阿部 修士(あべ のぶひと、1981年 - )は、日本の認知… 阿部 修士(あべ のぶひと、1981年 - )は、日本の認知神経科学研究者、京都大学人と社会未来研究院教授。ヒトの「正直/不正直」を生む脳の機構などを研究課題としている。 北海道釧路市生まれ。 2003年に東北大学文学部人文社会学科を卒業し、2005年に東北大学大学院医学系研究科障害科学専攻博士後期課程を修了。2008年年に博士後期課程を修了し、博士論文「Neural basis of human deceptive behavior : evidence from neuroimaging and neuropsychology(ヒトの欺瞞行動に関わる神経基盤 : 脳機能画像法と神経心理学からの知見)」により東北大学から博士(障害科学)を取得した。
藤江 昌嗣(ふじえ まさつぐ、1954年 - )は、日本の統… 藤江 昌嗣(ふじえ まさつぐ、1954年 - )は、日本の統計学・経済学者、明治大学教授。 北海道釧路市生まれ、帯広市を経て、埼玉県浦和市に転居。1973年埼玉県立浦和高等学校卒業、1978年京都大学経済学部卒業、日本鋼管勤務、1979年退社、1984年神戸大学大学院博士課程退学、1984年岩手大学人文社会科学部専任講師。1987年東京農工大学農学部助教授。1992年明治大学経営学部助教授、1993年教授、明治大学副学長 (2012 ‐ 2016)。1994年「移転価格税制と地方税還付」で京都大学博士(経済学)。MOS明治大学マネジメント・オブ・サスティナビリティ研究所所長 (2012 ‐ )。
内田 一成(うちだ いっせい、1952年 − )は、日本の臨… 内田 一成(うちだ いっせい、1952年 − )は、日本の臨床心理学者・教育学者。学位は、博士(心身障害学)。上越教育大学名誉教授。 専門は、臨床心理学、学校心理学、福祉心理学、心理療法(応用行動分析、行動療法、認知行動療法)。臨床心理士、専門行動療法士。2003年より上越教育大学大学院学校教育研究科(臨床心理学コース)教授(2008年改組)、2005年より兵庫教育大学大学院連合学校教育学研究科博士後期課程研究指導担当(臨床心理学)教授(兼任)。2013年上越教育大学名誉教授。 児童青年期の心理障害ならびに発達障害や知的障害の行動問題の形成メカニズムの解明とそれに即した心理療法技法(応用行動分析,行動療法、認知行動療法等)の開発研究、強度行動障害に対する行動療法における新たな臨床モデルの開発研究、知的障害・発達障害をもつ人のソーシャルスキルに関する応用行動分析プログラムの開発研究を手がけ、適応行動の学習や発達の妨害要因となる常同行動や儀式的行動を適応行動に変換する技法の開発により3つの学術団体から表彰されている。
長内 了(おさない さとる、1942年〈昭和17年〉8月29… 長内 了(おさない さとる、1942年〈昭和17年〉8月29日 - 2013年〈平成25年〉9月4日)は、日本の法学者。英米法(公法)専攻。中央大学名誉教授。北海道釧路市出身。連邦制の講義に定評があった。
三沢 彰(みさわ あきら、1942年5月1日 - 1994年… 三沢 彰(みさわ あきら、1942年5月1日 - 1994年11月14日)は、日本の造園家・造園学者。道路の沿道環境緑地帯に関する研究など、造園の定量化によって最適構造の決定化を試みた。工学博士。北海道釧路市生まれ。 1965年、千葉大学園芸学部旧造園学科卒業。日本道路公団入社。1972年から1974年、千葉大学園芸学部造園学科専攻生。1975年に千葉大学園芸学部旧環境緑地学科助手。1979年から1980年、文部省内地研究員として、東京工業大学工学部社会工学科に所属。 1981年、科学的かつ実証的な『沿道空間における環境緑地帯の構造に関する基礎的研究』で東京工業大学より学位授与。この研究により1982年、日本造園学会賞受賞。
藤村 久和(ふじむら ひさかず、1940年 - 2025年3… 藤村 久和(ふじむら ひさかず、1940年 - 2025年3月31日)は、日本の民俗学者・民族学者。北海学園大学名誉教授。河野広道門下。北海道を代表するアイヌ文化の研究者の一人。 北海道釧路市に生まれる。 北海道学芸大学教育学部を卒業し、[要出典]1963年に北海道厚田村立聚富小学校の教員となる。以後、石狩町立南線小学校(1969年)を経て、1970年に教員を退職し北海道開拓記念館の研究員に転じた。記念館時代にアイヌ古老からの聞き取りを始める。 1984年に北海学園大学教養部教授に就任し、1998年に同人文学部、1999年に同大学院文学研究科の教授となる。北海学園大学では学芸員課程設置の準備に携わり、1999年に課程設置が実現した。
原 彬久(はら よしひさ、 1939年10月20日 - )は… 原 彬久(はら よしひさ、 1939年10月20日 - )は、日本の政治学者、東京国際大学名誉教授。専門は日本外交史。 北海道釧路市生まれ。1963年早稲田大学政治経済学部卒業。国際商科大学(現東京国際大学)助教授、東京国際大学教授、2010年定年、名誉教授。1990年「戦後日本と国際政治 安保改定の政治力学」で一橋大学から法学博士号を取得。プリンストン大学客員研究員およびケンブリッジ大学客員研究員も務めた。2000年から2002年まで日本公共政策学会会長。 1980年代に岸信介元総理大臣、太田薫元総評議長をはじめとする安保騒動関係者へのオーラル・ヒストリーを実施し、日米安全保障条約改訂交渉をめぐる日本政治についての先駆的研究を行なったことで知られる。
