橋本 力(はしもと ちから、1981年11月21日 - )は… 橋本 力(はしもと ちから、1981年11月21日 - )は、日本人プロボクサー。元タイ国スーパーフライ級チャンピオン。宮崎県宮崎市出身。Fukuokaボクシングジム所属。福岡県立玄洋高等学校卒業。
職業がボクサー:1,033人
橋本 力(はしもと ちから、1981年11月21日 - )は… 橋本 力(はしもと ちから、1981年11月21日 - )は、日本人プロボクサー。元タイ国スーパーフライ級チャンピオン。宮崎県宮崎市出身。Fukuokaボクシングジム所属。福岡県立玄洋高等学校卒業。
長瀬 慎弥(ながせ しんや、1981年11月18日 - )は… 長瀬 慎弥(ながせ しんや、1981年11月18日 - )は、日本のプロボクサー。埼玉県川口市出身。第34代日本スーパーライト級王者。フラッシュ赤羽ボクシングジム所属。浦和実業学園高等学校、日本体育大学卒業。 高校までバスケットボールに励む。日本体育大学に入学し中学からの願望であるボクサーを志す。 2001年10月、プロデビュー。 2006年3月4日、日本ランキング1位として日本タイトルをかけて、当時のチャンピオン木村登勇と対戦するものの 7回TKOにより初敗北。この試合は新井田豊の世界戦の前、いわゆる「セミファイナル」として行われた。 2006年11月7日 A級トーナメント決勝で熊野和義に3-0の判定勝利を収め、ライト級優勝を決めるとともに、今大会MVPに輝いた。
小堀 佑介(こぼり ゆうすけ、1981年10月11日 - )… 小堀 佑介(こぼり ゆうすけ、1981年10月11日 - )は、日本の元プロボクサー。千葉県四街道市出身。元WBA世界ライト級レギュラー王者。現役時代は角海老宝石ボクシングジム所属で、2025年現在は同ジム会長を務める。 中学は四街道市立旭中学校を卒業し、高校は千葉敬愛高等学校卒業。入場曲はボン・ジョヴィの“It's My Life”。 性格は基本的に天然ボケで恥ずかしがり屋。カメラに向かってファイティングポーズを取るだけでも緊張して、すぐに顔を背けてしまう。ジャンクSPORTSに出演した際には、そういった性格が如実に現れており、爆笑を誘った。 世界王座奪取以前は知名度が低く、世界初挑戦の直前には警官に職務質問を受けたことが話題となったが、世界王座を獲得した翌日の記者会見では「(職務質問してきた警官に)もう一度会ってみたい」と語ったり、ファイトマネーの使い道を聞かれ「枕を買おうと思います」と答えるなど、その独特の回答センスも注目を集めていた。
石本 康隆(いしもと やすたか、1981年10月10日 - … 石本 康隆(いしもと やすたか、1981年10月10日 - )は、日本のプロボクサー。香川県高松市出身。第39代日本スーパーバンタム級王者。帝拳ボクシングジム所属。
三浦 広光(みうら ひろみつ、1981年9月22日 - 20… 三浦 広光(みうら ひろみつ、1981年9月22日 - 2024年10月26日)は、日本の男性総合格闘家、プロボクサー。福岡県浮羽郡浮羽町(現・うきは市)出身。SAMURAI SWORD/リングス所属。元ウェルター級キング・オブ・パンクラシスト。 3歳年上の姉の影響で小学1年から柔道を始める。西日本短大附属高校では県大会で2年連続2位。大東文化大学では正力杯-81kg級ベスト8となった。 2001年11月25日、第5回全日本コンバットレスリングオープン選手権大会-85kg級に出場し、優勝した。 2004年3月、大学卒業後に総合格闘技の練習を開始し、6月6日には第30回全日本サンボ選手権大会90kg級に出場し、優勝した。
三垣 龍次(みがき りゅうじ、1981年9月12日 - )は… 三垣 龍次(みがき りゅうじ、1981年9月12日 - )は、日本の元プロボクサー、トレーナー。第54代日本ライト級王者。第43代OPBF東洋太平洋ライト級王者。岡山県岡山市出身。現役時代はM.Tボクシングジム所属。2020年8月末まで協栄新宿ボクシングジムのトレーナーを務めていた。関西高等学校、駒澤大学経済学部卒業。 中学生の時にボクシングを始める。1998年に行われたかながわ・ゆめ国体では少年の部ライトウェルター級で優勝し、高校、大学時代はトップアマとして活躍した。 2004年6月28日、横浜アリーナで行われた世界戦のアンダーでプロデビュー戦としてスーパーライト級6回戦を行い、2回KO負けを喫した。
中広 大悟(なかひろ だいご、1981年8月21日 - )は… 中広 大悟(なかひろ だいご、1981年8月21日 - )は、日本のプロボクサー。広島県三次市出身。第33代日本スーパーフライ級王者。広島三栄ボクシングジム所属。広島県立広島皆実高等学校、広島経済大学大学院修士課程修了。広島市安芸区・瀬野川病院勤務。 高校時代はサッカー部に所属、同期にはフットサル日本代表の瀬戸彬仁やプロサッカー選手の秦賢二がいる。 ボクシングは大学入学後に始めた。 2001年9月16日、プロデビューを福岡県春日市にて行い4R判定勝利を収めた。 2002年12月22日、その後5連勝で西軍スーパーフライ級代表として、東日本代表河野公平(ワタナベ)と全日本スーパーフライ級新人王を後楽園ホールで争い、6R判定勝利で新人王奪取し日本ランク入り。
