スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
長井 短(ながい みじか、1993年〈平成5年〉9月27日 … 長井 短(ながい みじか、1993年〈平成5年〉9月27日 - )は、日本のモデル、女優、作家、エッセイスト。 東京都府中市出身。キューブ所属。「演劇モデル」と称し、演劇活動と並行してモデルとしても活動する。夫は劇団ロロ(主宰・三浦直之)に所属する俳優の亀島一徳。 子供のころから背が高く、親類から「モデルになれば?」と勧められる一方で、幼少期に見た映画『スター・ウォーズ』『ハリー・ポッター』をきっかけに役者を志し、都立豊多摩高校在学中より演劇活動を開始。高校卒業後は劇団半開きに所属して小劇場の舞台に立ち、「演劇だけじゃ絶対食べていけない」とアルバイトの面接を受けてことごとく落ち続ける中で、ECサイトのモデルオーディションに応募して落選するものの複数のモデル事務所より声を掛けられてバークインスタイルに所属。
堀井 拓馬(ほりい たくま、1987年2月17日 - )は、… 堀井 拓馬(ほりい たくま、1987年2月17日 - )は、日本のホラー作家。東京都出身、在住。 東京都立豊多摩高等学校、文京学院大学人間学部心理学科卒業。投稿作「なまづま」にて、角川書店の主催する第18回日本ホラー小説大賞の長編賞を受賞し、同作でデビュー。同作は「第3回SXNミステリー 闘うベストテン」においても第5位に選ばれた。近年では『早稲田文学』にも作品を寄稿するなど活動の幅を広げている。
松村 美香(まつむら みか、1963年 - )は、日本の開発… 松村 美香(まつむら みか、1963年 - )は、日本の開発コンサルタント、小説家。元青年海外協力隊の隊員。『ロロ・ジョングランの歌声』で第1回城山三郎経済小説大賞を受賞。 東京都杉並区に生まれる。実家は印刷屋を営んでいた。東京都立豊多摩高等学校を経て、中央大学経済学部を卒業。大学在学中に、父親が脳卒中のため他界した。また大学在学中に、留学生の寄宿寮で寮運営のボランティアをしていた。村松によるとこの2つが後の人生に大きな影響を与えたと語っている。 大学卒業後、自動車販売買社に就職するが、青年海外協力隊に合格。職種は日本語教師で、派遣先はタイであった。 協力隊での活動後、アメリカ合衆国に4ヶ月間語学留学、その後、1990年に日本総合研究所に入所。
橋本 治(はしもと おさむ、1948年〈昭和23年〉3月25… 橋本 治(はしもと おさむ、1948年〈昭和23年〉3月25日 - 2019年〈平成31年〉1月29日)は、日本の小説家、評論家、随筆家。 イラストで注目され、『桃尻娘』(1977年)で作家としてデビューすると博学や独特の文体を駆使し、古典の現代語訳、評論・戯曲など多才ぶりを発揮する。作品に『桃尻語訳 枕草子』(1987 - 1988年)、『蝶のゆくえ』(2004年)、『初夏の色』(2013年)などがある。 東京都杉並区の商家の息子に生まれる。1951年3歳の時に世田谷区に転居し、杉並区の小中学校を経て1963年東京都立豊多摩高等学校に入学。1966年に同校卒業後予備校に通う。 1967年、東京大学文科三類入学。
森巣 博(もりす ひろし、1948年 - )は、日本の作家、… 森巣 博(もりす ひろし、1948年 - )は、日本の作家、ギャンブラー。本名、鈴木博。自らの約25年間に及ぶカジノでのギャンブル体験とそこでの人間観察をもとに書かれた小説やエッセイを書く事で知られる。 石川県金沢市生まれ。1966年都立豊多摩高校卒業後、漫画雑誌編集者や記者を経て、ヒッピーに憧れを抱き1971年競輪でつくった資金をもとに渡米、1973年帰国。イギリス人の妻と結婚して1975年英国移住。主夫として子育てをしつつカジノで生活費を稼ぐ。博士号取得後にオーストラリアの大学に赴任した妻とともに移住。現在はオーストラリアを本拠地に執筆活動を行っている。 ギャンブルの中では牌九(パイガオ)と呼ばれる種目を中心に据えている。
曽田 博久(そだ ひろひさ、1947年10月23日 - )は… 曽田 博久(そだ ひろひさ、1947年10月23日 - )は、日本の映画・テレビドラマ作品の脚本家、小説家。特にスーパー戦隊シリーズでは参加17作品、メインライター担当9作品、執筆本数399本はいずれもシリーズの最多記録である。 島根県簸川郡大社町(現:出雲市)出身、在住。横浜国立大学工学部中退。 大学時代は新左翼の活動家だったが内ゲバの激化に嫌気がさして、学校に通うのも嫌になり、「宮大工になるか、古美術商を目指すか、それとも陶芸家を目指そうか」と進路を迷っていた。そんな時に立ち寄った本屋でたまたま月刊誌『シナリオ』を手にとり、「これなら書けそう」と“勘違い”して、シナリオライターになることを決意。
