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中村 三春(なかむら みはる、男性、1958年12月3日 -… 中村 三春(なかむら みはる、男性、1958年12月3日 - )は、日本の日本近代文学研究者。学位は、博士(文学)(東北大学・論文博士・2011年)(学位論文「新編言葉の意志 有島武郎と芸術史的転回」)。北海道大学教授。 岩手県釜石市生まれ。岩手県立盛岡第一高等学校、東北大学文学部日本文学科卒、同大学院博士課程中退。2011年「新編言葉の意志 有島武郎と芸術史的転回」で、東北大学より博士(文学)の学位を取得。東北大学助手、弘前学院大学文学部講師、山形大学人文学部講師、助教授、教授を経て、2008年10月から北海道大学大学院文学研究科教授。2007年宮澤賢治賞奨励賞受賞。有島武郎、太宰治、宮沢賢治、横光利一、村上春樹、小川洋子などを専門とし、テクスト理論の立場から研究する。
瀬川 昌久(せがわ まさひさ、1957年9月 - )は、日本… 瀬川 昌久(せがわ まさひさ、1957年9月 - )は、日本の文化人類学者、東北大学教授。 1957年、岩手県花巻市で生まれた。岩手県立盛岡第一高等学校を卒業し、東京大学教養学部へ進み、文化人類学を専攻した。1981年に同大学を卒業し、同大学大学院に進学。1986年、東京大学大学院社会学研究科博士課程を中退し、7月より国立民族学博物館助手となった。 1989年、東北大学教養部助教授に就いた。1989年、学位論文『東南中国の宗族と村落:香港新界の中小宗族を中心とした分析』を東京大学に提出して学術博士の学位を取得。1993年より文学部助教授。1996年、同大学東北アジア研究センター教授に昇格。2007年から2009年にはセンター長を務めた。
坂下 広朗(さかした ひろあき、1957年7月1日 - )は… 坂下 広朗(さかした ひろあき、1957年7月1日 - )は、日本の国土交通官僚。国土交通省海事局長や、国土交通省大臣官房技術総括審議官等を経て、日本海事協会会長。 1976年岩手県立盛岡第一高等学校卒業 1980年横浜国立大学工学部船舶海洋工学科卒業、運輸省(現国土交通省)入省。 1999年日本貿易振興会ロンドン・ジャパン・シップ・センター次長 2004年国土交通省海事局技術課長、国土交通省大臣官房参事官(海事局担当) 2005年海事局企画課長。日本船舶技術研究協会の設立などにあたった。 2007年海事局造船課長。 2008年海事局安全・環境政策課長。 2011年大臣官房技術審議官(海事局担当)。
石川 一洋(いしかわ いちよう、1957年 - )は、日本の… 石川 一洋(いしかわ いちよう、1957年 - )は、日本のジャーナリスト。NHK元記者。専門はロシア情勢。NHK解説委員を務めその担当分野は、ロシア、ユーラシア、エネルギーなど。 岩手県出身。岩手県立盛岡第一高等学校(1976年卒業)、東京大学文学部ロシア語ロシア文学科卒業後、1982年NHK入局。 1982年から1985年に秋田放送局記者、1985年から1988年に青森放送局三沢通信部記者を経て、1988年から1992年は報道局取材センター国際部記者を務め、1992年から1996年にモスクワ支局記者、1996年から1998年に報道局国際部記者、1998年から2002年に報道局国際部デスク・日露プロジェクト統括経て、2002年から2007年にはモスクワ支局長を務めた。
道又 爾(みちまた ちかし、1957年 - )は、日本の心理… 道又 爾(みちまた ちかし、1957年 - )は、日本の心理学者。専門は認知心理学、認知神経科学。上智大学名誉教授。 岩手県宮古市出身。岩手県立盛岡第一高等学校を経て、1982年茨城大学人文学部人文学科心理学専攻卒業。1988年南カリフォルニア大学大学院心理学研究科実験心理学専攻博士課程修了、Ph.D.。国際基督教大学教養学部教育学科心理学研究室副手を経て、1990年に明治学院大学文学部心理学科が設立されると同助教授に着任。1997年明治学院大学文学部心理学科教授。1998年上智大学総合人間科学部心理学科教授。2023年退任、上智大学名誉教授。元日本基礎心理学会理事・編集委員。専門は認知心理学、認知神経科学。
藤村 正之(ふじむら まさゆき、1957年 - )は、日本の… 藤村 正之(ふじむら まさゆき、1957年 - )は、日本の社会学者。武蔵大学教授・上智大学文学部教授・上智大学総合人間科学部教授などを経て、2023年より上智大学特別契約教授。上智大学副学長・教授、福祉社会学会会長、関東社会学会会長、日本社会学理論学会副会長等を歴任。 岩手県盛岡市生まれ。岩手県立盛岡第一高等学校を経て、1980年一橋大学社会学部卒業、1986年筑波大学大学院社会科学研究科博士課程単位取得満期退学、1998年博士(社会学)。 1986年東京都立大学人文学部助手、1989年武蔵大学人文学部講師、1991年同助教授、1997年同教授、2002年上智大学文学部教授、2005年上智大学総合人間科学部社会学科教授、2014年上智大学副学長(学務担当)。