TATSUJI(たつじ、1981年7月23日 - )は、日本… TATSUJI(たつじ、1981年7月23日 - )は、日本の元男性キックボクサー、元アマチュアボクシング選手。本名は高江 達二(たかえ たつじ)。福岡県出身。大東文化大学卒業。アイアンアックス所属。 立ち技格闘技イベント「R.I.S.E.」の看板選手であり、K-1の中量級大会「K-1 WORLD MAX」のリングでも活躍した。 バックボーンはボクシングで、高校3年間・大学4年間アマチュアボクシングで実績を作ってきた。全日本選手権、国民体育大会で優勝は出来なかったものの、それぞれ3位に入賞。2008年の北京オリンピックアジア予選日本代表候補者とも呼ばれていたが、本人はその道を捨ててプロの格闘家として人生を歩むことを決意した。
水谷 智佳(みずたに ちか、1981年7月18日 - )は、… 水谷 智佳(みずたに ちか、1981年7月18日 - )は、日本の元プロボクサー。宮田ボクシングジム所属。右ボクサーファイター。初代OPBF東洋太平洋女子スーパーフェザー級王者。初代ABCO女子同級王者(JBC非公認)。富士見高等学校、文教大学教育学部卒。静岡県熱海市出身。 大学在学中、友人の誘いでボクシング観戦して興味を持ち、その友人が通う宮田ジムに入門。 JWBC時代の2006年6月10日、同ジム女子第1号として真保輝子戦でデビュー。 2007年11月9日、中国・丹東市で開催されたPABA女子フェザー級王座決定戦で元世界王者高麗君と対戦し、判定負けで王座獲得ならず。 2008年にJBC第1回プロテストを受験。
大竹 秀典(おおたけ ひでのり、1981年7月6日 - )は… 大竹 秀典(おおたけ ひでのり、1981年7月6日 - )は、日本の元プロボクサー。福島県郡山市出身。日本大学東北高校建築科卒業 第37代日本スーパーバンタム級王者。第43代OPBF東洋太平洋スーパーバンタム級王者。金子ボクシングジム所属。入場曲は奥野敦士「岸和田少年愚連隊・カオルちゃんのテーマ」。横浜ビールが経営する飲食店で料理人として働いている。既婚。 ほとんどスポーツ暦は無かったが21歳の時に地元郡山市のアマチュアボクシングジムでボクシングを始めた。23歳の時に上京し、電車からたまたま見えた金子ボクシングジムへ入会した。 2005年12月1日、飯島海戦でデビューし、判定勝利。 2006年より新人王戦にエントリーし、2年連続で東日本決勝まで進むもともに全日本新人王決定戦まで進めず。
清水 智信(しみず とものぶ、1981年(昭和56年)6月2… 清水 智信(しみず とものぶ、1981年(昭和56年)6月28日 - )は、日本の元プロボクサー、政治家。東京・大崎の学習塾「ブルカン塾」講師、福井県議会副議長、福井県議会議員(3期)。福井県福井市出身。 元WBA世界スーパーフライ級王者。第51代日本フライ級王者。金子ボクシングジム所属。北陸高校、東京農業大学卒業。メディア対応などについてはエーケー・グローバル・エージェントとマネジメント契約を結んでいる。入場曲は「ロッキーのテーマ」。 ボクシングの名門・東京農大ボクシング部で主将を務めた。同部は 五十嵐俊幸(WBC世界フライ級王者、アテネ五輪日本代表)、井岡一翔 (日本人男子初の4階級制覇)を輩出している。
真教 杉田(まきょう すぎた、1981年6月19日 - )は… 真教 杉田(まきょう すぎた、1981年6月19日 - )は、日本のプロボクサー。本名は杉田 真教(すぎた まさのり)。愛知県名古屋市出身。東邦高等学校卒。日本人として初めて、WBCの世界ユース王座を獲得した。
多田 悦子(ただ えつこ、1981年5月28日 - )は、日… 多田 悦子(ただ えつこ、1981年5月28日 - )は、日本のプロボクサーである。本名・夛田 悦子(読み同じ)。兵庫県西宮市出身。第2代WBA女子世界ミニマム級王者、第5代IBF女子ミニフライ級王者。真正ボクシングジム所属。西宮市立西宮西高等学校(現:兵庫県立西宮香風高等学校定時制)卒業。血液型B型。
遠藤 智史(えんどう ともふみ、1981年5月19日 - )… 遠藤 智史(えんどう ともふみ、1981年5月19日 - )は、日本の男性キックボクサー。東京都あきる野市出身。ヌンサヤームジム所属。元M-1ライト級王者。元全日本ライト級王者。 2004年5月2日、第15回全日本新空手道選手権大会・K-2トーナメント軽量級に出場し、3位となった。 2004年7月24日、AJジム所属として全日本キックボクシング連盟でプロデビュー。 2006年4月21日、全日本キックボクシング連盟で正巳と対戦し、0-3の判定負け。8戦目で初黒星となった。 2006年9月19日、タイのルンピニー・スタジアムで開催された「スッグ・フェアテックス」でムエタイに初挑戦するも、デッドブゥアン・ソー.ブアンラットに0-3の判定負けを喫した。
