太田 仁樹(おおた よしき、1950年 - )は、日本の経済… 太田 仁樹(おおた よしき、1950年 - )は、日本の経済学者。岡山大学名誉教授。専攻は社会思想史。 愛知県生まれ。1973年京都大学経済学部経済学科卒業。1980年名古屋大学大学院経済学研究科経済学史専攻博士課程単位取得退学。1985年岡山大学経済学部講師、助教授、教授。1993年「レーニンの経済学」で博士(経済学)(名古屋大学)。2004年岡山大学大学院社会文化科学研究科教授。2016年退職、名誉教授。
木佐 茂男(きさ しげお、1950年 - )は、日本の法学者… 木佐 茂男(きさ しげお、1950年 - )は、日本の法学者。行政法学専攻。学位は、博士(法学)(北海道大学・1990年)(学位論文「人間の尊厳と司法権 - 西ドイツ司法改革に学ぶ」)。北海道大学名誉教授、九州大学名誉教授。弁護士。 島根県出身。2016年4月以降、九州リーガル・クリニック法律事務所、赤坂協同法律事務所、向原総合法律事務所勤務弁護士を経て、2020年3月木佐法律事務所代表弁護士。マスメディアで報道された重要取扱事件として、福岡市屋台訴訟および自由民主党福岡県大牟田支部名誉毀損損害賠償請求事件がある。 1973年島根大学文理学部法学科卒業。1978年京都大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。
木下 哲夫(きのした てつお、1950年 - )は、日本の翻… 木下 哲夫(きのした てつお、1950年 - )は、日本の翻訳家。 千葉県生まれ。京都大学経済学部卒業。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・作詞家・作家・放送作家・随筆家(コラムニスト)・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ:作家)。
櫻井 潔(さくらい きよし、1950年- )は、日本の建築家… 櫻井 潔(さくらい きよし、1950年- )は、日本の建築家。 株式会社櫻井潔建築設計事務所・ETHNOS代表。神戸市生まれ。
志賀 健二郎(しが けんじろう、1950年(昭和25年) -… 志賀 健二郎(しが けんじろう、1950年(昭和25年) - )は、日本の著作家。学校法人田中千代学園副理事長。 渋谷ファッション&アート専門学校(前・田中千代ファッションカレッジ)校長。兵庫県出身。 1974年、京都大学文学部史学科卒業。卒業後、小田急百貨店入社。文化催事(小田急グランドギャラリー)、宣伝、販売促進などを担当。小田急美術館館長(兼務)。 2006年、川崎市の公募で採用され、川崎市市民ミュージアム館長に就任。 2011年から2014年まで、川崎市市民ミュージアムアドバイザー。日本映画大学にて、非常勤講師(博物館経営論)として勤務。 俳優志賀廣太郎(2020年死去)は実兄。 1987年10月、小田急美術館の前身である小田急グランドギャラリーが『光太郎 智恵子の世界展』(主催読売新聞社)を開催することになり、戦時中、岩手県花巻に疎開していた高村光太郎が、敗戦直後に移り住み、戦意高揚の詩を作っていたことへの反省から晩年の7年間独居していた高村山荘の粗末な空間を、会場演出としても効果的であるため、再現することになった。
篠原 資明(しのはら もとあき、1950年 - )は、日本の… 篠原 資明(しのはら もとあき、1950年 - )は、日本の哲学者・詩人(日本文芸家協会会員)・美術評論家(国際美術評論家連盟会員、2014~2015年 日本美術評論家連盟常任委員)。京都大学名誉教授。京都市立芸術大学客員教授。専門は、哲学・美学。 1950年、香川県生まれ。1975年、京都大学文学部哲学科を卒業。1980年、同大学院文学研究科美学美術史学専攻博士課程を単位取得満期退学し、京都大学文学部助手となった。 その後は大阪芸術大学助教授、東京芸術大学専任講師となった。京都大学総合人間学部助教授となり、後に教授昇進。学外では、2005年4月から2015年3月まで国立美術館外部評価委員をつとめた。
田窪 行則(たくぼ ゆきのり、1950年 - )は、日本の言… 田窪 行則(たくぼ ゆきのり、1950年 - )は、日本の言語学者。専門は理論言語学、日本語学、琉球語学。京都大学名誉教授。 1950年、岡山県で生まれた。中学生の頃、金田一京助の随筆「北の人」に出会い、感動したという。1969年、京都大学文学部文学科に入学。しかし、折しも1969年は大学紛争の真っ最中であった。西田龍雄に師事して言語学専攻で学び、1975年3月に卒業。卒業後は、同大学大学院に進んだ。1980年、京都大学大学院文学研究科博士課程を単位取得退学。 同1980年より大韓民国東国大学校慶州分校招聘専任講師を務めた。1982年、神戸大学教養部専任講師となった。1984年、同助教授に昇格。
