白河 桃子(しらかわ とうこ、1961年 - )は、日本のジ… 白河 桃子(しらかわ とうこ、1961年 - )は、日本のジャーナリスト、作家。昭和女子大学客員教教、相模女子大学大学院特任教授、東京大学大学院情報学環客員研究員。学位はMBA(中央大学)。婚活、妊活の提唱者。 東京都に生まれる。父は開業医。専業主婦の母は建設省官僚の娘。 雙葉小学校附属幼稚園、雙葉小学校、雙葉中学校・高等学校を経て、1984年に慶應義塾大学文学部社会学専攻を卒業。住友商事一般職に3年間勤めた後、リーマン・ブラザーズ投資銀行部秘書などの会社員時代にライター活動を始める。結婚後の1998(平成10)から2002(平成14)年まで、夫の赴任先のインドネシアに在住。滞在中に書籍2冊を出版。
島岡 まな(しまおか まな、1961年 - )は、刑法を専門… 島岡 まな(しまおか まな、1961年 - )は、刑法を専門とする法学者である。大阪大学大学院法学研究科教授。大阪大学元副学長。作曲家島岡譲の娘。 2021年、立憲民主党法務部会の「性犯罪刑法改正に関するワーキングチーム(WT)」勉強会に講師として招待され、性交同意年齢を巡る議論で「たとえば50歳近くの自分が14歳の子と性交したら、たとえ同意があっても捕まることになる。それはおかしい」と発言した本多平直議員に対して「ジェンダー平等推進本部を立ち上げ、表向きに発信しているからにはそれなりの対処をするべき」と座長の寺田学議員に意見を述べた。
伊関 友伸(いせき ともとし、1961年 - )は、日本の行… 伊関 友伸(いせき ともとし、1961年 - )は、日本の行政学者。城西大学経営学部教授。特定非営利活動法人ハンズオン埼玉監事。東京都出身。 2006年8月から2007年3月まで、北海道夕張市の医療再生アドバイザーとして、夕張医療センター設立に携わった。研究分野は行政学・地方自治論、地域医療・自治体病院の経営。博士(福祉経営:日本福祉大学から授与)。総務省「地域医療の確保と公立病院改革の推進に関する調査研究会委員」など、国・自治体の委員等を数多く務める。 私立早稲田中学校・高等学校、東京都立大学法学部法律学科卒業。東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了。1987年埼玉県庁入庁(県民部県民総務課調査係)、北埼玉郡大利根町企画財政課長(県派遣)、総合政策部計画調整課主査(計画フレーム担当)、健康福祉部社会福祉課地域福祉担当主査、県立精神医療センター・精神保健福祉センター総務職員担当主幹、2004年城西大学経営学部マネジメント総合学科助教授。
大勝 秀也(おおかつ しゅうや、1961年 - )は、東京都… 大勝 秀也(おおかつ しゅうや、1961年 - )は、東京都出身の指揮者。 東京音楽大学指揮科卒業。 1988年ドイツに渡りボン市立歌劇場音楽監督のアシスタントとして数多くのオペラを指揮。 1991年ゲルゼンキルヒェン市立歌劇場第一指揮者として活躍。 1994年よりボン市立歌劇場第一指揮者として契約。 1996年よりスウェーデンのマルメ歌劇場音楽監督に就任。 2004年4月から沖縄県立芸術大学の音楽学部助教授に就任(2007年3月まで)。 2007年から南城市文化センター・シュガーホールの芸術顧問に就任。また、愛知県立芸術大学非常勤講師となる。
並木 浩一(なみき こういち、1961年 - )は、日本の美… 並木 浩一(なみき こういち、1961年 - )は、日本の美学者。桐蔭横浜大学教授。ギャラクシー賞選奨委員(テレビ部門、2022 - )。 他方、腕時計の評論、表象文化論(芸術論)、メディア論、教育評論などを展開。 横浜市生まれ。神奈川県立希望ヶ丘高等学校、青山学院大学文学部フランス文学科卒業、放送大学大学院修了、琉球大学大学院中退。京都造形芸術大学大学院博士課程修了、「モーリス・ベジャール研究 メディアと芸術の関係を軸として」で博士号を取得。 ダイヤモンド社を経て2010年に大同大学教授、2012年に桐蔭横浜大学教授。 2017年衆議院議員選挙(希望の党、比例九州ブロック)に立候補したが落選した。
中山 敬一(なかやま けいいち、1961年 - )は、日本の… 中山 敬一(なかやま けいいち、1961年 - )は、日本の医学者、生物学者。九州大学生体防御医学研究所主幹教授を経て、東京科学大学高等研究府特別栄誉教授。元日本分子生物学会副理事長。紫綬褒章受章。日本学術振興会賞等受賞。 1996年、細胞周期を抑制するp27のノックアウトマウスを作製し、巨大マウスを作ることに成功した。またp27の欠損が発がんにつながることを世界で初めて証明した。 1980年神奈川県立湘南高等学校卒業。1986年東京医科歯科大学(現東京科学大学)医学部医学科卒業。東京医科歯科大学硬式庭球部出身。妻で医学者の中山啓子東北大学大学院医学系研究科教授は部活の同期。1990年順天堂大学大学院医学研究科免疫学専攻修了、医学博士、理化学研究所フロンティア研究員、ワシントン大学医学部ポストドクトラルフェロー。
