武本 康弘(たけもと やすひろ、1972年〈昭和47年〉4月… 武本 康弘(たけもと やすひろ、1972年〈昭和47年〉4月5日 - 2019年〈令和元年〉7月18日)は、日本の男性アニメーター、アニメ演出家、アニメ監督。株式会社京都アニメーション取締役。兵庫県赤穂市出身。代々木アニメーション学院大阪校卒業。既婚、1女の父。 中華料理店を営む両親の長男として生まれる。多忙な両親と過ごす時間は少なく、幼い頃から絵を描いて過ごしてきた。 兵庫県立赤穂高等学校在学中は文芸部に所属し、テーブルトークRPGに熱中していた。当時から絵が上手であり、当人も「絵を描くことが好き」であったことから高校時代にアニメーターを志した。高校卒業後、代々木アニメーション学院大阪校アニメーター科に入学。
加藤 道哉(かとう みちや、1972年 - )は、男性アニメ… 加藤 道哉(かとう みちや、1972年 - )は、男性アニメーション監督・撮影監督・演出家。有限会社サイクロングラフィックス代表取締役。愛知県名古屋市出身。 武蔵野美術大学、視覚伝達デザイン学科卒。CF、PV、大型特殊映像等のディレクターを経て、2002年にサイクロングラフィックスを設立。 『おでんくん』や『美肌一族』などのユニークでシュールなアニメ作品を監督として手がける一方、撮影監督、CGディレクターとしては『パプリカ』など、写実性とアニメーションとの調和に様々なこだわりを見せる。 名古屋の味噌カツ店「矢場とん」社長の鈴木拓将は中学時代の同級生で、二人が飲んだときの会話がきっかけとなり、『大須のぶーちゃん』が制作された。
小林 浩康(こばやし ひろやす、1972年 - )は、日本の… 小林 浩康(こばやし ひろやす、1972年 - )は、日本のアニメ監督、CGI監督、デザイナー、実業家。株式会社カラー取締役。新潟県柏崎市出身。武蔵野美術大学大学院造形研究科日本画コース修了。 マットペインターとして映画の世界に入り、CGアーティストを経てスタジオカラー参加。 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』よりCGI監督、デザインワークス等を務める。 2017年7月、カラー・麻生塾・ドワンゴの3社で福岡に設立した、3DCGアニメスタジオ「プロジェクトスタジオQ」の取締役に就任。 2018年12月、ドワンゴ・KADOKAWA・カラー・インクストゥエンター・アソビシステムの5社で設立したバーチャルアニメ&キャラクタースタジオ「リド」の取締役に就任。
青池 良輔 (あおいけ りょうすけ、1972年 - )は日本… 青池 良輔 (あおいけ りょうすけ、1972年 - )は日本のアニメーター、クリエイティブディレクター、映画監督。山口県下関市出身。大阪芸術大学映像学科卒業。
佐伯 昭志(さえき しょうじ、1971年12月17日 - )… 佐伯 昭志(さえき しょうじ、1971年12月17日 - )は、日本のアニメーター、アニメ演出家・監督、脚本家。神奈川県出身、血液型はAB型。帝京大学卒業。 学生時代に自主制作アニメ『運び屋ミカちゃん』を制作に着手したが、凍結宣言がされその後「運び屋マキちゃん」が製作された。(佐伯昭志の同人誌「運び屋マキちゃん 政策記録全集」P37の欄外の「マキちゃん」製作小話より)。 その後、ガイナックスに入社する。 1998年、『アキハバラ電脳組』にて鶴巻和哉とともに絵コンテを担当し、さらに同年放送された『彼氏彼女の事情』の第8話にて演出デビューを果たす。 また、『小さな巨人 ミクロマン』(絵コンテほか)など、ガイナックス以外の作品にも参加する。
長峯 達也(ながみね たつや、1971年10月6日 - 20… 長峯 達也(ながみね たつや、1971年10月6日 - 2025年8月20日)は、日本の男性アニメーション演出家、アニメーション監督。東映アニメーション所属。東京都日野市出身。 大学浪人中にアトラクティブ・アクション・クラブに入り殺陣の基本を学び、日本大学芸術学部映画学科卒業後、東映動画へ入社。 2001年、「も~っと!おジャ魔女どれみ」の第25話「ひとりぼっちの夏休み」で演出家デビュー。 2024年に体調を崩し闘病生活を送っていた。だが2025年8月20日に53歳の若さで死去。同年11月13日に東映アニメーション主催による偲ぶ会が行われ、参列した作曲家の田中公平や、会は欠席したものの訃報を既に知らされていた元放送作家の鈴木おさむらから死去した事実が明らかにされ、翌14日に本人のXアカウントで親族が正式に発表した。
今石 洋之(いまいし ひろゆき、1971年10月4日 - )… 今石 洋之(いまいし ひろゆき、1971年10月4日 - )は、日本のアニメ監督、アニメーター。東京都出身。株式会社トリガー取締役。 多摩美術大学美術学部芸術学科映像専攻卒業後、ガイナックスに入社。初仕事として『新世紀エヴァンゲリオン』の動画を担当した。その後、『彼氏彼女の事情』『フリクリ』などの演出・絵コンテ・作画監督で注目される。 2004年に劇場公開された『DEAD LEAVES』で監督デビューを果たす。 2007年、『天元突破グレンラガン』でテレビ作品を初監督。同作は第11回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞、および「東京国際アニメフェア2008」において第7回東京アニメアワードのテレビ部門優秀作品賞とキャラクターデザイン賞を受賞。
