福本 伸一(ふくもと しんいち、1961年〈昭和36年〉10… 福本 伸一(ふくもと しんいち、1961年〈昭和36年〉10月13日 - )は、日本の俳優、声優。ミーアンドハーコーポレーション所属。大阪府出身。早稲田大学教育学部卒業。 早稲田大学在学中は演劇サークルの1つ「てあとろ50'」に参加。大学卒業後、劇団「サラリーマン新劇喇叭屋」(現在の「劇団ラッパ屋」)の旗揚げに参加。その後、舞台、テレビドラマ、アニメーションなど幅広く活躍。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
藤田 三三三(ふじた ささみ、1961年10月10日 - )… 藤田 三三三(ふじた ささみ、1961年10月10日 - )は、埼玉県出身の俳優。 早稲田大学演劇学科卒業。有限会社プロダクション・タンク所属。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
岩谷 真哉(いわや しんや、1961年〈昭和36年〉10月5… 岩谷 真哉(いわや しんや、1961年〈昭和36年〉10月5日 - 1984年〈昭和59年〉5月8日)は、日本の俳優。岐阜県各務原市出身。 高校時代、演劇部に入部。2年生の頃、コンクールで中部大会に進出した際に会場で見たつかこうへいの『熱海殺人事件』のコピー作品の芝居に衝撃を受ける。その衝撃から受けた思いを胸に抱いて翌年に作った舞台が好評だったことから、演劇専攻のある早稲田大学に進学。 在学中の1981年、共に早稲田大学演劇研究会に所属していた鴻上尚史、大高洋夫、名越寿昭らと劇団第三舞台を旗揚げした。旗揚げ公演は『朝日のような夕日をつれて』である。 『朝日のような夕日をつれて’83』では、岩谷のブロマイドが完売となるほどの人気ぶりで、学生演劇とは思えないほど熱狂的なファンがいた、と鴻上も述懐している。
いとう せいこう(本名:伊藤 正幸(読み同じ)、1961年〈… いとう せいこう(本名:伊藤 正幸(読み同じ)、1961年〈昭和36年〉3月19日 - )は、日本のラッパー、タレント、小説家、作詞家、俳優。2008年3月よりキューブに所属。 東京都葛飾区鎌倉町出身。父の伊藤郁男は元参議院議員で民社党政審副会長を務めた。東邦大学付属東邦中学校・高等学校を経て、早稲田大学法学部へ進学。大学在学中からピン芸人として活動を始める。学生時代より舞台活動としてドラマンスに参加。 ニッポン放送からパーソナリティとしてのオファーがあったが、逆に裏方でラジオの仕組みを勉強したいと頼み、タモリの「オールナイトニッポン」のADを担当した。その傍ら、高原兄がパーソナリティだった時代の「ヤングパラダイス」では「穴ほりマン」として中継レポーターを務めた。
ヨシダ 朝(よしだ あさひ、1961年2月11日 - )は、… ヨシダ 朝(よしだ あさひ、1961年2月11日 - )は、日本の俳優。京都府船井郡出身。早稲田大学第一文学部哲学科卒業。クリオネ所属。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
上杉 陽一(うえすぎ よういち、1960年12月21日 - … 上杉 陽一(うえすぎ よういち、1960年12月21日 - )は、日本の俳優、声優。神奈川県出身。身長167cm、体重70kg。円企画所属。 早稲田大学商学部卒業。 声域はハイバリトン。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、声優(ナレーターを含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJ:芸能人)。
川野 太郎(かわの たろう、1960年4月11日 - )は、… 川野 太郎(かわの たろう、1960年4月11日 - )は、日本の俳優。山口県吉敷郡小郡町(現:山口市小郡)出身。身長178cm。血液型はB型。早稲田大学教育学部体育学専修卒業。所属事務所はグリーンメディア。 山口県鴻城高等学校を卒業し、浪人(天王寺予備校)を経て早稲田大学へ入学。 1985年、NHK連続テレビ小説『澪つくし』で俳優デビュー。ヒロイン・沢口靖子の相手役・吉武惣吉役に抜擢され、一躍ブレイク。本作は最高視聴率55.3%を記録し、沢口を相手に、役の上で初のキスシーンも演じた。 以後端正なルックスで人気を集め、1986年のドラマ『武蔵坊弁慶』(NHK)、1990年のドラマ『代表取締役刑事』(テレビ朝日系)、1999年からは『キッズ・ウォー』(TBS系)にて父親役を好演するなど活躍。
