茨木 保(いばらき たもつ、1962年1月5日- )は、日本… 茨木 保(いばらき たもつ、1962年1月5日- )は、日本の漫画家、産婦人科医師(医学博士)。大阪府出身。東京都在住。 1962年、6人兄弟の末っ子として生まれる。実家は東大阪市で町工場を経営していた。兄は通信工学者の茨木久。小学校4年の時に読んだ手塚治虫の『火の鳥』に衝撃を受け、医師免許を持つ漫画家である手塚への憧れから、医師と漫画家を志す。 1980年大阪府立高津高等学校卒業。同年奈良県立医科大学入学。医大生1年生の時、手塚が大学祭の講演に来た際、面談の機会を得る。茨木が「医師と漫画家両方を目指している」ことを告げると、手塚は「ボクみたいな落伍者にならず、医者になってください」と諭したが、漫画については、真剣に話を聞いたという。
山川 直人(やまかわ なおと、1962年 - )は、日本の漫… 山川 直人(やまかわ なおと、1962年 - )は、日本の漫画家。男性。 東京都立小石川高等学校卒業。高校時代より同人誌活動を行い、高校卒業後は産業カメラマンである父親の助手をしながら独学で漫画家を目指した。1988年、『シリーズ間借り人』(『ヤングチャンピオン』(秋田書店)連載)で雑誌デビュー。山川の作風は、現代を舞台としつつも、どこか四畳半フォーク時代を思わせるような生活模様や恋愛描写が多く見られ、脚本展開もオーソドックスなものから実験的なシュールなものまで幅広い。作画はスクリーントーンをあまり使わず、手描きのカケアミを全面に多用した綿密な描き込みによる版画の様な絵が非常に特徴的である。 また、商業誌で連載を持つメジャーの身でありながらも、一方では自費出版で作品を出し続けたり、同人誌の即売会に出展するなどの創作活動も定期的に行なっている。
たかは まこ(1962年 - )は、日本の漫画家。愛知県高浜… たかは まこ(1962年 - )は、日本の漫画家。愛知県高浜市出身。夫はアニメーターで漫画家の貞本義行。 多摩美術大学在学中の1981年、『週刊マーガレット』(集英社)からデビュー。1988年、学生時代からの交際を経て貞本と結婚し、2子をもうける。 出産以前は恋愛漫画(少女漫画)を描いていたが、出産後はその経験を生かした出産・育児漫画を多く執筆している。また、女性視点での恋を描いた『DIARY WORK』や『アルカイック スマイル』の原作を夫の貞本と行うなど夫婦共同での仕事も多い。このうち『DIRTY WORK』では物語の舞台として地元高浜市の風景を描いている。 また、漫画の執筆活動のほかに高浜市内の小学4年生から中学3年生を対象にした市民講座「たかはま夢・未来塾」で、まんがクラブの講師を務めている。
十川 誠志(そご まさし、1962年 - )は、日本の脚本家… 十川 誠志(そご まさし、1962年 - )は、日本の脚本家、漫画原作者。埼玉県出身。 法政大学文学部日本文学科卒。映像制作会社でアニメーションの制作進行を務めた後、脚本家デビュー。脚本家となった当初は『テニスの王子様』や『BLEACH』、『キューティーハニーF』などのアニメ作品の脚本を主に行っていた。作品によってはシリーズ構成も務めており『FAIRY TAIL』では総計で5年半ほど構成を担当、また2003年からはテレビアニメ『ポケットモンスターアドバンスドジェネレーション』、『ポケットモンスターダイアモンドパール』の脚本も行った。 加えて2005年公開の『交渉人 真下正義』や2007年公開の『龍が如く 劇場版』などのように実写作品の脚本を手がけることもある。
ザビエル山田(ザビエルやまだ、1962年(昭和37年) - … ザビエル山田(ザビエルやまだ、1962年(昭和37年) - )は、岐阜県関市出身の日本の漫画家。 実家は、刃物の生産で有名な関市の中心にあり、鉄骨業を営んでいた。ザビエル自身も若い頃家業の手伝いをしていた。また20代後半の頃は漫画家と建設作業員の二足の草鞋を履いており、「日本唯一の溶接資格を持つ漫画家」を自称していた。 連載の漫画は主に4コマ作品が多い。作風はシニカルが基本で、そこにブラックジョークが上乗せされる。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