鈴木 款(すずき まこと、1961年 - )は、フジテレビ「… 鈴木 款(すずき まこと、1961年 - )は、フジテレビ「報道2001」ディレクター、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現在解説委員であるジャーナリスト。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授 1961年北海道函館市生まれ。神奈川県立小田原高校、早稲田大学政治経済学部卒業後、農林中央金庫で外国為替ディーラーなどを経て、1992年フジテレビに入社。2020年早稲田大学大学院スポーツ科学研究科卒業。著書に「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」、「日経電子版の読みかた」、編書に「2020教育改革のキモ」。映倫の年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。
森谷 明子(もりや あきこ、1961年 -)は日本の小説家、… 森谷 明子(もりや あきこ、1961年 -)は日本の小説家、推理作家。神奈川県生まれ。神奈川県立小田原高等学校、早稲田大学第一文学部卒業。2003年、紫式部を探偵役とした王朝ミステリ、『千年の黙 異本源氏物語』で第13回鮎川哲也賞を受賞してデビュー(作品名は、応募当時の『異本・源氏藤式部の書き侍りける物語』から改題されている)。 図書館での勤務歴があり、「本」に小説の主題が当てられることが多い。また、第2作『れんげ野原のまんなかで』は、大の本好きである新米図書館司書を主人公とした「日常の謎」ミステリである。
和田 智(わだ さとし、1961年 -) は、日本のカーデザ… 和田 智(わだ さとし、1961年 -) は、日本のカーデザイナー、プロダクトデザイナー。デザインスタジオ(株)SWdesign代表。2025年度より金沢美術工芸大学客員教授。 武蔵野美術大学卒業後、日産自動車入社。「セフィーロ」(初代)や「プレセア」(初代)、「セドリックGT」、「セフィーロワゴン」、「ハイパーミニ」(電気自動車)などのエクステリアデザインを担当。 1998年、アウディに移籍。コンセプトカー「Avantissimo」(2001年)、「Pikes Peak Quattro」(2003年)をデザイン。市販車では、「アウディA6」に始まり、「アウディQ7」、「アウディA5」「アウディA7」のエクステリアデザインを担当。
加藤 俊徳(かとう としのり、1961年 - )は、医師、医… 加藤 俊徳(かとう としのり、1961年 - )は、医師、医学博士。脳画像診断医、小児科専門医、産業医。加藤プラチナクリニック院長。株式会社脳の学校 代表取締役。昭和大学客員教授 新潟県三島郡寺泊町野積(現:長岡市)生まれ。寺泊町立野積小学校、寺泊町立寺泊中学校、新潟県立長岡高等学校、昭和大学医学部卒業。1991年3月、同大学院修了。 脳を自分で成長させるために必要な概念「脳番地」を発案。 光で脳機能を計測する近赤外線分光法を用いた光脳機能計測法を最初に実現した第一発見者で、fNIRSの生みの親である 。1991年に誕生したfNIRSは、長い間、その誕生の歴史が語られていなかったが、2018年にToshinori Kato(本人)の英語論文が発表された。
長谷川 成人(はせがわ まさと、1961年 - )は、日本の… 長谷川 成人(はせがわ まさと、1961年 - )は、日本の神経科学者(神経病理生化学)。東京都医学総合研究所脳・神経科学研究分野分野長。博士(医学)(東京大学・1992年)。 1961年新潟県妙高市生まれ。1979年新潟県立高田北城高等学校卒業。1979年東京農工大学中退。1984年富山大学理学部生物学科卒業。1986年筑波大学大学院修士課程環境科学研究科修了。1993年東京大学医学部助手、1995年MRC分子生物学研究所Visiting Scientist等を経て、2001年に旧・東京都精神医学総合研究所分子神経生物部門長に就任。 「筋萎縮性側索硬化症 (ALS) および前頭側頭葉変性症 (FTLD) の病理学的特徴であるTDP-43の同定、および神経変性疾患の研究への貢献」により、2022年にクラリベイト引用栄誉賞受賞、時実利彦記念賞受賞。
葛野 尋之(くずの ひろゆき、1961年 - )は日本の法学… 葛野 尋之(くずの ひろゆき、1961年 - )は日本の法学者。専門は、刑事法・少年法。学位は、博士(法学)(立命館大学・2003年)。一橋大学大学院法学研究科長・教授を経て、現青山学院大学法学部教授、一橋大学名誉教授。全国犯罪・非行協議会菊田クリミノロジー賞受賞。 福井県鯖江市生まれ。福井県立藤島高等学校を経て、1985年一橋大学法学部卒業。1987年一橋大学大学院法学研究科修士課程修了。1990年一橋大学大学院法学研究科博士課程単位取得満期退学。 日本学術振興会特別研究員、静岡大学人文学部助教授を経て、1999年立命館大学法学部助教授。2000年同教授。ロンドン大学ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス客員研究員を経て、2009年から一橋大学大学院法学研究科教授。
