西部 邁(にしべ すすむ、1939年〈昭和14年〉3月15日… 西部 邁(にしべ すすむ、1939年〈昭和14年〉3月15日 - 2018年〈平成30年〉1月21日)は、日本の思想家、評論家、経済学者。東京大学大学院修了。秀明大学教授・学頭、東京大学教養学部教授、隔月刊誌『表現者』顧問を歴任。 北海道出身。東大入学後にブントのメンバーとなり、東大自治会委員長として安保闘争に参加した。安保闘争から離脱後は東大大学院で近代経済学を専攻し、横浜国立大学助教授、東大助教授、英米への留学を経て東大教授となる。1980年代から保守の論客として活躍し、東大駒場騒動の際に東大教授を辞職。それ以後は在野の評論家として評論活動を行った。2018年に多摩川にて入水自殺。 1939年(昭和14年)、北海道の南部に位置する山越郡長万部町に生まれる。
内田 弘(うちだ ひろし、1939年2月11日- 2024年… 内田 弘(うちだ ひろし、1939年2月11日- 2024年2月2日)は、日本の経済学者・思想史学者、専修大学名誉教授。専門は『資本論』形成史・自由時間・三木清。 群馬県で日本国有鉄道職員の子として生まれ、満州と栃木県で育つ。1962年横浜国立大学経済学部卒業。長洲一二に師事。高等学校教諭在職中長洲の『現代の理論』誌で論文を発表するなど研究活動を行い、専修大学経済学部講師、助教授、教授。2009年定年、名誉教授。1991年「『経済学批判要綱』の研究」で専修大学経済学博士。 「北海道アララギ」に所属する歌人の内田弘は同姓同名の別人。石川啄木関連の著書があるため、混同されることがある。
原 朗(はら あきら、1939年 - )は、日本の歴史学者、… 原 朗(はら あきら、1939年 - )は、日本の歴史学者、経済学者。専門は近現代日本経済史。東京大学名誉教授。 東京市生まれ。1958年東京教育大学附属中学校・高等学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)卒業。1966年東京大学大学院経済学研究科博士課程中退。東京大学経済学部教授、同大学大学院経済学研究科教授。2000年に定年退官後、名誉教授、東京国際大学経済学部教授、首都大学東京客員教授を歴任。 小林英夫によって「盗用、剽窃」の被害を受けたと講演・著作で述べている。これに対し、小林から2013年6月に名誉毀損であるとして訴えられ、2019年1月の一審・東京地裁判決で敗訴した。原は同年同月に控訴したが、原の控訴は棄却されている。
川端 俊一郎(かわばた しゅんいちろう、1939年 - )は… 川端 俊一郎(かわばた しゅんいちろう、1939年 - )は、日本の経済学者、北海学園大学名誉教授。学校法人北海学園元理事。北海道生まれ。 専門は、当初は農業経済学で、次いで経済政策・マーケティング、さらに建築史及び意匠・仏寺関連の歴史と多岐にわたる。特に、南朝尺と法隆寺に関する研究を手がける。恩師は高倉新一郎
嶋田 力夫(しまだ りきお、1939年 - 2026年1月2… 嶋田 力夫(しまだ りきお、1939年 - 2026年1月27日)は、日本の経済学者。東京都板橋区出身。 昭和45年(1964年)早稲田大学第二経済学部経済学科卒業。昭和45年(1970年)法政大学大学院経済学研究科経済学専攻博士課程単位取得満期退学。長野大学社会福祉学部教授、平成16年(2004年)学長。 平成27年(2015年)瑞宝中綬章受章。2026年に上田市内の病院で死去、享年86。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
早川 征一郎(はやかわ せいいちろう、1938年(昭和13年… 早川 征一郎(はやかわ せいいちろう、1938年(昭和13年)11月8日 - )は、日本の経済学者。法政大学名誉教授・大原社会問題研究所名誉研究員。 新潟県に生まれる。1966年に法政大学経済学部を卒業し、1968年に東京大学大学院経済学研究科修士課程を修了する。1968年に東京大学社会科学研究所研究助手、1972年に法政大学大原社会問題研究所専任研究員に就任する。1997年から2003年まで大原社会問題研究所長を務め、2009年に退職する。1997年、『国家公務員の昇進システムとその実態』で博士(経済学)(法政大学)を取得し、2012年に『イギリスの炭鉱争議(1984~85年)』で森嘉兵衛賞を受賞する。
