山村 浩(やまむら ひろし、1962年(昭和37年)1月30… 山村 浩(やまむら ひろし、1962年(昭和37年)1月30日 - )は、日本の海上自衛官。第34代海上幕僚長。山口県出身。 1984年(昭和59年)3月、防衛大学校(第28期)を卒業後、海上自衛隊に入隊。護衛艦「みねゆき」艦長、第4護衛隊群司令、護衛艦隊司令官、海幕副長等を歴任し、2019年(平成31年)3月19日の閣議において、4月1日付をもって第34代海上幕僚長に任命する旨の人事が了承・発令された。 勤務方針は「精強・即応」及び「変化への適合」を掲げ、各種訓練や隊員の意識改革などに積極的に取り組んだ。最後の定例会見では、中東方面における情報収集や、コロナ下でも各国と共同訓練を行ってきたことを上げ、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向け大きく貢献できたと自負している」と語った。
武藤 茂樹(むとう しげき、1961年〈昭和36年〉12月1… 武藤 茂樹(むとう しげき、1961年〈昭和36年〉12月19日 - )は、日本の航空自衛官。最終階級は空将。防衛大学校教授、初代南西航空方面隊司令官、第46代航空総隊司令官を歴任した。防大28期。 群馬県出身。1984年、防衛大学校卒業。 1999年1月、2等空佐昇任。 2003年7月、1等空佐昇任。同年8月、航空幕僚監部防衛部装備体系課装備体系第1班長。20068月、航空幕僚監部防衛部防衛課防衛調整官。2007年7月、統合幕僚監部運用部運用第1課長。 2009年7月、空将補昇任、航空幕僚監部防衛部。2010年7月、第2航空団司令。2011年7月、防衛大学校防衛学教育学群長、防衛大学校教授兼任。
田浦 正人(たうら まさと、1961年〈昭和36年〉12月2… 田浦 正人(たうら まさと、1961年〈昭和36年〉12月2日 - )は、日本の長崎県出身の陸上自衛官。1等陸佐までの職種は機甲科。米国ケンタッキー州・陸軍機甲学校及び同国海兵隊指揮幕僚課程修了。最終自衛隊歴は第37代北部方面総監。 1984年(昭和59年)3月、防衛大学校本科第28期卒業し、陸上自衛隊に入隊。同期に元陸上幕僚長の湯浅悟郎、宮城県知事の村井嘉浩がいる。幹部候補生学校卒業後は第12戦車大隊に配属。その後も機甲科幹部として第12戦車大隊中隊長、第3戦車大隊長などを務めた。2004年(平成16年)6月から第2次イラク復興業務支援隊長としてイラクに派遣された。帰国後は陸幕防衛課業務計画班長、第72戦車連隊長、陸幕運用支援課長、中央即応集団副司令官を歴任し、2011年(平成23年)3月に発生した東日本大震災では福島原発対処現地調整所長を務めた。
折口 雅博(おりぐち まさひろ、1961年6月11日- )は… 折口 雅博(おりぐち まさひろ、1961年6月11日- )は、日本の実業家、起業家インキュベーター。総合人材サービス会社グッドウィル・グループ(GWG)前会長、現ブロードキャピタル・パートナーズ株式会社のCEO。 人材派遣会社大手の「グッドウィル」や介護サービスの「コムスン」などが属する企業集団グッドウィル・グループの持株会社「グッドウィル・グループ株式会社」で、2007年12月30日まで代表取締役会長兼CEOを務め、2007年6月11日まで社団法人日本経済団体連合会理事を務める。東京都大田区出身。 陸上自衛隊少年工科学校(陸上自衛隊生徒)第23期生を経て防衛大学校本科理工学専攻を第28期生で卒業する。
関 潤(せき じゅん、1961年5月9日 - )は、日本の実… 関 潤(せき じゅん、1961年5月9日 - )は、日本の実業家。東風汽車有限公司総裁、日産自動車執行役副最高執行責任者(副 COO)、日本電産代表取締役社長執行役員最高経営責任者(CEO)などを経て、2023年2月から鴻海精密工業グループの電気自動車(EV)事業の最高戦略責任者(CSO)。 長崎県佐世保市出身。1980年長崎県立佐世保南高等学校卒業。高校時代は陸上部で短距離をやり、生徒会長も務めた。 1980年、防衛大学校に入学。両親に学費の負担をかけたくなかったのと、ジェット戦闘機のパイロットになりたいというのが志望の動機であった。1984年、防衛大学校理工学専攻機械工学専門課程を卒業。同期にグッドウィル・グループ創業者の折口雅博や村井嘉浩宮城県知事、湯浅悟郎陸上幕僚長、坂口大作防衛大学校教授、不動産投資家の倉石灯などがいる。