津田 佳紀 (つだ よしのり、1961年 – )は、日本の… 津田 佳紀 (つだ よしのり、1961年 – )は、日本の芸術家、作家。名古屋芸術大学副学長。愛知県岡崎市在住。 1961年 – 京都府舞鶴市生まれ。1980年 – 福井県立若狭高等学校普通科(27HR)卒業。 和光大学人文学部芸術学科卒業。名古屋芸術大学教授、デザイン学科主任を経て、現職。
今村 文彦(いまむら ふみひこ、1961年 - )は、日本の… 今村 文彦(いまむら ふみひこ、1961年 - )は、日本の土木工学者。復興庁復興推進委員会委員長、土木学会理事・副会長、東北大学副学長。 研究分野は津波工学であり、日本自然災害学会会長(2008 - 2011)や東北大学災害科学国際研究所所長(2014 - 2023)を歴任。 山梨県出身。1983年に発生した日本海中部地震をきっかけに津波防災研究に進んだ。 2012年から東北大学災害科学国際研究所教授。2025年現在、災害評価・低減研究部門津波工学研究分野に所属し、津波防災に関わる津波の流体波動数値計算をはじめ、歴史地震津波痕跡調査、避難シミュレーション、認知心理学(避難時の記憶と人間行動を分析)などについて研究。
飯島 敏文(いいじま としふみ、1961年 - )は、日本の… 飯島 敏文(いいじま としふみ、1961年 - )は、日本の教育学者。国立大学法人大阪教育大学教授。生駒市教育委員。専攻は教育学、教育工学、教科教育学。 上田薫・重松鷹泰らの「RR方式による子どもの思考体制の研究」、「授業分析の理論と実際」など、授業過程における子どもの思考の変化を把握するアプローチをおこなっている。基本的な社会科観、授業観は、成立期社会科の問題解決学習あるいはJ.デューイのプラグマティズムによるところが大きいが、それらをベースとしつつもあらゆる教育的契機を「郷土」に求めようとする点が特徴である。 <子どもの情報処理過程>
小林 和幸(こばやし かずゆき、1961年 - )は、日本の… 小林 和幸(こばやし かずゆき、1961年 - )は、日本の歴史学者。青山学院大学文学部教授。専門は日本近代史。 1961年、長野県生まれ。長野県上田高等学校を経て、青山学院大学文学部史学科で学ぶ。1984年に同大学を卒業し、青山学院大学大学院文学研究科史学専攻に進んだ。学部・大学院では沼田哲の指導を受けた。1989年、博士後期課程退学。 卒業後は、青山学院大学文学部助手となった。宮内庁書陵部主任研究官。1999年に駒澤大学文学部講師、2000年に助教授昇進。2001年7月、「明治立憲政治と貴族院」にて博士 (歴史学)を取得(青山学院大学、論文博士)。2007年、青山学院大学文学部教授となり、現職。
小口 孝司(おぐち たかし、1961年 - )は、日本の心理… 小口 孝司(おぐち たかし、1961年 - )は、日本の心理学者。専門は、社会心理学、産業・組織心理学、観光心理学。 長野県岡谷市出身。長野県諏訪清陵高等学校を経て、1985年立教大学文学部心理学科卒業。1990年東京大学大学院社会学研究科社会心理学専門課程博士課程修了、日本労働研究機構(現・労働政策研究・研修機構)研究員。1992年昭和女子大学助教授。2004年千葉大学助教授。2009年立教大学現代心理学部教授。
宮下 直(みやした ただし、1961年 - )は、日本の生物… 宮下 直(みやした ただし、1961年 - )は、日本の生物学者。東京大学教授。学位は、博士(農学)。クモや昆虫を中心に、生態学、特に生物多様性の理論を研究する。 長野県飯田市に生まれ、長野県飯田高等学校を卒業。1983年に東京大学農学部林学科を卒業し、1985年に東京大学大学院農学系研究科林学専攻修士課程を修了。1992年、「ジョロウグモの生活史における生態的制約と適応」により、東京大学から博士(農学)を取得。 東京大学大学院農学生命科学研究科生圏システム学専攻助教授を経て、教授。
鴨居 達哉(かもい たつや、1961年 - )は、日本の実業… 鴨居 達哉(かもい たつや、1961年 - )は、日本の実業家。アビームコンサルティング株式会社代表取締役社長。元マーサージャパン株式会社代表取締役社長兼マーサーファー・イースト地域代表。公益社団法人経済同友会幹事。 長野県出身。長野県松本深志高等学校卒業。1983年、上智大学外国語学部ドイツ語学科卒業。セイコーエプソン株式会社、プライスウォーターハウスクーパース株式会社、IBMビジネスコンサルティングサービス(IBCS)、米国IBMを経て、2006年、日本IBM執行役員兼IBCS取締役に就任。2012年、日本IBM常務執行役員に就任。 2014年、マーサージャパン株式会社代表取締役社長、ファー・イースト地域(日本・韓国)代表に就任。