熊沢 誠(くまざわ まこと、1938年9月21日 - )は、… 熊沢 誠(くまざわ まこと、1938年9月21日 - )は、日本の経済学者。専攻は、労使関係論・社会政策論。甲南大学名誉教授。 息子の熊沢透も経済学者で福島大学教授。 三重県四日市市出身。1961年、京都大学経済学部経済学科卒業、1966年、京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。 1966年甲南大学経済学部講師、1969年助教授、1974年教授、1986年経済学部長。2006年退職。 1970年から中岡哲郎、大森誠人らと「労働分析研究会」を開始。労働のなかでの人間復権を追求し、1999年より研究会「職場の人権」を創設、代表を務める。NPO法人「労働と人権 サポートセンター・大阪」共同代表理事。
大山 道広(おおやま みちひろ、1938年9月18日 - 2… 大山 道広(おおやま みちひろ、1938年9月18日 - 2017年5月2日)は、日本の経済学者。慶應義塾大学名誉教授。大山道廣とも書く。 1938年に東京都に生まれる。1961年に慶應義塾大学経済学部を卒業し、1967年に同大学経済学研究科博士課程を単位取得退学する。1968年にフルブライト奨学金によりロチェスター大学に留学。1972年に同大学より博士号を授与される。同年に慶應義塾大学経済学部に助教授として着任し、1980年に教授に昇任する。2004年に同大学を定年退職し、名誉教授となる。その後移籍した東洋大学も2009年に定年退職となる。1998年から1999年まで日本経済学会の会長を、2002年から2004年までは日本国際経済学会の会長を務めた。
二瓶 剛男(にへい たけお、1938年7月17日 - 200… 二瓶 剛男(にへい たけお、1938年7月17日 - 2009年9月10日)は、日本の経済学者。東京大学名誉教授・元北海学園大学教授。専門は理論経済学、経済政策。東京都出身。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
岩田 昌征(いわた まさゆき、1938年7月2日 - )は、… 岩田 昌征(いわた まさゆき、1938年7月2日 - )は、日本の経済学者、千葉大学名誉教授。
武田 信照(たけだ のぶてる、1938年(昭和13年)7月 … 武田 信照(たけだ のぶてる、1938年(昭和13年)7月 - )は、日本の経済学者。専門は、経済学史。愛知大学第14代学長、南開大学名誉教授。経済学博士。 株式会社の学説上の発展についてを主な研究対象とする。1969年から2009年まで愛知大学に勤務。1986年に大阪市立大学より経済学博士号を授与。 愛知大学においては、大学院経済学研究科長、法経学部経済学科長、経済学部長、理事を歴任し1999年から2期8年にわたり理事長ならびに学長を務めた。 長崎県佐世保市出身。大阪市立大学では福井孝治、飯田繁の指導を受ける。1969年に専任講師として愛知大学法経学部に着任。のち助教授、教授となる。 1989年に所属する法経学部が法学部、経済学部、経営学部の3学部に分離。
長谷川啓之(はせがわ ひろゆき、1938年6月7日 - )は… 長谷川啓之(はせがわ ひろゆき、1938年6月7日 - )は、日本の経済学者、日本大学名誉教授。 静岡県出身。1963年早稲田大学卒、1969年同大学院経済学研究科経済政策専攻博士課程満期退学。1996年に、「アジアの経済発展と日本型モデル 社会類型論的アプローチ」でで早稲田大学から博士(経済学)の学位を取得。1966年社会保障研究所研究員、1976年日本大学商学部助教授、1980年同教授、2007年に定年退職し、名誉教授。東南アジア経済が専門。2018年春の叙勲で瑞宝中綬章を受章。
大津 定美(おおつ さだよし、1938年〈昭和13年〉5月 … 大津 定美(おおつ さだよし、1938年〈昭和13年〉5月 - 2025年〈令和7年〉1月)は、日本の経済学者、神戸大学名誉教授。 北海道美唄町(現・美唄市)生まれ、1964年東京外国語大学ロシア語学科卒業、1966年京都大学大学院経済学研究科修士課程修了、1971年同博士課程単位取得退学(満期退学)。京都大学在学中の1967年4月に龍谷大学経済学部助手に就き、その後講師、助教授を経て1984年からは同学教授、この間ソ連邦科学アカデミー経済研究所客員研究員として出張。さらに1994年4月神戸大学教授に任用、2002年3月定年退官(のち同学名誉教授)、退官後は大阪産業大学教授(のち客員教授)。1988年『現代ソ連の労働市場』でサントリー学芸賞受賞。
