スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
川松 真一朗(かわまつ しんいちろう、1980年12月8日 … 川松 真一朗(かわまつ しんいちろう、1980年12月8日 - )は、日本の政治家、フリーアナウンサー、メディアプロデューサー、相撲評論家。自由民主党所属の衆議院議員(1期)。プロレスラー、YouTuberとしても活動している。東京都議会議員(3期)、テレビ朝日アナウンサーなどを務めた。 身長185cm。元ラグビー選手(平尾プロジェクト生、日本代表育成選手)。コロナ禍において、墨田区長・山本亨をはじめとする、墨田区議団と共に『墨田モデル』を創る。 東京都墨田区生まれ。墨田区立両国小学校、墨田区立両国中学校、東京都立両国高等学校、日本大学法学部法律学科卒業。在学中は岩井奉信ゼミに所属していた。専門は政策決定過程論。
初鹿 明博(はつしか あきひろ、1969年4月15日 - )… 初鹿 明博(はつしか あきひろ、1969年4月15日 - )は、日本の政治家。一般社団法人地域福祉推進機構代表理事。韓国コスメSHOP株式会社ne:Style代表 東京都議会議員(2期)、衆議院議員(3期)、民進党青年局長等を務めた。 東京都江戸川区平井生まれ。江戸川区立小松川第二小学校、江戸川区立小松川第二中学校、東京都立両国高等学校、東京大学法学部卒業。大学卒業後、(自身が入塾審査不合格となった松下政経塾1期生で初の国会議員及び政務次官)逢沢一郎衆議院議員の秘書を務める。1997年、東京都議会議員選挙に旧民主党公認(生活者ネットワーク推薦)で立候補したが、次点で落選した。その後は旧民主党所属の鳩山由紀夫の秘書を務める。
木内 良明(きうち よしあき、1944年9月23日 - 20… 木内 良明(きうち よしあき、1944年9月23日 - 2017年1月26日)は、日本の政治家。公明党に所属し、衆議院議員(3期)や東京都議会議員(5期)、都議会副議長などを歴任した。 東京都墨田区生まれ。東京都立両国高等学校卒業。高校2年生の時に父親を亡くし、家業の倒産も経験する。慶應義塾大学法学部に入学するも中退し、創価学会に入信した。慶應義塾特選塾員。 1976年、第34回衆議院議員総選挙に旧東京1区(定数3)から公明党公認で出馬したが、次点で落選した。1979年、第35回衆議院議員総選挙に再び旧東京1区から公明党公認で出馬し、初当選する。1980年の第36回衆議院議員総選挙では再び落選したが、1983年の第37回衆議院議員総選挙で返り咲き、通算3期務める。
山﨑 孝明(やまざき たかあき、1943年〈昭和18年〉10… 山﨑 孝明(やまざき たかあき、1943年〈昭和18年〉10月13日 - 2023年〈令和5年〉4月12日)は、日本の政治家。東京都江東区長(4期)、東京都議会議員(5期)、江東区議会議員(2期)、特別区長会会長を務めた。 東京都江東区南砂出身。江東区立砂町小学校入学、江東区立第四砂町小学校、江東区立第三砂町中学校、東京都立両国高等学校、早稲田大学第一商学部卒業。 東京都議会議員選挙に25歳、29歳で立候補するがともに落選。日本そば店「やま孝」の経営、木場の銘木店勤務、トラック運転手、石井桂衆議院議員の秘書など様々な職業に就く。 1983年(昭和58年)、江東区議会議員に初当選。1987年(昭和62年)に再選。
島村 宜伸(しまむら よしのぶ、1934年〈昭和9年〉3月2… 島村 宜伸(しまむら よしのぶ、1934年〈昭和9年〉3月27日 - )は、日本の政治家、教育者。衆議院議員(9期)、文部大臣(第118代)、農林水産大臣(第26・36代)、自由民主党国会対策委員長(第40代)、自由民主党総裁特別補佐、志帥会名誉会長、学校法人杉並学院(杉並学院高等学校)理事長等を歴任した。元日本プロスポーツ協会会長。 元衆議院議員で石橋派や宏池会に属した島村一郎の六男。 東京都江戸川区生まれ。東京都立両国高等学校、学習院大学政経学部政治学科卒業。学習院大学入学後、学習院院長の安倍能成から頼まれ、皇太子(明仁親王)の学友になった。また島村は唯一、自身の同級生たる天皇から国務大臣に認証された政治家である。
