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楠川 絢一(くすかわ けんいち、1923年 - 2015年6… 楠川 絢一(くすかわ けんいち、1923年 - 2015年6月30日)は日本の物理学者、理学博士。元旧・東京都立大学総長。 1936年に府立高等學校へ入学後、東京大学を卒業。1946年から同高等学校で教鞭を執る。1950年から東京都立大学へ移り、教授を務める。1981年~1985年に東京都立大学総長に就任した。1960年に論文「回転体の周りの音に近い流れについて」で東京大学(今井功博士)より理学博士を授与される。また公立大学協会会長、出入国管理政策懇談会座長のほか、府立高等学校同窓会理事長、東京都立大学附属高等学校の講師を務めるなど母校の発展に尽力した。叙正四位。
鶴見 俊輔(つるみ しゅんすけ、1922年〈大正11年〉6月… 鶴見 俊輔(つるみ しゅんすけ、1922年〈大正11年〉6月25日 - 2015年〈平成27年〉7月20日)は、日本の哲学者・評論家・政治運動家・大衆文化研究者。アメリカのプラグマティズムの日本への紹介者のひとりで、都留重人、丸山眞男らとともに戦後の進歩的文化人を代表する1人とされる。 米国ハーバード大学で哲学を学んだのち、リベラルな立場の批評で論壇を牽引。思想史から大衆文化まで幅広い分野を扱う。著書は『戦時期日本の精神史』(1982年)、『アメリカ哲学』(2008年)など多数。 1922年6月25日、東京府東京市麻布区(現在の東京都港区)で、父・祐輔と母・愛子(後藤新平の娘)の間に、4人きょうだいの2番目(長男)として生まれる。
林 英作(はやし えいさく、1922年〈大正11年〉6月16… 林 英作(はやし えいさく、1922年〈大正11年〉6月16日 - 2003年〈平成15年〉6月24日)は、日本の薬学者(有機化学)。勲等は勲三等。学位は薬学博士(東京大学・1951年)。静岡薬科大学名誉教授、社団法人日本薬学会有功会員。 東京帝国大学医学部助手、東京大学医学部助手、静岡薬科大学薬学部教授、静岡薬科大学附属図書館館長などを歴任した。 東京府出身の有機化学を専攻する薬学者である。含窒素芳香族複素環式化合物の研究に従事し、特に芳香族ジアジン類の研究で知られている。東京帝国大学、東京大学、静岡薬科大学、といった教育・研究機関で教鞭を執った。 1922年(大正11年)6月16日、東京府にて生まれた。
岡 義達(おか よしさと、1921年5月28日 - 1999… 岡 義達(おか よしさと、1921年5月28日 - 1999年6月2日)は、日本の政治学者。専門は、政治学。東京大学名誉教授。 東京都生まれ。旧制府立高等学校、1946年東京帝国大学法学部政治学科卒業。1951年同大学院特別研究生中退。堀豊彦に師事。一橋大学社会学部助教授(1954-1964年)、東京大学法学部教授(1964-1982年)、大東文化大学法学部教授(1982-94年)を歴任。1999年、食道癌のため死去。
山下 肇(やました はじめ、1920年5月2日 - 2008… 山下 肇(やました はじめ、1920年5月2日 - 2008年10月6日)は、日本のドイツ文学者、東京大学教養学部名誉教授。 現在の東京都目黒区下目黒に生まれる[要出典]。幼少期に時習学館で戸田城聖の教えを受ける。府立高等学校在学中、学生歌『青春という』を作詞した。[要出典]1942年9月に東京帝国大学文学部独文科を繰り上げ卒業し、陸軍に[要出典]入隊して出征した。 第二次世界大戦後に軍隊から復員し、旧制浦和高等学校教授ののち、1950年東京大学教養学部ドイツ語助教授となる。のち教授に昇進し、1969年から評議員に就任して、1971年 - 1972年には教養学部長を務めた。1981年に定年退官して、名誉教授となる。