竹内 良幸(たけうち よしゆき、1961年 - )は、長野県… 竹内 良幸(たけうち よしゆき、1961年 - )は、長野県安曇野市(旧穂高町)出身のデザイナー、ブランドプロデューサー、空間デザイナーである。 長野県松本深志高等学校、多摩美術大学美術学部卒業。在学時からデザイナーとしての仕事を開始する。造形のミニマリズムがあらゆる事象の回答を持つと考え、簡明なデザインを実践している。 大和朝廷初期、景行・成務・仲哀・応神・仁徳天皇の5代の天皇に棟梁之臣・大臣として仕え、国政を補佐したとされる伝説的人物、高良玉垂命=武内宿禰(たけうちのすくね)を始祖とする武内家(建内、竹内とも)から分かれ、筑紫洲(つくしのしま=九州)、越(こし=北陸)を経由して安曇野に定住したとされる。
寺田 達史(てらだ たつし、1961年 - )は、日本の財務… 寺田 達史(てらだ たつし、1961年 - )は、日本の財務官僚。金融庁総務企画局審議官や、財務省東海財務局長等を経て、株式会社日本信用情報機構取締役CCO兼CRO、豊トラスティ証券取締役。 岐阜県岐阜市生まれ。岐阜県立加納高等学校を経て、1984年東京大学法学部第2類(公法コース)卒業、大蔵省入省。理財局資金第一課(現:財政投融資総括課)配属。1987年7月大蔵省大臣官房調査企画課調査主任。その後は自治省行政局行政課長補佐、大蔵省関税局業務課長補佐、大蔵省証券局企業財務課長補佐(総括・管理)、大蔵省金融企画局市場課長補佐などを歴任。2001年プリンストン大学客員研究員。2009年金融庁総務企画局市場課長。
早﨑 靖典(はやざき やすのり、1961年 - )は、岐阜県… 早﨑 靖典(はやざき やすのり、1961年 - )は、岐阜県出身のリコーダー奏者。 東京コンセルヴァトアール尚美研究科ピアノ専攻卒業。1982、1983年、全日本リコーダーコンクール・アンサンブル部門にて最優秀賞を受賞。数多くのアンサンブルのメンバーとして、コンサート、レコーディング、テレビ、FMラジオ放送出演の活動を行う。 2000年より釜山の教職員リコーダー合奏団の音楽監督を務め、韓国の古楽セミナーの講師及びコンクールの審査員に招かれている。ヨーロッパではドイツ及びエストニアで50回以上の公演を行い、地元紙から好評を得る。 また、器楽合奏の指導を全国各地で行い、全音楽譜出版社より2巻の編曲集が出版されている。
日置俊次(ひおき しゅんじ、1961年)は、日本の歌人、小説… 日置俊次(ひおき しゅんじ、1961年)は、日本の歌人、小説家、日本近代文学研究者、青山学院大学文学部教授。専門は横光利一、夏目漱石、芥川龍之介、宮沢賢治、窪田空穂、井伏鱒二、太宰治、中島敦、正岡子規、村上春樹、泉鏡花などの作家論のほか、宮崎駿、細田守などを始めとする現代アニメーション論。また、馬場あき子、岩田正などを始めとする現代短歌論。 岐阜県中津川市生まれ。岐阜県立中津高等学校、東京大学文学部国文学科卒業。在学中、サンケイ・スカラシップ奨学生としてフランスへ留学、エクス・マルセーユ第1大学にて言語学を専攻、その後東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了、博士課程中退。フランス政府給費留学生としてソルボンヌのパリ第3大学大学院博士課程で比較文学専攻、DEA取得。
湯之上 隆(ゆのがみ たかし、1961年 - )は、日本の半… 湯之上 隆(ゆのがみ たかし、1961年 - )は、日本の半導体産業と電機産業のコンサルタントおよびジャーナリスト。微細加工研究所のCEO兼所長、メデイアタブレット取締役、京大原子核工学、阪大工、阪大基礎工、東北大工の非常勤講師。静岡県島田市出身。 1961年生まれの静岡県出身。1987年に京都大学大学院工学研究科修士課程(原子核工学専攻)を修了後に日立製作所に入社し、長らく半導体の微細化に携わる。日立製作所在籍中に55件の特許を出願し、表彰されたことも何度もあった。 1990年代末から2000年代初頭の半導体不況(1998年には日立も史上初の赤字に)において、日立グループが半導体部門のリストラを進める中、日立とNECのメモリ部門を切り離して合併したエルピーダメモリに志願して出向したが、エルピーダ社内でNECと日立の主導権争いに巻き込まれ、降格された上で日本の国家プロジェクトである半導体先端テクノロジーズ(Selete)に出向することになり、茨城県つくば市まで飛ばされる。
いとう 斗士八(いとう としや、1961年-)は、静岡県出身… いとう 斗士八(いとう としや、1961年-)は、静岡県出身の脚本家。 日本大学芸術学部在学中の1981年、同じく日芸生の片渕須直らと共に宮崎駿演出の新作アニメ脚本テストに参加し、提出したシナリオは1984年に『名探偵ホームズ』の一篇として採用される。卒業後、松竹シナリオ研究所、雑誌編集などを経て、1987年にテレビドラマ『あぶない刑事』で本格デビュー。主に刑事ドラマや2時間サスペンスなどを手掛ける他、最終話の視聴率が37.2 %(ビデオリサーチ関東地区)に達した1994年のドラマ『家なき子』の脚本も担当した。 1959年から1964年の間に生まれ、1960年代後半のテレビ高度成長期を幼少期に経験したテレビ作家であるSSジェネレーションの一人。