畠山 昌人(はたけやま まさと、1981年5月4日 - )は… 畠山 昌人(はたけやま まさと、1981年5月4日 - )は、日本の元プロボクサー。北海道北見市生まれ。小学生の時に札幌市に定住し、以来同地を拠点に活動している。元日本ライトフライ級王者。 北海道石狩高等学校3年時に協栄札幌赤坂ボクシングジム所属でプロデビュー。北海道内のジム所属者では初の日本王者となった。 2005年6月28日の試合直後に網膜剥離が発覚し引退。 妻はスキージャンプ選手の澤谷夏花。 小学校時代はSSS札幌サッカースクールに在籍し山瀬功治や赤井秀一とチームメイトで親交を持つ。小中学を通じて、サッカーの札幌市選抜に選ばれ、高校にスポーツ推薦の話もあった。経歴の中で北海道で試合をしたのはただ一度。
和田峯 幸生(わだみね ゆきお、1981年4月29日 - )… 和田峯 幸生(わだみね ゆきお、1981年4月29日 - )は、日本のプロボクサー。福岡県直方市出身。第29代OPBF東洋太平洋ライトフライ級王者。筑豊ボクシングジム所属。福岡県立筑豊高等学校卒業。 平成筑豊鉄道糒駅に併設された世界唯一の駅舎ジムである筑豊ボクシングジムに高校1年在学中に入門、ボクシングを始める。その戦績の大半が福岡県内である。 1999年4月18日、プロデビュー戦を谷川誠と行い4回判定ドロー。その後4連勝。 2000年10月6日、西部ライトフライ級新人王として、西日本新人王の岡島孝との対抗戦を大阪府立体育会館第2競技場で対戦し6回判定負けで初黒星と共に新人王戦で敗退した。 2001年3月18日、デビュー戦で引分けた谷川と再戦し、4回判定負けで2敗目を喫した。
小野寺 洋介山(おのでら ようすけざん、1981年3月11日… 小野寺 洋介山(おのでら ようすけざん、1981年3月11日 - )は、日本の元プロボクサー。本名は小野寺 正明(おのでら まさあき)。宮城県本吉郡本吉町(現・気仙沼市)出身。前日本スーパーライト級王者。オサムボクシングジム所属。 宮城県本吉響高等学校時代は野球部在籍し投手として活躍。 20歳で入門し22歳の2003年8月12日、小野寺正明としてプロデビュー。 2004年11月3日、5回TKO勝利で東日本ライト級新人王獲得。 2004年12月19日、全日本ライト級新人王獲得。 2005年、ジムの先輩西島洋介山にあやかり、リングネームを「小野寺洋介山」とする。 2005年8月30日、B級トーナメントウェルター級準決勝で中川大資(帝拳)に3-0の判定勝利を収め、10月26日の決勝では沼田康司(トクホン真闘)に3-0の判定勝利を収めた。
藤原 芽子(ふじわら わかこ、1981年2月22日 - )は… 藤原 芽子(ふじわら わかこ、1981年2月22日 - )は、日本の元プロボクサー。鹿児島県大島郡徳之島町生まれ兵庫県神戸市長田区出身。神戸市立須磨高等学校(現神戸市立須磨翔風高等学校)卒業。真正ボクシングジム所属。第2代OPBF女子東洋太平洋フェザー級王者、初代日本女子フェザー級王者。 1男2女のシングルマザーで、長男の勇生も2023年1月15日にプロテスト合格を果たし、母子プロボクサーとなった。2024年3月時点で、日本国内最年長の現役女子プロボクサー(男女通じては野中悠樹、堀川謙一に次いで3番目)であった。 徳之島で生まれ、2歳から神戸で育つ。 高校卒業後に結婚し1男2女を出産。 31歳の時にフィットネス目的でボクシングを始めたが、32歳の時に離婚し、これを機にプロを目指し年齢制限ギリギリでプロ転向。
樋高 リオ(ひだか リオ、男性、1981年2月5日 - )は… 樋高 リオ(ひだか リオ、男性、1981年2月5日 - )は、日本のプロボクサー。大阪府東大阪市出身。元WBCアジア(ABCOコンチネンタル)ヘビー級王者。 日本人初のボディビルで世界一になった杉田茂が代表を務めるウエイトトレーニングジム"Mr.U Gym"で元アマチュア世界王者のトレーナーと出会い見出され、オーストラリアに渡り、現地のプロライセンスを取得。 2006年8月31日、ニュージーランドのオークランドでデビュー戦を行い、2回KO勝利。 その後、JBCライセンスも取得し、2006年10月29日にIMPホールでの白坂貴昌(現・タカシラサカ)戦で国内デビュー。3回KO勝利。 オーストラリア時代の戦績は4戦4勝3KO。
大中 元気(おおなか げんき、1981年2月2日 - )は、… 大中 元気(おおなか げんき、1981年2月2日 - )は、日本のプロボクサー。第9代OPBF東洋太平洋ミニマム級王者。山口県徳山市(現周南市)出身。山口桜ケ丘高等学校卒。新日本徳山ボクシングスポーツジム(後に新日本周南と改称)所属。