堀 貴秀(ほり たかひで、1971年 - )は、日本の映像作… 堀 貴秀(ほり たかひで、1971年 - )は、日本の映像作家、アニメーション監督。初監督作品であるストップモーション・アニメーション『JUNK HEAD』を、ほぼ1人で7年かけて完成させた。 1971年、大分県生まれ。1990年、大分県立芸術緑丘高等学校卒業後、本職の内装業の仕事をしながら芸術家も目指していた。アニメーション監督の新海誠がほぼ一人で製作した映画を知り、それがきっかけで映画制作に挑戦している。 2009年12月、30分の短編『JUNK HEAD 1』の制作を開始。映画制作は独学で、基本的に一人での作業であった。同作では、監督、原案、キャラクターデザイン、セット製作、撮影、音楽、声優、編集などほぼ全てを担当している。
兵頭 一歩(ひょうどう かずほ、1971年 - )は、日本の… 兵頭 一歩(ひょうどう かずほ、1971年 - )は、日本の男性アニメ脚本家、ライトノベル作家。大阪府出身。現在フリー。駒ヶ谷小学校、大阪芸術大学 映像学科出身。 以前はサンライズで制作進行の仕事をしていた。『勇者王ガオガイガー』では、担当した話に「兵頭一歩」というキャラクターまで登場。 この項目は、アニメ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJアニメ)。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
倉島 一幸(くらしま かずゆき、1970年10月21日 - … 倉島 一幸(くらしま かずゆき、1970年10月21日 - )は、ゲームグラフィックデザイナー、アニメーター。長野県松本市出身。御茶の水美術専門学校卒業。 株式会社スクウェア、ラブデリック、有限会社バンプールに在籍した後、現在は株式会社Onion Games所属アートディレクター。 妻は同じくフリーのイラストレーター・アニメーターのhikarin(ヒカリン)。2010年9月には長女をもうけている。妻と2人で組んだユニット「Kurarindo」(クラリンドー)という活動も行っている(ユニット名の由来は「倉島」(kurashima)+「hikarin」+ロゴのモデルとなった「任天堂(Nintendo)」)。
野村 哲也(のむら てつや、1970年10月8日 - )は、… 野村 哲也(のむら てつや、1970年10月8日 - )は、日本のゲームクリエイター、イラストレーター、アニメーション監督。スクウェア・エニックス所属。スタッフからの呼び名は「哲さん」「哲(植松伸夫から)」など。 高知県出身。スクウェア・エニックス第1制作部(元第1開発事業部)所属。 高知県立岡豊高等学校を卒業後、18歳で上京してデザイン系専門学校で広告デザインを学ぶ。1991年4月16日にスクウェア(現スクウェア・エニックス)に入社し、『ファイナルファンタジーIV』のデバッグが同社での初仕事となる。『ファイナルファンタジーV』ではバトルグラフィックを担当した。 『ファイナルファンタジーVI』の企画会議において、平行して考えていたキャラクターの設定とイラストが坂口博信の目に留まり、同作のキャラクターのデフォルメデザインの原画を担当することになる。
佐藤 信介(さとう しんすけ、1970年9月16日 - )は… 佐藤 信介(さとう しんすけ、1970年9月16日 - )は、日本の映画監督、アニメ監督、脚本家、ゲーム制作者。広島県比婆郡東城町森(現・庄原市東城町森)出身。ミリアゴンスタジオ所属。 庄原市立八幡中学校(現・庄原市立東城中学校)、広島城北高等学校、一浪の後、武蔵野美術大学映像学科卒。 武蔵野美術大学在学中の1994年、河津太郎と、Angle Picturesを立ち上げ、2011年12月に法人化。 ぴあフィルムフェスティバル94 (PFF94)でグランプリを受賞した『寮内厳粛』(りょうないげんしゅく)が初監督作品。 監督デビューからオリジナルストーリー中心だったが、2008年公開の『砂時計』(芦原妃名子原作)で初めて本格的な原作ものに挑んだ。
ことぶき つかさ(1970年4月28日 - )は、日本の漫画… ことぶき つかさ(1970年4月28日 - )は、日本の漫画家、アニメ・コンピュータゲームのキャラクターデザイナー。東京都出身。男性。
カサヰ ケンイチ(かさい けんいち、1970年4月12日 -… カサヰ ケンイチ(かさい けんいち、1970年4月12日 - )は、日本のアニメーション監督、アニメーション演出家。岐阜県飛騨市出身。 代表作に『わがまま☆フェアリー ミルモでポン!』『メジャー』『ハチミツとクローバー』など、主にJ.C.STAFFの作品を手掛ける。 笠井賢一名義で演出などを手がけた後、2001年に『くるくるアミー』で初監督。2002年に『わがまま☆フェアリー ミルモでポン!』の監督就任を機に現在のカサヰケンイチ名義となる。 監督作の多くが高視聴率を獲得している(『わがまま☆フェアリー ミルモでポン!シリーズ』『メジャーシリーズ』『ハチミツとクローバー』『のだめカンタービレ』など)。
