広田 一(廣田 一、ひろた はじめ、1968年10月10日 … 広田 一(廣田 一、ひろた はじめ、1968年10月10日 - )は、日本の政治家。参議院議員(4期)。 衆議院議員(1期)、防衛大臣政務官、参議院国土交通委員長、民主党国会対策委員長代理、衆議院会派「社会保障を立て直す国民会議」国会対策委員長、立憲民主党国会対策委員長代理、高知県議会議員(2期)を歴任した。 高知県土佐清水市出身。高知高等学校、早稲田大学社会科学部卒業。早稲田大学雄弁会OB。早大在学中の3年間、小渕恵三衆議院議員の下で鞄持ちを務めていた。大学卒業後、西武鉄道グループであったコクドに入社。 1995年、高知県議会議員選挙に7月の第17回参議院議員通常選挙に出馬する父・広田勝(同選挙では落選、第41回衆議院議員総選挙でも高知3区から立候補して落選し、政界を引退。
泥谷 光信(ひじや みつのぶ、1959年〈昭和34年〉3月3… 泥谷 光信(ひじや みつのぶ、1959年〈昭和34年〉3月3日 - 2026年〈令和8年〉3月25日)は、日本の政治家。元高知県土佐清水市長(3期)。 高知県土佐清水市出身。高知高等学校卒業。1982年(昭和57年)、土佐清水市役所に入庁。 2009年(平成21年)、株式会社土佐清水元気プロジェクト常務取締役に就任。2012年(平成24年)、市産業振興課長に就任。 2013年(平成25年)5月26日に行われた土佐清水市長選挙に立候補し、自由民主党の推薦を受けた元市議の田中千盛、現職の杉村章生らを破り初当選を果たした。6月8日、市長就任。※当日有権者数:13,356人 最終投票率:77.86%(前回比:-1.21pts) 2017年(平成29年)5月21日に行われた市長選で葬祭業者の岡本詠を破り再選。
程岡 庸(ほどおか よう、1959年〈昭和34年〉1月7日 … 程岡 庸(ほどおか よう、1959年〈昭和34年〉1月7日 - )は、日本の政治家。高知県土佐清水市長(1期)を務めた。 土佐清水市出身。高知県立高知工業高等学校卒業。電器店(合資会社程岡電器代表社員)を営む傍ら、2015年より土佐清水商工会議所会頭も務めた。 2023年9月5日、土佐清水市長の泥谷光信が病気療養のため任期途中で辞職。これに伴い10月22日に行われた市長選挙に程岡のほか元市議会議員の岡本詠、2度目の挑戦となる会社社長の中山義介、個人投資家の西田充一の4人が立候補。事実上程岡、岡本、中山の三つ巴の争いとなり、前市長の泥谷や多くの市議などの支援を受けた程岡が激戦を制して初当選した。 ※当日有権者数:10,895人 最終投票率:73.78%(前回比: 0.66pts) 当選後のインタビューでは、「公約で掲げたようにふるさと納税の納税額をできるだけ増やし、子育て支援の拡充や福祉政策になどに力を入れたい」と話した。
橋本 敏男(はしもと としお、1958年〈昭和33年〉5月2… 橋本 敏男(はしもと としお、1958年〈昭和33年〉5月20日 - )は、日本の政治家。高知県土佐清水市長(1期)。土佐清水市議会議員(6期)、高知県議会議員(3期)を務めた。 高知県土佐清水市出身。阪南大学経済学部卒業。大学卒業後に土佐清水市へUターン帰郷し、発電事業会社役員、観光関連会社勤務などの経歴を持つ。 1990年(平成2年)に土佐清水市議会議員選挙に立候補し、初当選し6期務める。2015年(平成27年)、第18回統一地方選挙において執行された高知県議会議員選挙に土佐清水市選挙区から無所属で立候補し、初当選を果たした。2019年(平成31年)、2023年(令和5年)の県議選でも当選を果たした。
福井 祐輔(ふくい ゆうすけ、1947年(昭和22年)11月… 福井 祐輔(ふくい ゆうすけ、1947年(昭和22年)11月9日 - )は、日本の政治家、陸上自衛官。元静岡県下田市長(1期)。 高知県土佐清水市出身。中学3年のときに下田市に移り住んだ。下田市立下田中学校卒業。1966年(昭和41年)3月、静岡県立下田北高等学校(現・静岡県立下田高等学校)卒業。1967年(昭和42年)3月、防衛大学校に入校。1971年(昭和46年)3月、同校を卒業。同年4月、陸上自衛隊に入隊。第1次カンボディアPKO国際平和協力隊長兼停戦監視員、普通科教導連隊長兼滝ヶ原駐屯地司令、防衛大学校教授などを歴任し、2003年(平成15年)8月、定年退官。退職時階級は陸将補。 2015年(平成27年)7月、NPO法人日本地雷処理・復興支援センター理事を任期満了退職。
平野 貞夫(ひらの さだお、1935年〈昭和10年〉12月1… 平野 貞夫(ひらの さだお、1935年〈昭和10年〉12月1日 ‐ )は、日本の政治家。参議院議員(2期)、参議院財政金融委員長などを務めた。 高知県土佐清水市出身。父は医師。1958年、法政大学法学部法律学科卒業。1960年、法政大学大学院社会科学研究科政治学専攻修士課程修了。衆議院事務局に入局し、園田直の下で副議長秘書、前尾繁三郎の下で議長秘書を務めた後、委員部総務課長、委員部長を経て退職。 1992年7月26日投開票の第16回参議院議員通常選挙に高知県選挙区から無所属(自由民主党、公明党推薦、民社党支援)で立候補し、初当選。国会議員選挙ではそれまでに例のない与党自民党と野党公明党(当時)・民社党(当時)支援の相乗り候補として注目され、小沢一郎と市川雄一によるいわゆる「一・一ライン」の存在が広く知られる契機となる。
和泉 清(いずみ きよし、1926年(大正15年)10月8日… 和泉 清(いずみ きよし、1926年(大正15年)10月8日 - 2015年(平成27年)1月17日)は、昭和から平成時代の政治家。高知県土佐清水市長。 土佐清水市出身。陸軍航空学校卒業。卒業後は兵役に就く。戦後は船員となり、内海航路船長となる。1967年(昭和42年)和泉海事、和泉船舶興業を設立し、各代表となる。1979年(昭和54年)協同生コンを設立し、同代表となる。 1974年(昭和49年)土佐清水市議会議員に当選。3期務める。自由民主党土佐清水支部長を経て、1986年(昭和61年)土佐清水市長に当選。3期務め、1996年(平成8年)引退した。 2015年(平成27年)1月死去、88歳。
仮谷 忠男(かりや ただお、1913年5月30日 - 197… 仮谷 忠男(かりや ただお、1913年5月30日 - 1976年1月15日)は、日本の政治家、衆議院議員(5期、自由民主党)。建設大臣(第37代)。板垣退助先生顕彰会創立発起人兼顧問。 高知県幡多郡上灘村(現土佐清水市)出身。高等小学校卒業後、家業の農業に携わる傍ら、漁師もしていた。清水町助役、以布利漁協組合長、県漁連副会長を経て1947年より高知県議会議員を4期、同議長も経験して超党派県政をスローガンに公正円満な議会運営で与野党問わず議員の人望を得た。1960年の第29回衆議院議員総選挙に高知県全県区から自由民主党で立候補し、当選する。自民党では佐藤派→田中派に所属する。農林政務次官、建設政務次官、衆議院農林水産委員長を歴任し、田中改造内閣で科学技術庁長官を要請されたが辞退し、1974年三木武夫内閣で建設大臣に就任する。