木本 恒暢(きもと つねのぶ、1963年 - )は、日本の工… 木本 恒暢(きもと つねのぶ、1963年 - )は、日本の工学者。専門は半導体工学。京都大学教授。応用物理学会会長(2024-2025年度)。博士(工学)。 和歌山県和歌山市出身。。1986年3月に京都大学工学部を卒業し、1988年3月に同大学院工学研究科の修士課程を修了した。同年4月に住友電気工業に入社したが、1990年8月に京都大学工学部の助手に着任した。1996年3月に京都大学から博士(工学)の学位を取得した。1996年9月には、スウェーデンのリンショーピング大学物理学科で研究員として務めた。1998年2月に京都大学大学院工学研究科の助教授、2006年4月に教授に昇任した。
弓倉 弘年(ゆみくら ひろとし、1958年 - )は、日本の… 弓倉 弘年(ゆみくら ひろとし、1958年 - )は、日本の歴史家。管領家畠山氏の研究や中世紀伊に関する著作がある。 1958年、和歌山県和歌山市生まれ。1981年、國學院大學文学部史学科卒業。田辺市や新宮市での勤務を経て、1989年より和歌山県史編さん班勤務。『田辺市史』や『粉河町史』の執筆に加わった。2007年、新潟大学で博士(文学)の学位を取得。和歌山県立向陽高等学校教諭、のち和歌山県立桐蔭高等学校教諭。
西本 征央(にしもと いくお、1956年1月28日 - 20… 西本 征央(にしもと いくお、1956年1月28日 - 2003年10月17日)は日本の医学者。慶應義塾大学医学部薬理学教室教授、あしなが育英会副会長を務めた。灘高校卒業。東京大学卒業。2003年に胃癌のため47歳の若さで逝去。和歌山県生まれ。
水内 俊雄(みずうち としお、1956年 - )は、日本の地… 水内 俊雄(みずうち としお、1956年 - )は、日本の地理学者、大阪市立大学都市研究プラザ教授、副所長、大学院文学研究科教授(兼任)。専攻は人文地理学、都市地理学、ホームレス問題、政治・社会地理学、現代都市問題、近代都市史研究。 和歌山県和歌山市生まれ。1980年に京都大学理学部地震学科を卒業し、次いで1982年に文学部地理学科を卒業する。京都大学大学院文学研究科後期博士課程中退。1985年に九州大学文学部、1988年に富山大学人文学部へ移り、1995年に大阪市立大学助教授、2003年に教授。 2000年(平成12年)、「近代日本における国土開発・都市開発の地理学的研究」で、大阪市立大学より博士(文学)の学位を取得。
釘貫 亨(くぎぬき とおる、1954年4月29日 - )は、… 釘貫 亨(くぎぬき とおる、1954年4月29日 - )は、日本の国語学者、名古屋大学教授。 和歌山県和歌山市生まれ。1979年京都教育大学教育学部国文学科卒業、1981年東北大学大学院文学研究科日本語学博士後期課程単位取得中退。1997年「古代日本語の形態変化」で名古屋大学博士(文学)。 1982年富山大学講師、1986年同助教授、1993年名古屋大学文学研究科助教授を経て、1997年教授。2020年定年退職、名古屋大学名誉教授。
山本 博資(やまもと ひろすけ、1952年 - )は、日本の… 山本 博資(やまもと ひろすけ、1952年 - )は、日本の情報工学者。東京大学名誉教授。 和歌山県和歌山市出身。和歌山市立西浜中学校を経て、1971年和歌山県立桐蔭高等学校卒業。1975年静岡大学工学部電気工学科卒業。1980年東京大学大学院工学系研究科電気工学専攻博士課程修了、工学博士。同年徳島大学工学部助手。1981年同講師。1983年同助教授。1987年電気通信大学電気通信学部助教授。1989年スタンフォード大学ISL客員研究員。1995年東京大学工学部助教授。 1999年東京大学大学院工学系研究科教授に昇任。2001年東京大学大学院情報理工学系研究科教授。2004年東京大学大学院新領域創成科学研究科教授。
赤井 正二(あかい しょうじ、1951年8月 ‐ )は、日本… 赤井 正二(あかい しょうじ、1951年8月 ‐ )は、日本の思想史家、社会学者。専門分野は社会文化史、社会科学論。立命館大学名誉教授。和歌山県和歌山市出身。 1975年3月、早稲田大学第一文学部哲学専攻を卒業。 1982年3月、一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。1987年一橋大学大学院社会学研究科博士課程後期課程を単位取得満期退学する。富沢賢治ゼミや、岩崎允胤ゼミで指導を受けた。 同年4月より立命館大学産業社会学部の助教授となり、1994年4月に教授に昇格した。 2016年に刊行した初の単著『旅行のモダニズム─大正昭和前期の社会文化変動─』は、複数の書評に取り上げられた。 2017年3月、立命館大学を定年退職し、4月に同大学名誉教授となる。