柿澤 弘治(かきざわ こうじ、1933年〈昭和8年〉11月2… 柿澤 弘治(かきざわ こうじ、1933年〈昭和8年〉11月26日 - 2009年〈平成21年〉1月27日)は、日本の政治家、大蔵官僚。位階は従三位、勲章は旭日大綬章。衆議院議員(7期)、参議院議員(1期)、外務大臣(第117代)、自由党党首、自由連合代表を歴任。長男は元衆議院議員の柿沢未途。 東京府東京市日本橋区小伝馬町(現東京都中央区日本橋小伝馬町)に柿澤常次郎の子として生まれる。生家は江戸時代創業の葛籠屋「柿澤常次郎商店」。東京都立両国高等学校、東京大学経済学部経済学科卒業。1958年、大蔵省(現財務省)に入省。本省勤務の他、外務省や経済企画庁への出向やフランス、ベルギーでの海外勤務を経験し、ベルギーに赴任中には長男の未途が誕生した。
熊川 好生(くまかわ よしお、1932年7月10日 - 20… 熊川 好生(くまかわ よしお、1932年7月10日 - 2002年2月15日)は、日本の政治家。浦安町長を経て、初代浦安市市長を務めた。 千葉県東葛飾郡浦安町(現・浦安市)出身。1951年、東京都立両国高等学校卒業。浦安町役場職員を経て1969年から浦安町長(2期)、1981年の市制施行後の浦安市にて1998年9月28日まで連続8期・29年、初代市長を務めた。東京ディズニーランドの誘致を始めとした数多くの政策を打ち出した。 1998年9月28日、体調不良を理由に浦安市長を辞任した。同年11月8日の市長選挙で松崎秀樹が当選し、第2代浦安市長となった。 2002年2月15日、急性心不全のため浦安市の病院で死去。
田島 衛(たじま まもる、1921年(大正10年)2月23日… 田島 衛(たじま まもる、1921年(大正10年)2月23日 - 1988年(昭和63年)1月17日)は、日本の政治家。新自由クラブ衆議院議員(2期)。 東京府東京市(現東京都)江戸川区出身。府立三中(現都立両国高等学校)を経て早稲田大学法学部在学中、学徒出陣で海軍に入る。海軍特攻隊特殊潜航艇蛟龍艇長となり、海軍中尉で復員した。 その後、1951年(昭和26年)江戸川区議会議員に選出され4期在任。1969年(昭和44年)東京都議会議員となり2期務めた(自由民主党所属)。この間、都議会自民党副幹事長、同政調会長などを務めた。 1976年(昭和51年)第34回衆議院議員総選挙に東京都第10区から無所属で立候補して次点で落選。
青山 良道(あおやま よしみち、1914年(大正3年)3月3… 青山 良道(あおやま よしみち、1914年(大正3年)3月31日 - 1986年(昭和61年)4月23日)は、日本の政治家、教諭。東京都中野区長(2期)、東京都議会議員(3期)を務めた。位階は従五位。勲四等旭日小綬章。 長男は石原慎太郎東京都知事の下で東京都副知事を務めた青山佾。 静岡県御殿場市生まれ。1943年立正大学専門部地理学科卒業。東京府立第三中学校(現・東京都立両国高等学校)教諭、東京都高等学校教職員組合委員長を務めた。 1955年、日本社会党公認で東京都議会議員選挙に出馬し、初当選を果たした。3期目任期中の1965年に都議を辞職した。 1971年2月26日から1979年2月9日まで足掛け3期、中野区教育委員を務めた。
福田 篤泰(ふくだ とくやす、1906年10月13日 - 1… 福田 篤泰(ふくだ とくやす、1906年10月13日 - 1993年8月7日)は、日本の政治家。位階は正三位。 衆議院議員(10期)、総理府総務長官、行政管理庁長官、郵政大臣などを歴任した。 東京府出身。府立第三中学校、旧制浦和高等学校を経て、1930年東京帝国大学経済学部を卒業後、外務省に入省。情報局秘書課長などを経て吉田茂首相秘書官となる。吉田の名代として林譲治や益谷秀次との折衝を任されるなど信頼を得ていた。 1949年第24回衆議院議員総選挙に旧東京7区から民主自由党公認で立候補し当選、以後当選10回で、吉田政権時代の中央官僚出身政治家にしては珍しく、保守合同後は大野伴睦派-村上勇派-三木武夫派と、党人派系の派閥を遍歴している。
臼井 荘一(臼井 莊一、うすい そういち、1902年〈明治3… 臼井 荘一(臼井 莊一、うすい そういち、1902年〈明治35年〉7月26日 - 1987年〈昭和62年〉10月18日)は、大正から昭和期の政治家、実業家。位階は正三位、勲等は勲一等。千葉興行2代目社長。総理府総務長官。衆議院議員(8期)、参議院議員(1期)。千葉市名誉市民。学位は商学士(早稲田大学)。剣道六段。 東京市深川区越中島(現在の東京都江東区越中島)で建築材料商の家に生まれた。1920年(大正9年)3月、旧制・東京府立第三中学校(現在の東京都立両国高等学校)を卒業し、1925年(大正14年)3月、早稲田大学商学部商学科を卒業。大日本麦酒に入社した。 父の病のため1925年11月、大日本麦酒を退職して千葉市に転居。
