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阿部 真大(あべ まさひろ、1976年10月25日 - )は… 阿部 真大(あべ まさひろ、1976年10月25日 - )は、日本の社会学者。専門は労働社会学、家族社会学、社会調査論。甲南大学文学部教授。神戸市東灘区在住。 岐阜県岐阜市生まれ。1995年、岐阜県立岐阜高等学校卒業。東京大学文学部行動文化学科社会学専攻卒業、同大学院人文社会系研究科博士課程を単位取得満期退学。甲南大学文学部専任講師を経て現在、同教授。 大学院を休学してバイク便ライダーとして働いた経験をもち、2006年に刊行された『搾取される若者たち - バイク便ライダーは見た!』にまとめている。
東明 有美(とうめい ゆみ、1972年(昭和47年)6月1日… 東明 有美(とうめい ゆみ、1972年(昭和47年)6月1日 - )は、日本の元女子サッカー選手、博士、大学教員。選手時代のポジションは主にディフェンダー(右サイドバック)だが、フォワードやミッドフィールダーとして登録されたこともある。 岐阜県岐阜市出身。岐阜県立岐阜高等学校を経て天理大学卒業。後に大阪教育大学大学院にも在籍した。 岐阜高校に在学していた1988年、プリマハムFCくノ一に加入。ディフェンスの要として日本女子サッカーリーグでは第7回日本女子サッカーリーグ(1995年)と第11回日本女子サッカーリーグ(1999年)の2度の制覇に貢献した。 日本代表でも活躍し、世界選手権(W杯)では第2回大会(1995年)と第3回大会(1999年)に、またアトランタオリンピック(1996年)にも出場した。
山田 泰広(やまだ やすひろ、1972年 - )は、日本の医… 山田 泰広(やまだ やすひろ、1972年 - )は、日本の医学者、東京大学大学院医学系研究科教授。岐阜県出身。日本学士院学術奨励賞、日本学術振興会賞等受賞。
森 津太子(もり つたこ、1970年 - )は、日本の心理学… 森 津太子(もり つたこ、1970年 - )は、日本の心理学者。放送大学教授。学位は、博士(人文科学)(お茶の水女子大学)。専門は社会心理学。 岐阜県出身。岐阜県立岐阜高等学校、1993年お茶の水女子大学文教育学部心理学科卒、98年同大学院人間文化研究科(現・人間文化創生科学研究科)人間発達科学専攻博士課程単位取得退学。98年「対人認知における文脈効果――コンストラクト・アクセサビリティ効果の基礎メカニズムと生起条件」で博士(人文科学)。2001年甲南女子大学人間科学部専任講師、2004年助教授、2007年准教授、2008年放送大学教養学部心理と教育コース准教授を経て、2015年から現職。専攻は社会心理学、社会的認知。
森川 亮(もりかわ りょう、1969年4月24日[要出典] … 森川 亮(もりかわ りょう、1969年4月24日[要出典] - )は、日本の科学哲学者、物理学者。近畿大学准教授。専門は物理学の哲学、特に量子力学の哲学。 岐阜県生まれ。岐阜県立岐阜高校卒業後、岡山理科大学理学部応用物理学科卒業[要出典]。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程退学。2001~2003年ロンドン大学バークベック校留学。ロンドン大学バークベック校研究員、神奈川大学理学部講師、山形大学理工学研究科准教授を経て現職。 ボーム理論を専門としている。言論活動もおこなっており、雑誌『表現者』や『京の発言』などにエッセーや書評を発表している。
浅野 正(あさの ただし、1968年6月25日-)は、日本の… 浅野 正(あさの ただし、1968年6月25日-)は、日本の法務官僚、臨床心理士、心理学者(臨床心理学・犯罪心理学)。学位はMaster of Arts(南イリノイ大学・2005年)。元文教大学人間科学部准教授、公益社団法人埼玉犯罪被害者援助センター理事。甲府少年鑑別所鑑別部門統括専門官、東京拘置所分類部統括矯正処遇官、千葉刑務所分類審議室統括矯正処遇官などを歴任した。2020年に妻を殺害し、犯罪心理学の専門家が起こした事件として話題となった。 日本の臨床心理学者、および、犯罪心理学者である。一橋大学、横浜国立大学大学院で学んだのち、法務技官となり、東京少年鑑別所や千葉少年鑑別所の鑑別部門専門官を経て、川越少年刑務所分類審議室調査専門官、甲府少年鑑別所鑑別部門統括専門官、東京拘置所分類部統括矯正処遇官、千葉刑務所分類審議室統括矯正処遇官などを歴任した。
