スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
暁 玲華(あかつき れいか、1969年 - )は、日本の占い… 暁 玲華(あかつき れいか、1969年 - )は、日本の占い師、風水師、作家。神社やパワースポットに関する著作、雑誌記事がある。 東京都世田谷区[要出典]生まれ、香川県高松市育ち。香川大学教育学部附属高松中学校、香川県立高松高等学校、千葉大学工学部建築学科卒業。玉木雄一郎は高校の同級生。 大学卒業後は鹿島建設に入社。退社後、風水や神社研究の傍ら神社本庁神職資格を取得。2002年4月から1年間東京大学大学院新領域創成科学研究科の非常勤研究職員を務める。全国の神社を巡るうちに見えない力の偉大さを痛感し、大地の霊気や人の魂の光の大切さを伝えようと「暁玲華」として活動を開始。現在は主に弓前文書の「神文」の研究家として活動している。
川本 晶子(かわもと あきこ、1962年7月5日 - )は、… 川本 晶子(かわもと あきこ、1962年7月5日 - )は、日本の小説家。 香川県高松市出身。香川県立高松高等学校を卒業する。高校卒業後、上京する。演劇活動に携わるフリーライターを経る。 2005年、「刺繍」で第21回太宰治賞を受賞する(同時受賞は、津村記久子「マンイーター」)。趣味はアイスホッケーとカート。
高城 修三(たき しゅうぞう、1947年10月4日 - )は… 高城 修三(たき しゅうぞう、1947年10月4日 - )は、香川県高松市出身の作家。本名は若狭雅信。 香川大学学芸学部附属高松中学校、香川県立高松高等学校、京都大学文学部言語学科卒業。京都の出版社に勤務。 1977年、「榧の木祭り」で新潮新人賞を受賞、同作で同年下半期(1978年1月)芥川賞を受賞。当時は山科区で学習塾経営をしていた。 芥川賞受賞後は小説を書く機会は減り、京都に関するエッセイや古代史関連の著作が中心になっている。連歌会の宗匠としても活動する。
平尾 圭吾(ひらお けいご、1933年 - 2011年1月1… 平尾 圭吾(ひらお けいご、1933年 - 2011年1月12日)は、日本の映画評論家、作家、翻訳家、エッセイスト。 香川県生まれ。香川県立高松高等学校を経て、慶應義塾大学文学部を卒業後、大映に入社。7年間のアメリカ大映総支配人、のち映画評論やプロ野球、競馬エッセイなどを書くほか翻訳を多く行う。
咲村 観(さきむら かん、1930年1月1日 - 1988年… 咲村 観(さきむら かん、1930年1月1日 - 1988年4月24日)は、日本の小説家。 香川県高松市出身。 旧制高松中学、海軍兵学校、旧制高松中学、旧制六高を経て、東京大学法学部を卒業後、住友倉庫に入社し、1976年に退社。1977年に企業小説「左遷」を発表し、中間管理職の哀歓を描いて話題となる。サラリーマン小説を多く書き、のち歴史小説も書いた。1988年に58歳で他界。
徳永真一郎(とくなが しんいちろう、1914年6月1日 - … 徳永真一郎(とくなが しんいちろう、1914年6月1日 - 2001年12月5日)は、歴史小説家。元毎日新聞編集局参与。本名は德永眞一。地域的には主に近江を舞台に、時代的には戦国時代および幕末を舞台に、歴史上の人物を描写した作品を発表し続けた。 香川県綾歌郡飯山町(現在の丸亀市)に生まれる。旧制高松中学校(現、香川県立高松高等学校)を卒業。 1940年に毎日新聞社入社。毎日新聞社鳥取支局長、大津支局長、学生新聞編集部長などの職を歴任した。学生新聞編集部に在籍中に連載した「少年三国志」が東映から映画化された。 1964年(昭和39年)に吉川英治賞を受賞。1969年(昭和44年)に55歳で退職。1971年(昭和46年)から1975年(昭和50年)までの4年をびわ湖放送局で常務の職にあった。
