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幾原 雄一(いくはら ゆういち、1958年 - ) は、日本… 幾原 雄一(いくはら ゆういち、1958年 - ) は、日本の工学者。専門は材料科学・電子顕微鏡学。東京大学大学院工学系研究科教授、東北大学原子分子材料科学高等研究機構主任研究者、一般財団法人ファインセラミックスセンターナノ構造研究所客員主任研究者。 三重県津市出身。三重県立津高等学校卒業。東京大学大学院工学系研究科教授、日本顕微鏡学会会長。東北大学原子分子材料科学高等研究機構教授、京都大学構造材料元素戦略研究拠点教授なども歴任。紫綬褒章受章。2011年、アメリカセラミックス学会フェロー選出。2013年、世界セラミックスアカデミー会員選出。 電子顕微鏡による、格子欠陥(転位・粒界)の構造解析。
佐々木 敏(ささき さとし、1957年9月13日 - )は、… 佐々木 敏(ささき さとし、1957年9月13日 - )は、日本の栄養学者、医師、医学博士、Ph.D。専門分野は栄養疫学。東京大学名誉教授。女子栄養大学客員教授。三重県津市出身。国立がんセンター研究所支所臨床疫学研究部室長、国立健康・栄養研究所栄養疫学プログラムリーダー等を歴任し、2007年より2023年3月まで東京大学大学院医学系研究科社会予防疫学分野教授。2012年より2014年まで世界保健機関(WHO)の栄養ガイダンス専門家会議のメンバーを務めた。 「EBN (Evidence Based Nutrition、科学的根拠に基づく栄養学)」という概念を日本で早期に提唱し、日本人が健康を維持するために摂取すべき栄養素とその量を示したガイドライン「日本人の食事摂取基準」(厚生労働省)策定において、2005年版から中心的役割を担っている。
吉田 英生(よしだ ひでお、1955年 - ) は、日本の機… 吉田 英生(よしだ ひでお、1955年 - ) は、日本の機械工学者。学位は、工学博士。専門は、熱工学・エネルギー工学。京都大学名誉教授。元Int. J. Heat and Mass TransferのEditor。元国際伝熱会議アセンブリー (AIHTC) 会長。元熱物質輸送国際センター (ICHMT) 理事会議長。 1974年三重県立津高等学校卒業。1978年東京工業大学工学部機械物理工学科卒業。 1980年東京工業大学大学院理工学研究科修士課程機械物理工学専攻を修了し、工学修士の学位を取得後、1983年東京工業大学大学院理工学研究科博士課程機械物理工学専攻修了、工学博士。同年東京工業大学工学部機械工学科助手。
寺西 信一(てらにし のぶかず、1953年 - )は、日本の… 寺西 信一(てらにし のぶかず、1953年 - )は、日本のエンジニア、工学者。 イメージセンサ(撮像デバイス)の研究を行い、デジタルカメラの撮像デバイスの主流となっている埋込フォトダイオード(英: Pinned Photodiode)を発明したことで知られる。2017年のエリザベス女王工学賞の受賞者の一人である。 2017年現在、兵庫県立大学および静岡大学の特任教授を務める。 兵庫県生まれ。三重県立津高等学校を経て、東京大学の理学系大学院物理学専攻修士課程を修了した後、1978年、日本電気(NEC)に入り、1980年に埋込フォトダイオードを発明した。このデバイスは1984年に名付けられた。埋込フォトダイオードは、CCD(電荷結合素子)を発展させた固体撮像素子の一つで、CCDと比較して効率が向上したことで画素サイズが小さくなり画像解像度が向上した。
玉井 金五(たまい きんご、1950年2月5日 - )は、日… 玉井 金五(たまい きんご、1950年2月5日 - )は、日本の経済学者、社会政策学者。大阪市立大学名誉教授、愛知学院大学経済学部教授。専攻は社会政策。元社会政策学会代表幹事。 三重県立津高等学校の卒業生であり、2012年7月26日には同校で「少子高齢化と日本経済」の演題で講演している。また大阪三重県人会で顧問を務めている。