佐藤 嘉洋(さとう よしひろ、1981年1月25日 - )は… 佐藤 嘉洋(さとう よしひろ、1981年1月25日 - )は、日本の元キックボクサー、ムエタイ選手。愛知県名古屋市出身。名古屋JKファクトリー所属。マネージメント先は株式会社ジャパン・スポーツ・マーケティング。元ISKAオリエンタル世界ライトミドル級王者。元WPKCムエタイ世界スーパーウェルター級王者。元WKAムエタイ世界ウェルター級王者。K-1でブアカーオ・ポー.プラムックやアルバート・クラウスといった歴代王者に勝利している。 格闘技を始めたきっかけは、ボクシングジムを見学する約束をしていた友人と直前に喧嘩となり、コテンパンにされたことだという。その後、自宅近くにあったキックボクシングジム『名古屋JKファクトリー』に入門し、グローブ空手選手権優勝を経て、1998年12月25日にプロデビュー、宮本勲と対戦し、判定勝ちを収めた。
和宇慶 勇二(わうけ ゆうじ、1981年1月20日 - )は… 和宇慶 勇二(わうけ ゆうじ、1981年1月20日 - )は、日本のプロボクサー。東京都出身。第35代日本スーパーライト級王者。ワタナベボクシングジム所属。日本学園高等学校卒業。 2000年10月24日、デビュー。 2009年8月10日、小野寺洋介山が持つ日本スーパーライト級王座に挑むが、0-3判定負け。 2011年10月14日、長瀬慎弥が持つ同王座に再挑戦し、3-0判定で王座奪取に成功。 2012年2月13日、岩渕真也を相手に初防衛戦に挑むが、7回KOに沈み王座陥落。 2014年7月5日、Jonel Gadapan戦で勝利し引退。 映画『百円の恋』にも新井浩文演じるプロボクサーの相手役として出演した。
戎岡 淳一(えびすおか じゅんいち、1981年1月10日 -… 戎岡 淳一(えびすおか じゅんいち、1981年1月10日 - )は、日本のプロボクサー。兵庫県明石市出身。実兄である戎岡彰も元プロボクサー。 明石ボクシングジムに所属し、明石西高校3年2学期1998年12月22日、プロデビューし、4R判定勝ちを収めた。 2000年9月7日、西日本新人王決勝戦まで出場するも6R判定負けし、準優勝となった。 2005年9月11日、元世界王者のピチット・チョーシリワットに8RTKO勝ちし、世界ランカーに浮上。 2006年4月16日、増田晃信の保持する日本ライトフライ級王座に挑戦するも、10R引き分けで王座獲得ならず。 2007年1月13日、元OPBF王者で世界挑戦経験者の山口真吾と対戦し、10R判定負けを喫した。
山中 大輔(やまなか だいすけ、1981年1月7日 - )は… 山中 大輔(やまなか だいすけ、1981年1月7日 - )は、日本の元プロボクサー。第31代日本スーパーバンタム級王者。白井・具志堅スポーツジム所属。福岡県太宰府市出身。 伯父の勧めで白井・具志堅スポーツジムに入門。 2000年9月25日、プロデビューを4回判定勝ちで飾る。 2001年7月23日、東日本スーパーバンタム級新人王戦予選で望月義将に敗れ初黒星と共に敗退。 2004年6月21日、その後9戦9勝7KOで瀬藤幹人との試合で敗れ、連勝ストップ。 2006年6月17日、日本スーパーバンタム級王者福原力也(ワタナベジム)と対戦し、序盤から試合を支配し、福原が右手首の痛みを訴え9回TKO勝ちを収め王座を獲得した。
玉越 強平(たまこし きょうへい、男性、1980年12月30… 玉越 強平(たまこし きょうへい、男性、1980年12月30日 - )は、日本の元プロボクサー。兵庫県神戸市出身。元WBC世界スーパーフェザー級ユース王者(ただしJBC非公認)。千里馬神戸ボクシングジム所属。 神戸村野工業高等学校入学と前後して千里馬ジム入門。高校卒業を間近に控えた1999年1月24日、プロデビューを3回KO勝利で飾る。高校の先輩山下正人から2007年春の帝拳移籍まで担任トレーナーとして指導を受け、長谷川穂積は同年秋の真正ジム移籍まで同い年の同僚であった。 デビュー2勝1分け後の11月22日、与久田英毅(JM加古川)に1回KOを喫して初の敗戦。 2000年9月7日、初の6回戦として中野智弘(風間)と対戦も判定負け。
江口 啓二(えぐち けいじ、1980年12月27日 - )は… 江口 啓二(えぐち けいじ、1980年12月27日 - )は、日本のプロボクサー。大分県宇佐市出身。元日本ミドル級王者。姫路木下ボクシングジム所属。大分県立宇佐産業科学高等学校卒業。 高校では相撲部に所属しインターハイ十和田大会ベスト8や全国高等学校相撲選手権大会団体戦3位になるなどの実績を残した。 2003年2月23日、相撲時代の体重から40kg程減量しミドル級でのプロデビュー戦に1RKO勝利を収めた。 2003年12月21日、4連勝で全日本ミドル級新人王決定戦に西軍代表として出場も東軍代表清田祐三(フラッシュ赤羽)に6R判定で敗れ初の黒星を喫すると同時に、敗退。 2006年12月2日、保住直孝(ヨネクラ)ら強豪を含め10連勝で、日本ミドル級チャンピオン板垣俊彦(木更津グリーンベイ)に挑戦。