山﨑 孝史(やまざき たかし、1961年 - )は、日本の政… 山﨑 孝史(やまざき たかし、1961年 - )は、日本の政治地理学者である。大阪公立大学大学院文学研究科教授。国際地理学連合(IGU)政治地理委員会共同委員長(2014年~2016年)および世界政治学会(IPSA)政治・文化地理研究委員会共同委員長(2007年~2012年)。 1961年、京都市で生まれる。京都府立山城高等学校を経て京都大学文学部史学科人文地理学専攻卒業。1990年に同大学院文学研究科博士課程を中退したのち、同地理学教室助手として勤務。1994年から1999年まで山口県立大学国際文化学部国際文化学科に勤務。常勤講師から助教授。1990年代にピーター・テイラーやジェラルド・トールの著作を通して政治地理学に対する関心を高める。
岩井 圭司(いわい けいじ、1961年 - )は日本の医学者… 岩井 圭司(いわい けいじ、1961年 - )は日本の医学者、精神科医、臨床心理学教育者。専門は、精神病理学、心的外傷論(トラウマ論)、医学史・医学論。学位は、博士(医学)(神戸大学・1997年)。大阪人間科学大学教授。元兵庫教育大学大学院教授(学校教育研究科人間発達教育専攻臨床心理学コース)。神戸大学客員教授(医学部で「医学史と医学概論」を担当)。元・日本トラウマティック・ストレス学会会長(2015年6月 - 2017年6月)。 阪神・淡路大震災(1995年)後は、災害後精神保健活動、学校防災、精神的被害の民事賠償裁判における評価(被害者鑑定)、犯罪被害者支援を中心に、PTSDをはじめとする心的外傷(トラウマ)関連病態の臨床と研究に取り組んでいる。
大垣 賀津雄(おおがき かづお、1961年〈昭和36年〉- … 大垣 賀津雄(おおがき かづお、1961年〈昭和36年〉- )は、日本の構造家、土木橋梁の構造設計者。 お台場レインボーブリッジの構造設計(土木学会田中賞)。鋼構造、複合構造、FRP構造の研究者。現在ものつくり大学 建設学科 教授。 大阪府生まれ。大阪府立清水谷高等学校、大阪市立大学工学部土木工学科を卒業。1986年(昭和61年)大阪市立大学大学院工学研究科前期博士課程修了し、川崎重工業に入社。橋梁などを設計・施工管理、マーケティング本部市場開発部長などを務めた。 日本大学理工学部や首都大学東京(現・東京都立大学)都市環境学部の非常勤講師を経て、2015年(平成27年)4月から、ものつくり大学技能工芸学部建設学科教授。
塚本正治(つかもと まさじ、1961年 - )は、日本の社会… 塚本正治(つかもと まさじ、1961年 - )は、日本の社会運動家、詩人。シンガーソングライター。 大阪市生野区鶴橋出身。 1993年12月大阪精神障害者連絡会の正式結成大会に参加、精神障害者当事者活動に関わる。特に精神障害者の福祉と人権に関わる課題について精力的に取り組み、1997年病院での患者への人権侵害が明らかになった「大和川病院事件」、2001年多くの小学生が犠牲となった「附属池田小事件」に関わる報道の二次被害問題を社会的に取り組んだ。また「附属池田小事件」をきっかけにはじまった「触法精神障害者対策法」-「心神喪失者等医療観察法」について「精神障害者にだけ再犯のおそれは認められない」という立場で反対論客の一人である。
林 巧(はやし たくみ、1961年 - )は、日本の小説家… 林 巧(はやし たくみ、1961年 - )は、日本の小説家、妖怪研究家。大阪府生まれ。 小学校6年生で、筒井康隆の主宰するSF同人誌『ネオ・ヌル』に参加。大阪府立北野高等学校卒業。慶應義塾大学文学部卒業。 雑誌編集者を経てフリーに。おばけと音楽と人をもとめて、アジアの都市やジャングルを旅する。水木しげるに見出されマレー半島、ボルネオ島に妖怪探索の旅に参加し、さらに1996年に開催された「第1回世界妖怪会議」にパネリストとして参加。1998年には筒井康隆の賛辞を得て、初の長編幻想音楽小説『世界の涯ての弓』(講談社)を発表。
季里(きり、1961年 - )は、CGアーティスト、アニメー… 季里(きり、1961年 - )は、CGアーティスト、アニメーター、キャラクターデザイナー。ビジュアルプロデューサーという肩書きで活動するクリエーターである。 大阪府立大手前高等学校を経て、1984年に大阪教育大学美術学科卒業。大学4年生の時に黎明期のCGを牽引していた大村皓一率いる大阪大学工学部電子工学科CGグループに研究生として参加し作品制作を開始。 NICOGRAPH'83で優秀賞を受賞後、松浦雅也とコラボレーションを始める。CGアーティストとして「ひらけ!ポンキッキ」「ひとりでできるもん!」「音楽ファンタジー・ゆめ」「みんなのうた」などの子供向け番組にキャラクターやアニメーションを多数提供。