夏井 高人(なつい たかと、1956年3月21日 - )は、… 夏井 高人(なつい たかと、1956年3月21日 - )は、日本の法学者。明治大学法学部(法情報学)・明治大学法科大学院教授(サイバー法)・明治大学大学院法学研究科教授(法情報学)、弁護士(元裁判官)。専門は法情報学、コンピュータ法及びサイバー法。サイバー法の権威であり、サイバー法研究の第一人者である。 岩手県宮古市出身。1974年に岩手県立盛岡第一高等学校、1978年に山形大学人文学部経済学科を卒業。1980年に司法試験合格、翌1981年に第35期司法修習生、1983年名古屋地方裁判所判事補(民事部)に任官。その後、盛岡地方裁判所判事補(刑事部)・同裁判所判事補(民事部)、千葉地方裁判所判事補(執行・保全部)、千葉家庭裁判所判事補(家事事件担当)、仙台地方裁判所気仙沼支部長判事、最高裁判所裁判所書記官研修所教官(民事、情報処理)、東京地方裁判所判事(労働部)を経て、1997年退官。
高橋 研(たかはし けん、1956年〈昭和31年〉2月27日… 高橋 研(たかはし けん、1956年〈昭和31年〉2月27日 ‐ )は、日本のシンガーソングライター、音楽プロデューサー。 岩手県盛岡市出身。岩手県立盛岡第一高等学校、早稲田大学法学部卒。高校時代から曲作りを開始し、大学入学後に企画した音楽ビジネス案をきっかけとして、1979年にキャニオンレコードより、シンガーソングライターとして「懐かしの4号線」でデビュー。2枚のアルバムをリリースしライブ活動、1979年に映画『戦国自衛隊』に平井正芳1等陸士役で出演、同映画の「戦国自衛隊 オリジナル・サウンドトラック」にも参加。1980年頃には、岩手放送(現・IBC岩手放送)のラジオ番組『星空へ駆け上れ』でパーソナリティを務めていた。
中村 一郎(なかむら いちろう、1955年(昭和30年)12… 中村 一郎(なかむら いちろう、1955年(昭和30年)12月 - )は、日本の地方公務員。岩手県庁職員、三陸鉄道社長を経て、現在は盛岡市副市長を務めている。 1955年、岩手県盛岡市生まれ。 1974年、岩手県立盛岡第一高等学校卒業。 1979年に東京大学法学部を卒業し、岩手県庁に入る。 入庁後は総務、企画、地域振興、福祉、商工などの分野を担当。2010年4月から沿岸広域振興局長、2012年政策地域部長、2014年復興局長を歴任した。 東日本大震災発生時には沿岸広域振興局長として最前線で対応に当たり、その後も復興局長として岩手県の復興業務を指揮した。 2016年3月に県庁を退職。同年6月、三陸鉄道株式会社代表取締役社長に就任。
山本 正德(やまもと まさのり、1955年8月3日 - )は… 山本 正德(やまもと まさのり、1955年8月3日 - )は、日本の政治家、歯科医師。元岩手県宮古市長(4期)。 岩手県田老町(現宮古市)出身。町立田老第一小学校(現・市立田老第一小学校)、町立田老第一中学校(現・市立田老第一中学校)、岩手県立盛岡第一高等学校卒業。1981年(昭和56年)3月、岩手医科大学歯学部卒業。勤務医を経たのち、1984年(昭和59年)4月12日、歯科医院を開業する。 2009年(平成21年)6月28日執行の宮古市長選挙に無所属で出馬し、初当選。同年7月3日、市長に就任。2013年(平成25年)6月9日告示、6月16日投票の市長選において無投票で2期目の当選。2017年(平成29年)6月18日告示、6月25日投票の市長選挙において8年ぶりの選挙戦となり、元市議の内舘勝則を破り3期目の当選。
村上 雅人(むらかみ まさと、1955年2月13日 - )は… 村上 雅人(むらかみ まさと、1955年2月13日 - )は、日本の超伝導工学者。専門は材料科学。2012年4月より芝浦工業大学学長を務める。Fe-Mn-Si系形状記憶合金の発明ならびにバルク超伝導体の開発者。 高校時代にAFS交換留学生として、アメリカのカリフォルニア州マーティネズ市に1年間滞在する 。 新日本製鐵の研究員時代に、東京工業大学の森勉・佐藤彰一らと共同で、Fe-Mn-Si系形状記憶合金を発明。Fe-Mn-Si合金は、制震ダンパーとして、竹中工務店の建設で、JPタワー名古屋へ導入された。 1990年仙台市で開催されたInternational Superconductivity Symposiumの基調講演と人間浮上デモを行う。