長谷川 穂積(はせがわ ほづみ、1980年12月16日 - … 長谷川 穂積(はせがわ ほづみ、1980年12月16日 - )は、日本の元プロボクサー。兵庫県西脇市出身。元WBC世界バンタム級王者。元WBC世界スーパーバンタム級王者。元WBC世界フェザー級王者。世界3階級制覇王者。 バンタム級では5年間世界王座に君臨し、その間10度の防衛に成功。また、4度の年間MVPを受賞しており、超高速の連打と絶妙なカウンターパンチ、卓越したディフェンステクニックとスピードを誇る。現役時代は千里馬神戸ボクシングジム→真正ボクシングジムに所属していた。 5人兄弟の長男(2番目)として誕生。 指名試合以外でもランキング上位者を中心に対戦している。また、日本テレビは長谷川の世界王座獲得以来、長谷川の防衛戦の放送を「ワールドプレミアムボクシング・The Real」と銘打って大々的に中継するようになった。
TURBΦ(ターボ、1980年12月5日 - )は、日本の男… TURBΦ(ターボ、1980年12月5日 - )は、日本の男性キックボクサー。本名は長塚 崇(ながつか たかし)。茨城県水海道市(現・常総市)出身。初代WMAF世界スーパーフェザー級王者。かつてはTURBOというリングネームを使っていた。 キックボクシングを始める前は、中学でサッカーを3年間、高校で陸上競技を1年間のスポーツ経験しかなかった。 1999年の冬にTEAM O.Jに加入。高校卒業の直前だった。TEAM O.Jは、元キックボクサーの青木弘行が1998年に主宰した練習チームである。グローブ空手でアマチュアのキャリアを積み、入会後1年半でアジア太平洋キックボクシング連盟(APKF)でプロデビューする。
河野 公平(こうの こうへい、1980年11月23日 - )… 河野 公平(こうの こうへい、1980年11月23日 - )は、日本の元プロボクサー。山梨県中巨摩郡櫛形町(現・南アルプス市)出身。ワタナベボクシングジム所属。元WBA世界スーパーフライ級王者。 東亜学園高等学校、日本鍼灸理療専門学校卒業。 高校時代は陸上部に所属していたが、『6ヶ月でプロボクサーになる』を読んでボクシングを始める。ワタナベジムに入門し、1999年以降はトレーナー・高橋智明の指導を受けている。 2000年11月22日、20歳前日にプロデビューする。デビュー戦は敗戦となってしまうが、その後は順調に勝ち上がる。 2002年12月22日、三枝健二に勝ち8連勝の東日本スーパーフライ級新人王として、西軍代表中広大悟と全日本スーパーフライ級新人王を争うも、6回判定で敗れた。
遠藤 幸佑(えんどう こうすけ、1980年11月11日 - … 遠藤 幸佑(えんどう こうすけ、1980年11月11日 - )は、日本の元ラグビー選手、アマチュアボクシング選手。トヨタ自動車ヴェルブリッツに所属していた。実家は中標津町の牧場。 中学までは剣道をやっていたが、中標津高校入学後にラグビーを始め、2・3年時に花園出場を果たした。また、高校日本代表にも選出された。 法政大学に進学後、フルバックに転向。2年時に大学選手権準優勝、3・4年時にも4強入りを果たし、7人制日本代表にも選出された。 卒業後の2003年4月にトヨタ自動車へ入社。チームはこの年から始まった「トップリーグ」への参入を逃していたが、1年目から中心選手として活躍しトップリーグ昇格に貢献。
野尻 和暉(のじり かずき、1980年10月25日 - )は… 野尻 和暉(のじり かずき、1980年10月25日 - )は、日本の男性キックボクサー、元力士。和歌山県新宮市出身。 中学卒業後に武蔵川部屋へ入門。1996年3月に初土俵を踏む。 1997年11月に心臓の疾患により引退。力士としての生涯戦歴は11場所に出場し30勝33敗7休。 2008年、格闘家に転向。DEEP、RISE、GRACHANに出場。
渡辺 久江(わたなべ ひさえ、1980年10月21日 - )… 渡辺 久江(わたなべ ひさえ、1980年10月21日 - )は、日本の女性総合格闘家、キックボクサー。栃木県鹿沼市出身。元DEEP女子ライト級王者。 2002年4月7日、SMACKGIRLの大門まい子戦で総合格闘技デビュー。同年12月月29日、SMACKGIRL JAPAN CUP 2002ライト級(52kg)トーナメントで決勝まで勝ち上がるがしなしさとこに敗れ準優勝となった。 2003年11月11日、キックボクシングルールでグレイシャアAkiと対戦し、1-2の判定負け。 2003年12月26日、初の海外遠征を行い、タイのフューチャーパークにあるランシット屋外特設リングで行われたテレビマッチで、インターナショナル女子ムエタイライトフライ級王座決定戦に出場。
