古江 孝治(ふるえ たかはる、1950年11月2日 - )は… 古江 孝治(ふるえ たかはる、1950年11月2日 - )は、日本の歴史研究家。敦賀市にある資料館「人道の港 敦賀ムゼウム」初代館長。杉原千畝や根井三郎、ユダヤ人避難民、そしてポーランド孤児などの研究で知られる。
立命館大学:1,158人
古江 孝治(ふるえ たかはる、1950年11月2日 - )は… 古江 孝治(ふるえ たかはる、1950年11月2日 - )は、日本の歴史研究家。敦賀市にある資料館「人道の港 敦賀ムゼウム」初代館長。杉原千畝や根井三郎、ユダヤ人避難民、そしてポーランド孤児などの研究で知られる。
水野 直樹(みずの なおき、1950年10月31日 - )は… 水野 直樹(みずの なおき、1950年10月31日 - )は、日本の歴史学者。立命館大学客員教授。京都大学名誉教授。専門は朝鮮近代史(植民地朝鮮)、東アジア関係史。 「日本の植民地支配を肯定的に評価しようとする日本学界の流れに対抗し植民地近代化論を批判してきた」として、韓国の全南大学校から後廣賞を受賞した。八木晃介、上田正昭らと共に「朝鮮学校を支える会」の呼びかけ人も務めている。
清武 英利(きよたけ ひでとし、1950年10月12日 - … 清武 英利(きよたけ ひでとし、1950年10月12日 - )は、日本のジャーナリスト・ノンフィクション作家、元プロ野球球団経営者。 読売巨人軍取締役球団代表、取締役編成本部長・ゼネラルマネージャー、オーナー代行のほか、NPB選手関係委員会委員長を歴任した。 宮崎県立宮崎南高等学校を経て立命館大学経済学部卒業後、1975年に読売新聞社に入社した。青森支局を振り出しに社会部畑を歩み、警視庁や国税庁を担当。東京本社社会部次長時代に、第一勧業銀行総会屋事件や山一證券の破綻などをスクープ。 2001年、中部本社社会部長。2002年、東京本社編集委員。2004年、東京本社編集局運動部長。 2004年8月、読売巨人軍取締役球団代表(局次長相当)・編成本部長に就任。
山田 訓史(やまだ のりじ、1950年〈昭和25年〉8月22… 山田 訓史(やまだ のりじ、1950年〈昭和25年〉8月22日 - )は、日本の経営者。清水銀行頭取を務めた。 静岡県出身。静岡県立清水東高等学校を経て1950年に立命館大学経済学部を卒業し、同年に清水銀行に入行した。1998年に取締役に就任し、2000年4月に常務、2001年4月に専務を経て、2005年4月には頭取に就任。2012年4月には会長に就任。
皆吉 稲生(みなよし いなお、1950年7月9日 - )は、… 皆吉 稲生(みなよし いなお、1950年7月9日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(1期)。 鹿児島県鹿児島市原良町出身。鹿児島県立鶴丸高等学校、立命館大学経済学部卒業。鹿児島市役所に入り、鹿児島市職労委員長、連合鹿児島副会長を歴任。 当初は社会民主党に所属していたが、2004年、民主党に移籍。同年7月11日の第20回参議院議員通常選挙に鹿児島県選挙区から出馬したが落選。2007年7月29日の第21回参議院議員通常選挙でも引き続き鹿児島県選挙区より出馬したが、自由民主党公認の加治屋義人に2,664票の僅差で敗れ落選した。 その後、病気のため引退を表明した元衆議院議員・浜田健一の後任として、2009年の衆院選で鹿児島4区から出馬することを表明した。
山口 通惠(やまぐち みちえ、1950年6月3日 - 200… 山口 通惠(やまぐち みちえ、1950年6月3日 - 2008年9月10日)は、日本の工芸作家。京都造形芸術大学美術工芸学科教授。京都国際工芸センター会員。民族藝術学会所属。 1950年京都府京都市生まれ。 1971年、成安女子短期大学意匠科卒業後、同大助手・講師を経て、1989年に助教授。 1990年には立命館大学文学部を卒業。 2002年に京都造形芸術大学美術工芸学科教授に就任した。 研究者としての活動のほか、陶芸家・アーティストとして個展やグループ展に作品を出展するなど活躍中。また、各地で開かれるオープン講座講師なども務めていた。 2008年9月10日、肺癌のため死去。58歳没。
