スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
桂 邦彦(かつら くにひこ、1942年6月5日 - )は日… 桂 邦彦(かつら くにひこ、1942年6月5日 - )は日本のテレビプロデューサー、演出家。元TBSプロデューサー。神奈川県出身。東京都立新宿高等学校、日本大学芸術学部卒業。趣味は相撲、テニス。 1965年、TBSに入社。以来、多くの番組を制作。主にビートたけし出演のバラエティ番組を手がけた。代表作は1986年に放送を開始した『痛快なりゆき番組 風雲!たけし城』。この番組の大ヒットでプロデューサーから副部長に昇進を果たす。野外で出場者に豚汁を振舞うサービスを見せた。この他に審査員や出演者としても活躍した。たけしがオールナイトニッポン担当時、桂の名前を実名でよく出して、いじっていた。 ネットチェンジによりTBSでネット開始された『ヤングおー!おー!』(MBS制作)では、月1回行われていた東京収録でディレクターを担当。
外村 彰(とのむら あきら、1942年4月25日 - 201… 外村 彰(とのむら あきら、1942年4月25日 - 2012年5月2日)は、日本の物理学者・工学者。工学博士、理学博士。 日立製作所で電子顕微鏡、電子線ホログラフィーの研究開発に従事。アハラノフ=ボーム効果を実験的に検証することに成功した。 日本学士院賞恩賜賞受賞。文化功労者。日本学士院会員。米国科学アカデミー外国人会員。 1942年、兵庫県西宮市生まれ。東京都立新宿高等学校を経て1965年東京大学理学部物理学科を卒業、日立製作所に入社した。同社中央研究所で電子顕微鏡開発に携わる。 電子線の干渉による顕微鏡像を得る「電子線ホログラフィ」で先駆的な業績を挙げ、世界で初めて実用化に成功した。1975年学位論文「電子線ホログラフィーに関する研究」で名古屋大学より工学博士の学位を取得。
伊藤 順康(いとう まさやす、1942年- )は、日本の心理… 伊藤 順康(いとう まさやす、1942年- )は、日本の心理学者。 東京生まれ。東京都立新宿高等学校卒、東京大学教育学部卒、1976年同大学院博士課程満期退学(社会教育学、人間形成論専攻)。東京理科大学教授。
京極 高宣(きょうごく たかのぶ、1942年 - )は、日本… 京極 高宣(きょうごく たかのぶ、1942年 - )は、日本の社会福祉学者。国立社会保障・人口問題研究所所長を経て、社会福祉法人浴風会名誉理事長。日本社会事業大学教授、同学長。 東京都出身。社会福祉学博士(東京福祉大学)。前・日本社会事業大学学長。東京都立新宿高等学校、東京大学農学部卒業。東京大学大学院経済学研究科博士課程理論経済学専攻退学。 日本社会事業大学専任講師、同助教授、厚生省(現・厚生労働省)社会局社会福祉専門官(1984年(昭和59年) - 1987年(昭和62年))、日本社会事業大学教授。1991年(平成3年)、同大学社会福祉学部学部長を経て、1995年(平成7年)より学長。 厚生労働省社会保障審議会障害者部会長。
村尾 陸男(むらお りくお、Rikuo Murao1942年… 村尾 陸男(むらお りくお、Rikuo Murao1942年 - )は、日本のジャズ・ピアニスト。ジャズ音楽教室およびジャズクラブFAROUTオーナー。
河野 土洋(かわの くにひろ、1941年8月31日 - 20… 河野 土洋(かわの くにひろ、1941年8月31日 - 2017年10月29日)は、日本の作曲家・編曲家。東京都出身。長男は、作曲家の河野圭。 テレビ・CM・吹奏楽など幅広いジャンルで活躍。シンセサイザーによる楽曲も多く手掛けた。代表作に、AC(公共広告機構)のサウンドロゴ、テレビアニメ『サザエさん』の劇伴(BGM〈2代目〉)など。 中学生の頃からヴァイオリンを始め、朝日ジュニア・オーケストラにて指導者で作曲家の呉泰次郎に音楽の基礎を学ぶ。東京都立新宿高等学校卒業。 学生時代には大学のオーケストラや芥川也寸志が音楽監督を務めた新交響楽団のコンサートマスターとして活動。芥川直々の指導のもと、長期にわたるリハーサルや数多くのコンサートを通じて楽曲を演奏・分析した経験が、その後の音楽活動に大きな影響を与えることとなった。
