伊藤 綾(いとう あや、1985年7月11日 - )は、日本… 伊藤 綾(いとう あや、1985年7月11日 - )は、日本の起業家、きら星株式会社代表取締役。 新潟県柏崎市出身。2004年、新潟県立国際情報高等学校を卒業。 2008年、慶應義塾大学商学部を卒業。同年4月、日立ソリューションズに入社。2011年、イオンモール株式会社に転職。2018年5月に退職。2018年6月〜8月、株式会社ボーダレス・ジャパンに入社。同年、新潟起業チャレンジ 優秀賞を受賞。 2018年2月1日、新潟県湯沢町に移住。2019年2月、移住サポート事業を行う「きら星株式会社」を創業。2019年10月、湯沢町で廃校になった保育園をシェアオフィスとして開業させた。2020年、新潟県民間スタートアップ拠点に指定。
蓮池 薫(はすいけ かおる、1957年(昭和32年)9月29… 蓮池 薫(はすいけ かおる、1957年(昭和32年)9月29日 - )は、日本の著述家、翻訳家、大学教員。北朝鮮による拉致被害者。新潟産業大学経済学部教授。 新潟県柏崎市出身。新潟県立柏崎高等学校を経て中央大学法学部に進学、1978年(昭和53年)夏、大学3年生(当時20歳)のとき北朝鮮工作員によって拉致され、2002年(平成14年)10月に帰国するまでの24年間、北朝鮮において主として日本の新聞翻訳業務を強いられる生活を送る。帰国後、復学して中央大学法学部を卒業、その後新潟大学大学院に進んで修士課程修了。新潟産業大学経済学部教授。 著書『半島へ、ふたたび』により新潮ドキュメント賞を受賞した(2009年8月27日)。
氷見山 幸夫(ひみやま ゆきお、1949年(昭和24年)6月… 氷見山 幸夫(ひみやま ゆきお、1949年(昭和24年)6月20日 - )は、日本の地理学者。北海道教育大学名誉教授。土地利用・土地被覆変化の分析を中心とした環境動態解析を専門としているほか、農業地理学や地理教育、地理情報システム等の分野での業績もある。 新潟県柏崎市出身。1973年、東北大学理学部を卒業したが、この時点での専攻は物理学であった。その後、東北大学大学院、カリフォルニア大学ロサンゼルス校に学んだ。1976年から1980年まで、ロンドン大学キングズ・カレッジで地理学を学び、大学院博士課程を修了して、PhDを取得した。学位論文のテーマは「文化空間の日英比較」であった。1980年に北海道教育大学旭川校の助手となり、1983年に助教授、1989年に教授に昇任。
平山 征夫(ひらやま いくお、1944年〈昭和19年〉7月2… 平山 征夫(ひらやま いくお、1944年〈昭和19年〉7月21日 - )は、日本の政治家、大学教員。新潟県知事(公選第14・15・16代、在任1992年 - 2004年)。新潟県知事時代に大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレを発案し、開催に漕ぎ着けた。長岡技術科学大学特任教授、事業創造大学院大学非常勤教員。新潟国際情報大学前学長(在任2008年 - 2018年)。 東京佐川急便事件に関わったとして金子清が辞職したことに伴い行われた1992年新潟県知事選挙にて、自民党と社会党からの推薦を受け出馬し、長﨑明を破り当選した。ロシアとの交流に積極的であり、1994年8月には新潟市にロシア総領事館を開設することなった。
二宮 洸三(にのみや こうぞう、1935年8月1日 - )は… 二宮 洸三(にのみや こうぞう、1935年8月1日 - )は、日本の気象学者。学位は、理学博士(1968年)。元気象庁長官。 新潟県柏崎市出身。1958年東京大学理学部物理学科卒。1968年理学博士。1958年気象庁に入り、1974年気象研究所予報研究部第一研究室長、1978年電子計算室予報官、1980年同数値予報班長、1983年仙台管区気象台技術部長、1985年気象庁予報部数値予報課長、札幌管区気象台長、気象庁海洋気象部長、予報部長。1993年気象庁長官。1997年東京大学気候システム研究センター客員教授。2000年海洋研究開発機構特任上席研究員。2012年同退職。2005年藤原賞受賞。
