村山 吉広(むらやま よしひろ、1929年12月9日 - )… 村山 吉広(むらやま よしひろ、1929年12月9日 - )は、日本の古典中国文学者、早稲田大学名誉教授。日本詩経学会会長・日本中国学会顧問・斯文会参与。専門は中国古典学(特に詩経学)漢文学、江戸・明治漢学。
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村山 吉広(むらやま よしひろ、1929年12月9日 - )… 村山 吉広(むらやま よしひろ、1929年12月9日 - )は、日本の古典中国文学者、早稲田大学名誉教授。日本詩経学会会長・日本中国学会顧問・斯文会参与。専門は中国古典学(特に詩経学)漢文学、江戸・明治漢学。
鳥越 信(とりごえ しん、1929年12月4日 - 2013… 鳥越 信(とりごえ しん、1929年12月4日 - 2013年2月14日)は、日本の児童文学研究者、児童文学者。
松村 昌家(まつむら まさいえ、1929年11月21日 - … 松村 昌家(まつむら まさいえ、1929年11月21日 - 2019年9月9日)は、日本の英文学者・比較文学者。大手前大学名誉教授。 1953年、大阪外国語大学英語学科卒業、1957年、大阪市立大学大学院文学研究科修士課程修了、1960年、天理大学講師、1965年、同志社大学講師、のち助教授、教授、1972年、神戸女学院大学教授、1985年、甲南大学教授、1996年、大手前大学教授。2007年、退職し名誉教授。 チャールズ・ディケンズなどヴィクトリア朝文学と社会を主として研究。日本比較文学会会員。日本ヴィクトリア朝文化研究学会 の初代会長。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
長橋 芙美子(ながはし ふみこ、1929年11月13日 - … 長橋 芙美子(ながはし ふみこ、1929年11月13日 - 2005年2月20日)は、日本のドイツ文学者である。大阪市立大学名誉教授、日本民主主義文学同盟員、日本ドイツ文学会会員。 1952年(昭和27年)京都大学文学部独文科を卒業する。奈良女子大学講師、同志社大学法学部助教授、大阪市立大学助教授を経て教授、1992年定年退官して名誉教授、立命館大学教授。2000年退職した。 2005年心不全のため大阪府堺市の病院で死去した。満75歳没。
平井 正(ひらい ただし、1929年11月10日 - )は日… 平井 正(ひらい ただし、1929年11月10日 - )は日本のドイツ文学者。元立教大学教授。
蟻 二郎(あり じろう、1929年10月27日 - 1996… 蟻 二郎(あり じろう、1929年10月27日 - 1996年1月1日)は、アメリカ文学者、批評家、太陽社社長。本名・三宅二郎。 兵庫県姫路市出身。東京外国語大学英米科卒業、東京大学英文科大学院修了、群馬大学勤務。1961年、磯田光一、小野二郎、近藤耕人、柘植光彦、中井多津夫らと第16次『新思潮』(晶文社)を創刊、1964年まで続いた。1971年、明治大学専任講師を辞任。 1967年、出版社・太陽社を興し、大学の語学テキストのほか、アメリカ文学や、ヒッピー文化に関する翻訳、自らの著作を刊行する。1979年、神保町で古書店「ワンダーランド」を開いた。 雑誌『新批評』に、英文科教授平井正穂から不当な扱いを受けたとして告発文を発表した。
山崎 庸一郎(やまさき よういちろう、1929年10月21日… 山崎 庸一郎(やまさき よういちろう、1929年10月21日 - 2013年7月21日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。学習院大学名誉教授。 1929年、東京生まれ。旧制学習院を経て、東京大学文学部仏文科で学ぶ。1953年に卒業。 卒業後は学習院大学フランス文学科助手となり、講師、助教授を経て教授に昇進。2000年に学習院大学を定年退職し、名誉教授となった。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