仲倉 重郎(なかくら しげお、1941年8月21日 - )は… 仲倉 重郎(なかくら しげお、1941年8月21日 - )は、日本の映画監督、脚本家、作詞家。
足立 和浩(あだち かずひろ、1941年6月18日 - 19… 足立 和浩(あだち かずひろ、1941年6月18日 - 1987年11月14日)は、日本の哲学研究者、翻訳家。 埼玉県浦和市(現・さいたま市浦和区)生まれ。1960年、東京都立新宿高等学校卒業。1965年、東京大学教養学部教養学科フランス分科卒業、同大学院人文科学研究科比較文学比較文化専攻修士課程入学。森本和夫の指導を受けた。1967年、修士課程修了、東大教養学部助手。1972年、ジャック・デリダの『グラマトロジーについて』をいち早く翻訳、1973年、立教大学専任講師、1975年、東京都立大学助教授。1981年、哲学奨励山崎賞受賞。1987年、急逝。 日本ではまだほとんど知られていない時代に、ジャック・デリダの主著を日本語訳した人物である。
田島 和子(たじま かずこ、1941年5月14日 - )は、… 田島 和子(たじま かずこ、1941年5月14日 - )は、日本の元女優。埼玉県大宮市(現:埼玉県さいたま市)出身。東京都立新宿高等学校卒。本名は同じ。夫は俳優の草野大悟(1991年、死別)。作家の佐多稲子は伯母にあたる(田島の父親が佐多の実弟)。 劇団俳優座第12期生。同期には應蘭芳、北川恭子、東野英心、橋本功、山本圭、渡辺康子などがいる。その後は文学座、自由劇場、六月劇場に所属した。
遠藤 誉(えんどう ほまれ、1941年1月3日 - )は、日… 遠藤 誉(えんどう ほまれ、1941年1月3日 - )は、日本の社会学者、理学博士。作家、中国問題専門家、筑波大学名誉教授、中国問題グローバル研究所 (GRICI) 所長。 1941年に満洲国新京市(現:吉林省長春市)で生まれる。父親の大久保宅次は、同地でアヘン等の慢性中毒に対する治療薬ギフトールを製造する製薬会社を経営し、現地の中国人アヘン中毒患者などを救済した。日中戦争終結後も、日本の独立回復まで中国で教育を受けた。戦後に国民党軍と人民解放軍の市街戦で流れ弾を負傷し、家族が伝染病を罹患して移動禁止となる。長春包囲戦の飢餓で弟、叔父、いとこを失う。死体が折り重なる卡子(チャーズ=Qiǎzi=検問所、包囲網と解放区の間の緩衝区域)で飢餓生活を強いられる。
増田 壽男(ますだ としお、1941年 - )は、日本の経済… 増田 壽男(ますだ としお、1941年 - )は、日本の経済学者。法政大学名誉教授・前総長。東京都出身。
湯浅 誠(ゆあさ まこと、1941年 - )は、中国問題の評… 湯浅 誠(ゆあさ まこと、1941年 - )は、中国問題の評論家。
小寺 弘之(こでら ひろゆき、1940年〈昭和15年〉10月… 小寺 弘之(こでら ひろゆき、1940年〈昭和15年〉10月3日 - 2010年〈平成22年〉12月21日)は、日本の政治家。元群馬県知事(民選第13・14・15・16代)。東京府生まれ。 父は佐賀県、母は茨城県の出身。父の仕事の都合で誕生して間もなく台湾(日本統治下)に移住し、再び東京に戻る。戦時中は母の故郷である茨城に疎開するが、終戦後に東京に戻り小学校に入学する。しかし、小学1年の1学期までで東京を去り、函館、熊本、広島、名古屋と転居を繰り返し5つの小学校の転校を経験する。中学校も名古屋から芦屋に移り、高校は兵庫県立芦屋高等学校に入学するが高校2年の2学期に東京へ転居し、東京都立新宿高等学校に入学した。
小池 政臣(こいけ まさおみ、1940年9月 - )は、日本… 小池 政臣(こいけ まさおみ、1940年9月 - )は、日本の政治家、僧侶。元三島市長(3期)。父は衆議院議員の小池政恩、息子も衆議院議員の小池政就。
