スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
松山 僚佑(まつやま りょうすけ、1983年5月13日 -)… 松山 僚佑(まつやま りょうすけ、1983年5月13日 -)は日本の起業家・実業家・プロ経営者・機関投資家。山口県下関市出身。 福岡大学在学中にステージIVのリンパ芽急性リンパ腫(血液病理学上、急性リンパ性白血病)に罹患。さらに同時期にサブプライムショックも重なったこともあり、2年間の闘病・リハビリを経て社会貢献のために社会性・公共性の高い社会福祉金融機関である九州労働金庫に入庫。その後、師事していた大野尚の勧めもあり、百貨店・大型モール・豪華大型クルーズ船等を中心に化粧品・美容機器を販売する事業会社(株式会社M’s MORE)を立ち上げ、代表取締役に就任。2019年上場企業へ売却。 代表取締役退任後、民間ファンドであるNSSK(日本産業推進機構)のオファーのもと、北海道リーディングブライダル企業の創和プロジェクト株式会社へCFO・CIO兼執行役員として就任。
野口 伸(のぐち のぼる、1961年7月17日 - ) は、… 野口 伸(のぐち のぼる、1961年7月17日 - ) は、日本の農業工学者。北海道大学大学院農学研究院研究院長・教授。日本学術会議連携会員、日本生物環境工学会理事長。専門は農業情報工学、農業ロボット工学。食料生産システムのロボット化やICTに関わる研究に取り組んでいる。 北海道三笠市生まれ。山口県下関市で育ち、山口県立豊浦高等学校を卒業後、「生まれ故郷で農業の勉強をしたい」と思い、北海道大学農学部に入学。1990年北海道大学大学院農学研究科農業工学専攻博士課程修了後、北海道大学農学部助手に採用される。1997年同大学大学院農学研究科助教授、2004年教授に就任する。2016年10月から2019年3月まで内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第1期「次世代農林水産業創造技術」プログラムディレクターを務めた。
竹本 孝弘(たけもと たかひろ、1960年 - )は、日本の… 竹本 孝弘(たけもと たかひろ、1960年 - )は、日本の海事科学者。山口県下関市出身。山口県立豊浦高等学校、東京商船大学乗船実習科(航海)修了。東京商船大学助手、運輸省航海訓練所教授、船長を経て、2009年から東京海洋大学海洋工学部海事システム工学科教授。博士(海事科学)(ヒューマンエラーの特徴に基づく衝突海難防止に関する研究:神戸大学)。日本航海学会理事。
池田 啓(いけだ ひろし、1950年 - 2010年4月13… 池田 啓(いけだ ひろし、1950年 - 2010年4月13日)は、日本の動物学者。日本のコウノトリの野生復帰事業を推進した。 山口県下関市出身。1968年山口県立豊浦高等学校卒業、1973年九州大学理学部生物学科卒業、1979年九州大学大学院理学研究科博士課程修了。理学博士。文化庁文化財調査官(天然記念物担当)を経て、1999年兵庫県立大学教授、兵庫県立コウノトリの郷公園研究部長を務める。 ホンドダヌキの社会性の研究で学位を取得。その後、文化財調査官としてコウノトリの研究を始め、兵庫県立コウノトリの郷公園の責任者として2005年に始まった試験放鳥を軌道に乗せるなど、コウノトリの野生復帰事業を推進した。
門屋 光昭(かどや みつあき、1946年5月13日 - 20… 門屋 光昭(かどや みつあき、1946年5月13日 - 2007年12月5日)は、日本の民俗学者。山口県下関市出身。山口県立豊浦高等学校、國學院大学文学研究科修士課程修了。宗教民俗学、民俗芸能史、東北文学専攻。岩手県立高校教諭(国語)、岩手県立博物館学芸員を経て、盛岡大学文学部助教授、教授、名誉教授。2001年から2005年まで文学部長。北上市鬼の館館長も務めた。2007年、膵臓癌のため死去。
海原 徹(うみはら とおる、1936年3月26日 -2025… 海原 徹(うみはら とおる、1936年3月26日 -2025年2月6日 )は、日本の教育学者・歴史学者。教育学博士(京都大学・論文博士・1973年)。元京都学園大学学長、京都大学名誉教授。専門は日本教育史特に江戸時代から近代にかけての教育、吉田松陰や松下村塾などについて研究。
向井 輝美(むかい てるみ、1929年9月19日 - 199… 向井 輝美(むかい てるみ、1929年9月19日 - 1990年4月20日)は、日本の遺伝学者。 山口県出身。山口県立豊浦高等学校、京都大学農学部卒業。1964年理学博士(東京都立大学 (1949-2011))「キイロショウジョウバエにおける自然集団の遺伝的構成 : 生存力を支配するポリジーンの突然変異率」。国立遺伝学研究所研究員、ノースカロライナ州立大学教授などを経て、1975年九州大学理学部教授。 ショウジョウバエ自然集団の遺伝学的構造の研究で、1966年日本遺伝学会賞、1990年日本学士院エジンバラ公賞受賞。