佐藤 比呂志(さとう ひろし、1955年 - )は、日本の地… 佐藤 比呂志(さとう ひろし、1955年 - )は、日本の地質学者。専門は構造地質学。東京大学名誉教授。元東京大学地震研究所地震予知研究センター長。 宮城県仙台市生まれ。1974年岩手県立盛岡第一高等学校卒業。1979年東北大学理学部地学第一学科卒業。1981年東北大学大学院理学研究科博士課程前期修了。1984年東北大学大学院理学研究科博士課程後期単位取得退学、日本学術振興会奨励研究員。1985年茨城大学理学部助手。1986年理学博士。1991年東京大学地震研究所助手。1997年東京大学地震研究所助教授。2004年東京大学地震研究所教授。東京大学地震研究所地震研究所地震予知研究センター長を経て、2021年静岡大学防災総合センター客員教授、東京大学名誉教授。
日沢 伸哉(ひざわ のぶや、1954年12月26日 - 20… 日沢 伸哉(ひざわ のぶや、1954年12月26日 - 2009年10月8日)は、岩手県出身の日本の放送作家・作家。 岩手県立盛岡第一高等学校卒業後、関西に来て劇場通いを始める、そこで知り合った桂文福と出会い楽屋に出入りするようになる。創作落語にたずさわり、文福の紹介で月亭八方の紹介を受け放送作家となり、人気番組『クイズ!紳助くん』『探偵!ナイトスクープ』(朝日放送テレビ制作)の構成を手がけるほか、『上方落語をきく会』(朝日放送ラジオ制作)、『日曜落語 〜なみはや亭〜』(朝日放送ラジオ制作)などの演芸番組の構成を手がける。2006年には「CDブック 栄光の上方落語」(角川書店)を上梓。尚2007年10月31日には「なつかしの昭和爆笑漫才 〜天国の笑星〜」を上梓、2008年には「CDブック 栄光の上方漫才」発売、10月29日には「五代目 桂文枝」を上梓。
皆川 芳嗣(みながわ よしつぐ、1954年4月27日 - )… 皆川 芳嗣(みながわ よしつぐ、1954年4月27日 - )は、日本の農林官僚。農林水産省関東農政局長、林野庁長官などを歴任し、2012年9月から2015年8月まで農林水産事務次官を務めた。 1954年、福島県いわき市で生まれる。高校は岩手県立盛岡一高に入学し、その後転校をして都立小山台高校を卒業している。東京大学に進学し、1977年に東大経済学部を卒業。翌1978年農林省入省。1990年から1993年まで兵庫県農林水産部に出向し、県の農業農村整備に携わる。2007年7月林野庁次長、2010年7月 林野庁長官、2012年9月 農林水産事務次官に就任。2024年、瑞宝重光章受章。
黄川田 徹(きかわだ とおる、1953年10月14日 - )… 黄川田 徹(きかわだ とおる、1953年10月14日 - )は、日本の政治家。 復興副大臣(野田第3次改造内閣)、総務副大臣(野田内閣・野田第1次改造内閣)、衆議院東日本大震災復興特別委員長、衆議院科学技術・イノベーション推進特別委員長、衆議院議員(6期)、岩手県議会議員(2期)、民主党・民進党・国民民主党岩手県連代表、自誓会代表幹事等を務めた。 岩手県気仙郡広田町(現:陸前高田市)生まれ。陸前高田市立広田小学校、陸前高田市立広田中学校、岩手県立盛岡第一高等学校、早稲田大学法学部卒業。1977年、早大法学部を卒業し陸前高田市役所に就職した。 1995年、岩手県議会議員選挙に新進党公認で陸前高田市選挙区から出馬し、初当選。
松橋 公治(まつはし こうじ、1953年4月13日 - 20… 松橋 公治(まつはし こうじ、1953年4月13日 - 2024年6月20日)は、経済地理学、特に工業地理学を専門とした日本の地理学者、明治大学名誉教授。 1953年に、岩手県九戸郡軽米町に生まれ、中学校まで育った。実家は、街の中心にあった書店を兼ねた文房具商で、兄弟も多かったという。 盛岡市の岩手県立盛岡第一高等学校に進んで高校野球に打ち込み、遊撃手として3年間レギュラーで通し、3年次には主将であった。 1972年に盛岡第一高等学校を卒業した後、一浪を経験して、東京都立大学理学部地理学科に進み、1学年上級であった小金澤孝昭らと研究会を組織したり、教室の助手であった山川充夫の指導を受け、また、積極的に学外にも出向いて様々な先達の教えを受けたが、特に、山川と同じく教室の助手であった和田明子から多くを学んだ。
