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神山 敬次(かみやま けいじ、1961年 - )は、日本の建… 神山 敬次(かみやま けいじ、1961年 - )は、日本の建設・国土交通官僚。国土交通省国土交通政策研究所長、大臣官房総括監察官、国土交通大学校長等を歴任した。 退官後、2020年11月から西日本建設業保証(株)理事。 埼玉県熊谷市生まれ。埼玉県立熊谷高等学校、東京大学法学部(公法コース)を経て、1985年建設省へ入省。 1985年 建設省入省。河川局・建設経済局勤務の後、人事院長期在外研究員制度によりロンドン大学LSE校都市地域計画修士コース留学(M.Sc.)。 都市局勤務を経て、北九州市企画課長等を歴任。その後、河川局、在イギリス日本国大使館一等書記官、道路局ITS推進室、地域振興整備公団を経て、国土交通省国土計画局に勤務。
山崎 俊巳(やまざき としみ、1960年5月10日 - )は… 山崎 俊巳(やまざき としみ、1960年5月10日 - )は、日本の総務官僚。総務大臣秘書官や、内閣官房内閣審議官等を経て、総務省大臣官房総括審議官兼初代公文書監理官を務めた。 退官後、宇部市政策アドバイザー、美波町参与、京丹後市ICT戦略アドバイザー。 埼玉県深谷市出身。埼玉県立熊谷高等学校を経て、1984年東京工業大学(のちの東京科学大学)経営工学科卒業。1986年同大学大学院総合理工学研究科経営工学専攻修了、郵政省入省、通信政策局政策課政策係。1988年科学技術庁長官官房総務課法令係長。1992年海老名郵便局長。1993年郵政省大臣官房人事部管理課課長補佐。1995年郵政省大臣官房秘書課課長補佐。
桑原 茂裕(くわばら しげひろ、1956年 - )は、日本の… 桑原 茂裕(くわばら しげひろ、1956年 - )は、日本の官僚。金融庁総務企画局総括審議官、金融庁検査局長、金融庁総務企画局長、日本銀行理事などを務めた。 埼玉県立熊谷高等学校から東京大学文科一類に入学。東京大学法学部卒業後、大蔵省に入省。国家公務員上級甲種試験の成績は2位。主税局総務課課長補佐などを経て、1990年主計官補佐となり外務・経済協力、文部の予算編成を担当する。在カナダ日本国大使館参事官などを経て、2000年主計官(農林水産)。同期中の事務次官候補であったが、2002年金融庁に転出。2007年~2009年まで理財局で審議官、次長を務め2009年金融庁総務企画局審議官。2011年検査局長。
坂本 森男(さかもと もりお、1955年1月20日 - )は… 坂本 森男(さかもと もりお、1955年1月20日 - )は日本の総務官僚、気象予報士。 埼玉県秩父市生まれ。埼玉県立熊谷高等学校を経て東京大学法学部卒業後、1979年自治省入省。北九州市資金課長、和歌山県地方課長、宮城県財政課長、石川県総務部長、厚生労働省大臣官房審議官、千葉県副知事、消防庁長官を歴任。 退官後、全国市町村振興協会理事長。秩父市行政アドバイザー、埼玉県消防協会顧問。 2018年気象予報士登録。柔道三段。 2025年(令和7年)春の叙勲で瑞宝重光章を受章した。
北爪 由紀夫(きたづめ ゆきお、1950年8月31日 - )… 北爪 由紀夫(きたづめ ゆきお、1950年8月31日 - )は、日本の経済産業官僚。通商産業大臣官房審議官や、特許庁総務部長、カタール駐箚特命全権大使等を経て、工業所有権電子情報化センター理事長。カタール国勲功懸章受章。 埼玉県立熊谷高等学校を経て、1973年東北大学法学部卒業、通商産業省入省。1993年東京都労働経済局商工計画部長。1996年通商産業省貿易局総務課長。1997年通商産業大臣官房審議官(貿易局・安全保障貿易担当)。1999年特許庁総務部長。2001年日本貿易保険理事。2007年カタール駐箚特命全権大使。2010年カタール国勲功懸章受章。同年日本航空機開発協会副理事長。2014年双日取締役。