田中 義廣 (たなか よしひろ、1950年 - 2012年)… 田中 義廣 (たなか よしひろ、1950年 - 2012年)は、日本のフランス文学者、翻訳家。 兵庫県生まれ。京都大学文学部卒、同大学院博士課程中退。久留米大学文学部教授。専門はフランス幻想文学・エゾテリスム思想。 妻は、出版・編集企画制作集団「エディシオン・アルシーヴ」でともに活動した、生田智恵子(生田耕作の姪)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
坪香 伸(つぼか しん、1950年または1951年 - )は… 坪香 伸(つぼか しん、1950年または1951年 - )は、日本の国土交通・環境技官。東北地方整備局長、国土技術政策総合研究所長、日本建設情報総合センター理事を歴任。瑞宝中綬章受章。 1976年 (昭和51年) 3月 京都大学大学院工学研究科土木工学専攻修了。同年 建設省入省、1988年 奈良県河川課長、1991年 (平成3年) 4月 近畿地方建設局 (現・近畿地方整備局) 姫路 工事事務所長、19947月 同局企画部調査官、1995年 建設省河川局防災・河岸課海洋開発官、1997年 近畿地方建設局淀川工事事務所長、1999年 同河川部長、2004年1月 同職を宮本博司と交代し岡山和生の後任として河川局河川環境課長、2005年8月 環境省環境管理局水環境部長、大臣官房審議官、2006年7月 森永教夫の後任として国土交通省東北地方整備局長、2007年10月 同職を久保田勝と交代し望月常好の後任として国土技術政策総合研究所長。
福井 幸男(ふくい ゆきお 1950年 - )は、工業技術研… 福井 幸男(ふくい ゆきお 1950年 - )は、工業技術研究者。筑波大学名誉教授。博士(工学)。福岡県出身。研究分野は、設計支援システム、ヒューマンインタフェース、形状処理、バーチャルリアリティ等。2015年から幸福の科学の無認可校ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ未来産業学部のプロフェッサー(教授)と学部長を務めている。
福嶋 雅夫(ふくしま まさお、1950年 - )は、日本の数… 福嶋 雅夫(ふくしま まさお、1950年 - )は、日本の数理工学者。京都大学名誉教授。京都情報大学院大学教授。専門は、オペレーションズ・リサーチ。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
嶺 秀樹(みね ひでき、1950年 - )は、日本の哲学者、… 嶺 秀樹(みね ひでき、1950年 - )は、日本の哲学者、関西学院大学文学部名誉教授。 福井県生まれ。1974年京都大学文学部卒業。1979年同大学院文学研究科(西洋哲学史専攻)博士課程修了。1983年西ドイツ・テュービンゲン大学にて哲学博士号取得。関西学院大学文学部助教授、教授を歴任し、2019年退職。名誉教授となる。2024年『絶対無の思索へ:コンテクストの中の西田・田辺哲学』で第36回和辻哲郎文化賞を受賞。
宮森 洋一郎(みやもり よういちろう、1950年〈昭和25年… 宮森 洋一郎(みやもり よういちろう、1950年〈昭和25年〉 - )は日本の建築家。宮森洋一郎建築設計室主宰。吉岡賞など受賞。 1950年に広島県呉市に生まれる。1973年に京都大学工学部建築学科を卒業後、大学院へと進み1975年に修士課程を修了した。その後、東急設計コンサルタントおよび美建設計事務所に勤務するも実家の都合で広島へと戻り、1982年に宮森洋一郎建築設計室を設立した。1999年以降は広島工業大学で非常勤講師も務めている。
村上 宣寛(むらかみ よしひろ、1950年 - )は、日本の… 村上 宣寛(むらかみ よしひろ、1950年 - )は、日本の心理学者、富山大学名誉教授。専門は教育心理学、教育測定学、認知心理学、統計分析、性格測定など。 愛媛県生まれ。大阪府堺市で育った。同志社大学を卒業後、1976年に京都大学大学院修士課程を修了した。1977年に京都大学大学院教育学研究科教育方法学専攻博士課程を中途退学した。同年、富山大学教育学部助手となった。富山大学教育学部で、講師、助教授、教授を歴任した。2005年から富山大学人間発達科学部教授を務めた。 教育心理学、教育測定学を専門とする。認知心理学、統計分析、性格測定に関するプログラム開発も専門とする。学習障害児の学習意欲と学力の関係に関する研究に携わり、学習意欲を測定する尺度の作成を担当した。