桂島 宣弘(かつらじま のぶひろ、 1953年 - )は、… 桂島 宣弘(かつらじま のぶひろ、 1953年 - )は、日本の歴史学者。立命館大学文学部名誉教授。専門は日本近世思想史・民衆思想史。 岩手県出身。バプテスト派の牧師桂島祐三の息子。岩手県立盛岡第一高等学校、東北大学工学部を経て、1979年立命館大学文学部日本史学専攻卒業。1984年、立命館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。1983年に姫路日ノ本短期大学教員となり、1995年から立命館大学文学部助教授、1997年より同教授。1994年、「幕末民衆思想の研究」で立命館大学から博士(文学)の学位を取得。2010年度~2013年度立命館大学文学部長。2000年2月~7月中国北京日本学研究センター派遣教授、2006年9月~2007年8月韓国東西大学校客員教授、2014年9月~2015年8月韓国高麗大学校客員教授。
村野井 均(むらのい ひとし 1953年 - )は、日本の心… 村野井 均(むらのい ひとし 1953年 - )は、日本の心理学者。茨城大学名誉教授(特任教授)。専門は、発達心理学、メディア・リテラシー。子どものテレビ映像理解について研究し、映像メディアの果たす役割を考察した著作がある。 1953年(昭和28年)、岩手県盛岡市生まれ。岩手県立盛岡第一高等学校を経て、1978年(昭和53年)、東京教育大学教育学部心理学科を卒業。その後、筑波大学心理学研究科を経て、1984年(昭和59年)から弘前学院大学一般教育部講師。1988年(昭和63年)から福井大学教育地域科学部助教授となり、2005年(平成17年)に茨城大学教育学部教授に就任した。2019年(平成31年/令和1年)、いわき短期大学幼児教育学科長を経て、茨城大学名誉教授。
高橋 勇夫(たかはし いさお、1953年 - )は、日本の文… 高橋 勇夫(たかはし いさお、1953年 - )は、日本の文芸評論家、アメリカ文学者。元専修大学法学部教授。 岩手県出身。岩手県立盛岡第一高等学校、東京大学文学部英文科卒業。東京大学大学院人文科学研究科英語英文学専攻修士課程修了。修士論文はノーマン・メイラー論である「Existential Odyssey : An Advertisement for Norman Mailer」。専門は20世紀アメリカ文学、日本近現代文学及び英米思想。愛知教育大学助教授をへて専修大学助教授。 1987年に「帰属と彷徨──芥川龍之介論」(『群像』1987年6月号)で第30回群像新人文学賞評論部門を受賞。 マイケル・ポランニー、ハンナ・アーレントなどを翻訳している。
小松 正之(こまつ まさゆき、1953年 - )は、日本の元… 小松 正之(こまつ まさゆき、1953年 - )は、日本の元官僚。岩手県陸前高田市生まれ。 岩手県立盛岡第一高等学校、東北大学農学部水産学科卒業、イェール大学経営大学院修了(MBA取得)。2004年、博士(農学)(東京大学)取得。在イタリア大使館一等書記官を経て、水産庁漁業交渉官として捕鯨を担当。2000年から資源管理部参事官、2002年8月1日から2005年まで漁場資源課長。元国際捕鯨委員会(IWC)日本代表代理、元国連食糧農業機関(FAO)水産委員会議長、元インド洋マグロ漁業委員会日本代表。2005年4月から水産総合研究センターに理事(開発調査担当)として出向。2007年12月3日水産庁増殖推進部付。
菊池 悟(きくち さとし、1952年4月 - 2019年3月… 菊池 悟(きくち さとし、1952年4月 - 2019年3月10日)は、岩手県出身の日本の実業家。テレビ東京専務取締役、テレビ東京ホールディングス取締役などを歴任した。1976年モントリオールオリンピックハンドボール全日本男子代表。 岩手県立盛岡第一高等学校、早稲田大学卒業。1975年、東京12チャンネル(のちのテレビ東京)に入社し、営業局長、編成局長兼BS業務推進本部副本部長、常務取締役営業局・アニメ局担当兼BS業務推進本部長、専務取締役を歴任した。ドラマ制作室、アニメ局も担当した。 2010年にテレビ東京、BSジャパン、テレビ東京ブロードバンドによって発足したテレビ東京ホールディングスで取締役に就任。
千葉 順成(ちば じゅんせい、1952年2月15日 - 20… 千葉 順成(ちば じゅんせい、1952年2月15日 - 2019年9月6日)は、日本の物理学者。専門は実験原子核物理学。東京理科大学名誉教授。理学博士(東京大学)。 核物質中における中間子の質量変化を世界で初めて実験的に捉えるなどの業績を残した。 岩手県胆沢郡金ケ崎町出身。岩手県立盛岡第一高等学校を経て、1974年に東京大学理学部物理学科を卒業。1979年、同大学大学院理学系研究科博士課程を修了し、理学博士の学位を取得した(論文題目:Pion Production in High-Energy Heavy-Ion Collisions)。その後、東京大学理学部助手、高エネルギー物理学研究所(現・高エネルギー加速器研究機構、KEK)助教授、教授を歴任。
