内島 萌夏(うちじま もゆか、2001年8月11日 - )は… 内島 萌夏(うちじま もゆか、2001年8月11日 - )は、静岡県袋井市出身の日本の女子プロテニス選手。WTAランキング自己最高位はシングルス47位、ダブルス86位。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。一ツ葉高等学校卒業。 父親は日本人、母親はマレーシア人である。父親が仕事でマレーシアに赴任していた時にマレーシアで生まれた。出身地は静岡県袋井市とされる。日本帰国後にテニスを始め、小平市立小平第六小学校を卒業。小平市立小平第二中学校在学中の2016年には全国中学生テニス選手権大会のシングルスとダブルス双方で優勝した。 通信制の一ツ葉高等学校に進学し、2017年には全日本ジュニアテニス選手権18歳以下の部で優勝した。
山崎 のの花(やまざき ののか、1998年9月9日 - )は… 山崎 のの花(やまざき ののか、1998年9月9日 - )は、日本の女子バレーボール選手。 静岡県袋井市出身。9歳の頃、テレビでワールドカップを観たのをきっかけにバレーボールを始める。 下北沢成徳高等学校に入学し、高校からセッターに転向した。 2017年、埼玉上尾メディックスに入団。 最初の3シーズン(2017-2020年)は、冨永こよみ、井上美咲に次ぐ第3セッターの扱いで出場機会に恵まれず、冨永がイタリアのチームに移籍していた2018-19シーズンの48セット出場のみにとどまった。2019-20シーズンに背番号が25から5に変更となった。 2020-21シーズンに転機は訪れ、井上の久光スプリングス移籍に続き冨永が産休で欠場となり、第1セッターとしての出場機会が訪れた。
石黒 翔也(いしぐろ しょうや、1996年9月18日 - )… 石黒 翔也(いしぐろ しょうや、1996年9月18日 - )は、日本の柔術家、グラップラー。静岡県袋井市出身。 掛川工業高校、常葉大学卒業。PRIDE好きの父の影響で、小学6年生からボンサイ柔術でブラジリアン柔術を始める。 2013年4月10日、アラブ首長国連邦のアブダビで開催されたアブダビ・ワールドプロ2013に合わせて開催されたワールド柔術キッズ杯に出場。初戦敗退となるが対戦相手が優勝し、世界で活躍する柔術家を目指すきっかけとなる。 2015年6月、世界柔術選手権にてアダルト青帯ライトフェザー級準優勝。 2017年6月、世界柔術選手権にてアダルト紫帯ルースター級準優勝。 2018年、アブダビ・ワールドプロ2018に出場(アダルト紫帯-62kg級)。
石間 寛人(いしま ひろと、1990年10月3日 - )は、… 石間 寛人(いしま ひろと、1990年10月3日 - )は、静岡県袋井市出身の元サッカー選手。ポジションは、ディフェンダー。
浦野 博司(うらの ひろし、1989年7月22日 - )は、… 浦野 博司(うらの ひろし、1989年7月22日 - )は、静岡県袋井市出身のプロ野球選手(投手)。右投右打。北海道日本ハムファイターズ所属。
由井 香織(ゆい かおり、1988年11月22日 - )は、… 由井 香織(ゆい かおり、1988年11月22日 - )は、日本の女優、タレント。愛称は、ゆいちゃん。静岡県袋井市出身。元プラチナムプロダクション所属で、現在はフリーランス。 2010年(平成22年)、ユキプロダクション所属者で結成された『劇団マッチポンプ』の旗揚げメンバーの1人となる。2011年(平成23年)12月、ユキプロダクションを退所。 2012年(平成24年)3月12日、プラチナムプロダクションに移籍したことを自身のブログで発表した。移籍後はグラビアにも進出し、同年『ミスヤングチャンピオン』の3代目グランプリに選ばれる。 2013年(平成25年)、SUPER GT『DIXCEL レースクイーン』としてRQ活動を行う。
