スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
岡本 久敬(おかもと ひさたか、1933年12月14日 - … 岡本 久敬(おかもと ひさたか、1933年12月14日 - )は日本出身の元サッカー選手。 選手時代は主に関西学院大学で活躍。全関学(現役、OBを含めた混成チーム)の一員として1953年、1955年の全日本サッカー選手権大会 (後の天皇杯全日本サッカー選手権大会)優勝に貢献した。 日本代表としては1955年1月の東南アジア遠征、1月2日のビルマで代表デビューを果たした。その年、国際Aマッチ5試合に出場した。
龍田 節(たつた みさお、1933年(昭和8年)9月6日 -… 龍田 節(たつた みさお、1933年(昭和8年)9月6日 - 2022年(令和4年)4月7日)は、日本の法学者。専門は商法。弁護士。京都大学名誉教授。同志社大学大学院司法研究科特別客員教授。日本学士院会員。瑞宝重光章受章。兵庫県神戸市出身。大隅健一郎門下。弟子に川濱昇、前田雅弘、片木晴彦、泉水文雄など。 当初文学部を志向したが、親に「経済学部の方が潰しがきく」といわれ、間をとって法学部に入学したという。
河合 伸一(かわい しんいち、1932年6月11日 - )は… 河合 伸一(かわい しんいち、1932年6月11日 - )は、日本の弁護士・元最高裁判所判事。京都大学卒業。 旧制第三神戸中学校(在学中に新制兵庫県立長田高等学校へと移行)を卒業。京都大学法学部では商法学者の大隅健一郎に師事し、在学中に司法試験に合格。 1955年京大卒業。いったん裁判官になったが家庭の事情で弁護士に転身。大阪弁護士会副会長などを歴任し、関西では経済通として知られた弁護士だった。阪神タイガースのランディ・バースの契約問題やイトマン事件にも関わった。弁護士業務のポリシーとして「依頼者と共に苦しんだり悩んだりして、司法の分野では社会と一番密着できる。記録の中から、当事者の姿が見える仕事ができれば」と語った。
牛尾 治朗(うしお じろう、1931年2月12日 - 202… 牛尾 治朗(うしお じろう、1931年2月12日 - 2023年6月13日)は、日本の実業家。ウシオ電機株式会社の設立者である。同社 名誉相談役、取締役相談役、経済同友会特別顧問(終身幹事)、公益財団法人日本生産性本部会長(2003年から2014年)、名誉会長(2014年から2020年)などを務めた。。 平成8年度第22回経済界大賞受賞。平成10年財界大賞受賞。 兵庫県姫路市に牛尾家2代目牛尾健治・美津子の次男として生まれる。 祖父・牛尾梅吉は姫路商工会議所の2代目会頭を務め、播磨の振興に尽力した。父・健治は、姫路銀行頭取を務める傍ら中国合同電気→山陽配電(現在は分割されて関西電力・中国電力)を中心に電力・電機事業を手がけた。
瀬戸 雄三 (せと ゆうぞう、1930年2月25日 - 20… 瀬戸 雄三 (せと ゆうぞう、1930年2月25日 - 2013年5月13日) は日本の実業家。アサヒビール株式会社の社長時代にアサヒビールを業界ナンバーワンに導いた。2009年11月時点では、旭化成社外取締役を務めていた。慶應義塾評議員・理事。 1930年、兵庫県神戸市で生まれる。父親は貿易商。父親からは「金持ちのときは貧乏な顔を、貧乏なときは金持ちの顔をしろ」と教えられ、母親からは「人に迷惑をかけてはいけない」「人の悪口を言ってはいけない」「自分の自慢話をしてはいけない」と事あるごとに聞かされて育った。昭和13年(1938年)7月5日、豪雨を心配してその日のみ電車通学に付き添ってきた母親が二駅目の住吉駅で「雄三、危ないから家へ帰ろう」と強い力で右腕を引っ張って逆方向の電車に引き込んだ。