山崎 幸二(やまざき こうじ、1961年〈昭和36年〉1月1… 山崎 幸二(やまざき こうじ、1961年〈昭和36年〉1月16日 - )は、日本の陸上自衛官。第6代統合幕僚長。第36代北部方面総監、第36代陸上幕僚長を歴任した。 山梨県西桂町出身。西桂町立西桂小学校、西桂町立西桂中学校、山梨県立吉田高等学校を経て、1983年(昭和58年)3月、防衛大学校本科土木工学専攻第27期卒業(防大の同期に佐藤正久・竹原信一)。陸上自衛隊に入隊後は、陸上自衛隊幹部候補生学校を卒業し、施設科部隊に配属。 2016年(平成28年)7月1日、第36代北部方面総監に就任。統率方針は「任務完遂」。要望事項は「使命の自覚・練磨即応・地域との連携」。 2017年(平成29年)7月28日の閣議において、南スーダンPKO日報問題で引責辞任する岡部俊哉の後任として陸上幕僚長に任命する旨の人事が了承・発令され、同年8月8日付で第36代陸上幕僚長に就任。
小林 茂(こばやし しげる、1960年〈昭和35年〉11月8… 小林 茂(こばやし しげる、1960年〈昭和35年〉11月8日- )は、日本の陸上自衛官。初代陸上総隊司令官。1等陸佐までの職種は野戦特科。 宮城県出身。1983年(昭和58年)3月、防衛大学校を卒業(第27期・同期に第6代統合幕僚長 山崎幸二、参議院議員の佐藤正久等)し、陸上自衛隊に入隊。2002年(平成14年)1月に1等陸佐に昇任し、陸上幕僚監部防衛部運用課運用第1班長、第9特科連隊長兼岩手駐屯地司令、陸幕人事計画課長。2008年(平成20年)8月、陸将補に昇任し、富士学校特科部長、陸幕運用支援・情報部長を経て、2012年(平成24年)7月、第15旅団長に就任。在任中の2014年(平成26年)2月には沖縄地方の防衛について「先島に実力部隊を置く必要がある」との見解を示した。
佐藤 正久(さとう まさひさ、1960年〈昭和35年〉10月… 佐藤 正久(さとう まさひさ、1960年〈昭和35年〉10月23日 - )は、日本の政治家、元陸上自衛官。愛称は「ヒゲの隊長」。 外務副大臣(第3次安倍第3次改造内閣・第4次安倍内閣・第4次安倍第1次改造内閣)、防衛大臣政務官(第2次安倍内閣)、参議院外交防衛委員長、参議院議員(3期)、自由民主党政務調査会外交部会長、同国防部会長、同幹事長代理兼参議院幹事長代理、同参議院筆頭副幹事長などを歴任。陸上自衛官としては、第7普通科連隊長兼福知山駐屯地司令、イラク先遣隊長兼イラク復興業務支援隊長(初代)、ゴラン高原派遣輸送隊長(初代)、第5普通科連隊中隊長などを歴任。最終官職は陸上自衛隊幹部学校主任教官。
村井 嘉浩(むらい よしひろ、1960年8月20日 - )は… 村井 嘉浩(むらい よしひろ、1960年8月20日 - )は、日本の政治家。宮城県知事(民選第18-20代)。復興庁復興推進委員会委員。過去に、宮城県議会議員(3期)、東日本大震災復興構想会議委員などを歴任。元陸上自衛官(最終階級:一等陸尉)。
大塚 海夫(おおつか うみお、1960年〈昭和35年〉8月6… 大塚 海夫(おおつか うみお、1960年〈昭和35年〉8月6日 - )は、日本の海上自衛官、外交官、神職。2020年(令和2年)9月に自衛官出身者として初めて特命全権大使(在ジブチ特命全権大使)に任命され、妻で外交官の中谷好江も同時に駐パラグアイ特命全権大使に任命された。2024年(令和6年)4月1日付で第14代靖国神社宮司に就任。 東京都出身。暁星小学校、暁星中学校・高等学校を経て、1983年(昭和58年)3月、防衛大学校機械工学科(第27期)を卒業後、海上自衛隊に入隊。1997年(平成9年)ジョンズ・ホプキンズ大学ポール・H・ニッツェ高等国際関係大学院修了、国際公共政策学修士。 護衛艦「とね」艦長、海上幕僚監部教育班長、海上幕僚監部防衛調整官、第21護衛隊司令、情報本部統合情報部長、海上自衛隊幹部学校副校長、第2護衛隊群司令、練習艦隊司令官、海上幕僚監部指揮通信情報部長、アメリカ中央軍日本国首席連絡官、自衛艦隊司令部幕僚長、海上自衛隊幹部学校長、情報本部長を歴任し、2019年(令和元年)12月に退官。