大高 洋夫(おおたか ひろお、1959年6月27日 - )は… 大高 洋夫(おおたか ひろお、1959年6月27日 - )は、日本の俳優。新潟県長岡市出身。鴻上尚史主宰の「第三舞台」の旗揚げメンバー。イイジマルーム所属。早稲田大学社会科学部を卒業。
宇納 佑(うのう たすく、1959年4月23日 - )は、岐… 宇納 佑(うのう たすく、1959年4月23日 - )は、岐阜生まれの日本の俳優。早稲田大学在学中より演劇活動を始める。卒業後、京華中学高等学校で国語科教員として教壇に立つ。1989年より劇団ラッパ屋所属。別名は宇納侑玖。 映画・TVドラマ・声優・CMなどに脇役ながら多数出演。 ラッパ屋主催の舞台劇『裸でスキップ』などスカイパーフェクTV!で放映された(2004年)。
中谷 彰宏(なかたに あきひろ、1959年4月14日 - )… 中谷 彰宏(なかたに あきひろ、1959年4月14日 - )は、日本の著作家、俳優、講演活動家。大阪府堺市出身。 実家はスナックで父親はそこのマスター。中学時代から朝日放送やラジオ大阪に学生DJとして出演。大阪府立三国丘高等学校では空手部、弁論部、落語研究会、短歌部に所属した。在学中に朝日歌壇に入選している。1980年、2浪して早稲田大学第一文学部演劇学科に入学する(同期にエッセイストの原田宗典がいる)。大学在学中は映画史を専攻。毎月100本のノルマを課し、4年で4000本の映画を観る。1983年、『目覚まし時計の夢』(『早稲田文学』84号、p.20-33、中谷秋平名義)を発表し、23歳で作家デビューする。
丹下 一(たんげ まこと、1959年 - )は日本の俳優・演… 丹下 一(たんげ まこと、1959年 - )は日本の俳優・演出家。日本や海外で、東西の古典や民俗芸能をベースにした現代演劇の作品から即興、プレイバックシアターまで幅広く活動。国際演劇協会会員。2010年よりTama+ project主宰。 早稲田大学演劇学科卒。卒論は岩手県早池峰山の「山伏神楽」について。在学中の1978年より森尻純夫主宰の劇集団流星舎に参加、1981年の解散まですべての舞台に出演した。また、流星舎が企画運営していた早稲田銅鑼魔館のプロデュース公演の制作に参加。早池峰神楽の岳流、石鳩岡神楽などの公演に関わる。 1982年より2000年まで千賀ゆう子企画に参加。制作を担当しつつ俳優、楽師として出演。
阿部 祐二(あべ ゆうじ、1958年8月14日 - )は、日… 阿部 祐二(あべ ゆうじ、1958年8月14日 - )は、日本のテレビリポーター、俳優、京都美術工芸大学客員教授。テンダープロ所属。 東京都板橋区出身。板橋区立弥生小学校、板橋区立上板橋第一中学校、東京都立小石川高等学校、早稲田大学政治経済学部卒業。2019年11月より京都美術工芸大学客員教授に就任。身長は186cm。妻はプロゴルファーの阿部まさ子(旧姓:礒村)。長女の阿部桃子はファッションモデル・タレントとして活動しつつ、2017年度ミス・ユニバース・ジャパンに選出された。現在は東京都江東区豊洲在住。 大学在学中に雑誌『POPEYE』でモデルを務めたり、タレントとしてCMにも出演するようになった。
白井 晃(、1957年5月21日 - )は、日本の俳優、演出… 白井 晃(、1957年5月21日 - )は、日本の俳優、演出家。レコンオフィス所属。 京都府出身。大阪府立天王寺高等学校、立命館大学を経て転学して早稲田大学教育学部卒業。 父親は電気技師で『プロポーズ大作戦』の「フィーリングカップル5x5」の電光板を作った。立命館大学に在籍の時、たまたま早稲田大学生による演劇を観て「同じ大学生なのに、ここまでできるのか」と感化され、「このメンバーと演劇をやりたい」と思い早大への入学(厳密には転学)を決意。翌年の受験で合格し、入学時より早大演劇研究会に所属。 早大卒業後、電通PRセンター(現・電通パブリックリレーションズ)勤務を経て、1983年12月高泉淳子とともに劇団「遊◎機械/全自動シアター」を結成、1984年3月旗揚げ公演。