伊藤 弘美(いとう ひろみ、1988年8月31日 - )は、… 伊藤 弘美(いとう ひろみ、1988年8月31日 - )は、セント・フォース所属の女性フリーアナウンサー。元テレビ静岡アナウンサー。 静岡県袋井市出身。静岡県立磐田南高等学校普通科、立教大学社会学部社会学科卒業。磐田南高等学校では、茶道部に所属していた。高校の同級生には、元AV女優の橘れもん(理数科)が居る。大学3年生の時にミス立教大学に、また「Miss of Miss Campus Queen Contest 2010」にてグランプリを受賞。 2012年4月、テレビ静岡に入社。同年7月22日に放送された『FNS27時間テレビ2012 笑っていいとも!真夏の超団結特大号!!』「FNSアナウンサーがんばった歌謡大賞」では、テレビ静岡代表で出演。
木村 充伯(きむら みつのり、1983年 - )は、静岡県出… 木村 充伯(きむら みつのり、1983年 - )は、静岡県出身の彫刻家。 犬猫や人の姿を木で彫ったり、油絵具を塑像して落花生、画鋲などの彫刻を作る。最近ではティッシュを用いた版画作品も発表している。 静岡県袋井市出身。2005年に名古屋造形芸術大学造形芸術学部彫刻コース卒業、2007年同大学大学院造形芸術研究科修士課程修了。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
駿河司 章洋(するがつかさ あきひろ、1980年8月11日 … 駿河司 章洋(するがつかさ あきひろ、1980年8月11日 - )は、静岡県袋井市出身で入間川部屋所属の元大相撲力士。本名は名倉 章洋(なぐら あきひろ)。身長183cm、体重149kg。最高位は西幕下筆頭(2010年1月場所)。
池田 千尋(いけだ ちひろ、1980年 - )は、日本の映画… 池田 千尋(いけだ ちひろ、1980年 - )は、日本の映画監督。女性。北海道生まれ、静岡県袋井市出身。 静岡県立磐田南高等学校、早稲田大学第一文学部を卒業。映画美学校第5期高等科修了。東京藝術大学大学院映像研究科監督領域の一期生。 2008年、西島秀俊を主演に迎えた初長編監督作品『東南角部屋二階の女』が公開された。
松原 健之(まつばら たけし、1979年10月1日 - )は… 松原 健之(まつばら たけし、1979年10月1日 - )は、日本の歌手。所属事務所はアップフロントクリエイト、レーベルはテイチクエンタテインメント。 4歳の頃より家にあった8トラテープをおもちゃ代わりに『すきま風』や『みちづれ』等を歌っていた。 10代の頃から各種歌謡コンテストで上位入賞を果たす。 1993年、中学生でヤマハ「TEENS' MUSIC FESTIVAL '93 静岡大会」にて『夕焼け雲』(千昌夫)を歌いパフォーマンス賞受賞。 1996年、16歳(高校2年生)で「第20回 長崎歌謡祭」にて『最後の雨』を歌い音楽プロデューサー特別賞受賞。 1996年、17歳で鈴木淳主宰の「パナホームカップ 第4回 全国歌の甲子園」全国大会にて『LA・LA・LA LOVE SONG』を歌い優秀賞受賞。