鈴木 達夫(すずき たつお、1940年〈昭和15年〉7月28… 鈴木 達夫(すずき たつお、1940年〈昭和15年〉7月28日 - 2020年〈令和2年〉1月14日)は、昭和から平成時代の弁護士、労働運動家。元NHK職員、日弁連刑事弁護センター委員。選挙では鈴木たつおの表記も用いる。 東京都中央区出身。1959年、東京都立新宿高等学校卒業、東京大学理科Ⅰ類入学。フロントの構革派論客だったとされ、1961年に日本共産党東大細胞から離党・除名された。1964年、同大学工学部土木工学科都市計画コース卒業。日本放送協会(NHK)に番組制作担当ディレクターとして入局し、長崎局に赴任。1967年、日本放送労働組合(日放労)長崎分会委員長に就任し、1968年の佐世保エンタープライズ寄港阻止闘争の先頭に立った。
勝俣 恒久(かつまた つねひさ、1940年3月29日 - 2… 勝俣 恒久(かつまた つねひさ、1940年3月29日 - 2024年10月21日)は、日本の実業家。 東京電力代表取締役会長、同社代表取締役社長(第10代)、電気事業連合会会長、日本原燃株式会社会長、日本原子力発電取締役などを歴任。福島第一原子力発電所事故発生当時に東京電力代表取締役会長を務めた。 東京府東京市出身で、のちに代々木ゼミナール創設者の一人となる勝俣久作の四男である。世田谷区立太子堂中学校、東京都立新宿高等学校、東京大学経済学部をそれぞれ卒業し、1963年に東京電力へ入社する。 新日本製鐵元副社長で九州石油元会長の勝俣孝雄は兄、丸紅元社長の勝俣宣夫は弟で、3人は産業界で勝俣三兄弟として知られ、ほかに日本道路公団元理事の勝俣邦道、東京大学名誉教授勝俣鎮夫がいる。
村上 光一(むらかみ こういち、1940年3月2日 - )は… 村上 光一(むらかみ こういち、1940年3月2日 - )は、株式会社フジテレビジョン相談役、日本映画衛星放送相談役、東京外国語大学理事。
森田 安一(もりた やすかず、1940年 - )は、日本の歴… 森田 安一(もりた やすかず、1940年 - )は、日本の歴史学者、日本女子大学名誉教授、放送大学客員教授。スイス史が専門。
小野 耕世(おの こうせい、1939年11月28日 - )は… 小野 耕世(おの こうせい、1939年11月28日 - )は、日本の映画評論家、漫画評論家、海外コミック翻訳家、海外コミック・アニメーション研究家。東京都世田谷区出身。 アメリカンコミックス紹介で、KOSEIというペンネームを使っていたことがある。 日本における海外コミックの翻訳出版および研究、紹介の第一人者。元NHK職員。日本マンガ学会理事をへて3代目会長。日本漫画家協会会員(参与)。 熱気球パイロットのライセンスを持っており、日本気球連盟会員。 父は漫画家の小野佐世男。 東京市世田谷区代田[要出典]に生まれるが、自宅が空襲にあい、埼玉県指扇(さしおうぎ)の母方の親戚宅[要出典]に疎開する。戦中にインドネシアに渡っていた父の小野佐世男が1946年5月末に帰国し、世田谷・北沢の父の姉の家に家族で転居する。
原科 孝雄(はらしな たかお、1939年9月26日 - )は… 原科 孝雄(はらしな たかお、1939年9月26日 - )は日本の医師である。形成外科専門医。特にマイクロサージャリーを専門とする。日本形成外科学会名誉会員。
田上 八朗(たがみ はちろう、1939年8月24日 - )は… 田上 八朗(たがみ はちろう、1939年8月24日 - )は、日本の医師。皮膚科医。京都大学出身。1977年 - 1983年、浜松医科大学助教授。1983年- 2003年、東北大学医学部教授。皮膚科領域で多方面の研究を多数国際雑誌に発表し、皮膚科学にインパクトを与えた。1999年には皮膚科分野で最もよく引用される論文citation classicを5編以上書いた18人の一人に選ばれた。