佐藤方彦(さとう まさひこ、1932年12月4日 - )は、… 佐藤方彦(さとう まさひこ、1932年12月4日 - )は、日本の人間工学者、九州芸術工科大学名誉教授。 北海道釧路市生まれ。祖父、父ともに医師で、医師の家系に育つ。幼少期に実母が逝去。1954年、東京大学理学部生物学科卒業、同大学院人類学専攻修了、時実利彦に師事。1962年「運動の巧みさに関する研究」で理学博士。東京大学助手、日本女子体育大学助教授をへて、九州芸術工科大学教授、2003年名誉教授。日本生理人類学会会長。2011年秋瑞宝中綬章受勲。専門は人間工学。
末永 照和(すえなが てるかず、1931年5月26日 - )… 末永 照和(すえなが てるかず、1931年5月26日 - )は、日本の美術史学者、桜美林大学名誉教授。国際美術評論家連盟会員。 北海道釧路市生まれ。東北大学文学部美学美術史学科卒業。『美術手帖』『みづゑ』などに執筆。桜美林大学教授、名誉教授、実践女子大学教授。2002年定年退職。 1984年「ジェームズ・アンソール」で芸術選奨新人賞受賞。2013年「評伝ジャン・デュビュッフェ アール・ブリュットの探求者」で第23回吉田秀和賞受賞。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
小林 丈児(こばやし じょうじ、1924年3月30日-198… 小林 丈児(こばやし じょうじ、1924年3月30日-1985年8月6日)は、日本の政治学者。専門は、政治学・比較政治学。元中央大学教授。北海道釧路市出身。 1952年中央大学法学部(旧制)卒業。1952年中央大学法学部助手。1957年中央大学法学部助教授。1964年中央大学法学部教授。1985年在職中に心不全で逝去。 この他に、日本比較法研究所副所長、日本政治学会理事、東京外国語大学外国語学部・明治大学法学部・早稲田大学法学部・立教大学法学部の非常勤講師を務めた。 専門は、政治学・比較政治学。特に、政治原論、平和学、地方自治論、アメリカ政治史、イギリス政治史などを研究。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
尾山 力(おやま つとむ、1923年6月9日 - 2008年… 尾山 力(おやま つとむ、1923年6月9日 - 2008年1月9日)は、日本の医学者・麻酔学者。弘前大学名誉教授。 北海道釧路市出身。北海道帝国大学医学専門学校卒、1956年北海道大学医学博士。ハーヴァード大学で麻酔学を学ぶ。北海道大学医学部講師、1965年弘前大学医学部助教授、1971年教授、1991年定年退官、名誉教授、ツムラ薬理研究所。日本麻酔学会会長、国際ペイン・クリニック学会会長。 2000年、勲三等旭日中綬章を受章。2008年1月9日、心不全のため死去。
楠 宏(くすのき こう、1921年11月18日 - 2021… 楠 宏(くすのき こう、1921年11月18日 - 2021年2月10日 )は、日本の地球物理学者・地理学者・地球科学者である。専門は、雪氷学、両極地方の地誌。北海道釧路市出身。楠木正成の子孫にあたるという。父親は旧制一高東寮寮歌「嗚呼玉杯」「緑もぞ濃き」の作曲者楠正一(一高を中退後、石狩支庁農林技手。1945年没)。
田辺 寿利(たなべ すけとし(または「じゅり」)、1894年… 田辺 寿利(たなべ すけとし(または「じゅり」)、1894年3月15日 - 1962年1月25日)は、日本の社会学者。 北海道釧路市出身。1921年東京帝国大学社会学科選科中退。建部遯吾に師事。1927年に尾高豊作・尾高朝雄兄弟により設立され、大塚金之助が所長に就任した東京社会科学研究所の常務理事となる。日本大学講師などを経て、38年モンゴル・蒙疆学院副院長。戦後は東洋大学・東北大学・金沢大学各教授などを務めた。フランス社会学、特にオーギュスト・コントとデュルケームの研究・紹介に尽くした。また、言語社会学研究の分野においても先駆的な役割を果たした。主著に『言語社会学叙説』(1943年)、『フランス社会学成立史』(1965年)、訳書にデュルケーム『社会学的方法の規準』(1942年)など。
栗原 裕基(くりはら ひろき)は、日本の医学者、発生生物学者… 栗原 裕基(くりはら ひろき)は、日本の医学者、発生生物学者、循環器内科医。専門は発生生物学・循環器病学、特に心血管系および頭部顔面形成の分子メカニズム。多細胞動態や組織構築の研究で知られる。東京大学アイソトープ総合センター特任教授、熊本大学国際先端医学研究機構卓越教授、東京大学名誉教授。 北海道釧路市出身。教員であった父親の転勤で、小学校時代の数年を厚岸郡厚岸町で過ごす。北海道釧路湖陵高等学校を経て、1983年、東京大学医学部医学科卒業。1990年に東京大学大学院医学系研究科より医学博士の学位を取得し、日本学術振興会特別研究員となる。1991年に東京大学医学部附属病院助手、1992年から1993年までスタンフォード大学循環器内科で博士研究員(ポスドク)を務めた。