木村 興治(きむら こうじ、1940年12月11日 -)は、… 木村 興治(きむら こうじ、1940年12月11日 -)は、日本の元卓球選手。現役時代は日本代表として世界卓球選手権で金メダル4個を含む計9個のメダルを獲得し、日本卓球界の黄金期を支える選手の一人として活躍した。国際卓球連盟世界ランキング最高位は4位。段級位は9段。元日本卓球協会副会長。 秋田県秋田市生まれ。秋田県立秋田高等学校を経て、早稲田大学法学部卒業。1961年度、北京 (中国) で行われた世界卓球選手権では星野展弥と出場した男子ダブルス準決勝で荘則棟 / 李富荣(英語版)組 (中国) に3-1で勝利。決勝でもゾルターン・ベルシック(英語版) / フェレンツ・シド組 (ハンガリー) を3-1で下し金メダル。
富井 一(とみい はじめ、1940年〈昭和15年〉12月11… 富井 一(とみい はじめ、1940年〈昭和15年〉12月11日 - )は、日本のアルペンスキーヤー。日本楽器に所属。1964年冬季オリンピックに滑降、回転および大回転の3種目で出場した。 この項目は、スキーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:スポーツ/Portal:スポーツ)。
福村 三男(ふくむら みつお、1940年〈昭和15年〉12月… 福村 三男(ふくむら みつお、1940年〈昭和15年〉12月10日 - 2023年〈令和5年〉3月15日)は、日本の政治家。元熊本県菊池市長(3期)。位階は正五位。旭日小綬章受章。 熊本県出身。熊本短期大学卒業。卒業後は肥後農販に入社し、その後、同社の取締役となる。のちに熊本設備を設立、同社の社長に就任。この間、熊本県議会議員に当選し、議員を3期務める。 1993年と1997年の菊池市長選挙に続けて立候補するが、落選する。2001年の市長選挙に立候補し、現職を破って当選する。2005年菊池市は菊池郡七城町・旭志村・泗水町と合併し、新たな菊池市が発足。合併後の市長選挙に立候補し、元市長らを破って当選した。
石渡 清元(いしわた きよはる、1940年12月9日 - 2… 石渡 清元(いしわた きよはる、1940年12月9日 - 2014年1月20日)は、日本の政治家。元参議院議員(2期)。位階は従四位。 横浜市南区生まれ。小学校卒業後、栄光学園中学・高校で学ぶ。1963年、慶應義塾大学商学部を卒業し、病院に入職、その後理事長となる。1971年の統一地方選挙で横浜市南区選出県議に当選。1985年に県議会議長に就任。1987年の県議選5度目の当選を果たす。 1988年11月12日、自民党神奈川県連は、翌年の第15回参議院議員通常選挙神奈川県選挙区(改選数2)の候補者に関し第4回選考委員会を開き、党公認候補に石渡を選んだ。同選挙区は改選期を迎えた杉元恒雄が病気療養のため立候補を辞退。
朝堂院 大覚(ちょうどういん だいかく、本名:松浦 良右、1… 朝堂院 大覚(ちょうどういん だいかく、本名:松浦 良右、1940年〈昭和15年〉12月9日 - )は、日本の男性実業家。YouTuber。同志社大学法学部卒業。大阪府大阪市出身。 朝堂院大覚を名乗るようになったのは、1996年からであり、それまでは松浦良右という本名で活動していた。 大阪府大阪市出身。同志社香里高等学校卒業、同志社大学法学部卒業。大学を卒業後に浪速冷凍機工業(後のナミレイ)へ入社し、後に同社の会長に就任。しかし、1982年(昭和57年)に空調大手の高砂熱学工業に対して業務提携などを強要したという容疑で逮捕され懲役2年執行猶予4年の判決を受けた。 2013年〈平成25年〉に自身のYouTubeチャンネル「JRPtelevision」を開設し、YouTuberとして活動を開始した。
石川 統(いしかわ はじめ、1940年12月8日 - 200… 石川 統(いしかわ はじめ、1940年12月8日 - 2005年11月22日)は、日本の分子生物学者。理学博士。東京大学名誉教授。東京都出身。 東京大学理学部卒業、東京大学大学院理学系研究科後期博士課程修了。学位論文は「動物組織におけるニコチンアミド・ヌクレオチド含量及びその変動要因に関する研究」。学位取得後、ポストドクターとしてアメリカ合衆国オレゴン州立大学に留学し、リボソームRNAの構造研究を始める。 専門は分子生物学。石川の最大の業績は、アブラムシの細胞内細菌に関する研究でブフネラという大腸菌近縁の共生細菌が単一タンパク質分子種のみを多量生産していることを発見しこのタンパク質をシンビオニンと命名した。
