スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
福澤 直樹(ふくざわ なおき、1962年8月10日 - )は… 福澤 直樹(ふくざわ なおき、1962年8月10日 - )は、日本の経済学者、歴史学者。専門は西洋経済史。名古屋大学大学院経済学研究科教授。名古屋大学出版会理事。社会経済史学会理事。社会政策学会奨励賞受賞。 愛知県生まれ。桐朋高等学校を経て、1985年名古屋大学経済学部経済学科卒業。中田英雄名古屋市副市長とはともに大学祭実行委員を務めたときからの友人。1987年名古屋大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。1992年名古屋大学大学院経済学研究科博士後期課程単位満了。 この間、文部省学生国際交流制度派遣留学生及びダイムラー・ベンツ財団奨学生として1987年から92年までアルベルト・ルートヴィヒ大学フライブルク大学院経済学研究科に留学し、1992年名古屋大学経済学部助手。
小田島 恒志(おだしま こうし、1962年3月17日 - )… 小田島 恒志(おだしま こうし、1962年3月17日 - )は、日本の英文学者、翻訳家。早稲田大学文化構想学部教授。日本英文学会、日本演劇学会、各会員。日本ロレンス協会評議員。 東京大学教授となった小田島雄志の次男として東京都に生まれる。桐朋高等学校を経て、1984年早稲田大学第一文学部英文科卒、1991年同大学院博士課程単位取得満期退学、ロンドン大学大学院修士課程修了。1993年中央大学専任講師、1995年助教授、1996年早稲田大学文学部専任講師、1997年助教授、2003年同文学学術院教授。 1996年東京・渋谷のPARCO劇場で父と共訳した「シャドー・ランズ」を上演。 妻の小田島則子との共訳による翻訳が多い。
山田 英春(やまだ ひではる、1962年 - )は、日本の装… 山田 英春(やまだ ひではる、1962年 - )は、日本の装幀家、写真家。東京都出身。 1962年、東京都国分寺市生まれ。生後まもなくから3歳までアメリカで暮らす。桐朋中学校・高等学校、国際基督教大学教養学部卒業。出版社の編集部勤務を経て、書籍の装丁を専門にするデザイナーとなる。メノウ、ジャスパーなどの模様石のコレクターとしても知られ、石関連の著作が複数ある。世界各地の古代遺跡、洞窟壁画などを撮影する写真家でもあり、特にブリテン諸島の巨石遺跡を多数記録したことで知られる。 2003年、造本装幀コンクール展 日本書籍出版協会理事長賞(名嘉睦稔『紅逢黒逢の刻―ボクネン版画絵本』、マガジンハウス)受賞。
太田邦史(おおた くにひろ、1962年- )は、日本の分子生… 太田邦史(おおた くにひろ、1962年- )は、日本の分子生物学者、東京大学教授(2007年-2026年)、総合文化研究科長・教養学部長(2019年-2021年)、副学長(2021年-2026年)。2026年4月1日より東京女子大学・第18代学長。 1962年東京都出身。1981年桐朋高等学校卒業。1985年東京大学理学部生物化学科卒業。1990年東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻博士課程修了、理学博士。1991年理化学研究所研究員、2003年同遺伝ダイナミクス研究ユニット・ユニットリーダー、2006年同中央研究所太田遺伝システム制御研究室・准主任研究員、2007年東大総合文化研究科教授となり、2019年-2021年東京大学大学院総合文化研究科・教養学部長。
髙田 敦史(たかだ あつし、1961年12月30日 - )は… 髙田 敦史(たかだ あつし、1961年12月30日 - )は、日本のマーケッター、ブランディングコンサルタント。A.T. Marketing Solution代表。東京理科大学非常勤講師、広島修道大学講師非常勤講師 奈良県生駒市出身。桐朋高校、一橋大学商学部卒。 1985年にトヨタ自動車に入社。宣伝部、商品企画部、海外駐在(タイ、シンガポール)、トヨタマーケティングジャパンMarketing Director 等を経て、2012年からレクサスブランドマネジメント部長としてグローバルレクサスのブランディングを主導。 2016年7月に退社し、A.T. Marketing Solutionを設立。 A.T. Marketing Solution代表の他、VisolabのChief Marketing Officer、経済産業省「産地ブランド化推進事業」プロデューサー(2018年度)、一般財団法人ブランド・マナージャー認定協会アドバイザー等を務める。
五十嵐 貴久(いがらし たかひさ、1961年12月14日 -… 五十嵐 貴久(いがらし たかひさ、1961年12月14日 - )は、日本の小説家・推理作家。東京都出身。成蹊大学文学部卒業。
