田村 政志(たむら まさし、1946年または1947年 - … 田村 政志(たむら まさし、1946年または1947年 - )は、日本の自治・総務官僚、地方公務員。北海道副知事、自治大学校長、総務省行政評価局長を歴任。瑞宝中綬章受章。 函館ラ・サール高校卒業、自治省入省、財政局財政課理事官、1988年 (昭和63年) 9月 同課企画官、1989年 (平成元年) 8月 山梨県庁に出向し総務部長、自治省に帰任し財政局交付税課長、1994年7月 北海道庁に出向し片木淳の後任として総務部長、1995年5月 鈴木弘泰の後任として林陽とともに北海道副知事。道東高速鉄道代表取締役社長を兼務。1997年6月 丸山達男と真田俊一を後任として林とともに副知事を辞職。自治省に帰任し大臣官房参事官を経て財政局地方債課長、1998年1月 財政局財政課長、1999年8月 国土庁に出向し長官官房審議官(防災局担当)。
片木 淳(かたぎ じゅん、1946年または1947年 - )… 片木 淳(かたぎ じゅん、1946年または1947年 - )は日本の自治官僚、地方公務員。消防庁次長等を経て、早稲田大学大学院公共経営研究科教授を務めた。 大阪府泉南市出身。灘高等学校を経て、東京大学法学部II類(公法)卒業。消防庁次長等を経て、早稲田大学大学院公共経営研究科教授を務めた。
薦田 隆成(こもだ たかしげ、1946年 - )は、日本の経… 薦田 隆成(こもだ たかしげ、1946年 - )は、日本の経済企画・内閣府官僚。 1972年、東京大学卒業。同年、経済企画庁入庁。広報室長、国民生活政策課長、大蔵省東北財務局理財部長、内閣府大臣官房審議官、国土交通省国土計画局長、労働政策研究・研修機構労働政策研究所副所長などを経て、連合総合生活開発研究所所長。
岩田 一政(いわた かずまさ、1946年 - )は、日本の経… 岩田 一政(いわた かずまさ、1946年 - )は、日本の経済官僚。 経済企画庁長官官房調査官や、東京大学大学院教授、内閣府政策統括官、日本銀行副総裁、内閣府経済社会総合研究所所長等を経て、日本経済研究センター理事長、郵政民営化委員会委員長。 東京都大田区出身。東京都立日比谷高等学校を経て、1970年に東京大学教養学部教養学科卒業。同年、経済企画庁入庁。経企庁経済研究所主任研究官の1981年に「金融政策と銀行行動」で週刊エコノミスト主宰「エコノミスト賞」を受賞。1986年に東京大学教養学部助教授就任、以後同教授、同大学大学院総合文化研究科教授を歴任。 2001年1月に内閣府政策統括官に就任。小泉内閣の下竹中平蔵の誘いで[要出典]2003年3月日本銀行副総裁に就任した。
戸恒 東人(とつね はるひと、1945年(昭和20年)12月… 戸恒 東人(とつね はるひと、1945年(昭和20年)12月20日 - )は、日本の官僚、俳人。俳誌「春月」(しゅんげつ)主宰。本名も同じ。元帝京大学教授(財政、税法、中小企業金融)。 茨城県生まれ。1970年頃より句作をはじめる。野澤節子、有馬朗人、土生重次に師事。1990年、「天為」創刊に参加(1992年同人、2016年退会)。1991年、個人俳誌「東風句報」創刊主宰。「扉」創刊に参加(1993年同人、1998年退会)。1996年、「東風句報」を「春月」に改題。1999年、俳誌「春月」創刊主宰。2012年、『誓子-わがこころの帆』で第14回加藤郁乎賞を受賞。2015年、公益社団法人俳人協会理事長。
志田康雄(しだ やすお、1945年12月16日 - )は日本… 志田康雄(しだ やすお、1945年12月16日 - )は日本の大蔵官僚、弁護士。大臣官房会計課長、広島国税局長、国土庁長官官房審議官(計画・調整局担当)、造幣局長、整理回収機構副社長、同機構代表取締役社長代行などを務めた。 大分県出身。大分県立四日市高等学校、東京大学法学部卒業。1968年 大蔵省入省(主税局国際租税課)。1973年7月 延岡税務署長。1974年7月 国税庁調査査察部調査課長補佐。その後は外務省在シンガポール日本国大使館で勤務。1989年7月 関税局国際機関課長。1991年6月 大臣官房会計課長。1992年6月26日 広島国税局長。1994年7月 国土庁長官官房審議官(計画・調整局担当)。