中村 梧郎(なかむら ごろう、1940年12月8日 - )は… 中村 梧郎(なかむら ごろう、1940年12月8日 - )は、日本の報道写真家。敬愛大学・環境情報研究所客員研究員、現代写真研究所副所長、日本写真家協会会員。日本リアリズム写真集団代表理事。「九条の会」傘下の「マスコミ九条の会」呼びかけ人を務めている。 長野県岡谷市生まれ。長野県諏訪清陵高等学校卒業、中央大学工学部中退。 1970年以降のベトナム戦争の取材を通じて、枯葉剤による人体・環境被害を伝える作品を発表。土門拳らの推挙により、1976年の第1回JRP公募展「視点」大賞受賞を皮切りに、第8回伊奈信男賞など数々の賞を受賞。「母は枯葉剤を浴びた」(新潮文庫)は20年間に27万部余のロングセラーとなった。
天水山 正則(てんすいやま まさのり、1940年12月8日 … 天水山 正則(てんすいやま まさのり、1940年12月8日 - 没年不明)は、熊本県玉名郡天水町(現・同県玉名市)出身で伊勢ヶ濱部屋(入門時は荒磯部屋)に所属した大相撲力士。本名は池田 正則(いけだ まさのり)。最高位は西前頭10枚目(1965年7月場所、1967年7月場所)。現役時代の体格は176cm、133kg。得意手は左四つ、寄り、押し。 中学校を卒業後、上京し、元横綱・照國が開いた荒磯部屋(のち、伊勢ヶ濱部屋に改称)へ入門。1956年5月場所で初土俵を踏んだ。同期の初土俵組には、後の関脇・海乃山や前頭筆頭の大雄などがいる。 同年9月、故郷の地名に因んだ「天水山」の四股名で序ノ口に付いた(その後、本名の「池田」に改名した時期もあったが、すぐに元の「天水山」へ戻している)。
露木 茂(つゆき しげる、1940年〈昭和15年〉12月6日… 露木 茂(つゆき しげる、1940年〈昭和15年〉12月6日 - )は、日本のフリーアナウンサー。 元フジテレビのエグゼクティブアナウンサー。東京国際大学特命教授・客員教授。日本記者クラブ企画委員。 TBSスパークル(旧キャスト・プラス)所属。妻は早稲田大学時代の同級生で同じ放送研究会に所属していた元NETテレビ(現在:テレビ朝日)アナウンサーの軽部和子。 東京府東京市麹町区(現在:東京都千代田区)出身。千代田区立麹町小学校、千代田区立麹町中学校、早稲田大学高等学院(早大学院)を経て早稲田大学政治経済学部経済学科に入学。高校・大学時代はボート部、大学途中でアナウンス研究会に所属(当時の会友には大沢悠里、鈴木史朗、枇杷阪明、石川顕らがいた)する。
竹内 謙(たけうち けん、1940年(昭和15年)12月6日… 竹内 謙(たけうち けん、1940年(昭和15年)12月6日 - 2014年(平成26年)4月2日)は、日本の政治家、ジャーナリスト。神奈川県鎌倉市長(2期)。 祖父・竹内金太郎は尾崎秀実、阿部定らの弁護にあたった刑事弁護士。 東京府東京市本郷区(現・東京都文京区本郷)生まれ。竹内誠・彗子の四男。第二次世界大戦中は夏季を神奈川県鎌倉市で過ごし、戦後はそのまま鎌倉市に定住する。神奈川県立湘南高等学校、早稲田大学理工学部土木工学科卒業。早稲田大学大学院理工学研究科修士課程(都市計画専攻)修了。1967年、朝日新聞社に入社。(同期は熊本朝日放送元会長の門垣逸夫)朝日新聞社では青森支局、山口支局、西部本社社会部での地方勤務を経験した後、東京本社政治部記者、朝日ジャーナル副編集長、調査研究室主任研究員、政治部編集委員(地球環境問題担当)等を務める。
遠藤 安彦(えんどう やすひこ、1940年12月6日 - )… 遠藤 安彦(えんどう やすひこ、1940年12月6日 - )は、日本の官僚。元自治事務次官。地域創造元会長。 1959年、静岡県立静岡高等学校卒業。東京大学法学部卒業。 大分県総務部次長、同県商工労働部長、同県総務部長、財政局交付税課長、財政局地方債課長、財政局財政課長、大臣官房審議官(税務担当)、大臣官房総務審議官、大臣官房長、財政局長などを務める。 1996年9月、自治事務次官。1998年2月、地域創造理事長。財団法人日本宝くじ協会理事長、(株)日本宝くじシステム代表取締役、財団法人地方財務協会理事長、2002年FIFAワールドカップ日本組織委員会事務総長を務めた。2016年、日本AED財団理事。
