井上 知幸(いのうえ ともゆき、1959年9月26日 - )… 井上 知幸(いのうえ ともゆき、1959年9月26日 - )は、日本の放送作家。東京都出身(深川生まれ)。1985年、國學院大學文学部卒業。日活入社後、テレビ企画部、児童映画部を経て放送作家の道へ。1987年、『コメディー素晴らしき毎日』(NHK)でデビュー。『鶴瓶の家族に乾杯』などの番組を構成する。『今夜も生でさだまさし』ではアシスタント兼構成作家として出演。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
吉岡 司(よしおか つかさ、1959年5月9日 - )は日本… 吉岡 司(よしおか つかさ、1959年5月9日 - )は日本の競馬記者。 秋田県出身。國學院大學法学部卒業後の1983年にホースニュース・馬へ入社。 1989年から1998年6月13日まで、『中央競馬ワイド中継』(独立UHF放送局)の土曜日のパドック解説を担当した。以降はグリーンチャンネルで『中央競馬中継』のパドック解説や『明日のレース分析』の解説を不定期で務めている。 『ホースニュース・馬』が2008年2月19日に休刊したあとは、競馬雑誌『UMAJIN』の専属トラックマンとして活動している。 テレビでの競馬予想披露の際には、独特の長ゼリフによる走破時計などを分析した理詰めの口上であるが、本来は馬体診断に比重を置いた予想スタイルが身上である。
東原 伸明(ひがしはら のぶあき、1959年5月 - )は、… 東原 伸明(ひがしはら のぶあき、1959年5月 - )は、日本の国文学者、高知県立大学教授。 長野県塩尻市出身。國學院大學文学部国文科卒業、同大学院博士課程後期単位取得満期退学。2009年「古代散文文学史における語り・言説・テクストの研究」で文学博士(名古屋大学)。1997年県立高知女子大学文学部助教授、2007年教授、2011年校名変更で高知県立大学文化学部・人間生活学研究科教授。専門は中古の物語・日記。
春日 美奈子(かすが みなこ、1959年4月4日 - )は、… 春日 美奈子(かすが みなこ、1959年4月4日 - )は、日本のフリーアナウンサー、少年犯罪評論家、鎌倉女子大学児童学部児童学科教授。 この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(アナウンサーPJ)。
佐藤 雅一(さとう まさいち、1959年1月28日 - )は… 佐藤 雅一(さとう まさいち、1959年1月28日 - )は、日本の考古学者。縄文研究者。新潟県津南町埋蔵文化財センター『うもれあ』準備室長。國學院大學兼任講師。三条市文化財保護審議会委員。NPOジョウモネス・ジャパン理事。雪国縄文文化の研究。津南郷土史家〈津南学を提唱〉。雪国観光圏雪国文化研究WG座長。 新潟県三条市出身。三条ジュニア考古学クラブを結成。加茂暁星高等学校を卒業。國學院大学文学部史学科を卒業。 新潟県教育委員会埋蔵文化財課嘱託。1994年、津南町職員教育委員会配属文化財専門員(苗場山麓開発に伴う町内発掘調査を担当)。2004年、津南町農と縄文の体験実習館なじょもん開館。2009年、教育委員会文化財班長。
上島 春彦(かみじま はるひこ、1959年 - )は、日本の… 上島 春彦(かみじま はるひこ、1959年 - )は、日本の映画評論家である。國學院大學文学部卒業。 2006年、著書『レッドパージ・ハリウッド 赤狩り体制に挑んだブラックリスト映画人列伝』が作品社より刊行される。
東海林 孝一(しょうじ こういち、1959年 - )は、日本… 東海林 孝一(しょうじ こういち、1959年 - )は、日本の経済学者。國學院大學経済学部准教授、博士。専門は、会計学・管理会計。 國學院大學卒業、横浜市立大学大学院修士課程、青山学院大学大学院博士課程修了。1991年國學院大學経済学部専任講師経て、1994年同大学助教授。1996年~1998年フロリダ大学客員研究教授。 管理会計の面白さを日常生活で触れる企業から、なぜこのような営業形態や戦略をとっているのかを解説する為、会計学を親しみやすく紹介する。テレビ出演等も行っている。ゼミ教育をはじめとした教育に非常に熱い。