青木 昌彦(あおき まさひこ、1938年〈昭和13年〉4月1… 青木 昌彦(あおき まさひこ、1938年〈昭和13年〉4月1日 - 2015年〈平成27年〉7月15日)は、日本の経済学者。専門は比較制度分析。スタンフォード大学名誉教授、京都大学名誉教授、中国人民大学名誉客員教授、東京財団特別上席研究員、VCASI(東京財団仮想制度研究所)主宰。 1938年、愛知県名古屋市に生まれる。湘南学園中学校、東京都立小山台高等学校を経て、1956年東京大学に入学。学生時代は共産主義者同盟(ブント)の指導部の一人であり、東大在学中に姫岡玲治の筆名で執筆した論文「民主主義的言辞による資本主義への忠勤-国家独占資本主義段階における改良主義批判」は、共産主義者同盟の理論的支柱となり、「姫岡国独資」と略称された。
下平尾勲(しもひらお いさお、1938年3月10日 - 20… 下平尾勲(しもひらお いさお、1938年3月10日 - 2007年8月9日)は、日本の経営学・経済学者。 大阪府池田市生まれ。1963年大阪市立大学経済学部卒、1968年同大学院経済学研究博士課程単位取得。2000年「信用制度の経済学」で商学博士(大阪市立大学)。佐賀大学助教授、福島大学経済学部助教授、教授、2003年定年退官し、名誉教授となり、福島学院大学学長を務めた。地域経済が専門。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
石井 寛治(いしい かんじ、1938年2月3日 - )は、日… 石井 寛治(いしい かんじ、1938年2月3日 - )は、日本の経済学者、歴史学者。東京大学名誉教授。専門は日本経済史。経済学博士(東京大学、1974年)。東京府出身。妻は元恵泉女学園大学学長の石井摩耶子。
伊藤 治夫(いとう はるお、1938年1月15日 - )は日… 伊藤 治夫(いとう はるお、1938年1月15日 - )は日本の国際経済学者。専門は中東経済。 横浜国立大学経済学部卒業後、東洋大学大学院経済学研究科修士課程修了。東急百貨店勤務を経て、日本貿易振興会(JETRO)に勤務し、ベイルート・ジャパン・トレード・センター駐在、海外調査部など主として海外経済の調査活動に従事した。神奈川大学経済学部、横浜国立大学経済学部の非常勤講師を経て、西南学院大学経済学部教授。2009年3月退職。著書に「アラブ経済の旅」「バグダードからアデンまで」「OPEC危機の構造」「中東産油国の工業開発」「中東政治経済論」など この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。
中村 尚司(なかむら ひさし、1938年 - )は、日本の経… 中村 尚司(なかむら ひさし、1938年 - )は、日本の経済学者。龍谷大学名誉教授。龍谷大学安重根東洋平和研究センター客員研究員。専攻は、地域経済論、エントロピー論、南アジア研究などをフィールドにした「民際学」。 1938年、京都市で出生。1961年、京都大学文学部卒業後に、アジア経済研究所勤務を経て龍谷大学経済学部教授、京都大学東南アジア研究センター客員教授。
中山弘正(なかやま ひろまさ、1938年 - )は、日本の経… 中山弘正(なかやま ひろまさ、1938年 - )は、日本の経済学者、明治学院大学名誉教授、キリスト教研究所名誉所員、第10代院長。 海軍軍人中山定義の長男として、長崎県佐世保市に生まれる。1961年に東京大学経済学部を卒業。1963年東京大学大学院修士課程を修了、1966年法政大学大学院博士課程を修了。1974年に、東京大学より経済学博士を授与される。1968年より、明治学院大学経済学部の専任講師に就任する。 1976年より明治学院大学経済学部の教授に就任する。1977年6月より1978年3月まで、科学者交流の一環として、モスクワ市グプナキ通りに住む。 1994年より1997年まで明治学院第10代目院長に就任する。