吉村 良一(よしむら りょういち、1950年 - )は、日本… 吉村 良一(よしむら りょういち、1950年 - )は、日本の法学者(民法・環境法)。立命館大学教授。博士(法学)(立命館大学・論文博士・1991年)。奈良県出身。第24期民主主義科学者協会法律部会理事長。 不法行為法および環境法の研究で著名。特に公害と不法行為についての研究を行っており、公害被害者救済の観点から古典的な過失責任論の再評価を主張していることで注目される。一般的な考えでは、過失責任主義は前近代社会にあっては個人の自由を保障するものとして妥当であったが、近代では被害者救済のために例外的に無過失責任主義が認められるようになったとされる。この立場からは、無過失責任主義は注意しても防げない損害について公平の見地から特別に責任を負わせるためのものであると位置付けられるが、吉村は無過失責任主義はその例外性ゆえに、被害者救済の面ではあまり機能していないことを主張する。
大野 栄一(おおの えいいち、1950年(昭和25年)- )… 大野 栄一(おおの えいいち、1950年(昭和25年)- )は日本の数学教師。大阪に生まれる。1972年(昭和47年)、京都産業大学理学部計算機学科を卒業。大谷中学校・高等学校の数学教師を勤める。趣味は自転車、パソコンいじり、計算道具・計算機の収集。
白波瀬 誠(しらはせ まこと、1950年- )は、日本の実業… 白波瀬 誠(しらはせ まこと、1950年- )は、日本の実業家。京都中央信用金庫会長。 京都府出身。1972年京都産業大学経済学部卒業。1972年4月、京都中央信用金庫入り。西陣、堀川各支店長などを歴任し、2008年に理事就任。本店営業部長を経て13年に専務理事。15年11月から現職。 2025年11月、旭日小綬章を受章。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
赤瀬 美穂(あかせ みほ 1950年 - )は、元甲南大学特… 赤瀬 美穂(あかせ みほ 1950年 - )は、元甲南大学特任教授。司書課程担当。京都産業大学でも長年、事務職員(図書館配属)、非常勤講師、情報センター長を歴任した。 1950年愛媛県生まれ。1973年3月京都女子大学文学部国文学科卒業。1974年4月京都産業大学事務職員(図書館配属)。2007年4月京都産業大学文化学部非常勤講師(兼務)(~2012年、2014年)。2008年4月京都産業大学図書館事務部長を兼ねて情報センター長(~2011年3月)。2011年3月京都産業大学退職。同年4月甲南大学特任教授。2021年3月甲南大学定年退職。
清水 信行(しみず のぶゆき、1950年(昭和25年) - … 清水 信行(しみず のぶゆき、1950年(昭和25年) - )は日本の画家。京都府出身。 1950年(昭和25年)、京都府に生まれる。1972年(昭和47年)、日展初入選し、以降4回連続入選。1974年(昭和49年)、京都市立芸術大学日本画科卒業。1976年(昭和51年)、京都市立芸術大学専攻科修了。1984年(昭和59年)、日仏現代美術展出品、第二席、同フランスソワール賞受賞。1985年(昭和60年)、個展(東京セントラル絵画展)。1986年(昭和61年)、東京セントラル美術館日本画大賞展に招待出品。1987年(昭和62年)、京都画壇日本画秀作展選抜出品。2001年(平成13年)、画文集「心の山河 心の森」(芸艸堂)発刊。
多田 善昭(ただ よしあき、1950年 - )は、日本の建築… 多田 善昭(ただ よしあき、1950年 - )は、日本の建築家。 社団法人日本建築学会四国支部長を歴任。香川県近代和風建築総合調査委員会委員、善通寺市旧善通寺偕行社整備検討委員会副委員長として国重文の旧善通寺偕行社保存修復ほか、歴史的建築物の保存・修繕に努める。まちづくりにも従事、「宇多津まちづくり」では 2007年(平成19年)国土交通省まちづくり交付金事業 まち交大賞プロセス賞を受賞。 香川県善通寺市出身。 「静修館」で1988年(昭和63年), 社団法人日本建築士会連合会 奨励賞。「飛翔の館」で1991年(平成3年), 社団法人香川県建築士会 優秀作品賞。「龍の医院」(安藤医院)で1996年(平成8年), 社団法人日本医療福祉建築協会医療福祉建築賞。