益岡 徹(ますおか とおる、1956年8月23日 - )は、… 益岡 徹(ますおか とおる、1956年8月23日 - )は、日本の俳優。山口県下関市出身。株式会社仕事所属。神奈川県立横浜緑ケ丘高校、早稲田大学商学部卒業。身長181cm。血液型はAB型。 高校時代はラグビーに打ち込んでいたが、文化祭の8ミリ映画でラーメン店の客として出演したのがきっかけで、演劇を志す。 大学在学中はサークルでアングラ演劇に傾倒する一方、『影武者』などの映画のエキストラ出演を経験。 1980年の大学卒業後、『影武者』の主演でもあった仲代達矢主宰の無名塾に応募、当時約200倍の難関を突破し、大橋吾郎らと共に第4期生となった。同年、「ソルネス」で初舞台を踏み、2010年「脇役物語」で映画初主演を果たす。
陰山 泰(かげやま たい、1956年1月27日 - )は、日… 陰山 泰(かげやま たい、1956年1月27日 - )は、日本の俳優。石井光三オフィス所属。 兵庫県出身。身長175cm。神戸市立舞子中学校、兵庫県立長田高等学校、早稲田大学社会科学部卒業。早稲田演劇研究会出身。早稲田大学在学中、早稲田「新」劇場(その後「劇団DA・M」と改名)を結成。 遊◎機械/全自動シアターを経て、舞台を中心にテレビ、映画など映像のフィールドにも活動の場を広げている。
福岡 芳穂(ふくおか よしほ、1956年 - )は、日本の映… 福岡 芳穂(ふくおか よしほ、1956年 - )は、日本の映画監督、脚本家、映画プロデューサー、俳優である。 1956年、福岡県に生まれる。早稲田大学在学中より若松プロダクションに参加。若松孝二、高橋伴明に師事する。 1981年、『ビニール本の女 密写全裸』でズームアップ映画祭新人監督賞を受賞する。2010年、京都造形芸術大学映画学科の教授に就任する。2015年、岸部一徳を主演に迎えた監督映画『正しく生きる』が公開される。2021年、京都造形芸術大学映画学科の学生とプロの映画スタッフ、キャストが一丸となり劇場公開映画を製作するプロジェクト「北白川派」の第8弾となる監督映画『CHAIN/チェイン』が公開される。
ラサール 石井(、1955年10月19日 - )は、日本のお… ラサール 石井(、1955年10月19日 - )は、日本のお笑いタレント、声優、俳優、司会者、脚本家、演出家、著作家、政治家、コラムニスト。社会民主党所属の参議院議員(1期)、社会民主党副党首。第23回読売演劇大賞優秀演出家賞受賞。 ラ・サール高等学校卒業、早稲田大学第一文学部除籍。石井光三オフィス所属。 大阪府大阪市住吉区帝塚山出身。大阪市立住吉小学校、住吉中学校卒業。快活で、児童会の会長に立候補して当選するほど目立つ子どもであった。松竹新喜劇や吉本の漫才を見て育ち、姉に連れられて宝塚歌劇団も鑑賞していた。コメディアンに憧れはあったが、クラスには必ず自分よりも面白い子がおり、二番手では無理であろうとあきらめていた。
片岡 弘鳳(かたおか こうき、かたおか ひろたか、1955年… 片岡 弘鳳(かたおか こうき、かたおか ひろたか、1955年10月5日 - )は、日本の俳優、声優。旧名は片岡 弘貴(読み同じ)。茨城県出身。以前はオフィス・マキノ、エム・カンパニー、ブライズヘッドに所属していた。 早稲田大学政治経済学部卒業。昴演劇学校(現:JOKO演劇学校)に入学後、1980年の舞台『一族再会』でデビュー 1981年に劇団昴に入団し。1991年に昴を退団した後は、テレビドラマを中心に俳優活動を行っている。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
醍醐 貢介(だいご こうすけ、1955年9月9日 - )は、… 醍醐 貢介(だいご こうすけ、1955年9月9日 - )は、日本の俳優である。暁星小学校、開成中学校・高等学校卒業。東大文I中退。早稲田大学第一文学部演劇科卒業。文学座所属。東京都出身。スキー1級。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
伊藤 洋三郎(いとう ようざぶろう、1955年(昭和30年)… 伊藤 洋三郎(いとう ようざぶろう、1955年(昭和30年)3月17日 - )は、日本の俳優。静岡県出身。身長171cm。血液型はO型。株式会社オランウータン所属。 静岡県立韮山高等学校卒業、早稲田大学中退。 趣味は俳句、サッカー、アルゼンチンタンゴ。特技は空手、テナーサックス。雑種の犬を飼っている。好きな色は紺。 森田芳光・崔洋一・石井隆監督作品の常連出演者。 松田優作のファンであり、もともとは役者になる気はなかったが、大学在学中にバイト先で松田と出会って現場で付き人を経験していた。