辺見 じゅん(へんみ じゅん、本名:清水 眞弓(しみず まゆ… 辺見 じゅん(へんみ じゅん、本名:清水 眞弓(しみず まゆみ、旧姓:角川、邊見)、1939年(昭和14年)7月26日 - 2011年(平成23年)9月21日)は、日本の歌人・ノンフィクション作家。二人の娘がいる。 私小説風から童話・詩歌まで幅広い作品を手がける。ノンフィクションにおいては、丹念な聞き取りを元に構成されているとして評価が高い。私小説風作品においては、複雑な家庭環境を元に冷静で批判的に家族を捉える反面、親子の愛情について細やかに描写されている。 父の友人曰く伯父をモデルとした安一は5回離婚したが伯父が離婚したのは4回とコメントしている。 実母・富美子は花冷えの作中の母親が不倫をするくだりと夫婦喧嘩をしてヒステリーをおこす場面を読み「なぜ、実の娘がこんな見てきたような嘘を書くのか、私には分かりません。
谷川 俊太郎(たにかわ しゅんたろう、1931年〈昭和6年〉… 谷川 俊太郎(たにかわ しゅんたろう、1931年〈昭和6年〉12月15日 - 2024年〈令和6年〉11月13日)は、日本の詩人、翻訳家、絵本作家、脚本家。愛称は「タニシュン」。 太平洋戦争後の現代日本を代表する、国民的詩人と評価されている。 哲学者で法政大学総長を務めた谷川徹三を父、衆議院議員 長田桃蔵の娘である多喜子を母として、東京府豊多摩郡杉並町(現:東京都杉並区)に生まれ育つ。 1938年 (昭和13年)に東京市立杉並第二尋常小学校、1944年(昭和19年)に東京都立豊多摩中学校(後の東京都立豊多摩高等学校)へ入学。太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)5月に山の手空襲を体験した。この年、京都府久世郡淀町に疎開し、京都府立桃山中学校に転学した。
北川 幸比古(きたがわ さちひこ、1930年10月10日 -… 北川 幸比古(きたがわ さちひこ、1930年10月10日 - 2004年12月25日)は、日本の児童文学作家、翻訳家、編纂家。 のちの東京都立豊多摩高等学校在籍時は中原中也や立原道造などの詩に傾倒し、自ら詩の雑誌を作るなどしていた。同級の友人であった谷川俊太郎は、それに影響され自らも詩作を行うようになった。 1954年に早稲田大学國文科を卒業した。児童雑誌『ぎんのすず』編集部に勤務した。 1956年頃から2年ほど的場書房という出版社を独りで経営していた。的場書房からは谷川の『絵本』(1956年)、寺山修司の第一歌集『空には本』(1958年)などを出版している。 その後、児童文学の道を歩み、1960年代から児童SFを執筆し、のちに詩集の編纂を多く手掛ける。
中村 正䡄(なかむら まさのり、1928年2月16日 -20… 中村 正䡄(なかむら まさのり、1928年2月16日 -2020年3月1日)は、日本の小説家。名前の本来の表記は「中村正䡄」だが、「中村正軌」で代用される。 満洲撫順県撫順市生まれ。学習院大学文政学部政治学科卒業。日本航空に勤務し、フランクフルト支配人・調達部長を務める傍ら執筆活動をしていた。1970年代の東西ドイツを舞台とした『元首の謀叛』でデビューし、同作で第84回(1980年下半期)直木賞受賞。2020年3月1日死去。92歳没。
中村 正䡄(なかむら まさのり、1928年2月16日 - )… 中村 正䡄(なかむら まさのり、1928年2月16日 - )は、日本の小説家。
北見 葉胡(きたみ ようこ)は、日本の画家、絵本作家、イラス… 北見 葉胡(きたみ ようこ)は、日本の画家、絵本作家、イラストレーター。神奈川県生まれ。武蔵野美術短期大学卒業。2004年、大分国際絵本原画展優秀賞受賞。2005年、ボローニャ国際絵本原画展入選。 1994年より、毎年の個展と並行して絵本、書籍装画などで活動している。 2004年、絵本『さぼてん』で大分国際絵本原画展優秀賞受賞。同作はスペイン語訳され、メキシコでも出版されている。 2005年、朝日小学生新聞に連載されていた『タマリンとポチロー』でボローニャ国際絵本原画展入選。