岩佐 恵美 (いわさ えみ、1939年5月25日 - )は、… 岩佐 恵美 (いわさ えみ、1939年5月25日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(通算4期)、参議院議員(1期)を歴任(いずれも日本共産党公認)。日本共産党中央委員会名誉役員。全国消費者団体連絡会幹事。 上海生まれ、神奈川県育ち。東京都立新宿高等学校、早稲田大学文学部露文科を卒業後、日本生活協同組合連合会などを経て1979年の衆院選で東京11区から出馬し当選。以後衆議院議員を通算4期務め、1998年には参議院議員へ鞍替え、同年の参院選にて比例区から立候補。名簿順位3位で当選し1期務めた。 日本共産党東京都委員会委員長の若林義春は衆議院議員時代の秘書(1981年 - 1986年)。
阿部 光子(あべ みつこ、1939年3月31日 - )は、日… 阿部 光子(あべ みつこ、1939年3月31日 - )は、日本の女優、声優。東京都出身。東京俳優生活協同組合所属。夫は俳優・声優の安田隆(1988年死別)。 1958年、東京都立新宿高等学校卒業。1959年、劇団東芸附属研究所に入所し、1960年に劇団員となる。1966年より東京俳優生活協同組合に所属。 趣味は手芸。特技は福島弁(会津弁)。ホールヘルパーの資格を持つ。
池田 維(いけだ ただし、1939年3月18日 - )は、日… 池田 維(いけだ ただし、1939年3月18日 - )は、日本の外交官。 外務省アジア局長、官房長、オランダ特命全権大使、ブラジル特命全権大使、交流協会台北事務所代表(駐台湾大使相当)を歴任。財団法人霞山会理事長、立命館大学客員教授。2014年、瑞宝重光章受章。妻は比較文学者の池田美紀子。 兵庫県出身。1961年(昭和36年)10月東京大学法学部在学中に外務公務員上級試験に合格する。1962年(昭和37年)東大法学部を卒業して、外務省に入省した。中国語研修(台湾、米国)を経て、香港、北京に在勤。
海保 眞夫(海保 真夫、かいほ まさお、1938年11月15… 海保 眞夫(海保 真夫、かいほ まさお、1938年11月15日 - 2003年4月12日)は、日本の英文学者、翻訳家。慶應義塾大学文学部教授を務めた。 神奈川県横浜市生まれ。1957年東京都立新宿高等学校卒業、1962年慶應義塾大学文学部英文学専攻卒、1964年慶應義塾大学大学院文学研究科英文学専攻修士課程修了。 1964年慶應義塾大学文学部助手、1969年同専任講師昇格、1972同助教授昇格、ケンブリッジ大学で2年間在外研究、1979同教授昇格。ジョナサン・スウィフトを中心に据えた18世紀英文学や英国史を専門としつつ、17 - 19世紀の英文学について多数の論文、書籍などを表し、同時に精力的に翻訳活動を行ったが、在職中に病没。
海保 眞夫(かいほ まさお、1938年11月15日 - 20… 海保 眞夫(かいほ まさお、1938年11月15日 - 2003年4月12日)は、英文学者、元慶應義塾大学文学部教授。
垣添 直也(かきぞえ なおや、1938年11月3日 - )は… 垣添 直也(かきぞえ なおや、1938年11月3日 - )は、日本の実業家。日本水産代表取締役社長や、日本冷凍食品協会会長、日本冷蔵倉庫協会会長、大日本水産会副会長、国立大学法人東京海洋大学理事などを歴任。 大阪市出身。1957年東京都立新宿高等学校卒業。1961年東京水産大学(現東京海洋大学)水産学部製造学科卒業、日本水産入社。1990年取締役。1993年常務取締役。1994年代表取締役専務。1995年代表取締役副社長。1999年から13年間代表取締役社長を務め、豪腕経営を行った。在任期間が長期に渡ったため会長職には就かず2012年に相談役に退いた。2016年マリン・エコラベル・ジャパン協議会会長。
小平 裕(こひら ゆたか、1938年〈昭和13年〉10月31… 小平 裕(こひら ゆたか、1938年〈昭和13年〉10月31日 - 2021年〈令和3年〉8月12日)は、日本の映画監督。東京府東京市(現:東京都新宿区)出身。 東京都立新宿高等学校を経て東京大学文学部美学科を卒業後、東映に入社。東京撮影所助監督を経て、1975年『青い性』で監督デビューし、数々の作品でメガホンを執った。 2021年8月12日、誤嚥性肺炎にて東京都内の病院で死去した。82歳没。