石井 隆一(いしい たかかず、1945年12月15日 - )… 石井 隆一(いしい たかかず、1945年12月15日 - )は、日本の政治家、自治・総務官僚。勲等は旭日大綬章。 富山県知事(公選第17-20代)、消防庁長官(第26代)を務めた。妻は数学者で東京大学名誉教授の石井志保子。 富山県富山市西町生まれ。富山県立富山中部高等学校、東京大学法学部卒業。1969年、自治省(現総務省)に入省した。静岡県総務部長や財政局財政課長、税務局長、自治税務局長等を経て、2002年に消防庁長官に就任した。また2003年から3年間、早稲田大学大学院公共経営研究科において客員教授を務めた。2004年1月に退官し、市町村職員中央研修所学長に就任し、同年の8月に退職した。 2004年11月、富山県知事を6期務めた中沖豊の退任を受け、知事選挙に無所属で出馬して初当選。
石井 正弘(いしい まさひろ、1945年11月29日 - )… 石井 正弘(いしい まさひろ、1945年11月29日 - )は、日本の政治家、建設官僚。 参議院議員(2期)、経済産業副大臣兼内閣府副大臣、参議院内閣委員長、参議院決算委員長、自由民主党政務調査会副会長、公選14・15・16・17代岡山県知事(4期)、文部科学省中央教育審議会委員(第3・4期)、自然エネルギー協議会初代会長(2011年 - 2012年)を歴任。 1945年、岡山県上道郡光政村(現・岡山市東区)に生まれる。岡山県立岡山操山高等学校、東京大学法学部を卒業。1969年に建設省に入省し、岐阜県民生部児童家庭課長、建設大臣秘書官、民間住宅課長、河川総務課長、大臣官房文書課長、建設省大臣官房審議官などを歴任。
吉永 國光(よしなが くにみつ、1945年11月20日 - … 吉永 國光(よしなが くにみつ、1945年11月20日 - )は、日本の官僚、銀行家。東和銀行頭取。
矢野 朝水(やの ともみ、1945年(昭和20年)11月 -… 矢野 朝水(やの ともみ、1945年(昭和20年)11月 - )は、日本の官僚。元厚生省年金局長。日本コープ共済生活協同組合連合会理事長。宮崎県出身。 企業年金連合会時代はファンドマネージャーとして資金の運用先を選定する立場にあり、日本の企業における株主軽視がまかり通る風土を批判していた。一方、極端なモノ言う株主に対しても批判をしていた。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
渡辺 好明(わたなべ よしあき、1945年(昭和20年)10… 渡辺 好明(わたなべ よしあき、1945年(昭和20年)10月23日 - )は、日本の農林官僚。水産庁長官、農林水産事務次官、内閣総理大臣補佐官、東京穀物商品取引所理事長、社団法人全国商品取引所連合会会長を歴任。全国農地保有合理化協会会長、全国米麦改良協会会長、新潟食料農業大学名誉学長。 東京都立北園高等学校卒業。
及川 耕造(おいかわ こうぞう、1945年〈昭和20年〉10… 及川 耕造(おいかわ こうぞう、1945年〈昭和20年〉10月17日 - )は、日本の通産・防衛官僚。岩手県和賀郡東和町(現:花巻市)出身。 東京大学経済学部経済学科卒業後、通商産業省に入省(通商局通商調査課)。入省同期に、町村信孝(衆議院議員)、太田信一郎(特許庁長官・及川の後任)、藤島安之(駐パナマ大使)などがいる。 通商産業省大臣官房総務審議官、防衛庁装備局長を経て、2000年に特許庁長官となる。退官後は財団法人機械産業記念事業財団参与、野村総合研究所顧問、日本政策投資銀行理事、独立行政法人経済産業研究所理事長、公益社団法人発明協会副会長などを務めている。