山下 万喜(やました かずき、1960年〈昭和35年〉8月2… 山下 万喜(やました かずき、1960年〈昭和35年〉8月2日 - )は、日本の海上自衛官。第49代自衛艦隊司令官。 熊本県出身。1983年(昭和58年)3月、防衛大学校(第27期)を卒業後、海上自衛隊に入隊。護衛艦「まつゆき」艦長、第1護衛隊群司令、佐世保地方総監等を歴任。2016年(平成28年)12月20日の閣議において、自衛艦隊司令官に任命する旨の人事が了承・発令され、12月22日、第49代自衛艦隊司令官に就任した。2019年(平成31年)4月1日、退官 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
角南 良児(すなみ りょうじ、1960年(昭和35年)7月1… 角南 良児(すなみ りょうじ、1960年(昭和35年)7月17日 - )は、岡山県出身の陸上自衛官。1等陸佐までの職種は普通科。
鈴木 純治(すずき じゅんじ、1960年(昭和35年)2月1… 鈴木 純治(すずき じゅんじ、1960年(昭和35年)2月19日 - )は、日本の広島県出身の陸上自衛官。 広島県出身。 1982年(昭和57年)3月に防衛大学校本科第26期卒業を卒業し、陸上自衛隊入隊。2004年(平成16年)8月、第36普通科連隊長に任命され、2005年(平成17年)4月から9月まで第6次イラク復興業務支援群長としてイラクに派遣された。2007年(平成19年)7月、陸将補に昇任し、東北方面総監部幕僚副長、統合幕僚監部報道官、第10師団副師団長、中部方面総監部幕僚長を歴任し、2013年(平成25年)8月、陸将に昇任、第3師団長、陸上幕僚副長を経て、2015年(平成27年)8月、第33代中部方面総監に就任。
小川 清史(おがわ きよし、1960年〈昭和35年〉 - )… 小川 清史(おがわ きよし、1960年〈昭和35年〉 - )は、日本の陸上自衛官。第36代西部方面総監。最終階級は陸将。 防衛大学校土木工学専攻卒業(第26期)。陸上自衛隊幹部学校指揮幕僚課程修了(第36期)。米国陸軍指揮幕僚大学留学。 第8普通科連隊長兼米子駐屯地司令、自衛隊東京地方協力本部長、陸上幕僚監部装備部長、第6師団長、陸上自衛隊幹部学校長、西部方面総監を歴任した。
湯浅 悟郎(ゆあさ ごろう、1959年(昭和34年)12月6… 湯浅 悟郎(ゆあさ ごろう、1959年(昭和34年)12月6日 - )は、日本の陸上自衛官。第37代陸上幕僚長。 徳島県出身。1984年(昭和59年)3月、防衛大学校本科(電気工学科)第28期(防大の同期に田浦正人、折口雅博、村井嘉浩、関潤、坂口大作、斎藤剛、倉石灯など)卒業後、陸上自衛隊入隊、幹部候補生学校卒業後、第42普通科連隊に配属。 第21普通科連隊長、自衛隊東京地方協力本部長、第9師団長、西部方面総監等を歴任し、2019年(平成31年)3月19日の政府閣議において、第37代陸上幕僚長への昇格人事が了承され、同年4月1日をもって就任(西部方面総監出身者としては森勉以来二人目)。
杵渕 正巳(きねふち まさみ、1959年10月28日 - )… 杵渕 正巳(きねふち まさみ、1959年10月28日 - )は、日本の外交官。法務省大臣官房審議官や、ナッシュビル総領事、駐東ティモール特命全権大使を経て、駐ボスニア・ヘルツェゴビナ特命全権大使を務めた。 新潟県小千谷市出身。1981年防衛大学校人文社会科学専攻科卒業。同期に岡部俊哉陸上幕僚長、菊地豊伊豆市長など。1983年外務省入省。米国研修を受け、1986年ジョンズ・ホプキンズ大学ポール・H・ニッツェ高等国際関係大学院修了、修士。1988年外務省国際情報局企画課課長補佐。1991年外務省経済協力局有償資金協力課課長補佐。1993年外務省アジア大洋州局南西アジア課首席事務官。1997年在カナダ日本国大使館一等書記官。
丸茂 吉成(まるも よしなり、1959年(昭和34年)8月2… 丸茂 吉成(まるも よしなり、1959年(昭和34年)8月26日 - )は、日本の航空自衛官。第35代航空幕僚長。
宮原 博昭(みやはら ひろあき、1959年7月8日 - )は… 宮原 博昭(みやはら ひろあき、1959年7月8日 - )は、日本の実業家。株式会社学研ホールディングス代表取締役社長。 現在、一般社団法人日本雑誌協会理事長、公益財団法人古岡奨学会代表理事、雑誌公正取引協議会理事長、一般社団法人デジタル出版者連盟(電書連)理事、出版広報センター・センター長、日販グループホールディングス株式会社社外取締役などを務める。。 広島県呉市生まれ。1982年、防衛大学校卒業。貿易商社を経て、1986年に株式会社学習研究社(現:学研ホールディングス)入社。 2003年学研教室事業部長、2009年学研取締役、同年学研ホールディングス(以下HD)取締役。 2010年5月、株式会社学研ホールディングス取締役 兼 株式会社学研塾ホールディングス代表取締役社長 兼 株式会社学研エデュケーショナル代表取締役社長に就任。