川出 敏裕(かわいで としひろ、1967年 - )は、日本の… 川出 敏裕(かわいで としひろ、1967年 - )は、日本の法学者。専門は刑事訴訟法・刑事政策。業績としては別件逮捕・勾留に関する研究が知られる。東京大学大学院法学政治学研究科教授。日本刑法学会理事長。岐阜県出身。 川出は別件逮捕・勾留の問題につき以下の見解を示した。 逮捕・勾留の目的が逃亡の防止と罪証隠滅の防止であって、取調べ等の捜査はその目的ではないこと(逮捕・勾留と取調とは無関係)を前提にすれば逮捕・勾留中の取り調べ等の捜査の実態が逮捕・勾留の違法を導くことはないこととなる。そこで、身柄拘束期間中の取り調べ等の捜査の実態と、逮捕・勾留の適否との中間に、「起訴前の身柄拘束期間の趣旨」(逮捕・勾留被疑事実について起訴・不起訴を決すべく捜査を尽くすべき期間)を媒介項として入れることによって、取調べ等の捜査の実態を逮捕・勾留の適否の判断に反映できるようにしたのである。
久野 譜也(くの しんや、1962年9月13日 - )は、岐… 久野 譜也(くの しんや、1962年9月13日 - )は、岐阜県岐阜市出身、筋力・運動・健康政策の研究者、博士(医学)。総合的な健幸政策である「スマートウエルネスシティ」という概念を首長らと創出するとともに、「健康無関心層対策」「健康ポイント事業」といったカバー率を高める社会技術の確立に寄与した。 岐阜県立岐阜高等学校卒業後、筑波大学および同大学院でスポーツ生理学、スポーツ医学などを学ぶ。体育学修士、医学博士を取得。 その後、東京大学教養学部保健体育科助手、東京大学大学院総合文化研究科生命環境科学系助手、筑波大学先端学際領域研究センター講師、カリフォルニア大学Davis医学部客員研究員などを経て、筑波大学大学院人間総合科学研究科スポーツ医学専攻助教授、同教授(2020年より筑波大学人間総合科学学術院に名称変更)。
大栗 博司(おおぐり ひろし、1962年 - )は、日本の物… 大栗 博司(おおぐり ひろし、1962年 - )は、日本の物理学者。専門は素粒子論。学位は、理学博士(東京大学・1989年)。カリフォルニア工科大学フレッド・カブリ冠教授およびウォルター・バーク理論物理学研究所所長。東京大学特別教授。アスペン物理学研究所理事長。 大栗は、場の量子論や超弦理論の深い数学的構造を発見し、これらの理論を素粒子物理学や宇宙物理学・宇宙論の基礎的問題に応用するための新しい理論的手法を開発している。特にトポロジカルな弦理論(位相的弦理論)を発展させ、これによってブラックホールの量子力学的性質を解明した。また、2次元の共形場の理論、カラビ-ヤウ多様体上のDブレーン、AdS/CFT対応、超対称性を持つ場の量子論の性質と超弦理論との関係などについても基礎的な貢献をしている。
戸田 達史(とだ たつし、1960年8月14日 - )は、日… 戸田 達史(とだ たつし、1960年8月14日 - )は、日本の医学者。東京大学医学部教授。岐阜県岐阜市出身。 福山型先天性筋ジストロフィーの原因遺伝子がフクチンを作る仕組みを解明し根本的な治療に対する道筋を示す等の遺伝学分野における傑出した業績によって知られる。
交告 尚史(こうけつ ひさし、1955年 - )は、日本の法… 交告 尚史(こうけつ ひさし、1955年 - )は、日本の法学者。専門は行政法、環境法。東京大学大学院法学政治学研究科教授。日本公法学会所属。東京都食品安全審議会委員。