山村 嘉己(やまむら よしみ、1929年10月14日 - )… 山村 嘉己(やまむら よしみ、1929年10月14日 - )は、フランス文学者、関西大学名誉教授。 三重県生まれ。1953年京都大学文学部仏文科卒。1963年佛教大学助教授、1967年関西大学文学部助教授、1976年教授、2000年定年、名誉教授。華頂短期大学学長。
志村 正雄(しむら まさお、1929年9月25日 - 202… 志村 正雄(しむら まさお、1929年9月25日 - 2022年4月24日)は、日本のアメリカ文学者。東京外国語大学名誉教授、鶴見大学名誉教授。 20世紀アメリカ文学専攻で、トマス・ピンチョン、ジョン・バースなどを研究、翻訳した。 東京府豊多摩郡渋谷町(現在の渋谷区広尾)生まれ。評論家のマークス寿子は実妹。 1953年に東京外国語大学外国語学部英米語学科を卒業。1962年ニューヨーク大学大学院英米科修士課程修了。1961年コロンビア大学助手、1962年インディアナ大学専任講師、1964年コロンビア大学兼任講師、1967年鶴見女子大学助教授、1970年横浜市立大学助教授、1972年東京外国語大学助教授、1974年教授、1993年定年退官、名誉教授、鶴見大学教授、2000年退職、名誉教授。
北垣 宗治(きたがき むねはる、1929年9月24日 - 2… 北垣 宗治(きたがき むねはる、1929年9月24日 - 2024年3月28日)は、英文学者。同志社大学名誉教授。 1929年、兵庫県城崎郡香住町(現美方郡香美町)出身。1982年、同志社大学文学部英文科卒、同大学院博士課程満期退学、1954年、文学修士(同志社)。1957年、B.Phil.(英国セントアンドルーズ大学)アーモスト大学に半年間学ぶ。ハーヴァード大学で数次にわたり在外研究を行う。1981年「十七世紀英国における翻訳の原理と諸問題」で文学博士。同志社大学文学部教授。1990年定年退職、名誉教授、1991年、新潟県で設立された敬和学園大学初代学長、2003年退任。 クリスチャンで、日本基督教団京都教会に所属していた。
小林 路易(こばやし るい、1929年9月13日 - 200… 小林 路易(こばやし るい、1929年9月13日 - 2002年3月3日)は、日本のフランス文学者・比較文学研究者。早稲田大学名誉教授。東京府(現杉並区)生まれ。1951年早稲田大学文学部仏文科卒、1956年同大学院修了、パリ大学に学び、1964年早大文学部助教授、1969年教授、1979年第二文学部長、1982年第一文学部長、2000年定年退任、名誉教授。フランス政府から教育功労章(Ordre des Palmes académiques)を受ける。
渡辺 広士(わたなべ ひろし、1929年9月5日 - )は、… 渡辺 広士(わたなべ ひろし、1929年9月5日 - )は、日本の文芸評論家、フランス文学者、翻訳家。 広島県生まれ。東京大学仏文科卒業。1965年「三島由紀夫と大江健三郎」で群像新人文学賞受賞、雑誌『審美』に参加。1968年法政大学助教授、のち教授を2000年まで務めた。 ロートレアモンなどを研究、翻訳し、戦後文学を論じた。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
藤井 隆(ふじい たかし、1929年9月4日 - 2020年… 藤井 隆(ふじい たかし、1929年9月4日 - 2020年7月17日)は、日本の国文学者、書誌研究者。名古屋市立大学名誉教授。 東京府羽田町に生まれる。1953年に名古屋大学文学部国文科を卒業。 愛知大学副手、助手、講師、帝塚山短期大学助教授、教授、名古屋市立大学教養部助教授、教授。1995年に定年退官、名誉教授。1998年より2005年まで豊橋市美術博物館館長を務める。 1993年、豊橋市文化振興賞を受賞。 藤井の学問は、およそ次の4つに分けて考えることができる。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
出口 保夫(でぐち やすお、1929年8月26日 - 201… 出口 保夫(でぐち やすお、1929年8月26日 - 2019年8月2日)は、日本の英文学者、英国文化研究家、翻訳家。早稲田大学名誉教授。 三重県松阪市生まれ。1953年早稲田大学教育学部英語英文科卒業、同副手。1955年早稲田大学大学院修了。1963年早大教育学部講師、1966年助教授、1971年教授、2000年に退職後、名誉教授。2009年春、瑞宝中綬章受勲。 1963年、大英博物館研究員として渡英。その後も、オックスフォード大学キャンピオン・ホール(Campion Hall)上級客員教授などとして、たびたびイギリスに滞在する。 ジョン・キーツをはじめとするイギリス・ロマン派についての研究業績や、『キーツ全詩集』などの訳業も多い。