長尾 龍一(ながお りゅういち、1938年8月2日 - )は… 長尾 龍一(ながお りゅういち、1938年8月2日 - )は、日本の法学者。東京大学名誉教授。専門は法哲学・政治思想史・憲法思想史。
岩田 昌征(いわた まさゆき、1938年7月2日 - )は、… 岩田 昌征(いわた まさゆき、1938年7月2日 - )は、日本の経済学者、千葉大学名誉教授。
早房 長治(はやぶさ ながはる、1938年1月19日 - )… 早房 長治(はやぶさ ながはる、1938年1月19日 - )は、日本のジャーナリスト、政治経済評論家。 北海道生まれ。東京都立新宿高等学校を経て1961年東京大学教養学部卒業、朝日新聞社入社。1982年経済部次長を経て、論説委員、1985年編集委員、1998年朝日新聞社退職。地球市民ジャーナリスト工房を設立、代表。 株式会社チャンネルジェイの設立に参画。日本ネットジャーナリスト協会理事。
岩永嘉弘(いわなが よしひろ、1938年 - )は、日本のコ… 岩永嘉弘(いわなが よしひろ、1938年 - )は、日本のコピーライター。広島県呉市出身。 1938年、広島県呉市に生まれる。父は海軍大尉(終戦退役時)。 少年時代を山口県宇部市で過ごし、東京渋谷の松濤中学校、東京都立新宿高等学校を経て、早稲田大学第一政治経済学部新聞学科に入学。高校時代の同級生に作家の安土敏と朝日新聞元論説委員の早房長治、早稲田大学同学部の同級生に写真家の浅井慎平、脚本家の鎌田敏夫、作家の尾高修也、朝日新聞元論説委員の高山智がいた。大学卒業後、光文社に編集記者として務めたのち、明治製菓宣伝部でコピーライターとなる。その後、広告作家の土屋耕一に師事。一番弟子を自称している。 1971年、独立して株式会社岩永事務所(現・株式会社ロックスカンパニー)を設立。
小沼 勝(こぬま まさる、1937年12月30日 - 202… 小沼 勝(こぬま まさる、1937年12月30日 - 2023年1月22日)は、日本の映画監督。 1937年12月30日、北海道小樽市に生まれる。都立新宿高等学校を経て1961年、日本大学芸術学部映画学科を卒業し、日活に助監督として入社する。 1971年、『花芯の誘い』で映画監督デビューを果たす。以後、40本以上の日活ロマンポルノの作品を手がけた。耽美的な作風でSM物を得意とする。 1974年『花と蛇』での原作改変が原作者の団鬼六を激怒させ、その後は団原作ではないSM映画を数多く撮った。数年後には団とも和解して団原作映画も撮るようになっている。 ロマンポルノ以外では日本テレビ系『火曜サスペンス劇場』など、サスペンスドラマ作品の演出を手掛けたこともあった。
長崎 暢子(ながさき のぶこ、1937年12月20日 - )… 長崎 暢子(ながさき のぶこ、1937年12月20日 - )は、日本の歴史学者、東京大学名誉教授。専門は、インド近代史、南アジア地域研究。博士(文学)(東京大学、1993年)。東京出身。
白鳥 令(しらとり れい、1937年8月26日 - )は日本… 白鳥 令(しらとり れい、1937年8月26日 - )は日本の政治学者。獨協大学・東海大学名誉教授、国際教養大学特任教授。専門は、政治学。
田村 貞雄(たむら さだお、1937年8月21日- )は、日… 田村 貞雄(たむら さだお、1937年8月21日- )は、日本の歴史学者、日本史研究者、静岡大学名誉教授。
安土敏(あづち さとし、1937年7月12日 - )は日本の… 安土敏(あづち さとし、1937年7月12日 - )は日本の小説家。本名、荒井伸也(あらい しんや)。東京都出身。
平井 宜雄(ひらい よしお、1937年4月19日 - 201… 平井 宜雄(ひらい よしお、1937年4月19日 - 2013年11月26日)は、日本の法学者。専門は民法及び法政策学。東京大学名誉教授。前専修大学法科大学院院長。法制審議会委員。財団法人不動産適正取引推進機構会長。東京出身。