伊藤 康成(いとう やすなり、1945年10月16日 - )… 伊藤 康成(いとう やすなり、1945年10月16日 - )は、日本の防衛官僚。防衛施設庁長官、第25代防衛事務次官。 防衛庁出身者として4人目の防衛事務次官。1969年防衛庁入庁。1987年防衛局調査第2課長、防衛施設庁総務課長を経て1992年防衛政策課長。2001年防衛施設庁長官となり2002年防衛事務次官。2003年退官。
竹村 公太郎(たけむら こうたろう、1945年〈昭和20年〉… 竹村 公太郎(たけむら こうたろう、1945年〈昭和20年〉10月12日 - )は、日本の作家、歴史学者、土木工学者、元建設・国交官僚。学位は博士(工学)(名城大学・2004年)。研究分野は土木工学、特に河川工学。神奈川県出身。 建設省在職時より島 陶也(しま とうや)の筆名で、建設関係業界紙を中心に数々のエッセイを連載している。 現在、財団法人リバーフロント整備センター理事長、日本水フォーラム代表理事、同フォーラム事務局長を務める。 1968年3月、東北大学工学部土木工学科卒業。1970年3月、東北大学大学院工学研究科修士課程(土木工学)修了。同年4月、建設省に入省。 主に河川畑を歩み、関東地方建設局川治ダム工事事務所、北陸地方建設局阿賀川工事事務所、土木研究所計画官兼主任研究員、中部地方建設局河川部、河川局河川計画課、ダム技術研究所主任研究員、関東地方建設局宮ヶ瀬ダム工事事務所長、中国地方建設局河川部河川調査官、河川局開発課建設専門官、河川局開発課開発調整官、中部地方建設局河川部長、河川局開発課長、近畿地方建設局長を経て、1999年、建設省河川局長に就任。
根本 崇(ねもと たかし、1945年(昭和20年)9月22日… 根本 崇(ねもと たかし、1945年(昭和20年)9月22日 - )は、日本の政治家、官僚。元千葉県野田市長(6期)。 千葉県野田市出身。埼玉県立浦和高等学校、東京大学法学部法律学科卒業。 1970年(昭和45年)4月、建設省に入省。1978年(昭和53年)4月、千葉県企画部水政課長に就任。1985年(昭和60年)7月、静岡県島田市助役に就任。1989年(平成元年)7月、建設省大臣官房政策企画官に就任。1991年(平成3年)6月、千葉県野田市助役に就任。 1992年(平成4年)の野田市長選挙で初当選。7月4日、市長就任。以後、2012年(平成24年)の市長選まで6選を重ねる。 2016年(平成28年)3月2日、市議会3月定例会の本会議で、6月に行われる市長選に出馬しない考えを表明した。
松谷 明彦(まつたに あきひこ、1945年9月21日 - )… 松谷 明彦(まつたに あきひこ、1945年9月21日 - )は、日本の経済学者、官僚。政策研究大学院大学名誉教授。専門はマクロ経済学、財政学。主計局調査課長、主計局主計官、横浜税関長、大臣官房審議官等を歴任した。 大阪市生まれ。東京都立戸山高等学校を経て、1969年東京大学経済学部経済学科卒業、1970年同学部経営学科卒業。同年、大蔵省入省(証券局総務課)。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
長谷川 正榮(はせがわ まさよし、1945年(昭和20年)9… 長谷川 正榮(はせがわ まさよし、1945年(昭和20年)9月9日 - )は日本の官僚、政治家。第11~13代浜北市長。静岡県浜北市(現:浜松市浜名区)出身。瑞宝中綬章。 中小企業事業団理事などを経て平成8年4月に市長に初当選。平成17年6月まで3期務める。母親と妻、一女二男。 2015年秋の叙勲で瑞宝中綬章を受章
平沢 勝栄(平澤 勝榮、ひらさわ かつえい、1945年〈昭和… 平沢 勝栄(平澤 勝榮、ひらさわ かつえい、1945年〈昭和20年〉9月4日 - )は、日本の政治家、警察・防衛官僚。自由民主党所属の衆議院議員(11期)。 復興大臣(第11代)、自由民主党広報本部長、内閣官房長官秘書官、ワールドスケートジャパン会長などを歴任。 岐阜県大野郡白川村生まれ。生家は国の重要文化財に指定されている「旧大戸家住宅」(現在は下呂市の下呂温泉合掌村に移築されている)。のちに父親の仕事の都合により福島県に転居。福島県立福島高等学校、東京大学法学部卒業。同級生に白川勝彦、早川忠孝がいる。なお、大学時代に安倍晋三の家庭教師を約2年間務めていた。 1968年、東大法学部を卒業し警察庁に入庁。