青山 久(あおやま ひさし、1940年12月6日 - )は、… 青山 久(あおやま ひさし、1940年12月6日 - )は、日本の医師、形成外科医、医学博士、愛知医科大学名誉教授。 専門は、熱傷、レーザー治療。特に乳幼児を中心とするアザのレーザー治療に関しては、難度の高い症例への対応、手術数、治療成績ともに豊富な実績があり、現在でも愛知医科大学形成外科の重点項目となっている。また、モンゴル国との交流にも尽力し、オユンナ基金に集まった義捐金をもとに、1997年4月に女児、1998年10月には男児の巨大血管腫に対して、当時最新型のレーザー機器にて治療にあたった。その際、モンゴルから医師のハンドスーレンが来日している[出典無効]。 日本形成外科学会理事、日本熱傷学会理事、日本熱傷学会専務理事、日本褥瘡学会評議員 日本形成外科学会専門医日本熱傷学会専門医
渡辺 修(わたなべ おさむ、1940年12月6日 - )は、… 渡辺 修(わたなべ おさむ、1940年12月6日 - )は、日本の官僚。元通商産業事務次官。元日本貿易振興機構理事長。2024年まで石油資源開発会長(2007年6月25日付で同社副社長、2008年6月25日付で社長。同時に棚橋祐治社長が会長に)。2016年から2020年まで石油鉱業連盟会長を務めた。ニックネームはナベシュウ。 愛媛県新居浜市出身。香川県立高松高等学校から東京大学法学部第2類(公法コース)を経て、1964年に通商産業省入省。同期には細川恒(通商産業審議官)、熊谷弘、中田哲雄、大角恒生(人事院公平局長)、横田捷宏、山口務(九州通産局長、地域振興整備公団副総裁)、高津義典(四国通産局長、香川大学工学部教授)などがいる。
渡辺 修(わたなべ おさむ、1940年12月6日 - )は、… 渡辺 修(わたなべ おさむ、1940年12月6日 - )は、日本の官僚。元通商産業事務次官。元日本貿易振興機構理事長。2007年6月25日付で石油資源開発副社長、2008年6月25日付で社長になった。同様に棚橋祐治も社長から会長になった。ニックネームはナベシュウ。
早川 建二(はやかわ けんじ、1940年12月6日 - )は… 早川 建二(はやかわ けんじ、1940年12月6日 - )は東京都出身のラジオ日本の元アナウンサー。 立教大学経済学部経営学科卒業後、1964年当時のラジオ関東入社。ラジオ日本ジャイアンツナイターなどスポーツ中継を中心に担当。記録・データに詳しく、放送の中でも発揮していた。 鉄道、時刻表、テニスなどに造詣が深く、博識であった。 この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(アナウンサーPJ)。
二木 謙一(ふたき けんいち、 1940年12月5日 - )… 二木 謙一(ふたき けんいち、 1940年12月5日 - )は、日本の歴史学者。國學院大學名誉教授。専門は日本中世史(戦国史)。有職故実研究の第一人者として知られる。また、数々の大河ドラマの考証を手がけた。 1940年、東京都で生まれた。國學院大學文学部史学科で学び、桑田忠親に師事。1963年に卒業し、同大学大学院文学研究科日本史学専攻に進学した。1968年に博士課程を修了。 修了後は、國學院大學文学部助手に採用された。同大学日本文化研究所研究員を経て、國學院大學文学部教授となった。1986年、学位論文『中世武家儀礼の研究』を國學院大學に提出して 文学博士号を取得。1995年、春田宣学長任期満了にともなって学長候補に上がったが、次点にとどまり上田賢治が就任した。
井上 満郎(いのうえ みつお、1940年12月5日 - )は… 井上 満郎(いのうえ みつお、1940年12月5日 - )は、日本の歴史学者。京都産業大学名誉教授。専攻は日本古代史。渡来人・渡来文化や、平安京について文献史料や考古資料を分析し、庶民の生活文化の観点から実像に迫る研究を続ける。 京都市生まれ。京都市立西京高等学校を経て、1964年京都大学文学部史学科卒、1969年同大学院文学研究科博士課程単位取得認定退学。 その後、奈良大学講師、助教授、1978年京都産業大学助教授、教授、2001年同日本文化研究所所長。2004年京都市歴史資料館長。2011年京都産業大学名誉教授。2012年から京都市埋蔵文化財研究所長を務め、2016年より公益財団法人高麗美術館の館長も務める。