高橋 幸司(たかはし こうじ、1952年 - )は、日本の化… 高橋 幸司(たかはし こうじ、1952年 - )は、日本の化学工学者。山形大学大学院理工学研究科教授。専門は液体混合工学、撹拌槽内の流動解析、バイオリアクターなど。 主な研究テーマは以下の通り。 著書に『液体混合の最適設計と操作』(2012年、テクノシステム)がある。
建倉 圭介(たてくら けいすけ、1952年 -)は、日本の小… 建倉 圭介(たてくら けいすけ、1952年 -)は、日本の小説家・推理作家。岩手県立盛岡第一高等学校卒業。京都工芸繊維大学建築学科卒業。 1986年から2年間、仕事でイギリスに滞在したことをきっかけに小説を書き始める。1997年、『クラッカー』で第17回横溝正史賞(現・横溝正史ミステリ大賞)佳作に選ばれデビュー。2006年に刊行した冒険ミステリー『デッドライン』が「このミステリーがすごい!」2007年版で第10位タイにランクインし、第9回大藪春彦賞の候補となる。
奥山 恵美子(おくやま えみこ、1951年(昭和26年)6月… 奥山 恵美子(おくやま えみこ、1951年(昭和26年)6月23日 - )は、日本の地方公務員、政治家。旧姓は熊地。 2009年から2017年まで仙台市長を2期務めた。宮城県初の女性首長、政令指定都市初の女性市長である。 1951年、秋田県秋田市生まれ。幼少期から国家公務員だった父親の転勤に伴い各地を転々とした。秋田県立秋田高等学校に入学するが、2年生のときに岩手県立盛岡第一高等学校に転校する。東北大学経済学部卒業後、東京都(世田谷区)勤務を経て、仙台市役所入庁。市役所では生涯学習課長、女性企画課長、せんだいメディアテーク館長、市民局次長、教育長を歴任。副市長に在職中の2007年、仙台市教育委員会教員採用試験の合否通知をめぐる不正問題で渦中の人となった。
谷藤 裕明(たにふじ ひろあき、1950年(昭和25年)4月… 谷藤 裕明(たにふじ ひろあき、1950年(昭和25年)4月29日 - )は、日本の政治家、実業家。元盛岡市長(5期)。盛岡市出身。岩手県議会議長、岩手県議会議員(3期)を務めた。 岩手県盛岡市生まれ。盛岡市立厨川小学校、盛岡市立城西中学校、岩手県立盛岡第一高等学校、早稲田大学教育学部卒業。大学卒業後、盛岡市に本社を置く株式会社橋市の役員を経て、1991年に岩手県議会議員選挙に盛岡市選挙区から出馬し、初当選を果たした。以後3期連続当選。岩手県議時代は自由民主党系の会派(自由民主クラブ)に所属した。2001年、岩手県議会議長に就任。2003年の岩手県議会議員選挙では、同年8月の盛岡市長選挙への出馬を見越し、4選出馬を見送った。
主濱 了(しゅはま りょう、1950年(昭和25年)4月2日… 主濱 了(しゅはま りょう、1950年(昭和25年)4月2日 - )は、日本の政治家。新字体で主浜 了と表記されることもある。参議院議員(2期)、参議院農林水産委員長、総務大臣政務官、国民の生活が第一代表(第2代)、同参議院国会対策委員長、生活の党と山本太郎となかまたち副代表兼両院議員会長兼参議院会長、岩手県宮古市助役、岩手県庁農林水産部次長、岩手県滝沢市長(1期)などを歴任した。
佐々木 豊文(ささき とよふみ、1950年 - )は、日本の… 佐々木 豊文(ささき とよふみ、1950年 - )は、日本の速読脳開発指導者。 ソウル大学校師範大学(教育学部)でHwa-Yeop, Park教授が開発した科学的速読法を受継いでいる日本で唯一人の指導者。1984年、東京都港区南青山に速読教室を開校。自ら受講生を指導し、1分間に20ページ以上読むことのできる「速読脳」開発者を多数育てた実績を持ち、現在も現役として指導を続けている。速読教育が社会に理解されることを目指して、多数の専門研究者と共同研究を行い、速読時の脳活動や、速読トレーニングが視覚機能や心理面に及ぼす効果について論文を発表するとともに、大学で「速読法」講座を担当し、また企業での研修にも多数の実績を有している。
戸田 公明(とだ きみあき、1949年(昭和24年)5月7日… 戸田 公明(とだ きみあき、1949年(昭和24年)5月7日 - )は、日本の政治家。岩手県大船渡市長(3期)を務めた。 岩手県三陸町(現:大船渡市)吉浜生まれ。大船渡市立盛小学校、大船渡市立第一中学校、岩手県立盛岡第一高等学校、東北大学工学部建築学科卒業。1972年、清水建設に入社。1986年、社命によりアメリカ合衆国のハーバード大学に留学。また、社命により上海営業所長や北京駐在員事務所長、香港営業所長等を務め、2006年9月に同社を退社した。同年の大船渡市長選に立候補したが、落選。2007年1月、医療法人勝久会の専務理事に就任し、2010年9月まで務めた。 2010年11月21日投開票の大船渡市長選挙に公明党の推薦を受けて出馬。