那須 清重(なす きよしげ、1945年 <昭和20年> 8月… 那須 清重(なす きよしげ、1945年 <昭和20年> 8月14日 - )は、日本の公安官僚である。チェコスロバキアへの駐在を経て、国際情報官、公安調査局長となり、国際情報統括トップである公安調査庁幹部・調査第二部長となる。KFE JAPANの顧問も務めた。岡山県高梁市出身。 1945年(昭和20年)第二次世界大戦が終戦する前日に、岡山県高梁市で生まれる。1964年(昭和39年)地元の岡山県立高梁高等学校を卒業する。その後、明治大学法学部を経て、明治大学大学院法学研究科へ進学する。卒業論文は、「ケルゼンの「根本規範」とフラーの「法と道徳」との関係」であった。1971年(昭和46年)3月卒業し、博士課程に進学する。
井戸 敏三(いど としぞう、1945年〈昭和20年〉8月10… 井戸 敏三(いど としぞう、1945年〈昭和20年〉8月10日 - )は、日本の自治・総務官僚、政治家。兵庫県知事(第48代-第52代)として兵庫県政史上最多の5期20年の任期を務めた。 5期目の当選を決めた第19回兵庫県知事選挙(平成29年7月2日投開票)では、県下52選挙区のうち、唯一尼崎市選挙区(対立候補である勝谷誠彦の出身地)を除く51の選挙区で最多得票であった。 知事退任後、公益財団法人ひょうご震災記念21世紀研究機構特別顧問。兵庫県副知事(1996年 - 2001年)、関西広域連合連合長(初代)なども歴任した。 兵庫県揖保郡新宮町(現・たつの市)出身の神奈川県横浜市育ち。材木の仲介等をおこなっていた父の仕事の関係で、小学校3年生の時に横浜に転居。
楠木 行雄(くすのき ゆきお、1945年8月6日 -)は、日… 楠木 行雄(くすのき ゆきお、1945年8月6日 -)は、日本の国土交通官僚、経営者。海上保安庁長官を務めた。三重県出身。 1968年に東京大学法学部を卒業し、同年に運輸省に入省。1997年7月に航空局長に就任し、1998年7月から1999年7月までに海上保安庁長官を務めた。1999年10月から日本政策投資銀行理事を務めた。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
沖津武晴(おきつ たけはる、1945年8月5日 - )は日本… 沖津武晴(おきつ たけはる、1945年8月5日 - )は日本の大蔵官僚。 熊本県熊本市出身(父母も熊本県)。熊本県立熊本高等学校から東京大学文科一類に入学。東京大学法学部卒業。1968年 大蔵省入省(国際金融局国際機構課)。入省同期に林正和(日本取引所グループ取締役取締役会議長、日本取引所自主規制法人理事長、財務事務次官、主計局長、大臣官房長、経済企画庁長官官房長)、溝口善兵衛(島根県知事、財務官、国際局長、大臣官房長、大臣官房総務審議官、主計局次長(次席))、尾原栄夫(国税庁長官、主税局長)、田谷廣明(東京税関長)、堀田隆夫(JT副社長、造幣局長、証券取引等監視委員会事務局長、国税庁次長)、村田吉隆(衆議院議員、国家公安委員長兼防災担当大臣、大蔵総括政務次官)らがいる。
佐野 忠克(さの ただかつ、1945年7月10日 - )は、… 佐野 忠克(さの ただかつ、1945年7月10日 - )は、日本の経産官僚、弁護士(第二東京弁護士会)である。鳩山由紀夫内閣で内閣総理大臣秘書官(政務担当)を務めた。
藤村 忠彦(ふじむら ただひこ、1945年7月10日 - )… 藤村 忠彦(ふじむら ただひこ、1945年7月10日 - )は、日本の農水官僚。東京都出身。東京都立新宿高等学校を経て東京農工大学農学部卒業。