中村 健治(なかむら けんじ、1970年3月25日 - )は… 中村 健治(なかむら けんじ、1970年3月25日 - )は、日本のアニメーション監督、演出家。岐阜県大垣市出身。ツインエンジン所属。 2006年に放送されたテレビアニメ『怪 〜ayakashi〜』内の一篇「化猫」が大きな反響を呼び、スピンアウトとなる『モノノ怪』を監督。その後は人気演出家のひとりになる。 作中で扱うテーマは社会派から日常系までと幅広く、色鮮やかな画面と斬新な解釈で独自の世界観を構築する。監督としては、自分が作りたいものを押し進めるよりも、オーダーを聞いて、作品を作っていくタイプ。オーダーにあわせて作品をデザインし、その題材を徹底的に取材して自分なりの制作システムで作っていく。 少年時代に富野由悠季の『無敵超人ザンボット3』と宮崎駿の『天空の城ラピュタ』に衝撃を受ける。
京田 知己(きょうだ ともき、1970年1月22日 - )は… 京田 知己(きょうだ ともき、1970年1月22日 - )は、日本のアニメ演出家・監督。株式会社レイジングブル取締役、日本アニメーター・演出協会(JAniCA)会員。大阪府出身。武蔵野美術大学造形学部映像学科卒業。 中野裕之のPVに影響を受け、武蔵野美術大学でビデオアートを学び、卒業後サルブルネイにグラフィックデザイナーとして入社。退社後『新世紀エヴァンゲリオン』を観てガイナックスのアルバイトに応募し、ゲーム班に配属される。ガイナックスを辞めたあとグループ・タックに入社し、『キョロちゃん』の各話演出として演出家デビューした。 その後、同僚に誘われボンズに移り、『ラーゼフォン』の制作に参加。出渕裕監督を補佐し、その流れで劇場版『ラーゼフォン 多元変奏曲』で監督デビューを果たす。
大森 隆裕(おおもり たかひろ、1969年(昭和44年)4月… 大森 隆裕(おおもり たかひろ、1969年(昭和44年)4月27日 - は、日本のアニメーション作家。演出家。実業家。 徳島文理大学文学部卒業。岡山県立金川高等学校卒業。岡山県岡山市出身。 岡山県岡山市出身。岡山市立岡輝中学校・岡山県立金川高等学校を卒業後、徳島文理大学文学部に進学し卒業。 1987年(昭和62年)、16ミリ劇場用作品「野望は小洞にはばかる」で脚本、監督としてデビューする。同年、同じく16ミリ劇場用作品「マイパートナー」、「TANTEIDOKORO」を発表。 これまでに「チエちゃん奮戦記 じゃりン子チエ」、「それいけ!アンパンマン」、「ルパン三世」、「超電動ロボ 鉄人28号FX」、「アニマニアックス」、「魔法騎士レイアース」などのアニメーション制作に参加した。
石原 満(いしはら みつる、1969年3月20日 - )は、… 石原 満(いしはら みつる、1969年3月20日 - )は、日本の男性アニメーター、キャラクターデザイナー。 大阪芸術大学芸術学部を卒業後、アニメーション制作会社の葦プロダクション(現在のプロダクション リード)に入社。葦プロ退社後はXEBECに移籍し、同社所属のアニメーターとして活動。 2019年のXEBEC解散後は、同社の映像制作事業を引き継いだSUNRISE BEYONDや、XEBECと同じIGポート系列のシグナル・エムディ作品などに参加している。 この項目は、アニメ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJアニメ)。
斎藤 久(さいとう ひさし、1969年2月15日 - )は、… 斎藤 久(さいとう ひさし、1969年2月15日 - )は、日本の男性アニメーター、アニメ監督、アニメ演出家。徳島県海部郡日和佐町(現:美波町)出身。 大阪芸術大学芸術学部卒業後、スタジオ・ファンタジアを経てフリー。フリーのアニメーター集団スタジオへらくれすに所属。主にサンライズ、東京ムービー、アニメインターナショナルカンパニーの作品で原画、作画監督、デザインなどを担当している。 『ときめきメモリアル Only Love』のメイン演出を経て、『バンブーブレード』で監督デビュー。以降は監督職をメインとする。 愛称は「ジミーさん」。ジミー大西に似ているからで、本人によれば学生時代からそう呼ばれているとのこと。
古賀 誠(こが まこと、1969年2月7日 - )は、日本の… 古賀 誠(こが まこと、1969年2月7日 - )は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー。岡山県倉敷市出身。ノーマッド所属。 東京アニメーター学院を卒業後の1988年、アニメ制作会社のメルヘン社に入社。同社に動画チェッカー・動画マンとして勤務したが3年ほどで退社し、その後はスタジオジュニオ(現:ジュニオ ブレイン トラスト)やマッドハウスなど数社を転々としつつ、各社で原画マン・作画監督・キャラクターデザイナーを務めた。 ジュニオ在籍時は、堀内修、松田勝巳らに師事。 2010年の時点では、ノーマッドに所属している。 この項目は、アニメ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJアニメ)。