尾上 定正(おうえ さだまさ、1959年〈昭和34年〉5月3… 尾上 定正(おうえ さだまさ、1959年〈昭和34年〉5月31日 - )は、日本の内閣総理大臣補佐官(国家安全保障に関する重要政策及び核軍縮・不拡散問題担当)。元航空自衛官。 第24代航空自衛隊補給本部長で最終階級は空将。退官後は防衛大臣政策参与を務めた。 奈良県出身。奈良県立奈良高等学校を経て、1982年(昭和57年)3月に防衛大学校(26期)を卒業して航空自衛隊入隊。統合幕僚監部報道官、第2航空団司令、防衛大学校防衛学教育学群長 兼 防衛大学校教授、統合幕僚監部防衛計画部長、航空自衛隊幹部学校長、北部航空方面隊司令官等を歴任し、第24代航空自衛隊補給本部長を最後に、2017年に退官。2023年12月から防衛大臣政策参与。
竹原 信一(たけはら しんいち、1959年〈昭和34年〉3月… 竹原 信一(たけはら しんいち、1959年〈昭和34年〉3月7日 - )は、日本の政治家、元航空自衛官。鹿児島県阿久根市議会議員(4期)。前阿久根市長(2期)。最終階級は2等空尉。 1977年、鹿児島県立出水高等学校を卒業。総理府防衛庁入庁(防衛大学校入校)、1983年卒業(第27期。同期に佐藤正久)。航空自衛隊に幹部候補生として任官するも、1988年に二等空尉で退官。帰郷して父親の経営する建設会社である株式会社三笠興産に就職する。一時期は同社の代表取締役を務めた。 2005年、阿久根市議会議員選挙に出馬し、初当選。 2008年8月31日投開票の阿久根市長選挙に、阿久根市議会議員を辞職して立候補して初当選。
岡部 俊哉(おかべ としや、1959年〈昭和34年〉2月5日… 岡部 俊哉(おかべ としや、1959年〈昭和34年〉2月5日 - )は、日本の陸上自衛官。第35代陸上幕僚長。 福岡県出身。防衛大学校第25期。同期に杵渕正巳駐東ティモール特命全権大使、菊地豊伊豆市長など。1等陸佐までの職種は普通科。空挺及び幹部レンジャー課程修了。日本航空123便墜落事故における災害派遣活動において第1陣部隊の小隊長の1人として出動したことで知られる。その後第1空挺団長、第6師団長、北部方面総監等の要職を経て、2016年(平成28年)7月1日付で第35代陸上幕僚長に就任。岩田清文陸幕長時代から続く多くの自衛隊不祥事に揺れる陸上自衛隊の立て直しを図ろうとしたが、2017年(平成29年)3月に南スーダンPKOにおける自衛隊の日報破棄をめぐる問題が発生し、6月から自身を含めた特別防衛監察を受察。
重岡 康弘(しげおか やすひろ、1958年(昭和33年)11… 重岡 康弘(しげおか やすひろ、1958年(昭和33年)11月13日 - )は、日本の海上自衛官、 第48代自衛艦隊司令官(海将)。 山口県岩国市出身。1981年(昭和56年)3月、防衛大学校(第25期)を卒業後、海上自衛隊入隊、職種は戦術航空士。2015年(平成27年)7月28日の閣議において、8月4日をもって第48代自衛艦隊司令官に任命する旨の人事が了承・発令された。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
菊地 豊 (きくち ゆたか、1958年〈昭和33年〉6月8日… 菊地 豊 (きくち ゆたか、1958年〈昭和33年〉6月8日 - )は、日本の政治家、元陸上自衛官(最終階級:一等陸佐)。静岡県伊豆市長(5期)。 静岡県伊豆市生まれ。防衛大学校(第25期)卒業後、陸上自衛官に任官。同期に岡部俊哉陸上幕僚長、杵渕正巳駐東ティモール特命全権大使など。国際連合モザンビーク活動司令部作戦担当幕僚、在ドイツ日本大使館付防衛駐在官、第5普通科連隊長、内閣衛星情報センター主任分析官等を歴任した後、2007年1月、1等陸佐で退官。その後は英会話教室を経営。 2008年、出身地である伊豆市の市長選に立候補し、初当選。2012年、前伊豆市議会議員の西島信也を破り、再選。2016年、3選を果たした。
杉山 良行(すぎやま よしゆき、1958年(昭和33年)2月… 杉山 良行(すぎやま よしゆき、1958年(昭和33年)2月1日 - )は、日本の航空自衛官。第34代航空幕僚長。職種は飛行(戦闘機操縦士)。