中島 正信(なかしま しょうしん、1902年(明治35年)2… 中島 正信(なかしま しょうしん、1902年(明治35年)2月12日 - 1973年(昭和48年)7月25日)は、早稲田大学名誉教授、早稲田精神昻揚会会長、早稲田船上大学研究会会長、早稲田大学新聞会会長。専攻は商業英語、国際経済論、世界経済論。 1902年2月12日、山口県豊浦郡神玉村に生まれる。 山口県立豊浦中学校、早稲田大学第一高等学院文科を経て、1923年4月に早稲田大学商学部に入学する。1926年3月に卒業後、東京材木輸入協会に入り、貿易実務に従事する。 1930年4月から早稲田大学商学部助手となり、同年7月からアメリカ合衆国のコロンビア大学へ留学する。 1937年4月から早稲田大学専門部商科教授、1941年4月早稲田大学商学部教授となる。
町野 碩夫(まちの せきお、1899年10月15日 - 19… 町野 碩夫(まちの せきお、1899年10月15日 - 1971年2月6日)は、日本の産婦人科学者、鹿児島大学長。 山口県下関市豊田町大河内百合野出身。三豊小学校、旧制豊浦中学校、山口高等学校を経て九州帝国大学医学部卒業。1934年九州大学医学博士。論文の題は「子宮筋腫に対する硬レ線作用の臨床的並に組織化学的研究」 九州帝国大学助教授、鹿児島県立病院産婦人科部長を経て、1943年鹿児島医専教授。県立鹿児島医科大学創立と同大の国立移管につくした。1951年-55年県立鹿児島医科大学学長・医学部長。1968年-1969年鹿児島大学長。正心女子短期大学学長も務めた。
田岡 良一(たおか りょういち、1898年3月28日 - 1… 田岡 良一(たおか りょういち、1898年3月28日 - 1985年5月29日)は、日本の法学者。位階は正三位。専門は国際法。学位は、法学博士(京都帝国大学・1940年)(学位論文「空襲と国際法」)。京都大学名誉教授。高知県生まれ。 田岡嶺雲(思想家)は父。田岡俊次(ジャーナリスト)は三男。田岡久雄(国際ロータリー広報担当コーディネーター)は長男。
青木 正児(あおき まさる、旧字体: 靑木 正兒、1887年… 青木 正児(あおき まさる、旧字体: 靑木 正兒、1887年(明治20年)2月14日 - 1964年(昭和39年)12月2日)は、大正から昭和中期の中国学者・中国文学者。日本学士院会員。山口県下関市出身。字は「君雅」。号に「迷陽」があり、「迷陽先生」とも呼ばれた。 年譜は『青木正児全集』最終10巻末ほかに収録されている。 1887年(明治20年)2月14日、山口県下関市で漢方医・青木坦平の次男として生まれた。父・坦平には支那趣味があり、南画家を自宅に招いたり、妻や娘に琵琶など中国の楽器を習わせるなどしており、青木正児も幼少期より文学や美術を好んだ。1905年、山口県立豊浦中学校を卒業し、同年9月に第五高等学校第一部(現:熊本大学)に入学。
松山 基範(まつやま もとのり、1884年10月25日 - … 松山 基範(まつやま もとのり、1884年10月25日 - 1958年1月27日)は、日本の地球物理学者・古地磁気学者。山口大学初代学長。能楽師。京都大学名誉教授。理学博士(1918年)取得。1929年に世界で初めて「地球の磁場逆転現象」説を提唱したことで知られ、258万~77万年前の逆磁極期は「松山逆磁極期」と名付けられている。 大分県宇佐郡駅館村大字上田(駅川町を経て現宇佐市)の曹洞宗の寺院雲栖寺の住職であった墨江天外と末原コウの間に出生。当時は、僧職の妻帯は認められていなかったため母の姓を名乗り、1896年に父が山口県豊浦郡清末村(現下関市)の高林寺の住持になると、姓を父方に改めた。少年期を過ごし両親の墓も存在する同地には現在顕彰碑が建てられている。
吉田 増蔵(よしだ ますぞう、1866年12月29日〈慶応2… 吉田 増蔵(よしだ ますぞう、1866年12月29日〈慶応2年11月23日〉 - 1941年〈昭和16年〉12月19日)は明治~昭和時代の漢学者。昭和の元号の考案者である。号は「学軒」。 1866年(慶応2年)、福岡県京都郡勝山町(現:みやこ町勝山)で生まれた。村上仏山(村上彦左衛門)の漢学塾・水哉園で学び、漢詩文に抜群の才能を示した。京都帝国大学に入学して支那哲学を専攻。卒業後、英語を学ぶためにアメリカに渡った。 帰国後は、更に漢学・漢詩研鑽に力を注ぎ、奈良女子高等師範学校(現奈良女子大学)、山口県立豊浦中学校(現豊浦高等学校)で教職に就いた。奈良時代に、宮内省帝室博物館が管理する正倉院に出張してきた帝室博物館総長兼図書頭の文豪・森鷗外と知り合う。
木村 男也 は、日本の病理学者。
福士 政一 は、日本の病理学者。
山岡 憲二 は、日本の医学者。専門分野は内科学。福岡県出身。… 山岡 憲二 は、日本の医学者。専門分野は内科学。福岡県出身。1928年九州帝国大学医学部卒業。1944年九州帝国大学助教授、1945年岡山大学教授、1956年九州大学医学部第一内科教授。「血色素並びに胆汁色素の研究」で、1965年学士院賞受賞。1966年名誉教授。1973年日本学士院会員。1987年に死去。84歳。