村主 博正(すぐり ひろまさ、1976年7月29日 - )は… 村主 博正(すぐり ひろまさ、1976年7月29日 - )は、静岡県袋井市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはミッドフィルダー。 磐田東高校を卒業した1995年に本田技研工業に加入。1998年、同年よりJリーグに加盟したコンサドーレ札幌に移籍。2000年6月にヴェルディ川崎、2001年に大宮アルディージャ、2003年にサガン鳥栖に移籍。鳥栖からの期限付き移籍により2005年9月から同シーズン末までアビスパ福岡でプレー。2007シーズンをもって現役引退した。 2008年より、浜松開誠館高校サッカー部コーチに就任。2012年からはFC岐阜コーチ、ヘッドコーチを、2014年からFC町田ゼルビアコーチ、ヘッドコーチを経て2020年から松本山雅FCコーチに就任。
福岡 安則(ふくおか やすのり、1947年11月13日 - … 福岡 安則(ふくおか やすのり、1947年11月13日 - )は、日本の社会学者、埼玉大学名誉教授。強制動員真相究明ネットワーク呼びかけ人。 静岡県袋井市生まれ。東京大学卒、1981年同大学院社会科学研究科社会学専攻博士課程満期退学。千葉県立衛生短期大学助教授、埼玉大学教養学部教授。2003年「在日コリアン若者世代の生きざま」で筑波大学社会学博士。2013年埼玉大学を定年退任、名誉教授。日本解放社会学会会長を務めた。
足立 直樹(あだち なおき、1939年2月3日 - )は、日… 足立 直樹(あだち なおき、1939年2月3日 - )は、日本の実業家。凸版印刷代表取締役社長を経て、同社代表取締役会長。 1939年2月23日生まれ、静岡県袋井市出身。1958年3月、静岡県立磐田南高等学校卒業。1962年3月、中央大学法学部法律学科卒業。1962年4月、凸版印刷株式会社入社。2000年6月、常務取締役、専務取締役、代表副社長などを歴任した後、凸版印刷株式会社代表取締役社長に就任。2010年6月、社長を金子眞吾に譲り、凸版印刷株式会社代表取締役会長に就任。2012年5月、印刷工業会会長に就任。2012年6月、日本印刷産業連合会会長に就任。2019年6月、凸版印刷特別相談役に就任。
柳澤 伯夫(やなぎさわ はくお、1935年〈昭和10年〉8月… 柳澤 伯夫(やなぎさわ はくお、1935年〈昭和10年〉8月18日 - )は、日本の大蔵官僚、政治家。勲等は旭日大綬章。静岡県農業共済組合連合会会長理事、特定非営利活動法人日本茶インストラクター協会理事長。報道等では柳沢 伯夫とも表記される。 衆議院議員(8期)、国土庁長官(第31代)、金融再生担当大臣(小渕内閣)、金融再生委員会委員長(初・第7代)、金融担当大臣(初代)、自由民主党税制調査会会長、厚生労働大臣(第7代)、明治大学大学院グローバル・ビジネス研究科特別招聘教授、城西国際大学学長、社団法人日本茶業中央会会長、静岡県土地改良事業団体連合会会長、全国土地改良事業団体連合会理事、河村電器産業株式会社監査役(非常勤)などを現任・歴任。
川村 驥山(かわむら きざん、1882年〈明治17年〉5月2… 川村 驥山(かわむら きざん、1882年〈明治17年〉5月20日 - 1969年〈昭和44年〉4月6日)は、日本の書家。日本芸術院会員。本名は川村慎一郎、別号に酔仏居士、酔驥、長嘯庵主人などがある。静岡県袋井市生まれ。 父は漢学者の川村東江。父より漢学を学び、書道を太田竹城に学んだ。 昭和の剣聖と言われた中山博道に書道を教えた。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
松島 廉作(まつしま れんさく、安政3年8月29日(1856… 松島 廉作(まつしま れんさく、安政3年8月29日(1856年9月27日) - 昭和14年(1939年)4月22日)は、日本の衆議院議員(立憲改進党→進歩党→憲政党→憲政本党)。 遠江国豊田郡美川村(現在の静岡県袋井市)に金井文平の二男として生まれ、長上郡五島村(現在の浜松市中央区)の松島五右衛門の養子となった。東京専門学校(現在の早稲田大学)で政治学・経済学を学んだ。1886年(明治19年)、静岡県会議員に当選した。1892年(明治25年)、第2回衆議院議員総選挙に当選。以後、当選回数は6回を数えた。 また、静岡民友新聞社を創設し、社長を務めた。