安藤 雅司(あんどう まさし、1969年1月17日 - )は… 安藤 雅司(あんどう まさし、1969年1月17日 - )は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー、アニメ監督。広島県出身。 邦画歴代興行収入ランキング2位の『千と千尋の神隠し』と3位の『君の名は。』と4位の『もののけ姫』で作画監督を担当した日本のトップアニメーター。 基本的にリアル指向で絵柄もそのようなものを得意とするがある程度の「アニメ絵」っぽさもあり、リアルな中にもソフトな感じがある。例えば現実の存在である人間も空想上の存在である妖怪も両方描けるということである。 スタジオジブリの先輩であり、苦楽を共にした近藤喜文を師と仰ぎ、尊敬している。近藤からは作画における人物の捉え方や動作の描き方などの技術面からアニメーションの仕事に取り組む姿勢まで、多大な影響を受けている。
バイロン・ハワード(Byron Howard、1968年12… バイロン・ハワード(Byron Howard、1968年12月26日 - )は、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオに所属する映画監督、アニメーターである。 日本の青森県三沢市出身。アメリカ合衆国ワシントン州イサクアで育ったハワードはエバーグリーン州立大学へと進学した。 ハワードは1994年にウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオに入社し、アニメーターとして『ポカホンタス』、『ムーラン』、『リロ・アンド・スティッチ』、『ブラザー・ベア』などに参加した。 ハワードが最初に監督した作品は『ボルト』である。クリス・ウィリアムズと共同監督を務めたこの作品は2008年のアカデミー長編アニメ映画賞にノミネートされた。
後藤 圭二(ごとう けいじ、1968年11月4日 - )は、… 後藤 圭二(ごとう けいじ、1968年11月4日 - )は、日本のアニメーター、アニメ監督、キャラクターデザイナー。東京都足立区出身。佐原 亜湖(さはら あこ)という別名義を使うこともある。日本アニメーター・演出協会(JAniCA)会員。 OVAでは1993年の『超神伝説うろつき童子 未来篇4』(さとうけいいちと連名)、TVアニメでは1995年の『爆れつハンター』を皮切りに、キャラクターデザインを数多く手掛けている。1996年放送の『機動戦艦ナデシコ』では星野ルリ(ホシノ・ルリ)のデザインで、一躍人気アニメーターの座へ。1990年代には立体感を強調した特徴的なキャラクターデザインで一世を風靡し、顎の曲線を西洋の刃物の如く鋭角的にデフォルメし、大きく円らな瞳を強調した絵柄が特徴で、作品によっては本来の絵柄と大きくかけ離れることもあったが、前者については後藤も少々やりすぎと気にしていたらしく、最近[いつ?]の絵柄では他人のそれと比較してもあまり気にならないレベルに落ち着いている[要出典]。
馬越 嘉彦(うまこし よしひこ、1968年7月30日 - )… 馬越 嘉彦(うまこし よしひこ、1968年7月30日 - )は、日本の男性アニメーター、キャラクターデザイナー。フリーランス。愛媛県越智郡伯方町(現・今治市伯方町)出身。 東京アニメーター学院からムッシュオニオンにアニメーターとして入社。スタジオコクピットに移籍後、1992年の『スーパービックリマン』第12話「ボアボアの地下迷宮」で初の作画監督を担当。1994年のOVA『グラップラー刃牙』で初めてキャラクターデザインを担当。 その後、朝日放送テレビ制作日曜朝8時30分枠のアニメで『ママレード・ボーイ』『ご近所物語』『花より男子』でキャラクターデザイン、『おジャ魔女どれみ』シリーズのキャラクターコンセプトデザインをそれぞれ手掛けた。
倉田 英之(くらた ひでゆき、1968年7月9日 - )は、… 倉田 英之(くらた ひでゆき、1968年7月9日 - )は、アニメ脚本家、小説家。スタジオオルフェ所属。岡山県井原市出身。 ※太字はシリーズ構成、特記のないものは脚本を担当。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
西尾 鉄也(にしお てつや、男性、1968年6月23日 - … 西尾 鉄也(にしお てつや、男性、1968年6月23日 - )は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー。愛知県出身。株式会社プロダクション・アイジー取締役。 中学時代からアニメーションに興味を持ち、愛知県立旭丘高等学校(39期生)で映画研究部に所属。東京デザイナー学院名古屋校(現・名古屋デザイナー学院)卒業後、上京して学校に紹介されたアニメスタジオをいろいろ回るが、面接で惨敗。唯一認めてくれたスタジオアニメ・スポットに入る。 初めて動画として参加した『おそ松くん』からスタジオぴえろのフジテレビ土曜18時半放映枠の番組に連続して参加し、『幽★遊★白書』ではアニメスポット担当回の原画の主力となる。