中川 浩明(なかがわ ひろあき、1945年7月4日 - )は… 中川 浩明(なかがわ ひろあき、1945年7月4日 - )は日本の自治官僚。埼玉県副知事、国土庁地方振興局長、自治省行政局長、消防庁長官、全国知事会事務総長などを務めた。瑞宝重光章受章。 鳥取県出身。東京大学法学部を卒業し、1968年 自治省入省。 1993年4月 行政局行政課長。1994年7月 自治省大臣官房審議官(行政・共済担当)。1995年5月 自治省大臣官房審議官兼大臣官房付。 同年7月 埼玉県副知事。1998年1月6日 国土庁地方振興局長。1999年8月14日 自治省行政局長。2001年1月6日 消防庁長官。2002年1月8日 退官。 同年3月1日 自治体衛星通信機構理事長(〜2003年10月15日)。
新保 生二(しんぽ せいじ、1945年〈昭和20年〉6月2日… 新保 生二(しんぽ せいじ、1945年〈昭和20年〉6月2日 - 2004年〈平成16年〉10月26日)は、日本の官僚。元経済企画審議官。広島市出身。
橋本 久義(はしもと ひさよし、1945年5月21日 - )… 橋本 久義(はしもと ひさよし、1945年5月21日 - )は、元官僚、工業経済学者、政策研究大学院大学名誉教授。 福井県生まれ。東京都立戸山高等学校卒、1969年東京大学工学部精密機械工学科卒業、通商産業省(現経済産業省)入省、1987年情報産業局鋳鍛造課長、1989年中小企業庁技術課長、1991年立地公害局立地指導課長、1993年工業技術院総括研究開発官、1994年8月埼玉大学教授(政策科学研究科)、1997年10月政策研究大学院大学教授(埼玉大学政策科学研究科が独立)、名誉教授・客員教授。
斎藤 徹郎(さいとう てつろう、1945年(昭和20年)5月… 斎藤 徹郎(さいとう てつろう、1945年(昭和20年)5月11日 - 2001年(平成13年)7月30日)は、日本の大蔵官僚。2001年1月6日の中央省庁再編で無くなった北海道開発庁の最後の事務次官。 農林水産省官僚・斎藤誠の長男。祖父は弁護士の斎藤賞資。祖母すみは練木合資会社社長や粕壁銀行取締役兼支配人などをつとめた練木市左衛門の長女。 東京大学法学部卒業後、大蔵省に入省(主計局法規課)。弘前税務署長。 1986年から主計局主計官兼主計局法規課。各主計官らの編成した予算と法律との関わりを専門的に研究する役割を担った。東京国税局長や関税局長などを経て、2000年に北海道開発事務次官。2001年7月30日にくも膜下出血のために死去。
坂中 英徳(さかなか ひでのり、1945年〈昭和20年〉5月… 坂中 英徳(さかなか ひでのり、1945年〈昭和20年〉5月5日 - 2023年〈令和5年〉10月20日)は、日本の法務官僚。外国人政策研究所設立者。 法務省で34年間入国管理行政に携わり、東京入国管理局長、名古屋入国管理局長、福岡入国管理局長、仙台入国管理局長などを歴任。在日朝鮮人との出会いをきっかけに「50年間で移民1000万人受け入れる」という「移民1000万人計画」を提唱し、移住を推進しないで衰退する「小さな日本」ではなく、移住を推進する「大きな日本」を目指すべきだと主張していた。
水盛 五実(みずもり いずみ、1945年(昭和20年)5月3… 水盛 五実(みずもり いずみ、1945年(昭和20年)5月3日 - )は、日本の官僚。大蔵省印刷局長、オリックス生命保険社長を歴任した。
佐藤 英彦(さとう ひでひこ、1945年4月25日- )は… 佐藤 英彦(さとう ひでひこ、1945年4月25日- )は、日本の警察官僚。第19代警察庁長官を務めた。弁護士 (第一東京弁護士会登録)。 北海道函館市出身。香川県立高松高等学校を経て、東京大学法学部第1類(私法コース)を卒業後、1968年 (昭和43年)、警察庁に入庁。元々は内科医を志望していたが、警察も「社会の医者」であることから、警察に入ったという。 刑事畑が長く、入庁後は高知県警察本部刑事部鑑識課長、栃木県警察本部刑事部捜査第一課長、警視庁本富士警察署長、警視庁警務部教養課長、大阪府警察本部刑事部捜査第二課長、警視庁刑事部捜査第二課長、内閣法制局第二部参事官、警察庁長官官房総務課長、警視庁刑事部長などを歴任。