安崎 暁(あんざき さとる、1937年3月3日 - 2018… 安崎 暁(あんざき さとる、1937年3月3日 - 2018年5月26日)は、日本の実業家。小松製作所代表取締役社長や、日本建設機械工業会会長、国家公安委員会委員などを務めた。 1937年に陸軍大学校学生安崎操(のちに陸軍中佐・第6方面軍参謀や、自衛隊陸将・東北方面総監を歴任)の長男として、東京で生まれ、徳島県吉野川市鴨島町で育つ。1959年3月一橋大学社会学部卒業。中国経済史専攻。1961年3月一橋大学経済学部を卒業。理論経済学専攻。大学時代は小笠原流の弓道部に所属。後年には、私費を投じて大学の弓道場の建て直しを行った。 1961年4月小松製作所入社。同社では主に国際部門を担当し、海外事業展開を進めた。
安土敏(あづち さとし、1937年 - )は日本の小説家、実… 安土敏(あづち さとし、1937年 - )は日本の小説家、実業家、経営コンサルタント。本名は荒井伸也(あらい しんや)。東京都出身。 1960年に住友商事入社後、1970年に食品スーパーマーケットチェーン「サミットストア」(後のサミット)に出向した。その後、同社社長、会長、最高顧問を経て2004年に同社を退社した。2001年にオール日本スーパーマーケット協会(AJS)第3代会長に就任、2015年に退任し、名誉会長となる。日本チェーンストア協会特別顧問。 会社務めの傍らで、1981年から経済小説、コラム、エッセー、評論等を発表してきた。「社畜」という言葉を考案した人物とされる。
由水 常雄(よしみず つねお、1936年8月2日 - )は、… 由水 常雄(よしみず つねお、1936年8月2日 - )は、日本の歴史研究者、ガラス工芸家。徳島県生まれ。東京都立新宿高等学校を経て早稲田大学大学院博士課程修了。1968年より1970年までチェコ政府招聘留学生としてプラハ大学でガラス工芸史、東西美術交渉史を専攻。
岩崎文哉(いわさき ふみや、1936年 <昭和11年> 4月… 岩崎文哉(いわさき ふみや、1936年 <昭和11年> 4月1日 - 2024年 <令和6年> 11月18日)は日本の大蔵官僚。血液型は型。国際金融局総務課長、神戸税関長、大臣官房審議官(国際金融局担当)、国際金融局次長、印刷局長などを歴任した。位階は従四位。 東京府東京市杉並区出身(父は福島県、母は岡山県)。東京都立新宿高等学校、東京大学経済学部経済学科卒業。1959年4月 大蔵省に入省。銀行局金融制度調査官付。1966年7月 八王子税務署長。課長補佐時代は主に国際金融局で勤務。1983年6月 国際金融局総務課長。1984年6月 神戸税関長。1985年6月 大臣官房審議官(国際金融局担当)。1987年6月 国際金融局次長。
小沢 明(おざわ あきら、1936年3月27日 - )は、日… 小沢 明(おざわ あきら、1936年3月27日 - )は、日本の建築家、東北芸術工科大学第三代学長で、同大学名誉教授。 建築家が大学の教育現場で建築デザインを教えることは、最早めずらしいことではない。その意味で小沢は、みずからプロフェッサー・アーキテクトであることを任じ、実作の世界と教育の世界の二元的な立場から、「建築家による建築家教育」の重要性を説く。学長時代には、これからの芸術デザイン教育のありかたとして、表現の教育ではなく「表現者の教育」が重要であるとして、作家・デザイナーとして活躍する同大現役教員48名による「私の語るアートとデザイン」の著書を発行した。 建築家としての小沢の作品は、新建築、住宅特集に掲載されるほか、近年の代表作として城下町鶴岡(山形県)につくられた「鶴岡アートフォーラム」がある。