美宅 成樹(みたく しげき、1949年3月2日 - )は、日… 美宅 成樹(みたく しげき、1949年3月2日 - )は、日本の分子生物学者。名古屋大学名誉教授。元日本生物物理学会会長。 三重県松阪市生まれ。1967年三重県立津高等学校卒業。1971年東京大学理学部物理学科卒業、1978年東京大学大学院理学系研究科博士課程中退。1973年「リポゾームの音波物性の研究」で理学博士。1976年東京大学工学部物理工学科助手、1980年東京農工大学工学部助教授、1994年1月教授、2003年名古屋大学大学院工学研究科教授、2006年日本生物物理学会会長、2013年定年退任、名誉教授、豊田理化学研究所客員フェロー。
住澤 博紀(すみざわ ひろき、1948年 - )は、日本の政… 住澤 博紀(すみざわ ひろき、1948年 - )は、日本の政治学者。日本女子大学家政学部家政経済学科教授。専攻は、ドイツ現代政治、社会民主主義論、地域政党論。 三重県生まれ。三重県立津高等学校卒業。京都大学法学部卒業。1973年~1988年まで西ドイツに滞在。フランクフルト大学で博士号取得。
岸野 文郎(きしの ふみお、1946年 - ) は、日本の情… 岸野 文郎(きしの ふみお、1946年 - ) は、日本の情報工学者。大阪大学名誉教授。大阪大学サイバーメディアセンター長や、日本バーチャルリアリティ学会会長を務めた。 三重県出身。三重県立津高等学校を経て、1969年名古屋工業大学工学部電子工学科卒業。1971年名古屋工業大学大学院電子工学専攻修士課程修了、日本電信電話公社電気通信研究所画像通信研究部研究員。1987年日本電信電話ヒューマンインタフェース研究所主幹研究員。1989年国際電気通信基礎技術研究所通信システム研究所知能処理研究室室長。1995年名古屋工業大学より博士(工学)の学位を取得。 1996年大阪大学大学院工学研究科教授。1999年ヒューマンインタフェース学会副会長。
青木 みか(あおき みか、1923年 - )は、日本の栄養学… 青木 みか(あおき みか、1923年 - )は、日本の栄養学者、名古屋女子大学名誉教授。 三重県一志郡美杉村に生まれる。旧姓・森田。津高等女学校卒業ののち、19歳で結婚するが、夫はその半年後に朝鮮半島沖で戦死。1953年(昭和28年)三重大学農学部農芸化学科卒業、1955年(昭和30年)九州大学大学院修士課程修了。名古屋女学院短期大学講師、1956年名古屋女子大学に勤務、1967年三重県立大学医学博士。名古屋女子大学教授、1989年定年退職、名誉教授。
近藤 典生(こんどう のりお、1915年4月28日 - 19… 近藤 典生(こんどう のりお、1915年4月28日 - 1997年1月21日)は、日本の環境共生学者・研究者・指導者。探検家。専門は植物遺伝育種学などで、種無しスイカの生みの親でもある。三重県松阪市生まれ。 1915年、小津茂右衛門の次男として生まれる。は旧制津中学(現・三重県立津高等学校)を経て1939年、東京農業大学農学部農学科卒業。京都帝国大学農学部遺伝子研究室副手。1941年、財団法人木原生物学研究所所員。1944年同研究所主任。1948年、同研究所主任・京都大学副手を辞任、東京農業大学助教授就任。1950年、東京農業大学育種学研究所創設。1954年に農学博士。1957年、東京農業大学教授就任。
下津 清太郎(しもづ せいたろう、1908年 - 1996年… 下津 清太郎(しもづ せいたろう、1908年 - 1996年)は、日本の歴史家、官僚。 三重県津市出身。三重県立津中学校(現三重県立津高等学校)、第八高等学校卒、1931年東京帝国大学法学部卒。東京市、名古屋市で自治行政に携わる。のち京都地方裁判所司法委員。本務のかたわら西洋史を研究した。