羽矢 謙一(はや けんいち、1929年8月22日 - 202… 羽矢 謙一(はや けんいち、1929年8月22日 - 2021年10月6日)は、日本の英文学者。明治大学名誉教授。 熊本市生まれ。東京大学英文科卒。同大学院を経て、青山学院大学助教授、明治大学文学部教授、2000年に定年し名誉教授。 D・H・ロレンスを専門とし、伊藤整が裁判で敗訴し、削除版のままになっていた『チャタレイ夫人の恋人』の完訳を1973年に刊行した。
中西 進(なかにし すすむ、1929年〈昭和4年〉8月21日… 中西 進(なかにし すすむ、1929年〈昭和4年〉8月21日 - )は、日本の教育者・文学者(日本文学・比較文学)。学位は、文学博士(東京大学・論文博士・1962年)。国際日本文化研究センター名誉教授、大阪女子大学名誉教授、京都市立芸術大学名誉教授、奈良県立万葉文化館名誉館長。文化功労者。文化勲章受章。 東京学芸大学附属高等学校教諭、成城大学文芸学部教授、筑波大学歴史人類学系教授、国際日本文化研究センター教授、帝塚山学院大学教授、帝塚山学院大学国際理解研究所所長、大阪女子大学学長、日本学術会議会員、学校法人帝塚山学院理事長、京都市立芸術大学学長、池坊短期大学学長、奈良県立万葉文化館館長、高志の国文学館館長などを歴任した。
小野 二郎(おの じろう、1929年8月18日 - 1982… 小野 二郎(おの じろう、1929年8月18日 - 1982年4月26日)は、日本の英文学者、思想家。 1929年、東京府高円寺で生まれた。1947年、東京府立第六中学校(現東京都立新宿高等学校)を卒業。東京大学教養学部教養学科イギリス科で学び、1955年に卒業。同大学院比較文学比較文化に進み、1958年に修士課程を修了した。 卒業後は出版社の弘文堂に勤務し、谷川雁の評論集「原点が存在する」や「現代芸術論叢書」シリーズを企画し、師の島田謹二『ロシヤにおける広瀬武夫』や、澁澤龍彦『サド復活』、篠田一士『邯鄲にて』等多くを刊行した。 1960年、中村勝哉と共に晶文社を設立し、のち編集顧問。弘文堂を退職し、東海大学専任講師となった。
安西 廸夫(あんざい みちお、1929年〈昭和4年〉8月9日… 安西 廸夫(あんざい みちお、1929年〈昭和4年〉8月9日 - 1999年〈平成11年〉5月14日)は、日本の国文学者・国語教育学者。位階は正五位。 静岡県沼津市出身。1953年東京文理科大学国文科卒。東京都立高校教諭、東京成徳短期大学教授、上越教育大学教授、上越教育大学附属小学校長、上越教育大学附属図書館長、1995年定年退官、名誉教授、十文字学園女子大学教授。1999年、脳内出血のため死去。死没日付をもって正五位に叙された。
内藤 茂(ないとう しげる、1929年8月5日 ‐ 2005… 内藤 茂(ないとう しげる、1929年8月5日 ‐ 2005年5月15日)は、日本の在野の日本語学者・日本文学者。八丈方言・和歌を専門とする。
岡 三郎(おか さぶろう、1929年7月28日 - 2020… 岡 三郎(おか さぶろう、1929年7月28日 - 2020年8月2日)は、英文学・比較文学者、青山学院大学名誉教授。 埼玉県生まれ。1954年青山学院大学大学院文学研究科修士課程修了。青山学院大学文学部助教授、教授、88年「夏目漱石研究」で青山学院大学文学博士。2000年定年退任。94-95年日本中世英語英文学会会長。中世英文学、近代ロマン派などを専攻、ほか中世イタリア文学も翻訳する。 妻は英語史学者の岡富美子(青山学院大学名誉教授、1930-2017)。 2020年8月2日午後6時、消化器不全のため群馬県藤岡市の病院で死去。91歳没。