斉木 燿(さいき よう、1955年3月 - 2014年11月… 斉木 燿(さいき よう、1955年3月 - 2014年11月)は、日本の小劇場演劇における演出家、劇作家、役者である。 演劇ユニット「morning landscape」は、1993年に結成。約20作品の上演を行った。主な上演は以下の通り。 演劇以外にも、TVドラマ・映画の脚本を執筆した。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
渡辺 憲吉(わたなべ けんきち、1954年〈昭和29年〉5月… 渡辺 憲吉(わたなべ けんきち、1954年〈昭和29年〉5月28日 - )は、日本の俳優。血液型はO型。所属事務所はオフィススリーアイズ。 宮城県出身。宮城県白石高等学校を経て、早稲田大学文学部ロシア文学科卒業。テアトル・エコー養成所、青年座研究所、吉祥寺ウィークエンドシアターを経てフリーの俳優となる。 1980年代から多数のテレビドラマや映画でバイプレイヤーを務める傍ら、『買物の時間』(テレビ東京)や『ぜひモノ』(TBS)などのテレビショッピングのナビゲーターとしても活動している。 強度の近視であり、普段はコンタクトレンズを使用しているが、2013年1月期に放送された『カラマーゾフの兄弟』(フジテレビ)では眼鏡を使用した。
山内 としお(やまうち としお、1954年4月9日 - 、本… 山内 としお(やまうち としお、1954年4月9日 - 、本名:山内 貫太郎)は、日本の俳優。 東京都板橋区出身で、レジェンドタレントエージェンシー(旧・オフィス斉藤)所属。血液型O型。 4人兄弟の末っ子(兄2人、姉1人)。早稲田大学第一文学部英文学科卒業後、演劇集団 円の研究所で学ぶ。研究所生時代には、仲間同士で劇団を作ったり、ロック・ミュージカルを開催するなどして活動。円の研究所は2年で辞めてフリーとなる。 本名の「山内貫太郎」名義でデビュー、次いで「山内 真太郎」「山内 敏男」の芸名で芸能活動を行っていた。父親が必殺シリーズのプロデューサー・山内久司(故人)と知り合いだった縁から紹介されて同シリーズへの出演に至り、朝日放送テレビ制作の時代劇シリーズ『必殺仕事人シリーズ』で藤田まこと(故人)が演じる主人公・中村主水の上司「オカマの田中様」こと筆頭同心 田中(田中熊五郎)役で人気を博した。
三浦 洋一(みうら よういち、1954年〈昭和29年〉1月2… 三浦 洋一(みうら よういち、1954年〈昭和29年〉1月21日 - 2000年〈平成12年〉5月14日)は、日本の俳優。愛知県丹羽郡岩倉町(現・岩倉市)出身。東海高等学校卒業、早稲田大学政治経済学部中退。 電電公社職員だった父のもとに生まれる。二人兄弟の長男。高校時代の部活は野球部。もともと新聞記者になりたくて、早稲田大学に進学する。大学在学中に知念正文主宰の「劇団暫(げきだんしばらく)」に入団してつかこうへいと出会い、1974年に『初級革命講座』でデビュー。『熱海殺人事件』など、つか作品に主演する。 1978年、『七人の刑事』に出演して人気を獲得。 『あんちゃん』での川上音次役、『さすらい刑事旅情編』での香取刑事役(7シーズンにわたり出演)などでも活躍した。
石田 純一(いしだ じゅんいち、1954年〈昭和29年〉1月… 石田 純一(いしだ じゅんいち、1954年〈昭和29年〉1月14日 - )は、日本のタレント、俳優。メロン所属(リクコーポレーション提携)。かつて[いつ?]はスカイコーポレーションに所属していた。東京都目黒区出身。 1954年1月14日、NHKアナウンサーである石田武の長男として東京都目黒区で出生。祖父は中外商業新報(現・日本経済新聞)記者で、政治部長や参事などを務めた石田武太郎。母親は女学校時代に原爆投下後の広島市に後片付けに入った入市被爆者。4歳までアメリカ・ワシントンで育つ。東京都立青山高等学校を経て、早稲田大学商学部中退。 高校時代は野球部に所属し、エースで4番打者であった。1970年代に星川淳の実妹である星川まりとできちゃった結婚。