服部 信司(はっとり しんじ、1938年 - )は、日本の経… 服部 信司(はっとり しんじ、1938年 - )は、日本の経済学者。専門は国際経済学、農業経済学。日米間農業政策に関する著書が多い。元東洋大学経済学部長。東洋大学名誉教授。経済学博士(東京大学)。国際農政研究所代表。静岡県生まれ。 1957年、静岡県立静岡高等学校卒業。1962年、東京大学経済学部卒業。一時商社に勤務。1983年、東京大学大学院・経済学研究科博士課程修了。経済学博士。1986年、岐阜経済大学講師、同大助教授、教授を経て、1993年、東洋大学経済学部教授。2004年、東洋大学経済学部長。食料・農林漁業・環境フォーラム幹事長などを兼務。2009年、東洋大学名誉教授、日本農業研究所客員研究員。
松元 宏(まつもと ひろし、1938年 - )は、日本の歴史… 松元 宏(まつもと ひろし、1938年 - )は、日本の歴史学者、経済学者。近現代日本経済史専攻。横浜国立大学名誉教授・元副学長。 宮崎県生まれ。1964年一橋大学経済学部卒業。1970年一橋大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。三井文庫研究員を経て、1974年横浜国立大学経済学部助教授。1981年同教授、経済学博士。1990年附属貿易文献資料センター長。1994年経済学部長。1998年学生部長。1999年副学長。2002年まで評議員を務め、2004年横浜国立大学名誉教授。政治経済学・経済史学会理事、小山町史編纂事業委員、大磯町史編纂委員、御殿場市史編さん専門委員等も務めた。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
高村 寿一(たかむら じゅいち、1938年??月??日 - … 高村 寿一(たかむら じゅいち、1938年??月??日 - )は、日本の経済学者。武蔵野大学現代社会学部教授。 東京都出身。1961年、早稲田大学政治経済学部卒業。同年日本経済新聞社入社。産業部記者、論説委員論説副主幹などを経て現職。 著書に『日本産業史』(共編・日本経済新聞社)、『証言戦後経済史』(同)、『ベーシック日本経済の新課題』(日本経済新聞社)他がある。 (本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです https://nikkeibook.nikkeibp.co.jp/author/68195 『ベーシック 経営入門 日経文庫』より) この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。
大谷 順彦(おおたに よしひこ、1938年 - 2025年1… 大谷 順彦(おおたに よしひこ、1938年 - 2025年1月7日)は、日本の経済学者。専攻は理論経済学、国際経済学、数理経済学。筑波大学名誉教授。パデュー大学経済学部准教授や、カンザス大学経済学部教授、筑波大学社会工学系教授、筑波大学社会工学系長等を歴任した。 1960年神戸大学経済学部卒業、昭和石油入社。1969年ミネソタ大学大学院修了、Ph.D。同年ミネソタ大学経済学部助教授。1970年パデュー大学経済学部助教授。1974年同准教授。1976年カンザス大学経済学部准教授。1981年同教授。同年筑波大学社会工学系教授。1993年日本経済学会理事。1996年筑波大学社会工学系長。2000年九州産業大学経済学部教授。
四元 忠博(よつもと ただひろ、1938年 - )は、日本の… 四元 忠博(よつもと ただひろ、1938年 - )は、日本の経済学者。元埼玉大学教授。専門はイギリス経済史およびナショナル・トラスト研究。 鹿児島県出身。経済学史の分野では、ジョン・ケアリの保護主義思想の研究、ジェイコブ・ヴァンダーリントの貨幣論について研究を行なった。経済史の分野では、イギリスの工業化と植民地貿易の研究および、イギリスのナショナル・トラスト運動の先駆的な研究を行なった。埼玉大学退官以降、引き続きナショナル・トラスト研究に専念するとともに、本部を兵庫県西宮市に置く日本熊森協会顧問(2012年3月ごろまで)および特定非営利活動法人奥山保全トラストの初代理事長(2010年2月28日まで)を務めた。
山下 彰一(やました しょういち 1938年 - 2025年… 山下 彰一(やました しょういち 1938年 - 2025年2月22日)は、日本の経済学者。位階は従四位。 広島大学名誉教授。Ph.D.(ペンシルベニア大学、1974年)。専門は、経済発展論、地域開発論。高知県出身。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