杉原 正顯(すぎはら まさあき、1954年12月22日 - … 杉原 正顯(すぎはら まさあき、1954年12月22日 - 2019年1月5日)は、日本の数値解析学者。数値積分・数値線形代数などが研究領域。名古屋大学名誉教授、東京大学名誉教授。 1954年12月22日生まれ 博士課程在籍時は多次元積分に対する数値積分法について研究を行った。多次元積分の研究は優良格子点法へと進み「準モンテカルロ法に関する研究」と題する博士論文に纏められた。学位取得後は高橋秀俊と森正武が開発した二重指数関数型数値積分公式(DE公式)について研究を行った。その後はDE変換とSinc近似を組み合わせたDE-Sinc法を提案したほか、連立1次方程式の高速解法であるGBi-CGSTAB法 (共役勾配法の進化形) の開発を行った。
高井 章(たかい あきら、1954年 - )は、日本の医学者… 高井 章(たかい あきら、1954年 - )は、日本の医学者。旭川医科大学医学部教授。岐阜県郡上市出身。 自律神経支配の効果器(平滑筋・心筋・分泌小胞など)の細胞膜受容体に接続する信号伝達系のうち、特に、イオンチャネルと蛋白質燐酸化のいずれか、または両方が関与する系の研究業績によって知られる。
竹内 章郎(たけうち あきろう、1954年 - )は、日本の… 竹内 章郎(たけうち あきろう、1954年 - )は、日本の哲学者、岐阜大学名誉教授。専門は社会哲学、生命倫理、障害者論。日本哲学会理事。 神戸市生まれ。岐阜県立岐阜高等学校卒業、1978年一橋大学社会学部卒業。1989年同大学院社会学研究科博士課程単位修得退学。指導教官は岩崎允胤。1989年岐阜大学教養部講師、1992年助教授、1996年同地域科学部教授、社会福祉法人いぶき福祉会理事。2012年唯物論研究協会委員長。2015年日本哲学会評議員、2017年同理事兼評議員。2020年定年退職。
渡邊 良朗(わたなべ よしろう、1952年10月10日 - … 渡邊 良朗(わたなべ よしろう、1952年10月10日 - ) は、日本の水産学者。専門は海洋生物資源科学。東京大学名誉教授。元水産海洋学会会長。科学技術庁長官賞受賞。 岐阜県美濃加茂市生まれ。1971年岐阜県立岐阜高等学校卒業。1975年北海道大学水産学部水産増殖学科卒業、北海道大学大学院入学。1982年北海道大学大学院水産学研究科水産増殖学専攻博士課程修了、水産学博士。1984年水産庁東北区水産研究所研究員。1990年水産庁東北区水産研究所研究室長。1991年科学技術庁長官賞受賞。1992年水産庁中央水産研究所研究室長。1995年東京大学海洋研究所助教授。1999年東京大学海洋研究所教授。2001年水産海洋学会副会長。
大橋 弘忠(おおはし ひろただ、1952年 - )は、日本の… 大橋 弘忠(おおはし ひろただ、1952年 - )は、日本の工学者。工学博士。元東京電力社員。東京大学工学系研究科システム創成学専攻教授。岐阜県出身。
吉村 泰典(よしむら やすのり、1949年1月26日 - )… 吉村 泰典(よしむら やすのり、1949年1月26日 - )は、日本の医学者、産婦人科医。慶應義塾大学名誉教授。新百合ヶ丘総合病院名誉院長。専門は生殖生理学、不妊症学、臨床内分泌学。内閣官房参与(第2次安倍内閣。少子化対策・子育て支援)。日本産科婦人科学会理事長、日本生殖医学会理事長を歴任。 岐阜県岐阜市出身。父は日本電信電話公社の技術者、母は洋裁学校の経営者。岐阜市立木之本小学校、岐阜市立本荘中学校、岐阜県立岐阜高等学校を経て、1975年に慶應義塾大学医学部を卒業。同大学で研修医となり、以後、国立埼玉病院、横浜警友病院、慶應義塾大学医学部、浜松赤十字病院において産婦人科医として勤務。1983年よりアメリカ合衆国に留学(ペンシルバニア病院、ジョンズ・ホプキンズ大学)。
小川 真里子(小川 眞里子、おがわ まりこ、1948年10月… 小川 真里子(小川 眞里子、おがわ まりこ、1948年10月 - )は、日本の科学史家、三重大学名誉教授。 岐阜市生まれ。岐阜県立岐阜高等学校卒。1971年東京大学教養学部基礎科学科卒。1974年同大学院理学研究科科学史科学基礎論修士課程修了。1978年同人文科学研究科比較文学比較文化博士課程中退。1986年三重大学人文学部助教授、1994年教授、2012年特任教授、2015年名誉教授。 2010年科学技術社会論学会・柿内賢信記念賞受賞。2018年日本科学史学会学術賞受賞。