平田 満(ひらた みつる、1953年11月2日 - )は、日… 平田 満(ひらた みつる、1953年11月2日 - )は、日本の俳優。愛知県豊橋市出身。アルファエージェンシー所属。妻は女優の井上加奈子。愛知県立時習館高等学校卒業、早稲田大学第一文学部中退。穂の国とよはし芸術劇場PLAT芸術文化アドバイザー。 大学1年生時に早稲田大学の学生劇団で人気を得ていた知念正文主宰の「劇団暫(げきだん しばらく)」に入団し、つかこうへいと出会う(当時、母体とする劇団を持たなかったつかの作品を同劇団は知念と向島三四郎の演出で公演していた)。ここでつか劇団の仲間となる長谷川康夫や夫人となる井上加奈子らと出会った。1974年、劇団「つかこうへい事務所」旗揚げに参加。初期作から、つかが個人的に事務所を立ち上げ、「難解で下世話で狂気と正気スレスレながら義理人情を前面に押し出した」作品群までほとんどの作品に出演し、加藤健一、根岸とし江、大津あきら、風間杜夫、三浦洋一、重松収らとその屋台骨を支えた。
竹本 和正(たけもと かずまさ、1952年3月8日 - )は… 竹本 和正(たけもと かずまさ、1952年3月8日 - )は、大分県出身の日本の男性俳優、声優。身長175 cm、体重76 kg。 早稲田大学法学部卒業後、1975年に文学座に入所(第15期生)、その後は東京演劇アンサンブルを経て、プロダクション・タンクに所属。 特技・資格は乗馬、柔道二段、ボクシング、英会話、中型自動車免許(4t可)。方言は大分弁。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
野村 喜和夫(のむら きわお、1951年10月20日 - )… 野村 喜和夫(のむら きわお、1951年10月20日 - )は、日本の詩人、文芸批評家、俳優。「歴程」同人。日本ペンクラブ会員。 埼玉県入間市に生まれる。埼玉県立川越高等学校、早稲田大学第一文学部日本文学科卒業。明治大学大学院仏文学専攻博士課程中退。明治大学非常勤講師など、50歳までフランス語教師を務めた。 1993年詩集『特性のない陽のもとに』で歴程新鋭賞受賞。2000年『風の配分』で高見順賞受賞。2003年『ニューインスピレーション』で現代詩花椿賞受賞。2012年『萩原朔太郎』『移動と律動と眩暈と』で鮎川信夫賞受賞。同年『ヌードな日』、『難解な自転車』、英訳詩集『スペクタクルそして豚小屋』で、第50回藤村記念歴程賞を受賞。
斉木 しげる(さいき しげる、1949年11月18日 - )… 斉木 しげる(さいき しげる、1949年11月18日 - )は、日本の俳優、タレント。本名、斎藤 滋樹(さいとう しげき)。静岡県浜松市天竜区出身。芝居ユニットシティボーイズ(大竹まこと・斉木しげる・きたろう)の一人。実兄はイラストレーター・画家の斎藤雅緒。
岡本 章(おかもと あきら、1949年8月22日 - )は、… 岡本 章(おかもと あきら、1949年8月22日 - )は、日本の演出家、俳優。錬肉工房主宰・芸術監督。 奈良県田原本町出身。奈良県立奈良高等学校卒業。1968年に早稲田大学第一文学部に入学。大学在学中に学生劇団「自由舞台」、能楽サークル「観世会」に所属。また舞踏家笠井叡の「天使館」の開館に参加。1971年、自由舞台のメンバーを中心に「錬肉工房」を結成、主宰する。1972年、早稲田大学第一文学部演劇科卒業。 初期より、言葉と身体の関係を問い直し、声や身体性の可能性を探る。また、伝統演劇の能を現代に活かす活動を持続的に行い、さらに現代演劇の枠を超え、能、舞踏、現代詩、現代音楽、現代美術など、多様な芸術ジャンルとの横断的な共同作業を展開する。
大門 正明(だいもん まさあき、1949年3月10日 - )… 大門 正明(だいもん まさあき、1949年3月10日 - )は、日本の俳優。本名は八木 雅照(やぎ まさあき)。オフィスキラ 所属。
佐藤 B作(さとう ビーさく、1949年2月13日 - )は… 佐藤 B作(さとう ビーさく、1949年2月13日 - )は、日本の俳優。本名・佐藤俊夫(さとう としお)身長163cm。血液型AB型。 福島県福島市出身。福島県立福島高等学校卒業、早稲田大学商学部中退。妻は女優のあめくみちこ(2001年に結婚)、息子は佐藤銀平。劇団東京ヴォードヴィルショー主宰者。UAM株式会社所属(2023年2月より)。