蔦川 正義(つたがわ まさよし、1937年12月23日 - … 蔦川 正義(つたがわ まさよし、1937年12月23日 - 2022年12月3日)は、日本の経済学者。佐賀大学名誉教授。専門は、地域経済論、地域開発論。
奥村 皓一(おくむら こういち、1937年11月29日 - … 奥村 皓一(おくむら こういち、1937年11月29日 - )は、日本の経済学者。関東学院大学名誉教授。 岐阜県可児市出身。1961年早稲田大学政治経済学部卒、東洋経済新報社に入社。編集局編集委員を務めた。中央大学・国学院大学非常勤講師を経て、大東文化大学国際関係学部教授→関東学院経済学部教授。99年「国際メガメディア資本 M&Aの戦略と構造」で中央大学博士(経営学)。関東学院大学経済学部教授を務め、2007年定年、名誉教授。 定年後は日本大学・国学院大学で非常勤講師を務め、2019年現在は公益財団法人政治経済研究所主任研究員。
安保 哲夫(あぼ てつお、1937年7月14日 - 2020… 安保 哲夫(あぼ てつお、1937年7月14日 - 2020年)は、日本の経済学者。東京大学名誉教授。専門は国際経済論、アメリカ経済論。宇野学派。 朝鮮・平壌近くで生まれる。1962年和歌山大学経済学部卒業。1965年法政大学社会学部助手。1967年東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。1968年法政大学社会学部専任講師、1971年助教授。1973年東京大学社会科学研究所助教授、1985年教授。1985年「戦間期アメリカの対外投資 : 金融・産業の国際化過程」で経済学博士(東京大学)。1998年東京大学名誉教授、帝京大学経済学部教授。2008年帝京平成大学現代ライフ学部教授。のち帝京平成大学現代ライフ学部研究員、神戸大学経済経営研究所リサーチフェロー。
江夏 健一(えなつ けんいち、1937年7月13日 - 20… 江夏 健一(えなつ けんいち、1937年7月13日 - 2024年10月29日)は、日本の経済学者。早稲田大学名誉教授。 神戸市出身。兵庫県立星陵高等学校を経て、1961年早稲田大学教育学部英文科卒、1968年同大学院商学研究科国際経済学専攻博士課程満期退学、1984年「多国籍企業の現代的意義に関する研究」で商学博士の学位を取得。1968年近畿大学商経学部専任講師、1970年助教授、1977年教授、1981年関西学院大学商学部教授、1987年早稲田大学商学部教授。1994-1998年早稲田実業学校校長を兼任。のち副総長、2008年定年、名誉教授、ハリウッド大学院大学学長を務めた。2016年春瑞宝中綬章受勲。
杉浦 克己(すぎうら かつみ、1937年(昭和12年)7月1… 杉浦 克己(すぎうら かつみ、1937年(昭和12年)7月1日 - 2001年(平成13年)8月7日)は、日本の経済学者。マルクス経済学専攻。東京大学名誉教授、元帝京大学教授。 愛知県生まれ。安城高等学校卒業。1963年、東京大学経済学部卒業。1968年、東京大学大学院経済学研究科単位取得満期退学、法政大学経済学部助手。1969年、同講師。1970年、東京大学教養学部講師。1972年、同助教授。1984年、同教授。1998年、東京大学を定年退職、帝京大学教授。2000年、同大学経済学部経済学部経済学科長。2001年、在職中に胃がんおよび肝臓がんのため逝去。 宇野経済学に立脚しつつ、新古典派経済学を批判。
今川 瑛一(いまがわ えいいち、1937年(昭和12年)6月… 今川 瑛一(いまがわ えいいち、1937年(昭和12年)6月16日 - 2009年(平成21年)1月8日)は日本の経済学者、政治学者。創価大学名誉教授。 1937年(昭和12年)6月16日、兵庫県姫路市に生まれる。1955年(昭和35年)に法政大学法学部を卒業し、アジア経済研究所に入る。1965年(昭和45年)からタイ・バンコクに派遣され(-1966年(昭和46年))、1973年(昭和48年)からブルッキングス研究所に派遣される(-1975年(昭和50年))。 1984年(昭和59年)に動向分析部長、1985年(昭和60年)に調査企画室長、1988年(昭和63年)に総務部長を務める。1989年(平成元年)に創価大学経済学部教授に就任し、1993年(平成5年)、同大アジア研究所長を務める。