小田 ひで次(おだ ひでじ、1962年 - )は、日本の漫画… 小田 ひで次(おだ ひでじ、1962年 - )は、日本の漫画家。岩手県八幡平市出身。ストイックで美しいファンタジーの名手と評価され、世界と人間のかかわりを追求する姿勢をもつ 。 宇都宮文星短期大学地域総合文化学科特任教授。 1991年『魚』でアフタヌーン四季賞を受賞後、1992年『拡散』でデビュー。 2000年に発表された『クーの世界』は前作『拡散』の鋭いタッチの線画から柔らかな絵柄へと作風が変わっており、さらに「続き夢の旅」「不思議な生き物たちの登場(イッポ、モノキビルなど)」といったファンタジー要素を採り入れ、より読者を意識した作品になっている。 2003年4月からミステリーボニータで連載された『ミヨリの森』では「ボクリコ」「ネゴ爺」など数多くの精霊が登場しており、前作『クーの世界』に観られたファンタジー要素は継承しつつ「身寄りのない少女の歪んだ心が、自然の中で再生されていく」といった、これまでの作品に観られた哲学的・観念的世界から写実的な人間描写へと変わっている。
倉橋 寛(くらはし かん、1961年12月20日 - )は、… 倉橋 寛(くらはし かん、1961年12月20日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター、小説家。愛知県江南市出身。漫画作品は全て平仮名書きのくらはしかん名義となっている。滝高等学校、南山大学経営学科卒業。 1989年、「『がんばれ!!タブチくん!!』のようなドラゴンズ漫画が読みたいという欲求があって、誰も描かないのなら自分で描いちゃおうと思って」(本人談)『月刊ドラゴンズ』に投稿し6月号に掲載される。その時に登場した大豊泰昭とジョージ・ヒンショーがこの作品の登場人物第1号と言える。因みに、『中日スポーツ』連載の第1号は高木守道。 連載10年目の2002年には、執筆風景の取材を受ける(4月9日付中日スポーツで掲載)。
倉橋 寛(くらはし かん、1961年12月20日 - )は、… 倉橋 寛(くらはし かん、1961年12月20日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター、作家。愛知県江南市出身。漫画作品は全て平仮名書きのくらはしかん名義となっている。滝高等学校、南山大学経営学科卒業。
青木 たかお(あおき たかお、1961年12月20日 - )… 青木 たかお(あおき たかお、1961年12月20日 - )は、日本の漫画家。栃木県宇都宮市出身。主に『月刊コロコロコミック』系列の雑誌で執筆している。妻は小説家の日明恩。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
御童 カズヒコ(みどう カズヒコ、本名は千葉カズヒコ。196… 御童 カズヒコ(みどう カズヒコ、本名は千葉カズヒコ。1961年12月17日 - 2024年9月4日)は、日本の漫画家。 静岡県伊東市生まれ、宮城県仙台市育ち。父親は全日本硬式空手道連盟第2代会長も務めた空手家の千葉拳二郎(剛武舘)であり、非常に厳格な家庭に育つ。東北学院高等学校在学中から友人とフジオ・カズヒコ名義で漫画を書き始め、東京デザイナー学院中退後の1981年、『少年ビッグコミック』(小学館)にて『らんちきDAY by DAY』でデビュー。1982年にコンビを解消し、ペンネームを「御童カズヒコ」とし、『少年ビッグコミック増刊号』にて『かってにシティー』で再デビュー。1985年から1986年にかけて「らじかるDreamin」を連載する。
岩村 俊哉(いわむら としや、1961年11月24日 - )… 岩村 俊哉(いわむら としや、1961年11月24日 - )は、日本の男性漫画家。本名同じ。京都府亀岡市出身、桃山学院大学社会学部卒。血液型、B型。 趣味はパチスロ、釣り。尊敬する漫画家は西川秀明。テンポの良いギャグが特徴。 代表作は、『月刊少年ガンガン』に連載された『電撃ドクターモアイくん』。総合学園ヒューマンアカデミー東京校のマンガカレッジ非常勤講師。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
士郎 正宗(しろう まさむね、1961年11月23日 - )… 士郎 正宗(しろう まさむね、1961年11月23日 - )は、日本の漫画家・イラストレーター。 兵庫県神戸市葺合区(現:中央区)出身。大阪芸術大学芸術学部美術学科(油画科)卒[要ページ番号]。大学では美術の教員免許を取得。 代表作に『アップルシード』、『攻殻機動隊』など。 大学時代に漫画研究団体「アトラス」に一般メンバーとして所属、メンバーにぴゅあ(漫画家)、伊藤浩二(アニメーター)などがいた(名誉会員に星野之宣)。この頃から漫画を描き始め、1980年代初頭の在学中に同人誌『ブラックマジック』を(アトラスのメンバーに手伝ってもらいつつ)製作、アトラスから出版し、仲間と出版社などに売り込みを始めて『アップルシード』で青心社からデビューする。