中島規巨(なかじま のりお、1961年 - )は日本の実業家… 中島規巨(なかじま のりお、1961年 - )は日本の実業家。 村田製作所社長。 大阪府枚方市出身。大阪府立枚方高等学校を経て、1985年同志社大学工学部卒業、村田製作所入社。2006年モジュール事業本部通信モジュール商品事業部事業部長。2013年取締役常務執行役員。2020年非創業家として初めて代表取締役社長に就任。
薬師院 仁志(やくしいん ひとし、1961年 - )は、日本… 薬師院 仁志(やくしいん ひとし、1961年 - )は、日本の社会学者、帝塚山学院大学教授。専門は社会学理論、現代社会論、教育社会学。『地球温暖化論への挑戦』で注目される。大阪市生まれ。 自著『英語を学べばバカになる グローバル思考という妄想』ではアメリカ型のグローバル・スタンダードを幻想であるとしており、英語を学ぶことに呪縛されれば専門的な知識や技能を身に着ける機会を失い、外国と言えばアメリカしか見えなくなるようになりかねないと忠告している。日本人の多くが大学生になっても英語ばかりを履修する状況については「東京大学や京都大学の大学院生でさえも、ほとんどの者は英語以外の外国語文献が読めない。これが『世界を知り、世界にアクセスする』という日本の国家戦略の実像なのである。
荒木 一成(あらき かずなり、1961年 - )は、恐竜造形… 荒木 一成(あらき かずなり、1961年 - )は、恐竜造形家。大阪府寝屋川市出身。 大阪府立南寝屋川高等学校、明治鍼灸短期大学卒業。短期大学卒業後は大阪市内の鍼灸院で働いたのち、1985年から2006年まで枚方市内の病院に勤務していた。1989年に結婚し、2人の男子をもうけている。 日本の恐竜造形の第一人者として1980年代より数々の恐竜復元模型を製作する。学術的な考証に基づいた精緻な模型を手がける。手がけた模型は国内外の博物館に収蔵される。30余年の間に手がけた作品数は750作以上にのぼる。 福井県立恐竜博物館展示の恐竜骨格標本に対応する復元模型は全て荒木が制作したものである。福井駅西口の福井産恐竜ロボットの原型も担当した。
寺園 敦史(てらぞの あつし、1961年 - )は、日本のジ… 寺園 敦史(てらぞの あつし、1961年 - )は、日本のジャーナリスト。市民ウォッチャー・京都所属。 鹿児島県鹿児島市出身。大阪府立摂津高等学校を経て関西大学経済学部卒業。日本共産党系の京都民報記者、かもがわ出版編集者を経て、フリーライターとして活動。 被差別部落問題、同和利権問題を主なテーマに取材、執筆活動を行い、1997年から2002年にかけて『だれも書かなかった「部落」』三冊を出版し、部落解放同盟京都府連や京都府部落解放運動連合会と京都市行政との癒着を現在進行形で雑誌などで告発した。 同書の取材を下敷きに2002年から宝島社から刊行されている『同和利権の真相』シリーズ(別冊宝島Realシリーズ)に編集、メインライターとして携わっている。
玉置 泰紀(たまき やすのり、1961年 - )は、KADO… 玉置 泰紀(たまき やすのり、1961年 - )は、KADOKAWA/2021年室エグゼクティブ・プロデューサー。『ウォーカー』総編集長、おおさかカンヴァス推進事業審査員を歴任。 大阪府枚方市生まれ。大阪府立四條畷高等学校、同志社大学文学部卒業。産経新聞大阪本社に入社し、神戸支局や大阪社会部にて記者を務める。その後、福武書店(現・ベネッセコーポレーション)で月刊女性誌、さらに角川書店で「関西ウォーカー」など6誌の編集に携わった後、現職。元ウォーカー街づくり総研所長。京都市埋蔵文化財研究所理事。 大阪府日本万国博覧会記念公園運営審議会委員。
平岡 宏一(ひらおか こういち 、1961年 - )は、大阪… 平岡 宏一(ひらおか こういち 、1961年 - )は、大阪府出身の教育者(清風中高校長、学校法人清風学園専務理事)、チベット密教研究者、チベット語通訳者。 1961年、平岡英信(学校法人清風学園理事長)の長男に生まれる。清風高等学校、早稲田大学第一文学部卒業。 学校法人清風学園専務理事、清風中学校・高等学校の校長、大阪商業大学講師、種智院大学、高野山大学非常勤講師。 1985年、種智院大学の訪問団の一員として、インド南部カルナータカ州バンガロール郊外フンスールにあるギュメ密教大学を訪問。ギュメの窮状を父に報告したところ、父の英信は施主(檀越、僧伽を支えるパトロン)としてギュメの支援に乗り出す。
上山 勝也(うえやま かつや、1961年 - )は、日本の実… 上山 勝也(うえやま かつや、1961年 - )は、日本の実業家。串カツチェーン「だるま」を運営する株式会社一門会の代表取締役社長兼会長である。 大阪市生野区出身。だるまの3代目大将が病に倒れ閉店危機になった際に上山と共にだるまの常連客であった浪速高校及び近畿大学ボクシング部の先輩である赤井英和からだるまを継ぐように説得される。そして当時勤めていた保険会社を辞め3代目大将の下で修行した後に4代目大将となる。その後は日本国内のみならず海外出店するまでに成長させる。 また社会貢献の一環として職親プロジェクトに参加している。