高松 雄一(たかまつ ゆういち、1929年7月25日 - 2… 高松 雄一(たかまつ ゆういち、1929年7月25日 - 2017年8月19日)は、日本の英文学者、翻訳家。東京大学名誉教授。 北海道室蘭市生まれ。東京大学文学部卒業、東京大学大学院博士課程中退、國學院大學助教授、1963年北海道大学助教授、1969年東京大学文学部英文科助教授、1977年教授、1990年定年退官、名誉教授、駒澤大学教授を務めた。1985年-1988年日本英文学会会長を務めた。 ロレンス・ダレルの4部作「アレクサンドリア四重奏」の他に、ジョイス『ダブリンの市民』、友人2名との共訳による『ユリシーズ』の翻訳が著名。 初の単著『イギリス近代詩法』(研究社、2001年)で第54回読売文学賞研究・翻訳賞。
古川 麒一郎(ふるかわ きいちろう、1929年7月22日 -… 古川 麒一郎(ふるかわ きいちろう、1929年7月22日 -2016年6月29日)は、日本の天文学者。理学博士(1969年)。東京大学東京天文台助教授、国立天文台助教授を歴任。専門は、位置天文学・天体力学・測地学。 大阪府出身。大阪府立住吉中学校(現・大阪府立住吉高等学校)在学中からアマチュア天文家として活動。アマチュア天文家としては戦時中の1944年に福岡市を本拠地とする筑紫天文同交会に入会し、主に変光星の観測を行った。筑紫天文同交会が1947年3月に解散してからは変光星の観測結果をアメリカ変光星観測者協会や日本天文研究会に報告していた。 1953年浪速大学(現・大阪府立大学)工学部工業化学科を卒業したが、プロの天文学者を志し京都大学大学院理学研究科宇宙物理学専攻に進学、上田穣に師事した。
栗田 勇(くりた いさむ、1929年7月18日 - 2023… 栗田 勇(くりた いさむ、1929年7月18日 - 2023年5月5日)は、日本のフランス文学者、美術評論家、作家、翻訳家。駒沢女子大学日本文化研究所名誉所長。 フランス象徴主義の詩人・ロートレアモン伯爵の作品を日本で初めて全訳し、レフ・トロツキーの翻訳も行った。また詩人でもあり、戯曲も書いた。多彩な創作、評論活動を展開し、仏教、寺院建築、美術等に関する日本文化論の著書を多く発表した。 東京生まれ、満洲出身。父は栗田健男。 1947年、東京府立第六中学校(現東京都立新宿高等学校)卒業。1953年、東京大学文学部仏文科卒業。1955年、同大学院修士課程修了。1960年より文筆活動に入る。 1962年、松田政男、山口健二、川仁宏らが企画した自立学校で、谷川雁、吉本隆明、埴谷雄高、黒田寛一、森秀人らとともに、講師をつとめる。
鈴木 建三(すずき けんぞう、1929年7月11日 - 20… 鈴木 建三(すずき けんぞう、1929年7月11日 - 2015年7月2日)は、イギリス文学者。 1954年東京大学英文科卒。旧・東京都立大学教授を務め、1992年定年退任後は、青山学院大学教授。イギリス文学ではジョゼフ・コンラッドを主として研究。多くの20世紀英米小説を訳した。児童文学は木庭 茂夫(こば しげお)で訳した。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
谷口 幸男(たにぐち ゆきお、1929年7月 - )は、日本… 谷口 幸男(たにぐち ゆきお、1929年7月 - )は、日本の文学者、文学研究者、民俗学者、翻訳家。専門はドイツ文学および北欧文学。
谷沢 永一(たにざわ えいいち、谷澤 永一とも、1929年6… 谷沢 永一(たにざわ えいいち、谷澤 永一とも、1929年6月27日 - 2011年3月8日)は、日本の国文学者、文芸評論家、書誌学者。専門は書誌学、日本近代文学。関西大学名誉教授。 大阪府大阪市出身。大阪市立大江小学校、旧制大阪府立天王寺中学校(現在の大阪府立天王寺高等学校)を経て、1947年関西大学予科に入学。1952年関西大学文学部国文学科卒業。1955年関西大学文学部助手、1957年関西大学大学院文学研究科博士課程単位取得。1959年同大学文学部専任講師、1962年同助教授、1968年同教授。1972年「日本近代文学評論史研究」で関西大学より文学博士の学位を取得。 1980年、書評コラムを集めた『完本 紙つぶて』でサントリー学芸賞を受賞。