村川 豊(むらかわ ゆたか、1958年(昭和33年)1月29… 村川 豊(むらかわ ゆたか、1958年(昭和33年)1月29日 - )は、日本の海上自衛官。第33代海上幕僚長。神奈川県出身。 1981年(昭和56年)3月、防衛大学校(国際関係論学)第25期を卒業し、海上自衛隊に入隊する。後方支援の職種である「経理・補給」職域に進み、海上幕僚監部人事教育部長、海上自衛隊補給本部長、海上幕僚副長などの要職を歴任し、2016年(平成28年)12月20日の閣議において、12月22日付をもって第33代海上幕僚長に任命する旨の人事が了承・発令された。 海幕長に後方支援の職種出身者が就任するのは海上自衛隊創設以来初めて。就任時の記者会見では、村川の海幕長就任が海上自衛隊・帝国海軍の伝統を打ち破っていることを反映し、次のような問答があった。
磯部 晃一(いそべ こういち、1958年〈昭和33年〉1月1… 磯部 晃一(いそべ こういち、1958年〈昭和33年〉1月11日 - )は、日本の陸上自衛官。第37代東部方面総監。最終階級は陸将。 1980年(昭和55年)3月に防衛大学校(国際関係論、本科24期)を卒業後、陸上自衛隊に入隊。防大の同期生に番匠幸一郎、中谷元、田邉揮司良など。番匠、田邊とは陸将補・陸将ともに防衛大学校本科24期生の中で一選抜昇任を果たした。 陸上自衛隊では航空科部隊に配属、ヘリコプター・パイロットとして勤務。湾岸戦争時には外務省北米局米局安全保障課出向、その後統幕防衛計画部長、第7師団長、統合幕僚副長などの要職を歴任した。1996年、米国海兵隊指揮幕僚大学で軍事学修士を、2003年、米国国防大学で国家資源戦略修士をそれぞれ取得。
番匠 幸一郎(ばんしょう こういちろう、1958年〈昭和33… 番匠 幸一郎(ばんしょう こういちろう、1958年〈昭和33年〉1月5日 - )は、日本の陸上自衛官。第35代 西部方面総監。 鹿児島県鹿児島市出身。1980年(昭和55年)3月、防衛大学校を卒業し、陸上自衛隊に入隊。職種は普通科。1981年(昭和56年)3月に第30普通科連隊に配属。その後は富士学校幹部レンジャー課程修了。1989年(平成元年)、外務省アジア局北東アジア課に出向。1999年(平成11年)から米国陸軍戦略大学留学(戦略学修士) 2004年(平成16年)からの自衛隊イラク派遣では第1次復興支援群長(1等陸佐)を務めた。2005年(平成17年)7月、陸将補に昇任し、西部方面総監部幕僚副長、陸上自衛隊幹部候補生学校長兼前川原駐屯地司令を経て、陸上幕僚監部防衛部長に就任。
德丸 伸一(とくまる しんいち、1958年〈昭和33年〉 -… 德丸 伸一(とくまる しんいち、1958年〈昭和33年〉 - )は、海上自衛官。最終階級は海将補。 神奈川県立横須賀高等学校(高29期)を経て、防衛大学校を1981年3月(第25期)に卒業。海上自衛隊へ入隊する。 おおよど艦長、第4護衛隊群司令、練習艦隊司令官、護衛艦隊幕僚長、掃海隊群司令、第1術科学校長などを歴任し、2015年8月4日退官。 退官後は公益社団法人安全保障懇話会理事(2020年度〈令和2年度〉)への就任や雑誌『世界の艦船』に多くの記事を投稿をしている。
中谷 元(なかたに げん、1957年〈昭和32年〉10月14… 中谷 元(なかたに げん、1957年〈昭和32年〉10月14日 - )は、日本の政治家、陸上自衛官(最終階級:2等陸尉、レンジャー)。自由民主党所属の衆議院議員(13期)。自由民主党高知県支部連合会副会長。 防衛大臣(第14・26-27代)、安全保障法制担当大臣(第3次安倍内閣)、防衛庁長官(第67代)、内閣総理大臣補佐官(国際人権問題担当)(第2次岸田内閣・第2次岸田第1次改造内閣)、自治総括政務次官(第2次森内閣)、郵政政務次官(第2次橋本改造内閣)、国土政務次官(村山改造内閣)、衆議院総務委員長、自由民主党中央政治大学院長、同党憲法改正推進本部長代行、同党安全保障調査会長、同党安全保障法制整備推進本部本部長、同党政務調査会長代理、自由民主党副幹事長(特命担当)、同党情報調査局長、同党人事委員長、同党政務調査会国防部会長、同党国会対策副委員長、同党通信情報局長、同党高知県支部連合会会長などを歴任した。