城多 又兵衛(きた またべえ、1904年(明治37年)3月3… 城多 又兵衛(きた またべえ、1904年(明治37年)3月30日 - 1979年(昭和54年)3月30日)は、日本の声楽家(テノール)、音楽教育者、音楽学者、作曲家。 三重県出身。三重県立津中学校(現・三重県立津高等学校)卒業。1929年(昭和4年)東京音楽学校卒業。1931年(昭和6年)東京音楽学校研究科修了。同年イタリアにわたり、1934年(昭和9年)までローマのサンタ・チェチーリア音楽院に学ぶ。船橋栄吉、スコラーリに師事。 1936年(昭和11年)ヴェルディ『レクイエム』で歌手デビュー。同年演奏会形式でヴェルディ『椿姫』アルフレードを歌い、のちベルリオーズ『ファウストの劫罰』や、オペラにも出演。
橋本 策(はしもと はかる、1881年5月5日 - 1934… 橋本 策(はしもと はかる、1881年5月5日 - 1934年1月9日)は、日本の医師、病理学者。橋本病、Hashimoto's thyroiditisを初めて記載した。 三重県阿拝郡西柘植村(現伊賀市)御代の医家に生まれる。旧制津中学校、旧制第三高等学校をへて、京都帝国大福岡医科大学(現九州大学医学部)1907年第1回卒業生として卒業。第一外科に入局。1911年4月“甲状腺ノリンパ腫様変化ニ関スル組織的並ビニ臨床的知見ニ就キテ”を福岡医科大学第17回集談会にて発表、1年後の1912年にまとめてArchiv für klinische Chirurgieに掲載した。今日では橋本病という疾患名が与えられている。
藤原 松三郎(ふじわら まつさぶろう、1881年2月14日 … 藤原 松三郎(ふじわら まつさぶろう、1881年2月14日 - 1946年10月12日)は、日本の数学者・数学史家。第二次世界大戦前において、90編の欧文論文を著し、1936年にオスロで開催された国際数学者会議で招待講演を行うなど、当時の日本の数学界を代表する数学者であり、また日本数学史、中国数学史、朝鮮数学史をカバーする和漢数学史家としても大きな業績を残した。特に8000枚という膨大な遺稿「日本数学史」は『明治前日本数学史』全5巻(岩波書店、1955-1960)としてまとめられ、現在においても和算史を研究する上で最も重要かつ基本的な文献となっている。 1911年(明治44年)、東北帝国大学に数学科が設置されると、30歳で教授に就任。
臼杵 才化(うすき さいか、1876年(明治9年)1月31日… 臼杵 才化(うすき さいか、1876年(明治9年)1月31日 - 1917年(大正6年)12月13日)は、明治時代から大正時代にかけての日本の医学者・小児科医である。東京帝国大学卒、医学博士。 日本統治時代の台湾総督府医院小児科医長、台湾総督府医学校教授に任ぜられる。 東京帝国大学より医学博士の学位を授与される。正論文『生理的並びに病的関係に基ける哺乳児腸内に於ける脂肪の運命』。 30代臼杵仁(長男)(昭和20年12月10日没)も同墓地。31代臼杵薫(次男)(昭和37年3月10日没)は三重県尾鷲市、金剛寺。(28代臼杵玄貞までの先祖の墓地は、三重県津市榊原、海泉寺にあり永代供養されている)
西田 律夫(にしだ りつお)は、日本の化学生態学者。京都大学… 西田 律夫(にしだ りつお)は、日本の化学生態学者。京都大学名誉教授。国際化学生態学会シルバーメダル賞、日本農芸化学会功績賞等受賞。 三重県津市生まれ。三重県立津高等学校を経て、1972年三重大学農学部農芸化学科卒業。1977年京都大学大学院農学研究科博士課程修了。京都大学農学部助手、助教授を経て、京都大学大学院農学研究科教授。専門は化学生態学、生物有機化学で、昆虫生理活性物質の研究により、2013年度日本農芸化学会功績賞受賞。2015年京都大学名誉教授。同年には化学生態学分野で顕著な功績を挙げた研究者に贈られる国際化学生態学会シルバーメダル賞を受賞した。