工藤 恭孝(くどう やすたか、1950年3月20日 - )は… 工藤 恭孝(くどう やすたか、1950年3月20日 - )は、日本の経営者・実業家。ジュンク堂書店・創業者、株式会社丸善ジュンク堂書店・代表取締役社長。実父はキクヤ図書販売経営者・工藤淳。兵庫県生まれ。 兵庫県立兵庫高等学校を経て、1972年に立命館大学法学部を卒業後、実父の工藤淳が経営するキクヤ図書販売に入社。その後1976年に独立、株式会社ジュンク堂書店の立ち上げと同時に代表取締役社長に就任、神戸市三宮にジュンク堂書店1号店をオープンした。 2010年現在、ジュンク堂書店は本社事務所を兵庫県神戸市の三宮店に置き、東京都池袋本店(売り場面積2,000坪)と大阪本店(堂島アバンザ内:売り場面積1,500坪)を主力に、系列店なども含めると日本国内に52店舗、海外(台湾)に2店舗を展開する。
澤村 諭(さわむら さとし、1950年3月6日 - )は日本… 澤村 諭(さわむら さとし、1950年3月6日 - )は日本の経営者。ローム株式会社相談役、元代表取締役社長。 子供のころから技術者志望だったが、大学に入ってから人とのコミュニケーションの重要性に気づくようになり、旅先で知らない人に声をかける楽しさを覚える。 大学時代は、制御工学が専門の井上和夫(現・立命館大学名誉教授)に師事。ローム入社後は一貫して「営業畑」を歩み現在に至る。 座右の銘は「虚心坦懐」。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
ばんば ひろふみ(1950年〈昭和25年〉2月20日 - )… ばんば ひろふみ(1950年〈昭和25年〉2月20日 - )は、日本のフォークシンガー、ラジオパーソナリティ。本名は馬場弘文(読みは同じ)。京都市東山区祇園出身。既婚。離婚1回。愛称は「ばんばん」。ペンネームは馬場章幸。血液型はB型。京都市立清水小学校、中高一貫校である立命館中学校・高等学校を経て、立命館大学経済学部卒業。所属事務所はヤングジャパン→アップフロントエージェンシー(現:アップフロントプロモーション)→アップフロントクリエイト。 実家は八坂神社の近くのお茶屋で、玄関から座敷までがお茶屋で、それ以外がばんば家族の生活空間だった。子供の頃はばんばたちが普通に日常生活を送る中、隣のお座敷では芸妓・舞妓と客たちが宴会している、という状況だった。
隈元 新(くまもと しん、本名読み:くまもと あらた、195… 隈元 新(くまもと しん、本名読み:くまもと あらた、1950年(昭和25年)1月6日 - )は、日本の政治家。元鹿児島県伊佐市長(3期)、元大口市長(4期)、元大口市議会議員(3期)。 鹿児島県大口町(現・伊佐市)出身。鹿児島県立大口高等学校、立命館大学経営学部卒業。1973年(昭和48年)4月、大阪ロイヤルホテルに就職。1975年(昭和50年)7月、ニューヨークヒルトンホテルに出向。1977年(昭和52年)3月、大阪ロイヤルホテルを退社。同年4月、帰郷し農業に従事。 1983年(昭和58年)4月、大口市議会議員選挙に初当選。以後計3期務める。 1996年(平成8年)1月4日に大口市長に就任。
朴 慶南(パク・キョンナム、박경남、1950年 - )は、韓… 朴 慶南(パク・キョンナム、박경남、1950年 - )は、韓国籍の日本の作家、エッセイスト。先住民族アイヌの権利回復を求める署名呼びかけ人 をつとめる。 鳥取県米子市生まれ。3歳の時に父親の転勤で鳥取市へ転居する。鳥取市立遷喬小学校、鳥取市立北中学校、鳥取県立鳥取西高等学校を経て、立命館大学文学部史学科卒業。在日韓国・朝鮮人として、高校までは日本名の新井慶子を名乗っていたが、大学進学とともに朝鮮名の朴慶南を名乗る。大学卒業後、構成作家などを経て本格的な作家活動を開始。 1992年、第10回青丘文化奨励賞を受賞した。 前田日明・金守珍との鼎談で、金守珍が「在日に違いない。半分は疑いながらも、そう信じていた。
井上 春峰(いのうえ しゅんぽう、1950年 - )は陶芸家… 井上 春峰(いのうえ しゅんぽう、1950年 - )は陶芸家・工芸作家。京都府生まれ。 二代目・春峰の長男として生まれ、1974年、立命館大学卒業。その後、京都府立陶工専修職業訓練校を経て陶磁器の製作、釉薬の研究に入る。1988年には、奥田行郎猊下より「在心」の居士号を賜った。 1997年、三代目・井上春峰を襲名。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