東山 敬司(ひがしやま けいじ、1948年7月28日 - )… 東山 敬司(ひがしやま けいじ、1948年7月28日 - )は、主に1960年代末から1970年代末頃にかけて活動していた日本の俳優。本名同じ、身長181㎝(1969年当時)。 埼玉県大宮市(現・さいたま市)出身。父は自転車の部品を作る工場を経営していたが、当人が4歳の時に事業に失敗、その後も父がギャンブルに凝った末に破産、実質上、一家は全てのものを失ったことで大宮を出て、当人と姉の二人だけは親類の家へ預けられ、後に東京都杉並区荻窪に転居。 本人曰く、「近所でも評判の暴れん坊で、ガキ大将」という少年時代を過ごす。小学生の頃から映画好きで、頻繁に映画館に通っていた。 杉並区立若杉小学校→杉並区立天沼中学校を経て東京都立西高等学校を卒業、一年浪人後、早稲田大学商学部に進学。
力石 考(りきいし こう、1948年4月22日 - )は、日… 力石 考(りきいし こう、1948年4月22日 - )は、日本の俳優。本名、藤田 徳次(ふじた とくじ)。 埼玉県出身。身長177cm、体重60kg。早稲田大学卒業。 劇団四季を経て、劇団青年座に所属。1970年代より舞台出演の傍ら、テレビドラマにも出演する様になる。四季を退団してフリーになった際に『あしたのジョー』の登場人物・力石徹に風貌が似ていたため「力石 考」という芸名に改名させられている。 その後は特撮作品『スーパーロボット マッハバロン』(日本テレビ)でのレギュラー出演をはじめ、1980年代初頭までテレビドラマに出演。刑事ドラマ『Gメン'75』(TBS)では香港シリーズの殺し屋役で出演していた。
池島 ゆたか(いけじま ゆたか、1948年3月30日 - )… 池島 ゆたか(いけじま ゆたか、1948年3月30日 - )は、日本の俳優、元AV男優、映画監督、映画プロデューサー。 東京都生まれ。早稲田大学文学部在学中に「天井桟敷 (劇団)」に参加し舞台俳優として活動。1981年(昭和56年)に映画デビュー。滝田洋二郎、稲尾実、細山智明、実相寺昭雄などの監督作品、主としてピンク映画を中心に活躍。その後AV男優を経て、1991年(平成3年)にピンク映画『ザ・ONANIEレズ』で監督デビュー。ロスアンゼルスで開催されたBOOBS & BLOOD INTERNATIONAL FILM FESTIVAL(「おっぱいと血の国際映画祭」)にて、クエンティン・タランティーノ、ロジャー・コーマン等と共に、International Lifetime Achievement Awards(国際特別功労賞)を受賞した。
戸野広 浩司(とのひろ こうじ、1947年11月25日 - … 戸野広 浩司(とのひろ こうじ、1947年11月25日 - 1972年12月11日)は、日本の俳優。 父は病院の事務長。広島県立三原高等学校時代は演劇部に所属し、地元の劇団にも参加していた。上京して早稲田大学の受験に失敗したのち、劇団青俳の研究生となる。 1972年、オーディションでテレビ番組『快傑ライオン丸』のライバル「タイガージョー」こと虎錠之介役に起用されて注目される。主役であるライオン丸を上回る人気を集めた。 同年12月11日夜、同番組のロケの宿泊先である滋賀県彦根市の国民宿舎湖城荘でスタッフと酒席を交わしたのち、風呂場(女湯)に迷い込んだところ誤って転倒、ガラス戸に突っ込んで脇腹を切り、湯船に落ちて出血多量で死亡した。
大和田 伸也(、1947年〈昭和22年〉10月25日 - )… 大和田 伸也(、1947年〈昭和22年〉10月25日 - )は、日本の俳優、声優、ナレーター、演出家、映画監督。 福井県敦賀市出身。ホリプロ・ブッキング・エージェンシー所属。早稲田大学第一文学部中退。 三男一女の次男として誕生。 1965年、大学中退後に鈴木忠志が立ち上げた自由舞台に所属。 1968年、劇団四季へ入団。 1972年、朝の連続テレビ小説『藍より青く』でのヒロインの夫役で広く知られる。 1977年、『犬神の悪霊』で映画初主演。 1978年2月に降板した横内正に代わって『水戸黄門』で二代目渥美格之進役に就任し、1982年10月19日の第13部の収録終了をもって降板。 蜷川幸雄演出の『王女メディア』では北大路欣也とダブル主演を務めた(3度再演し海外公演も果たした)。
福原 一臣(ふくはら かずおみ、1946年3月16日 - 2… 福原 一臣(ふくはら かずおみ、1946年3月16日 - 2007年7月28日)は、青森県青森市出身の俳優。法政大学経済学部卒。文学座第8期生。劇団黒テント創立メンバー。胃がんのため死去。