漆間 巌(うるま いわお、1945年4月19日 - )は、日… 漆間 巌(うるま いわお、1945年4月19日 - )は、日本の警察官僚。警察庁長官、内閣官房副長官などを歴任。「第二の後藤田」との異名を持つ。勲等は旭日大綬章。 警視庁警察官の子として東京で生まれ育ち(本籍は大分県)、兄に同じく警察官僚の漆間英治(中部管区警察局長などを歴任。1958年警察庁入庁)がいる。 都立日比谷高校、東京大学法学部卒業後、1969年に警察庁入庁。入庁同期に、金重凱之、林則清、中田好昭(関東管区警察局長)など。 入庁後10年ほどは刑事畑を歩んでいたが、1980年から1983年まで外務省に出向し在ソ連日本大使館一等書記官を経験して以降は、警備公安畑の主要ポストも経験するようになった。
谷本 正憲(たにもと まさのり、1945年4月16日 - )… 谷本 正憲(たにもと まさのり、1945年4月16日 - )は、日本の自治官僚、政治家。石川県公立大学法人理事長。 石川県知事(公選第13 - 19代)、全国知事会副会長(東海北陸ブロック)などを歴任。 兵庫県西脇市生まれ。兵庫県立西脇高等学校、京都大学法学部卒業。1968年4月、自治省(現総務省)に入省。同期に早川忠孝(元衆議院議員)、西川一誠(元福井県知事)、井戸敏三(元兵庫県知事)らがいる。宮崎市助役、茨城県総務部長、旧自治省公務員第二課長、交付税課長、公営企業第一課長を経て1991年、石川県庁に出向し、中西陽一の下で副知事に就任する。 1994年、中西が任期中に死去したため新生党・公明党・民社党・日本新党・日本社会党の非自民5党推薦で石川県知事選挙に出馬。
雨貝 二郎(あまがい じろう、1945年(昭和20年)4月1… 雨貝 二郎(あまがい じろう、1945年(昭和20年)4月13日 - )は、日本の通産官僚。人事院公平局長。ダイエー会長を歴任。茨城県出身。 経産省官僚から、過剰債務企業の代表格と見られたダイエーに会長として横滑りした。当初は「経産省によるダイエー再建」に当たってきたが、2004年、同社高木邦夫社長の下、UFJ銀行・三井住友銀行・みずほコーポレート銀行の主力三行との話し合いの末、竹中平蔵金融担当大臣下の金融庁による銀行救済のための不良債権減らしの目玉とされ、産業再生機構入りが決定された。 同期に、村田成二(事務次官)、一柳良雄、鴇田勝彦(TOKAI社長、中小企業庁長官)、山田豊(鹿島液化ガス共同備蓄社長、岩谷産業専務、通産研究所次長)、水谷四郎、喜田勝治郎(国際石油開発専務、国土庁官房審議官)など。
渡辺 裕泰(わたなべ ひろやす、1945年(昭和20年)4月… 渡辺 裕泰(わたなべ ひろやす、1945年(昭和20年)4月11日 - )は、日本の大蔵(財務)官僚。国税庁長官を歴任。長島・大野・常松法律事務所顧問。早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授。東京都出身。2015年11月瑞宝重光章受章。
林 正和(はやし まさかず、1945年4月6日 - )は、東… 林 正和(はやし まさかず、1945年4月6日 - )は、東京都世田谷区出身の大蔵(財務)官僚。日本取引所グループ取締役取締役会議長。
鴇田 勝彦(ときた かつひこ、1945年(昭和20年)4月6… 鴇田 勝彦(ときた かつひこ、1945年(昭和20年)4月6日 - )は、日本の官僚、実業家。元中小企業庁長官。株式会社TOKAIホールディングス代表取締役社長CEO、株式会社TOKAI代表取締役会長。埼玉県出身。