宮野 正喜(みやの まさき、1950年 - )は、日本の写真… 宮野 正喜(みやの まさき、1950年 - )は、日本の写真家。 京都府京都市生まれ。日本写真家協会会員。国際スポーツプレス協会会員。日本スポーツプレス協会会員。 立命館大学理工学部化学科卒業。2014年7月から日本ホッケー協会理事で広報・マーケティング委員長。社団法人日本ホッケー協会機関誌「ホッケーマガジン」編集長。 写真家として、桂俊夫に師事。1978年から、広告写真の分野で写真活動を開始し、美術工芸品や伝統芸術に関する撮影などにも進出する。スポーツ分野の写真を得意にし、海外取材など精力的にこなす。
山崎 糸治(やまざき いとじ、別表記: 山﨑 糸治、1950… 山崎 糸治(やまざき いとじ、別表記: 山﨑 糸治、1950年または1951年 - )は、日本の地方公務員。京都市建設局長、京都市都市整備公社理事長を歴任。瑞宝小綬章受章者。 1975年(昭和50年)立命館大学理工学部卒業。京都市役所に入庁し、京都市建設局道路部長、建設局長、財団法人京都市都市緑化協会理事。京都市営地下鉄東西線の布設、自転車等駐車場の整備や放置自転車撤去などに取り組んだ。2002年(平成14年)土木学会認定特別上級土木技術者(交通)。市役所退職後に一般財団法人京都市都市整備公社理事長。
久保 純夫(くぼ すみお、1949年12月14日 - )は、… 久保 純夫(くぼ すみお、1949年12月14日 - )は、大阪府出身の俳人。立命館大学文学部を卒業後、高校教諭。1970年、同人誌「獣園」創刊に参加。1971年、「花曜」入会、鈴木六林男に師事。「花曜」代表作家として活躍し同誌編集長を長年務めた。1969年、第8回花曜賞、1986年、第15回六人の会賞、1993年、第42回現代俳句協会賞受賞。現代俳句協会副会長。 2006年「光芒」を創刊、発行人を務める。代表句に「木蓮よ「その白い魔女を風葬に」」(『瑠璃薔薇館』)「水際に兵器性器の夥し」(『熊野集』)など。言葉に潜む生命力を探求し、内的傾向の強い作風。 句集に第一句集『瑠璃薔薇館』(獣圓、1972年)第二句集『水渉記』(沖積舎、1978年)第三句集『聖樹』(海風社、1985年)第四句集『熊野集』(弘栄堂書店、1993年)第五句集『比翼連理』(草子舎、2003年)第六句集『光悦』(草子舎、2005年)第七句集『フォーシーズンズプラス』(ふらんす堂、2009年)第八句集『美しき死を真ん中の刹那あるいは永遠』(妻るみ子との共著、現代俳句協会、2012年)第九句集『日本文化私観』(飯塚書店、2015年)第十句集『四照花亭日乗』(儒艮の会、2017年)第十一句集『HIDEAWAY』(儒艮の会、2018年)第十二句集『定点観測ー櫻まみれ』(儒艮の会、2019年)第十三句集『植物圓鑑』(儒艮の会、2021年)第十四句集『動物圓鑑』(儒艮の会、2022年)第十五句集『季語状況論』(儒艮の貝、2024年)第十六句集『識閾』(儒艮の会、2025)、 俳論集に『スワンの不安』(弘栄堂書店、1990年)がある。
藤村 寛一(ふじむら ひろかず、1949年8月3日 - )は… 藤村 寛一(ふじむら ひろかず、1949年8月3日 - )は、アナウンサー・ディレクター。 滋賀県甲賀郡出身。立命館大学経済学部卒業後の1974年に近畿放送へ入社。エキサイトナイター・近鉄エキサイトアワーや高松宮杯競輪中継の司会・実況を歴任したほか、京都パープルサンガ戦中継の主戦アナウンサーを務めた。その後はKBS京都の番組ディレクターとなったが、2008年夏頃よりアナウンサーに復帰して平日昼のラジオニュースを担当。2009年9月30日定年退職。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:アナウンサー)。
山本 孝史(やまもと たかし、1949年〈昭和24年〉7月7… 山本 孝史(やまもと たかし、1949年〈昭和24年〉7月7日 - 2007年〈平成19年〉12月22日)は、日本の政治家。衆議院議員(2期)、参議院議員(2期)、民主党参議院幹事長、参議院財政金融委員長を歴任した。「山本たかし」の表記も多い。兵庫県芦屋市出身。 実兄が交通事故死したのを機に立命館大学在学中から交通遺児救済のボランティア活動に参加し、卒業後に財団法人交通遺児育英会に就職。1990年より同会事務局長を務めた。 1993年7月18日の第40回衆議院議員総選挙で日本新党公認で初当選。8月党役員人事で山田宏立法調整委員長(国会対策委員長)の下で立法調整副委員長に就任した。衆議院議員を2期務めた後に参議院に転出。