西尾 伝蔵(にしお でんぞう、1855年1月27日(安政元年… 西尾 伝蔵(にしお でんぞう、1855年1月27日(安政元年12月10日)- 1895年(明治28年)7月16日)は、明治時代の政治家。衆議院議員(1期)。幼名は道郎、諱は行信、通称は伝右衛門。 西尾雄一郎の子として、遠江国豊田郡友永村(三川村、静岡県磐田郡三川村、袋井町を経て現袋井市)に生まれる。地元の医師鈴木宗元が開いていた寺子屋で学んだところ、たちまち先輩を追い抜く才を示した。その後杉浦某に入門し漢学を、また馬杉雲外のもとで詩文を学んだ。1873年(明治6年)友永村戸長となり、1883年(明治16年)から磐田・山名・豊田郡長を務めた。「経世済民」を掲げ、1878年(明治11年)9月、遠江有志同盟会という政談社を組織し国会開設請願運動に傾倒した。
足立 寛(あだち かん、1842年6月14日(天保13年5月… 足立 寛(あだち かん、1842年6月14日(天保13年5月6日) - 1917年(大正6年)7月7日)は、幕末から明治にかけての医師、医学者、日本陸軍軍医、陸軍軍医学校校長。最終階級は陸軍軍医総監。字は士得。号は菊径、欲堂。妻は坪井信道の娘。 遠江国山名郡国本村(現・静岡県袋井市)生まれ。木村軍太郎に師事した後、緒方洪庵の適塾、福沢諭吉の書生として慶應義塾で学び、のちに塾長も務める。幕府の西洋医学校塾頭となる。1887年(明治20年)陸軍軍医学舎長となり、一等軍医正まで昇格する。陸軍省に出仕し、軍医総監、陸軍軍医学校長、慶應義塾医学所の設立に携わる。文部省医術開業試験委員長、文部省薬剤師開業試験委員長をつとめ、多忙を極める中、衛生学教程本を多数記す。
鈴木 久男(すずき ひさお)は、日本の物理学者、教育学者。北… 鈴木 久男(すずき ひさお)は、日本の物理学者、教育学者。北海道大学大学院理学研究院教授および同大学高等教育推進機構副機構長。専門は素粒子理論、宇宙論、重力理論、および高等教育研究(物理教育・STEM教育)。 静岡県袋井市出身。静岡県立磐田南高等学校を経て、名古屋大学理学部を卒業。同大学院理学研究科にて理学博士の学位を取得。 日本学術振興会特別研究員、大阪大学助手を経て、1990年よりハーバード大学ポストドクトラルフェローとして留学。帰国後、北海道大学准教授を経て、2009年より同大学大学院理学研究院教授を務める。また、同大学高等教育推進機構の副機構長および総合教育部長。 研究活動は、理論物理学(素粒子・宇宙)と高等教育研究の二つの柱からなる。
三橋 さゆり(みつはし さゆり)は、日本の国土交通技官、ダム… 三橋 さゆり(みつはし さゆり)は、日本の国土交通技官、ダムマイスター、気象予報士。市原市副市長や、国土交通省水資源部長、内閣官房水循環政策本部事務局長を務めた。ダムカード発案者。女性初の土木キャリア技官で、女性初の河川事務所長なども務めた。 静岡県袋井市出身。東京工業大学(のちの東京科学大学)工学部土木工学科に初の女子学生として進学し、1991年同大学大学院土木工学専攻修士課程修了。同年女性初の土木キャリアとして建設省入省、中部地方建設局。 建設省関東地方建設局江戸川建設監督官、建設省関東地方建設局河川部河川管理課長、内閣官房都市再生本部事務局参事官補佐、国土交通省河川局河川環境課専門官、国土交通省総合政策局事業総括調整官室交流連携事業調整官などを経て、2009年から女性初の河川事務所長として国土交通省関東地方整備局荒川上流河川事務所長を務めた。