菱川 善夫(ひしかわ よしお、1929年6月3日 - 200… 菱川 善夫(ひしかわ よしお、1929年6月3日 - 2007年12月15日)は、日本の歌人・文芸評論家・国文学者。北海学園大学名誉教授。戦後の前衛短歌運動を批評の立場から推し進めた。 北海道小樽市出身。旧制小樽中学(現北海道小樽潮陵高等学校)、1953年北海道大学文学部国文学科卒業、1958年同大学院文学研究科博士課程満期退学。1957年北海道苫小牧西高等学校教諭。1959年北海道札幌西高等学校教諭、1962年旭川工業高等専門学校助教授、1969年北海道工業大学助教授。1972年同教授、1977年北海学園大学教養部教授。1993年同人文学部教授。北海学園大学教養部長や、同学生部長、同附属図書館長、同人文学部長・大学院文学研究科長を歴任。
加藤 恭子(かとう きょうこ、1929年5月26日 - )は… 加藤 恭子(かとう きょうこ、1929年5月26日 - )は、日本の中世フランス文学者、エッセイスト。 旧姓・藤井。夫は加藤淑裕(よしひろ、1924-1988、発生生物学者、三菱化成生命科学研究所)、娘は『アメリカへ行った僚子』で知られる教育学者・東大教授の恒吉僚子。 東京生まれ。日本女子大学付属高女を経て同大国文科を中退し、1950年に早稲田大学文学部仏文科入学、1953年卒業。 夫ともに渡米し、1957年ワシントン大学大学院修士課程修了。1965年早稲田大学大学院仏文科博士課程満期退学。ワシントン大学研究助手、1965-72年マサチューセッツ大学特別研究員。 1973年上智大学講師、1995年同大学コミュニティ・カレッジ講師。
野口 元大(のぐち もとひろ、1929年5月26日 - 20… 野口 元大(のぐち もとひろ、1929年5月26日 - 2016年12月2日)は、日本の国文学者。学位は、文学博士(東京大学・論文博士・1992年)。上智大学名誉教授。 長野県小諸市生まれ。埼玉県児玉郡神泉村育ち。旧制松本第二中学校(現長野県松本県ヶ丘高等学校)、旧制松本高等学校文科を経て、1953年東京大学文学部国文学科卒、1958年同大学院国文学専攻修了。 都立高校教諭を経て、1960年熊本大学法文学部助教授、1966年文部省教科書調査官、1974年茨城大学人文学部教授、1977年文部省主任教科書調査官、1982年上智大学文学部教授、1992年「夜の寝覚研究」で東大文学博士。この間、文部省にて主任教科書調査官を務める。
池田 健太郎(いけだ けんたろう、1929年5月19日 - … 池田 健太郎(いけだ けんたろう、1929年5月19日 - 1979年11月7日)は、日本のロシア文学者。 愛知県生まれ。本名・豊。陸軍幼年学校、旧制第一高等学校を経て東京大学仏文科卒業、同大学院比較文学比較文化専攻修士課程修了。立教大学講師、東大助教授を務めたが、1969年大学紛争により退職、書籍編集局次長扱いで中央公論社に入るが翌年退職。1975年『プーシキン伝』により第26回読売文学賞評論・伝記賞受賞、1979年『「かもめ」評釈』により第29回芸術選奨新人賞を受賞した。 1979年11月7日未明1時、心臓発作のために東京都三鷹市の自宅にて急逝した。『「桜の園」評釈』『チェーホフ学入門』(仮題)の両著作に取り組んでいる最中のことであった。
野村 精一(のむら せいいち、1929年5月18日-2017… 野村 精一(のむら せいいち、1929年5月18日-2017年4月24日)は、日本の国文学者。専門は日本文学。実践女子大学名誉教授。 東京出身。東京大学文学部国文科・同大学院修士課程修了後、地方公務員の教員として都立高校教諭を経て、山梨大学教授の後、1986年実践女子大学教授となる。2000年定年となり、名誉教授。『源氏物語』など中古文芸を研究した。
一海 知義(いっかい ともよし、1929年5月15日 - 2… 一海 知義(いっかい ともよし、1929年5月15日 - 2015年11月15日)は、日本の中国文学者、神戸大学名誉教授、河上肇研究で著名。 奈良県奈良市生まれ。1953年京都大学文学部卒、吉川幸次郎の門下生の一人、同じ吉川門下の筧久美子・筧文生夫妻とは友人で共著も多い。 神戸大学教授を務め、1993年に定年後は神戸学院大学教授、2000年退職。古典漢文のみでなく、近世・近代日本の漢詩文の校訂も行い、特に河上については著作多数。2007年『正伝 後藤新平』校訂で毎日出版文化賞特別賞受賞。2015年11月15日午前11時50分、急性心不全のため神戸市の自宅で死去。86歳没。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。