八木橋 孝男(やぎはし たかお、1948年(昭和23年)6月… 八木橋 孝男(やぎはし たかお、1948年(昭和23年)6月18日 - )は、日本の実業家。三菱地所リアルエステートサービス代表取締役社長を経て、藤和不動産代表取締役社長として、三菱地所レジデンス設立にあたり、同社初代代表取締役社長を務めた。東京交通会館代表取締役社長等も歴任。 岩手県盛岡市出身。岩手県立盛岡第一高等学校を経て、1973年東北大学経済学部卒業、三菱地所入社。1995年三菱地所住宅販売取締役法人営業部長。2000年三菱地所住宅販売専務取締役。2003年三菱地所執行役員住宅開発事業本部パートナー事業部長。2005年三菱地所常務執行役員不動産サービス部門担当兼三菱地所住宅販売代表取締役社長。
相原 正明(あいはら まさあき、1948年(昭和23年)3月… 相原 正明(あいはら まさあき、1948年(昭和23年)3月1日 - )は、岩手県の政治家。江刺市長(1期)、奥州市長(1期)を歴任。 2006年の奥州市誕生を機に初代市長を目指し立候補。旧水沢市長の高橋光夫、元衆議院議員の高橋嘉信を破り当選する。 2010年の市長選挙には、再選(2期目)を目指して出馬したが、新人で前奥州市議会議長の小沢昌記に12,600票差で破れ、再選はならなかった。 奥州市長選では副県都構想、金ケ崎町・平泉町との合併(いわゆる「平泉市構想」)、四年制大学の誘致などを提唱した。 第二回「マニフェスト大賞2007」で、自身の「みんなで創ろう豊かな奥州市」が、首長部門審査委員会特別賞に選ばれた。
熊谷 泉(くまがい いずみ、 (1947-08-25) 19… 熊谷 泉(くまがい いずみ、 (1947-08-25) 1947年8月25日 - )は、日本の政治家、獣医師。岩手県紫波町長(第12代、2014年 - 2026年)。有限会社熊谷牧場代表取締役を務めた。公民連携によるまちづくりを推進し、「オガールプロジェクト」などの再開発事業で知られる。 1947年(昭和22年)8月25日、岩手県紫波町片寄に生まれる。 岩手県立盛岡第一高等学校を経て、岩手大学農学部を卒業後、1971年(昭和46年)に家畜医院を開業した。 1999年(平成11年)、有限会社熊谷牧場代表取締役に就任。 2003年(平成15年)、紫波町議会議員に当選(2006年12月まで)。 2007年(平成19年)、岩手県議会議員に当選(2013年12月まで)。
熊谷 重勝(くまがい しげかつ、1947年5月17日 - )… 熊谷 重勝(くまがい しげかつ、1947年5月17日 - )は、日本の会計学者。立教大学名誉教授。 この間、岩手県立盛岡短期大学、岩手県立宮古短期大学、岩手大学、埼玉大学、日本福祉大学において兼任講師(非常勤職員)を歴任
藤沢 智(ふじさわ さとし、1947年5月1日 - )は、日… 藤沢 智(ふじさわ さとし、1947年5月1日 - )は、日本の経営者。足利銀行頭取、会長を務めた。岩手県出身。 岩手県立盛岡第一高等学校を経て1970年に東北大学法学部を卒業し、同年に商工中金に入社した。2002年に理事に就任し、2008年7月には足利銀行頭取に就任し、2014年6月までに務めた。2016年6月から2020年6月までに会長を務めた。
加藤 哲郎(かとう てつろう、1947年1月16日 - )は… 加藤 哲郎(かとう てつろう、1947年1月16日 - )は、日本の政治学者。一橋大学名誉教授。早稲田大学客員教授。「尾崎=ゾルゲ研究会」代表。
穀田 恵二(こくた けいじ 1947年1月11日 - )は、… 穀田 恵二(こくた けいじ 1947年1月11日 - )は、日本の政治家。 1947年1月11日、岩手県水沢市(現・奥州市)に生まれる。1965年3月、岩手県立盛岡第一高等学校を卒業。1969年3月、立命館大学文学部人文学科日本文学専攻を卒業。同年4月、学校法人立命館に入職。1972年、日本共産党北地区委員会に入職。 1987年4月、京都市議会議員選挙で北区選挙区から日本共産党公認で出馬し、初当選。 1993年7月18日、第40回衆議院議員総選挙で旧京都1区から出馬し、初当選。 1996年10月25日、第41回衆議院議員総選挙で京都1区から出馬し、伊吹文明に2600票差で惜敗するも比例近畿ブロックで比例復活し、2選。
上野 善道(うわの ぜんどう、1946年12月 - )は、日… 上野 善道(うわの ぜんどう、1946年12月 - )は、日本の言語学者、東京大学名誉教授。専門は、言語学・方言学。 1946年、岩手県で生まれた。岩手県立盛岡第一高等学校を経て、東京大学文学部言語学科で学び、1970年に卒業。東京大学大学院人文科学研究科に進学し、1973年9月に博士後期課程を中途退学した。 同1973年10月、東京大学文学部助手に採用された。1975年、弘前大学人文学部専任講師となり、国語学を担当した。1976年からは金沢大学法文学部専任講師を兼任し、同じく言語学を担当。翌1977年、金沢大学に転じた。1979年に助教授昇格。1981年、東京大学文学部助教授となった。1994年に教授昇格。