大久保 雅史(おおくぼ まさふみ、1980年10月14日 -… 大久保 雅史(おおくぼ まさふみ、1980年10月14日 - )は、日本の男性プロボクサー。宮城県名取市出身。第38代OPBF東洋太平洋フライ級王者。青木ボクシングジム所属。 史上初めて日本ランキングに入ったことがないまま、東洋太平洋王者となった。 郁文館高校から日比谷高校定時制に転校。 1998年10月27日、高校時代にレパード玉熊ジム所属でミニマム級でのデビュー戦を勝利。 1999年5月28日、2戦目で敗れると同時に引退。 2005年7月20日、6年ぶりに復帰し勝利で飾る。 2006年9月29日、それまでに4勝している為6回戦の権利を得るもライトフライ級に階級を上げ、東日本新人王トーナメントに出場したが、平川聖也(当時3勝1KO3敗)に2-0の判定負けを喫して準決勝で敗退した。
桜朋 梨恵(おおとも りえ、1980年9月26日 - )は、… 桜朋 梨恵(おおとも りえ、1980年9月26日 - )は、日本の女性元キックボクサー。本名は大友 里恵。埼玉県川口市出身。ラビットカラテ所属。以前はTiiira∞(ティーラ)、桜朋 凛(おおとも りん)を名乗っていた時期がある。 高校時代はバレーボール部に所属、県南部代表に選ばれたこともある。卒業後は東京ディズニーランド勤務(大声の出し過ぎでポリープになり短期間で退職)を経て上場企業の受付嬢となったが、2003年に何気なくテレビで見た「K-1 WORLD MAX」での魔裟斗の試合を見てキックボクサーになることを決意、伊原道場に入門した。 2004年12月19日の女子興行「ANGEL'S」第1戦で長島かよこ戦でデビュー。
寺戸 伸近(てらど のぶちか、1980年9月9日 - )は、… 寺戸 伸近(てらど のぶちか、1980年9月9日 - )は、日本の元男性キックボクサー。島根県浜田市出身。Booch Beat所属。ISKA K-1世界バンタム級王者。元Krush -55kg王者。 2003年12月7日、空修会館所属として全日本キックボクシング連盟「Fujiwara Festival 〜藤原祭り〜」でプロデビュー。 2004年、空修会館が休会となり山本優弥・平谷法之と共に新チーム「BOOCH BEAT(ブッチ・ビート)」所属となった。 2005年2月6日、全日本キックボクシング連盟「MOVING」で行われたJ-NETWORK MACH 55トーナメント出場者決定戦で浦林幹に判定勝ち。
小縣 新(おがた しん、1980年〈昭和55年〉8月15日 … 小縣 新(おがた しん、1980年〈昭和55年〉8月15日 - )は、日本の元プロボクサー、実業家、エグゼクティブコーチ。岐阜県岐阜市出身。 最高位は元プロボクシング日本スーパーフライ級1位、OPBF東洋太平洋1位、WBC世界10位。現在はボクシングで培った経験と「心理学」「自己啓発」「帝王学」を融合させたメンタルコーチや講師として活動している。 元プロボクサー。ボクシング現役時代には日本スーパーフライ級1位、東洋太平洋同級1位、世界10位にランクされた。 天性のスピードとタイミングを武器に、打たせずに打つボクシングでアマチュア時代にはバンタム級で全国高校総体(インターハイ)優勝を果たし、全国選抜大会でも2年連続準優勝を記録。
矢代 義光(やしろ よしみつ、1980年8月4日 - )は、… 矢代 義光(やしろ よしみつ、1980年8月4日 - )は、日本の元プロボクサー。東京都荒川区出身。第41代日本スーパーフェザー級王者。花咲徳栄高等学校、平成国際大学卒業。現役時代は帝拳ボクシングジム所属。引退後、矢代ボクシングフィットネスクラブおよびパーソナルジム BeSLIM代表を務めている。 高校、大学とアマチュアボクシングで活躍し、1998年高校総体フライ級決勝では(金城真吉監督率いる)沖縄尚学高校翁長吾央に判定負で準優勝、かながわ・ゆめ国体少年フライ級4強、1999年全日本アマチュアボクシング選手権大会フェザー級3位や2000年とやま国体フェザー級3位の成績を残す。 2001年5月19日、後楽園ホールでのフェザー級4回戦でプロデビューし、鯉和康に2RKOで勝利。
喜多村 誠(きたむら まこと、1980年7月22日 - )は… 喜多村 誠(きたむら まこと、1980年7月22日 - )は、日本の男性キックボクサー。福岡県出身。REACTGYM湘南所属。元新日本キックボクシング協会ミドル級王者(第4代)。元The Battle Of MuayThai (BOM)ミドル級(69.85㎏ ~ 72.57㎏) 王者(初代)。 この項目は、ボクシング関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJボクシング/PJキックボクシング)。
