スポーツ選手、俳優、学者、実業家、芸能人など各界で活躍する人物情報に加え、外の言語(多言語)で紹介されている内容や、その人物にゆかりのある地の観光資源データを集めました。
滝田 文彦(たきた ふみひこ、1930年3月1日 - 199… 滝田 文彦(たきた ふみひこ、1930年3月1日 - 1996年11月11日)は、日本のフランス文学者・翻訳家。東京大学名誉教授。 東京出身。父は実業家の瀧田英二、母は元女優の花柳はるみ。第八高等学校、東京大学文学部仏文科卒、同大学院に学び、1957年東京大学教養学部講師、助教授、教授、1990年、定年退官、名誉教授。現代フランス文学を中心に多くの翻訳をした。妹は瀧田あゆち。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
藤本 淳雄(ふじもと あつお、1929年2月22日 - 20… 藤本 淳雄(ふじもと あつお、1929年2月22日 - 2021年8月10日)は、日本のドイツ・オーストリア文学者、翻訳家。東京大学名誉教授。 愛知県名古屋市出身。第八高等学校から、1951年東京大学独文科卒、東京大学大学院研究奨励学生前期修了。1961年東京大学教養学部講師、助教授、教授、1989年定年退官、成城大学教授、1999年退職。 2021年8月10日、心不全・腎不全のため死去。92歳没。死没日をもって従四位に叙され、瑞宝中綬章を追贈される。
早崎 守俊(はやさき もりとし、1926年4月13日 - 2… 早崎 守俊(はやさき もりとし、1926年4月13日 - 2023年11月7日)は、日本のドイツ文学者、名古屋大学名誉教授。 大阪府生まれ。本籍・石川県。本名・早﨑良久。1948年第八高等学校理科甲類卒、1952年東京大学文学部独乙文学科卒。同志社大学助教授、名古屋大学教養部助教授、同教授、語学センター教授、同センター長事務代理、総合言語センター教授、1990年定年退官、名誉教授。愛知工業大学客員教授。妻の早﨑ふき子(1929-2020)は、『カフカの椅子』(角川書店 2006)等の歌集および『美の四重奏』(春日井建論、山中智恵子論、馬場あき子論、塚本邦雄論)(雁書館 1993)等の作家論集を著わした歌人で、2008年梨郷賞(中部日本歌人会大賞)受賞。
金子 武雄(かねこ たけお、1906年〈明治39年〉5月10… 金子 武雄(かねこ たけお、1906年〈明治39年〉5月10日 - 1985年〈昭和58年〉3月24日)は、国文学者。 新潟県生まれ。旧姓・伊野宮。第八高等学校卒、1933年東京帝国大学文学部国文科卒。 1905年生まれの金子武雄とは同姓同名の別人であるが、生没年ともに極めて近く、研究した専攻分野は異なるものの近いため一般書などでは同じ分野のものも多く、国会図書館の書誌データベースの著者の情報では混同されていた、という話が以前よりあり、現在も混同されたままである。
山崎 敏夫(やまざき としお、1901年〈明治34年〉7月3… 山崎 敏夫(やまざき としお、1901年〈明治34年〉7月30日 - 1978年〈昭和53年〉4月3日)は、日本の歌人・国文学者。愛知県立大学元学長、同大名誉教授。位階は従三位。勲二等瑞宝章受章。 東京出身。第八高等学校卒、1926年京都帝国大学文学部国文科卒。八高時代石井直三郎に師事し、歌誌「青樹」を経て「水甕」(尾上柴舟)所属。愛知県立第一高等女学校(愛知県立明和高等学校の前身の一つ)校長などを経て、愛知県立女子大学教授、1964年学長、1966年愛知県立大学学長を務めた。1969年定年退官、名誉教授となり、椙山女学園大学短期大学部教授を務め、1977年退職。1972年勲二等瑞宝章受章。1978年死去。
吉田 賢抗(よしだ けんこう、1900年〈明治33年〉5月1… 吉田 賢抗(よしだ けんこう、1900年〈明治33年〉5月10日 - 1995年〈平成7年〉4月28日)は、日本の漢文学者。学位は、文学博士(東洋大学・論文博士・1961年)(学位論文「北宋における心性論の研究 契嵩と王安石を中心として」)。東北大学名誉教授。 愛知県名古屋市生まれ。第八高等学校卒、東京帝国大学文学部支那哲学科卒。 松本高等学校教授、第二高等学校教授、戦後東北大学教養部教授、1961年「北宋における心性論の研究 契嵩と王安石を中心として」で東洋大学文学博士。 1964年東北大を定年退官、名誉教授、東北工業大学教授、名誉教授、桜美林大学教授。
松浦 嘉一(まつうら かいち、1891年(明治24年)9月1… 松浦 嘉一(まつうら かいち、1891年(明治24年)9月1日 - 1967年(昭和42年)8月7日)は、英文学者。 1891年、愛知県名古屋市で生まれた。第八高等学校を経て、東京帝国大学英文科に進学。大学では、夏目漱石門下として学んだ。1916年に東京帝国大学を卒業。 1920年、法政大学予科教授となった。1925年に東京高等学校教授となり、続いて第一高等学校教授となった。 1946年、学位論文『ダンの修辞的映像に現れたる彼の世界観及び将来の英帝国に対して彼の抱きたる幻想』を東京帝国大学に提出して文学博士号を取得。1949年、東京大学教養学部教授に就いた。1951年からはお茶の水女子大学教授として教鞭をとり、1956年に定年退職した。
平林 治徳(ひらばやし はるのり、1889年1月21日 - … 平林 治徳(ひらばやし はるのり、1889年1月21日 - 1959年12月2日)は、国文学者。 愛知県出身。旧姓・佐藤。東京帝国大学国文科卒。第八高等学校教授、女子学習院教授、学習院教授、1924年大阪府女子専門学校教授、28年校長。戦後1949年学制改革で大阪女子大学学長。校長時代、生徒が谷崎潤一郎の手伝いをした関係もあり谷崎と親しかった。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
鼓 常良(つづみ つねよし、1887年 - 1981年)は、… 鼓 常良(つづみ つねよし、1887年 - 1981年)は、日本の独文学者。 1987年、広島県で生まれた。東京帝国大学独文科で学び、1912年に卒業。 卒業後は教員となり、第八高等学校教授。戦後は大阪市立大学教授、後に大阪電気通信大学教授をつとめた。1962年、京都・桂に幼児教育研究所を設立し、その付属「月見が丘子どもの家」(横浜梶山モンテッソーリスクールの前身)で敗戦後最初のモンテッソーリ教育実践を始めた。 専門はドイツ文学で、美学、文芸学を研究。戦前はナチス文学の影響を受け、日本での宣伝に組した。晩年はモンテッソーリの教育学の翻訳をてがけ、自らも生活教育法(モンテッソーリ教育実践の秘訣)を著した。
石田元季(いしだ もとすえ、1877年5月17日-1943年… 石田元季(いしだ もとすえ、1877年5月17日-1943年1月9日)は、日本の国文学者。 京都出身。号は春風。平安義黌卒。愛知医科大学教授、第八高等学校(現・名古屋大学)講師。研究誌「紙魚(しみ)」を主宰する。 尾張地方の文人や芸能人を研究し、1940年「俳文学考説」で帝国学士院賞を受賞。 1930年「名古屋市行進歌」を作詞(作曲:信時潔)。 死後、蔵書のほとんどは天理図書館に入ったが、一部の手沢本は愛知県立大学図書館に収められた。