斎藤 次郎(さいとう じろう 、1936年〈昭和11年〉1月… 斎藤 次郎(さいとう じろう 、1936年〈昭和11年〉1月15日 - )は、日本の大蔵官僚、実業家。大蔵事務次官、東京金融取引所代表取締役社長、日本郵政代表執行役社長を歴任。血液型はA型。 関東州・大連市出身。父親は満鉄調査部に勤務していた。第二次世界大戦終結後の1948年に内地に引揚げ、成城中学校(新宿区)から東京都立新宿高等学校に進学。新宿高校3年次に東京大学旧文科一類(現在の文科一類と文科二類の前身)を受けるも不合格となる。その後は浪人。予備校に通わなかったが、模試では常に5番目になっていた。東京大学法学部第1類(私法コース)時代は3Bという教室に在籍しており、大蔵省同期となる日吉章らがいた。
小林 正彦 (こばやし まさひこ、1936年1月1日 - 2… 小林 正彦 (こばやし まさひこ、1936年1月1日 - 2016年10月30日)は日本の会社役員で、石原プロモーション元代表取締役専務。ウェブクウ取締役。愛称はコマサ・大番頭。
杉尾邦江(すぎお くにえ、1936年-2023年)は、日本の… 杉尾邦江(すぎお くにえ、1936年-2023年)は、日本の女性ランドスケープアーキテクト。ランドスケープコンサルタント協会登録ランドスケープアーキテクト(RLA)。技術士。都市計画コンサルタント協会マスター都市プランナー。ランドスケープコンサルタントのプレック研究所代表取締役会長。自然環境共生技術協会自然環境共生技術フォーラム理事。文化庁文化審議会専門委員、歴史的砂防施設の保存活用調査委員会委員。武蔵工業大学講師を歴任 東京都新宿区牛込出身。。 都市計画コンサルタント協会の紹介 参照。東京都立新宿高等学校を経て東京農業大学を1960年に卒業。 在学中の1959年 国家公務員上級職試験(造園職)に合格。
河原田 秀夫(かわらだ ひでお、1936年(昭和11年) -… 河原田 秀夫(かわらだ ひでお、1936年(昭和11年) - )は、日本の工学博士、工学者。国立千葉大学名誉教授。 1955年東京都立新宿高等学校を経て1960年慶應義塾大学工学部計測工学科卒業。1965年東京大学大学院数物系研究科応用物理学専攻博士修了。1965年工学博士。1965年より東京大学工学部助手。1967年より同講師。1983年より同助教授を経て1984年より千葉大学工学部教授現在に至る。日本応用数理学会第11代会長。(2000年度)
鎌田 吉郎(かまた よしろう、1935年(昭和10年)11月… 鎌田 吉郎(かまた よしろう、1935年(昭和10年)11月28日 - )は、日本の通産官僚。元資源エネルギー庁長官。瑞宝重光章。 旧通産省同期入省者には、棚橋祐治、小川邦夫(日本自転車振興会会長、特許庁長官)、佐藤満秋(日本ガス機器検査協会理事長)、弘津匡啓(日本鉄鋼連盟専務理事・事務局長、国土庁長官官房審議官)、井上宣時(日中経済協会理事長)など。
神崎 巌(かんざき いわお、1935年10月24日 - )は… 神崎 巌(かんざき いわお、1935年10月24日 - )は、ドイツ文学者。早稲田大学名誉教授。 東京生まれ。東京都立新宿高等学校、早稲田大学文学部卒。同大学院博士課程中退。早大教育学部助教授、人間科学部教授。1981年旺文社児童文学翻訳賞受賞。2006年定年退任したが年金問題で早大と争っている。早稲田大学の年金を知る会代表。日本民主主義文学同盟会員。
崎山 克彦(さきやま かずひこ、1935年6月1日 - )は… 崎山 克彦(さきやま かずひこ、1935年6月1日 - )は、NGO「南の島から」代表。 福岡県出身。東京都立新宿高等学校(1954年卒)を経て慶應義塾大学法学部卒。 1959年に講談社へ入社し、1964年にカリフォルニア大学大学院においてジャーナリズムを専攻した後に講談社インターナショナル・アメリカ社にて勤務した。 1991年、フィリピン・セブ島沖にあるカオハガン島を1千万円で購入した。以来、島の教育・医療・産業などを整備し、小規模ながら島内にロッジや公共トイレなどの宿泊施設を設けることでグリーンツーリズムの精神に基づく観光を島民の収入源にするなど、積極的に行動を起こしている。 1995年、著書による紹介により増加した日本人観光客らが、島民の子供たちの教育環境の向上などの目的で、NGO「南の島から(from a southern island)」を設立、自身も代表を務める。