徳永 洋(とくなが ひろし、1950年 - )は、日本の歴史… 徳永 洋(とくなが ひろし、1950年 - )は、日本の歴史学者。横井小楠研究家として知られる。熊本県熊本市出身。 熊本商科大学卒業。日本銀行に勤務。仕事のかたわら横井小楠に関する資料収集・研究にいそしむ。また、熊本・福井両市で小楠に関する展覧会も企画した。著書に『横井小楠-維新の青写真を描いた男』(新潮新書)、共著に『横井小楠のすべて』(新人物往来社)がある。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
浅羽 俊一郎(あさば しゅんいちろう、1950年 - )は、… 浅羽 俊一郎(あさば しゅんいちろう、1950年 - )は、元・国連難民高等弁務官事務所駐日本韓国事務所副代表。同パキスタン・クェッタ事務所長 東京都立秋川高等学校卒業。1974年、慶應義塾大学経済学部卒業、東京YMCAへ就職。1983年、青少年育成国民会議へ就職、1984年国連難民高等弁務官事務所(UNHCR )へ就職 。UNHCRの主な勤務地:パキスタン(ペシャワール)、ソマリア、モザンビーク、スイス(ジュネーブ本部)、タジキスタンとチェチェン緊急支援チーム、ボスニア・ヘルツエゴヴィナ、駐日本・韓国事務所(東京)副代表を経て、パキスタン・クェッタ事務所長にて2007年退任。Y’s Men International 東日本区ユース事業主任・100周年事業アジア太平洋地域音楽委員会議長、東京YMCA国際委員長、世界YMCA同盟難民問題専門委員会メンバーとして奉仕、2021年さいたま市内にて地域活動「き咲きてらす」開設 東京山手クラブの会長。
新井 清一(あらい きよかず、1950年 - )は、日本の建… 新井 清一(あらい きよかず、1950年 - )は、日本の建築家。京都精華大学デザイン学部建築学科客員教授。アライ・アーキテクツ一級建築士事務所主宰。 神奈川県横浜市生まれ。1980年中央大学商学部卒業。1983年南カリフォルニア建築大学(SCI-Arc)大学院修士課程修了。2004年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程修了。 1979年から1991年の間、米国のモーフォシス建築設計事務所に所属。1991年にアライ・アーキテクツ事務所を設立。 2014年より京都精華大学客員教授を務める。 主な作品に「くまもとアートポリス」(1988年)、「京都精華大学自習棟」(自在館)、「大連医科大学新校区総体計画設計」、「杖立温泉会館」など。
井上 勇一(いのうえ ゆういち、1950年(昭和25年) -… 井上 勇一(いのうえ ゆういち、1950年(昭和25年) - )は、日本の外務省官僚、法学者。東京都出身。専門は日本外交史、国際関係論。法学博士。 東京都生まれで父は都市計画家の井上孝。1974年(昭和49年)、慶應義塾大学法学部卒業。 ロンドン大学LSE助手、在カナダ日本国大使館書記官(広報・文化担当)を経て外務事務官となり、外務省外交史料館において『日本外交文書』を編纂した。
岩田 達七(いわた たつしち、1950年 - )は、日本の実… 岩田 達七(いわた たつしち、1950年 - )は、日本の実業家、マドラス代表取締役社長である。 1950年に岩田孝七の長男として愛知県に生まれる。慶應義塾大学経済学部卒業後、73年にマドラス(旧亜細亜製靴株式会社)入社。80年に同取締役、84年に同代表取締役、2010年に現職。関連会社の代表取締役も務める。弟の岩田栄七は同会長、岩田工機代表取締役社長を務めた。 次男は三代目J soul brothersのパフォーマーでアーティストの岩田剛典がいる。
大島 春行(おおしま はるゆき、1950年- )はNHK解説… 大島 春行(おおしま はるゆき、1950年- )はNHK解説委員。担当分野は経済。 大阪市出身。大阪市長を務めた大島靖氏の長男。 1975年慶應義塾大学商学部卒、NHK入局。横浜放送局を経て経済部記者となる。経済部では通産省、大蔵省、日銀、自動車、電機、エネルギーなどを担当。1989年-1993年ワシントン特派員、1995年大阪放送局デスク、1997年経済部デスク、2000年ニューヨーク特派員などを経て2003年から解説委員となり現在に至る。 経済記者時代は、三光汽船破綻、 日米貿易交渉、日米鉄鋼業界合併など数々のスクープを連発、日米構造協議では全議事録を単独入手し、日米双方の経済学者などからいまだに照会を受けている。