津島 知明(つしま ともあき、1959年 - )は、日本の国… 津島 知明(つしま ともあき、1959年 - )は、日本の国文学者。 東京都生まれ。國學院大学大学院博士課程単位取得退学、2006年「動態としての枕草子」で國學院大學より文学博士の学位を取得。各大学非常勤講師。
永井 晋(ながい すすむ、1959年 - )は、日本の歴史学… 永井 晋(ながい すすむ、1959年 - )は、日本の歴史学者。金沢文庫主任学芸員。日本中世前期の政治史・国制史専攻。 群馬県出身。1986年國學院大學大学院博士課程後期中退。2008年「金沢北条氏の研究」で國學院大學博士(歴史学)取得。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
千明 守(ちぎら まもる、1959年 -2014年12月31… 千明 守(ちぎら まもる、1959年 -2014年12月31日)は、日本の国文学者、國學院大學栃木短期大学教授。博士(文学)。専攻は日本中世文学・軍記物語。 群馬県生まれ。1981年國學院大學文学部日本文学科卒業。1986年同大学院文学研究科博士課程後期単位取得中退。國學院大學栃木短期大学助教授を経て教授。椎名守の名で代々木ゼミナール古文講師を務めた。 2014年12月31日、逝去。
河名 秀郎(かわな ひでお、1958年11月24日 - )は… 河名 秀郎(かわな ひでお、1958年11月24日 - )は、日本の実業家・篤農家。自然栽培と6次産業化の実践者。自然栽培全国普及会会長。ナチュラル・ハーモニー代表。映画『降りてゆく生き方』の原点にもなった本の著者でもある。また三好基晴と「菌匠会」を立ち上げ、天然菌の発酵醸造食を『発酵遺産』と命名して復活活動をしている。 東京都世田谷区出身。芝学園高等学校卒業、姉が骨肉腫で亡くなったことから18歳の時に自然栽培に出会う。國學院大學卒業後に千葉の自然栽培農家で1年修行し、自然栽培野菜の引き売りを開始。1986年(昭和61年)、世田谷区下馬に八百屋を開店。ナチュラル・ハーモーニーを設立。1991年、港区青山にレストランを開店。
土方 浄(ひじかた きよし、1958年11月7日 - )は、… 土方 浄(ひじかた きよし、1958年11月7日 - )は、フリーアナウンサー。元琉球放送(RBC)アナウンサー。東京都杉並区出身。 この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(アナウンサーPJ)。
長谷川 晴彦(はせがわ はるひこ、1958年10月4日 - … 長谷川 晴彦(はせがわ はるひこ、1958年10月4日 - )は、フリーアナウンサーである。元新潟総合テレビ(NST)のアナウンサー。 この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(アナウンサーPJ)。
河野 義勝(こうの よしかつ、1958年4月3日 - )とは… 河野 義勝(こうの よしかつ、1958年4月3日 - )とは、武蔵野興業株式会社代表取締役社長及び日本の中国武術家。八卦掌第四世伝人。 18歳より王樹金より太極拳・形意拳・八卦掌、一貫道(天道)を学び、入門し拝師門徒(内弟子)となる。王樹金が来日中は、自宅に泊め衣食住にわたり世話をした。 國學院大學法学部卒。妻に優子がいる。 現在は事業を続けながら、義誠国術館を設立し王樹金より学んだ中国武術と一貫道(天道)を伝えている。
藤森 馨(ふじもり かおる、1958年3月 - )は、日本の… 藤森 馨(ふじもり かおる、1958年3月 - )は、日本の神道学・国史学者、国士舘大学教授。 東京都品川区生まれ。1982年國學院大學文学部神道学科卒、1987年同大学院文学研究科博士課程後期単位修得満期退学。1996年公益財団法人大倉精神文化研究所専任研究員、1998年国士舘大学文学部助教授を経て、2005年教授となる。2002年「平安時代の宮廷祭祀と神祇官人」で國學院大學博士(宗教学)。2018年皇學館大學博士(文学)日本史分野。