佐々木 倫子(ささき のりこ、1961年10月7日 - )は… 佐々木 倫子(ささき のりこ、1961年10月7日 - )は、日本の漫画家。北海道旭川市出身、札幌市在住。女性。血液型はAB型。 北海道旭川東高等学校、北海道教育大学教育学部旭川校卒業。1980年『花とゆめ夏の増刊号』(白泉社)掲載の「エプロン・コンプレックス」でデビューした。当初のペンネームは「佐々木規子」で、『ペパミント・スパイ』(花とゆめ1982年9月増刊号掲載)から現在の本名の表記に変更された。 主に白泉社の『花とゆめ』系列誌を中心に活動していたが、『動物のお医者さん』を最後に白泉社から小学館に活動の場を移し、『おたんこナース』以降は小学館の青年誌をメインに活動している。 (括弧内は雑誌掲載年)
杉作 J太郎(すぎさく じぇいたろう、本名:杉恭介、1961… 杉作 J太郎(すぎさく じぇいたろう、本名:杉恭介、1961年〈昭和36年〉9月26日 - )は、日本の漫画家・俳優・タレント・ミュージシャン・ライター・映画監督。狼の墓場プロダクション代表。 愛媛県伊予市生まれ、松山市出身。愛光中学校中退、駒澤大学卒業。駒澤大学在学中、芸人を目指して友人の正狩炎(まさかり ほのお)とお笑いコンビ「コントB級ステークス」を組み『笑ってる場合ですよ!』の「お笑い君こそスターだ!」に出場したが、2日目の本番前、ビートたけしに楽屋で「がんばれよ」と声をかけられたことで、舞い上がった相方がセリフを全部忘れてしまい、0点で落選。芸人への道を諦める。 1982年、自販機本『ガール・ハンター』で漫画家デビューし、「ガロ」などで活動。
克・亜樹(かつ・あき、本名:中村 克明、男性、1961年9月… 克・亜樹(かつ・あき、本名:中村 克明、男性、1961年9月19日 - )は、日本の漫画家。福岡県福岡市西区出身。大阪芸術大学芸術学部デザイン学科卒業。 大学在学中の1983年、小学館の第12回小学館新人コミック大賞少年部門で佳作を、白泉社の『花とゆめ』で第88回HMC(花とゆめまんが家コース)トップ賞を受賞。受賞作の『メアリー♥ララバイ』が同年5月発売の『花とゆめ 大増刊』に、『ルピア!』が同年7月発売の『週刊少年サンデー 夏休み増刊号』に掲載されてデビュー。 以後しばらくは、『月刊コミコミ』や『週刊少年サンデー増刊号』などで読み切り作品と短期集中連載作品の執筆を担当。後に、それと並行して『週刊少年サンデー』で連載を持つようになる。
本庄 敬(ほんじょう けい、1961年9月18日 - )は、… 本庄 敬(ほんじょう けい、1961年9月18日 - )は、日本の漫画家。北海道寿都郡寿都町出身。 北海道寿都郡寿都町で漁業を営む家に生まれる。寿都高等学校を卒業後、東京の専門学校である千代田工科芸術専門学校に進学。石川サブロウのアシスタントを経て、1986年、『北へ ―君への道―』が手塚賞に準入選し、「週刊少年ジャンプ増刊号」(集英社)でデビュー。 2025年には『羆撃ちのサムライ』により、第54回日本漫画家協会賞まんが王国・土佐賞を作者の井原忠政と共に受賞する。
原 哲夫(はら てつお、1961年9月2日 - )は、日本の… 原 哲夫(はら てつお、1961年9月2日 - )は、日本の漫画家。東京都渋谷区生まれで埼玉県越谷市育ち。
有里 紅良(ありさと あから、本名:伊藤 勇喜子(いとう ゆ… 有里 紅良(ありさと あから、本名:伊藤 勇喜子(いとう ゆきこ)、1961年(昭和36年)8月31日 - 2015年(平成27年)7月2日)は、日本の漫画原作者、小説家、演劇脚本家、同人作家、映像編集技師。北海道根室市出身。 同人サークルから発展して結成された創作集団および劇団である「有限会社La・Moon」の初代代表取締役。同団体発行作品の主幹編集者。同じく「ら・むうん」に所属する漫画家兼イラストレーターの夢来鳥ねむとのコンビで知られる。ら・むうんメンバーおよびファンからの愛称はママ。夢来鳥が漫画家デビューに伴う上京に際し有里を、東京における第二の母として慕い呼び習わした事に由来する。 1961年、北海道根室市に生まれる。
所 十三(ところ じゅうぞう、1961年8月30日 - )は… 所 十三(ところ じゅうぞう、1961年8月30日 - )は、日本の漫画家。静岡県掛川市出身。静岡県立掛川西高等学校、駒澤大学卒業。本名:岡田 信幸(おかだ のぶゆき)。 駒澤大学漫画クラブOBの芳井一味と高橋葉介のアシスタントを務め、在学中に『ピントはずれのかぞく式』で講談社新人漫画賞佳作を受賞(受賞式には学生服姿で臨んでいる)、1984年(昭和59年)『月刊少年マガジン』で読み切り『名門!多古西応援団』にてデビュー。これが好評だったことから連載となる。この他にも『週刊少年マガジン』で連載した『疾風伝説 特攻の拓』などのような、硬派な世界の少年達の漫画を数多く手掛ける。最近では『DINO2』『白亜紀恐竜奇譚 竜の国のユタ』のような、かねてから興味を抱いていた恐竜をテーマにした漫画を中心に発表している。