小島 健輔(こじま けんすけ、1950年 - )は(株)小島… 小島 健輔(こじま けんすけ、1950年 - )は(株)小島ファッションマーケティング代表取締役。日本のファッションビジネス/流通コンサルタントである。 洋装店やブティックを経営していた家に生まれて幼少時から生地や衣料品に囲まれて育ち、オーナーバイヤーだった母から感化された。慶応義塾大学商学部在学中には百貨店研究会に所属して米国ファッションビジネスを研究し、新宿デリカ(後のセシルマクビー)で販売アルバイトも経験した。 卒業後は当時の大手婦人服専門店・鈴屋に入社して銀座のベル・ブードワ店に勤務。上田稔夫(現ファイブフォックス社長)に付いて川久保玲など著名クリエーターとの商談に立ち会ったり売場でVMDを工夫して販売効果を研究した。
斉藤 みどり(さいとう - 、1950年 - )は、元日本教… 斉藤 みどり(さいとう - 、1950年 - )は、元日本教育テレビ・テレビ朝日アナウンサー。東京都出身。 慶應義塾大学文学部卒業後、1974年にNETテレビ(現 テレビ朝日)のアナウンサーとして入社。 主に東京TODAY、みどりの窓口、6時のサテライトなどを担当。 1993年時点で広報局在籍。 この項目は、アナウンサーに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(アナウンサーPJ)。
佐藤 広(さとう ひろし、1950年または1951年 - )… 佐藤 広(さとう ひろし、1950年または1951年 - )は、日本の地方公務員。東京都人事委員会事務局長、同副知事、同信用保証協会理事長、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会副事務総長を歴任。 1975年 (昭和50年) 慶應義塾大学経済学部卒業、東京都庁入庁、大学管理本部改革推進担当部長、生活文化局広報広聴部長、人事委員会事務局長。産業労働局長、新銀行東京を所管。2009年 (平成21年) 6月 東京オリンピック招致を担当していた谷川健次の突然の退任に伴い副知事就任。 2012年6月 秋山俊行や安藤立美を後任に吉川和夫と村山寛司とともに副知事退任。同年9月 東京信用保証協会理事長、2014年3月 公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会常務理事、同年9月 同副事務総長、2022年6月 公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会清算人、同年7月 富国生命保険社外取締役、同年9月 東京都国民健康保険団体連合会理事長、公益社団法人国民健康保険中央会理事。
塩川 和則(しおかわ かずのり 1950年[要出典] - )… 塩川 和則(しおかわ かずのり 1950年[要出典] - )は、元・TBSプロデューサー。プレミアムエンターテイメント代表取締役会長CEO。 福島県出身。慶應義塾大学商学部卒業。1973年、株式会社東京放送(TBS)入社。同期はTBSテレビ執行役員の八木康夫。 入社後、テレビ制作局制作部に所属。居作昌果プロデューサーの部下になる。当時の人気番組「8時だよ!全員集合」、「クイズダービー」を担当。居作から番組制作の手ほどきを受けつつ、師と仰ぎADとして勉強を積む。 その後、その経験が番組制作に大いに生かされヒット番組を続出させた。当時、TBSの視聴率も2位まで復活させ「バラエティの神様」とも呼ばれた。
関根 謙司(せきねけんじ、1950年 - )は、アラブ文学研… 関根 謙司(せきねけんじ、1950年 - )は、アラブ文学研究者、文京学院大学教授。 東京都生まれ。1973年慶應義塾大学商学部卒。1976-79年アジア・アフリカ語学院本科アラビア語科講師、79年7月カイロ大学文学部アラビア語・アラブ文学科ならびにカイロ・アラブ音楽院カーヌーン科留学(エジプト政府イスラーム最高会議奨学金留学生)、82年12月帰国。88年文京女子短期大学英語英文学科専任講師、92年文京女子大学経営学部専任講師、95年助教授、2000年教授、2002年改称改組で文京学院大学人間学部教授。アラブ文学のほか比較文化、インターネット研究を行う。
中村 宗弘(なかむら むねひろ、1950年 - )は、 神奈… 中村 宗弘(なかむら むねひろ、1950年 - )は、 神奈川県逗子市生まれの日本画家。慶應義塾大学文学部東洋史学科卒業。 美術評論家・中村渓男の子。文化勲章を受章した日本画家である祖父・中村岳陵に絵を習い、のちに東山魁夷に師事した。1968年春の日春展に初入選、秋の日展で特選となった。その後も日展を中心に活躍し、現在は日展会友。 四季の風景をモチーフとした日本画を得意とする。日本の四季、自然に焦点を当て、主に京都、信州、八ヶ岳、上高地といった地域を取材。2015年日蓮とのゆかりがある大田区池上の本行寺で客殿が新築され、描き下ろした壁画「清宵(せい・しょう)」を奉納した。作品は高さ2・1メートル、幅5・8メートルで、約5カ月を費やして完成させた。