石 弘光(いし ひろみつ、1937年4月9日 - 2018年… 石 弘光(いし ひろみつ、1937年4月9日 - 2018年8月25日)は、日本の経済学者。専門は財政学。学位は、経済学博士(一橋大学・論文博士・1977年)(学位論文「財政構造の安定効果 : ビルトイン・スタビライザーの分析」)。一橋大学名誉教授(第14代学長)、放送大学名誉学長(第6代学長)、中国人民大学名誉教授。オックスフォード大学客員教授、政府税制調査会会長なども務めた。 東京府(現・東京都)出身。父は教育学者(学校経営学)の石三次郎(元全国家庭科教育協会長・東京教育大学(現筑波大学)教授)。環境ジャーナリストの石弘之(元東京大学教授)は弟。末弟の石和久は日本の医師、医学博士であり順天堂大学名誉教授。
植草益(うえくさ ます、1937年4月8日-2019年 )は… 植草益(うえくさ ます、1937年4月8日-2019年 )は、日本の経済学者、東京大学名誉教授。 神奈川県鎌倉市大船生まれ。1962年慶應義塾大学経済学部卒、1967年同大学院博士課程中退、1983年「産業組織論」で東京大学経済学博士。東京大学経済学部教授を務め、1998年定年退官、名誉教授、東洋大学経済学部教授。2006年退職。1983年『産業組織論』で日経・経済図書文化賞受賞。1984年交通図書賞、1992年テレコム社会科学賞、1995年エネルギー・フォーラム賞、1998年公益事業学会賞受賞。日本経済政策学会会長を務めた。
岩本 由輝(いわもと よしてる、1937年4月8日 - )は… 岩本 由輝(いわもと よしてる、1937年4月8日 - )は、日本の経済学者・歴史学者、東北学院大学名誉教授。専門は歴史経済学。 東京府東京市中野区東中野(現・東京都中野区)に生れる。1961年東北大学経済学部卒業。1967年同大学院経済学研究科博士課程修了、「近世漁村の共同体の変遷 商品経済の進展と村落共同体」で経済学博士の学位を取得。同年山形大学講師、助教授、教授、1988年東北学院大学教授。2005年比較家族史学会会長。2011年退任、名誉教授。
八木 甫(やぎ はじめ、1937年3月29日 - 1996年… 八木 甫(やぎ はじめ、1937年3月29日 - 1996年6月18日)は日本の経済学者、翻訳家、経済ジャーナリスト。 専攻は現代経済分析。経済への政治な介入について、日米英の国際比較を行った。 東京都出身。1960年早稲田大学政治経済学部卒。東洋経済新報社に勤務する傍ら翻訳業を始め、1970年には日本総合研究所主任研究員兼『季刊現代経済』編集室長に就任。1985年には松阪大学経済学部助教授に採用され、1991年に教授に昇進。1996年に癌で死去した。最後の訳書は吉野俊彦との共訳で死後に出版された。
岸本 重陳(きしもと しげのぶ、1937年3月7日 - 19… 岸本 重陳(きしもと しげのぶ、1937年3月7日 - 1999年9月18日)は、日本の経済学者。元横浜国立大学教授。専門は経済学。兵庫県豊岡市出身。日本人の80パーセントが中流意識を持っているという報道がなされた際、これを批判する『中流の幻想』を刊行して話題になった。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
山澤 逸平(やまざわ いっぺい、1937年3月1日 - )は… 山澤 逸平(やまざわ いっぺい、1937年3月1日 - )は日本の経済学者。一橋大学名誉教授。公益財団法人日本国際フォーラム参与、政策委員。
冨田 光彦(とみた てるひこ、1937年2月 - )は、滋賀… 冨田 光彦(とみた てるひこ、1937年2月 - )は、滋賀県伊香郡木之本町(現・長浜市木之本町)出身の経済学者・図書館長。専門は国際経営学。姓は富田と表記されることもある。 実家は長浜市木之本町にある冨田酒造であり、冨田酒造は室町時代の天文3年(1534年)頃まで遡ることができる酒蔵である。冨田酒造の建物は延享元年(1744年)建築とされ、2019年(令和元年)には登録有形文化財に登録された。 祖父は伊香郡木之本町長や伊香郡長や衆議院議員などを務めた冨田八郎。父は1952年(昭和27年)に『近江伊香郡志』を刊行した冨田八右衛門。冨田光彦は冨田家の14代目当主である。 1937年(昭和12年)2月に滋賀県伊香郡木之本町(現・長浜市木之本町)に生まれた。