山上 信吾(やまがみ しんご、1961年9月18日 - )は… 山上 信吾(やまがみ しんご、1961年9月18日 - )は、日本の元外交官、外交評論家。外務省国際情報統括官、外務省経済局長等を経て、2020年、駐オーストラリア特命全権大使。2023年に退官し、2025年現在、TMI総合法律事務所特別顧問、笹川平和財団上席フェロー等を務めつつ、外交評論活動を展開中。 東京都出身。桐朋高等学校を経て、1980年、東京大学法学部入学。1983年、外務公務員採用上級試験合格。1984年、東京大学法学部第二類(公法コース)卒業後、外務省入省。1985年 - 1987年、英語研修(コロンビア大学大学院国際関係論専攻)。在米国大使館、在香港総領事館勤務を経て、2000年、在ジュネーヴ国際機関日本政府代表部一等書記官。
辻 秀夫(つじ ひでお、1960年10月 - )は、日本の防… 辻 秀夫(つじ ひでお、1960年10月 - )は、日本の防衛官僚。 長崎県出身。桐朋高等学校を経て、東京大学法学部卒業。 1998年 人事教育局人事第二課人事企画官 1999年 長官官房企画官 2000年 装備局管理課調達補給室長 2002年 福岡防衛施設局施設部長 2004年 管理局艦船武器課長 2005年 防衛施設庁総務部会計課長 2006年 防衛施設庁総務部人事課長 2007年 経理装備局航空機課長 2008年 技術研究本部技術企画部長 2009年 防衛大学校総務部長 2011年 近畿中部防衛局次長 2014年 東海防衛支局長 2015年 財務省九州財務局長 2017年 防衛装備庁調達管理部長 2018年 防衛大学校副校長(企画・管理担当)
石田 汗太(いしだ かんた、1960年〈昭和35年〉- )は… 石田 汗太(いしだ かんた、1960年〈昭和35年〉- )は、日本の新聞記者、編集者。読売新聞編集委員。 東京都東村山市出身。桐朋高校、早稲田大学を卒業後、1984年に読売新聞社に入社。岐阜支局を経て、文化部に移り、4コマ漫画の編集として『コボちゃん』(植田まさし/朝刊)『サンワリ君』(鈴木義司/夕刊)を担当した。1995年5月からは読売新聞月曜朝刊でパソコン通信の電子会議室を利用した「マルチ読書」を開始する。文芸は元より、マンガ、アニメにも造詣が深く、同じ読売新聞記者の福田淳と同人誌を作りコミックマーケットにも参加した。福田とは共同で「OTAKUニッポン」の編集も担当した。 2009年から読売新聞傘下の中央公論新社に移り、中央公論新社文庫統括本部長などを担当、学術系の文庫を出版している5社共同キャンペーンの「チチカカコ」(ちくま学芸文庫、中公文庫、角川ソフィア文庫、河出文庫、講談社学術文庫)にも関わる。
大貫 卓也(おおぬき たくや、1958年 - )は、日本のク… 大貫 卓也(おおぬき たくや、1958年 - )は、日本のクリエイティブディレクター、アートディレクター、グラフィックデザイナー。大貫デザイン代表。多摩美術大学教授。 東京都出身。桐朋高校、多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業(1980年)。同年博報堂入社。新人の頃に任されたとしまえんの仕事でいきなり東京ADC賞を受賞。以降次々と話題作を世に出し「クリエイティブの博報堂」の象徴的存在となる。当時大貫が在籍していた同社の「宮崎グループ」は金鳥のCMなどで知られる電通関西「堀井組」と並ぶ名物チームとして業界にその名を轟かせ、優秀な美大生たちが次々と就職した。そのシンプルで強力な作風は佐藤可士和を初めとする多くのグラフィックデザイナーに影響を与えた。
大坪 冬彦(おおつぼ ふゆひこ、1957年(昭和32年)12… 大坪 冬彦(おおつぼ ふゆひこ、1957年(昭和32年)12月8日 - )は、日本の政治家、社会福祉士。元東京都日野市長(3期)。多摩都市モノレール取締役。東京たま広域資源循環組合理事会議長。 東京都大田区生まれ。桐朋高等学校を経て、一橋大学経済学部卒業。大学卒業後、福祉関係の仕事を志して1981年日野市役所に就職。市役所在職中、15年間福祉関係の部署で働き、1999年には社会福祉士の資格を取得した。財政課、市民税課、老人福祉課、区画整理課、生活福祉課、保育課で勤務したのち、2005年資産税課長、2006年高齢福祉課長、2008年健康福祉部長。2011年からまちづくり部長としてて日野市工業振興条例制定や新川崎街道開通等に携わる。
