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長尾 淳三(ながお じゅんぞう、1952年〈昭和27年〉3月… 長尾 淳三(ながお じゅんぞう、1952年〈昭和27年〉3月15日 - )は、日本の政治家。大阪府東大阪市市長(第10・12代)で、政令指定都市や中核市で初の日本共産党員市長。共産党市議の父の地盤を世襲した「共産党のエリート」で東大阪市議会議員(5期)など務めた。 東大阪市出身、大阪府立八尾高等学校卒業。静岡大学を卒業後、共産党系大阪民主新報の記者となる。 1979年(昭和54年)日本共産党の東大阪市議3期12年を務めた父、長尾一郎の後継として、9月23日に執行の東大阪市議選に日本共産党公認で立候補し、得票率1.73%(得票数3,756)22位で初当選(議員定数56)。以後5期18年間、同党市議団幹事長なども務めた。
岡本 泰明(おかもと やすあき、1939年(昭和14年)11… 岡本 泰明(おかもと やすあき、1939年(昭和14年)11月14日 - 2020年(令和2年))は、日本の政治家。元大阪府柏原市長(2期)。 大阪府出身。大阪大学法学部卒業。柏原市議会議員を経て、2005年(平成17年)柏原市長選挙に立候補し、当選。2009年(平成21年)に再選。2013年(平成25年)に退任した。
西辻 豊(にしつじ ゆたか、1930年(昭和5年)12月28… 西辻 豊(にしつじ ゆたか、1930年(昭和5年)12月28日 - )は、日本の政治家。大阪府八尾市市長(第4代)。NPO法人やお文化協会の理事長(2017年現在)。旭日双光章受章。 大阪府、現在の八尾市出身。大阪府立八尾中学校(旧制)卒業(50期。現大阪府立八尾高等学校)。1951年(昭和26年)大阪市立都島工業専門学校を卒業。 八尾市役所に就職し、第3代市長山脇悦司のもとで総務課長や、教育委員会管理部長、市総務部長、助役などを務めた。1995年(平成7年)4月23日の第13回統一地方選挙で、八尾市長選挙に出馬。元市議の田中誠太を破り、初当選した。 市職員時代の1950年(昭和25年)11月3日(文化の日)に「優良職員」として表彰された。
山西 敏一(やまにし としかず、1929年(昭和4年)10月… 山西 敏一(やまにし としかず、1929年(昭和4年)10月25日 - 没年不詳)は、日本の政治家。大阪府柏原市市長(第3代)。8期32年間を務め引退後、後継に指名の人物が出馬した市長選で、対立候補の岡本泰明(第4代市長)が不利になる記事をミニコミ紙に書かせ、買収容疑で逮捕。在任中に随意契約の便宜を業者に図り続けた収賄も発覚し、実刑判決を受けた。 1947年(昭和22年)旧制大阪府立八尾中学校(現大阪府立八尾高等学校)を卒業し、関西学院大学へ進み、1952年法学部法律学科を卒業。 1973年3月の柏原市長選で「全く門外漢と申しますのか、行政の素人」ながら立候補し初当選して以降、連続当選。2001年(平成13年)2月11日に投開票の市長選で得票率57.88%(1万5,714票)で8期目を務めたが、75歳になるのを機に健康上の理由と称して引退表明。
塩川 正十郎(しおかわ まさじゅうろう、1921年〈大正10… 塩川 正十郎(しおかわ まさじゅうろう、1921年〈大正10年〉10月13日 - 2015年〈平成27年〉9月19日)は、日本の政治家。位階は正三位。 自由民主党から立候補し衆議院議員(11期)。この間財務大臣(第2代)、自治大臣(第42代)、国家公安委員会委員長(第52代)、内閣官房長官(第50代)、文部大臣(第108代)、運輸大臣(第52代)、自由民主党総務会長などを歴任。 財団法人国民政治協会(自民党の政治資金団体)会長、財団法人自由国民会議(同党の党友組織)所属。 その他、東洋大学総長、財団法人関西棋院理事長、特定非営利活動法人武士道協会理事長、『ベストヒット歌謡祭』(旧『全日本有線放送大賞』)実行委員会名誉会長なども務めた。