林 道義(はやし みちよし、1937年1月12日 - ) は… 林 道義(はやし みちよし、1937年1月12日 - ) は、日本の経済学者・心理学研究者・評論家。日本ユング研究会会長。 1937年、長野県飯田市生まれ。東京大学法学部に進み、在学中は1958年から1961年まで学生運動に加わり、全学連組織部長として60年安保闘争に参加した。1962年に東京大学を卒業し、同大学大学院経済学研究科に進んだ。指導教官は大塚久雄であった。1968年に博士課程単位取得満期退学。 1970年、東京女子大学専任講師となった。1971年にマックス・ウェーバーについて論じた学位論文『ウェーバー社会学の方法と構想』で経済学博士号を取得。1975年から1976年までドイツ・テュービンゲン大学に留学し、帰国後にカール・グスタフ・ユングの研究に転じてユングの著作の翻訳を手がける。
加藤 雅(かとう まさし、1937年1月1日 - 2005年… 加藤 雅(かとう まさし、1937年1月1日 - 2005年6月23日)は、日本の経済学者。元経済企画庁経済企画審議官。東京都出身。 東京大学経済学部経済学科、同商業学科卒業。1962年、経済企画庁入庁。オックスフォード大学留学を経て、調査局海外調査課長、国民生活局長、経済企画審議官。1985年~1987年には経済白書執筆を担当。 1994年、東京経済大学経済学部教授。日本経済調査協議会特別顧問。 研究分野は、経済政策、規制緩和、景気変動論。所属学会は日本計画行政学会、景気循環学会、統計研究会、日本財政学会。 2005年6月23日、心不全のため神奈川県川崎市内の病院にて逝去。68歳歿。
飯田 裕康(いいだ ひろやす、1937年1月 - )は、日本… 飯田 裕康(いいだ ひろやす、1937年1月 - )は、日本の経済学者、慶應義塾大学名誉教授。専攻はマルクス経済学における信用論、経済学史。マルクス経済学では正統派の流れを汲むが、その研究は実証を重視するものである。[要出典] 1937年1月、東京都に生まれる。慶應義塾中等部、慶應義塾高等学校を経て、1959年慶應義塾大学経済学部卒業。1961年、慶應義塾大学大学院経済学研究科修士課程修了、同大学大学経済学部副手。1962年、同助手。1964年、慶應義塾大学院経済学研究科博士課程修了。1967年、慶應義塾大学経済学部助教授。1972年『信用論と擬制資本』で経済学博士。1974年、同教授。1993年-1999年、経済学部長・経済学研究科長。
白鳥 正喜(しらとり まさき、1937年 - )は、日本の大… 白鳥 正喜(しらとり まさき、1937年 - )は、日本の大蔵官僚、経済学者。元大蔵省国際金融局次長。専門は国際金融論、開発経済学。 東京都立大学附属高等学校を経て、1960年に東京大学法学部第2類(公法コース)を首席で卒業。大蔵省に入省する(為替局総務課)。1962年6月に関東財務局理財部。1963年6月には経済企画庁調整局貿易為替課へ出向。1964年4月に大臣官房財務参事官付調査主任(フルブライト留学生としてコロンビア大学留学)。1966年12月に国際金融局企画課長補佐(総括・企画・貴金属特会)。その後、IMF財務局上級エコノミストやOECD日本政府代表参事官などを経て、国際金融局課長・次長となる。
岡本 祐次(おかもと ゆうじ、1937年- )は、日本の経済… 岡本 祐次(おかもと ゆうじ、1937年- )は、日本の経済学者(専攻は経済原論および経済学史)。三重短期大学教授を経て、元学長。滋賀県出身 1962年関西大学経済学部卒業。1964年同大学院経済研究科修士課程修了。1965年兵庫県立西宮高等学校社会科教諭。1967年関西大学大学院経済研究科博士課程単位取得満期退学、関西大学経済・政治研究所客員研究員。1968年三重短期大学法経科専任講師(経済原論・経済学史・ゼミ担当)。1971年同法経科助教授。1976年同法経科教授、同付属図書館長。1978年同法経科長。1982年同付属図書館長再任。1983年同学長代理を経て、同年三重短期大学学長に就任。1988年全国公立短期大学協会副会長。