嶋 陸奥彦(しま むつひこ、1946年6月22日 - )は、… 嶋 陸奥彦(しま むつひこ、1946年6月22日 - )は、日本の文化人類学者、東北大学名誉教授。韓国研究。 岩手県北上市生まれ。岩手県立盛岡第一高等学校を経て、1969年東京大学教養学部文化人類学専攻卒。1979年トロント大学大学院人類学部博士課程修了、Ph.D.。1977年岐阜大学教養部講師、1979年広島大学総合科学部講師、81年助教授、85年国立民族学博物館助教授兼任、1991年東北大学文学部助教授、96年文学研究科教授。2010年定年退官、名誉教授。
藤沢 孝雄(ふじさわ たかお、1946年 - 1993年)は… 藤沢 孝雄(ふじさわ たかお、1946年 - 1993年)は、日本の化学者。千葉工業大学工業化学科にて教鞭を執り、ガラス繊維や炭素繊維のグラフト重合に関する研究を行っていた。 岩手県出身。父は都南村の村長を務めた藤沢与三郎(1909年 - 1976年)。都南村立見前中学校(1962年卒)、岩手県立盛岡第一高等学校(1965年卒)を経て、千葉工業大学を卒業する。卒業後も千葉工業大学に残って教鞭を執り、1970 - 80年代にかけて、炭素繊維やガラス繊維へのグラフト重合に関する複数の論文を発表している。 主な研究テーマは、ガラス溶融紡糸過程の解析や、炭素繊維へのモノマーのグラフト重合などである。これらの研究は、材料科学分野での引用が90件以上であり、代表的な論文として以下のものが挙げられる。
高橋 昌造(たかはし しょうぞう、1945年8月14日 - … 高橋 昌造(たかはし しょうぞう、1945年8月14日 - )は、日本の政治家。岩手県矢巾町長(2期)。元岩手県議会議員(2期)。 岩手県盛岡市生まれ。1964年(昭和39年)3月、岩手県立盛岡第一高等学校卒業。1971年(昭和46年)、矢巾町役場に奉職。1999年(平成11年)5月から2007年(平成19年)まで助役を務めた。 2007年(平成19年)4月8日に行われた岩手県議会議員選挙に無所属で立候補し初当選。東日本大震災の影響で2011年(平成23年)9月11日に延期された県議選では民主党公認で立候補し再選。 2015年(平成27年)4月26日に行われた矢巾町長選挙に立候補し初当選した。4月30日、町長就任。
三浦 信孝(みうら のぶたか、1945年3月28日 - )は… 三浦 信孝(みうら のぶたか、1945年3月28日 - )は、日本のフランス文学者、フランス文化学者。中央大学名誉教授・日仏会館常務理事。また日本語 - フランス語の通訳者。 1945年、岩手県盛岡市生まれ。1963年、岩手県立盛岡第一高等学校を卒業。東京大学教養学部教養学科フランス分科に進み、1970年に卒業。同大学大学院に進み、1978年東京大学大学院人文科学研究科仏語仏文学専攻博士課程を満期退学。 1980年、静岡大学教養部助教授に着任。1990年より、慶應義塾大学総合政策学部教授。1995年、中央大学文学部教授となった。2015年に中央大学を定年退職し、名誉教授となった。学界では、日本フランス語教育学会会長を務めた。
栗生澤 猛夫(くりうざわ たけお、1944年10月5日 - … 栗生澤 猛夫(くりうざわ たけお、1944年10月5日 - )は、日本の歴史学者。主専攻はロシア中世・近世史。北海道大学名誉教授。北海道大学文学部長・大学院文学研究科長を歴任。 1944年、岩手県盛岡市で生まれた。1963年3月に岩手県立盛岡第一高等学校卒業し、一橋大学経済学部に進学。1967年に卒業して一橋大学大学院社会学研究科に進み、1971年に修士課程を修了。大学での指導教官は金子幸彦であった。北海道大学大学院文学研究科博士課程に移り、1974年に単位取得退学。 1974年4月、日本学術振興会奨励研究員となった。同1974年10月よりベルリン自由大学東欧研究所に研究留学(ドイツ学術交流会奨学生として)。
沼田 健哉(ぬまた けんや、1944年10月1日 - )は日… 沼田 健哉(ぬまた けんや、1944年10月1日 - )は日本の社会学者。専門は社会心理学、宗教社会学、文芸社会学。桃山学院大学教授。岩手県立盛岡第一高等学校、東京大学文学部社会学科卒業、同大学院社会学研究科博士課程修了。三重県出身。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