江利川 毅(えりかわ たけし、1947年4月13日 - )は… 江利川 毅(えりかわ たけし、1947年4月13日 - )は日本の官僚。公立大学法人埼玉県立大学理事長。人事院総裁、内閣府事務次官、厚生労働事務次官を歴任。 埼玉県立熊谷高等学校を経て、東京大学法学部(法学)卒業。1970年に公害問題を解決したいと思い厚生省に入省。 中曽根内閣時代には内閣官房内閣参事官として国鉄分割民営化の問題などに尽力した。2004年には内閣府事務次官に就任。2007年には、的場順三官房副長官の後任として副長官就任が有力視されたが、一連の年金不祥事に対応するため旧厚生省出身ということもあり他府省の事務次官を務めた後としては異例の人事ではあったが、厚生労働事務次官に就任した。2009年6月に退任。
戸苅 利和(とかり としかず、1947年 - )は、日本の官… 戸苅 利和(とかり としかず、1947年 - )は、日本の官僚、厚生労働省元事務次官 1947年に、埼玉県に生まれる。埼玉県立熊谷高等学校、.東京大学経済学部出身。 1971年に労働省に入省。2001年に厚生労働省大臣官房長、2002年に職業安定局長、2004年に厚生労働省事務次官になる。2007年に高齢・障害者雇用支援機構理事長、2008年法政大学大学院客員教授、2011年財形住宅金融株式会社代表取締役会長、2014年日本看護家政紹介事業協会会長、2018年キャノン電子社外取締役、2021年スタートライン株式会社社外取締役
小川 忠男(おがわ ただお、1945年3月19日 - )は… 小川 忠男(おがわ ただお、1945年3月19日 - )は、日本の官僚。都市再生機構理事長を務めた。 富山県滑川市出身。埼玉県立熊谷高等学校を経て、1967年に東京大学法学部を卒業し、同年に建設省に入省。1999年7月に大臣官房長、2001年1月に国土交通審議官を経て、2008年7月に都市再生機構理事長に就任。2012年7月に退任。
坪井龍文 (つぼい たつふみ、1939年-)は、日本の防衛官… 坪井龍文 (つぼい たつふみ、1939年-)は、日本の防衛官僚。元内閣安全保障室長。 東京都出身。埼玉県立熊谷高等学校を経て、1962年、東京大学法学部卒業。防衛庁人事局人事第一課長、防衛庁人事局長を経て1992年~1993年の間防衛研究所所長、1993年~1995年、内閣官房内閣安全保障室室長兼内閣総理大臣官房安全保障室長を務める。その他、防衛省職員生活協同組合理事長、公益財団法人埼玉学生誘掖会代表も務める。2009年春の叙勲で瑞宝重光章受章。
奥貫 賢一(おくぬき けんいち、1906年9月20日 - 2… 奥貫 賢一(おくぬき けんいち、1906年9月20日 - 2002年2月22日)は、日本の官僚、行田市長。旧姓・清水。 埼玉県出身。1924年、埼玉県立熊谷中学校卒業。1927年、第三高等学校卒業。1930年、東京帝国大学法学部仏法科卒業。朝鮮総督府に入り、平安南道学務、地方各課長、拓務事務官、拓務書記官、殖産局商工課長、興亜院調査官、大東亜省調査会在ハノイ総領事を歴任。 戦後の1946年埼玉県地方労働委員に就任。翌1947年には忍町町長に就任した。1949年に忍町が市制施行により行田市になり、同市の市長に就任した。在職中は市消防本部の設置、下水道工事に着手、中央公民館の開館が挙げられる。 1951年に一度市長を退任するが、1955年に再び行田市長に就任した。
松崎 健吉(まつざき けんきち、1904年〈明治37年〉11… 松崎 健吉(まつざき けんきち、1904年〈明治37年〉11月12日 - 1988年〈昭和63年〉2月18日)は、日本の大蔵官僚。造幣庁長官。 埼玉県熊谷市に生まれる。旧制埼玉県立熊谷中学校(現埼玉県立熊谷高等学校)、旧制浦和高校(現埼玉大学)を経て、1929年に東京帝国大学法学部を卒業。 大学卒業後、大蔵省に入り熊本税務署長となる。1933年に満州国に転じ、財政部銀行科長、駐日財務官総務庁人事処規画科長、主計処一般会計科長を歴任。対満事務局監理課長、満鉄管理官預金部運用課長、理財局国庫課長、印刷局理事兼業務部長、名古屋財務局長を経て、1949年、造幣庁長官となる。 1951年に造幣庁長官を退官。
武藤 勝彦(むとう かつひこ、1895年(明治28年)2月7… 武藤 勝彦(むとう かつひこ、1895年(明治28年)2月7日 - 1966年(昭和41年)8月16日)は、参謀本部陸地測量部の測量官を務めた陸軍技師、内務官僚。地理調査所長を経て初代国土地理院長を務めた。 埼玉県本庄市出身。1915年(大正4年)旧制埼玉県立熊谷中学校卒業後、第八高等学校から大学予科第二部乙類を経て1922年(大正11年)3月31日東京帝国大学理学部物理学科卒業後、同年9月11日山形高等学校教授に任官(高等官七等)。陸軍工兵曹長を経て、1925年(大正14年)5月18日陸地測量師に任官し陸地測量部付となる。1926年(大正15年)3月31日陸軍工兵少尉に昇進し、1930年(昭和5年)4月1日後備役編入となる。