木原 太郎(きはら たろう、1917年5月5日 - 2001… 木原 太郎(きはら たろう、1917年5月5日 - 2001年2月10日)は、日本の物理学者。仕事は電磁波論、気体論、プラズマ、宇宙論と多方面にわたるが、その研究には構成粒子の振舞いの物理的イメージからシステムの特性を考える気体論的思考が貫かれている。 出身はその頃の東京市京橋区で、現在の東京駅八重洲口前の地に生まれた。そして地元の小学校、旧制府立高等学校(7年制)を経て1937年に東京帝国大学理学部物理学科に入学。在学中に1年間を数学科の授業受講に費やして年限3年の(旧制)大学に4年をかけ、1941年3月に卒業した。 卒業後は大学院に残って小谷正雄教授の指導を受け、原子・分子の物理学を研究した。
塩野 宜慶(しおの やすよし、1915年5月23日 - 20… 塩野 宜慶(しおの やすよし、1915年5月23日 - 2011年1月22日 )は、日本の法律家。法務事務次官、東京高等検察庁検事長、最高裁判所判事を歴任。司法大臣を務めた塩野季彦の長男。子に最高検検事、福島地検検事正等を務めた健彦(中央大学法学部卒業)がいる。 父季彦の実家、山寺家は旧松代藩士の家系。本籍地の長野県松代町で出生、東京市で育つ。 東京府立第一中学校、府立高等学校を経て、1939年(昭和14年)に東京帝国大学法学部を卒業する。高等文官試験司法科(現在の司法試験に相当)に合格し、検察官に任官した。東京地検刑事部長、東京地検公判部長、法務総合研究所第一部長、甲府地検検事正、東京地検検事正を歴任。
神谷 宣郎(かみや のぶろう、1913年 <大正2年> 7月… 神谷 宣郎(かみや のぶろう、1913年 <大正2年> 7月23日 - 1999年 <平成11年> 1月10日)は日本の生物学者。専門は植物学、細胞生理学。位階は正四位。 東京府で生まれる。府立高等学校を経て、東京帝国大学(現・東京大学)理学部植物科を卒業後、同大学講師となる。1948年に同大学で理学博士号を取得後、1949年に大阪大学理学部教授に就任。1946年の東京大学講師在任中に神谷美恵子と結婚した。1977年に大阪大学名誉教授となり、基礎生物学研究所教授に転身する。1972年 - 1973年に日本植物生理学会会長を務めたほか、国際細胞生物学連合会会長を歴任した。1971年に日本学士院賞を受賞しており、1981年に日本学士院会員に選任された。
鈴木 三郎(すずき さぶろう、1912年7月28日 - 19… 鈴木 三郎(すずき さぶろう、1912年7月28日 - 1997年9月23日)は、日本の哲学者。横浜市立大学名誉教授。 広島県出身。1936年東京帝国大学文学部哲学科卒。1961年「ヤスパースにおける実存倫理学の研究」で東京大学より文学博士の学位を取得。横浜大学[疑問点 – ノート]助教授、校名変更で横浜市立大学教授を務め、1978年定年退官、名誉教授。 1950年12月、草薙正夫・武藤光朗・金子武蔵らとヤスパース協会創立のための準備会を開き、翌年2月23日(2月23日はヤスパースの誕生日)発足、理事長を務めた。
来栖 三郎(くるす さぶろう、1912年1月1日 ‐ 199… 来栖 三郎(くるす さぶろう、1912年1月1日 ‐ 1998年10月1日)は、日本の民法学者。東京大学名誉教授。1983年から日本学士院会員。穂積重遠門下。弟子に安達三季生、山田卓生、石田穣、中山信弘など。 台湾新竹州新竹市生まれ。研究に専念するため学会の理事職等は引き受けなかった。生涯独身であったため、研究を義姉が支えた。大変謙虚な性格で、日本学士院会員に推薦された際も躊躇するほどだったという。 同僚であった川島武宜を尊敬するといって憚らず、川島をして天才と言わしめた。そのため、両教授の門下が重複することしばしばであった。 川島、加藤一郎とともにセツルメント法相部の指導教授として活動し、稲本洋之助が社会学へ進む道筋をつけた。