住 明正(すみ あきまさ、1948年(昭和23年)9月2日 … 住 明正(すみ あきまさ、1948年(昭和23年)9月2日 - )は、日本の気象学者。岐阜県出身。東京大学名誉教授。東京大学未来ビジョン研究センター特任教授。専門分野は気象学、気候力学。
浜田 道代(はまだ みちよ、濵田 道代、1947年11月25… 浜田 道代(はまだ みちよ、濵田 道代、1947年11月25日 - )は、日本の法学者。専門は商法。学位は、法学修士(名古屋大学・1972年)、LL.M.(ハーバード・ロー・スクール・1986年)。名古屋大学名誉教授。公正取引委員会委員、サンゲツ社外取締役、東邦ガス社外取締役、アイシン精機社外取締役、首都高速道路社外監査役を歴任。授勲瑞宝重光章。 北澤正啓の弟子。旧帝国大学法学部初の女性教授(新制大学移行後、1985年昇任)。なお、名古屋大学初の女性教授は、1983年に教授昇任した岡崎恒子。 2008年公正取引委員会委員人事につき、退任する山田昭雄委員の後任委員として、当時一橋大学大学院教授を務めていた上杉秋則(元公正取引委員会事務総長)が内定し、国会同意人事への閣議決定がなされた。
鹿野 清宏(しかの きよひろ、1947年10月 - )は、日… 鹿野 清宏(しかの きよひろ、1947年10月 - )は、日本の工学者。奈良先端科学技術大学院大学名誉教授。 岐阜県出身。専門は、音情報処理学で、研究内容は、音声認識・対話システム、肉伝導音声インタフェース、音声モーフィング、発話障害者補助、複数の人の声を同時に認識する技術の開発、音声情報案内ロボットの開発(近鉄けいはんな線学研北生駒駅設置「キタ」ちゃん)等。
尾関 周二(おぜき しゅうじ、1947年2月18日 - )は… 尾関 周二(おぜき しゅうじ、1947年2月18日 - )は、日本の哲学者。東京農工大学名誉教授。元共生社会システム学会会長、元唯物論研究会委員長。専門は環境哲学、コミュニケーション論。 日本における環境哲学・思想研究の第一人者。 岐阜県笠松町生まれ。岐阜県立岐阜高等学校卒、1969年京都大学文学部哲学科卒、1974年同大学院博士課程哲学専攻満期退学。 1973年に、京都大学から発刊された「哲学論叢」の第1号に寄稿している。 京都大学では、ドイツ語のクラスで同じだった鹿児島大学名誉教授の種村完司、同志社大学名誉教授の木下康光、京都工芸繊維大学名誉教授の大橋良介らと読者会をおこなった。 1977年戸坂潤賞受賞。
信田 さよ子(のぶた さよこ、1946年5月23日 - )は… 信田 さよ子(のぶた さよこ、1946年5月23日 - )は岐阜県生まれの日本の心理学者、臨床心理士。専門は臨床心理学。原宿カウンセリングセンター所長。
若尾 祐司(わかお ゆうじ、1945年11月22日 - )は… 若尾 祐司(わかお ゆうじ、1945年11月22日 - )は、日本の西洋史学者、名古屋大学名誉教授。 1945年、岐阜県生まれ。岐阜県立岐阜高等学校を経て、1968年、京都大学文学部史学科を卒業、1972年、名古屋大学大学院法学研究科博士課程中退し、琉球大学法文学部講師となる。(後に1986年「ドイツ奉公人の社会史 近代家族の成立」を名古屋大学に提出して法学博士号を取得)。 1976年より琉球大学法文学部助教授、1987年、同学部教授。1988~89年、同大学法学研究科長。1989年、名古屋大学文学部助教授に転じ、1992年より同学部教授。1999~2001年、同大学文学部長・文学研究科長。2004年、名古屋大学理事・副総長。