藤本 満(ふじもと みつる、1957年1月18日 - )は、… 藤本 満(ふじもと みつる、1957年1月18日 - )は、日本のイムマヌエル綜合伝道団所属の牧師。 ウェスレーの研究家としても知られる。イムマヌエル綜合伝道団代表。 京都で牧師の藤本栄造と幸子の間に生まれる。桐朋高等学校を経て、一橋大学卒業後、1979年より留学。アズベリー神学校を経て、1986年ドルー大学でジョン・ウェスレーの研究において哲学博士号を取得。 神奈川県川崎市の高津教会で圭子夫人と共に牧会伝道を行うかたわら、青山学院大学、東京神学大学などで教鞭をとる。日本ウェスレーメソジスト学会、書記。 2012年から2018年、イムマヌエル綜合伝道団代表。
良永 康平(よしなが こうへい、1957年 - )は、日本の… 良永 康平(よしなが こうへい、1957年 - )は、日本の経済学者。専門は経済統計学。関西大学経済学部教授。博士(経済学)(関西大学)。一橋大学経済研究所客員教授、関西大学経済学部長、関西大学副学長、経済統計学会事務局長等を歴任。 桐朋高等学校を経て、1981年一橋大学経済学部卒業。1983年一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。指導教官は関恒義。同博士課程を経て、1986年一橋大学経済学部助手。1987年日本学術振興会特別研究員。1989年関西大学経済学部専任講師。1992年関西大学経済学部助教授。1998年経済統計学会事務局長。1999年関西大学経済学部教授。2002年『ドイツ産業連関分析論』で博士(経済学)の学位を取得。
藤井 輝明(ふじい てるあき、1957年〈昭和32年〉 - … 藤井 輝明(ふじい てるあき、1957年〈昭和32年〉 - 2021年〈令和3年〉5月5日)は、日本の医学博士。
荒木 和博(あらき かずひろ、1956年〈昭和31年〉8月8… 荒木 和博(あらき かずひろ、1956年〈昭和31年〉8月8日 - )は、日本の軍事学者・政治学者・政治評論家・政治活動家・人権活動家。 拓殖大学海外事情研究所教授、特定失踪者問題調査会代表。元陸上自衛隊予備陸曹長。 東京都生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科を卒業後、民社党本部書記局に入局し、教育・広報・青年運動などを担当。 1993年(平成5年)、第40回総選挙に旧東京7区から無所属で立候補するが落選。1994年(平成6年)、民社党の解党に伴い退職し現代コリア研究所で研究部長[要出典]。 1996年(平成8年)、拓殖大学海外事情研究所に客員講師として就職。助教授を経て2004年(平成16年)10月より教授。
坂本 秀行(さかもと ひでゆき、1956年4月15日 - )… 坂本 秀行(さかもと ひでゆき、1956年4月15日 - )は日本の自動車技術者、実業家。日産自動車取締役執行役副社長、ジヤトコ取締役会長、愛知機械工業取締役会長、日産自動車九州取締役会長、三菱自動車工業取締役、自動車技術会会長、日本自動車研究所理事長、日本インダストリアル・エンジニアリング協会会長。 東京都杉並区出身。桐朋高等学校を経て、1980年東京工業大学工学部機械物理工学科卒業。大学在学中は、ラテンジャズビックバンド・東京工業大学ロスガラチェロスに所属しウッドベースを担当した。坂田勝研究室出身。 大学卒業後、日産自動車入社、荻窪事業所配属。カルソニック出向、車両技術本部ボデー実験部主担、ルノーブラジル出向、日産テクニカルセンターノースアメリカ出向、第三車両開発本部車両開発主管、Nissan PV第一製品開発本部車両開発主管等を経て、2008年執行役員Nissan PV第一製品開発本部担当。
新井 正則(あらい まさのり、1955年9月16日 - )は… 新井 正則(あらい まさのり、1955年9月16日 - )は、日本の政治家。元衆議院議員(1期)。 所沢市出身。祖父は初代所沢市長の新井万平。所沢市立富岡小学校、桐朋中学校・高等学校、カリフォルニア大学バークレー校語学留学を経て日本大学文理学部を卒業。1980年から1990年まで西武百貨店に勤務。 1991年、所沢市議会議員選挙で初当選。1996年、2000年と衆議院議員総選挙に自由民主党公認で埼玉8区から立候補したが落選。2003年総選挙で初当選したが、直後に所沢市議会議員による買収疑惑が浮上。12月29日に公職選挙法違反容疑で逮捕され、2004年1月15日に起訴された。他にも所沢市議ら9人も合わせて起訴された。
大村 昌弘(おおむら まさひろ、1955年 - )は、日本の… 大村 昌弘(おおむら まさひろ、1955年 - )は、日本の外交官。内閣府経済社会総合研究所上席主任研究官や、シアトル総領事を経て、駐フィジー兼キリバス兼ツバル兼ナウル兼バヌアツ特命全権大使。2021年より外務省記録審査員。2021年退官。 東京都出身。1980年東京大学法学部卒業、外務省入省。イェール大学大学院国際関係論修士課程修了。 本省では、北米局、経済協力局、経済局、領事移住部、在外では在アメリカ合衆国日本国大使館、在インドネシア日本国大使館、経済協力開発機構(OECD)開発局国別援助政策審査課長を歴任 経済協力畑を歩み、外務省第2回アフリカ開発会議準備室長、外務省アフリカ第二課長、日本国際問題研究所研究調整部長、在ウィーン国際機関日本政府代表部参事官を経て、2005年在ケニア日本国大使館公使。