松尾 幸弘(まつお ゆきひろ、1957年8月 - )は兵庫県… 松尾 幸弘(まつお ゆきひろ、1957年8月 - )は兵庫県出身の陸上自衛官。 職種は野戦特科。防衛大学校本科第24期卒。番匠幸一郎・磯部晃一・中谷元・福田築・田邉揮司良は同級生。 娘は元フジテレビアナウンサーの松尾翠。日本中央競馬会(JRA)所属の元騎手で現調教師の福永祐一は娘婿にあたる。 2012年4月に行われた第8師団の観閲式では北朝鮮が行った人工衛星打ち上げと称する弾道ミサイル実験に伴い、沖縄県に第8化学防護隊と第8後方支援連隊を展開したことについて「日本防衛の最前線師団として、期待に応えたい」と語った。 1980年(昭和55年)3月:防衛大学校卒業、陸上自衛隊入隊。 1999年(平成11年)1月:1等陸佐に昇任。
井上 力(いのうえ ちから、1957年〈昭和32年〉6月15… 井上 力(いのうえ ちから、1957年〈昭和32年〉6月15日 - )は、日本の海上自衛官。最終階級は海将。 青森県八戸市出身。防衛大学校(第24期)を卒業し、海上自衛隊に入隊。入隊後は主に艦艇や海上幕僚監部等で勤務したのち、第4護衛隊群司令、練習艦隊司令官、自衛艦隊司令部幕僚長、統合幕僚監部運用部長等の要職を歴任し、2012年(平成24年)7月から舞鶴地方総監を務め、2014年(平成26年)10月14日、第43代横須賀地方総監に任命された。2015年(平成27年)12月1日に退官。
鍜治 雅和(かじ まさかず、1957年(昭和32年)4月 -… 鍜治 雅和(かじ まさかず、1957年(昭和32年)4月 - )は、元海上自衛官。第20代潜水艦隊司令官。
鍜治 雅和(かじ まさかず、1957年(昭和32年)4月 -… 鍜治 雅和(かじ まさかず、1957年(昭和32年)4月 - )は、海上自衛官。第20代潜水艦隊司令官。 神奈川県立横須賀高等学校(高28期)を経て、防衛大学校を1980年3月(第24期)に卒業。海上自衛隊へ入隊する。第27護衛隊司令、護衛艦隊司令部幕僚長、第3護衛隊群司令、呉地方総監部幕僚長、海上自衛隊第1術科学校長、潜水艦隊司令官などを歴任し、2015年8月4日退官。 高校時代、日本の古典やギ・ド・モーパッサンの小説から太宰治や大森実の著作までを読みあさる読書家であった。また、鍜治の後に第1術科学校長に就いた徳丸伸一は横須賀高校の一年後輩である。
吉田 正紀(よしだ まさのり、1957年〈昭和32年〉2月1… 吉田 正紀(よしだ まさのり、1957年〈昭和32年〉2月11日 - )は、日本の元海上自衛官。 第40代佐世保地方総監、最終階級は海将。元防衛大臣政策参与。 宮崎県出身。1979年(昭和54年)3月に防衛大学校(23期)を卒業し、海上自衛隊入隊。いわせ艦長、在米日本大使館防衛駐在官、海上幕僚監部指揮通信情報部長、海上自衛隊幹部学校長などを歴任し、第40代佐世保地方総監を最後に2014年(平成26年)3月に退官。2014年から2016年の間、慶應義塾大学総合政策学部特別招聘教授。2023年(令和5年)12月から2024年(令和6年)10月まで防衛大臣政策参与。 佐世保地方総監挨拶(2012年06月03日アーカイブ)
岩田 清文(いわた きよふみ、1957年〈昭和32年〉2月3… 岩田 清文(いわた きよふみ、1957年〈昭和32年〉2月3日 - )は、日本の陸上自衛官。第34代陸上幕僚長、第33代北部方面総監。 徳島県出身。1等陸佐までの職種は機甲科。初代統合幕僚長を務めた先崎一陸将以来10年ぶりとなる北部方面総監からの陸幕長就任となった。北部方面総監時代の要望事項は「任務即応・訓練精到・地域連携」。約3年にわたり陸上幕僚長を務め、次期統合幕僚長の候補と目されていたが、在任後期には数多くの重大事案が発生。最後は北部方面隊の然別演習場において、隊員による小銃誤射事案が決定打となり、同事案の管理監督責任を取る形で退官に追い込まれた。 選択出版によると、陸上自衛隊の制服を、2018年末に現行のモスグリーンから、統合幕僚監部のイメージカラーである「紫色」に変更する構想は、統幕長を狙いながら勇退を余儀なくされた岩田の「置き土産」であるとされる。
武居 智久(たけい ともひさ、1957年〈昭和32年〉1月1… 武居 智久(たけい ともひさ、1957年〈昭和32年〉1月12日 - )は、日本の海上自衛官。第32代海上幕僚長。長野県出身。 長野県諏訪清陵高校卒業後、防衛大学校(第23期)に入校。1979年(昭和54年)3月、海上自衛隊に入隊。入隊後は主に艦艇や海上幕僚監部で勤務したのち、統合幕僚監部指揮通信システム部長、海上幕僚監部防衛部長、大湊地方総監、横須賀地方総監等の要職を歴任、2014年(平成26年)10月7日の閣議において、10月14日付をもって第32代海上幕僚長に任命する旨の人事が了承・発令された。在任中に海自艦による米艦防護などを可能とする安全保障関連法が施行されたほか、海洋進出の動きを強める中国を念頭に、フィリピンへの海自航空機の貸与も推進するなど安全保障体制の環境整備に尽力した。