今村 仁司(いまむら ひとし、1942年2月26日 - 20… 今村 仁司(いまむら ひとし、1942年2月26日 - 2007年5月5日)は、日本の哲学者。専門は社会思想史・社会哲学。主に1980年代以降、多数の翻訳や著作によって、フランス現代思想を中心に現代思想の諸潮流を日本に紹介した。著書に『暴力のオントロギー』(1982年)、『現代思想の系譜学』(1986年)、『社会性の哲学』(2007年)などがある。 1942年、岐阜県生まれ。岐阜県立岐阜高等学校を経て、京都大学経済学部へ進学し、1965年に卒業。京都大学大学院経済学研究科に進み、1970年に博士課程を退学。 その後は、東京経済大学経済学部教授。元々はマルクス経済学の研究者であり、当時マルクス主義の独自な認識論を展開していたフランスのルイ・アルチュセールに関心を抱き、アルチュセールを批判的に考察した諸論考を世に出した。
林 紘一郎(はやし こういちろう、1941年3月10日 - … 林 紘一郎(はやし こういちろう、1941年3月10日 - )は、日本の法学者。経済学博士(京都大学・1991年)、博士(法学)(慶應義塾大学・2004年)。慶応義塾大学教授などを経て、情報セキュリティ大学院大学学長を務めた。専門は、技術標準や知的財産、メディアのあり方などをめぐる法と経済学、インターネットの自由と規律、セキュリティ法など。 日本統治時代の台湾生まれ。岐阜県立岐阜高等学校を経て、1963年東京大学法学部卒業。同年旧電電公社(NTTの前身)に入社。民営化後は、国際部次長、専用サービス推進部長、NTTアメリカ社長など経て、1996年退社。この間、一橋大学商学部、早稲田大学理工学部、東京大学(教養学部、経済学部)などの非常勤講師を歴任。
澤登 佳人(沢登)(さわのぼり よしと、1927年4月21日… 澤登 佳人(沢登)(さわのぼり よしと、1927年4月21日 - )は、日本の法学者。専門は、刑法・刑事訴訟法・少年法。中京大学教授・山梨学院大学教授・新潟大学教授等を経て、新潟大学名誉教授。神奈川県横須賀市出身。 大学教授として刑事法を中心に研究し、論文・著作を発表していたが、その研究対象は労働法、経済学、哲学、量子力学等幅広い。晩年になって自らの哲学的研究の成果をまとめた「宇宙超出論」を提唱し、脳死説に反対している。
高島 善哉(たかしま ぜんや、1904年7月13日 - 19… 高島 善哉(たかしま ぜんや、1904年7月13日 - 1990年1月10日)は、日本の経済学者、社会学者。専攻はマルクス主義及びアダム・スミス研究。一橋大学名誉教授、関東学院大学名誉教授。 岐阜県出身。旧制岐阜中学校(現岐阜県立岐阜高等学校)首席を経て、1927年東京商科大学(現一橋大学)卒。大学では当初福田徳三ゼミナールに参加したが、福田の留学のため大塚金之助の指導を受けた。卒業論文「経済静学と経済動学の国民経済学的意義:ヨセフ・シュンペーターの研究」だが、おもにマルクス主義とアダム・スミスを研究した。 1927年指導教官大塚金之助の推薦を受け、母校東京商科大学助手に就任。1927年、渋沢栄一の孫である尾高豊作や尾高朝雄の支援を得て設立され、大塚が所長を務める東京社会科学研究所研究員を兼務し、杉本栄一とともに同研究所での活動に従事。
青木 文一郎(あおき ぶんいちろう、1883年8月16日 -… 青木 文一郎(あおき ぶんいちろう、1883年8月16日 - 1954年7月2日)は、日本の哺乳類学者。台北帝国大学教授を経て、岐阜大学初代学長。 1883年、岐阜県厚見郡日置江村に生まれた。且格尋常小学校、岐阜中学校、第三高等学校を経て、1907年(明治40年)、東京帝国大学理科大学動物学科に入学。1910年に卒業し、同大学大学院に進学した。 1913年(大正2年)、九州帝国大学助手に採用され、解剖学教室に勤務。1915年5月に依願退職。1909年8月に高等学校教員免許を取得し、9月より旧制愛知医科大学(現名古屋大学)予科教授となった。1922年、同校講師に昇格。 1927年4月、台湾総督府高等林業楽校教授に任命され、同時に在外研究を命じられて2年間イギリス、フランス、イタリア、アメリカの4か国へ研究留学した。