佐藤 宏之(さとう ひろゆき、1961年 7月30日 - )… 佐藤 宏之(さとう ひろゆき、1961年 7月30日 - )は、日本の漫画家。茨城県水戸市出身。 高校卒業後、漫画家を目指してあすなひろしの所に押しかけアシスタントになる。1981年、『おれたちゃいつでもロックンロール』が『週刊少年チャンピオン夏の増刊号』に掲載されデビュー、同年、『週刊少年チャンピオン』52号より『気分はグルービー』連載が開始された。
北爪 宏幸(きたづめ ひろゆき、1961年7月24日 - )… 北爪 宏幸(きたづめ ひろゆき、1961年7月24日 - )は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー、漫画家。東京都目黒区出身。東京デザイナー学院アニメ科(現:専門学校東京クールジャパン)卒業。 1980年代後半を代表するキャラクターデザイナーの一人。代表作は『機動戦士ガンダムΖΖ』『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』『モルダイバー』など。 東京都立駒場高等学校卒業。高校生の時は理科系の大学への進学を目指していたが、「何となく大学に行ってサラリーマンになる」ことに抵抗感を持ったことから、進路を美術系に転換。美術大学を目指すも、試験日になって病気になったことから試験を半分しか受けられず、他の美術大学の試験も間に合わなかったことで失敗。
日渡 早紀(ひわたり さき、1961年〈昭和36年〉7月5日… 日渡 早紀(ひわたり さき、1961年〈昭和36年〉7月5日 - )は日本の漫画家。神奈川県川崎市出身[リンク切れ]。血液型はB型。代表作に『ぼくの地球を守って』など。 実家は書店。1981年〈昭和56年〉、『魔法使いは知っている』で白泉社の第6回アテナ大賞第2席を受賞。この作品が1982年〈昭和57年〉『花とゆめ』(白泉社)第4号に掲載され、デビュー。 なお、この作品は早紀シリーズ第1話として位置付けられている。 発表年は掲載誌の号数に準拠。単行本は花とゆめコミックス、文庫版は白泉社文庫、愛蔵版はジェッツコミックスより刊行(全て白泉社)。
柳田 理科雄(やなぎた りかお、本名同じ、1961年(昭和3… 柳田 理科雄(やなぎた りかお、本名同じ、1961年(昭和36年)6月21日 - )は、日本の作家、漫画原作者、大学教員、ラジオパーソナリティ、YouTuber。 明治大学理工学部 兼任講師。株式会社『空想科学研究所』主任研究員。 鹿児島県熊毛郡南種子町出身。父は南種子町長を2007年まで4期16年務めた柳田長谷男。「理科雄」は、ペンネームではなく本名である。彼が生まれる2ヵ月ほど前(1961年4月12日)にユーリイ・ガガーリンが世界初の宇宙飛行に成功しており、これに感激した父が「これからは科学の時代だ」と考えて命名した名前であるという。「理科雄」という変わった名前で父が出生届を出した際、町役場の係員からは「本当にこれでいいんですね?」と繰り返し念を押されたという。
原 秀則(はら ひでのり、1961年6月14日 - )は、日… 原 秀則(はら ひでのり、1961年6月14日 - )は、日本の漫画家。兵庫県明石市出身。男性。 1980年、『週刊少年サンデー』(小学館)掲載の「春よ恋」でデビュー。同誌で翌年から開始した『さよなら三角』が初連載作品である(デビューから連載までの原の状況は『さよなら三角』の概要を参照)。代表作に『ジャストミート』『冬物語』など。第33回(昭和62年度)小学館漫画賞を受賞(『ジャストミート』『冬物語』)。 富山県氷見市を舞台とした漫画『ほしのふるまち』の好評を受け、2007年に氷見市長の堂故茂から氷見市の観光大使「氷見市きときと魚大使」に任命された。 競馬が趣味であり、自身のブログでレースの予想をしたり、レース後の反省を書くこともある。