伏見 格之助(ふしみ かくのすけ、1919年〈大正8年〉3月… 伏見 格之助(ふしみ かくのすけ、1919年〈大正8年〉3月12日 - 2007年〈平成19年〉7月2日)は、日本の政治家、東大阪市長。日本社会党と日本共産党の推薦で革新市政を12年間担った。 岡山県岡山市出身。旧制大阪府立八尾中学校(現・府立八尾高等学校)を経て、大阪府天王寺師範学校(現・大阪教育大学)卒。大阪教職員組合委員長、日本社会党大阪府本部書記長となる。 1967年(昭和42年)4月の大阪府議会議員選挙に日本社会党から立候補(布施市選挙区)も次点。 1970年6月の東大阪市長選挙に日本社会党と日本共産党の推薦で立候補。現職の初代市長で自由民主党の辰巳佐太郎を破り初当選した。 1967年4月の東京都知事選挙で社会党・共産党推薦の美濃部亮吉が初当選するなど革新自治体ブームの最中であり、同2月に誕生 したばかりの人口50万人を抱える全国15番目の大都市 に革新市政が生まれた衝撃は大きく、翌1971年の大阪府知事選挙で黒田了一革新府政が誕生するきっかけとなった。
北川 謙次(きたがわ けんじ、1916年(大正5年)9月16… 北川 謙次(きたがわ けんじ、1916年(大正5年)9月16日 - 1989年(平成元年)12月23日)は、日本の政治家。東大阪市長(第3代、2期)。息子は元国土交通副大臣を務めた自由民主党元参議院議員の北川イッセイ(北川一成)。日本社会党の大阪府議だった北川信次は従兄。勲等は勲三等瑞宝章。 大阪府出身。1934年(昭和9年)旧制大阪府立八尾中学校(現大阪府立八尾高等学校)を卒業した。 日本社会党公認で布施市(現・東大阪市)議会議員に当選の後に社会党を離党して市会議長などを経て、1967年(昭和42年)4月の統一地方選挙で自民党から立候補し大阪府議会議員(旧布施市選挙区、定数4)に伏見格之助(日本社会党)を抑え得票数4位で当選(伏見は次点に終わる)。
塩川 正三(しおかわ しょうぞう、1893年〈明治26年〉8… 塩川 正三(しおかわ しょうぞう、1893年〈明治26年〉8月22日 - 1958年〈昭和33年〉3月6日)は、日本の政治家。大阪府布施市(現・東大阪市)長(初代、5代、6代、3期)。財務大臣、衆議院議員を務めた塩川正十郎は長男。 大阪府渋川郡布施村(のち中河内郡布施町→布施市、現・東大阪市)出身。大阪府立八尾中学校(現・大阪府立八尾高等学校)卒。1915年(大正4年)、共栄組社長となり、1929年(昭和4年)、布施町会議員となる。同年3月から1932年(昭和7年)7月まで布施町助役を務めた。同月、布施町長となる。1937年(昭和12年)3月に町長を退任した。同年4月1日、布施市が発足した。同年7月10日、市長に就任した。
山野 平一(やまの ひらかず、1887年〈明治20年〉8月4… 山野 平一(やまの ひらかず、1887年〈明治20年〉8月4日 - 1971年〈昭和46年〉12月31日)は、大正から昭和期の実業家、政治家。衆議院議員。 大阪府、現在の大阪市で山野助四郎の三男として生まれる。1905年(明治38年)大阪府立八尾中学校(現大阪府立八尾高等学校)を卒業。1914年(大正3年)家督を相続した。 実業界では、都島商事社長、大阪地下街監査役などを務めた。 政界では、大阪市会議員、同副議長を務めた。その他、都島警防団長、都島教育会長、帝国在郷軍人会都島分会顧問、軍事援護会北区連合会理事長、大政翼賛会大阪支部常務委員、借家借地調停委員、北区町会連合会長、都島簡易裁判所調停委員、大阪調停協会長、大阪市社会福祉協議会副会長などを務めた。