濱田 邦彦(はまだ くにひこ、1968年5月31日 - )は… 濱田 邦彦(はまだ くにひこ、1968年5月31日 - )は、日本の男性アニメーター、キャラクターデザイナー。三重県四日市市出身。かつてはマッドハウスに所属。代表作に、総作画監督・キャラクターデザインを務めた『NANA』、『俺物語!!』、『カードキャプターさくら クリアカード編』、『ちはやふる』がある。 代々木アニメーション学院名古屋校を経て、1990年にマッドハウスに入社。初動画は『ロードス島戦記』。 1990年前半、OVA『ファイナルファンタジー』から定期的に上海に赴き、『YAWARA!』などの制作に参加していた。 2026年3月末をもってマッドハウスを退職。 この項目は、アニメ関係者に関連した書きかけの項目です。
黒田 洋介(くろだ ようすけ、1968年3月29日 - )は… 黒田 洋介(くろだ ようすけ、1968年3月29日 - )は、アニメ脚本家、小説家。有限会社スタジオオルフェ取締役。三重県四日市市出身。 幼稚園児の頃から、4つ年上の兄の週刊少年ジャンプを借りて読んでばかりいる子だった。その兄が見る宇宙戦艦ヤマトの影響で、プラモデルに興味を持つようになると、小学5年生の頃にはガンプラブームに嵌る。 その後、一家で東京都大田区蒲田に転居しCDショップを始めたことで、同じ商店街にあるプラモデルショップに通い始め、その店の常連客であった模型誌・ホビージャパンのプロモデラー・小橋法彦、藤川政秀と知り合う。この人物らが「オタク」気質であり、アニメ鑑賞の機会を得るようになった。
小池 健(こいけ たけし、1968年1月26日 - )は、日… 小池 健(こいけ たけし、1968年1月26日 - )は、日本のアニメーター、アニメ監督。山形県上山市出身。
五十嵐 浩司(いがらし こうじ、1968年 - )は、日本の… 五十嵐 浩司(いがらし こうじ、1968年 - )は、日本の編集者、執筆者、アニメーション研究家。 青森県出身。TARKUS(タルカス)所属。 主にアニメ・特撮の玩具(トランスフォーマー、超合金など多数)を中心に取り扱う書籍の編集、企画、監修、構成、執筆を担当する。 また、タカラトミーやバンダイなどホビー関連のトークイベントにゲスト、司会者として参加することもある。 2024年、『日本の巨大ロボット群像―巨大ロボットアニメ、そのデザインと映像表現―』のゲストキュレータとして、星雲賞自由部門を受賞(西日本新聞イベントサービス、ぴあ(企画)、山口洋三(監修)、廣田恵介、タルカス(五十嵐浩司)の共同受賞)。
城井 文(しろい あや、1968年 - )は、日本のイラスト… 城井 文(しろい あや、1968年 - )は、日本のイラストレーター、アニメーション作家。東京都生まれ。東京芸術大学出身[要出典]。 2016年より「しろいあや」表記。 東京芸術大学・大学院を修了した後、テレビ番組やCM、ミュージック・ビデオの制作を始める[要出典]。 アニメーション制作、イラストレーター制作の他、東京芸術大学デザイン科、東京工芸大学アニメーション学科、アミューズメントメディア総合学院キャラクターデザイン学科の講師を務める。 山梨県立美術館40周年記念 「ドービニー展」 損保ジャパン日本興亜美術館ほか https://www.youtube.com/watch?v=396WKTCXqPQ&t=182s この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。
細田 守(ほそだ まもる、1967年〈昭和42年〉9月19日… 細田 守(ほそだ まもる、1967年〈昭和42年〉9月19日 - )は、日本のアニメーション監督、アニメーター。日本アニメーター・演出協会(JAniCA)会員。スタジオ地図取締役。 富山県中新川郡上市町出身。金沢美術工芸大学美術工芸学部美術科油画専攻卒業後、東映動画(現・東映アニメーション)に入社。アニメーターを経て、演出家に転向。1999年に『劇場版デジモンアドベンチャー』で映画監督としてデビュー。その後、フリーとなって監督した映画『時をかける少女』(2006年)、『サマーウォーズ』(2009年)で国内外の注目を集める。2011年に自身のアニメーション映画制作会社「スタジオ地図」を設立。2018年公開の『未来のミライ』がアカデミー賞長編アニメ映画賞にノミネートされるなど、日本を代表するアニメーション映画監督のひとりである。
梅原 隆弘(うめはら たかひろ、1967年6月25日 - )… 梅原 隆弘(うめはら たかひろ、1967年6月25日 - )は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー。東京都杉並区出身。スタジオジュニオを経て現在はマッドハウス所属。主に川瀬敏文か佐藤雄三が監督の作品に参加することが多い。 この項目は、アニメ関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:アニメ/PJアニメ)。