星善博(ほし よしひろ、1958年1月28日 - )は、日本… 星善博(ほし よしひろ、1958年1月28日 - )は、日本の詩人。日本ペンクラブ、日本詩人クラブ、日本現代詩人会、日本文藝家協会、埼玉詩人会会員、詩誌「ここから」同人。 栃木県今市市(現・日光市)生まれ。詩作のほか朗読活動も行っている。日本人の出自の原点を模索する詩を書き続けている。現在は埼玉県越谷市在住。
柴田 紳一(しばた しんいち、1958年 - )は、日本の歴… 柴田 紳一(しばた しんいち、1958年 - )は、日本の歴史学者。学位は文学士。國學院大學文学部史学科准教授。専攻は日本近現代史。軍事史学会・日本国際政治学会に所属。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
弓倉 弘年(ゆみくら ひろとし、1958年 - )は、日本の… 弓倉 弘年(ゆみくら ひろとし、1958年 - )は、日本の歴史家。管領家畠山氏の研究や中世紀伊に関する著作がある。 1958年、和歌山県和歌山市生まれ。1981年、國學院大學文学部史学科卒業。田辺市や新宮市での勤務を経て、1989年より和歌山県史編さん班勤務。『田辺市史』や『粉河町史』の執筆に加わった。2007年、新潟大学で博士(文学)の学位を取得。和歌山県立向陽高等学校教諭、のち和歌山県立桐蔭高等学校教諭。
浦山 明俊(うらやま あきとし、1958年 - )は、日本の… 浦山 明俊(うらやま あきとし、1958年 - )は、日本の作家、文筆家。医療ジャーナリスト。有限会社イン-ストック取締役社長。 東京・浅草生まれ。國學院大學卒。『週刊朝日』記者などを経て独立、ノンフィクション作品、小説などを書く。 1958年12月1日 東京浅草生まれ 浅草神社で明俊と命名される。 荒川区立第六瑞光小学校卒。 担任教師に代わって、教壇に立ち同級生に国語の授業をするなど、文科系に秀でていた小学生時代を過ごす。 台東区立下谷中学校卒。3年生のときの担任教師が国語の教諭であり「将来は作家を目指せ」と激励を受ける。 都立全寮制秋川高校10期生として卒。イギリスの全寮制名門校イートン・カレッジをモデルとした男子校であった。
井口 喜一(いぐち きいち 1957年11月24日 - )は… 井口 喜一(いぐち きいち 1957年11月24日 - )は日本の映画プロデューサー、テレビプロデューサー。 東京都出身。日活テレビ映画芸術学院年卒業。国学院大学法学部二部卒業。1979年から東映東京撮影所の制作部としてテレビ映画を中心に活動Gカンパニー、テレパック、ホリプロを経て1990年から共同テレビジョンへ移籍。映画部部長、ジェネラルプロデューサーを務める。1991年映画『幕末純情伝』にて渡辺謙の制作担当。2017年よりジャンゴフィルムにてプロデュース業務。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています。
藤原 浩(ふじわら ひろし、1957年9月 - )は、日本の… 藤原 浩(ふじわら ひろし、1957年9月 - )は、日本の実業家。コダック合同会社 代表執行役員社長。元フィリップスジャパン社長兼COO。 愛媛県生まれ。國學院大學法学部卒。 大学卒業後は日本電子に入社、本社経営企画部配属後10年間の米国駐在を経て帰国。1995年から2006年までSAPジャパン株式会社において、代表取締役COO兼CFOを歴任。同社在職中に、INSEADエグゼクティブMBAを取得。2007年からフィリップスエレク卜ロニクスジャパン(現フィリップスジャパン)のヘルスケア部門代表執行役社長、COO等を歴任。 2011年、コダックにおいて常務取締役に就任。2012年に代表取締役社長 就任。