本山 政雄(もとやま まさお、1910年(明治43年)10月… 本山 政雄(もとやま まさお、1910年(明治43年)10月10日 - 2009年(平成21年)5月11日)は、日本の教育学者、政治家。元名古屋市長(3期)。名古屋大学名誉教授。 東京都出身。東京府立第二中学校(現・東京都立立川高等学校)、府立高等学校(東京都立大学 (1949-2011)の前身)卒業。東京帝国大学文学部に入学。読書や勉学ではヨハン・ハインリヒ・ペスタロッチやジャン=ジャック・ルソーに親しんだが、教育学を学ぼうという意思は特別なかったという。友人のすすめで教育学科を専攻することとなり、教育学者の阿部重孝から直接指導を受けた。1935年に大学を卒業し、大学院に進んだ。 1937年に召集。
内野 滋雄(うちの しげお)は日本の解剖学者、医師、医学博士… 内野 滋雄(うちの しげお)は日本の解剖学者、医師、医学博士。東京医科大学名誉教授。専門は解剖学、リンパ学、免疫学。 府立高等学校尋常科、東京都立大学附属高等学校を卒業。東京医科大学大学院を修了後、1977年~97年に東京医科大学第一解剖学教室教授を務め、リンパ学や免疫学などの研究に寄与する。1992年~96年には日本解剖学会理事長に就任する。1962年に論文『日本人新生児の断面解剖』で医学博士(東京医科大学)を取得した。東京医科大学名誉教授として退任後は、臨床福祉専門学校校長として医療・福祉分野の人材の育成に当たる。また、社会福祉法人三徳会理事長として内野医院代表などを務め、敬心福祉会、福栄会理事や財団法人日本篤志献体協会理事長としても活動した。
小林 精次(こばやし せいじ)は日本の工学者。早稲田大学名誉… 小林 精次(こばやし せいじ)は日本の工学者。早稲田大学名誉教授。専門は電気工学、自動制御。 1953年に早稲田大学理工学部電気工学科に入学し、卒業後は同大学に半世紀に渡って勤める。早稲田大学理工学部電気電子情報工学科教授としてインテリジェントコントロール研究室を担当し、計測・制御工学の分野でニューラルネットワークによる制御手法、適応制御系の構成法、列車群の制御手法などを研究した。2003年度に理工学部電気・情報生命工学科教授として定年退職し名誉教授となる。 学会にはシステム制御情報学会、計測自動制御学会、電気学会などに所属した。
星 徹(ほし とおる)は、日本の工学者。東京工科大学教授。博… 星 徹(ほし とおる)は、日本の工学者。東京工科大学教授。博士(工学)。 1969年に東京工業大学理工学部電気工学科を卒業し、日立製作所に入社する。同社戸塚工場、同システム開発研究所,同中央研究所で、ネットワークシステムなどに関する研究開発に携わった。1975年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院修士課程を修了。2003年に東京工科大学コンピュータサイエンス学部教授に就任。また、情報処理学会論文誌編集委員,同会グループウェアとネットワークサービス研究会主査なども務めた。専門分野は、ユビキタスネットワーク、グループウェア、マルチメディア通信、IPテレフォニー、ユビキタスホームなど。
安田 一郎(やすだ いちろう)は、日本の薬学者、東京薬科大学… 安田 一郎(やすだ いちろう)は、日本の薬学者、東京薬科大学教授。 北里大学大学院薬学研究科修士課程を修了し、東京都衛生研究所(現東京都健康安全研究センター)研究員、主任研究員を務める。1982年(昭和57年)、「辛味性不飽和脂肪酸アミドを含有する生薬に関する研究」で、東京薬科大学より薬学博士を取得。ノースカロライナ大学チャペルヒル校薬学部客員研究員、東京都健康安全研究センター医薬品部医薬品研究科科長、東京都福祉保健局参事を経て、2008年(平成20年)に千葉科学大学薬学部教授(衛生/公衆衛生研究室)。2012年(平成24年)東京薬科大学薬学部教授(医療薬物薬学科薬事関係法規研究室)、2015年(平成27年)東京都薬剤師会衛生試験所所長、2017年(平成29年)東京薬科大学常務理事。