大曽根 章介(おおそね しょうすけ、1929年5月8日 - … 大曽根 章介(おおそね しょうすけ、1929年5月8日 - 1993年8月26日)は、日本文学者、漢文学者。 東京大学文学部国文学科卒業。1971年、文学博士。東京大学助手、共立女子短期大学教授を経て中央大学教授。 平安文学、特に漢文学が専門。1989年より刊行された新日本古典文学大系の編集委員をつとめたが、1993年に急死した。64歳没 。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJ作家)。
浅田 寛厚(あさだ ひろあつ、1929年5月6日 - 201… 浅田 寛厚(あさだ ひろあつ、1929年5月6日 - 2012年1月30日)は、日本の英文学者、青山学院大学名誉教授。専門は現代米国演劇。 横浜市に生まれる。1947年福岡県中学修猷館を経て、 青山学院大学文学部英米文学科に進み、1954年同大学院修士課程修了。立正大学大学院博士課程修了。 金城学院大学、関東学院大学助教授、青山学院女子短期大学助教授を経て、1972年青山学院大学文学部英米文学科助教授となり、1974年同教授に就任。1975年から1976年までエディンバラ大学客員教授を務め、英米の演劇を研究した。 2000年4月より2005年4月まで青山学院大学英米文学科同窓会会長を務めた。
武田 勝彦(たけだ かつひこ、1929年5月4日 - 201… 武田 勝彦(たけだ かつひこ、1929年5月4日 - 2016年11月25日)は、日本の英文学者・文芸評論家。 東京小石川出身。早稲田大学名誉教授。上智大学卒業、上智大学大学院修士課程修了。本名、武田春樹。 慶應義塾大学講師、トロント大学、ハワイ大学客員教授を経て早稲田大学政治経済学部助教授に就任。のちに教授。インディアナ大学、ヴァンダービルト大学、ブラウン大学客員教授も務める。 本来の専攻は英文学で、英語学習の著作、サリンジャーの翻訳、研究もあるが、日本文学についても多く論じ、また日本文学の英語圏での受容についても研究、川端康成、立原正秋に関心が深い。『富士ふたつ』は、北米移民についての実録小説であり、ジャーナリスト的な視点から数多くの著作がある。
平岡 篤頼(ひらおか とくよし、1929年5月2日 - 20… 平岡 篤頼(ひらおか とくよし、1929年5月2日 - 2005年5月18日)は、日本の仏文学者・文芸評論家・作家。早稲田大学名誉教授。 1929年(昭和4年)大阪市生まれ。1952年(昭和27年)早稲田大学文学部仏文科卒業。1961年(昭和36年)大学院文学研究科仏文学専攻博士課程満期退学。1957年から1960年パリ大学に学び、1962年(昭和37年)早稲田大学文学部講師、1965年(昭和40年)助教授、1970年(昭和45年)教授、2000年(平成12年)定年、名誉教授。 アラン・ロブ=グリエ、クロード・シモン、マルグリット・デュラス等、ヌーヴォー・ロマンの翻訳で知られているが、バルザックやメリメ等も翻訳し、小説も書くなど、幅広い活動をおこなった。
鈴木 道彦(すずき みちひこ、1929年4月26日 - 20… 鈴木 道彦(すずき みちひこ、1929年4月26日 - 2024年11月11日)は、日本のフランス文学者。獨協大学名誉教授。金嬉老「特別弁護団」のひとり。鈴木信太郎 (フランス文学者)の子。 1929年、フランス文学者の鈴木信太郎の子として東京で生まれた。東京大学文学部仏文科で学び、1953年に卒業。同大学大学院へ進学。 卒業後は、一橋大学助教授となり、後に教授昇格。その後獨協大学教授。プルースト『失われた時を求めて』の完訳に取り組み、1992年に抄訳を刊行したところ評判を呼んだ。後に完訳版は1996年から2001年にかけて集英社より刊行した。完訳としては、井上究一郎に続く2人目の個人完訳であった。
阿蘇 瑞枝(あそ みずえ、1929年4月24日 - 2016… 阿蘇 瑞枝(あそ みずえ、1929年4月24日 - 2016年5月21日)は、日本の国文学者、万葉学者。 鹿児島県出身。日本統治時代の朝鮮の全州で生まれ、終戦後に鹿児島県に引き揚げ。鹿児島県立串木野高等学校を経て、鹿児島大学文理学部文学科卒業。国語教師を経て東京大学大学院に入学し、同博士課程修了。1972年「柿本人麻呂の研究」で文学博士の学位を取得。山梨英和短期大学教授、共立女子大学文芸学部教授を経て、1991年日本女子大学文学部教授、1998年昭和女子大学特任教授。