杉原 保史(すぎはら やすし、1961年 - )は、日本の臨… 杉原 保史(すぎはら やすし、1961年 - )は、日本の臨床心理学者・臨床心理士・公認心理師。京都大学教授。 神戸市生まれ。兵庫県立神戸高等学校出身。1984年京都大学教育学部教育心理学科卒、89年同大学院教育学研究科臨床心理学博士課程満期退学。大谷大学文学部専任講師、京都大学保健管理センター講師、京都大学カウンセリングセンター講師、教授、学生総合支援センター教授。2002年「「平穏な青年期」を生きる青年の諸相」で京都大学より教育学博士の学位を取得。
藤原 由規(ふじわら よしのり、1961年[要出典] - )… 藤原 由規(ふじわら よしのり、1961年[要出典] - )は、日本の医師、大学教授。 兵庫県加古郡出身、滝川高等学校、兵庫医科大学医学部卒業。 24歳より医師として活動し、消化器、消化管を専門領域とする。 2007年度より2009年度まで兵庫医科大学医学部講師、2010年度近畿大学医学部診療講師、2017年4月より2018年11月まで川崎医科大学消化器外科教授、2019年より[要出典]近畿大学奈良病院准教授、2023年度より川崎医科大学医学部教授。2009年、en:ASCO Awardを受賞[要説明]。 2017年には記事が山陽新聞のMEDICAに掲載され、癌の兆候と検診を受け早期に発見をし、治療をするということの重要性が述べられた。
元橋 一之(もとはし かずゆき、1961年- )は、日本の経… 元橋 一之(もとはし かずゆき、1961年- )は、日本の経済産業官僚、経済学者。経済産業省大臣官房調査統計部総括グループ長等を経て、東京大学大学院工学系研究科レジリエンス工学研究センター教授。 大阪府出身。1984年東京大学工学部土木工学科卒、86年同大学院工学系研究科修士課程修了、通商産業省機械情報産業局電子政策課係員。1987年通商産業省産業政策局企業行動課係長、1989年通商産業省大臣官房情報管理課係長、1990年資源エネルギー庁公益事業部技術課課長補佐、1993年コーネル大学経営大学院修了、MBA、通商産業省大臣官房調査統計部統計解析課課長補佐、1995年経済協力開発機構科学技術産業局経済分析統計課エコノミスト、1998年中小企業庁計画部計画課課長補佐。
里見 清一(さとみ せいいち、1961年 - )は、日本の内… 里見 清一(さとみ せいいち、1961年 - )は、日本の内科医、評論家。 鳥取県生まれ。本名・國頭英夫。1980年、鳥取県立米子東高等学校卒業。1986年、東京大学医学部医学科卒業。大学病院内科および公立病院救命救急センターなどでの研修を経て、1991年から呼吸器内科とくに肺癌の診療に専門に従事。2001年、東京大学博士(医学)。三井記念病院呼吸器内科科長、国立がん研究センター中央病院内科、日本赤十字社医療センター化学療法科部長。専門は呼吸器内科学・臨床腫瘍学。 筆名は山崎豊子『白い巨塔』の登場人物から。テレビドラマ「白い巨塔」のアドバイザリーも務める。
國貞 克則(くにさだ かつのり、1961年 - )は日本の経… 國貞 克則(くにさだ かつのり、1961年 - )は日本の経営コンサルタント。三つの財務諸表を一体化して捉える視点からの著書多数。ピーター・ドラッカーの影響下にあることを公言している経営コンサルタント。 1961年 岡山県備前市吉永町生まれ。岡山県立和気閑谷高等学校、東北大学工学部機械工学科卒業。1983年 神戸製鋼所入社。1996年 クレアモント大学ピーター・ドラッカー経営大学院でMBA取得。英名:Jack Kuni。2001年 ボナ・ヴィータ・コーポレーション設立。
信友 直子(のぶとも なおこ、1961年 - )は、日本のテ… 信友 直子(のぶとも なおこ、1961年 - )は、日本のテレビディレクター、ドキュメンタリー映画監督。 広島県呉市生まれ。呉市立片山中学校、広島大学附属高等学校を経て、東京大学文学部を卒業後、森永製菓に入社。広告部に所属していた際に、グリコ・森永事件の取材を受けたことが契機となり、映像制作プロダクションに転職。 北朝鮮拉致問題やひきこもり、若年性認知症などの社会的なテーマや大道芸人ギリヤーク尼ヶ崎にスポットを当てた企画(ザ・ノンフィクション『情念の男〜ギリヤーク尼ケ崎〜』)、草食男子の生態という文化的なテーマなど100本近くのテレビ番組を制作。 2006年に休暇中のインドで列車と接触して骨盤骨折し、2007年には乳がんを発症。