野上 ふさ子(のがみ ふさこ、1949年4月3日 - 201… 野上 ふさ子(のがみ ふさこ、1949年4月3日 - 2012年10月10日)とは、日本のNPO法人「地球生物会議 ALIVE」創設者。動物愛護・動物保護活動家。日本の新左翼活動家・著作家。アイヌ民族の権利のための活動と「ポン・フチ」のペンネームで著作を書き、北海道で開発反対運動をする。後に動物実験反対、原発反対を主張し、更に動物愛護・動物保護・環境保護を訴えた。 1949年新潟県南魚沼市生まれ。学園紛争で立命館大学文学部哲学科を中退し、北海道に渡り、アイヌの権利のための新左翼活動を行う。野上は“和人”(大和民族)であるが、アイヌ名「ポン・フチ(ポンフチ)」と名乗って1976年にアイヌ民族に関する著作を出し始めた(当時の模様はアイヌ革命論を参照)。
高野 悦子(たかの えつこ、1949年1月2日 - 1969… 高野 悦子(たかの えつこ、1949年1月2日 - 1969年6月24日)は20歳で自殺した日本の大学生。遺著『二十歳の原点』(にじゅっさいのげんてん)で知られる。
上原 隆(うえはら たかし、1949年 - )は、日本のエッ… 上原 隆(うえはら たかし、1949年 - )は、日本のエッセイスト、コラムニスト。 神奈川県横浜市出身。立命館大学文学部哲学科を卒業後、PR映像制作会社に勤務。会社勤務と同時に、同人誌「揺」、雑誌「思想の科学」において編集、執筆活動を開始、後に作家活動に専念する。市井の人々の生き方に目を向けたルポルタージュや身の回りの何気ないことに温かな目を向けるエッセイから、「日本のボブ・グリーン」と称される 。 『上原隆のオールナイトニッポン サポーターズ』のラジオパーソナリティなどをしていた実業家の上原隆は、同姓同名の別人である。
高田 雅介(たかだ まさゆき、1949年 - )は、日本の鉱… 高田 雅介(たかだ まさゆき、1949年 - )は、日本の鉱物学者。専門は結晶形態学。 立命館大学理工学部化学科卒業。京都大学理学部地質学鉱物学教室研究生を経て、平安女学院中学高等学校教諭、日本地学研究会館研究員、京都外大西高等学校教諭を歴任。現在、高田クリスタルミュージアム館長。そこでは、やさしい鉱物の体験教室といった催し物の企画をしている。 日本産鉱物の結晶形態学的研究を行い、多数の鉱物の結晶図を公表している。その過程で、新鉱物・千葉石の発見にも携わった。 1995年日本鉱物学会櫻井賞奨励賞を受賞。
柳 たかを(やなぎ たかを、1949年 - )はイラストレー… 柳 たかを(やなぎ たかを、1949年 - )はイラストレーター、社団法人日本漫画家協会会員。本名、柳 隆雄。宝塚大学教授。1949年大阪府東成区生まれ。1972年立命館大学文学部史学科卒業。公益社団法人日本漫画家協会会員。
工藤 順一(くどう じゅんいち、1949年 - 2016年1… 工藤 順一(くどう じゅんいち、1949年 - 2016年12月1日)は、日本の国語教育者。 青森県生まれ。立命館大学卒。日能研、ナガセ東進教育研究所等勤務を経て、1997年、国語専門塾、国語専科教室を開く。以降、「きちんと本にかじりつく子どもを育てる」「文章の書ける子どもを育てる」をモットーに国語教育を行った。「コボちゃん」などの4コマ漫画を使用した作文教育で知られた。荒川修作研究家でもあった。
大井 恒行(おおい つねゆき、1948年12月15日 - )… 大井 恒行(おおい つねゆき、1948年12月15日 - )は、山口県山口市出身の俳人。 1967年、立命館大学俳句会に入会。赤尾兜子に師事し「渦」に投句、また「俳句評論」句会にも出席。1980年、攝津幸彦らとともに「豈」創刊に参加。1988年、総合誌『俳句空間』(弘栄堂書店)の編集長に就任、1993年まで務める。代表句に「針は今夜かがやくことがあるだろうか」等。2025年、句集『水月伝』により、第80回現代俳句協会賞受賞。「豈」同人。現代俳句協会会員。
今西 一(いまにし はじめ、1948年11月8日 - 202… 今西 一(いまにし はじめ、1948年11月8日 - 2022年1月6日)は、日本の歴史学者。小樽商科大学名誉教授。日本経済史、日本近代史を専門に扱い、同和問題で積極的に問題提起する。サハリン・樺太史研究会で副会長を務めた。 京都市東山区出身で、1972年に龍谷大学文学部を卒業後、京都大学農学部研修員を経て、1979年に立命館大学大学院文学研究科修士課程を修了し、1990年に京都大学より農学博士の学位を取得。 1973年に大阪貿易学院高校、京都府立朱雀高等学校の非常勤講師。1980年大阪外国語大学非常勤講師、大阪府立大学、立命館大学、神戸大学などの非常勤講師を経て、1992年小樽商科大学商学部助教授、1994年教授、2014年退職。