沢木 順(さわき じゅん、1945年10月13日 - )は北… 沢木 順(さわき じゅん、1945年10月13日 - )は北海道出身の日本の俳優。東宝ミュージカル、劇団四季で活動後フリー。作曲家八洲秀章の次男。 北海道虻田郡真狩村に生まれ、鎌倉で育つ。神奈川県立湘南高等学校を経て早稲田大学文学部演劇科に入学(のち中退)。在学中に東宝のオーディションに合格、主役を務めた「ファンタスティックス」を始め、数々の東宝ミュージカルに出演、また東宝では劇作家、菊田一夫に学んだ。 1975年、30歳の時に浅利慶太に誘われて劇団四季へ移籍。以後、『ジーザス・クライスト=スーパースター』『コーラスライン』『キャッツ』『オペラ座の怪人』で主役を務め、退団後はフリー。
村野 武範(むらの たけのり、1945年〈昭和20年〉4月1… 村野 武範(むらの たけのり、1945年〈昭和20年〉4月19日 - )は、日本の俳優、タレント。アネモイエンタテインメント所属(メンバー)。劇団文学座出身。三浦企画所属。 東京都清瀬市出身。東京都立板橋高等学校、早稲田大学商学部卒業。 1969年、NHKで放送されたテレビドラマ『走れ玩具』(文化庁芸術祭優秀賞受賞)の主演でデビュー。1971年、映画『八月の濡れた砂』に出演し脚光を浴びる。1972年2月から1年間日本テレビ系で放映された学園ドラマ『飛び出せ!青春』の熱血教師役で人気を不動のものにする(『八月の濡れた砂』セル版DVD(2004年発売版)には、上記の2作品で共演した剛たつひととのオーディオコメンタリーが収録されている)。
田辺 宏章(たなべ ひろあき、1945年3月26日 - 20… 田辺 宏章(たなべ ひろあき、1945年3月26日 - 2023年7月6日)は、日本の俳優、声優。本名及び旧芸名は田辺 進三(たなべ しんぞう)。 文学座研究所8期生。プロダクション・エムスリーに所属していた。 1990年代以降に引退。 引退後はビルメンテナンス会社を設立。2023年7月6日に死去。[要出典]78歳没。 兄は言語学者の田辺洋二。 太字はメインキャラクター。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。 この項目は、声優(ナレーターを含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJ:アニメ/PJ:声優)。
吉永 小百合(よしなが さゆり、1945年〈昭和20年〉3月… 吉永 小百合(よしなが さゆり、1945年〈昭和20年〉3月13日 - )は、日本の俳優・歌手・ナレーター・司会者・タレント。本名:岡田 小百合(おかだ さゆり)。旧姓:吉永。 1960年代を代表する人気映画女優。10年間で、70本以上の映画に出演。吉田正(作曲家)の門下生として、数多くのレコードを世に送り出している。夫はフジテレビディレクター、共同テレビ社長、会長、取締役相談役を歴任した岡田太郎。ファンは「サユリスト」と呼称される。 1957年(昭和32年)、渋谷区立西原小学校6年生の時、ラジオドラマ『赤胴鈴之助』でデビュー。同年4月、渋谷区立代々木中学校に入学。同年10月、ラジオ東京制作のテレビドラマ『赤胴鈴之助』でテレビデビュー。
原 國雄(はら くにお、1944年9月18日 - )は、東京… 原 國雄(はら くにお、1944年9月18日 - )は、東京都日野市出身の元俳優・元アナウンサー。 1950年代まで子役、1960年代後期から2000年代までアナウンサーとして活躍。 父は東映プロデューサーであったことから、小学3年次の1954年に子役として芸能界デビュー。『母水仙』『少年探偵団』『月光仮面』などに出演するが、中学時の1959年に芸能界を引退。 1964年に早稲田大学政治経済学部へ進学し、アナウンス研究会にも所属。同研究会ではフジテレビに入社した逸見政孝・松倉悦郎、毎日放送に入社した板倉俊彦、政治学者・大学教授の福岡政行と同期であった。 卒業後の1968年に福島テレビへ入社(同期には鈴木孝之、玉盛孝江、増子慶子)。
真田 五郎(さなだ ごろう、1944年8月3日 - )は、日… 真田 五郎(さなだ ごろう、1944年8月3日 - )は、日本の男性俳優、声優。東京都出身。 劇団手織座劇団員出身。プロダクション・タンク所属。 特技は狂言(30年)、日本舞踊。趣味は工作。 この項目は、声優(ナレーターを含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJ:アニメ/PJ:声優)。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
