学者。 早稲田大学第一文学部卒、同大学院文学研究課博士課程満期退学。1972年マシュハド・フェルドゥスィー大学(英語版)神学部客員研究員、その後は1981年同大学教授、准教授を歴任する。1991年に国際大学中東研究所所長に就任、その後は英国ダーラム大学と米国ヴァージニア大学で客員教授として教鞭を執る。1995年から 英知大学(聖トマス大学)教授、図書館長を歴任した。
小坂 国継(こさか くにつぐ、1943年(昭和18年)12月… 小坂 国継(こさか くにつぐ、1943年(昭和18年)12月22日‐ )は、日本の哲学研究者、日本大学名誉教授。日本宗教学会理事、比較思想学会理事。専攻は宗教哲学、現代日本思想、比較思想。特に西田幾多郎研究。 1943年、中国河北省張家口で生まれた。早稲田大学文学部哲学科で学び、1966年に卒業。同大学大学院文学研究科に進み、1971年に博士課程を満期退学。 1979年、日本大学国際関係学部専任講師に就いた。1981年より助教授。1983年、同大学経済学部助教授に転じた。1986年に教授昇格。1997年に学位論文『西田哲学の研究』を早稲田大学に提出して文学博士の学位を取得。1999年より日本大学大学院総合社会情報研究科教授。
夫馬 基彦(ふま もとひこ、1943年12月2日 - )は、… 夫馬 基彦(ふま もとひこ、1943年12月2日 - )は、日本の小説家、連句人(俳号南斎)、元日本大学教授。妻はノンフィクション作家の田村志津枝。
山本 武彦(やまもと たけひこ、1943年11月18日 - … 山本 武彦(やまもと たけひこ、1943年11月18日 - )は、日本の国際政治学者。専門は、国際政治経済学・安全保障論。学位は、博士(政治学)(2012年)。早稲田大学名誉教授。 大阪府立春日丘高等学校卒業(1962年)後、[要出典]早稲田大学第一政治経済学部卒業(1966年)。同大学大学院政治学研究科修了(1968年)。国立国会図書館調査立法考査局調査員・主査を経て、静岡県立大学国際関係学部教授(1988-1991年)、早稲田大学政治経済学術院教授(1991-2014年)を経て2014年から早稲田大学名誉教授。2012年3月5日、博士(政治学)の学位を取得。早稲田大学大学院政治学研究科委員長(2000-2002年)、早稲田大学評議員(2000-2002年)、早稲田大学総合政策科学研究所長(2004-2011年)、日本国際政治学会理事、日本公共政策学会理事、日本安全保障貿易学会会長・特別顧問、日本軍縮学会監事、グローバル・ガバナンス学会会長を歴任。
中野 実(なかの みのる、1943年11月8日 - 2001… 中野 実(なかの みのる、1943年11月8日 - 2001年7月4日)は、日本の政治学者。専門は、政治過程論、日本政治論。 2001年、三重県上野市で生まれた。早稲田大学政治経済学部で学び、卒業。早稲田大学大学院政治学研究科に進み、博士課程を終了。 修了後は、東京大学法学部助手に採用された。1987年、学位論文『現代国家と集団の理論:政治的プルラリズムの諸相』を早稲田大学に提出して政治学博士号を取得。その後、茨城大学人文学部教授に就いた。明治学院大学法学部教授に転じ、2001年在職中に死去。
濱田 政則(はまだ まさのり、1943年(昭和18年)10月… 濱田 政則(はまだ まさのり、1943年(昭和18年)10月13日 - )は、日本の土木工学者。専門は地震防災工学、地盤工学。早稲田大学名誉教授。兄弟にAIRDO創業者の浜田輝男や北海道大学教授の浜田康行がいる。 神奈川県出身。栄光学園高等学校、早稲田大学理工学部を経て、1968年に東京大学大学院工学研究科修士課程を修了する。同年に大成建設に入社したのち、1983年に東海大学海洋学部海洋土木工学科助教授に転じ、1986年から同教授、1994年から早稲田大学理工学部土木工学科教授、1996年から地域安全学会会長、2005年から日本学術会議会員。退職後早稲田大学名誉教授。ほか、中国西南交通大学名誉教授、アジア防災センターセンター長、土木学会会長、理事、副会長、創立90周年記念事業実行委員会委員長、巨大地震災害への対応特別委員会委員長などを務めた。