井上 正嗣(いのうえ しょうじ、1948年(昭和23年)11… 井上 正嗣(いのうえ しょうじ、1948年(昭和23年)11月7日 - )は、日本の政治家。元京都府宮津市長(3期)。 京都府宮津市字中野生まれ。1967年(昭和42年)3月、京都府立宮津高等学校卒業。1971年(昭和46年)3月、立命館大学理工学部土木工学科卒業。同年4月、土木技術吏員として京都府庁に採用される。 2000年(平成12年)4月、商工部次長に就任。2002年(平成14年)6月、福知山地方振興局長、2004年(平成16年)5月、中丹広域振興局副局長就任。2005年(平成17年)1月、宮津市助役に就任。 2006年(平成18年)6月23日、徳田敏夫・宮津市長が健康上の理由により辞職。
見上 崇洋(みかみ たかひろ、1948年8月6日 - )は、… 見上 崇洋(みかみ たかひろ、1948年8月6日 - )は、日本の法学者(行政法学・都市法・土地法)。立命館大学政策科学部教授、学校法人立命館副総長、前同法人副理事長、前政策科学部長。元民主主義科学者協会法律部会理事。岡山県出身。
奥野 修司(おくの しゅうじ、1948年7月5日- )は、日… 奥野 修司(おくの しゅうじ、1948年7月5日- )は、日本のジャーナリスト・ノンフィクション作家。 大阪府出身。立命館大学経済学部卒業。1978年より移民史研究者で評論家の藤崎康夫に師事して南米で日系移民調査を行う。帰国後、フリージャーナリストとして女性誌などに執筆。1998年「28年前の『酒鬼薔薇』は今」(文藝春秋1997年12月号)で、第4回編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞受賞。 2006年『ナツコ 沖縄密貿易の女王』で、第27回講談社ノンフィクション賞・第37回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。同年発行の『心にナイフをしのばせて』は高校生首切り殺人事件を取り上げ、8万部を超えるベストセラーとなった。
八村 広三郎(はちむら こうざぶろう、1948年〈昭和23年… 八村 広三郎(はちむら こうざぶろう、1948年〈昭和23年〉6月29日 - )は、日本の工学者。立命館大学情報理工学部名誉教授、工学博士。滋賀県地域情報化推進会議顧問。 専門は情報工学(画像情報学)。 鳥取県鳥取市出身。鳥取銀行元頭取の八村信三・緑夫妻の三男として生まれる。鳥取県立鳥取西高等学校を経て、1971年(昭和46年)京都大学工学部電気工学第二学科卒業。1976年(昭和51年)京都大学大学院工学研究科電気工学専攻博士課程単位取得退学。 1978年(昭和53年)国立民族学博物館第五研究部助手。1979年(昭和54年)京都大学工学博士。1983年(昭和58年)京都大学情報処理教育センター助教授。
戸所 隆(とどころ たかし、1948年〈昭和23年〉6月11… 戸所 隆(とどころ たかし、1948年〈昭和23年〉6月11日 - )は、日本の地理学者、高崎経済大学名誉教授。第36代日本地理学会会長(2016年 - 2017年)。群馬県前橋市総社町出身。
水野 健二(みずの けんじ 1948年4月29日-)は、日本… 水野 健二(みずの けんじ 1948年4月29日-)は、日本のヨガ指導者。日本ヨガの草分け的存在である沖正弘に師事し、その後ヨガを指導。多くのヨガ指導者を育成する。またヨガを中心とした講演活動を行っている。 水野健二『体が硬い人のためのヨガ Basic Lesson』(新)PHP研究所、2010年。ISBN 4569791093。 “水野健二略歴”. 水野ヨガ学院. 2019年5月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年9月3日閲覧。
平井 英嗣(ひらい ひでつぐ、1948年(昭和23年)3月2… 平井 英嗣(ひらい ひでつぐ、1948年(昭和23年)3月2日 - )は元アメリカンフットボール選手・コーチ。関西学生アメリカンフットボール連盟理事長。立命館大学職員。立命館大学体育会アメリカンフットボール部パンサーズヘッドコーチ・監督・総監督を歴任。