松尾 仁(まつお じん、1891年7月7日- 1960年5月… 松尾 仁(まつお じん、1891年7月7日- 1960年5月29日)は、日本の旧内務省の技術官僚。のちに厚生省の技術官僚として医薬品・食品行政全般にわたり重責を果たした。薬事行政の枢機に参画するとともに東京帝国大学医学部講師を兼任するなど教育・啓蒙にも尽力した。1941年-1948年には国立衛生試験所(現国立医薬品食品衛生研究所)の第12代所長を務められ、その後、植物化学の成果の医薬的応用をはかるべく、創業者として常磐植物化学研究所を設立した。また、日本大学薬学科の新設に貢献し、初代薬学科長に就任した。 第一次世界大戦当時、医薬品輸入の途絶への対処として国産化のため、臨時製薬調査業務を担当した。
萩原 彦三(はぎわら ひこぞう、1890年(明治23年)4月… 萩原 彦三(はぎわら ひこぞう、1890年(明治23年)4月6日 - 1967年(昭和42年)10月15日)は、日本の拓務官僚。 埼玉県大里郡御正村(現在の熊谷市)出身。旧制熊谷中学、旧制第一高校を経て、1915年(大正4年)10月に文官高等試験に合格し、翌年に東京帝国大学法科大学法律学科を卒業した。朝鮮総督府試補、同参事官、同事務官、学務局学務課長・宗教課長、殖産局水産課長、総督官房文書課長、殖産局土地改良課長、咸鏡南道知事などを歴任した。 その後、拓務省管理局長、同殖産局長を経て、1937年(昭和12年)5月14日に拓務次官に就任し、1939年(昭和14年)4月15日に次官を辞して退官した。
桑原 政夫(くわはら まさお、1890年(明治23年)1月1… 桑原 政夫(くわはら まさお、1890年(明治23年)1月14日 - 1969年(昭和44年)8月15日[要出典])は、台湾総督府官僚。基隆市尹。 埼玉県児玉郡吉岡村(現在の上里町)出身。旧制熊谷中学を経て、1907年(明治40年)、東洋協会専門学校(現在の拓殖大学)を卒業。嘉義庁属、台南州新営郡庶務課長、同東石郡守、台南市助役、台中州員林郡守を歴任し、1932年(昭和7年)に基隆市尹に就任した。 退官後、台湾拓殖株式会社文書課長、台湾野蚕株式会社監査役、台湾畜産興業株式会社監査役などを務めた。 戦後は防府市助役を務めた。
伊佐山伊三郎(いさやま いさぶろう、1887年12月-194… 伊佐山伊三郎(いさやま いさぶろう、1887年12月-1945年5月)は、日本の獣医師、朝鮮総督府官僚、朝鮮総督府道獣医官。 埼玉県出身。旧制埼玉県立熊谷中学校、旧制第二高等学校を経て、1915年、東京帝国大学農科大学獣医学科卒業。 1920年、青島守備軍民政部技師となる。1925年、朝鮮総督府道獣医官仁川牛検疫所長となる。1927年以降、朝鮮総督府道獣医官兼朝鮮総督府道技師、移出牛検疫所長、京畿道警察部衛生課技師、警務局衛生課、獣疫血清製造所長、家畜衛生研究所長、警務局家畜防疫に関する専任技師を歴任する。 1936年、朝鮮総督府警務局家畜衛生主任道獣医官となる。 移出牛の血清診断の強制制度を緩和するための交渉の際、農林省に派遣され折衝した。
飯嶋 康弘(いいじま やすひろ)は、日本の国土交通官僚。世界… 飯嶋 康弘(いいじま やすひろ)は、日本の国土交通官僚。世界観光機関アジア太平洋センター副代表、国土交通省交通管制部長、国土交通省航空局次長などを歴任した。 埼玉県熊谷市生まれ。埼玉県立熊谷高等学校を経て、一橋大学経済学部卒業。1988年運輸省入省。外務省在中華人民共和国日本国大使館一等書記官(政治部)等を経て、2000年運輸省鉄道局業務課長補佐。2001年国土交通省大臣官房人事課付。2003年国土交通省近畿運輸局交通環境部長。 2005年人事院人材局交流派遣専門員。2007年国土交通省総合政策局観光経済課観光交通政策推進室長。2008年観光庁付、世界観光機関アジア太平洋センター副代表。2010年国際観光振興機構北京事務所所長。