松原 聡(まつばら さとる、1954年11月 - )は、日本… 松原 聡(まつばら さとる、1954年11月 - )は、日本の経済学者。専門は経済政策学。東洋大学教授。博士(経済学)(筑波大学、1996年)。 民主党政権下で厚生労働省(長妻昭大臣)独立行政法人・公益法人等整理合理化委員会委員。 東京都生まれ。桐朋中学校・高等学校卒業。1979年 筑波大学第一学群社会学類卒業[リンク切れ] 1984年 筑波大学大学院社会科学研究科経済学専攻博士課程退学。 1984年 東海大学政治経済学部助手。1986年 東海大学文明研究所講師。1994年 東洋大学経済学部助教授。 1996年 東洋大学経済学部総合政策学科教授。 2007年10月 郵便事業株式会社取締役(2009年9月まで)。
山田 啓二(やまだ けいじ、1954年〈昭和29年〉4月5日… 山田 啓二(やまだ けいじ、1954年〈昭和29年〉4月5日 - )は、日本の自治官僚、政治家。勲等は旭日大綬章。京都府京都文化博物館長、学校法人京都産業大学理事長。 京都府知事(公選第15・16・17・18代)、全国知事会会長(第11代)、新しい日本をつくる国民会議(21世紀臨調)副代表・「知事・市町村長連合会議」座長、京都舞鶴港振興会会長、関西観光本部副理事長を歴任した。 兵庫県洲本市で生まれ、後に伊丹市、東京都杉並区に転居。桐朋高等学校、東京大学法学部卒業。1977年4月、自治省(現・総務省)に入省した。本省勤務の他、和歌山県や高知県、内閣法制局、国土庁への出向も経験し、1999年より京都府総務部長。
西 正典(にし まさのり、1954年〈昭和29年〉3月18日… 西 正典(にし まさのり、1954年〈昭和29年〉3月18日 - )は、日本の防衛官僚。防衛事務次官(第30代)、退官後に防衛大臣政策参与を務めた。 防衛省合気道連合会の会長を務めており、合気道参段。
加藤 育男(かとう いくお、1954年(昭和29年)2月16… 加藤 育男(かとう いくお、1954年(昭和29年)2月16日 - )は、日本の政治家。東京都福生市長(5期)。元福生市議会議員(2期)。 東京都福生市出身。私立桐朋高等学校を経て、1976年(昭和51年)3月に早稲田大学社会科学部卒業。同年4月、日本鋼管株式会社(現JFEスチール)に入社。1981年(昭和56年)、日本鋼管を退社し、実家の蕎麦屋の経営に携わる。 2003年(平成15年)4月27日執行の福生市議会議員選挙に出馬し、初当選を果たした。2007年(平成19年)、再選。2008年(平成20年)、市議を任期途中で辞職し、福生市長選挙への出馬を表明。 2008年(平成20年)5月11日執行の福生市長選挙においては、加藤に加え、福生市商工会会長、民主・社民2党が推薦する前福生市総務部長、共産推薦の行政書士がそれぞれ無所属で出馬した。
中里 佳明(なかざと よしあき、1953年(昭和28年)5月… 中里 佳明(なかざと よしあき、1953年(昭和28年)5月13日 - )は、日本の実業家。元住友金属鉱山代表取締役社長。 桐朋中学校・高等学校を経て、
松居 友(まつい とも、男性、1953年3月2日 - )は、… 松居 友(まつい とも、男性、1953年3月2日 - )は、日本の児童文学者。 松居直の長男として東京都に生まれる。児童文学作家の小風さちは妹。児童文学作家の松居スーザンは元妻。画家の須田国太郎とその息子で鉄道実業家の須田寬とは遠戚にあたる。 1965年明星学園小学校卒業。1968年杉並区立高井戸中学校卒業。1971年桐朋高等学校卒業。高校同期には高橋毅、堀峰生、帯金章郎、梅野匡俊、末木恭彦らがいる。上智大学文学部ドイツ文学科卒業。同大学院文学研究科ドイツ文学専攻修士課程修了後、オーストリアのザルツブルク大学に留学。帰国後、福武書店児童書部の初代編集長を務める。フィリピン・ミンダナオ島で「ミンダナオ子ども図書館」を主宰、後に「マノボ族」の首長になる。
佐藤 博樹(さとう ひろき、1953年2月17日 - )は、… 佐藤 博樹(さとう ひろき、1953年2月17日 - )は、日本の社会学者。中央大学大学院戦略経営研究科教授。東京大学名誉教授。 東京都生まれ。一橋大学大学院社会学研究科で労働問題の津田真澂教授に師事し、専門は産業社会学。近年は人的資源管理・労使関係に関する研究が多い。冲永賞受賞。