松本 祥志(まつもと しょうじ、1948年2月22日(昭和2… 松本 祥志(まつもと しょうじ、1948年2月22日(昭和23年) - )は、日本の法学者。法学修士(立命館大学)。専門は国際法。研究分野は主に従軍慰安婦問題の国際法的考察やアフリカ地域の人権問題を研究対象としている。近年は、テロ問題や西サハラ問題を研究。札幌学院大学名誉教授。 岩手県花巻市出身。立命館大学大学院法学研究科修士課程終了。1978年(昭和53年)立命館大学大学院法学研究科博士課程単位取得満期退学。1983年(昭和58年)札幌商科大学講師。その後、札幌学院大学法学部助教授。1991年(平成3年)イギリス・ロンドン大学東洋アフリカ研究所に留学し、アフリカ人権問題を研究。帰国後、札幌学院大学法学部教授。
久米 雅雄(くめ まさお、1948年2月7日 - )は、日本… 久米 雅雄(くめ まさお、1948年2月7日 - )は、日本の考古学者・歴史研究者・印学家。学位は、博士(文学)(立命館大学)。アジア印章学、東洋文字学、貨幣学、キリシタン考古学等の分野で研究業績を重ねる。大阪府教育委員会文化財保護課主査を経て、大阪芸術大学客員教授となる。そのほか、錫安印章文化研究所所長、寧楽美術館評議員、西泠印社名誉社員、中国美術学院主管学術雑誌《中国篆刻》顧問なども併せつとめる。 愛媛県松山市生まれ(本籍:京都府)。1966年に愛媛県立松山東高等学校を卒業後、立命館大学文学部史学科(日本史学専攻)に進み、考古・古代史を北山茂夫らのもとで学ぶ。学園紛争のさなかの1970年に卒業。
住野 公一(すみの こういち、1948年1月28日 - )は… 住野 公一(すみの こういち、1948年1月28日 - )は、日本の経営者。株式会社オートバックスセブン相談役(前代表取締役CEO(最高経営責任者))、学校法人住野学園湘南オートモビル・ビジネス専門学校理事長。大阪府生まれ。父はオートバックスセブン創業者の住野敏郎。 大阪教育大学附属高等学校天王寺校舎を経て、1970(昭和45)年立命館大学経済学部を卒業。株式会社オートバックスセブン(本社:東京都江東区)の前身である大豊産業株式会社(大阪府大阪市)に入社。貿易部で1年間経験を積んだ後、休職して慶應義塾大学大学院経営管理研究科へ進学した。その後、欧米での営業活動を経験。帰国後の1974年、自動車用品の販売と取付・整備を一体化した新しい営業形態を特徴とするカー用品チェーン・「オートバックス」の1号店を大東市に開店。
国井 正幸(國井 正幸、くにい まさゆき、1948年1月4日… 国井 正幸(國井 正幸、くにい まさゆき、1948年1月4日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元参議院議員(2期)。 もともと連合栃木を支持基盤としており民主改革連合に所属していたが、後に保守政治家に転じた。渡辺美智雄と同じ栃木県選出の縁から旧渡辺派に所属していたが、後に山崎派に所属した。
長艸 敏明(ながくさ としあき、1948年 - )は刺繡作家… 長艸 敏明(ながくさ としあき、1948年 - )は刺繡作家・着物デザイナー・京繡伝統工芸士。京都西陣生まれ。 京刺繡職人であった父・長艸芳之助の次男として、立命館大学経営学部を経て、日本刺繡・京繡の世界へ。以後、世界を舞台に幅広い分野で活躍。京繡・日本刺繡の幽玄の美を世界に伝えるとともに、多くのデザイナーに影響を与えている。 40代で一職人としてではなく、刺繡作家としての着物のオートクチュール事業を起こし、旧態依然とした呉服業界の流通システムに一石を投じた。直接、依頼者と作り手が話し合いながら依頼者に合わせた着物を制作するという、現在では多く見られるスタイルは、当時の呉服問屋業界からは異端視され、制作者から消費者に渡るまでに5倍や10倍になる[何が?]呉服業界では危険視された。
中島 光一(なかじま こういち、1948年- )は、日本のシ… 中島 光一(なかじま こういち、1948年- )は、日本のシンガーソングライター。障害者施設役員。 NHK「みんなのうた」で放送(歌=松崎しげる、東京放送児童合唱団, 1979年6月〜7月)、音楽の教科書、保育者向けの歌集などに掲載され、幼稚園、学校でも歌われている「大きなうた」の作詞・作曲者として知られる。 1948年、京都府生まれ。 中学時代にアメリカのフォークソングとうたごえ運動の影響を受け作曲を始める。すずききよしらが講師を務める京都フォークスクールで修業。 立命館大学在学中にフォーク集団ポロを結成。京都の各学園・地域のフォークサークルが集まって、京都フォークソング連絡会議を組織。代表議長をつとめる。