高榎 堯(たかぎ たかし、1930年1月24日 - )は、日… 高榎 堯(たかぎ たかし、1930年1月24日 - )は、日本の科学ジャーナリスト。 兵庫県神戸市出身。旧制・兵庫県立第三神戸中学校(現・兵庫県立長田高等学校)、旧制・姫路高等学校(現・神戸大学)を経て、1953年に京都大学工学部電気工学科を卒業。毎日新聞社に電気通信技術者として入社し、論説委員兼編集委員を務めたのち退社。
中内 㓛(なかうち いさお、1922年〈大正11年〉8月2日… 中内 㓛(なかうち いさお、1922年〈大正11年〉8月2日 - 2005年〈平成17年〉9月19日)は、日本の実業家。ダイエー創業者。 戦後の日本におけるスーパーマーケット (GMS) の黎明期から立ち上げに関わり、近年の消費者主体型の流通システムの構築を確立させ、日本の流通革命の旗手として大きく貢献した。 ダイエー会長・社長・グループCEOを歴任したほか、日本チェーンストア協会会長(初代、10代、14代)・名誉会長(初代)、日本経済団体連合会副会長を務めたほか、自身が設立した学校法人中内学園(流通科学大学)学園長・理事長、財団法人中内育英会の理事長も務め、教育者としての一面もあった。 名前の正式な用字は「功」ではなく「㓛」(「工+刀」、㓛:U+34DB)。
中内 功(なかうち いさお、1922年〈大正11年〉8月2日… 中内 功(なかうち いさお、1922年〈大正11年〉8月2日 - 2005年〈平成17年〉9月19日)は日本の実業家。ダイエーを創業し、会長・社長・グループCEOを務める。日本チェーンストア協会会長(初代、10代、14代)・名誉会長(初代)、日本経済団体連合会副会長、自身が設立した学校法人中内学園(流通科学大学)学園長、理事長と、財団法人中内育英会理事長を歴任した。
大森 実(おおもり みのる、1922年1月13日 - 201… 大森 実(おおもり みのる、1922年1月13日 - 2010年3月25日〈日本時間3月26日〉)は、日本のジャーナリスト。兵庫県神戸市出身。 作家の柴田錬三郎は従兄弟。
富士 正晴(ふじ まさはる、本名:冨士正明、1913年10月… 富士 正晴(ふじ まさはる、本名:冨士正明、1913年10月30日 - 1987年7月15日)は、日本の小説家、詩人、版画家。多くの有名作家を輩出した『VIKING (同人誌)』の創刊同人であり、3度の芥川賞候補、直木賞候補となり、晩年は竹やぶに囲まれた自宅に引きこもって活動し、「竹林の隠者」と呼ばれた。毎日出版文化賞、大阪芸術賞、関西大賞大詩仙賞受賞。 徳島県三好郡山城谷村(現三好市)出身。両親はともに小学校の訓導をしていた。家族と神戸に転居し、神戸第三中学校卒業。 1931年旧制第三高等学校理科甲類に進学。志賀直哉を訪問したところ、竹内勝太郎を紹介されて師事する。1932年、野間宏(のちに富士の妹と結婚して義弟となる)や桑原静雄とともに、詩の同人誌『三人』を創刊。
石野 信一(いしの しんいち、1912年3月13日 - 19… 石野 信一(いしの しんいち、1912年3月13日 - 1996年1月19日)は、日本の大蔵官僚、実業家。第8代大蔵事務次官、さくら銀行名誉会長。文芸評論家の村上一郎は従兄弟。 神戸三中、大阪高校を経て、1935年、東京帝国大学法学部政治学科卒業後、大蔵省入省。主計局配属。理財局総務課長、大臣官房調査部長、理財局次長の後、1957年6月11日に俗に「森 - 石 ライン」と呼ばれることとなった森永貞一郎の下で官房長を務め、1959年に銀行局長、1961年に主計局長を経て、1963年に大蔵事務次官に就任、池田勇人首相の高度経済成長政策のブレーンとして活躍した。熟慮断行タイプとして知られ、大臣官房財務調査官(大臣官房調査課担当)だった1954年度予算編成では緊縮型予算を主張し貫徹した話は伝説になっている。