中村 啓信(なかむら ひろとし、1929年(昭和4年)4月2… 中村 啓信(なかむら ひろとし、1929年(昭和4年)4月23日 - )は、日本の日本文学者。國學院大學名誉教授。 1929年、山梨県甲府市山宮町で生まれた。山梨県立甲府第一高等学校を卒業し、國學院大學文学部国文科に進学。1953年に卒業し、同大学大学院に進んだ。1957年、博士課程を満期退学。 その後、國學院大學日本文化研究所研究員。1976年、同大学文学部教授に就き、日本文化研究所教授を兼ねた。1989年古事記学会代表理事に就任。また同年に日本学術会議推薦人となった。1993年、学位論文『荷田春満書入古事記とその研究』を國學院大学に提出して文学博士の学位を取得。2000年に國學院大學を定年退任し、名誉教授となった。
稲岡 耕二(いなおか こうじ、1929年4月12日 - )は… 稲岡 耕二(いなおか こうじ、1929年4月12日 - )は、日本文学者(万葉学者)。古代文学専攻。東京大学名誉教授。
若林 真(わかばやし しん、1929年4月3日 - 2000… 若林 真(わかばやし しん、1929年4月3日 - 2000年3月14日)は、日本のフランス文学者・作家・翻訳家・批評家。慶應義塾大学名誉教授。 新潟県佐渡郡生まれ。1948年、慶應義塾大学文学部予科に入学。1949年、新制の慶應義塾大学文学部に入学。翌年、仏文学専攻に進学。同窓に山川方夫、田久保英夫がおり、親しく交流した。在学中は小説を執筆したり、『三田文学』で批評を行ったりした。1953年、慶應義塾大学文学部仏文学専攻を卒業。1956年、慶應義塾大学文学研究科仏文学専攻修士課程修了。1959年、同大学院博士課程満期退学、慶應義塾大学文学部助手。1961年同専任講師、1965年同助教授、1970年同教授。
川崎 寿彦(かわさき としひこ、1929年3月30日 - 1… 川崎 寿彦(かわさき としひこ、1929年3月30日 - 1989年4月18日)は、日本の英文学者。名古屋大学文学部教授。 1929年、東京生まれ。静岡高校を経て、1953年、京都大学文学部に進学。同大学を卒業して渡米し、ウィスコンシン大学大学院を修了。 名古屋大学文学部教授を務め、1989年に在職中に死去。 当初は17~18世紀英国の詩を専門としたが、後に庭園など文化史において業績を上げた。中でも、『庭のイングランド』が話題となった。著作多数あり、没後も遺稿が刊行された。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。
片山 正樹(かたやま まさき、1929年3月28日 - 20… 片山 正樹(かたやま まさき、1929年3月28日 - 2017年3月6日)は、日本のフランス文学者、翻訳家。関西学院大学名誉教授。 大阪府生まれ。1952年京都大学文学部仏文科卒業、1955年同大学院博士課程中退。1957年関西学院大学文学部仏文科講師、1961年助教授、1969年教授。1997年定年退任、名誉教授。バタイユ、セリーヌなどの翻訳を行った。また、多田智満子や矢川澄子、澁澤龍彦、生田耕作らとともに『未定』誌の同人だった。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。
斎藤 勇(さいとう いさむ、1929年3月25日 - )は、… 斎藤 勇(さいとう いさむ、1929年3月25日 - )は、英文学者。同志社大学名誉教授。滋賀県生まれ。 1950年同志社大学英文科卒、1952年助手、1955年専任講師、1964年助教授、1966年教授。1964年ウィリアム・ラングランドの『農夫ピアズの幻』の研究(「農夫ピヤス」における赦免状破棄の場の研究)により同志社大文学博士。1971年から1972年までケンブリッジ大学で中世英文学を学ぶ。日本中世英語英文学会会長を務めた。1999年定年退任、名誉教授。2010年秋瑞宝中綬章受章。 年長の英文学者、斎藤勇(たけし)と同名であるため、しばしば間違われたらしいが、今なお著作などで混同されることが少なくない。