福島 邦夫(ふくしま くにお、1950年 - )は、日本の民… 福島 邦夫(ふくしま くにお、1950年 - )は、日本の民俗学者。学位は、社会学修士(慶應義塾大学・1981年)。長崎大学名誉教授。 1973年に慶応義塾大学法学部政治学科を卒業し、引き続き同大学大学院社会学研究科に進む。1981年に社会学研究科社会学専攻を修了して社会学修士の学位を取得した。 1989年に長崎大学教養部助教授に就任し、1994年に同教授に昇進した。1996年に長崎大学留学センターに移り、翌年環境科学部の教授となる。2013年には長崎大学水産環境総合研究科教授となった 2018年[要出典]に長崎大学を定年で退官した。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
藤本 滋(ふじもと しげる、1950年 - )は、日本の工学… 藤本 滋(ふじもと しげる、1950年 - )は、日本の工学者である。専門は機械力学、振動工学、耐震工学、原子力耐震工学。神奈川大学工学部機械工学科原子力耐震工学研究室、教授。 福岡県(北九州市)出身1978年慶應義塾大学大学院工学研究科機械工学専攻博士 1978年 東芝総合研究所機械研究所研究員1986年-1991年東芝総合研究所機械研究所主任研究員1992年-1993年東芝原子力技術研究所主幹1994年-2003年東芝電力・社会システム技術開発センター主幹1997年-2002年横浜国立大学工学部生産工学科非常勤講師、湘南工科大学教授、東京都市大学教授、神奈川大学工学部機械工学科教授。
松木 国俊(まつき くにとし、1950年(昭和25年) - … 松木 国俊(まつき くにとし、1950年(昭和25年) - )は、日本の実業家、「朝鮮問題研究家」。「朝鮮近現代史研究所」所長。「調布史の会」世話人、日本会議東京本部調布支部副支部長、新しい歴史教科書をつくる会で理事、多摩支部副支部長を務める。松木 國俊と表記される場合もある。 熊本県生まれ。1973年(昭和48年)、慶應義塾大学法学部政治学科卒業、豊田通商入社。1980年(昭和55年)- 1984年(昭和59年)ソウル事務所駐在の後、秘書室次長、機械部次長を経て2000年(平成12年)に退社・独立。翌2001年(平成13年)、「松木商事」を設立、代表取締役。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。
宮内 俊介(みやうち としすけ、1950年 - 2001年7… 宮内 俊介(みやうち としすけ、1950年 - 2001年7月)は、日本の国文学者。田山花袋の研究家。 山口県萩市生まれ。慶應義塾大学国文科卒、同大学院博士課程単位取得満期退学。 1982年、熊本商科大学専任講師、1989年『田山花袋研究書誌』(桜楓社)を刊行、1992年、校名変更により熊本学園大学教授。51歳で逝去したが、その後、『田山花袋論攷』(双文社出版)、『田山花袋全作品解題』(同)が遺作として刊行された。
三宅 和朗(みやけ かずお、1950年 - )は、日本史学者… 三宅 和朗(みやけ かずお、1950年 - )は、日本史学者、慶應義塾大学教授。古代史、記紀神話が専門。 東京都生まれ。慶應義塾大学文学部史学科卒、1980年同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。1983年中部女子短期大学専任講師、1986年助教授、1988年慶應義塾大学文学部助教授、97年教授。1997年「古代国家の神祇と祭祀」で慶應義塾大学博士(史学)。
矢野 久(やの ひさし、1950年 - )は、日本の経済学者… 矢野 久(やの ひさし、1950年 - )は、日本の経済学者。博士(社会科学)。専門はドイツ現代経済史、ドイツ現代社会史、労働史。 ナチ時代の労働史についてドイツ語の本を公刊して以後は、戦時期の外国人強制労働に研究の重点を移し、最近では戦後ドイツにおける外国人労働者について研究している。 戦後ドイツ社会がナチ時代にどのように対処してきたのか、20世紀をどのようにとらえるのかという問題にも取り組んでいる。同時に戦後ドイツの外国人労働者の居住の社会史に視野を広げて研究している。 一次資料を基にして歴史研究を行い、それをドイツで発表することで国際的貢献を果たそうと考えている。 日本国内の学会よりもドイツ国内で多くの発表を行っている。