井上 孝(いのうえ たかし、1953年- )は、日本の歯科医… 井上 孝(いのうえ たかし、1953年- )は、日本の歯科医師、歯学者。東京歯科大学名誉教授・特任教授。 1972年桐朋高等学校卒業。1978年東京歯科大学卒業、以降東京歯科大学講師、 助教授を務め、2001年より臨床検査学教室(現臨床検査病理学講座)教授。 その後、東京歯科大学において千葉病院臨床検査部長、口腔科学研究センター所長、 大学院研究科長、千葉病院病院長、歯科衛生士専門学校校長を歴任。 この間、カナダ・トロント大学歯学部客員助教授、アラバマ大学歯学部客員研究員、九州大学歯学部非常勤講師、 広島大学歯学部非常勤講師、日本大学歯学部非常勤講師、大阪大学歯学部非常勤講師、新潟大学歯学部非常勤講師、 東京理科大学客員教授、および鄭州大学口腔医学院名誉院長・同研究所名誉所長を歴任。
土屋 俊(つちや しゅん、1952年10月30日 - )は、… 土屋 俊(つちや しゅん、1952年10月30日 - )は、日本の言語哲学者。大学評価・学位授与機構特任教授。 東京都生まれ。桐朋高校を経て、東京大学教養学部卒、同大学院哲学専攻博士課程単位取得退学。妻は翻訳家の土屋希和子。千葉大学文学部教授を経て現職。言語哲学のほか図書館の電子化についても論じる。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
黒須 美彦(くろす よしひこ、1952年〈昭和27年〉8月8… 黒須 美彦(くろす よしひこ、1952年〈昭和27年〉8月8日 - )は、日本のクリエイティブディレクター。京都精華大学客員教授。 1952年東京生まれ。黒須正明は実兄。 桐朋小学校から桐朋中学校・高等学校卒業、1975年慶應義塾大学工学部管理工学科卒業、同年博報堂入社。 2003年博報堂を退社し、シンガタ参加。
末木 恭彦(すえき やすひこ、1952年8月2日 - )は、… 末木 恭彦(すえき やすひこ、1952年8月2日 - )は、日本の中国哲学者。駒澤大学名誉教授。朱子学、徂徠学に地道な研究を進める。六十歳を過ぎて井筒俊彦の哲學に深い影響を受ける。 1952年、山梨県甲府市生まれ。中学卒業までを甲府で過ごす。幼少時から人と交わるのが苦手であったが、気の合う少数の友人とは深く交わる。中学時代に中国に深い興味を抱く。 高校は桐朋高校へ進む。高橋毅や森雅雄、土屋俊などと親しくする。この時期学生運動の影響を強く受けた。また、高校時代から父末木剛博、兄末木文美士と家庭内の勉強会を行っており、幅広く耳学問をした。高校時代兄と一緒に『ガロ』を購入して読んでおり、一時は本気で漫画評論家を目指した。
高橋 毅(たかはし つよし、1952年 - )は、日本の財務… 高橋 毅(たかはし つよし、1952年 - )は、日本の財務官僚、外交官、公取官僚。アジア開発銀行予算人事局長や、公正取引委員会事務総局官房審議官、米州開発銀行理事、国際交流基金参与等を歴任した。妻は参議院議員で女性初の北海道知事を務めた高橋はるみ。 北海道札幌市出身。北海道教育大学教育学部附属札幌中学校、桐朋高等学校を経て、一橋大学経済学部卒業。妻は大学のAIESECの後輩で、のちに女性初の北海道知事を務めた高橋はるみ。日本海ガス社長や国際青年会議所副会頭等を務めた義弟の新田八朗富山県知事も大学の後輩にあたる。1975年 大蔵省(現在の財務省)入省(国際金融局国際機構課)。大蔵省の同期には勝栄二郎、加藤治彦、篠原尚之、西原政雄、南木通、村瀬吉彦、外山秀行、倉川茂行、浜田恵造らがいる。
尾﨑 治夫(おざき はるお、1951年〈昭和26年〉11月7… 尾﨑 治夫(おざき はるお、1951年〈昭和26年〉11月7日 - )は、日本の医師、医学者。学位は医学博士(順天堂大学・1985年)。東京都医師会会長、日本医師会理事。おざき内科循環器科クリニック院長。 東京都八王子市出身。尾崎家は地元八王子の名士で、養蚕業で成功した地主。桐朋小学校を経て、1969年、桐朋中学校・高等学校卒業。1977年、順天堂大学医学部卒業。 1979年、順天堂大学医学部循環器内科学講座に入局。1982年、同講座助手。1985年、同講座講師。 1990年、おざき内科循環器科クリニック開設。また、順天堂大学医学部循環器内科で非常勤講師として引き続き順天堂大学に在籍する。 2011年、東京都医師会副会長。
廣瀬 敏雄(ひろせ としお、1951年5月12日 - )は、… 廣瀬 敏雄(ひろせ としお、1951年5月12日 - )は、日本の実業家。株式会社WOWOW代表取締役社長や、同社取締役会長を務めた。 東京都出身。桐朋高等学校を経て、1975年一橋大学経済学部卒業、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。1995年からWOWOWに出向し、1996年経営企画室経営企画部長に就任。1998年全社デジタル事業推進室長。2000年B-CAS代表取締役専務。2001年WOWOW取締役。2003年からWOWOW代表取締役社長を務め、2006年にはライバル関係と見られていたスカイパーフェクト・コミュニケーションズとの間で、同社のSKY PerfecTV!でWOWOWの放送を行うなどとする合意を行った。