鷺巣 詩郎(さぎす しろう、1957年〈昭和32年〉8月29… 鷺巣 詩郎(さぎす しろう、1957年〈昭和32年〉8月29日 - )は、日本の作曲家、編曲家、音楽プロデューサー。本名同じ。東京都世田谷区出身。映像制作会社ピー・プロダクション代表。既婚。暁星高等学校、國學院大學卒。アン・ミュージック・スクール卒業。 父は漫画家でピー・プロダクション設立者のうしおそうじ(本名:鷺巣 富雄)。叔父はアニメ制作会社エイケンのプロデューサーの鷺巣政安。 1980年代初頭のアイドル歌謡曲時代から、インストゥルメンタル・アーティスト、近年のシンガー・アーティストに至るまで広範囲にわたり、多くの楽曲を手掛けている。『なんてったってアイドル』『センチメンタル・ジャーニー』『スシ食いねェ!』の有名なイントロは鷺巣によるものである。
近藤 ようこ(こんどう ようこ、1957年5月11日 - )… 近藤 ようこ(こんどう ようこ、1957年5月11日 - )は、日本の漫画家。 新潟県新潟市出身。新潟県立新潟中央高等学校時代、高橋留美子らと共に漫画研究会を設立し活動、近藤は副部長を務めていた。折口民俗学にあこがれて國學院大學文学部文学科に進学。大学在学中に『ガロ』1979年5月号にて投稿作品「ものろおぐ」でデビューし、大学卒業後は書店勤務の傍ら『劇画アリス』『漫画ダイナミックス』『マンガ奇想天外』『漫金超』などに作品を発表する。同じ『ガロ』で活躍した、やまだ紫、杉浦日向子と「ガロ三人娘」と呼ばれた。 初期の作品は青年期の自意識を反映した私小説風のものが多かったが、やがて民俗学・国文学の素養を足場にして構想豊かな作品を手がけるようになる。
鈴木 伸一(すずき しんいち、1957年4月20日 - )は… 鈴木 伸一(すずき しんいち、1957年4月20日 - )は、日本の俳人。国際俳句雑誌「吟遊」同人。 群馬県出身。國學院大學文学部卒業。1985年に「俳壇正賞」を受賞。ぐんま社会保険センター俳句教室講師。1997年より上毛新聞「ジュニア俳壇」選者として数多くの青少年俳句に接すると共に、学校での俳句授業や講演などを行い、青少年が俳句に親しむ環境づくりに取り組んでいる。世界俳句協会会員。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
大塚 智彦(おおつか ともひこ、1957年〈昭和32年〉4月… 大塚 智彦(おおつか ともひこ、1957年〈昭和32年〉4月7日 - 2023年〈令和5年〉12月25日 )は、東京都港区出身の国際ジャーナリスト。 國學院大學文学部史学科卒、米ジョージ・ワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社に入社し、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。産経新聞社でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、2014年からはPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材執筆を行った。 著書に『アジアの中の自衛隊』『民主国家への道 ジャカルタ報道2000日』など。 1985年8月の日本航空123便墜落事故、97年9月のガルーダ・インドネシア航空152便墜落事故、97年12月のシルクエアー185便墜落事故と航空機墜落事故を3度も現場で取材したことで知られる。
近藤 好和(こんどう よしかず、1957年〈昭和32年〉 -… 近藤 好和(こんどう よしかず、1957年〈昭和32年〉 - )は、日本史学者。中世の武具が専門。文学博士(広島大学・論文博士・2002年)(学位論文「中世的武具の成立と武士」)。 神奈川県生まれ。1987年國學院大學大学院文学研究科博士課程後期日本史学専攻単位取得満期退学。2002年「中世的武具の成立と武士」で広島大学より文学博士の学位を取得。 神奈川大学特任教授、国立歴史民俗博物館客員教授。國學院大学兼任講師、和洋女子大学非常勤講師。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