福田 一(ふくだ はじめ、1902年〈明治35年〉4月1日 … 福田 一(ふくだ はじめ、1902年〈明治35年〉4月1日 - 1997年〈平成9年〉9月2日)は、日本の政治家、位階は従二位。 自由民主党所属の衆議院議員(14期)、衆議院議長(第62代)。自民党では大野派→福田グループに属した後に、無派閥となる。 福井県出身。東京府立三中(現在の東京都立両国高等学校)、旧制一高を経て、1927年東京帝国大学法学部仏法科卒業。同盟通信記者を経て衆議院議員に。通産大臣、自治大臣、法務大臣などを歴任した。通産大臣時代には小説「官僚たちの夏」に描かれた今井善衛と佐橋滋との間の事務次官人事抗争に介入し、存在感を見せ付けたこともある。 自治大臣在任中、1975年1月21日、参議院決算委員会で「私は市川(房枝)さんほど国民を尊敬していない」と述べたため、野党の反発を招き、発言の取り消しを要求された。
入江 俊郎(いりえ としお、1901年(明治34年)1月10… 入江 俊郎(いりえ としお、1901年(明治34年)1月10日 - 1972年(昭和47年)7月18日)は、日本の官僚、政治家、裁判官。法制局長官、貴族院議員、衆議院法制局長、最高裁判所判事。東京府出身。 府立三中、第一高等学校、東京帝国大学卒業。1924年に内務省に入り、1927年、法制局参事官となる。 戦後の1945年9月には法制局第一部長、同年11月には法制局次長、1946年3月には法制局長官となり、日本国憲法の立案責任者になった。1946年5月18日、昭和天皇により貴族院議員に勅選され、同和会に所属し1947年5月2日の貴族院廃止まで在任した。 日本国憲法により帝国議会及び貴族院は廃止され、国立国会図書館専門調査員であったところ、芦田内閣期の1948年7月に衆議院の法制局長に任命された。
浅沼 稲次郎(あさぬま いねじろう、旧字体:淺沼 稻次郞、1… 浅沼 稲次郎(あさぬま いねじろう、旧字体:淺沼 稻次郞、1898年(明治31年)12月27日 - 1960年(昭和35年)10月12日)は、日本の政治家。東京府三宅村(現在の東京都三宅村)出身。日本社会党書記長、委員長を歴任。
蜷川 虎三(にながわ とらぞう、1897年2月24日 - 1… 蜷川 虎三(にながわ とらぞう、1897年2月24日 - 1981年2月27日)は、日本の政治家、経済学者、統計学者。初代中小企業庁長官。元京都府知事(1950年 - 1978年)。 東京府東京市深川区深川入船町(現在の東京都江東区木場一丁目)の材木商の家に生まれた。旧制東京府立第三中学(現:東京都立両国高等学校・附属中学校、同学年に正木ひろし(弁護士)がおり、英語教諭だった北昤吉(北一輝の弟)の授業を受ける)、農商務省水産講習所(現:東京海洋大学)卒業後、京都帝国大学経済学部に入学、1923年に卒業。1927年、同助教授となる。当初はマルクス経済学者の河上肇に私淑し、漁業水産経済学を研究していたが、ドイツに留学後、『統計利用に於ける基本問題』で経済学博士号を取得するも教授に昇格するのはずっと遅く1942年(昭和17年)だった。
早川 三郎(はやかわ さぶろう、1888年 <明治21年> … 早川 三郎(はやかわ さぶろう、1888年 <明治21年> 4月8日 - 1973年 <昭和48年> 4月19日)は、日本の内務官僚、政治家。県知事、警視総監。位階は正四位。 神奈川県出身。地主・早川耕造の三男として生まれる。東京府立三中、第六高等学校を経て、1915年5月、東京帝国大学法科大学法律学科(独法)を卒業。1914年11月、文官高等試験行政科試験に合格。1915年8月、内務省に入り宮崎県属となる。 1916年9月、宮崎県警視を兼務。以後、宮崎県東諸県郡長、同県理事官、埼玉県理事官、同県地方課長、同県視学官、香川県書記官・警察部長、岡山県書記官・警察部長、広島県書記官・警察部長などを歴任。
浮谷 竹次郎(うきや たけじろう、1887年(明治20年)9… 浮谷 竹次郎(うきや たけじろう、1887年(明治20年)9月24日 - 1965年(昭和40年)3月8日)は、大正から昭和時代の政治家・実業家。千葉県東葛飾郡市川町長、初代市川市長。北総鉄道支配人。 浮谷権兵衛の弟として千葉県に生まれる。浮谷家は葛飾郡市川新田で農業を営み、当主は代々権兵衛を名乗っていた。東京府立第三中学校(現・東京都立両国高等学校)、東北帝国大学農科大学予科を経て、1913年(大正2年)7月に同大畜産科を卒業する。卒業後、志願兵として1年従軍し、1917年(大正6年)陸軍騎兵少尉に進んだ。 ついで、北海道技手、東北帝国大学農科大学予科講師、宮城県農業技師、京成電軌重役秘書、会計・工務課長、北総鉄道支配人、成田鉄道会社取締役建設部長などを歴任。