青木 徹二(あおき てつじ、1874年(明治7年)9月9日 … 青木 徹二(あおき てつじ、1874年(明治7年)9月9日 - 1930年(昭和5年)10月12日)は、明治期の検察官、弁護士、法学者。 岐阜県生まれ。岐阜中学校を中退し、1891年(明治24年)慶應義塾に入学。1897年(明治30年)に慶應義塾大学部法律科を卒業後時事新報社に勤める。翌年判検事試験に合格し、神戸区裁判所検事代理となるも1899年(明治32年)これを辞任し、再び時事新報社に入った。その後、慶應義塾の大学部教員養成のためドイツに派遣され、ベルリン大学などで学ぶ。1902年(明治35年)7月帰国後、大学部法律科で商法を講じた。1910年(明治43年)法学博士となる。1920年(大正9年)、雑誌『東方時論』に「続世相審かし論」を投稿し、不敬罪の廃止を唱えたため、新聞紙法違反で禁固4ヶ月の判決を受ける。
北原 多作(きたはら たさく、明治3年1月12日(1870年… 北原 多作(きたはら たさく、明治3年1月12日(1870年2月12日) - 大正11年(1922年)1月12日)は、日本の海洋学者、水産学者。日本における水産行政、水産学研究、海洋測器開発の先駆者として知られる。 明治3年(1870年)、美濃国山県郡北野村(現在の岐阜県岐阜市三輪)の各務家において生まれる。幼い時に父を亡くした後、岐阜中学を経て青山学院へと進むが、その間は学費の捻出の為に学僕を務めた苦学生であった。明治27年(1894年)7月に東京帝国大学理科大学動物学科選科を卒業する。在学中は箕作佳吉の指導により、霞ヶ浦の水族調査を行っている。また、明治26年(1893年)にはウシモツゴの和名の基となった岐阜市での方言名「う志もろこ」の名を初めて報告した。
下野 直太郎(しもの なおたろう、1866年11月30日(慶… 下野 直太郎(しもの なおたろう、1866年11月30日(慶應2年10月24日) - 1939年(昭和14年)11月22日)は、日本の会計学者。東京商科大学(現一橋大学)名誉教授。 現在の岐阜県生まれ。岐阜県中学校(現岐阜県立岐阜高等学校)を経て、1888年高等商業学校(現一橋大学)卒業。数学や英語が得意で、同じ岐阜出身の各務鎌吉(のちに東京海上火災保険社長)と首席を争ったが、次席となった。 また在学中、文部省による高等商業学校と東京外国語学校の合併案の不当性を訴え、各務や、上野季三郎(のちに大膳頭)、水島銕也(のちに初代神戸高等商業学校校長)、立花寛蔵(のちに初代大倉高等商業学校校長)らと議論を交わした。
馬島 龍一(まじま りゅういち、Ryuichi Majima… 馬島 龍一(まじま りゅういち、Ryuichi Majima)は、日本の薬剤師、薬学者。学位は博士(薬学)(岐阜薬科大学・2021年)。専門は母子感染症のサイトメガロウイルスやSARS関連コロナウイルスなど。 薬学者、薬剤師を目指し岐阜薬科大学へ進む。2017年3月、岐阜薬科大学薬学部薬学科 卒業。同年、薬剤師国家試験に合格した。同大薬学研究科 薬学専攻へ進み、ウイルス学や母子感染症学等を専門とする井上直樹に師事する。2021年3月、同大薬学研究科 薬学専攻 博士課程修了。博士(薬学)取得後も、井上直樹のもとで研究を続ける。 2021年6月、渡米、ミネソタ大学薬学部(The Center for Drug Design)にて博士研究員として薬学、ウイルス学などの研究をおこなう。
山部 俊文(やまべ としふみ)は、日本の法学者。専門は経済法… 山部 俊文(やまべ としふみ)は、日本の法学者。専門は経済法。学位は、法学修士(一橋大学)。明治大学法学部教授。一橋大学名誉教授。 熊本県八代市生まれ。北方町立北方小学校、岐阜県本巣郡北方町・岐阜市学校組合立北方中学校を経て、1975年岐阜県立岐阜高等学校卒業。1980年一橋大学法学部卒業、伊藤忠商事入社。1983年一橋大学大学院法学研究科修士課程修了、法学修士。1986年一橋大学大学院法学研究科博士後期課程単位修得、日本学術振興会特別研究員。1987年一橋大学大学院法学研究科博士後期課程退学。指導教官は久保欣哉。 1988年一橋大学法学部専任講師。1991年同助教授。1993年から1994年までミュンスター大学客員研究員。