鶴橋 俊宏(つるはし としひろ、1957年〈昭和32年〉 -… 鶴橋 俊宏(つるはし としひろ、1957年〈昭和32年〉 - )は、日本の言語学者(国語学)。学位は博士(文学)(國學院大學・2014年)。静岡県立大学名誉教授。 静岡県立大学短期大学部一般教育等教授などを歴任した。 国語学を専攻する静岡県出身の言語学者である。江戸言葉と東京方言の比較研究や、助動詞の研究などで知られている。永年にわたり静岡県立大学の短期大学部にて教鞭を執った。 1957年(昭和32年)、静岡県生まれ。國學院大學に進学し、文学部の文学科にて学ぶ。1982年(昭和57年)に國學院大學を卒業し、同大学の大学院に進む。1984年(昭和59年)には文学修士の学位を取得した。1988年(昭和63年)、文学研究科の博士後期課程を単位修得退学する。
高森 明勅(たかもり あきのり、1957年 - )は、日本の… 高森 明勅(たかもり あきのり、1957年 - )は、日本の評論家、神道学者、歴史家、皇室研究者。
秋山 浩志(あきやま ひろし、1956年11月7日 - )は… 秋山 浩志(あきやま ひろし、1956年11月7日 - )は、元NHKのアナウンサー。現在はフリー(事務所はMAXキャスティング)。血液型はA型。 長崎県立大崎高等学校、國學院大學を卒業。1981年NHK入局。北見放送局→広島放送局→東京アナウンス室→大阪放送局→広島放送局→情報ネットワーク出向→大阪放送局→情報ネットワーク出向(出向中に「G-Media」に改称)→神戸放送局放送局→福岡放送局→東京アナウンス室で勤務。野球・ゴルフを中心としてスポーツ実況に長く携わり、管理職としても神戸ではアナウンス統括、福岡では道谷眞平の東京異動後空席となっていた九州・沖縄ブロックのスポーツデスクを務めた。第88回全国高等学校野球選手権大会では決勝延長再試合となった駒大苫小牧高校と早稲田実業学校戦のテレビ中継の実況を2日間とも務めた。
肥土 貴美男(あくと きみお、1956年8月3日 - )は、… 肥土 貴美男(あくと きみお、1956年8月3日 - )は、NHKの元シニアアナウンサー。 埼玉県立秩父高等学校を経て國學院大學卒業後、1980年入局。日本語センター出向時代は国士舘大学非常勤講師も務めた。 アナウンサー職を経て、東京・ラジオセンターのディレクターとなった。現在はNHKを退職し、東京で外国人への日本語教師をしている。 ・室蘭放送局アナウンス統括
隼田 登志夫(はやた としお、1955年7月19日 - )は… 隼田 登志夫(はやた としお、1955年7月19日 - )は、日本の実業家。マツモトキヨシ代表取締役社長を務めた。 1979年國學院大學法学部法律学科卒業、マツモトキヨシ入社。商品部長、店舗運営部長を経て、2002年取締役店舗運営部長に昇格。2003年取締役薬粧本部長。2004年取締役店舗運営本部長。2005年取締役営業本部長。2007年取締役ファーマシー事業本部長。2008年常務取締役。2009年から代表取締役社長を務め、新業態「H&B Place」の展開などにあたった。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
池田 榮史(池田 栄史、いけだ よしふみ、1955年〈昭和3… 池田 榮史(池田 栄史、いけだ よしふみ、1955年〈昭和30年〉 - )は、日本の考古学者。國學院大學研究開発推進機構教授、琉球大学名誉教授。 1955年、熊本県で生まれた。1981年、國學院大學大学院文学研究科日本史学専攻(考古学系)博士前期課程を修了。同大学助手を経て,1984年に琉球大学法文学部助教授,のちに教授に昇任。琉球大学を定年退官後,國學院大學研究開発推進機構教授。 長崎県北松浦郡の鷹島周辺海底に眠る元冦関連遺跡(鷹島神崎遺跡)の調査で知られる。
大友 一雄(おおとも かずお、1955年 - )は、日本の歴… 大友 一雄(おおとも かずお、1955年 - )は、日本の歴史学者、文書学者、国文学研究資料館名誉教授。近世の記録史料論、近世の儀礼研究などを専門とする。 茨城県北茨城市生まれ。1979年國學院大學文学部史学科卒、1984年学習院大学大学院人文科学研究科史学専攻博士後期課程単位取得退学。1998年「近世国家の権威と儀礼に関する研究」で國學院大學博士(歴史学) 。徳川林政史研究所研究員、国文学研究資料館史料館助手、助教授、教授、名誉教授。