福田 築(ふくだ きづく、1956年(昭和31年)10月8日… 福田 築(ふくだ きづく、1956年(昭和31年)10月8日 - )は、福岡県出身の陸上自衛官。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
久保 文明(くぼ ふみあき、1956年7月30日 - )は、… 久保 文明(くぼ ふみあき、1956年7月30日 - )は、日本の政治学者。第10代防衛大学校長。専門は、アメリカ政治。学位は、法学博士(東京大学・1989年)。慶應義塾大学法学部教授・東京大学大学院法学政治学研究科教授を歴任。 父は、教育史学者で学校法人武蔵野学院理事長の久保義三。 東京都生まれ。武蔵高等学校を経て、東京大学法学部卒業。斎藤眞、五十嵐武士に師事。1989年「ニューディールとアメリカ民主政 農業政策をめぐる政治過程」で法学博士の学位を東京大学より取得。 東京大学法学部助手(1979-82年)、筑波大学社会科学系講師(1982-87年)、同助教授(1987-88年)、慶應義塾大学法学部助教授(1988-93年)・同教授(1993-2003年)を経て、2003年より東京大学大学院法学政治学研究科教授。
太田 清彦(おおた きよひこ、1956年〈昭和31年〉5月1… 太田 清彦(おおた きよひこ、1956年〈昭和31年〉5月15日 - )は、日本の陸上自衛官。防大23期。秋田県出身。 自衛隊イラク派遣では第5次復興支援群長を務めた。自衛隊カンボジア派遣や中東駐箚の防衛駐在官など、数多くの海外勤務経験を持つ。職種は普通科。
木野村 謙一(きのむら けんいち、1956年2月 - )は、… 木野村 謙一(きのむら けんいち、1956年2月 - )は、日本の岐阜県出身の陸上自衛官。第7代情報本部長。幹部レンジャー課程及び空挺課程を修了。
齊藤 治和(さいとう はるかず、1956年(昭和31年)1月… 齊藤 治和(さいとう はるかず、1956年(昭和31年)1月2日- )は、日本の航空自衛官。第33代航空幕僚長。 福井県丹生郡清水町出身。福井県立羽水高等学校を経て、1978年(昭和53年)3月に防衛大学校(第22期)卒業し、航空自衛隊に入隊。職種は飛行(戦闘機操縦士)、TACネームは「GOA」。総飛行時間は約3,300時間であり、その約半分はF-15戦闘機によるもの。第6航空団司令兼小松基地司令、航空救難団司令、航空幕僚監部運用支援・情報部長、航空総隊司令部幕僚長を経て、2009年(平成21年)3月、空将に昇任、統合幕僚監部運用部長、北部航空方面隊司令官を歴任。航空総隊司令部の組織改編及び移転に際しては初代副司令官から第41代航空総隊司令官を務める等、一貫して関わってきた。
矢野 一樹(やの かずき、1955年〈昭和30年〉12月16… 矢野 一樹(やの かずき、1955年〈昭和30年〉12月16日 - )は、日本の海上自衛官。日本安全保障戦略研究所上席研究員、防人と歩む会理事長。第19代潜水艦隊司令官、三菱重工顧問を歴任。最終階級は海将。防大22期。 愛媛県今治市出身。防衛大学校第22期卒業。海上自衛隊幹部学校指揮幕僚課程修了。アメリカ合衆国国防大学修士(国家資源管理)。 海上幕僚監部教育課長、防衛大学校訓練部長、大湊地方総監部幕僚長、海上幕僚監部装備部長を経て、第19代潜水艦隊司令官。2013年(平成25年)8月、海上自衛隊退官。 退官後、三菱重工顧問を務めた。
廣中 雅之(ひろなか まさゆき、1955年5月 - )は、日… 廣中 雅之(ひろなか まさゆき、1955年5月 - )は、日本の航空自衛官。最終階級は空将。山口県出身。 ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院修士課程修了。一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ シニアフェロー。戦略国際問題研究所、スタンフォード大学国際安全保障研究所客員研究員を経て、大阪大学大学院招聘教授、政策研究大学院大学非常勤講師。