竹花 光範(たけはな みつのり、1943年10月4日 - 2… 竹花 光範(たけはな みつのり、1943年10月4日 - 2008年2月12日)は、日本の法学者。駒澤大学法学部教授。専門は憲法。長野県佐久市出身。 早稲田大学政治経済学部卒業後、同大学院政治学研究科修了。大西邦敏に師事する。 駒澤大学副学長を歴任(2002年4月-2006年3月)。第9代憲法学会理事長。 同僚の西修と並び、改憲派の急先鋒として知られた。 2月12日午前9時45分、急性呼吸不全のため東京都内の自宅で死去。64歳。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
後藤 正人 (ごとう まさと、1943年9月7日 - )は、… 後藤 正人 (ごとう まさと、1943年9月7日 - )は、日本の法制史学者。和歌山大学名誉教授。研究領域は日本法史学、憲法社会史、社会文学、社会科教育学。青森県青森市出身。 後藤は、現代日本の法学研究を行う視点を民主主義に置いている。その上で民主主義とは「自由・平等・友愛に関する運動・思想・制度の全体」であると考える。すなわち、自由・平等・友愛の概念がそれらに係わる運動・思想・制度の三つの次元を通して具体的に検証される必要があるとするのが法制史学者として彼の学問研究に対する基本的スタンスとなっている 。 具体的な研究領域の特徴については、先ず法制史関係として、近世法の土地法史や身分制史を中心に扱って来たが、中世及び近代との係わりも重視する中で先駆的な役割を果してきた。
加藤 智見(かとう ちけん、1943年8月15日 - 201… 加藤 智見(かとう ちけん、1943年8月15日 - 2017年8月30日)は、日本の宗教学者、浄土真宗大谷派光専寺住職、東京工芸大学名誉教授。 1943年、愛知県中島郡朝日村(現・一宮市)の浄土真宗大谷派光専寺に生まれる。1966年、早稲田大学文学部哲学科卒業。1973年、同大学院博士課程中退。 東京工芸大学助教授、教授。2009年に退任し名誉教授。 2017年8月30日、膵臓癌のため死去。享年74歳。
岩本 憲児(いわもと けんじ、1943年7月25日- )は、… 岩本 憲児(いわもと けんじ、1943年7月25日- )は、日本の映画史研究者、早稲田大学名誉教授。専攻は映画史、映像論。 熊本県八代市生まれ。飯島正に師事。1971年早稲田大学大学院博士課程満期退学、文学部助手、1977年専任講師、1980年助教授、1985年教授、2002-2006年に日本映像学会会長、2006年退職、2008年日本大学芸術学部教授。2014年退職。
土田 武史(つちだ たけし、1943年4月3日 - )は、日… 土田 武史(つちだ たけし、1943年4月3日 - )は、日本の商学者。学位は、商学博士。早稲田大学商学部教授。秋田県横手市出身。
後藤 乾一(ごとう けんいち、1943年3月30日 - )は… 後藤 乾一(ごとう けんいち、1943年3月30日 - )は、日本の政治学者・歴史学者、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授を経て、同大学名誉教授。専門は日本・東南アジア関係史、東南アジア近現代史。特に日本・インドネシア関係に関する研究で知られる。公益財団法人国際文化会館理事。 東京都出身。1986年に『昭和期日本とインドネシア』でアジア経済研究所主催の発展途上国研究奨励賞、1996年に『近代日本と東南アジア』で毎日新聞社主催のアジア太平洋賞特別賞と総合研究開発機構主催のNIRA政策研究・東畑記念賞を受賞。 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科の創設に関わる。初代研究科委員長。 (詳しくはブキティンギ#最近の日本との関係を参照のこと) 1986年の北海道新聞に、第2次世界大戦中にオランダ軍を破って軍政を敷いた日本陸軍が第25軍の司令部を置き、戦後はインドネシアがオランダからの独立を果たすまで臨時政府を置いたスマトラ島のブキティンギに、日本軍がジャワ島等の人間を労務者として連行してきて作ったとみられる地下壕が、長らく人知れず存在していた、その突き当りに、断崖の外に通じる急角度の穴があり、これは、日本軍が要塞を作り、その際にインドネシア人労務者が衰弱して死んだ場合に外に放り出して捨てた穴である、という「ブキチンギの穴(日本の穴)」を現地で聞いた話を元に寄稿した。