柳井 恒夫(やない つねお、1940年12月5日 - )は大… 柳井 恒夫(やない つねお、1940年12月5日 - )は大阪府出身の元NHKのエグゼクティブアナウンサー。
井上 勲(いのうえ いさお、1940年12月5日-2016年… 井上 勲(いのうえ いさお、1940年12月5日-2016年11月14日)は、日本の日本史学者。学習院大学名誉教授。専門は日本近代史。特に幕末の政治史・政治思想史。 1940年、山口県で生まれた。東京大学文学部国史学科で学び、卒業。同大学大学院文学研究科に進み、博士課程を満期退学。 その後は東京大学助手に採用された。1973年、学習院大学文学部史学科助教授に就任。1989年に教授昇格。2011年に学習院大学を退任し、名誉教授となった。2016年に死去。 専門は日本近世史。「一会桑政権」という用語を最初に使い始めた研究者でもある。主要著書の『王政復古』は、幕末政治史研究に多くの論点を提示した。
山下 恒男(やました つねお、1940年12月5日 - )は… 山下 恒男(やました つねお、1940年12月5日 - )は、日本の心理学者。茨城大学名誉教授。専攻は心理学、情報文化論。文学修士。 横浜市生まれ。1964年東京教育大学心理学科卒業、同大学院実験心理学専攻博士課程修了。職業研究所を経て、1975年より茨城大学教育学部に勤務。同助教授、教授を経て、名誉教授。
山岸 宜公(やまぎし よしゆき、1940年12月5日 - 2… 山岸 宜公(やまぎし よしゆき、1940年12月5日 - 2018年2月25日)は、日本のチェロ奏者、指揮者。 この項目は、音楽家(演奏者・作詞家・作曲家・編曲家・バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ:音楽)。
山田 法胤(やまだ ほういん、1940年12月5日 - )は… 山田 法胤(やまだ ほういん、1940年12月5日 - )は、日本の僧侶、法相宗管長・薬師寺管主。岐阜県本巣郡根尾村生まれ。 1956年薬師寺に入山、橋本凝胤に師事。1964年龍谷大学文学部仏教学科卒業、同年厚生省慰霊団団員として、アッツ島ほか戦跡各地を巡拝。1971年薬師寺執事、1990年奈良喜光寺住職、1998年薬師寺執事長、2003年薬師寺副住職、2009年薬師寺管主、法相宗管長。2016年8月より、薬師寺長老。
浜本 孝久(はまもと たかひさ、1940年12月5日- )は… 浜本 孝久(はまもと たかひさ、1940年12月5日- )は、日本の経営者。北海道テレビ放送社長、会長を務めた。北海道旭川市出身。 1964年に早稲田大学法学部を卒業し、同年に朝日広告通信社に入社した。1969年3月に北海道テレビ放送に転じ、1992年6月に取締役に就任し、1996年6月に常務を経て、1999年6月に社長に就任。2005年6月に会長に就任し、2006年6月に取締役相談役を経て、2007年6月には相談役に就任。 2012年11月に旭日小綬章を受章した。
中村 和雄(なかむら かずお、1940年12月4日 - )は… 中村 和雄(なかむら かずお、1940年12月4日 - )は、日本のバスケットボール指導者である。鶴鳴女子高校、共同石油(後のENEOSサンフラワーズ)、浜松・東三河フェニックス(後の三遠ネオフェニックス)などの監督・ヘッドコーチを歴任し、全国優勝に導いた。またバスケットボール女子日本代表、秋田ノーザンハピネッツ、新潟アルビレックスBBのヘッドコーチも務めた。退任後、秋田県体育協会のゼネラル・アドバイザーとして秋田県のスポーツ振興に取り組む。 渋谷センター街バスケットボールストリートの入り口には、中村の座右の銘である「心をこめて」という言葉が刻まれたモニュメントが設置されている。また日本工学院八王子専門学校が主催する高校バスケットボールの大会「KAZU CUP」は、中村の名前を由来としている。
新 克利(あたらし かつとし、1940年〈昭和15年〉12月… 新 克利(あたらし かつとし、1940年〈昭和15年〉12月4日 - )は、日本の俳優・声優。 東京市に鳶職の子として生まれる。 都立三田高校を卒業後、1959年に法政大学法学部に進んだが、2年で中退。 俳優座養成所に13期生として入所し、1964年3月の卒業と同時に団員となる。 1968年、『肝っ玉かあさん』に医師役で初のテレビドラマレギュラー出演を果たして人気を獲得。 石井ふく子プロデュース作品に常連出演し、誠実なイメージの役が多かっただけに、一部週刊誌で長山藍子との不倫スキャンダルが報じられて以降、出演が減った[要出典]。 『必殺仕置屋稼業』の印玄役も当たり役であり、悪人を屋根から突き飛ばす際に悪人が言う「止めて!助けて!」のセリフが流行した。