山口 憲(やまぐち あきら、1948年 - )は能装束研究者… 山口 憲(やまぐち あきら、1948年 - )は能装束研究者。京都市出身。立命館大学経営学部卒業。山口能装束研究所所長。 1972年より能装束の調査研究をはじめ、能装束の復元およびそれらの展覧会を手がける。また国内外での展覧会の開催や研究書の出版を行う。 1995年日本文化芸術財団より第2回日本伝統文化振興賞受賞。 2004年にはヨーロッパ、アメリカでの能装束展覧による日本伝統文化の紹介が評価され外務大臣表彰を受賞。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
山下 久夫(やました ひさお、1948年 - )は、日本の国… 山下 久夫(やました ひさお、1948年 - )は、日本の国文学者。金沢学院大学名誉教授。専攻は日本文学・日本思想史。 鹿児島県生まれ。1971年立命館大学文学部日本文学科卒、77年同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。金沢学院大学文学部助教授、教授。2005年「秋成の「古代」」で立命館大学より文学博士の学位を取得。2014年定年退任、名誉教授。
中田 寛(なかた ひろし、1947年12月13日 - )は、… 中田 寛(なかた ひろし、1947年12月13日 - )は、日本の経営者。アキレス社長を務めた。福岡県出身。 1970年に立命館大学経済学部を卒業し、同年にアキレスに入社。1992年に取締役に就任し、1995年11月に常務、2000年6月に専務、2004年6月に副社長を経て、2005年6月には社長に就任。2012年6月に相談役に就任。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
佐竹 俊郎(さたけ としろう、1947年〈昭和22年〉11月… 佐竹 俊郎(さたけ としろう、1947年〈昭和22年〉11月22日 - 2003年〈平成15年〉5月28日)はシンガーソングライター、実業家。 1960年代半ばからの関西フォーク創成期、カレッジ・フォークのリーダーとして活動し、1975年にアリスがカバーしたヒット曲『今はもうだれも』の作詞・作曲者として知られる。 京都市に本社がある歯科材料の製造販売の企業「ニッシン」の経営者でもあり、ネイル分野への参入に先鞭をつけた。 京都府出身。1965年、立命館大学経済学部在学中、山本逸士、杉田二郎、土井月子とともに「ピーター・ポール&マリー」のコピーバンド「モダンルーツ・シンガーズ」を結成。後に山本が抜けたため、それまでのペースからボーカルとギターに変わる。
岩室 敏和(いわむろ としかず、1947年(昭和22年)9月… 岩室 敏和(いわむろ としかず、1947年(昭和22年)9月23日 - )は日本の政治家。元大阪府阪南市長(2期)。阪南市議会議員(6期)。 大阪府出身。立命館大学産業社会学部卒業。岸和田市役所職員、阪南市議会議員を経て、1996年阪南市長選挙に無所属で立候補したが落選。2000年に阪南市長に当選。阪南市長を2008年まで2期務め、2008年の市長選挙で落選。翌2009年の阪南市議会議員選挙に立候補し、トップで当選し、市議に復帰。2013年の市議選でもトップ当選。2017年も3回連続でトップ当選。2025年の市議選で6回目の当選。また立命館大学大学院公務研究科修士課程を修了し、公共政策修士を取得。
村上 健治(むらかみ けんじ、1947年8月17日 - )は… 村上 健治(むらかみ けんじ、1947年8月17日 - )は日本の経営者。大和物流・ダイワラクダ工業代表取締役会長、大和ハウス工業元代表取締役副会長・社長。血液型A型。 京都の大学に通う姉を訪ねたことがきっかけで立命館大学が気に入り受験。学生運動の盛んな時期だったが運動には参加せず、遊びや読書に熱中。卒業と同時に大和ハウス工業に入社。東京配属が決まっていたものの、なるべく母親のそばにいてやりたいと岡山勤務を直訴して認められた。 池波正太郎のファンで、自称「鬼平犯科帳マニア」。好きな言葉は「心豊かにたくましく」。座右の銘は「人間万事塞翁が馬」。