浅香 守生(あさか もりお、1967年3月11日 - )は、… 浅香 守生(あさか もりお、1967年3月11日 - )は、日本の男性アニメーション演出家、アニメ監督。兵庫県西宮市出身。 大阪デザイナー専門学校を経て、1986年に演出助手としてマッドハウスに入社。最初に関わった作品は『火の鳥・ヤマト編』の進行。1989年、テレビアニメ『YAWARA!』で演出デビュー。その後、1993年にOVA作品『POPS』で初監督を務める。 1999年『劇場版カードキャプターさくら』で第4回、2000年『劇場版カードキャプターさくら 封印されたカード』で第5回と2年連続アニメーション神戸作品賞・劇場部門を受賞。 1:第2期まで監督として参加 この項目は、アニメ関係者に関連した書きかけの項目です。
山下 高明(やました たかあき、1967年3月9日 - )は… 山下 高明(やました たかあき、1967年3月9日 - )は、日本の男性アニメーター、キャラクターデザイナー。福岡県出身。2014年4月よりスタジオ地図所属。 九州産業大学付属九州高校デザイン科卒業。レイアウトや原画は細かい箇所にまでこだわって精密に描くという特徴がある。 高校在学時からアニメーターを目指し、作画スタッフの募集をしていないにもかかわらず大量の自作絵を東映動画(現:東映アニメーション)に持参する。その腕を先輩アニメーターの角田紘一に認められて東映動画に所属。この4年後に入社するアニメーターの細田守の師匠でもあった。 その関係からか、彼の演出または監督作品に作画監督などの役職で多数参加している。
久行 宏和(ひさゆき ひろかず、1967年1月31日 - )… 久行 宏和(ひさゆき ひろかず、1967年1月31日 - )は、日本の男性アニメーター、キャラクターデザイナー。山口県徳山市(現:周南市)出身。 元中村プロダクション所属、現在フリー。平井久司とは、中村プロ時代からの先輩・後輩関係にある。 代表作は、『新世紀GPXサイバーフォーミュラ』シリーズや『舞-HiMEプロジェクト』作品など。『舞-HiMEプロジェクト』では、長年キャラクターデザインとアニメーションディレクターを務め、OVA『舞-乙HiME 0〜S.ifr〜』で初監督に就任した。 自分がデザインしたキャラクターの中では特にレナ・セイヤーズがお気に入りでありレナのために『~S.ifr~』を作ったほどである。
宮崎 吾朗(宮﨑 吾朗、みやざき ごろう、1967年〈昭和4… 宮崎 吾朗(宮﨑 吾朗、みやざき ごろう、1967年〈昭和42年〉1月21日 - )は、日本のアニメ監督、建設コンサルタント。株式会社スタジオジブリ常務取締役、公益財団法人徳間記念アニメーション文化財団理事長。信州大学農学部森林工学科卒業。 株式会社ムゼオ・ダルテ・ジブリ代表取締役、三鷹市立アニメーション美術館館長(初代)、株式会社マンマユート団社長(初代)、株式会社二馬力社長(第2代)などを歴任した。 1967年、宮崎駿の長男として東京都にて生まれた。自宅を引越したため、1970年からは埼玉県所沢市にて育つ。 子供の頃から父のアニメーション企画などを見学していて、押井守とはたびたび顔を合わせており、現在でも交流がある。
合田 経郎(ごうだ つねお、1967年1月16日 - )は日… 合田 経郎(ごうだ つねお、1967年1月16日 - )は日本のアニメーション作家である。東京都出身。 日本映画学校(現・日本映画大学)卒業。電通プロックス(現・電通テック)、ティー・ワイ・オーにてCMディレクターを務めた後、2003年に株式会社ドワーフをたちあげてアニメーション作家として独立。 日本放送協会のキャラクター「どーもくん」や2007年に劇場公開された『こまねこ』など、「こま撮り」と呼ばれる手法を使用した人形アニメ作品で知られる。宇多田ヒカル『ぼくはくま』も手掛ける。 2004年、『こまねこはじめのいっぽ』で第7回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞を受賞。 2011年には、東日本大震災のチャリティー活動の一環として「てをつなごう だいさくせん」を提唱した。
太田 雅彦(おおた まさひこ、1967年1月4日 - )は、… 太田 雅彦(おおた まさひこ、1967年1月4日 - )は、日本の男性アニメーター、アニメ演出家・監督。 グループ・タックで『ビット・ザ・キューピッド』や『はれときどきぶた』などの作画を手がけ、1998年頃にグループ・タックを退社しフリーに転身。2000年頃からはマッドハウス作品を中心に作画・演出を手がけたのち、2000年代半ば以降は童夢・動画工房などを中心に演出・作画を手がけている。 2006年の初監督以降、全ての作品のシリーズ構成にあおしまたかしを起用しており、その他にも副監督またはキャラクターデザインには大隈孝晴、音楽担当には三澤康広といった共通したスタッフと仕事をする事例がある。 また、太田は「4クールで1年スパンの作品なら、1回倒れても立て直せる可能性もあるのですけど、1クールで大きい問題がおきてしまうとゴチャゴチャになるんですよ。