花森 安治(はなもり やすじ、1911年10月25日 - 1… 花森 安治(はなもり やすじ、1911年10月25日 - 1978年1月14日)は、日本の編集者・グラフィックデザイナー・ジャーナリスト・コピーライター。生活雑誌『暮しの手帖』の創刊者。 1911年、兵庫県神戸市に6人兄弟の長男として生まれる。父親の花森恒三郎は裕福な薬種商であったが、競馬や株などで財を無くし、安治が8歳のときには火事で家が全焼したため長屋暮らしとなった。安治は幼い頃より画才に優れ、神戸市立雲中小学校の同級には田宮虎彦がいた。旧制兵庫県立第三神戸中学校では活動写真部と弁論部に入り、1年浪人して旧制松江高等学校に進む。旧制高校時代、田所太郎らと校友会雑誌(第20号:1932年12月が花森の責任編集号)の編集に参加したことが編集者としての出発点になったと語る。
宮崎 辰雄(みやざき たつお、1911年〈明治44年〉9月3… 宮崎 辰雄(みやざき たつお、1911年〈明治44年〉9月3日 - 2000年〈平成12年〉2月22日)は、日本の政治家。位階は正四位。勲等は勲一等。 神戸市長(第13代)、神戸市山岳連盟会長などを歴任した。 旧制神戸三中(現:兵庫県立長田高等学校)を経て、旧制姫路高校に入学するも、河本敏夫退学問題に端を発する全校ストライキに参加し放学処分となる。その後1936年(昭和11年)立命館大学専門部法学科卒業。大学卒業後は神戸市役所入庁。神戸市助役を経て、1969年(昭和44年)から神戸市長を5期20年務めた他、財団法人神戸都市問題研究所の創設者・理事長としても活動した。市長初当選時は自由民主党・日本社会党・公明党・民社党を与党としていたが、1973年の市長選では自民党が支持を撤回、替わって日本共産党が推薦に加わる。
淀川 長治(よどがわ ながはる、1909年〈明治42年〉4月… 淀川 長治(よどがわ ながはる、1909年〈明治42年〉4月10日 - 1998年〈平成10年〉11月11日)は、日本の雑誌編集者、映画解説者、映画評論家。 約32年に渡って務めた『日曜洋画劇場』の解説の締め括りに「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ…」と強調して言う独特の語り口から全国的に有名になり、「ヨドチョーさん」「ヨドさん」「サヨナラおじさん」等と呼ばれる程に多くの視聴者に親しまれてきた。 兵庫県神戸市(兵庫区)西柳原町にて芸者置屋の跡取り息子として父・又七、母・りゅうのもとに生まれる。実母は、父の本妻の姪にあたった。長く病身で、自分に子ができないことを悔いた本妻が、妾として姪を夫に推薦したのだった。
東 克哉 は、日本の政治家、理学療法士。衆議院議員(1期)を… 東 克哉 は、日本の政治家、理学療法士。衆議院議員(1期)を務めた。
森田 季節 は日本の男性小説家、ライトノベル作家。兵庫県神戸… 森田 季節 は日本の男性小説家、ライトノベル作家。兵庫県神戸市出身。
坂本 剛史(さかもと つよし、3月8日 - )は、福井テレビ… 坂本 剛史(さかもと つよし、3月8日 - )は、福井テレビ (FTB) の元アナウンサー。 兵庫県神戸市出身。兵庫県立長田高等学校、岡山大学医学部卒業。専攻は放射線技術科学で、診療放射線技師免許を取得している。 大学を卒業後、2009年4月に福井テレビに入社。2024年2月末で他部署に異動。
どくさいスイッチ企画(どくさいスイッチきかく)は、日本のピン… どくさいスイッチ企画(どくさいスイッチきかく)は、日本のピン芸人、アマチュア落語家、落語作家である青山 知弘(あおやま ともひろ、1987年9月8日 - )によるソロユニット。R-1グランプリ2024ファイナリスト。 ユニット名は1人コント時の名前であり、芸名としても使用している。活動によって名前を使い分けており、落語で活動する時は銀杏亭 魚折(いちょうてい うぉーりー)の高座名、大喜利プレイヤーとして活動する時はウォーリーの名前を用いている。ほか、ラジオネームはパイロットランプ、ショートショートを投稿していたカクヨムやショートショートガーデンでは佐賀砂 有信(さがすな ありのぶ)という名前になっており、DJ活動時にはDJ寝床(DJねどこ)を名乗ったことがある。