岬 兄悟(みさき けいご、1954年12月30日 -)は、日… 岬 兄悟(みさき けいご、1954年12月30日 -)は、日本のSF作家。東京都出身。國學院大學法学部卒業。妻はSF作家の大原まり子。 ペンネームは、感銘を受けた小松左京の短編小説『岬にて』に由来する。日本SF作家クラブ会員。 『SFマガジン』で豊田有恒が行っていた「リーダーズ・ストーリー」の常連となる。 1979年、SFマガジン3月号掲載の短編「頭上の脅威」でデビュー。豊田有恒が主宰の創作集団「パラレル・クリエーション」に参加。 初期はアイディアSFを書いていたが、1985年の『魔女でもステディ』に始まる「ラヴ・ペア・シリーズ」が、同世代感覚のコミカルなSFコメディとして、火浦功らと共に、ライト感覚のSF作家として若い読者に人気を得る。
大久保 秀夫(おおくぼ ひでお、1954年10月2日 - )… 大久保 秀夫(おおくぼ ひでお、1954年10月2日 - )は、株式会社フォーバルの創業者、代表取締役会長。通信事業者を自動的に選択するLCR(Least Cost Routing)機能を搭載した「NCC BOX」の販売を手がけた。 東京都出身。1977年國學院大學法学部卒業。1980年新日本工販株式会社(現在の株式会社フォーバル)を設立。元東京商工会議所副会頭。
林 譲(はやし ゆずる、1954年9月4日 - 2023年7… 林 譲(はやし ゆずる、1954年9月4日 - 2023年7月13日)は、日本の歴史学者。専門は史料学、日本中世宗教史。東京大学名誉教授。駒澤大学歴史学科教授。 東京都生まれ。1978年國學院大學文学部史学科卒業。1983年國學院大學大学院文学研究科博士課程日本史学専攻満期修了、東京大学史料編纂所助手。1992年金沢市史編纂委員会専門委員。1993年東京大学史料編纂所助教授、新潟県教育委員会調査員。1999年東京大学史料編纂所教授、二宮町史編纂委員会編纂委員、石川県加能史料編纂委員会編纂委員。2001年醍醐寺文化財研究所研究員、門前町史編纂委員会編纂委員。2002年武蔵野市文化財保護委員会委員。
新井 清(あらい きよし、1954年7月17日 - )は栃木… 新井 清(あらい きよし、1954年7月17日 - )は栃木放送の元アナウンサー・元報道制作部記者。埼玉県上福岡市(現在のふじみ野市)出身、國學院大學卒業。 『それゆけウィークエンド』という番組では「さすらいのガールハント」コーナーを担当、隠しマイクを持って女の子に話しかけてナンパするようなコーナーであったが、その成功率は70%ともいわれた。 レコード会社に知人が多いということで、会食、飲み会の席でレコードを出そうかという話が何度か出たという。 この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(アナウンサーPJ)。
阿部 昇(あべ のぼる、1954年3月17日- )は、日本の… 阿部 昇(あべ のぼる、1954年3月17日- )は、日本の国語科教育学者、秋田大学大学院教育学研究科特別教授、秋田大学名誉教授、東京未来大学特任教授。 東京都生まれ。1979年國學院大學文学部卒。茗溪学園中学校・高等学校教諭、2000年秋田大学教育文化学部助教授、2003年教授、2016年秋田大学大学院教育学研究科教授。2008~2011年秋田大学教育文化学部附属小学校校長。専門は国語科教育学、教育方法学。日本教育方法学会常任理事、全国大学国語教育学会理事、日本NIE学会理事、「読み」の授業研究会代表。2007~2019秋田県検証改善委員会委員長。 秋田県内の小中学校を多数訪問し、教育現場とその地域の事情に精通し、全国学力テストの好成績について分析を行う。