小松 聰(こまつ そう、さとし、1937年 - )は、マルク… 小松 聰(こまつ そう、さとし、1937年 - )は、マルクス経済学者。専門は国際経済論、経済政策論。宇野理論に基づく現状分析を手掛けた。 静岡県生まれ。1956年静岡県立浜松北高等学校卒業。1960年東京教育大学文学部経済学科卒業。1965年同大学大学院文学研究科経済学専攻博士課程修了。学部・大学院で大島清に師事。1986年「ニューディールの経済体制 : 失業救済政策を中心として」経済学博士(北海道大学)。松山商科大学講師、経済学部助教授、筑波大学社会科学系助教授、教授。筑波大学を停年前に退職後、東京家政学院筑波女子大学教授。のち東日本国際大学経済学部教授。
長沼 秀世(ながぬま ひでよ、1937年 - )は、日本の経… 長沼 秀世(ながぬま ひでよ、1937年 - )は、日本の経済学者・歴史学者、津田塾大学名誉教授。専門はアメリカ社会経済史。 1960年(昭和35年)東京都立大学人文学部卒業。1966年(昭和41年)一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得後退学。指導教官は小原敬士。ウィスコンシン大学に留学。津田塾大学講師となり、のち助教授・教授を歴任。この間、ミシガン大学、ニューヨーク市立大学、ノースカロライナ大学研究員。2004年(平成16年)「アメリカ社会運動史研究 産業別組織会議 (CIO) の諸問題」で一橋大社会学博士。2008年(平成20年)定年。
古川 哲夫(ふるかわ てつお、1937年 - )は、日本の経… 古川 哲夫(ふるかわ てつお、1937年 - )は、日本の経済学者。駿河台大学経済学部名誉教授。現代日本経済研究。 神奈川県横浜市出身。一橋大学経済学部を卒業。野村証券、野村総合研究所設立で同研究所に異動後経済社会研究室室長を経て駿河台大学経済学部教授に就任。退官後は同大学経済研究所客員研究員を務める。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。
永谷 敬三(ながたに けいぞう、1937年 - 2020年)… 永谷 敬三(ながたに けいぞう、1937年 - 2020年)は、日本出身の経済学者。経済学博士(ブラウン大学・1968年)。ブリティッシュコロンビア大学名誉教授、神戸大学名誉教授。元カナダ経済学会副会長。カナダ国籍。 福岡県福岡市博多生まれ。広島県立廿日市高等学校を経て、1959年一橋大学経済学部卒業。中山伊知郎ゼミ出身。大蔵省入省後、1963年からハワイのイースト・ウエスト・センター給費生となり佐藤隆三に師事して新古典派経済学を学ぶ。1965年からフルブライト奨学生としてブラウン大学に留学し、1968年6月に修了。最短記録で経済学博士の学位を取得した。指導教授はジェローム・ステイン。 1968年からブリティッシュコロンビア大学教授。
涂照彦(と しょうげん、1936年12月23日-2007年)… 涂照彦(と しょうげん、1936年12月23日-2007年)は、台湾出身、日本で活動した経済学者。名古屋大学名誉教授。専攻は国際経済論。日本名・村岡輝三。 台湾雲林県斗六市生れ。1959年台湾大学卒業、1961年に来日、東京大学大学院博士課程修了、1972年「台湾植民地経済の構造と変容」で経済学博士。長崎県立国際経済大学教授、佐賀大学教授、新潟大学教授、名古屋大学教授を務め、2000年定年退官、名誉教授、國學院大學教授。2007年退職。
菊池 光造(きくち こうぞう、1936年9月5日 - )は、… 菊池 光造(きくち こうぞう、1936年9月5日 - )は、日本の経済学者。京都大学名誉教授。専門は労使関係。
時子山 和彦(とこやま かずひこ、1936年7月22日 - … 時子山 和彦(とこやま かずひこ、1936年7月22日 - 1986年12月21日)は、日本の経済学者。元一橋大学経済学部教授。専門は計量経済学。東京府生まれ。父は早稲田大学第9代総長時子山常三郎。妻・ひろみは日本女子大学教授。 荒憲治郎門下で、20年間にわたり一橋大学経済学部において計量経済学・理論経済学の研究と教育に従事。指導学生に須賀晃一早稲田大学副総長など。 一定の消費構造において最大の効用を得るのは利潤率が等しいときであることを分析し、当時政策目標とされていた消費税導入の理論的支柱を目指した。 この項目は、経済学者(経済評論家を含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。