寒川 直喜(さむかわ なおき、1980年7月12日 - )は… 寒川 直喜(さむかわ なおき、1980年7月12日 - )は、日本の男性キックボクサー。東京都大島町出身。バンゲリングベイ・スピリット所属。元M-1ライトヘビー級王者。元J-NETWORKミドル級王者。 冷静な判断と絶妙なタイミングの蹴り、鋭いジャブが魅力である。 2006年に特定疾患指定されている潰瘍性大腸炎であることが発覚した。 空手道場を経営していた父親の影響で幼少より空手や少林寺拳法を学んだ。 都立大島高校卒業後、総合格闘技を学ぶために上京。総合格闘技のトレーニングをしていたが、22歳の時に新田明臣の試合を観たことがきっかけになりキックボクシングを始め、新田のバンゲリングベイ立ち上げに伴い、バンゲンリングベイに入門した。
藤本 奈月(ふじもと なつき、1980年7月8日 - )は、… 藤本 奈月(ふじもと なつき、1980年7月8日 - )は、日本の元女子プロボクサー。千葉県柏市出身。セレスボクシングスポーツジム所属。 この項目は、ボクシング関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJボクシング/PJキックボクシング)。
家住 勝彦(いえずみ かつひこ、1980年6月15日 - )… 家住 勝彦(いえずみ かつひこ、1980年6月15日 - )は、日本の男性元プロボクサー。東京都江戸川区出身。第30代OPBF東洋太平洋ライトフライ級王者。レイスポーツボクシングジム所属。 中学校3年生の時にレイスポーツジムに入門し、ボクシングを始める。1997年11月14日、後楽園ホールでのプロデビュー戦は初回負傷引分となった。1998年は新人王戦に出場し、5勝 (4KO) を上げて決勝戦に進出したが、11月8日の第55回東日本ライトフライ級新人王トーナメント決勝戦で大和田智士(北澤)に判定負けを喫した。2000年10月20日、第14回KSD杯争奪A級トーナメントフライ級決勝でトラッシュ中沼(国際)と対戦し、3回TKO負けを喫した。
山口 賢一(やまぐち けんいち、1980年6月10日 - )… 山口 賢一(やまぐち けんいち、1980年6月10日 - )は、日本のプロボクサー。大阪府大阪市出身。大阪天神ジム選手兼会長。 元WBOアジア太平洋スーパーバンタム級暫定王者。日本人初のWBO世界タイトル戦挑戦者。大阪帝拳ボクシングジム所属選手としてプロデビュー。2009年5月にJBCのプロボクサーライセンスを返上して日本国外へ活動の拠点を求め、以降は※オーストラリア※フィリピン※メキシコなど海外を主戦場としている。大阪市立旭陽中学校、日生学園第二高等学校(現在は、青山高等学校)卒業。オーストラリアでの初陣で名づけられた愛称は "Machine Gun"。
宮本 武勇志(みやもと むさし、本名・宮本 典寛、1980年… 宮本 武勇志(みやもと むさし、本名・宮本 典寛、1980年5月18日 - )は、日本の男性プロキックボクサー。埼玉県南埼玉郡出身。新日本キックボクシング協会第3代日本ミドル級王者。治政館所属。ジムの先輩にはK-1でも活躍した、武田幸三がいる。 花咲徳栄高等学校卒業。平成国際大学中退。高校時代の一つ先輩には現WBA世界スーパーフェザー級王者・内山高志、同期に元日本スーパーフェザー王者・矢代義光などがいる。 高校、大学とアマチュアボクシングで活躍し、1998年高校総体、かながわ・ゆめ国体少年ライト級3位の成績を残した。スポーツ特待生として大学に入学するも、一年生のときに右膝半月板損傷。手術をしリハビリに励んだが再度、怪我。
翁長 吾央(おなが ごお、1980年5月5日 - )は、日本… 翁長 吾央(おなが ごお、1980年5月5日 - )は、日本の男性の元プロボクサー。沖縄県那覇市出身。大橋ボクシングジム所属。沖縄尚学高校、東洋大学卒業。 高校入学と同時にボクシングを始め(自身の1学年上の生徒までは興南高校で指導する)金城真吉監督の熱血指導で、1998年インターハイフライ級で決勝で花咲徳栄高校矢代義光に判定勝利。かながわ・ゆめ国体少年フライ級、選抜も制し高校3冠を達成した。アルゼンチン・ブエノスアイレスでの世界ユース選手権ではベスト8(プエルトリコライトウェルター級代表ミゲール・コットとエールを交換した)。 高校卒業後に進学の為に上京、高校時代からの同級生の中真光石と東洋大学ボクシング部に所属し関東大学リーグ戦や全日本選手権、国民体育大会等で活躍した。