二瓶 正也(、1940年〈昭和15年〉12月4日 - 202… 二瓶 正也(、1940年〈昭和15年〉12月4日 - 2021年〈令和3年〉8月21日)は、日本の俳優。本名および旧芸名、二瓶 正典()。 東京府東京市麹町区永田町出身。麹町中学校、専修大学附属高等学校卒業。二瓶事務所を経て、メセナに所属していた。 実父はドイツ人。映画が好きであったことから、高校3年生時に俳優を志し東宝芸能学校の夜間部に入る。 1960年に東宝第15期生ニューフェースとなり、しばらくは大部屋生活が続く。1961年、岡本喜八監督作『暗黒街の弾痕』の「殺し屋B」でデビュー。コミカルな役柄を得意とし、東宝の専属俳優として活躍した。特に岡本喜八作品の常連となる。1962年に『妖星ゴラス』で特撮作品に初出演。
久間 章生(きゅうま ふみお、1940年〈昭和15年〉12月… 久間 章生(きゅうま ふみお、1940年〈昭和15年〉12月4日 - )は、日本の政治家、農林官僚。昭和ホールディングス社外取締役(監査等委員)。 防衛大臣(初代)、防衛庁長官(第59・73代)、運輸政務次官(竹下内閣)、衆議院議員(9期)、長崎県議会議員(3期)、自由民主党総務会長、同幹事長代理、同副幹事長、同国会対策副委員長などを歴任した。 長崎県南高来郡加津佐町(現・南島原市)の農家に生まれる。両親は教育者(父は高校教員、母は中学教員)。 長崎県立口加高等学校・東京大学法学部卒業後、農林省に入省。農林省退職後に長崎県庁に入庁し、長崎県議会議員を経て、1980年に衆議院議員に初当選。第2次橋本内閣で防衛庁長官として初入閣。
米澤 祥一郎(よねざわ しょういちろう、1940年12月4日… 米澤 祥一郎(よねざわ しょういちろう、1940年12月4日 - 2008年10月20日)は、日本の実業家。東京都出身。三井松島産業(現・三井松島ホールディングス)代表取締役社長。 東京都出身。上智大学経済学部卒業。1964年、東京貿易(現・東京貿易ホールディングス)株式会社に入社。同社鉄鋼・原料本部本部長補佐等を歴任。1996年、三井松島産業(現・三井松島ホールディングス)株式会社に入社。その後、同社理事・取締役・常務取締役・代表取締役常務取締役等を経て、2003年に同社代表取締役社長に就任。同社コンプライアンス委員長や経営企画委員長、内部統制委員長等を兼任。 2008年10月20日、胆管細胞癌のため死去、67歳。
藤川 鉄馬(ふじかわ てつま、1940年(昭和15年)12月… 藤川 鉄馬(ふじかわ てつま、1940年(昭和15年)12月3日 - )は、大蔵(財務)官僚。エッセイスト。 1965年に大蔵省入省。入省同期に、榊原英資(財務官)、薄井信明、東力(衆院議員)、鞍谷雅敏(税務大学校長)、鏡味徳房がいる。日本ペンクラブ会員。
高萩 光紀(たかはぎ みつのり、1940年12月3日 - )… 高萩 光紀(たかはぎ みつのり、1940年12月3日 - )は、日本の実業家。JXホールディングス初代代表取締役社長。春光懇話会会長、財団法人石油産業活性化センター理事長なども歴任。 東京市大森区(現東京都大田区)生まれ。父は電気技術者。神奈川県立横浜翠嵐高等学校を経て、1964年3月一橋大学法学部卒業。大学では蓼沼謙一ゼミ、硬式野球部に所属。4年生から野球部マネージャーを務めた。 1964年4月、大学の先輩から誘われ日本鉱業株式会社入社。石油部門を希望し、石油部門大阪支社配属される。1969年ライス大学大学院に留学。本社原油調達担当課長、水島製油所総務部業務課長などを務めた。 1991年知多製油所(現JXTGエネルギー知多製造所)副所長、1994年から株式会社ジャパンエナジー取締役、1998年から同社常務取締役、1999年から同社取締役常務執行役員兼日鉱金属株式会社監査役、2001年から株式会社ジャパンエナジー取締役専務執行役員、2002年同社代表取締役社長兼新日鉱ホールディングス株式会社取締役、2005年からアブダビ石油株式会社会長兼ジャパンエナジー石油開発株式会社会長、2006年から新日鉱ホールディングス株式会社代表取締役社長。