安達 正勝(あだち まさかつ、1944年4月6日 - )は、… 安達 正勝(あだち まさかつ、1944年4月6日 - )は、フランス文学者。岩手県盛岡市生まれ。 岩手県立盛岡第一高等学校を経て、東京大学文学部仏文科卒業、同大学院修士課程修了。フランス政府給費留学生として渡仏、パリ大学(第8)博士課程中退。各大学非常勤講師をしつつ、フランスの伝記的読物を執筆している。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
須藤 隆(すとう たかし、1943年- )は、日本の考古学者… 須藤 隆(すとう たかし、1943年- )は、日本の考古学者。専門は縄文時代・弥生時代を中心とした東北地方の先史考古学。東北大学大学院文学研究科名誉教授。 1962年に岩手県立盛岡第一高等学校を卒業し、東北大学に入学。その後1978年に東北大学文学部に助教授として着任して以降、長年にわたり同大学の考古学研究室で後進の指導にあたった。東北大学では、福島県墓料遺跡、宮城県中沢目貝塚、前田遺跡、山王囲遺跡、中神遺跡など、東北地方の重要な先史・古代遺跡の発掘調査と研究を主導した。 1990年代以降は教授に昇任し、大学院文学研究科で考古学を担当。2007年に退職した。 退職記念として、教え子らによる論文集『考古学談叢』が刊行されている。
畑中 美耶子(はたなか みやこ、1943年 - )は、フリー… 畑中 美耶子(はたなか みやこ、1943年 - )は、フリーアナウンサー、実業家、演出家、方言指導家。岩手県大迫町(現・花巻市)生まれ。 岩手県立盛岡第一高等学校卒業後、児童劇団時代から出入りしていた岩手放送(現・IBC岩手放送)に1962年、アナウンサーとして入社(同期に前田正二がいる)。1969年に当時の同僚でもある畑中茂夫と結婚。同時に岩手放送を退社して、フリーアナウンサーとなる。また、児童劇団「CATSきゃあ」主宰や、朗読、小学生中心の子供だけの劇団などの活動を開始。 また、岩手の方言(盛岡弁など)のスペシャリストとして、岩手県を舞台にしたテレビドラマや映画において「方言指導」を担当する。
阿部 正樹 (あべ まさき、1942年(昭和17年)12月4… 阿部 正樹 (あべ まさき、1942年(昭和17年)12月4日 - )は、日本の実業家。元IBC岩手放送代表取締役社長、会長、相談役。 岩手県西磐井郡平泉町生まれ。花巻市立花巻中学校、岩手県立盛岡第一高等学校を経て、早稲田大学に入学。卒業後の1965年に地元の岩手放送(現・IBC岩手放送)へ入社。入社後はテレビ制作部に配属され、10年間、番組制作に携わった。その後、東京支社に異動。1997年6月 取締役報道制作局長。1999年6月 常務取締役総合企画局長。2003年6月 専務取締役。2004年6月 代表取締役専務。2005年6月 代表取締役社長。2011年6月 代表取締役会長を務め、2015年時点では相談役を務めていた。
本間 博文(ほんま ひろぶみ、 1942年 -2019年)は… 本間 博文(ほんま ひろぶみ、 1942年 -2019年)は、日本の建築史家。放送大学名誉教授。専門は、建築計画学、住居学、内モンゴル自治区での砂漠化防止に関する研究。 岩手県盛岡市生まれ。岩手県立盛岡第一高等学校、東北大学工学部建築学科卒業。 東京工業大学より工学博士の学位を取得(1977年(昭和52年))。博士論文は「大都市居住者の住要求の構造に関する研究」。 東京工業大学理工学部技官/助手、東京工業大学工学部助手、東京家政大学助教授、放送大学教養学部助教授、1989年に同教授に昇格。放送大学東京第二学習センター所長(1993年4月から1999年3月)、放送大学副学長(2009年4月から2011年4月)を歴任。
波多野 杜夫(はたのもりお、1941年11月 - )は、日本… 波多野 杜夫(はたのもりお、1941年11月 - )は、日本の小説家。本名 波多野忠夫。
渡辺 克巳(わたなべ かつみ、1941年10月17日 - 2… 渡辺 克巳(わたなべ かつみ、1941年10月17日 - 2006年1月29日)は、岩手県盛岡市出身の写真家。新宿を舞台に活動した写真家の一人。 盛岡第一高等学校の定時制に通うかたわら、毎日新聞社盛岡支局で補助員の仕事に就き、写真の面白さを知る。 高校卒業後、国鉄に入社するが、写真への思いが断ちがたく1961年に上京。翌年から5年間、東條会館に勤務し、スタジオ撮影を学ぶ。 1965年から、新宿で「1ポーズ3枚1組200円」でポートレート撮影を請け負う「流しの写真屋」になる。 1973年、「カメラ毎日」6月号の新人写真家紹介ページ「アルバム」に「新宿・歌舞伎町」を発表し話題を呼ぶ。「新宿・歌舞伎町」はこの年の「アルバム」の最優秀作品に与えられる「カメラ毎日」アルバム賞を受賞。