藤井 繁(ふじい しげし、1929年3月25日 - )は、英… 藤井 繁(ふじい しげし、1929年3月25日 - )は、英文学者、聖徳大学名誉教授。 宮城県栗原郡築館町生まれ。日本大学文理学部英文科卒、同助教授、教授。93年「トマス・ハーディの叙事詩劇The Dynastsの研究」で日本大学文学博士。1990年聖徳大学教授・人文学部長、同名誉教授。筆名・白鳥繁。
渡瀬 昌忠(わたせ まさただ、1929年3月24日 - 20… 渡瀬 昌忠(わたせ まさただ、1929年3月24日 - 2017年1月14日)は、日本の国文学者。文学博士(國學院大学・論文博士・1977年)。元大東文化大学教授。上代文学、『万葉集』が専門。 兵庫県生まれ。大東文化学院国語国漢科、國學院大學文学部国文科卒、1977年「柿本人麻呂研究 歌集非略体歌論」で國學院大学より文学博士の学位を取得。兵庫県立尼崎北高等学校、埼玉県立戸田高等学校などの教諭を経て、大東文化大学専任講師、助教授を経ずに教授。1987年実践女子大学教授。99年定年。講談社取締役・渡瀬昌彦とノンフィクション作家・渡瀬夏彦の父。旧制中学時代の同級生に河合隼雄がいる。
村松 剛(むらまつ たけし、1929年3月23日 - 199… 村松 剛(むらまつ たけし、1929年3月23日 - 1994年5月17日)は日本の評論家、フランス文学者。筑波大学名誉教授。立教大学、京都産業大学、筑波大学、杏林大学の各教授を歴任。
大谷 暢順(おおたに ちょうじゅん、1929年3月19日 -… 大谷 暢順(おおたに ちょうじゅん、1929年3月19日 - )は、浄土真宗僧侶、浄土真宗大谷本願寺派本山本願寺第25世法主留守職、フランス文学者。一般財団法人本願寺文化興隆財団理事長。明仁上皇の従兄弟。長男に大谷光輪。蓮如・ジャンヌ・ダルクの研究者。日仏での著書多数。 1929年東本願寺法主・大谷光暢の次男として京都に生まれる。 1952年東京大学印度哲学梵文学科卒、同大学院仏文科修了。 1955年パリー大学文学部入学。 1967年ソルボンヌ高等学院卒業。 1986年パリー第七大学文学博士号取得。 1988年フランスより、パルム・アカデミック勲章叙勲。 1996年に長男・次男とともに大谷派を離脱、本願寺法主・留守職となる。
直野 敦(なおの あつし、1929年3月18日 - )は、日… 直野 敦(なおの あつし、1929年3月18日 - )は、日本の翻訳家・東欧・ロシア文学者。東京大学教養学部名誉教授。 大分県大分市生まれ。1954年東京大学文学部仏文科卒、1957年一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。金子幸彦ゼミ出身。1958年からルーマニア・ブカレスト大学に学び、1963年同文学部卒業。1965年同大学院修士課程修了、帰国。翻訳を幾つか出し、1969年東京大学教養学部専任講師、1971年11月助教授、1976年12月教授、1989年定年退官し名誉教授、文化女子大学教授、1990年文学部長。2004年退職。 主としてルーマニア語、ルーマニア文学の教育、翻訳を行なった。かつては社会主義思想を信奉していたが、後年は、宗教学者ミルチャ・エリアーデが、初期に書いた小説作品の翻訳で知られる。
村上 光彦(むらかみ みつひこ、1929年3月14日 - 2… 村上 光彦(むらかみ みつひこ、1929年3月14日 - 2014年5月22日)は、日本のフランス文学者、成蹊大学名誉教授。 長崎県佐世保生まれ。1953年に東京大学文学部仏文学科卒業。東京学芸大学教員を経て1965年より成蹊大学助教授・教授、1997年に定年により名誉教授。 フランス文学作品に加え、第二次世界大戦関連、ノーベル平和賞作家となったエリ・ヴィーゼル、ロナルド・D・レインなどのほか英語圏文学も翻訳し、大佛次郎研究など多彩な活動を行った。『大佛次郎セレクション』(未知谷、全18冊)を編み、大佛次郎研究会会長も務めた。 2014年5月22日、呼吸不全のため死去。85歳没。 この項目は、文人(小説家・詩人・歌人・俳人・著作家・作詞家・脚本家・作家・劇作家・放送作家・随筆家/コラムニスト・文芸評論家)に関連した書きかけの項目です。