青木 計憲(あおき かずのり、1961年 - )は、EY ス… 青木 計憲(あおき かずのり、1961年 - )は、EY ストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社のパートナー、金融事業統括責任者。 前職ではデロイトトーマツコンサルティング合同会社の金融事業統括責任者、デロイトトーマツ合同会社の保険セクター統括責任者、IBM GBS 保険事業コンサルテイング責任者などを歴任。 広島県尾道市出身、広島学院中学校・高等学校卒業。早稲田大学政治経済学部卒。EY ストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社で金融事業統括責任者を務めている。前職は、デロイトトーマツコンサルティングの金融事業統括責任者でもあり、特に保険業界を中心に企業戦略、オペレーション改革、IT戦略、イノベーション推進、海外展開戦略の策定・実行支援などを含むプロジェクトを数多く手掛けていた。
弥永 真生(やなが まさお、1961年〈昭和36年〉 - )… 弥永 真生(やなが まさお、1961年〈昭和36年〉 - )は、日本の法学者。専門は、商法・企業会計法。明治大学専門職大学院会計専門職研究科教授。 元筑波大学大学院ビジネス科学研究科教授。明治大学大学院会計専門職研究科講師、慶應義塾大学法科大学院講師、早稲田大学大学院会計研究科講師、東北大学法科大学院講師、会計士補。竹内昭夫門下。 東京都生まれ。明治大学在学中、不動産鑑定士二次試験、公認会計士二次試験に合格。卒業後、東京大学法学部に学士入学する。東京大学在学中、司法試験、公認会計士三次試験に合格する。 コンピュータ法、金融機関の規制、会社法、制度会計論
安永 貴夫(やすなが たかお、1961年(昭和36年) - … 安永 貴夫(やすなが たかお、1961年(昭和36年) - )は、日本の労働運動家。日本労働組合総連合会(連合)副事務局長。山口県出身。山口県立豊浦高等学校卒業。 1980年、日本電信電話公社(のちのNTT)に入社。その後、労働運動に身を投じ、20代のころは全電通山口県支部役員として民営化に向けた組織体制の確立にあたった。1998年、NTT労働組合西日本本部執行委員。2002年にNTT中央労働組合中央執行委員に就任。NTT労働組合企画組織部長、情報産業労働組合連合会書記長などを歴任した。内閣府実践キャリア・アップ戦略専門タスクフォースメンバー、労働政策審議会臨時委員も務めた。2013年、一橋大学でゲスト講師として「連合の政策・制度の実現をめざして-雇用・労働政策、特に若年者雇用の課題を中心に」と題して労働政策を論じたことがある。
くすのき しげのり(1961年 - )は、日本の児童文学作家… くすのき しげのり(1961年 - )は、日本の児童文学作家、童謡詩人。 徳島県出身。徳島大学卒業、鳴門教育大学大学院修了。教育関係の書籍では、楠茂宣 名義でも活動している。 徳島県立城北高等学校 在学中は文芸部に入り、大学在学中より児童文学の創作活動を始める。小学校教諭となった後も道徳や国語の時間の教材に使用する為に作品を書き続ける。 2002年に徳島県鳴門市立図書館副館長に着任、民間業者との共同運営や読書の推進活動に携わる。 2004年に脳梗塞となり数ヶ月入院、退院後のリハビリテーションを経て復帰する。この時の経験から2005年より「あなたの一日が世界を変える」の理念を世界に普及させる活動を始める。
田中琢二(たなか たくじ、1961年 - )はBofA証券副… 田中琢二(たなか たくじ、1961年 - )はBofA証券副会長。 財務官僚の出身で、国際通貨基金(IMF)日本代表理事、関東財務局長、副財務官、産業革新機構専務執行役員、財務大臣秘書官事務取扱などを務めてきた。 愛媛県生まれ。愛光中学校・高等学校、東京大学教養学部教養学科卒業。大学時代ア式蹴球部に所属していた。1985年 大蔵省入省(大臣官房秘書課)。1986年5月 大臣官房秘書課調査係長心得。1987年から1989年まで英国ケンブリッジ大学留学。英国の経験を基にイギリス政治に関する著作を出版している。 1989年から1991年まで国際金融局国際機構課通貨基金係長としてIMFを担当。高田税務署長、日本銀行営業局勤務の後、1994年7月から1996年7月まで理財局国有財産総括課長補佐。
常行 真司(つねゆき しんじ、1961年 - )は、日本の物… 常行 真司(つねゆき しんじ、1961年 - )は、日本の物理学者。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻教授。同研究科副研究科長。専門は物性理論、計算物質科学。 愛媛県出身。愛光高校卒業。1984年3月、東京大学理学部物理学科卒業。1986年3月、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻修士課程修了。 東京大学理学部物理学科助手(1987年3月 - )、東京大学物性研究所助教授(1992年4月 - )、文部科学省学術調査官 (併任、1999年8月 - 2001年7月)、東京大学大学院理学系研究科助教授(2002年4月)、東京大学物性研究所助教授(兼務、2006年4月 - )、同准教授(職名変更、2007年4月 - )を経て、2007年8月より東京大学大学院理学系研究科教授。