篠山 紀信(しのやま きしん、本名の読み・みちのぶ、1940… 篠山 紀信(しのやま きしん、本名の読み・みちのぶ、1940年12月3日 - )は、東京市淀橋区柏木(現在の東京都新宿区北新宿)出身の写真家。
藤井 常世(ふじい とこよ、女性、1940年12月3日 - … 藤井 常世(ふじい とこよ、女性、1940年12月3日 - 2013年10月30日)は、日本の歌人。 折口信夫門下の歴史学者・藤井貞文の娘として東京都に生まれる。弟は藤井貞和。「常世」は本名で、折口が名付け親。國學院大學文学部文学科卒業。香川進の歌誌『地中海』を経て、1972年岡野弘彦の歌誌『人』創刊に参加。1993年『笛の会』を結成、代表となる。現代歌人協会会員。2002年「NHK歌壇」選者。2013年10月30日、急性心不全のため死去。72歳没。
延藤 安弘(えんどう やすひろ、1940年12月1日 - 2… 延藤 安弘(えんどう やすひろ、1940年12月1日 - 2018年2月8日)は、日本の建築家、都市研究者、都市計画家、教育者、地域プランナー、地域活動家。専攻は生活空間計画学。工学博士。 まち育ての研究と実践、人材育成のほかに各地で「幻燈会」を開いて啓蒙に努める自称「まち育ての語り部」。大阪府大阪市生まれ。 その他、まちの縁側GOGO、神戸市真野地区まち育て、武蔵野市公団緑町団地共同建替、高知赤岡町まち育て等、各地で数多くの地域づくり、まちづくり実践に努める。
竜田 邦明(たつた くにあき、1940年12月1日 - )は… 竜田 邦明(たつた くにあき、1940年12月1日 - )は、日本の有機化学者。大阪府大阪市出身。早稲田大学名誉教授。日本化学会副会長。 四大抗生物質群を含む102種の天然生理活性物質(天然物)の全合成を達成し、有機化学の重要な分野の一つである天然物合成において先導的役割を果たしてきた。それらのうち90種は世界最初の全合成であり、世界的にも極めて顕著な完成数であることから、国際的に「Dr. Total Synthesis」と呼ばれる天然物合成の世界的第一人者である。なかでも特異な構造とその生理活性により四大抗生物質群と称されるマクロライド、アミノグリコシド、ペニシリンおよびテトラサイクリン系抗生物質のすべての代表物質の全合成に世界で初めて成功した。
樽本 庄一(たるもと しょういち、1940年(昭和15年)1… 樽本 庄一(たるもと しょういち、1940年(昭和15年)12月1日 - 2019年(平成31年)3月15日)は、日本の政治家。兵庫県加古川市長(3期)。位階は従五位。 1963年、関西大学商学部卒業後、加古川市役所に入所。総務部長、助役などを経て、2002年の加古川市長選挙に出馬し、初当選。同年7月1日に市長就任。 2006年7月、2010年6月の選挙はいずれも無投票で当選し、3選した。 2013年12月10日、翌年実施予定の市長選挙に立候補しないことを正式表明した。 2014年6月30日、加古川市長を退任。同年7月8日に退任式が行われた。 2018年4月、旭日小綬章受章。 2019年3月15日、インフルエンザ脳症のため死去。
小山周三(こやま しゅうぞう、1940年12月1日- )は、… 小山周三(こやま しゅうぞう、1940年12月1日- )は、日本の経営学者、西武文理大学名誉教授。 東京生まれ。1964年早稲田大学法学部卒。西武百貨店勤務を経て1970年セゾン総合研究所・流通産業研究所入所。理事、所長となり、フードシステム総合研究所長を兼務。2000年西武文理大学教授となり、のち名誉教授。
沼野 輝彦(ぬまの てるひこ、1940年12月 - )は、日… 沼野 輝彦(ぬまの てるひこ、1940年12月 - )は、日本の法学者。弁護士(第二東京弁護士会)。日本大学教授(刑法)。ゼミ生に衆議院議員浅川義治がいた。 恩師に藤木英雄(元・東大教授)がいる この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、法学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝)。