金重 凱之(かねしげ よしゆき、1945年〈昭和20年〉4月… 金重 凱之(かねしげ よしゆき、1945年〈昭和20年〉4月5日 - )は、日本の経営コンサルタント、警察官僚。元警察庁警備局長。日本における危機管理の第一人者。 1945年4月5日、熊本県山鹿市生まれ。1964年3月福岡県立小倉高等学校卒業。1969年3月京都大学法学部卒業。1975年6月ジョンズ・ホプキンズ大学SAIS修了、国際関係学修士。 1969年4月、警察庁に入庁。入庁同期に漆間巌、林則清、中田好昭(関東管区警察局長)黒澤正和など。京都府警察本部、大阪府警察本部の課長を経て、警視庁に勤務。教育訓練、警備関連の課長職を経て、1988年3月より警視庁第一方面本部長。その後、人事・監察・制度調査関連の課長・参事官、警備部長、静岡県警察本部長を経て、1997年4月より警察庁長官官房総務審議官(現:総括審議官)。
大石 久和(おおいし ひさかず、1945年(昭和20年)4月… 大石 久和(おおいし ひさかず、1945年(昭和20年)4月2日 - )は、日本の建設官僚。元国土交通省技監。道の駅制度の創設に尽力した。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
小幡 政人(おばた まさと、1945年4月1日 - )は日本… 小幡 政人(おばた まさと、1945年4月1日 - )は日本の元運輸・国土交通官僚。国土交通事務次官、鉄道建設・運輸施設整備支援機構理事長を務めた。茨城県土浦市出身。
河出 英治(かわで えいじ、1945年(昭和20年)3月22… 河出 英治(かわで えいじ、1945年(昭和20年)3月22日 - 2004年(平成16年)8月13日)は、日本の官僚。元内閣府事務次官。従三位瑞宝重光章。岐阜県出身。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
小川 忠男(おがわ ただお、1945年3月19日 - )は… 小川 忠男(おがわ ただお、1945年3月19日 - )は、日本の官僚。都市再生機構理事長を務めた。 富山県滑川市出身。埼玉県立熊谷高等学校を経て、1967年に東京大学法学部を卒業し、同年に建設省に入省。1999年7月に大臣官房長、2001年1月に国土交通審議官を経て、2008年7月に都市再生機構理事長に就任。2012年7月に退任。
入谷盛宣(いりたに もりのぶ、1945年3月19日 - )は… 入谷盛宣(いりたに もりのぶ、1945年3月19日 - )は日本の大蔵官僚。血液型はB型。青森県副知事、国税庁長官官房国税審議官(国際担当)、国際金融公社東京駐在特別代表などを歴任。瑞宝中綬章受章。 東京都世田谷区出身(父母も東京都)。東京都立戸山高等学校から東京大学文科一類に入学。東京大学法学部卒業。東大法学部在学中に国家公務員上級甲種試験(法律)に合格。1967年4月 大蔵省入省(主計局法規課)。1968年6月 国際金融局国際機構課。1969年7月 プリンストン大学留学。1971年7月 主税局国際租税課租税協定係長。1972年7月 飯田税務署長。その後は国際金融局外資課長補佐、環境庁企画調整局企画調整課長補佐、主計局総務課長補佐(企画)などを務める。
山本 孝之(やまもと たかゆき、1945年3月11日 - )… 山本 孝之(やまもと たかゆき、1945年3月11日 - )は日本の大蔵官僚。東京税関長、大臣官房金融検査部長、印刷局長、佐賀共栄銀行代表取締役頭取などを歴任。 京都府京都市出身(父は京都府、母は大阪府)。洛星高等学校、東京大学法学部卒業。1967年4月 大蔵省入省(銀行局総務課)。1972年7月10日 坂出税務署長。1973年7月から横浜市財政局で勤務。本省帰還後は主に主計局で主査(課長補佐)を務める。1990年6月29日 中国財務局長。1991年6月24日 内閣官房内閣審議官(内閣内政審議室)。1993年6月25日 東京税関長。1994年7月1日 大臣官房金融検査部長。1995年5月26日 印刷局長。