紫堂 恭子(しとう きょうこ、本名:牛島喜代子、1961年6… 紫堂 恭子(しとう きょうこ、本名:牛島喜代子、1961年6月9日 - )は、日本の漫画家。漫画家の牛島慶子は実の妹。 佐賀県出身。福岡市在住。長崎大学教育学部卒業後、小・中学校の非常勤教師となるが1年半で退職。23歳でまんが家になることを決意し、アルバイトをしながら投稿を続け、1988年、26歳のときに『辺境警備』(小学館『プチフラワー』)でデビュー。 1989年からは『グラン・ローヴァ物語』(潮出版社『コミックトム』)の連載を開始。大学2年生のときに読んだトールキンの『指輪物語』に影響を受けたという、壮大なファンタジー作品として静かな人気を得て、1994年に星雲賞コミック部門を受賞。 1990年代後半は『月刊ASUKAファンタジーDX』(角川書店)で活動、2000年代に入ると『MiChao!』『ホラー&ファンタジー倶楽部』といったウェブコミックにも活動の場を広げた。
青山 広美(あおやま ひろみ、本名未公表、1961年6月 -… 青山 広美(あおやま ひろみ、本名未公表、1961年6月 - )は、日本の漫画家・漫画原作者。男性。宮城県仙台市出身。上智大学外国語学部ロシア語学科中退。以前は青山パセリ名義を使用していたが、現在は全て青山広美名義で作品を発表している。 代表作に「トーキョーゲーム」「バード 〜砂漠の勝負師〜」「ギャンブルフィッシュ」など。 小学生の頃から少年漫画や姉が買っていた少女漫画を読み、萩尾望都や大島弓子などの漫画家に影響を受ける。大学の漫画研究会への入会を期に漫画を描き始め、在学中の1980年代前半に青山パセリ名義で『週刊漫画ゴラク』(日本文芸社)にてデビュー。同誌などに多数の短編麻雀漫画を執筆。 その後、本人の長年の希望であった少女漫画執筆のために青山広美名義で『プチフラワー』(小学館)の新人賞(PFコミックスクール)へ「箱舟の朝」を投稿し佳作を受賞する。
斉藤 富士夫(さいとう ふじお、1961年5月21日 - )… 斉藤 富士夫(さいとう ふじお、1961年5月21日 - )は、日本のギャグ漫画家。新潟県白根市(現在の新潟県新潟市南区)出身。新潟県立新潟江南高等学校→法政大学文学部卒業。 1984年、『俺はドラマティック』(マガジンSPECIAL)でデビュー。 1992年、『激烈バカ』のVシネマ『吉本軍団激烈バカ』に出演した。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
鶴田 謙二(つるた けんじ、 1961年5月9日 - )は、… 鶴田 謙二(つるた けんじ、 1961年5月9日 - )は、日本の漫画家、イラストレーター。静岡県浜松市出身。森田理論の名義でも活動している。 1986年に『週刊コミックモーニング』(講談社)掲載の『広くてすてきな宇宙じゃないか』でデビュー。代表作に、アニメ化もされた『Spirit of Wonder』などがある。 元・アフタヌーン四季賞春のコンテスト選考委員(2014年 - 2017年)。 写真家を目差し、大学時代は写真工学を専攻するも、在学中に出合った星野之宣の漫画作品に感化され、漫画家を目差す。同人誌活動を経て、1986年に「週刊コミックモーニング」誌掲載の『広くてすてきな宇宙じゃないか』でデビューする。
若林 健次(わかばやし けんじ、1961年5月7日 - )は… 若林 健次(わかばやし けんじ、1961年5月7日 - )は、日本の漫画家。福島県大沼郡会津高田町(現会津美里町)出身。東京都新宿区在住。男性。大東文化大学卒。代表作に『ドトウの笹口組』『タッチでイクぜ!竹田クン』『オンダ』など。 福島県出身。大東文化大学を卒業後、いしかわじゅんのアシスタントとして働きながら投稿を続ける。1987年、『ドトウの笹口組』(コミックモーニング)でデビュー。以後、味のある絵で意外な展開を巻き起こす社会派の作品を得意とし、多数の出版社から作品を発表していた。 だが、2012年の『怪盗レシピ』を最後にして、それ以降、漫画の新作の単行本は刊行されていない。 一時期、忌野清志郎と同居していた。
林 晃(はやし ひかる、1961年5月5日 - )は、日本の… 林 晃(はやし ひかる、1961年5月5日 - )は、日本の漫画家。男性。東京都出身。妻は漫画家のやぎざわ梨穂。 東京都立大学 (1949-2011)人文学科哲学科専攻卒業(1986年)。1987年、集英社 ビジネス・ジャンプ奨励賞佳作受賞、古川ハジメのアシスタントとなる。1989年より井上紀良に師事し、1992年、『ベアーズ・クラブ』掲載の『アジャ・コング物語』でデビュー。1997年、マンガ・デザイン制作事務所を設立し、多くの著書を手掛ける。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
飯田 馬之介(いいだ うまのすけ、本名:飯田 勉(いいだ つ… 飯田 馬之介(いいだ うまのすけ、本名:飯田 勉(いいだ つとむ)、1961年4月30日 - 2010年11月26日)は日本のアニメーション監督、演出家、プロデューサー、脚本家、漫画家。北海道浦河町出身。北海道浦河高等学校卒。日本アニメーター・演出協会(JAniCA)会員。旧名は飯田 つとむ。