十返 肇(とがえり はじめ、1914年〈大正3年〉3月25日… 十返 肇(とがえり はじめ、1914年〈大正3年〉3月25日 - 1963年〈昭和38年〉8月28日)は、香川県出身の作家、文芸評論家、編集者。 本名は十返 一(とがえり はじめ)。筆名=大方宗多(オオカタ ソウダ)。 高松市生まれ。料亭・淀川楼の長男に生まれる。 旧制高松中学校を経て、1935年(昭和10年)日本大学芸術科卒業。在学中から中河与一主宰「翰林」の同人となり、文芸時評を連載。東京市麹町区土手三番町に下宿していたとき、近所の吉行エイスケに師事。 森永製菓宣伝部に勤務。後に、第一書房に入社して「新文化」(「セルパン」改題) 編集長。 戦後、丹羽文雄に勧められて十返肇という筆名を名乗る。
山田 克郎(やまだ かつろう、1910年11月5日 - 19… 山田 克郎(やまだ かつろう、1910年11月5日 - 1983年4月26日)は、日本の小説家。 朝鮮・釜山生まれ(石川県金沢市とするものもある)。本名・克朗。 旧制中学3年のときに父の故郷である香川県香川郡香西町(現・高松市香西南町)に移り、高松中学校に転入する。 1936年、早稲田大学商学部卒。 1937年、処女作「燈台視察船」を『オール讀物』に発表。 1941年、最初の単行本『翼の饗宴』を上梓、以後、旺盛な作家活動を戦中、戦後と続ける。 海洋もの作家として活躍し、戦後、1949年に「海の廃園」(『文藝読物』発表)で直木賞受賞。 日本テレビ放送網でテレビドラマ化された『快傑ハリマオ(原作名『魔の城』)』の原作者として知られる。
三上秀吉(みかみ ひできち、1893年6月1日 - 1970… 三上秀吉(みかみ ひできち、1893年6月1日 - 1970年10月2日)は、日本の作家。和歌山県生まれ。旧姓・龍田、結婚して三上姓となる。香川県立高松中学校卒。『婦人之友』編集長ののち志賀直哉に師事。娘の三上慶子も作家で、戦時中熊本県球磨郡に家族で疎開、1951年慶子とともに西日本新聞文化賞を受賞。
前田 伍健(まえだ ごけん、1889年1月5日 - 1960… 前田 伍健(まえだ ごけん、1889年1月5日 - 1960年2月11日)は香川県高松市出身の川柳作家である。本名は久太郎。 父は画家の前田北水。ペンネームの由来は五剣山から始まり、五剣、五健を経て、伍健となる。 地元の旧制高松中学校(現・香川県立高松高等学校)を卒業後、愛媛県松山市に出て、現在の伊予鉄道に入社した。在勤中は東京の窪田而笑子(1867年〜1928年)の弟子となり、「媛傘」「番傘」など津々浦々の川柳雑誌の客員として活躍した。 絵は父である北水から始まり、堂本印象、近藤浩一路の指導を受けた後、村上霽月(1869年〜1946年)と出会い、川柳作家として普及活動を行った。愛媛県川柳文化連盟の初代会長となる。
菊池 寛(きくち かん、旧字体: 菊池 寬、1888年〈明治… 菊池 寛(きくち かん、旧字体: 菊池 寬、1888年〈明治21年〉12月26日 - 1948年〈昭和23年〉3月6日)は、日本の小説家、劇作家、ジャーナリスト。本名の読みは「きくち ひろし」。実業家としても文藝春秋社を興し、芥川賞、直木賞、菊池寛賞の創設に携わった。帝国芸術院会員。 生家は高松藩の儒学者の家柄。幼少期より旺盛な読書家であった。京大英文科卒。芥川龍之介などの『新思潮』に参加。 著作に『屋上の狂人』(1916年)、『父帰る』(1917年)などの戯曲のほか、『忠直卿行状記』(1918年)、『藤十郎の恋』(1919年)(のち脚色)などの小説がある。人生観や思想を基盤とした明快な主題を打ち出した、いわゆるテーマ小説が特徴である。