府川 充男(ふかわ みつお、1951年2月23日 - )は、… 府川 充男(ふかわ みつお、1951年2月23日 - )は、日本の印刷史研究者、タイポグラファー。『印刷史研究』(印刷史研究会)編輯委員。 横浜市に生まれる。桐朋中学校・高等学校卒業、早稲田大学教育学部教育学科教育学専攻抹籍。1970年代中葉に雑誌編集者となり、校正、割付、デザイン、広告営業、書店営業も手掛けるようになった。当時は写研の黄金時代だが既製の写植書体にあきたらず、版面設計の材料をふやす目的で、活字の清刷などを基にした仮名文字盤を自作し始める。1980年代に制作された築地体や秀英体を中心とする、活字書体によるおのおの一点ものの仮名文字盤は数十種類に及ぶ。活字書体の探求が近代印刷史を渉猟するきっかけとなって、分析書誌学というあくまで印刷版面を基点とする方法を援用しつつ、組版、印刷とその周辺技術、文化事象の歴史的解明をはかる。
山口 正介(やまぐち しょうすけ、1950年10月29日 -… 山口 正介(やまぐち しょうすけ、1950年10月29日 - )は、日本の作家、エッセイスト。 山口瞳の長男として東京都に生まれる。桐朋中学校・高等学校を経て桐朋学園短期大学演劇科卒。 舞台演出家ののち、映画評論、小説、父母の思い出などを書く。
仲井戸 麗市(なかいど れいち、1950年10月9日 - )… 仲井戸 麗市(なかいど れいち、1950年10月9日 - )は、日本のギタリスト、ボーカリスト。CHABO (チャボ) の愛称で知られる。古井戸、RCサクセション、麗蘭などのほか、ソロのシンガーソングライターとしても活動。近年は仲井戸"CHABO"麗市と表記されることも多い。 東京都新宿区生まれの新宿育ち。実家は印刷業を営んでおり、従業員の「クボさん」が昼休みにギターやウクレレを弾き歌っていたのに興味を持ち、ギターを始める。新宿の喫茶店で開かれていた「グリンカマンドリンクラブ」でクラシックギターを松浦先生に3年間習う。ステージ・ネームの「麗市」は彼が敬愛するフォーク・シンガー、ドノヴァン・フィリップ・レイチのファミリー・ネームから取った(アルバム、記事などによってはクレジットの英語表記が"Reiichi"「れいいち」とされている)。
有賀 徹(あるが とおる、1950年〈昭和25年〉9月8日 … 有賀 徹(あるが とおる、1950年〈昭和25年〉9月8日 - )は、日本の医師。専門は救急医学、脳神経外科学、脳蘇生学。昭和大学名誉教授。 長野県出身。 桐朋高等学校を経て、1976年(昭和51年)3月、東京大学医学部医学科を卒業し、同年6月、東京大学医学部脳神経外科学講座へ入局。 その後、日本医科大学付属病院救命救急センター、東京大学医学部附属病院救急部を経て、公立昭和病院脳神経外科主任医長、同救急部長、昭和大学医学部教授、同医学部救急医学講座主任、昭和大学病院救急医学科長、同救命救急センター長、同副病院長、同病院長を歴任。公立昭和病院の救急センターの設立及び運営に尽力した。 この他、東京都メディカルコントロール協議会救急処置基準委員会委員長、卒後臨床研修評価機構理事・評価委員会委員長、東京都医師会東京都脳卒中医療連携協議会会長、厚生労働省厚生科学審議会専門委員(臓器移植委員会)、全国医学部病院長会議大学病院医療事故対策検討委員会委員長、日本救急医学会監事、日本病院会災害医療対策委員会委員長、東京都医療事故等支援団体協議会運営委員会委員長 、日本医師会救急災害医療対策委員会委員長、同中央医療事故調査等支援団体等連絡協議会副会長、総務省消防庁救急業務のあり方に関する検討会座長、日本医療機能評価機構評価委員会委員長などの役職に就いた。
国友 直人(くにとも なおと、1950年7月 - )は、日本… 国友 直人(くにとも なおと、1950年7月 - )は、日本の経済学者(統計学、計量経済学、数理・計量ファイナンス)。東京大学大学院経済学研究科教授。東京都出身。
四宮 信隆(しのみや のぶたか、1950年3月29日 - )… 四宮 信隆(しのみや のぶたか、1950年3月29日 - )は、日本の外交官。2010年(平成22年)11月から2013年(平成25年)10月まで、ポルトガル駐箚特命全権大使。 2010年8月まで、駐ドミニカ共和国(ハイチ兼轄)日本国特命全権大使。2010年1月のハイチ地震発生後、日本政府の緊急調査チームの団長として、現地入りする。四宮は「復興に向けて各国の得意分野を生かし、重複しないような支援が必要であり、日本は医療や教育といったソフト面を担当していくべきだ」と述べている。2024年、瑞宝中綬章受章。