神野 清一(じんの きよかず、 1940年12月 - )は… 神野 清一(じんの きよかず、 1940年12月 - )は、日本の歴史学者。中京大学教養部教授。専門は日本古代史。長屋王家木簡の奴婢についての研究で有名。 愛知県出身。1964年、名古屋大学文学部史学科卒業。1971年、名古屋大学大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
廣瀬 幸雄(ひろせ ゆきお、1940年11月30日 - )は… 廣瀬 幸雄(ひろせ ゆきお、1940年11月30日 - )は、日本の計算機科学者。金沢大学名誉教授。理学部計算科学科教授、大学院自然科学研究科特任教授を歴任。学位は工学博士。 石川県金沢市出身。1963年に金沢大学理学部を卒業、1966年に金沢大学理学研究科修士課程を修了。1970年金沢工業大学助教授、1973年金沢大学助教授、1985年から金沢大学教授、2006年から金沢大学大学院特任教授。2009年には、「超音波計測による骨密度評価法の開発育成」で文部科学大臣賞を受賞した。2021年瑞宝中綬章受章。
安蘇谷 正彦(あそや まさひこ、1940年11月30日 - … 安蘇谷 正彦(あそや まさひこ、1940年11月30日 - 2025年2月7日)は、日本の神道学者。國學院大學元学長。栃木県佐野市出身。 栃木県佐野市田沼町(生誕時は単独町制)にある一瓶塚稲荷神社の宮司の家系に生まれ、國學院大學文学部神道学科に進学。同大学大学院の修士課程修了後にフルブライト・プログラムにより渡米し、米国でも修士号を取得。帰国後には國學院大學に戻って博士課程に進み、満期退学後はそのまま専任講師から教授へと進んだ。この間、1990年(平成2年)には学位論文『神道の生死観 : 神道思想と「死」』により同大学より文学博士号を授与されている。 2002年(平成14年)、同大学が文学部神道学科を改組し全国初の「神道文化学部」を設置した際には、安蘇谷が初代学部長として選任された。
土志田 征一(としだ せいいち、1940年11月30日 - … 土志田 征一(としだ せいいち、1940年11月30日 - 2007年10月11日)は、日本の経済学者。 神奈川県茅ヶ崎市生まれ。1964年東京大学経済学部卒業、経済企画庁入庁。調査局内国調査第一課長、調査局長、総合計画局長、調整局長を経て、1997年日本経済研究センター理事長。2000年日本経済研究センター理事・研究参与。専修大学経済学部教授を務めた。
柿原崇志(かきはら たかし、1940年11月30日 - 20… 柿原崇志(かきはら たかし、1940年11月30日 - 2021年11月17日)は、日本の能楽師。高安流大鼓方。恩賜賞・日本藝術院賞受賞者。重要無形文化財保持者(能囃子方大鼓・人間国宝)。 1940年11月30日、福岡県大牟田市に生まれた。高安流大鼓方・柿原繁蔵の長男で、1954年に父に入門した。その後、高校卒業後に上京して安福春雄に師事した。 1956年、『船弁慶』で初舞台を踏んだ。1962年に能楽協会会員となり、1982年には日本能楽会に入会した。 能楽協会理事・常務理事、日本能楽会理事・常務理事を歴任した。また、能楽養成会講師、東京藝術大学音楽学部非常勤講師、国立劇場伝統芸能伝承者養成「能楽(三役)」研修講師を務め、後進の指導にもあたった。
宮路 和明(みやじ かずあき、1940年11月29日 - )… 宮路 和明(みやじ かずあき、1940年11月29日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の元衆議院議員(8期)。 鹿児島県川辺郡笠沙町(現南さつま市)出身。笠沙町立赤生木小・中学校、ラ・サール高校を経て、東京大学法学部第3類(政治コース)卒業。1965年、農林省入省。農林経済局農業協同組合課課長補佐等を務める[要出典]。群馬県農政部次長(1981年)、農林水産省大臣官房参事官(1983年)、畜産局畜政課畜産総合対策室長(1984年)を歴任し、1985年退官。 1986年の第38回衆議院議員総選挙で旧鹿児島1区に無所属で出馬したが、落選。 1990年の第39回衆議院議員総選挙で初当選。以後6期務める。
赤井 紀男(あかい のりお、1940年11月29日 - )は… 赤井 紀男(あかい のりお、1940年11月29日 - )は、日本の経営者。日立マクセル社長を務めた。兵庫県出身。 1963年に神戸大学教育学部を卒業し、同年に日立マクセルに入社。1993年に取締役に就任し、1995年6月に常務を経て、1997年6月に専務に就任。1999年6月には社長に昇格。2006年6月に相談役に就任。