渡瀬 恒彦(わたせ つねひこ、1944年〈昭和19年〉7月2… 渡瀬 恒彦(わたせ つねひこ、1944年〈昭和19年〉7月28日 - 2017年〈平成29年〉3月14日)は、日本の俳優、歌手。本名同じ。 島根県能義郡安来町(現・安来市)生まれ、兵庫県淡路島育ち。東映マネージメント最終所属。兄は俳優の渡哲也、長男はTBSディレクターの渡瀬暁彦。 幼少期はガキ大将だった。同じ小学校に通った同級生は「恒ちゃんは、ガキ大将で、けんかがものすごく強かった。友だちをいじめた相手に『何やってるんや』と向かっていき、兄貴肌で慕われていた」と懐かしんだ。生誕した島根県から兵庫県津名郡淡路町(現・淡路市)に移り、三田学園中学校・高等学校卒業(6年間の寮生活)。中学の入学試験で「あの野郎2番の成績で入って来た」と兄・渡哲也が回想していたが中学三年で柔道黒帯。
仲野 文梧(なかの ぶんご、1943年12月18日 - )は… 仲野 文梧(なかの ぶんご、1943年12月18日 - )は、日本の俳優、声優、ソングライター、歌手である。早稲田大学教育学部英語英文学科卒。1963年に劇団「民藝」入団、1970年退団。現在、有限会社グルー所属の俳優である。音楽事務所はサニープラニング。 東京都出身。早稲田大学教育学部英語英文学科卒。1963年に劇団「民藝」に入り、1970年退団。現在、有限会社グルー所属の俳優。 作詞家、作曲家として、ジュディ・オング、郷ひろみ等にも作品を提供。音楽事務所はサニープラニング。 デュエット曲「東中野は初恋の街」は、自身の作詞・作曲で、女優の山口いづ世(女優の斎藤こず恵(NHK朝のドラマ「鳩子の海」主役)の母)とデュエットで歌っている。
河原崎 建三(かわらさき けんぞう、1943年11月3日 -… 河原崎 建三(かわらさき けんぞう、1943年11月3日 - )は、日本の俳優。本名同じ。アネモイエンタテインメント所属(メンバー)。 四代目河原崎長十郎の子として東京都武蔵野市で育つ。早稲田大学卒業。 父である四代目河原崎長十郎の前進座の子役として舞台に立ち、1968年に映画『愛奴』で俳優デビュー。 2000年より東京都在住。東京と山梨県甲州市塩山を行き来している。 特技は日本舞踊、長唄、狂言。趣味は読書、バロック音楽を聞くこと、絵を描くこと。 妻は女優の大川栄子。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。
斉藤 真(さいとう しん、1943年10月19日 - )は、… 斉藤 真(さいとう しん、1943年10月19日 - )は、日本の俳優。本名同じ。 東京都出身。早稲田大学第一文学部卒業。劇団俳小代表。 1967年、劇団俳優小劇場に入団。『わが心高原に』で初舞台を踏み、役者としての第一歩を歩みだす。同劇団の解散後、早野演劇研究所を経て、1973年に早野寿郎を中心に旗揚げした劇団俳小に参加。役者の傍ら同劇団の代表も務めている。 『快傑ズバット』(東京12チャンネル)では東条刑事役でレギュラー出演したほか、『特捜最前線』(テレビ朝日)など、東映作品を中心にテレビドラマの出演も多い。谷崎潤一郎の『痴人の愛』を映画化した『ナオミ』(1980年、東映セントラルフィルム)では主演を務めた。
小林 勝也(こばやし かつや、1943年3月25日 - )は… 小林 勝也(こばやし かつや、1943年3月25日 - )は、日本の俳優、声優。東京都出身。身長168cm。文学座所属。 1966年に文学座研究所に入所し、同年に『マスグレーヴ軍曹の踊り』で初舞台。1969年に文学座の座員となる。早稲田大学第一文学部卒業。
北大路 欣也(きたおおじ きんや、1943年〈昭和18年〉2… 北大路 欣也(きたおおじ きんや、1943年〈昭和18年〉2月23日 ‐ )は、日本の俳優、声優。本名、淺井 将勝(あさい まさかつ)。京都府京都市紫竹出身。ホリプロ・ブッキング・エージェンシー所属。 父は戦前の時代劇から戦後の東映時代劇全盛時代に活動した映画俳優の市川右太衛門。芸名の由来は右太衛門の邸宅が京都市内の北大路に在ったことから、右太衛門が「北大路の御大」と呼ばれていたため。田村正和など同世代の俳優仲間からは「きんやちゃん」と呼ばれている[要出典]。 市川右太衛門の次男として生誕。京都市立紫竹小学校、同志社香里中学校から暁星中学校に編入。暁星高等学校を卒業後、早稲田大学第二文学部演劇専修卒業。