並木 正芳(なみき まさよし、1949年5月19日 - )は… 並木 正芳(なみき まさよし、1949年5月19日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(2期)、環境大臣政務官(第1次安倍改造内閣・福田康夫内閣)、内閣府大臣政務官(福田康夫改造内閣・麻生内閣)、埼玉県議会議員(2期)、所沢市議会議員(3期)等を歴任。 埼玉県所沢市上安松生まれ。所沢市立松井小学校、桐朋中学校・高等学校、埼玉大学教養学部国際関係論専攻コース卒業。1973年、大学を卒業し丸井に入社。 1976年、所沢市議会議員選挙に立候補し、史上最年少の29歳で初当選。新自由クラブを経て自由民主党に入党し、所沢市議会では議長も務める。1991年、埼玉県議会議員選挙に出馬し、当選。当初は自民党系会派に所属していたが、のちに非自民の保守系会派「彩の国・フロンティア・県民連合」へ移籍。
塚原 史(つかはら ふみ、男性、1949年3月12日 - )… 塚原 史(つかはら ふみ、男性、1949年3月12日 - )は、日本のダダイスム・シュルレアリスム研究者、早稲田大学名誉教授。ジャン・ボードリヤールらフランス現代思想の翻訳・研究でも知られる。 父は児童文学研究者の塚原亮一。祖父は童話作家の塚原健二郎(日本児童文学者協会第7代会長)。 東京都出身。桐朋中学校・高等学校、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。京都大学大学院文学研究科(フランス語フランス文学専攻)修士課程修了。パリ第3大学博士課程中退。早稲田大学大学院文学研究科(フランス文学専修)博士課程修了。早稲田大学法学部専任講師、助教授を経て、早稲田大学法学学術院教授、早稲田大学會津八一記念博物館館長。
林 俊雄(はやし としお、1949年3月 - )は、日本の歴… 林 俊雄(はやし としお、1949年3月 - )は、日本の歴史学者・考古学者。創価大学名誉教授。専門は中央ユーラシアの歴史と考古学。東京都中野区出身。 1949年、東京都生まれ。桐朋高等学校を経て、東京教育大学(現・筑波大学)文学部史学方法論専攻で学んだ。考古学を専攻し、1972年に卒業。東京大学大学院人文科学研究科東洋史学科に進学し、1979年に博士課程を単位取得退学。 1979年4月、古代オリエント博物館研究員に就いた。1985年5月に主任研究員に昇進。1991年4月に創価大学文学部助教授となり、1994年に教授昇格。2019年に創価大学を退任し、名誉教授となった。公益財団法人東洋文庫 研究部研究員を務めている。
亀和田 武(かめわだ たけし、1949年〈昭和24年〉1月3… 亀和田 武(かめわだ たけし、1949年〈昭和24年〉1月30日 - )は、日本の雑誌編集者、作家、コラムニスト、キャスターである。 栃木県生まれ。成蹊大学文学部文化学科卒業。通称:カメチャン。
柳 俊夫(やなぎ としお、1949年 - )は、日本の検察官… 柳 俊夫(やなぎ としお、1949年 - )は、日本の検察官。公安調査庁長官や大阪高等検察庁検事長を歴任。 東京都出身。桐朋中学・高等学校を経て、1972年一橋大学法学部卒業。中学・高校では柔道部に所属。司法修習を経て、1974年検事任官。 法務省公安課長、公安調査庁次長等を経て、2006年公安調査庁長官就任。 2007年6月13日に自由民主党法務部会において、緒方重威(元公安調査庁長官、2007年逮捕)が代表取締役を務める投資顧問会社が、在日本朝鮮人総連合会との間で在日本朝鮮人総連合会所有の総連中央本部の土地・建物に関する売買契約を締結していた問題につき陳謝した。 2008年にはオウム真理教事件を起こしたオウム真理教から名前を変えたAleph及びひかりの輪につき、依然として元代表の麻原彰晃の影響下にあり、殺人を勧める綱領を保持するなど危険な本質に変わりがないとし、無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律(団体規制法)に基づく観察処分の更新を公安審査委員会に申請した。
五十嵐 文彦(いがらし ふみひこ、本名:五十嵐 ふみひこ、1… 五十嵐 文彦(いがらし ふみひこ、本名:五十嵐 ふみひこ、1948年11月2日 - )は、日本の政治家。 財務副大臣(菅直人第1次改造内閣・菅直人第2次改造内閣・野田内閣・野田第1次改造内閣・野田第2次改造内閣)、衆議院財務金融委員長、同災害対策特別委員長、衆議院議員(通算4期)などを務めた。 警察官の長男として東京都世田谷区に生まれた。他に弟1人。 幼少時、母の病気のため足立区長門町在住の親族の元に里子に出され、足立区立大谷田小学校に入学。小学校2年生の時に養父が他界したため、小学校3年生から実父母の元に戻り、一家で小平市に在住した。小平市立第二小学校卒業後、桐朋中学校・高等学校を経て、東京大学文学部西洋古典学科卒業(古代ギリシャ語、ラテン語、西洋古典文学専攻)。