池田 文春(いけだ ふみはる、1961年4月30日 - )は… 池田 文春(いけだ ふみはる、1961年4月30日 - )は、日本の漫画家。岩手県江刺市(現在の奥州市)出身、在住。高校卒業後上京し、21歳の時、『赤い彗星』でデビューする。千代田工科芸術専門学校マンガ科卒業。漫画家の本庄敬は専門学校時代の同期にあたる 。代表作は『BAR来夢来人』など。
島本 和彦(しまもと かずひこ、1961年〈昭和36年〉4月… 島本 和彦(しまもと かずひこ、1961年〈昭和36年〉4月26日 - )は、日本の漫画家・実業家。本名:手塚 秀彦(てづか ひでひこ)。北海道中川郡池田町出身、北海道札幌市在住。漫画プロダクション「ビッグバンプロジェクト」代表、株式会社アイビックおよび株式会社アカシヤ代表取締役社長。主な作品に『炎の転校生』、『逆境ナイン』、『燃えよペン』、『吼えろペン』、『アオイホノオ』がある。 池田町の木材業を営む家庭に生まれ、幼少期を豊頃町で過ごした後、小学校1年生のときに札幌へ。小学校のころから鉛筆でギャグ漫画を描き始める。札幌清田高校時代は陸上部と演劇部に所属する一方生徒会長も務め、アニメや特撮のパロディ漫画も執筆していた。
長谷川 裕一(はせがわ ゆういち、1961年(昭和36年)4… 長谷川 裕一(はせがわ ゆういち、1961年(昭和36年)4月25日 - )は、日本の漫画家・同人作家・特撮評論家。 千葉県佐原市(現・香取市)出身。男性。少数ながら、長谷川 裕二(はせがわ ゆうじ)名義での活動も存在する(作品リストを参照)。なお、アニメ脚本家・ライトノベル作家・スーツアクターの長谷川勝己は実弟。 主な作品に『マップス』『轟世剣ダイ・ソード』『機動戦士クロスボーン・ガンダム』『飛べ!イサミ』『超獣機神ダンクーガBURN』『クロノアイズ』などの漫画作品や、東映特撮作品のSF考証本『すごい科学で守ります!』がある。 千葉県立千葉東高等学校在学中に自主制作アニメ『スタージャッジ』を制作。
千葉 きよかず(ちば きよかず、1961年4月16日 - )… 千葉 きよかず(ちば きよかず、1961年4月16日 - )は、日本の漫画家。静岡県御殿場市出身。血液型はA型。旧ペンネームは千葉潔和。 小学生の頃から漫画家を目指す。高校卒業後、村上もとかのアシスタントに応募、1981年より7年間従事する。1988年に『ヤングジャンプ』月例新人賞佳作受賞、同年『赤いペガサスII・翔』で連載デビュー。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
山野 一(やまの はじめ、1961年4月2日 - )は、日本… 山野 一(やまの はじめ、1961年4月2日 - )は、日本の漫画家。福岡県小倉市出身。立教大学文学部卒。本名は橋口 保夫(はしぐち やすお)。 『月刊漫画ガロ』1983年12月号掲載の「ハピネスインビニール」でデビュー。貧困や差別、電波、畸形、障害者などを題材にした反社会的な作風を得意とする特殊漫画家で「ガロ系」と呼ばれる日本のオルタナティヴ・コミック作家のなかでも極北に位置する最も過激な作風の鬼畜系漫画家であった。 前妻は同じく漫画家のねこぢる。ねこぢるの生前は共同創作者の役割を務め、ねこぢるの没後は「ねこぢるy」のペンネームでその作品を受け継いだ。 『月刊漫画ガロ』1983年12月号掲載の「ハピネスインビニール」で漫画家デビュー。
大貫 健一(おおぬき けんいち、1961年3月22日 - )… 大貫 健一(おおぬき けんいち、1961年3月22日 - )は、日本の男性アニメーター、キャラクターデザイナー、漫画家。栃木県鹿沼市出身。血液型はO型。 亜細亜堂出身。山崎理、大張正己、西井正典、つるやまおさむと共に南町奉行所の立ち上げに関わり、筆頭アニメーターとして数々のヒット作を担当。耽美な美男子から正統派の美少女まで描き分ける絵柄で男女を問わず人気を得た後、フリーランスとなった。『機甲戦記ドラグナー』当時の本人曰く「メカも得意」とのこと。 この項目は、アニメ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJアニメ)。