内山 力(うちやま ちから、1929年1月3日 - 1990… 内山 力(うちやま ちから、1929年1月3日 - 1990年1月5日)は、日本の会計学者。元中央大学商学部長。日本簿記学会発起人。中央大学商学部教授在任中に死去し、死後内山力奨学基金が創設された。 新潟県柏崎市出身。1953年中央大学商学部卒業、1957年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。指導教官は飯野利夫。1979年中央大学監査部長。1985年中央大学商学部長、日本簿記学会発起人。指導学生に星野一郎広島大学教授など。中央大学商学部教授在任中の1990年に死去。死後、1991年に内山力奨学基金が設立された。
小林 一也(こばやし かずや、1928年9月21日 ‐ 20… 小林 一也(こばやし かずや、1928年9月21日 ‐ 2015年3月9日)は、日本の教育学者。拓殖大学名誉教授、日本工業技術教育学会名誉会長。 新潟県柏崎市生まれ。1948年長岡工業高等専門学校工業化学科(のち新潟大学工学部)卒、立正大学文学部地理学科卒。1948年から中学校、高等学校で教える。1968年東京都教育庁指導部指導主事、1976年同主任指導主事、1981年東京都立工業技術教育センター指導部長、東京工業大学非常勤講師、1983年東京都立小石川工業高等学校校長。全国工業高等学校長協会理事長、顧問。1989年拓殖大学工学部教授、早稲田大学非常勤講師、1994年日本工業技術教育学会長。1999年拓殖大学名誉教授。
高橋 国一郎(たかはし くにいちろう、1921年(大正10年… 高橋 国一郎(たかはし くにいちろう、1921年(大正10年)8月2日 - 2013年(平成25年)4月18日)は、昭和から平成時代の土木工学者。内務技師、建設技監。建設事務次官。日本道路公団総裁。 新潟県柏崎市出身。1944年(昭和19年)東京帝国大学工学部土木科を卒業後、内務省(土木局)に入る。 1945年(昭和20年)秋に復員し関東土木出張所に勤務。1950年(昭和25年)五十里ダム出張所長、1956年(昭和31年)関東地建4号国道、1958年(昭和33年)東京国道の両工事事務所長、1964年(昭和39年)高速道路課高速道路調査室長、1966年(昭和41年)地方道課長、国道第一課長、1970年(昭和45年)道路局長、1972年(昭和47年)建設技監、1974年(昭和49年)建設事務次官、1976年(昭和51年)日本道路公団副総裁、1978年(昭和53年)総裁を経て、1986年(昭和61年)辞任した。
内山 尚三(うちやま しょうぞう、1920年7月5日 - 2… 内山 尚三(うちやま しょうぞう、1920年7月5日 - 2002年12月14日)は、日本の法学者。専門は、民法・労働法。法学博士(1960年)。法政大学名誉教授、札幌大学名誉教授。建設業の労働関係、請負契約などに関する国の各種審議会の役員を歴任。栄典は、正五位勲三等瑞宝章。 妻・章子は政治家・鶴見祐輔の次女。政治家の後藤新平は義祖父(章子の祖父)、社会学者の鶴見和子は義姉(章子の姉)、哲学者の鶴見俊輔は義兄(章子の兄)。新潟県柏崎市出身。
曽田 範宗(そだ のりむね、1911年4月28日 - 199… 曽田 範宗(そだ のりむね、1911年4月28日 - 1995年6月30日)は、日本の機械工学者、文化功労者。 新潟県柏崎市出身。1935年東京帝国大学工学部機械学科卒。1941年東京帝大助教授、1949年「摩擦の研究」で工学博士、東大理工学研究所教授、1968年東大宇宙航空研究所長。1972年定年退官、名誉教授、1976年理化学研究所理事、80年同研究顧問、相談役。1981年豊田工業大学客員教授。 1971年『摩擦の話』で毎日出版文化賞受賞、1975年紫綬褒章受勲、1981年勲二等瑞宝章受勲、1989年文化功労者。1968-1971年日本潤滑学会長、1971年日本航空宇宙学会長、1975年日本機械学会長。
蠟山 政道(ろうやま まさみち、1895年11月21日 - … 蠟山 政道(ろうやま まさみち、1895年11月21日 - 1980年5月15日)は、日本の政治学者・行政学者・政治家。お茶の水女子大学名誉教授。民主社会主義の提唱者であり、行政学研究の先駆的存在である。 新潟県刈羽郡鵜川村で蝋山政次郎と母寛子(衆議院議員・牧口義方の二女)の長男として生まれる。父は1872年8月に蝋山政右衛門の長男として生まれ、同家8代目の当主であった。祖父政右衛門が群馬県高崎市歌川町で蝋山酒造を経営していたため同地で育つ。父は上州銀行や上州信託、高崎倉庫株式会社の取締役をはじめ、上州電気鉄道株式会社の監査役を務めるなど群馬県経済界の重鎮であった。 1913年3月に県立高崎中学校、1917年7月に第一高等学校を卒業し、東京帝国大学法学部政治学科に進学。