石井 克人 (いしい かつひと、1966年12月31日 - … 石井 克人 (いしい かつひと、1966年12月31日 - )は、日本の映像作家・映画監督・アニメ監督・脚本家。株式会社ナイスレインボー代表取締役。 武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業後、東北新社に入社。CMディレクターとして勤務しながら、映画制作を開始。初監督作品『8月の約束』でゆうばり国際冒険ファンタスティック映画祭ビデオ部門グランプリを受賞。劇場映画デビュー作は『鮫肌男と桃尻女』(望月峯太郎原作/浅野忠信主演)。以降、『PARTY7』『茶の味』(2004年/カンヌ国際映画祭監督週間オープニング作品)などを監督。アニメーション作品では『REDLINE』(原作・脚本・音響監督)や『SHORT PEACE「GAMBO」』(原作・脚本・クリエイティブディレクター)を手がけ、『キル・ビル Vol.1』ではアニメパートの演出を担当。
山本 裕介(やまもと ゆうすけ、1966年10月24日- )… 山本 裕介(やまもと ゆうすけ、1966年10月24日- )は、日本の男性アニメーション演出家、アニメーション監督。島根県出身。日大芸術学部映画学科卒業。同姓同名で山本裕介から表記を変えた、アニメーター、アニメーション監督の山本ゆうすけとは別人。 学生時代にりんたろうが演出した作品や『聖戦士ダンバイン』等のアニメーションを視聴したことで演出家の仕事に興味を持ち、サンライズで制作進行から演出家に転向した人物が多いということを知り同社に入社。そこで出会ったアニメ監督の井内秀治に師事し、井内の会社リード・プロジェクトに移籍後に演出家デビュー。 独立後、OVA『マスターモスキートン』に演出チーフとして参加。
谷口 悟朗(たにぐち ごろう、1966年10月18日 - )… 谷口 悟朗(たにぐち ごろう、1966年10月18日 - )は、愛知県日進市出身のアニメーション監督・演出家、プロデューサー。フリー。日本映画学校(現・日本映画大学)卒業。 愛知県立昭和高等学校を卒業。日本映画学校には「新聞配達」の奨学金制度を使い、学業と共に務めた。 もともと実写志望でドキュメンタリーを撮ったりしていた。しかし「助監督歴何十年」だらけで人余りだった実写業界に不安を抱く。ついでにアニメの勉強もしようと教務課に相談したところ、掛須秀一から「AICとJ.C.という会社に伝手があるけど、AICにはこの前別な人紹介しちゃったから、J.C.でどうだ?」「お前はJ.C.な」などといわれて、「J.C.」が何なのかすら分からないままJ.C.STAFF配属となり、制作として出世するも演出から離れてしまったため一旦退職。
門 智昭(かど ともあき、1966年10月16日 - 202… 門 智昭(かど ともあき、1966年10月16日 - 2021年11月3日)は、日本の男性アニメーター、キャラクターデザイナー、アニメ演出家。 1966年10月16日、京都府綾部市位田町岡倉に生まれた。綾部市立豊里小学校、綾部市立豊里中学校、京都府立綾部高等学校を卒業後、東京の専門学校でアニメーションを学び、アニメーターとして活動を始めた。その後は作画監督として『地獄少女』シリーズや『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズと言った多数の作品に参加した。2020年10月16日には大腸癌からの肝臓転移が判明したが、門の妻によれば、本人が早期の仕事復帰を希望したため手術は行わず、抗がん剤による治療を続けていたという。
沖浦 啓之(おきうら ひろゆき、1966年10月13日 - … 沖浦 啓之(おきうら ひろゆき、1966年10月13日 - )は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー、アニメーション監督。大阪府交野市出身。妻は俳優・声優の武藤寿美。民俗学者の沖浦和光は叔父にあたる。日本アニメーター・演出協会(JAniCA)会員。スタジオカラー所属。 幼少の頃から漫画家になりたくて、小学生時代はずっとマンガを描いていた。その頃にアニメーションの仕組みに興味を持ち、小学校を卒業した春に友人と二人で初めてアニメを制作する。中学生になってからは、2人で学校にアニメーション同好会を作らせてもらい、毎年文化祭に向けて1年かけて作品を作るという事を3年間続けた。 1982年、当時テレビアニメ『太陽の牙ダグラム』で突出した作画を披露していた谷口守泰が主宰するアニメ制作会社アニメアールが大阪にあると知り、高校を休学して16歳で入社する。