かみや たかひろ(本名:神谷 孝広、1961年3月21日 -… かみや たかひろ(本名:神谷 孝広、1961年3月21日 - )は、日本の漫画家。福島県いわき市出身、血液型B型。 ギャグやシリアス、低い頭身から高い頭身の人物描写と、様々な漫画を描ける。 19歳の時に[要検証 – ノート]『週刊ヤングマガジン』(講談社)創刊号(1980年7月2日発行)にてデビュー。 2021年1月、『OH!MYコンブ』の続編である『OH!MYコンブ ミドル』の『モーニング』での連載が発表された。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
早川 光(はやかわ ひかり、1961年3月20日 - )は、… 早川 光(はやかわ ひかり、1961年3月20日 - )は、日本の漫画原作者、元映画監督、コラムニスト。 東京都新宿区原町生まれ。1984年、初の劇場用映画『アギ鬼神の怒り』を監督。 1985年、24歳の時に『すし江戸前を食べる』(鳳山社)を発表。 1986年、『アギ鬼神の怒り』がアボリアッツ国際ファンタスティック映画祭で最終選考作品となる。1988年10月から翌1989年3月までテレビ朝日『トゥナイト』のレポーターを担当。 1989年、35ミリモノクロ短篇『よみがえる闇』(原作:永井豪)を「ローマ国際ファンタスティック映画祭」に出品。 2000年10月から2002年3月まで、グルメ情報番組『絶品!地球まるかじり』(テレビ東京)のブレーンを手がける。
蛭田 達也(ひるた たつや、1961年(昭和36年)3月16… 蛭田 達也(ひるた たつや、1961年(昭和36年)3月16日 - )は、日本の漫画家。福島県いわき市出身。横浜商科大学高等学校卒業。 1981年(昭和56年)、第27回少年マガジン新人漫画賞を『コータローまかりとおる!』(読切版)で受賞し、デビュー。 代表作は、空手の達人で明るく女好きの主人公が活躍する学園コメディー『コータローまかりとおる!』。単行本未収録の読み切り作品『あいつがKYOKI』を除いて、作品はこのシリーズのみである。 1986年(昭和61年)、『コータローまかりとおる!』で第10回講談社漫画賞少年部門を受賞。 2004年(平成16年)、長年患っていた腰痛が悪化したため、病気療養と発表した。
シャック三原(しゃっく みはら、1961年3月11日 - )… シャック三原(しゃっく みはら、1961年3月11日 - )は、日本のイラストレーター、漫画家である。本名:三原 輝久。大阪府箕面市生まれ。大阪芸術大学卒業後、イラスト・デザインの分野で活動している。
江川 達也(えがわ たつや、1961年3月8日 - )は、日… 江川 達也(えがわ たつや、1961年3月8日 - )は、日本の漫画家、テレビタレント。 愛知県名古屋市千種区出身。愛知教育大学教育学部卒業。男性。旧姓:野々村。 小学生の時からノートに漫画を描き始め、中学時代で投稿作品を描き上げるが、その後は漫画からは離れる。1978年12月、江川家の養子に入る。名古屋市立北高等学校を経て愛知教育大学教育学部数学科に入学、人形劇サークル・漫画研究会・アニメ研究会などに在籍し、漫画以外の創作活動も行う。大学卒業後は1983年4月から8月までの約5ヶ月間、公立学校教諭(地方公務員)となり名古屋市立東陵中学校の数学科講師をしたのち退職、本宮ひろ志のアシスタントを4ヶ月間務める。
THE SEIJI(ザ・セイジ、本名:吉村せいじ、1961年… THE SEIJI(ザ・セイジ、本名:吉村せいじ、1961年2月19日 - )は、日本の漫画家。愛媛県松山市出身、大阪府在住。京都市立芸術大学大学院修了。芥川賞作家の吉村萬壱は双子の兄。デビュー時のペンネームは青空みどり。別ペンネームとして今西精二がある。[要出典] 京都市立芸術大学大学院修了後、グンゼに就職するも間もなく退職。古紙回収業を経て高校の美術教師となる。 26歳の時に松文館に投稿した成人向け漫画2作品が当時の『ハーフリータ』編集長の目に留まり、青空みどりの名でデビュー。単行本を2冊出すも、松文館の経営を巡る騒動により松文館を離れる。その後、教師を続けながら書店の主催する漫画教室の講師を務め、この時に学生時代の知人であったきらら萌を誘っている。
外薗 昌也(ほかぞの まさや、 1961年2月16日 - )… 外薗 昌也(ほかぞの まさや、 1961年2月16日 - )は、日本の男性漫画家、漫画原作者。鹿児島出身。 息子に漫画プロデューサーの外園史明がいる。 鹿児島県肝属郡高山町(現肝付町の一部)に生まれて、曽於郡志布志町(現志布志市の一部)、鹿屋市と転居し、高校生の時に宮崎県へ移る。1980年、19歳の時に投稿した「鏡四郎! 鏡四郎! 」で第1回月刊少年チャンピオンニューまんが賞ギャグ部門の佳作を受賞。同作品が『月刊少年チャンピオン』(秋田書店)1980年12月号に掲載されデビュー。当時は、草冠のない外園 昌也名義だった。以降は主にSF漫画やホラー漫画を描く。 1990年代半ば頃から『月刊アフタヌーン』『モーニング』(いずれも講談社)で作品を発表。