山室 惠(やまむろ めぐみ、1948年3月8日 - )は、日… 山室 惠(やまむろ めぐみ、1948年3月8日 - )は、日本の元裁判官、弁護士(弁護士法人 瓜生・糸賀法律事務所顧問)。男性。熊本県熊本市出身。裁判官としては、主に刑事事件を担当した。警察庁「捜査手法、取調べの高度化を図るための研究会」委員。 社会的に注目を集めた事件を数多く担当し、中には事件そのものよりも裁判官としては異例ともいえる公判中の発言や説諭で世間の注目を集め、有名な事件となったケースもある。 東京地方裁判所刑事第5部の裁判長として、以下の事件を担当した。
山室 惠(やまむろ めぐみ、1948年3月8日 - )は、日… 山室 惠(やまむろ めぐみ、1948年3月8日 - )は、日本の元裁判官、弁護士(弁護士法人 瓜生・糸賀法律事務所顧問)。男性。裁判官としては、主に刑事事件を担当した。警察庁「捜査手法、取調べの高度化を図るための研究会」委員。
赤川 次郎(あかがわ じろう、本名同じ、1948年〈昭和23… 赤川 次郎(あかがわ じろう、本名同じ、1948年〈昭和23年〉2月29日 - )は、日本の小説家。福岡県福岡市博多区出身。血液型はA型。桐朋高等学校卒業。父は元満洲映画協会、東映プロデューサーの赤川孝一。 3歳の頃に手塚治虫の漫画に影響を受け、小学生の時には漫画を描き始めるも挫折。中学時代に『シャーロック・ホームズの冒険』に出会い、3年生の時に見よう見まねで小説を書き始める。当時よく読んでいたジャンルに影響され、中世ヨーロッパの騎士の物語などを書いていた。空想好きの少年であったようで、恋愛も自分が空想していたとおりであったとエッセイに書いている。 父・赤川孝一は他に家庭を持っていたので別居しており、幼少時もほとんど顔を合わせていなかったが、転勤によって東京に引っ越したため、赤川は小学校の担任の薦めにより中高一貫教育の私立桐朋学園を受験することになる。
黒須 正明(くろす まさあき、1948年 - )は、日本の研… 黒須 正明(くろす まさあき、1948年 - )は、日本の研究者。ユーザインタフェース、特にユーザ工学やUXを研究している。ユーザビリティ分野やユーザ中心設計分野での第一人者である。JISやISOでのユーザビリティ関連規格の策定に関わり、DTM (Dual Time Model), sHEM (structured Heuristic Evaluation Method), マイクロシナリオ、概念依存分析、TFD (Time Frame Diary)、UXグラフ、ERM (Experience Recollection Method)等の手法開発を行う。1999年にユーザ工学、2007年には人工物発達学(その後人工物進化学)を提唱している。
生江 隆之(なまえ たかゆき、1947年(昭和22年)6月1… 生江 隆之(なまえ たかゆき、1947年(昭和22年)6月13日 - )は、日本の実業家。三井ホーム、セレスティンホテルの代表取締役社長、日本ツーバイフォー建築協会会長等を歴任した。 宮城県出身。学校法人桐朋学園理事長を務めた生江義男は父。桐朋小学校、桐朋中学校・高等学校を経て、1971年(昭和46年)慶應義塾大学文学部卒業後三井不動産に入社。99年取締役人事部長に昇格。02年常務執行役員人事部長、05年専務取締役専務執行役員アコモデーション事業本部長兼アセット運用部長。 2009年(平成21年)から子会社の三井ホーム社長に転じ、グローバル化などにより売上を増加させる中期経営計画等にあたった。11年に日本ツーバイフォー建築協会会長、住宅生産団体連合会副会長。
渡部 亮(わたべ りょう、1947年5月7日 - )は、日本… 渡部 亮(わたべ りょう、1947年5月7日 - )は、日本のエコノミスト。野村総合研究所ヨーロッパ社長、いちよし経済研究所社長、法政大学経済学部教授、ケンブリッジ大学客員フェロー等を務めた。 東京都国立市出身。桐朋高等学校を経て、1970年一橋大学経済学部卒業、野村総合研究所入社。1972年から2年間ロンドン大学ロンドン・ビジネス・スクール修士課程に留学。1974年野村総合研究所証券調査本部研究員。1983年野村総合研究所ニューヨーク駐在エコノミスト。1986年ワシントン支店長。1989年経済調査室長。1991年投資調査部長。1993年からノムラ・リサーチ・インスティテュート・ヨーロッパ社長を務め、1999年野村総合研究所研究理事(役員待遇)。