山本 英史(やまもと えいし、1950年 - )は、日本の中… 山本 英史(やまもと えいし、1950年 - )は、日本の中国史学者、慶應義塾大学名誉教授。中国明清史、近代農村社会史を専門。博士(文学)(東京大学・2007年)。 滋賀県生まれ。1973年慶應義塾大学文学部卒、1976年東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。1979年同大学博士課程単位取得満期退学。2007年「清代中国の地域支配」で東京大学より博士(文学)の学位を取得。山口大学人文学部専任講師、同大学助教授を経て、慶應義塾大学文学部助教授に就任し、1996年同大学教授となる。2016年、定年退職し、同大学名誉教授となった。2018年-2024年、中国南開大学特聘教授を務めた。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
高田 恵太郎(たかだ けいたろう、1950年 - )は、ファ… 高田 恵太郎(たかだ けいたろう、1950年 - )は、ファッションプロデューサー 甲南大学卒業後、アパレルメーカーヴァンヂャケット入社。 その後、企画会社、スポーツメーカーを経て、1989年神戸ファッションマートプロジェクト(ジャパンマーケットセンター/住友信託銀行)に参加。同社のマーケティング部長としてアパレルメーカーの合同展示会、若手デザイナーの育成イベント(神戸コンポーズド)、クリエイター育成支援事業、ITとファッションの融合など、様々なプロジェクトを実施。2002年8月神戸コレクション第1回目を発起人として開催し現在まで育て上げた。 取締役事業部長を歴任後2005年に退社。55歳を機に「オヤジベンチャー」を目指して以降、ITベンチャー企業、ファッション企業等のアドバイザーとして活動。
北岡 孝義(きたおか たかよし、1950年 - )は、日本の… 北岡 孝義(きたおか たかよし、1950年 - )は、日本の経済学者、明治大学名誉教授。専攻は金融・ファイナンスの実証分析。 1974年神戸大学経済学部卒、1977年同大学院博士後期課程中退。1990年「貨幣経済の研究」で神戸大経済学博士。広島大学経済学部教授、2000年明治大学商学部教授。2021年定年退職。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
野田 進(のだ すすむ、1950年 - )は、日本の法学者。… 野田 進(のだ すすむ、1950年 - )は、日本の法学者。九州大学名誉教授。専門は労働法。 福岡県出身。福岡県立修猷館高等学校を経て、1974年神戸大学法学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科博士後期課程単位修得退学。 九州大学大学院法学研究院教授、九州大学法科大学院教授、同法科大学院長、九州大学副学長、福岡県労働委員会会長を務めた。2016年定年退職。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
吉田 敏昭(よしだ としあき、1950年または1951年 -… 吉田 敏昭(よしだ としあき、1950年または1951年 - )は、日本の地方公務員(技術公務員)。大阪府住宅まちづくり部長、大阪建築防災センター理事長を歴任。瑞宝小綬章受章者。 大阪府出身。神戸大学工学部建築学科卒。1974年 (昭和49年) 4月 大阪府採用。泉北ニュータウン、府立高校の新設工事、府営住宅の建て替え工事を経験。1997年 (平成9年) 4月 企画調整部企画室主幹、1998年4月 建築都市部住宅まちづくり政策課参事、2002年4月 同政策課長、2003年4月 建築都市部副理事兼住宅まちづくり政策課長、2005年4月 建築都市部住宅経営室、2006年4月 住宅まちづくり部技監を経て、住宅まちづくり部長。
米澤 茂(よねざわ しげる、1950年 - )は、日本の哲学… 米澤 茂(よねざわ しげる、1950年 - )は、日本の哲学者・教育学者。北九州市立大学名誉教授。専門は、ソクラテス・プラトンを中心とした西洋古代思想。 1972年神戸大学文学部卒業。1979年京都大学大学院文学研究科博士課程(哲学・西洋哲学史)単位取得満期退学。1998年「ソクラテス研究序説」で筑波大学より博士(文学)の学位を取得。1981年北九州大学外国語学部講師、1984年助教授、1994年教授、2001年校名変更で北九州市立大学外国語学部教授、2007年筑波大学人間総合科学研究科教授、2015年定年退職。 2001/12 大学設置・学校法人審議会教員資格審査において、Dマル合(市民文化思想研究、思想文化演習、特別研究Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ) この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