尾原 榮夫(おはら しげお、1945年3月8日 - )は、… 尾原 榮夫(おはら しげお、1945年3月8日 - )は、日本の大蔵官僚。国税庁長官を務めた。 山形県出身。1968年に東京大学法学部を卒業し、同年に大蔵省に入省。大臣官房文書課に配属。1972年7月に主計局総務課企画第一係長。1973年7月に左京税務署長。1974年7月に銀行局中小金融課長補佐(信用金庫・信用補完)心得。和歌山県総務部財政課長、主計局主計官補佐(通商産業第一、二係主査)、大臣官房企画官兼大臣官房秘書課、主税局税制第二課長、主税局税制第一課長などを経て、1992年6月26日に主税局総務課長。その後は内閣総理大臣秘書官(事務担当)から1994年4月28日に大臣官房調査企画課長。同年7月1日に大臣官房審議官(主税局担当)。
櫻井 勝(さくらい まさる、1945年3月 - )は、日本の… 櫻井 勝(さくらい まさる、1945年3月 - )は、日本の警察官僚。退官後は、日本電気(NEC)やオープンハウスグループ等の様々な企業の役員を務めている。 千葉県出身。東京大学経済学部卒業。1968年警察庁入庁。 一連のオウム真理教事件では警視庁公安部長として陣頭指揮を取ったが、小杉敏行巡査長の供述を隠蔽したとして更迭され、官房付となった。また井上幸彦警視総監が辞職。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。 この項目は、警察に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています。
松岡 利勝(まつおか としかつ、1945年〈昭和20年〉2月… 松岡 利勝(まつおか としかつ、1945年〈昭和20年〉2月25日 - 2007年〈平成19年〉5月28日)は、日本の農水官僚、政治家。農林水産大臣(第41代)、衆議院議員(6期、自由民主党)を歴任。 戦前・戦中の旧憲法下も含め、日本の内閣制度発足以後では2人目(日本国憲法下では初)の現職閣僚として自殺により死去した人物である。 第二次世界大戦末期の1945年(昭和20年)2月25日、熊本県阿蘇町(現阿蘇市)に貧困にあった農家の長男として誕生した。 父は日中戦争(支那事変)中、満州(現在の中国東北部)で日本軍の憲兵を務めていた。日本に帰国してからは定職を持たず林業ブローカーのような仕事で糊口を凌ぎ、時には飲酒で泥酔して妻(松岡の母親)に手を上げることもあったという(家庭内暴力)。
脇 雅史(わき まさし、1945年〈昭和20年〉2月2日 -… 脇 雅史(わき まさし、1945年〈昭和20年〉2月2日 - )は、日本の建設官僚、政治家。 建設省道路局国道第二課長、同河川局河川計画課課長、同近畿地方建設局長を経て、参議院議員(3期)、自由民主党参議院幹事長、同参議院国会対策委員長、参議院政治倫理審査会会長、参議院選挙制度協議会座長などを歴任した。 1945年2月、東京都杉並区にて生まれた。東京都立西高等学校を経て、東京大学に進学した。東京大学では、工学部の土木工学科に在籍し、土木工学を学んだ。1967年3月、東京大学を卒業した。 東京大学を卒業後、1967年4月に技官として建設省に入省した。建設省の地方支分部局においては、1974年4月より中国地方建設局の太田川工事事務所に赴任した。
金澤 薫(かなざわ かおる、1945年(昭和20年)1月23… 金澤 薫(かなざわ かおる、1945年(昭和20年)1月23日 - )は、日本の総務官僚。元総務事務次官。
荒井 正吾(あらい しょうご、1945年〈昭和20年〉1月1… 荒井 正吾(あらい しょうご、1945年〈昭和20年〉1月18日 - )は、日本の政治家、運輸官僚。勲等は旭日大綬章。 海上保安庁長官(第36代)、参議院議員(1期)、外務大臣政務官(第1次小泉第2次改造内閣・第2次小泉内閣)、参議院文教科学委員長、奈良県知事(公選第17・18・19・20代)を歴任した。 大阪府八尾市に生まれ、奈良県大和郡山市で育つ。自宅は東京都世田谷区にある。奈良女子大学附属高等学校、東京大学法学部卒業。大学在学中に国家公務員採用上級甲種試験(法律)に合格し、1968年に運輸省(現・国土交通省)に入省した。本省勤務の他、OECD日本政府代表部への出向も経験。また、シラキューズ大学マックスウェル行政大学院へ留学し、MPAを取得。