北奥 耕一郎(きたおく こういちろう、1947年8月5日 -… 北奥 耕一郎(きたおく こういちろう、1947年8月5日 - )は、日本の写真家。(社)日本写真家協会会員。京都市観光大使。NHK京都文化センター講師。株式会社フリージュ代表取締役。京都府京都市出身。 1971年、立命館大学法学部卒業後、美術印刷会社勤務を経て独立。 2004年、文化庁が派遣する「芸術家特別研修員」に任命され、アメリカ合衆国へ研究派遣される。研究対象は、世界最新のデジタルプリント技術。 2007年、第11回京都現代写真作家展実行委員。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
笠原 伸次(かさはら しんじ、1947年4月23日 - )は… 笠原 伸次(かさはら しんじ、1947年4月23日 - )は、日本の経営者。澁澤倉庫社長を務めた。東京都出身。 1970年に立命館大学経済学部を卒業し、同年4月に澁澤倉庫に入社。2003年6月に取締役に就任し、2006年6月に常務を経て、2009年6月には社長に就任。2013年6月に会長に就任。
翫 正敏(いとう まさとし、1947年4月11日 - 202… 翫 正敏(いとう まさとし、1947年4月11日 - 2022年1月26日)は、昭和・平成期の日本の政治家(参議院議員1期)・真宗大谷派僧侶。測量士の資格を持つ。 石川県出身。小松高校卒業、1970年に立命館大学理工学部を卒業後に、京都市の建築設計事務所に勤務した後、父の後を継いで小松市の正光寺住職となる。僧侶としての立場から平和運動に参加して宗教者平和ネットワークを創設し、小松基地騒音公害訴訟や能登原発反対運動に参加する。 1989年の第15回参議院議員通常選挙比例区に日本社会党の比例代表名簿第19位で立候補して初当選する。1993年には日本社会党委員長選挙に立候補して村山富市と争うが敗れた。
岡本 光一(おかもと こういち、1947年(昭和22年)4月… 岡本 光一(おかもと こういち、1947年(昭和22年)4月9日 - )は、日本の実業家・慈善家。キーエンス元常務取締役 兼 企画開発部長。公益財団法人プラザ・コム代表理事。 東京都出身。兵庫県宝塚市在住。1970年(昭和45年)立命館大学理工学部を卒業。電子技術エンジニアとして回路設計に携わっていたが、30歳手前の時に失業。 1975年(昭和50年)リード電機(現:キーエンス)に3人目の社員として入社。1977年(昭和52年)取締役、1986年(昭和61年)6月常務に就任(同年キーエンスに改称)。1994年(平成6年)に退職し、監査役を務めた。 阪神・淡路大震災をきっかけに、宝塚市内で日曜大工や手話のボランティアを始め、公益財団「プラザ・コム」を夫妻で設立。
多川 俊映(夛川、たがわ しゅんえい、1947年3月6日 -… 多川 俊映(夛川、たがわ しゅんえい、1947年3月6日 - )は、日本の法相宗の僧侶で、現在、法相宗大本山興福寺寺務老院(責任役員)、同寺菩提院住職、帝塚山大学特別客員教授。 奈良県奈良市出身。帝塚山小学校、帝塚山中学校・高等学校を経て、1969年に立命館大学文学部哲学科心理学専攻を卒業。その後、入寺。執事や副住職を務め、1989年からは興福寺貫首(代表役員)に就任、2019年に退任した。貫首在任中は法相宗管長を務め、また中金堂再建など、伽藍の復興に精力的に取り組んだ。貫首退任後も責任役員を務め、引き続き境内整備や伽藍復興などの事業に取り組んでいる。 また、 法相宗の理論である唯識の研究や仏教文化論の研究を行い、執筆活動や講演活動なども積極的に行なっている。
中村 浩(なかむら ひろし、1947年(昭和22年)2月15… 中村 浩(なかむら ひろし、1947年(昭和22年)2月15日- )は、日本の考古学者、大阪大谷大学名誉教授。専攻は、日本考古学、博物館学、民族考古学(東アジア窯業史)、日本仏教史。 大阪府富田林市生まれ。1969年(昭和44年)立命館大学文学部日本史学専攻卒業。大阪府教育委員会文化財保護課勤務を経て、大谷女子大学文学部専任講師、助教授、教授、校名変更で大阪大谷大学文化財学科教授。2013年(平成25年)定年、名誉教授。高野山真言宗龍泉寺住職。 2001年(平成13年)『和泉陶邑窯の歴史的研究』で立命館大文学博士。 大阪府南部に分布する古墳時代の須恵器の窯跡群である「陶邑窯跡群」について精力的な研究を行い、その須恵器の編年は、「中村編年」として知られる。