佐藤 孝之(さとう たかゆき、1954年2月23日 - )は… 佐藤 孝之(さとう たかゆき、1954年2月23日 - )は、日本の歴史学者、東京大学名誉教授。神奈川大学日本常民文化研究所客員研究員。日本近世史専攻。 群馬県生まれ。1976年國學院大學文学部史学科卒業。81年同大学院文学研究科博士課程満期退学。94年「近世前期の幕領支配と村落」で國學院大学より博士(文学)の学位を取得。1984年東京大学史料編纂所助手、95年助教授、2001年教授。2019年定年退職、名誉教授。
金山喜昭(かなやまよしあき、1954年(昭和29年)-)は、… 金山喜昭(かなやまよしあき、1954年(昭和29年)-)は、日本の博物館学者。法政大学名誉教授。 東京都出身。1977年に國學院大學文学部史学科(考古学専攻)卒業。その後、同大学の博物館学研究室助手の助手を務めた後、1984年に(千葉県)野田市郷土博物館の学芸員として着任。1990年に法政大学大学院人文科学研究科日本史学専攻修士課程を修了(文学修士)し、1997年に同大学院同研究科同専攻博士課程を単位取得満期退学。同年、野田市郷土博物館の館長補佐に就任。2001年、『日本の博物館史』により國學院大學から博士(歴史学)の学位を授与される。 2002年(平成14年)に法政大学文学部教育学科助教授に着任し、博物館学芸員課程を担当。
真木 千明(まき ちあき、1954年〈昭和29年〉 - )は… 真木 千明(まき ちあき、1954年〈昭和29年〉 - )は、日本の神職。日本橋水天宮第5代宮司、福徳神社宮司。 1954年(昭和29年)、久留米水天宮第27代宮司真木保典の次男として、福岡県久留米市に生まれる。真木家は累代水天宮に奉仕する社家であり、父の神明奉仕する姿を見て中学生のときには「神主になりたい」と思ったという。 1974年(昭和49年)上京し、4月、國學院大學神道学科に入学。在学時より水天宮にて毎月5日の「ご縁日」や七五三で奉仕を手伝った。昭和53年(1978年)3月卒業。翌月より赤坂日枝神社に出仕し、宮西惟喬宮司に薫陶を受けた。昭和55年(1980年)1月、権禰宜に就任。 1981年(昭和56年)11月、日本橋水天宮権禰宜に転じる。
藤原 隆麿(ふじわら たかまろ 1954年 - 2020年)… 藤原 隆麿(ふじわら たかまろ 1954年 - 2020年)は、日本の神職であり、盛岡八幡宮の第11代宮司、岩手護国神社宮司、岩手県神社庁長、神社本庁理事、神道政治連盟総務会長を務めた。 岩手高等学校、皇學館短期大学を経て、1980年より神社本庁録事、秘書部長などを歴任し、1997年より宮司に就任。 2011年の東日本大震災が起きたときには、4日後に被災地に入り、岩手県神社庁理事として被災地支援の陣頭指揮をした。2013年3月26日に岩手県神社庁長に選任された。 2019年に戦没者を追悼する行事を行った。 2020年5月に死去が報じられた。
うえだ ひでひと(本名:植田 秀仁〈読みは左記と同一〉、19… うえだ ひでひと(本名:植田 秀仁〈読みは左記と同一〉、1953年11月3日 - 2015年6月28日)は、日本の男性アニメーション演出家、アニメーション監督。山梨県出身。「植田 秀仁」「ウエダ ヒデヒト」「綴爆(すぺるばく=スピルバーグのもじり)」「舞刀満」「鳥南乃」名義での活動もある。 漫画家志望で、國學院大學在学中の1975年11月7日に研修生としてタツノコプロへ入社。作画も志望ではあったが、翌年3月に大学を卒業して正社員採用されると、演出部へ配属、同時採用の真下耕一と共に『タイムボカン』班の演出助手(第33話「ビックリ! 天女は宇宙人だペッチャ」)を務めることとなり、これがキャリアのスタートとなる。
計屋 珠江(はかりや たまえ、1953年9月19日 - )は… 計屋 珠江(はかりや たまえ、1953年9月19日 - )は、日本の女性政治家。神奈川県議会議員(6期)。