井上 正仁(いのうえ まさひと、1949年2月20日 - )… 井上 正仁(いのうえ まさひと、1949年2月20日 - )は、日本の法学者。東京大学名誉教授。法務省特別顧問。元日本刑法学会理事長。専門は刑事訴訟法。日本学士院会員。和歌山県和歌山市出身[リンク切れ]。 東京大学法学部卒業後、同大学助手、助教授、教授、早稲田大学法科大学院教授を経て、現在、東京大学名誉教授・法務省特別顧問。一時期、バークレーにて教鞭をとる。指導教官は団藤重光(井上は団藤の最後の弟子である)、松尾浩也。 法制審議会・刑事法部会委員として、1999年の通信傍受法成立に寄与した。また、近年の司法制度改革においては、司法制度改革審議会・司法制度改革推進本部検討会等の委員として法科大学院の創設や裁判員制度・公判前整理手続・被疑者国選弁護制度の導入などに大きな役割を果たした。
谷口 博昭(たにぐち ひろあき、1948年 <昭和23年> … 谷口 博昭(たにぐち ひろあき、1948年 <昭和23年> 8月1日 - )は、日本の元建設・国土交通官僚、和歌山県出身。元国土交通事務次官。第109代土木学会会長、建設業技術者センター理事長(非常勤)。 和歌山県和歌山市出身。和歌山県立桐蔭高等学校を経て、東京大学工学部土木工学科卒業。建設省入省後は、技官として道路行政に従事。道路局高速道路課長、企画課長、近畿地方整備局長、道路局長等を経て、2006年(平成18年)に技監に、2009年(平成21年)7月24日に、国土交通事務次官に就任した(技官で3人目、道路畑では佐藤信秋以来2人目)。この間にも、土木学会副会長(総務)を2007年(平成19年)度から2008年(平成20年)度にかけて務めた。
宮本 勝浩(みやもと かつひろ、1945年1月12日 - )… 宮本 勝浩(みやもと かつひろ、1945年1月12日 - )は、日本の経済学者、大阪府立大学名誉教授、関西大学名誉教授。博士(経済学)(神戸大学)(2004年)。専門分野は、ロシア経済学、数理経済学。大阪府立大学副学長、ロシア・東欧学会副代表理事などを歴任。和歌山県和歌山市出身。2024年、瑞宝小綬章受章。 阪神タイガースの優勝をはじめ、様々な事象が起こることによって生じる経済効果の分析をテレビ、ラジオなどのマスコミで発表している。 主な学術論文として以下のものがある。 以下はレギュラーで出演経験のあるテレビ・ラジオ番組。
井口 洋(いぐち ひろし、1942年6月22日 - 2023… 井口 洋(いぐち ひろし、1942年6月22日 - 2023年2月26日)は、日本文学者、奈良女子大学名誉教授。位階は従四位。 学歴: 和歌山市立本町小学校、同伏虎中学校、和歌山県立桐蔭高等学校 和歌山市生まれ。1965年京都大学文学部国文科卒、1971年同大学院文学研究科博士課程満期退学。96年「西鶴試論」で京大文学博士。帝塚山短期大学講師、奈良女子大学助教授、教授、副学長。2006年定年退官、名誉教授。 2023年2月26日、急性心臓死のため死去。80歳没。死没日付をもって従四位に叙され、瑞宝小綬章を追贈された。
岩倉 信弥(いわくら しんや、1939年11月25日 - )… 岩倉 信弥(いわくら しんや、1939年11月25日 - )は、多摩美術大学教授、立命館大学客員教授。経営学博士。 1939年、和歌山県和歌山市生まれ。多摩美術大学の美術学部に進み、図案科立体デザイン専攻する。1964年に卒業後、本田技研工業に入社。本田宗一郎に見出され、ホンダ車を多くデザインした。岩倉が担当した主な代表例として、初代シビック、アコード、オデッセイなどが挙げられる。 同社常務取締役(商品担当)を務めた後、1999年11月に退社。1999年6月から1.多摩美術大学美術学部の客員教授に就任した後、2001年4月から同大学の生産デザイン学科、プロダクトデザイン専攻の教授を務めている。 2004年3月に立命館大学より博士(経営学)を取得(論文タイトルは『ホンダにみるデザイン・マネジメントの進化』)。