進藤 靖弘(しんどう やすひろ、1980年5月2日- )は、… 進藤 靖弘(しんどう やすひろ、1980年5月2日- )は、神奈川県横浜市金沢区出身のプロボクサー。木更津グリーンベイジム所属。身長173cm。右ボクサーファイター。 清和大学1年の時に木更津グリーンベイボクシングジムでボクシングを始める。 2001年5月、木更津グリーンベイジムからプロデビュー。 2003年4月、千葉県警察官になり、6回戦で一度ボクシングを離れる。その後、復活しA級ライセンスを取得。現役警察官がボクシングライセンスを所有する事は今までに無かった。 2005年11月、木更津クラカタスポーツガーデンでの試合を最後に引退。 この項目は、ボクシング関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJボクシング/PJキックボクシング)。
古田 太一(ふるた たいち、1980年5月1日 - )は、日… 古田 太一(ふるた たいち、1980年5月1日 - )は、日本の男性キックボクサー、空手家(初段)。埼玉県川口市出身。アイアンアックス(正道会館)所属。正道会館谷塚教室責任者。 2000年、20歳で正道会館東京本部に入門し空手を始める。その後、草津賢治(二代目グレート草津)の弟子としてキックボクシングを学ぶ。 2004年4月29日、R.I.S.E. VIIでFABIANOと対戦し、右アッパーでKO負けを喫した。 2004年5月30日、一撃でアレハンドロ・ナヴァロと対戦し、左フックによるKO負けを喫した。 2007年9月16日、J-NETWORKヘビー級王座決定トーナメント・リザーブ戦で富樫龍一と対戦し、3-0の判定勝ちを収めた。
須田 拓弥(すだ たくみ、1980年4月27日 - )は、日… 須田 拓弥(すだ たくみ、1980年4月27日 - )は、日本のプロボクサー。埼玉県所沢市出身、東京都在住。日本ライトフライ級、OPBF東洋太平洋同級ランカー。沼田ボクシングジム所属。現在は練馬区の大泉学園・新座ウェライフ整骨院代表。 中学から高校ではバスケットボールの選手だった。 2004年にプロデビュー。 2007年8月27日、15戦全勝中だった日本ライトフライ級4位の池原繁尊(横浜光ボクシングジム)に挑戦し、2-1の判定勝ち。この勝利により日本ライトフライ級8位にランクイン。この試合が評価され、東日本ボクシング協会月間新鋭賞受賞(8月)。 2008年6月9日、2度の防衛に成功していた日本ライトフライ級王者嘉陽宗嗣(白井・具志堅スポーツジム)にタイトルを挑戦。
白須 康仁(しらす やすひと、1980年4月24日 - )は… 白須 康仁(しらす やすひと、1980年4月24日 - )は、日本の男性キックボクサー。千葉県木更津市出身。PROTAGONIST所属。 選手としての人気は高く、応援団が名物。 2003年11月24日、マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟(MAキック)で荻野兼嗣と日本ウェルター級タイトルマッチで対戦し、判定勝ち。日本ウェルター級王座を獲得。 2004年5月9日、MAキック興行でシュートボクシングスーパーライト級王者宍戸大樹と対戦。4Rに額のカットによるTKO負け。プロ初黒星となった。 2004年12月19日、R.I.S.E. DEAD or ALIVE Tournament '04に参戦。1回戦でJ-NETWORKミドル級王者山内哲也に判定勝ちするも、準決勝で裕樹に判定負け。
水町 浩(みずまち ひろし、1980年2月16日 - )は、… 水町 浩(みずまち ひろし、1980年2月16日 - )は、日本の男性キックボクサー。長崎県出身。士魂村上塾所属。 マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟第4代スーパーライト級、第17代ウェルター級、初代WMAF世界ウェルター級王者。第3代RISEライト級王者。 佐世保実業高等学校を卒業。1999年1月31日、マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟でプロデビュー。 2002年9月28日、山木ジム&東金ジム主催「SPIRIT」のMA日本ライト級王者決定戦に出場。水町は2位にランクされており、木村允(同級1位)と対戦。5R判定2-0で破れ、王座獲得にはいたらなかった。点差は1点・2点と僅差だった。
吉本 光志(よしもと こうじ、1980年2月6日 - )は、… 吉本 光志(よしもと こうじ、1980年2月6日 - )は、日本の男性キックボクサー、総合格闘家。東京都出身。ヌンサヤームジム所属。元RISEスーパーライト級王者。 2000年7月31日、アクティブJ所属としてJ-NETWORKでプロキックボクシングデビュー。 2003年、AJジムに移籍。6月20日、全日本キックボクシング連盟移籍初戦で関博司に判定勝ち。 2003年11月23日、小林聡と対戦。2Rに2度のダウンを奪われるも、最後まで諦めず打撃戦を展開し、僅差(27-28、27-28、27-29)の判定負けとなった。 2004年3月、全日本キック最強決定トーナメント2004の1回戦で凱斗亮羽に判定勝ち。