神山 健治(かみやま けんじ、1966年3月20日 - )は… 神山 健治(かみやま けんじ、1966年3月20日 - )は、日本のアニメーション監督、脚本家、演出家、経営者。 埼玉県秩父市出身。代表作に『攻殻機動隊 S.A.C.』シリーズ、『精霊の守り人』、『東のエデン』など。主な制作拠点はProduction I.Gである。 『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』は全米CATVの視聴率1位を記録するなど、海外でも人気が高い[リンク切れ]。『S.A.C.』シリーズは、DVD累計売上が230万枚を超える大ヒットとなる。 押井塾時代の神山を押井守は、「級長のような存在」と評している。また、「こんなに売れるとは思わなかった。もっと早い時期につぶしておけばよかった。
うるし原 智志(うるしはら さとし、1966年2月9日 - … うるし原 智志(うるしはら さとし、1966年2月9日 - )は、広島県出身の男性アニメーター、キャラクターデザイナー、漫画家。血液型はO型。オフィス・アースワーク所属。本名は漆原 智志(読みは同じ)。 1983年、広島県立宮島工業高等学校3年在学中によしもときんじと出会い、意気投合。その後、角川映画のアニメ『少年ケニヤ』のアニメーター一般公募に応募して合格。劇中のサイとカバの格闘シーンの一部を描く。余談だが、この出来事は同級生で友人の大張正己が業界入りするきっかけともなった。 1984年、高校卒業後に『少年ケニヤ』の制作を担当していた東映動画へ入社。動画経験を積んだ後、日米合作作品のTVアニメ『トランスフォーマー』で原画に昇格。
山下 明彦(やました あきひこ、1966年2月6日 - )は… 山下 明彦(やました あきひこ、1966年2月6日 - )は、日本のアニメーター、キャラクターデザイナー、アニメ演出家・監督。岡山県倉敷市出身。 10代の頃、富野由悠季作品に影響を受け、なかでも湖川友謙に憧れ絵描きを志すようになる。また、『トムとジェリー』の芝居に魅せられ、『ルパン三世 カリオストロの城』にも夢中になったという。 岡山県立倉敷南高等学校卒業後にアニメーターを目指して上京、ビーボォーに所属する。ビーボォーからスタジオぱっくに移籍後、ぱっくを株式会社として改組したアトリエ戯雅の設立に参加。戯雅の解散後は、プロジェクトチーム・ムー(後のフェニックス・エンタテインメント)に参加し、『ジャイアントロボ THE ANIMATION -地球が静止する日』の作画監督、キャラクターデザイン、絵コンテを担当。
鶴巻 和哉(つるまき かずや、1966年2月2日 - )は、… 鶴巻 和哉(つるまき かずや、1966年2月2日 - )は、日本のアニメ監督、アニメーター。新潟県五泉市出身。株式会社カラー取締役。 監督作に『フリクリ』『トップをねらえ2!』『龍の歯医者』などがある。また庵野秀明監督の『新世紀エヴァンゲリオン』で副監督を務め、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』でも監督として総監督の庵野を補佐した。 幼少期から漫画やアニメを愛好していたが、新潟の田舎だったため同級生が少なく、アニメのマニアックな部分を共有できる友人がいなかった。 高校生になって、初めて自分よりも知識のあるオタク友達に出会ったことでアニメにのめり込み、絵を描く仕事に就くことを考えるようになる。 そして、完全歩合制のアニメーターなら1円も稼げないということはないだろうと思い、親には黙ったまま東京のアニメ専門学校に行くことを決め、自活のために新聞奨学生に応募する手配まで済ませてしまった。
水島 精二(みずしま せいじ、1966年1月28日 - )は… 水島 精二(みずしま せいじ、1966年1月28日 - )は、日本のアニメーション監督。東京都府中市出身。一二三所属。 東京デザイナー学院(現・東京ネットウエイブ)卒業後、東京アニメーションフィルムに入社。『ドラえもん』『おぼっちゃまくん』の撮影の傍ら、撮影監督の熊谷正弘に師事したのち、本格的に演出を目指すため、サンライズへ制作進行として勤務する。退社してゲーム用ムービー制作に従事したのち、アニメーションへ移行する。 ほとんどの監督作品では三間雅文が音響監督を務めている。また、大半の作品に出演している小西克幸の他、一度自身の作品に起用した声優を後の作品でも積極的に起用している。 絵コンテや演出では「ミズシマセイジ」、または「ミズシマセイヂ」の名義を用いることがある。
大張 正己(おおばり まさみ、1966年1月24日 - )は… 大張 正己(おおばり まさみ、1966年1月24日 - )は、日本の男性アニメ監督、アニメーター、メカニックデザイナー。神奈川県生まれ、広島県育ち。スタジオG-1NEO代表取締役。新日本プロレスリングの元代表取締役社長の大張髙己は実弟。 広島県立宮島工業高等学校時代、友人のうるし原智志がアニメーターを目指していたことがきっかけでそういう仕事があることを知り、自身も興味を持ってアニメの世界を目指すことになった。絵を描いたりアニメを見たりするようになったのもその頃からで、『宇宙戦艦ヤマト』『機動戦士ガンダム』『うる星やつら』といった当時のヒット作すら見たことがなく、周囲の熱狂ぶりについていけなかったという。