さそう あきら (本名:佐草 晃 1961年2月9日 - )… さそう あきら (本名:佐草 晃 1961年2月9日 - )は、日本の漫画家。兵庫県宝塚市出身。男性。代表作に『神童』、『トトの世界』など。「無垢な存在」と「世界」との出会いを主題とすることが多い。また幼少期よりピアノを習っていたこともあって現代音楽やクラシック音楽に興味があり、音楽をテーマにした作品も多い。 商社マンであった父の仕事の関係で、小学校2年から5年の間インドのボンベイで生活。日本人学校で日本から来た級友が持っていた『巨人の星』と『タイガーマスク』が漫画との出会いで、本人曰く「僕の『原』漫画体験は梶原一騎」。それしか漫画がなかったこともあり、何度も何度も繰り返し読んだという。 大阪教育大学教育学部附属高等学校池田校舎を経て、早稲田大学第一文学部卒業。
天沼 俊(あまぬま しゅん、1961年2月8日 - )は、日… 天沼 俊(あまぬま しゅん、1961年2月8日 - )は、日本の漫画家。岩手県盛岡市出身。 1981年、『週刊少年ジャンプ』51号掲載の読切『センセーションII』(当時のペンネームは津島匠)でデビュー。同誌に『すもも』(1985年)を連載。その後、『コミックバーガー』(スコラ)や集英社の青年誌でエロコメディや学園ものなど幅広いジャンルの作品を連載した。 並行して特攻隊をテーマにした『戦空の魂』(『スーパージャンプ』、まもなく『MANGAオールマン』に移籍)や、近未来の架空戦記物『戦海の剣』を連載した。これらの作品では劇画調の絵柄を取り入れている。2006年に『月刊少年ファング』(リイド社)にて連載開始した『P・P・P!!』は、久々の少年漫画だったが、1年少しで雑誌が休刊したため不本意の終了を余儀なくされた。
東 元(あずま げん、1961年1月28日 - 2022年1… 東 元(あずま げん、1961年1月28日 - 2022年12月12日)は、日本の漫画家。大阪府大阪市東住吉区出身。男性。本名、東元伸夫(とうもと のぶお)。 この項目は、漫画家・漫画原作者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画家)。
カトリーヌ あやこ(本名、香取 綾子〈かとり あやこ〉、19… カトリーヌ あやこ(本名、香取 綾子〈かとり あやこ〉、1961年1月25日 - )は、日本の漫画家、ドラマウォッチャー。千葉県出身。千葉市立千葉高等学校卒業、早稲田大学卒業。代表作は、芸能人の生活を題材にした、1980年代半ばのショートギャグ『Theにがおショー』(全5巻)。 早稲田大学漫画研究会のOGで、同期入部に堀井憲一郎がいた。元々は光GENJIなど実在のアイドルをモデルとしたパロディコミック(いわゆる生モノ)の出身。当初は本名の香取綾子名義で『セブンティーン』誌などに描いていたが、その後、“カトリーヌあやこ”とペンネームを改める。1990年から、落合ゆかり「いきなりミーハー」シリーズ(集英社・コバルト文庫)のイラストを担当。
安孫子 三和(あびこ みわ、1961年1月23日 - )は、… 安孫子 三和(あびこ みわ、1961年1月23日 - )は、日本の漫画家。宮城県柴田郡柴田町出身、同県在住。血液型はA型。宮城県白石女子高等学校卒業。 1983年、専門学校日本ビジネススクール仙台校(現・日本デザイナー芸術学院仙台校)在学中に、『別冊LaLa』夏の号「ロマンチストな虹たち」でデビューする。 1987年「LaLa」6・7月号に、人間語を話す猫・みかんのあったかファンタジー「吐夢と不思議な猫」を発表し好評を博す。翌1988年1月号より「みかん・絵日記」として連載を開始。テレビアニメ化も果たす。 ほかに「真夜中を過ぎても」「天使の降る日」「海を見ていた犬」などの作品がある。同県出身の漫画家、かどたひろしは、専門学校で同じクラスであり、友人でもある。
やぎざわ 梨穂(やぎざわ りお、1961年1月8日 - )… やぎざわ 梨穂(やぎざわ りお、1961年1月8日 - )は、日本の漫画家。女性。東京都出身。三輪田学園高卒業。東京デザイナー学院でアニメーションを学ぶ。夫は漫画家の林晃。 「月刊OUT」へのイラスト投稿がきっかけで1981年にデビュー。初期はOUT別冊の「アニパロコミックス」でのパロディ漫画が主であった。90年代にかけて青磁ビブロスのBL漫画誌「パッツィ」や竹書房の「コミックガンマ」などでオリジナル作品を発表したが、2000年代以降は漫画家としての活動は停止している。