岸 じゅんこ(きし じゅんこ、本名:根岸 淳子<ねぎし じゅ… 岸 じゅんこ(きし じゅんこ、本名:根岸 淳子<ねぎし じゅんこ>、1953年7月31日 - )は、日本の元歌手、女優、タレント。身長162cm。B88cm、W56cm、H88cm(1976年2月)。 神奈川県横浜市出身。小学5年生の時に両親が離婚したので、母の元で育つ。 國學院大學文学部在学中から芸能活動を開始。NHKの『ヤング101』に第4期生の一人として加入して、NHK総合テレビジョンの音楽番組『ステージ101』に1973年10月21日から番組が終了した1974年3月まで出演した。『ヤング101』に在籍中の1974年1月に日本コロムビアから「北国ひとりぼっち」をリリース、キャッチフレーズは「レザーが似合う女の子」であった。
松下 豊(まつした ゆたか、1953年4月7日 - 2007… 松下 豊(まつした ゆたか、1953年4月7日 - 2007年1月23日)は、元静岡朝日テレビのアナウンサー、記者である。 53歳没。 静岡県浜松市出身。静岡県立浜松西高等学校、國學院大學を卒業、静岡県民放送(静岡けんみんテレビ、現:静岡朝日テレビ)の第1期生として入社し、スポーツアナウンサー、報道部記者などをつとめた。 この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(アナウンサーPJ)。
小川 直之(おがわ なおゆき、1953年2月 - )は、日本… 小川 直之(おがわ なおゆき、1953年2月 - )は、日本の民俗学者。國學院大學文学部名誉教授。 神奈川県出身。1975年に國學院大學文学部文学科を卒業後、平塚市博物館学芸員を経て、1994年より國學院大學文学部専任講師、1996年に助教授、2003年に教授。1995年に「摘田稲作の民俗学的研究」で國學院大學より博士(民俗学)の学位を取得、2023年に定年退任。2018年より柳田國男記念伊那民俗学研究所所長(第4代)。
岩崎 均史(いわさき ひとし、1953年 - )は、日本美術… 岩崎 均史(いわさき ひとし、1953年 - )は、日本美術史・文化史学者。 北海道生まれ。國學院大学 文学部史学科卒業後、1978年よりたばこと塩の博物館 に勤務、主席学芸員。2014年退職後、同年より練馬区立石神井公園ふるさと文化館館長。2015年より静岡市東海道広重美術館館長に就任。学習院大学、同大学院、成城大学、國學院大学大学院の非常勤講師なども務める。長年にわたる浮世絵研究及び展覧会の開催、学会への貢献など業績に対し第4回国際浮世絵学会賞受賞、研究報告「国立歴史民俗博物館蔵 洛中洛外図(E本)の考察〜先行版本挿絵との関係〜」にて第4回鹿島美術財団賞受賞(1997)。浮世絵版画の研究、中でも目で見る江戸のなぞなぞ「判じ絵」や江戸時代の年ごとに異なった月の大小を用いそれに趣向を凝らして絵や文の中に織り込んだ摺物「大小」研究の第一人者として知られる。
小林 健二(こばやし けんじ、1953年 - )は、日本の国… 小林 健二(こばやし けんじ、1953年 - )は、日本の国文学者、国文学研究資料館名誉教授。 東京都生まれ。1978年國學院大學文学部文学科卒業。1980年同大学院文学研究科修士課程修了。2001年「中世劇文学の研究 能と幸若舞曲」で博士(文学)(大阪大学)取得。国文学研究資料館助手、助教授、研究部教授・総合研究大学院大学教授。2019年定年退任、名誉教授となる。能楽や幸若舞が専門。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、文学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJライトノベル)。
佐藤 幹夫(さとう みきお、1953年 - )は、日本の評論… 佐藤 幹夫(さとう みきお、1953年 - )は、日本の評論家、フリージャーナリスト。 1953年、秋田県出身。國學院大學文学部卒業。養護学校の教員を20年以上勤める。その後フリージャーナリストとして活動。1987年より批評誌『飢餓陣営』の主宰者として、思想・文学・心理学・司法と司法精神医学、障害問題など、幅広い分野で評論活動を行う(現在58号。60号にての終刊が予定されている)。また出版の企画・プロデュース・編集なども手がけるかたわら、生活支援や更生支援の現場で、事例検討会議や職員研修の助言者などを務める。(以上は各著作の著者紹介欄より)