田中 宏巳(たなか ひろみ、1943年(昭和18年)3月24… 田中 宏巳(たなか ひろみ、1943年(昭和18年)3月24日- )は、日本の日本近代史学者。専門は近代日本軍事史。防衛大学校名誉教授。 長野県松本市出身。1968年早稲田大学文学部史学科卒。1974年同大学院博士課程満期退学。 明治大学・東海大学講師を経て、1977年防衛大学校専任講師。1993年教授、2008年定年退職、2011年名誉教授。2012年帝京大学文学部教授。
大礒 正美(おおいそ まさよし、1943年3月 - )は、日… 大礒 正美(おおいそ まさよし、1943年3月 - )は、日本の国際政治学者、元・静岡県立大学教授。 東京府本郷生まれ。1966年に早稲田大学商学部を卒業、1968年に同大学院修士課程を修了した後、フルブライト留学生としてジョージタウン大学に留学し、1972年まで大学院博士課程に学ぶ。 1972年に野村総合研究所に入社し、以降は主任研究員、国際情報室長などを歴任し1978年にはシンクタンクの立場から野村総研が提唱した「総合安全保障戦略」に深く関わった。 1991年に静岡県立大学国際関係学部教授に転じ、国際政治学、現代アメリカ論などを講じ、またテレビ出演などを数多く行った。大礒も、同大学では知名度の高い有名教授のひとりとされていた。
藤澤 房俊(ふじさわ ふさとし、1943年2月16日 - 2… 藤澤 房俊(ふじさわ ふさとし、1943年2月16日 - 2024年)は、日本の西洋史学者。イタリア近現代史。東京経済大学名誉教授。 東京府(現・東京都)生まれ。早稲田大学第二文学部史学科卒業、同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。1970年-1971年 ローマ大学に留学。1973年-1975年 イタリア歴史学研究所に留学。共立女子大学助教授、1992年東京経済大学教授。2013年定年、名誉教授。2001年「『第三のローマ』 : 近現代イタリアの『記憶の場』」で早大文学博士。
大塚 宗春(おおつか むねはる、1943年(昭和18年)2月… 大塚 宗春(おおつか むねはる、1943年(昭和18年)2月9日 - )は、日本の会計学者、早稲田大学名誉教授、元会計検査院長。 東京府小石川生まれ。1965年に早稲田大学第一商学部を卒業し、早大大学院商学研究科修士課程、博士課程で学んだ後、助手、専任講師(1973年)、助教授(1975年)を経て1980年より早稲田大学商学部教授。その後、商学部長(1998~2000年)などを歴任。学部時代は新井清光、大学院では青木茂男といった会計学の大家に師事しており、「師に恵まれた」と本人の退官の記念講演で述べている。 1995年から1997年には公認会計士試験第2次試験委員を務める。1999年~2002年に放送大学客員教授と国民生活金融公庫総合研究所長を兼職。
吉村 作治(よしむら さくじ、1943年〈昭和18年〉2月1… 吉村 作治(よしむら さくじ、1943年〈昭和18年〉2月1日 - )は、日本の考古学者(博士(工学)、乙種、早稲田大学、1999年)、東日本国際大学総長、早稲田大学名誉教授、サイバー大学客員教授。タレント。 日本のエジプト考古学の第一人者で、衛星写真分析などハイテクを導入した調査方法で遺跡を発掘する手法が評価される。 中野区立丸山小学校、東京学芸大学附属大泉中学校、東京学芸大学附属高等学校を経て、1969年に早稲田大学第一文学部を卒業。元アラブゲリラ隊員を自称している。1999年に早稲田大学より博士(工学) の学位を取得。以前にディプロマミルとされるパシフィック・ウエスタン大学より考古学博士号を購入していた。
高村 忠成 Tadashige Takamura (194… 高村 忠成 Tadashige Takamura (1943年1月19日 - )は、日本の政治学者。 近代フランス政治史、国際政治史専攻。とくに、19世紀のフランス政治史を中心に、第二帝政、ボナパルティズム、国際関係史研究、平和問題に取り組んでいる。 東京都中央区日本橋生まれ。 1971年早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。同年創価大学開学と同時に法学部助手。 1984年同大学法学部教授。1990年同大学平和問題研究所所長就任。