池田 整治(いけだ せいじ、1955年〈昭和30年〉3月22… 池田 整治(いけだ せいじ、1955年〈昭和30年〉3月22日 - )は、日本の作家、元陸上自衛官、最終階級は陸将補。空手道七段。 ほか全日本実業団空手道連盟理事長、東藝術倶楽部顧問でもある。愛媛県南宇和郡愛南町(旧一本松町)生まれ。
川口 有一郎(かわぐち ゆういちろう、1955年 - )は、… 川口 有一郎(かわぐち ゆういちろう、1955年 - )は、日本の経済学者。専門は、金融工学・不動産金融工学・不動産経済学。学位は、博士(工学)(東京大学・論文博士・1991年)。早稲田大学教授。 1955年、熊本県に生まれる。防衛大学校及び日本大学大学院理工学研究科時代の専攻は土木工学だったがその後都市計画に研究対象を移し、1991年に土地区画整理事業に関する研究で東京大学より博士(工学)を取得する。この時の指導教員は当時東京大学教授の中村英夫。 1990年ごろに金融工学と出会い、土木工学の研究で培った計算手法との共通点から興味を抱く。自らの研究対象を「金融工学をベースに、企業の戦略や不動産の価値を分析する分野」と表現し、金融工学の手法を用いて不動産投資や経営戦略の精度を高めることを目的とした応用ファイナンスの研究を行っている。
惠 隆之介(めぐみ りゅうのすけ、1954年2月23日 - … 惠 隆之介(めぐみ りゅうのすけ、1954年2月23日 - )は、日本の評論家、ジャーナリスト。 元海上自衛官で、現在は軍事分野の評論を中心に活動している。 奄美出身の家系で中頭郡越來村(現:沖縄市)に生まれる。 1978年、防衛大学校管理学専攻コースを卒業(第22期)、海上自衛隊に入隊。海上自衛隊幹部候補生学校、世界一周遠洋航海を経て護衛艦隊に勤務した。四年後の1982年に二等海尉で退官。琉球銀行に勤務。その後、米軍基地就職学校「グロリア・ビジネススクール」校長、拓殖大学日本文化研究所客員教授、シンクタンク「沖縄と尖閣を守る会」代表などを務めている。 2012年(平成24年) から八重山日報論説委員長を務めていた が、2013年(平成25年)3月、わずか1年で辞任している。
宮崎 泰樹(みやざき やすき、1954年 - )は、愛知県出… 宮崎 泰樹(みやざき やすき、1954年 - )は、愛知県出身の元陸上自衛官、元第10師団長。中国人民解放軍の諸問題に関する研究の第一人者として、戦略的互恵関係に基づく日中の友好と相互理解の増進を主張する。退官後、東京都庁の局長級ポストである危機管理監に就任。 なお、東京都の危機管理監の自衛官登用はこれが初だが、他の都道府県庁では既に数名の幹部自衛官が都道府県庁の防災担当部署等における管理監として再就職(太田清彦など)しており、それぞれの分野において活動している この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
林 一也(はやし かずや、1953年10月 - )は愛知県出… 林 一也(はやし かずや、1953年10月 - )は愛知県出身の陸上自衛官。職種は通信科の出身。防衛大学校本科第21期卒、ワシントン大学大学院修了(修士)。勲章は瑞宝中綬章。
寺崎 芳治(てらさき よしはる、1953年4月 - )は、日… 寺崎 芳治(てらさき よしはる、1953年4月 - )は、日本の元陸上自衛官。1佐までの職種は普通科。最終階級は陸将。山形県出身。防衛大学校第20期生、同期には後に東北方面総監から初となる陸上幕僚長である君塚栄治などがいる。
岩崎 茂(いわさき しげる、1953年(昭和28年)2月3日… 岩崎 茂(いわさき しげる、1953年(昭和28年)2月3日 - )は、日本の元航空自衛官。第31代航空幕僚長を経て、第4代統合幕僚長、現任の中華民国(台湾)行政院政務顧問。 岩手県岩手郡岩手町土川出身。一方井小、一方井中、盛岡第三高を経て防衛大学校(第19期)へ進む。防大では航空工学を専攻し、1975年(昭和50年)3月、防衛大学校を卒業後に航空自衛隊に入隊。職種は操縦幹部(戦闘機パイロット)。第201飛行隊長(TACネーム"Garfield")、第2航空団司令、航空幕僚監部人事教育部長、西部航空方面隊司令官、航空幕僚副長等を経て、2009年(平成21年)7月に航空総隊司令官に就任。2010年(平成22年)12月24日に第31代航空幕僚長に就任。