薗田 坦(そのだ たん、1936年〈昭和11年〉10月18日… 薗田 坦(そのだ たん、1936年〈昭和11年〉10月18日 - 2016年〈平成28年〉4月22日)は、日本の宗教学者(宗教哲学)。位階は従四位。勲等は瑞宝重光章。学位は文学博士。京都大学名誉教授、仁愛大学名誉教授、日本学士院会員。 京都大学文学部助手、大阪市立大学文学部教授、京都大学文学部教授、京都大学大学院文学研究科教授、龍谷大学文学部教授、仁愛大学学長などを歴任した。 1936年10月18日、和歌山市生まれ。1959年京都大学文学部(宗教学専攻)卒。1964年同大学院博士課程単位取得満期退学。 大阪市立大学助教授、京都大学助教授、1989年 京大にて文学博士、京大文学部教授(西洋近世哲学史)、2000年定年退官、龍谷大学教授、仁愛大学学長。
佐武 弘章(さたけ ひろあき、1934年8月6日 - )は、… 佐武 弘章(さたけ ひろあき、1934年8月6日 - )は、日本の経済学者、大阪府立大学名誉教授。 和歌山市出身。1965年大阪市立大学大学院経済学研究科博士課程満期退学、87年「「資本の生産過程論」の成立: 「資本論」第1部の成立過程の研究」で経済学博士。大阪社会事業短期大学講師、助教授、大阪府立大学社会福祉学部教授。99年定年退官、名誉教授、福井県立大学教授を務めた。
沼 正作(ぬま しょうさく、1929年2月7日 - 1992… 沼 正作(ぬま しょうさく、1929年2月7日 - 1992年2月15日)は、日本の生化学者。元京都大学医学部教授。和歌山県和歌山市生まれ。 1952年京都大学医学部卒業。一年間のインターン期間ののち、臨床研修のため第1内科学教室に入局する。後に基礎医学研究に転向することを決意し、1956年フルブライト奨学生として渡米、ボストンのハーバード大学医学部生化学部門でJohn Lawrence Oncley教授の研究室で血清リポタンパク質の分析の研究を開始する。1958年アレクサンダー・フォン・フンボルト奨学生として渡独ミュンヘンのマックス・プランク細胞化学研究所へ移籍し、フェオドル・リュネン教授の研究室で酵素学と脂質の代謝制御の研究を開始した。
岡 彦一(おか ひこいち、1916年12月22日 - 199… 岡 彦一(おか ひこいち、1916年12月22日 - 1996年1月4日)は、日本の育種学者。国立遺伝学研究所名誉所員。日本農学賞受賞。 和歌山県和歌山市生まれ。1940年北海道帝国大学農学部卒業、大原農業研究所助手。台北帝国大学教授、台中農林専科学校(現国立中興大学)教授を経て、1954年国立遺伝学研究所に着任。1963年日本農学賞受賞。1980年定年退職、国立遺伝学研究所名誉所員。1996年勲三等瑞宝章受章。イネの遺伝育種学研究の第一人者として知られた。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
小幡 儼太郎(おばた げんたろう、1848年12月17日(嘉… 小幡 儼太郎(おばた げんたろう、1848年12月17日(嘉永元年11月22日)– 1909年(明治42年)7月8日)は、明治期の漢学者、政治家。衆議院議員。幼名・正己。号・楽山、水哉。 紀伊国名草郡和歌山城下(和歌山県和歌山区を経て現和歌山市)で、和歌山詰、紀伊田辺藩士・小幡儀左衛門の長男として生まれる。父は早くに没した。 1868年(明治元年)京都で僧・天章に漢学を師事し、その後、大坂の並河華、兵庫の菅野健助に学び、さらに、東京の安井息軒、塩谷宕陰、伊勢の土井有恪に師事した。牟婁郡田辺城下で漢学塾を開き子弟の教育を行った。 1873年(明治6年)第七大区学区取締に就任し、同区一小区長、西牟婁郡書記を歴任し、1881年(明治14年)に退職。
塩﨑 一裕(しおざき かずひろ)は、日本の理学博士。奈良先端… 塩﨑 一裕(しおざき かずひろ)は、日本の理学博士。奈良先端科学技術大学院大学学長。 1963年、和歌山県和歌山市出身。1987年に京都大学理学部卒業後、1992年、同大学大学院理学研究科を修了後、米国スクリプス研究所に留学。1998年よりカリフォルニア大学デイビス校農業実験センターで勤務、2008年より同校教授になる。2011年より奈良先端科学技術大学院大学教授を経て、2021年より奈良先端科学技術大学院大学長。カリフォルニア大学デイビス校客員教授も務める。奈良県生駒市在住。