花部 英雄(はなべ ひでお、1950年 - )は、日本の国文… 花部 英雄(はなべ ひでお、1950年 - )は、日本の国文学者・民俗学者。口承文芸が専門。学位は、博士(文学)(國學院大学・2004年)(学位論文「民間説話の民俗学的研究」)。國學院大學元教授。 青森県に生まれる[要出典]。1975年に國學院大學文学部国文科を卒業した。2004年「民間説話の民俗学的研究」で國學院大學より博士(文学)の学位を取得した。國學院大學専任講師、准教授を経て教授となる。2021年3月に定年で退職した[要出典]。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
森 真紀(もり まさのり、1950年 - )は、日本の詩人・… 森 真紀(もり まさのり、1950年 - )は、日本の詩人・作曲家。東京上野生まれ。國學院大學文学部哲学科卒業。主に、ドイツ観念論を学ぶ。学びつつも興味は文学、音楽へと傾いてゆく。 文学の分野では、本名のほかに、森学などの筆名で、「文藝春秋special 素晴らしき日本語の世界」「死ぬのによい日だ 日本エッセイストクラブ 文春文庫」「詩学」「詩学研究」「四季」「詩」「東京四季」「日本語の星たち」「現代詩集成」「詩・アンソロジー」などに作品を発表。 作曲の分野では、ハロージャンボ音楽フェスティバル最優秀グランプリ受賞。NHK最優秀賞三度受賞、クレヨンハウス『音楽広場』賞受賞。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
安藤 元一(あんどう もとかず、1950年 - 2020年)… 安藤 元一(あんどう もとかず、1950年 - 2020年)は、日本の哺乳類学者。東京農業大学教授を歴任。 1950年大阪生まれ。1973年国際基督教大学教養学部卒。1973年から羽仁プロダクションで野生動物記録映画の製作に携わる。1985年九州大学大学院農学研究科博士課程修了。1985年滋賀県庁入庁。湖沼環境保全の職務を担当。1995年環境科学入社。2000年より東京農業大学助教授、2007年より東京農業大学農学部畜産学科野生動物学研究室准教授(産学プラザ 2007)。2009年より教授。2015-2017年ヤマザキ学園教授。2013年-2020年NPO法人野生生物保全論研究会会長。2020年3月に逝去。
岡部 あおみ(おかべ あおみ 、1950年 - )は、日本の… 岡部 あおみ(おかべ あおみ 、1950年 - )は、日本の研究者、キュレーター。元武蔵野美術大学教授。夫は建築家の岡部憲明。 東京都生まれ。国際基督教大学卒業。ソルボンヌ大学修士課程修了。ルーヴル学院第三課程論文修了。近現代美術史とミュゼオロジーを専攻。 1995年1月の阪神・淡路大震災の後、阪神アートプロジェクトを企画。現代美術を支える人々との対話とインタヴューのアーカイヴを内容とするウェブサイト「Culture Power」を創設する。 武蔵野美術大学造形学部芸術文化学科の開設(1999年)に携わる。同年、同大学教授に就任。キュレーターとして芸術と社会について実践的な講義を行う。2011年、同大学教授を退官。
平田 純一(ひらた じゅんいち、1950年 - )は、日本の… 平田 純一(ひらた じゅんいち、1950年 - )は、日本の経済学者。立命館アジア太平洋大学国際経営学部教授・副学長兼教学部長。専門分野はマクロ経済学、経済統計学。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
川添 永子(かわぞえ えいこ、旧姓:桑原 1950年〈昭和2… 川添 永子(かわぞえ えいこ、旧姓:桑原 1950年〈昭和25年〉 - )は日本の剣道家、教師。 女子剣道黎明期に活躍した女流剣士のパイオニア的存在として知られている。夫は剣道家の川添哲夫。 熊本県八代市生まれで、小学4年生で剣道を始める。熊本県立八代東高等学校在学中の1967年、出場した玉竜旗高校剣道大会において女子選手として初めて男子選手を破り、話題となる。 翌1968年には新設された女子個人戦にて優勝し、初代女王となった。翌1969年には国士舘大学進学し、大学1年生ながら全日本女子剣道選手権大会にて優勝。その後、1970年、1971年と3連覇を果たす。この優勝回数3回の記録は村山千夏が2011年に4回目の優勝を遂げるまで、最多記録であった。