永野 紀吉(ながの きよし、1940年11月29日 - )は… 永野 紀吉(ながの きよし、1940年11月29日 - )は日本の実業家。元ジャスダックの最高顧問。福岡県出身。 西南学院大学を卒業後、日興証券に入社しその後取締役となる。1997年に山加証券取締役社長、1998年に日本グローバル証券副社長となり、1999年6月にジャスダック・サービス(現・ジャスダック証券取引所)の社長に就任。「当時、米国のニューヨーク証券取引所とナスダックの力関係と、東京証券取引所と当時のジャスダック証券取引所の力関係とは大きな差があった。その差を詰めるために投資家や市場参加者がいる現場に足を向けた」ジャスダックの存在感を強めるための苦心を語る。2007年信越化学工業監査役。
今泉 吉晴(いまいずみ よしはる、1940年11月29日 -… 今泉 吉晴(いまいずみ よしはる、1940年11月29日 - )は、日本の動物学者、著作家、翻訳家。都留文科大学名誉教授。日本動物学会、日本動物行動学会、日本哺乳動物学会、都留市ムリネモ協議会の各会員。 動物学者の今泉吉典の長男。弟に動物学者の今泉忠明がいる。その息子で、吉晴には甥にあたる今泉勇人も動物の生態研究者という動物一家。ドイツ在住の環境ジャーナリスト今泉みね子は元妻。 1965年東京農工大学農学部獣医学科卒業。東京大学大学院修了。 1966年、長岡市立科学博物館学芸員となる。1969年に国際基督教大学助手、1978年都留文科大学文学部助教授、のち教授。同大文学部初等教育学科、のちに社会学科教授を務めた。
長瀬 保(ながせ たもつ、1940年〈昭和15年〉11月29… 長瀬 保(ながせ たもつ、1940年〈昭和15年〉11月29日 - )は、日本の政治家。愛知県北名古屋市長を4期、師勝町長を3期務めた。 日本福祉大学社会福祉学部卒業。1960年(昭和35年)9月、師勝町役場に就職。1991年(平成3年)12月、町職員を退職し、同町の助役に就任。1995年(平成7年)7月、助役を辞任。同年9月22日、師勝町長に就任。1999年(平成11年)、再選。2003年(平成15年)、3期目の当選。 2006年(平成18年)3月20日、師勝町は西春町と合併し、北名古屋市が誕生。4月23日に行われた北名古屋市長選挙に無所属・民主党推薦で出馬し初当選。同日、市長就任。 2010年(平成22年)4月18日に行われた北名古屋市長選挙では、前市議の日栄政敏を破り2期目の当選(長瀬:18,984票、日栄:15,673票)。
梅 勝夫(ばい かつお、1940年11月29日 - )は、日… 梅 勝夫(ばい かつお、1940年11月29日 - )は、日本の元バスケットボール選手。 立教大学卒業。積水化学で選手として活躍。 全日本にも選ばれ、1964年東京オリンピックに出場。 この項目は、バスケットボール関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:BASKET)。
篠塚 勝正(しのづか かつまさ、1940年11月28日 -)… 篠塚 勝正(しのづか かつまさ、1940年11月28日 -)は、埼玉県浦和市(現・さいたま市)出身の実業家。沖電気工業元会長。 1998年(平成10年)に社長に就任し、フェニックス21計画として経営再建に尽力した。再び業績が悪化し、社長を退任、会長・相談役を歴任した。
鴻池 祥肇(こうのいけ よしただ、1940年11月28日 -… 鴻池 祥肇(こうのいけ よしただ、1940年11月28日 - 2018年12月25日)は、日本の政治家。位階は正三位。 内閣官房副長官(麻生内閣)、防災担当大臣兼構造改革特区担当大臣(第1次小泉第1次改造内閣)、沖縄開発政務次官(宮澤内閣・宮澤改造内閣)、参議院デフレ脱却・財政再建特別委員長、同平和安全法制特別委員長、同国家基本政策委員長、同予算委員長、同決算委員長、同国旗・国歌特別委員長、同建設委員長、参議院議員(4期)、衆議院議員(2期)、自由民主党参議院国会対策委員長、社団法人日本青年会議所会頭などを歴任。 兵庫県尼崎市出身。神戸大学附属住吉小・中学校、兵庫県立神戸高等学校を経て、早稲田大学教育学部卒業。