黒井 海成(くろい かいせい、2001年6月21日 - )は… 黒井 海成(くろい かいせい、2001年6月21日 - )は、日本の総合格闘家。BRAVE所属。 宮城県刈田郡蔵王町出身。4歳から剛柔流空手を始める。2019年、高校3年生の時にK-1甲子園の東日本予選トーナメント60kg以下級で優勝し、日本一決定トーナメントでは準々決勝で敗退。宮城県白石工業高等学校を卒業。 2021年9月26日にBreakingDownの第2回大会に出場。山下大希と71キロ以下契約で対戦し、判定2-0で勝利。10月31日にBRAVEの格闘技イベント「BRAVE FIGHT25」に出場。アマチュアMMAフェザー級66キロ以下契約で山崎ソラと対戦し、1回2分25秒KO勝利。 2022年3月12日にGRACHANとBRAVEが共催した格闘技イベント「GRACHAN53×BRAVE FIGHT26」に出場し、総合格闘家としてプロデビュー。
山崎 彰都(やまざき あきと、1997年10月16日 - )… 山崎 彰都(やまざき あきと、1997年10月16日 - )は、日本の男子バレーボール選手である。 宮城県蔵王町出身。兄姉の影響を受け7歳の頃バレーボールを始める。 東北高等学校、東海大学を経て、2020年、ウルフドッグス名古屋に入団。前年に入団した永露元稀(セッター)は大学時代の1つ先輩である。 2022年、日本代表登録メンバーに選出された。しかし、4月17日、V.LEAGUEファイナル第2戦でブロックに跳んだ際に足を負傷した。 2024年からはプロ選手としてウルフドッグス名古屋と契約。 高校までミドルブロッカー。2024-25シーズンではチーム事情でミドルブロッカーとしても出場した。 妻はJT、デンソーでプレーした元バレーボール選手の早坂梢依。
佐藤 優悟(さとう ゆうご、1997年4月2日 - )は、宮… 佐藤 優悟(さとう ゆうご、1997年4月2日 - )は、宮城県刈田郡蔵王町出身のプロ野球選手(外野手)、野球指導者。右投右打。福島レッドホープス所属。NPBでは育成選手であった。 蔵王町立平沢小学校2年の時に野球を始めた。蔵王町立円田中学校では軟式野球部に所属し正捕手を務め、2年秋には宮城県選抜に選出された。 宮城県柴田高等学校では1年秋から6番・一塁手でベンチ入りし、2年秋から4番に座った。最高成績は3年春の県大会準優勝で、甲子園大会の出場経験はない。 仙台大学で外野手に転向し、1年春から仙台六大学野球リーグ戦に出場。レギュラーに定着した4年春のリーグ戦で、リーグ5位の打率.342、1本塁打、11打点、6盗塁の成績を残しベストナインを受賞した。
船迫 大雅(ふなばさま ひろまさ、1996年10月16日 -… 船迫 大雅(ふなばさま ひろまさ、1996年10月16日 - )は、宮城県刈田郡蔵王町出身のプロ野球選手(投手)。右投左打。読売ジャイアンツ所属。 蔵王町立永野小学校で3年生の時に野球を始め、蔵王町立円田中学校では軟式野球部に所属していた。また、小学4年生の時には野球教室で原辰徳と初対面したと語っている。 聖光学院高等学校に進学後、チームは2年春の第85回記念選抜高等学校野球大会、夏の第95回全国高等学校野球選手権大会に出場したが、自身はベンチ外だった。3年夏に出場した第96回全国高等学校野球選手権大会ではエースとして活躍し、チーム史上初となる1大会3勝を挙げてのベスト8進出に貢献した。同学年に八百板卓丸、1学年上に園部聡、1学年下に佐藤都志也がいた。
平間 誠記(ひらま せいき 1937年3月21日 - 196… 平間 誠記(ひらま せいき 1937年3月21日 - 1968年8月21日)は、元競輪選手。宮城県刈田郡蔵王町出身。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第13期卒業。現役時は日本競輪選手会宮城支部所属。選手登録番号6789。 競輪学校91期生であった元競輪選手の平間一洋の大叔父にあたる。 宮城県立大河原高等学校を卒業後、アマチュア選手としてアジア大会などのスクラッチ(現在のスプリント)種目に出場し数々の優秀な成績を治める。この頃は早稲田大学商学部の聴講生であったが、大学の自転車部が平間を一般学生として登録し出場させていたため、部全体が長期の活動停止処分を受けてしまい、アマとしての活動が難しくなったため、プロである競輪への転向を決断している。
伊野上 のぼる(いのうえ のぼる、1928年8月7日 - 2… 伊野上 のぼる(いのうえ のぼる、1928年8月7日 - 2011年7月9日)は、昭和時代後期日本の作詞家。本名は井上 三夫(いのうえ みつお)。 別名義に乗田 まさみ (正美)、井上 浩志ほか。 1928年(昭和3年)、宮城県刈田郡宮村(現在の蔵王町遠刈田温泉)に7人兄弟の末子として生まれる。少年の頃より本が好きで、文芸雑誌に「井上蔵王」という名で投稿することもあったという。 のちに作詞家の石本美由起に師事。代表作に北原謙二『ふるさとのはなしをしよう』やCMソング『かに道楽』がある。『ふるさとのはなしをしよう』は落語家の立川談志が最も好んだ歌のひとつとされ、談志一門の集まりでは最後にこの歌をみんなで合唱したという。
永久保 秀二郎(ながくぼ しゅうじろう、ながくぼ ひでじろう… 永久保 秀二郎(ながくぼ しゅうじろう、ながくぼ ひでじろう、1849年〈嘉永2年〉3月3日 - 1924年〈大正13年〉2月24日)は、日本の教育者。北海道の先住民族であるアイヌのために建立された釧路市の春採小学校において、開校間もない頃からアイヌの児童たちの教育の心血を注いだ。また、アイヌを差別や貧窮から救済するために、児童の教育、住民たちの生活環境の双方から改善を目指し、アイヌたちの生活向上を支援した。その献身的な精神により、春採のアイヌの人々からの尊敬と信頼を集めた。漢詩人でもあり、アイヌの儀式(イオマンテ)をもとに描いた『送熊行』は大きな反響を呼んだ。 磐城国刈田郡宮村(後の宮城県蔵王町)で誕生した。