薬師寺 尊正(やくしじ たかまさ、1893年(明治26年)5月17日 - 1985年(昭和60年)12月8日)は、日本の弁護士。日本にバスケットボールやバレーボールが紹介された最初期に両競技の選手として活動。大日本体育協会主事を務め、バスケットボールとバレーボールの普及に努めた。第二次世界大戦後に東京都目黒区で人権擁護委員などの役職を務め、区政に貢献したことから、名誉区民として顕彰されている。 熊本県出身。旧制玉名中学校(現在の熊本県立玉名高等学校・附属中学校)、旧制第五高等学校を経て、東京帝国大学に進学。1917年(大正6年)、東京帝国大学法学部政治科を卒業。弁護士となり、岸清一法律事務所で勤務した。
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