酒井 明(さかい あきら、1944年 - )は、日本の法務官… 酒井 明(さかい あきら、1944年 - )は、日本の法務官僚、入国審査官、危機管理研究者。東日本入国管理センター所長、法務省広島入国管理局長等を経て、千葉科学大学危機管理学部教授、日本危機管理学会特別顧問、東京福祉大学・大学院特任教授。ハーバード大学法学修士。 千葉県生まれ。1969年東京大学教育学部卒業。1973年一橋大学大学院法学研究科修士課程修了、法学修士。指導教官は杉原泰雄。1978年、ハーバード大学ハーバード・ロー・スクール修士課程修了、LL.M.。法務省に入省し、東日本入国管理センター所長、高松入国管理局長、仙台入国管理局長、広島入国管理局長を経て、2005年、千葉科学大学危機管理学部危機管理システム学科教授に就任。
澤井 安勇(さわい やすお、1944年 <昭和19年> - … 澤井 安勇(さわい やすお、1944年 <昭和19年> - )は、日本の自治官僚、地方公務員。鹿児島県総務部長、岡山県副知事、消防庁次長を歴任。瑞宝中綬章受章。 東京大学工学部卒業、工学博士号取得。1985年4月 郡山芳春の後任として鹿児島県総務部長、1989年 (平成元年) 4月 自治省に帰任し大臣官房付、同年7月 財務局調整室長、1990年4月 船橋市助役、1992年4月 自治省に帰任、同年7月 大臣官房企画室長、1994年4月 岡山県副知事、1997年4月 篠田伸夫の後任として消防庁次長。1998年3月 退官。 同年7月 財団法人地域創造常務理事。公益財団法人日本防炎協会理事長。
本田 浩次(ほんだ こうじ、1944年(昭和19年) - )… 本田 浩次(ほんだ こうじ、1944年(昭和19年) - )は、日本の農林水産官僚。元農林水産省畜産局長。埼玉県上尾市出身。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
山川 一陽(やまかわ かずひろ、1944年 - 2023年1… 山川 一陽(やまかわ かずひろ、1944年 - 2023年1月)は、日本の検察官、法務官僚、弁護士、法学者。専門は民法。日本大学名誉教授。 埼玉県出身。埼玉県立川越高等学校を経て、1968年日本大学法学部法律学科卒。最高裁判所司法研修所司法修習生。 1971年東京地検検事。広島地方検察庁検事を経て、1977年法務省民事局付検事、法制審議会幹事、1981年東京地検検事を歴任後、1983年に退官し弁護士登録。同年、日本大学法学部民法講座助教授。99年教授。2003年日本大学法学部法学研究所所長。2004年日本大学大学院法務研究科教授。2011年太陽誘電株式会社監査役。2015年日本大学名誉教授。 実務に精通した学者として著名。
久山 慎一(くやま しんいち、1944年 ー )は、日本の総… 久山 慎一(くやま しんいち、1944年 ー )は、日本の総務官僚、外交官。 総務省総務審議官、駐ウルグアイ特命全権大使を歴任した。 趣味はインラインスケート、スキューバーダイビング、小型船舶の操縦、アマチュア無線、そば打ちなど多彩。おかやま財界(2004年3月5日号)の『ふるさとメール』の中で、「趣味に打ち込んでいる最中、ふと仕事上の問題解決につながるヒントがひらめく。うまくいかない時の気分転換にもなる。自分の世界を持つことは大切。……子どものころの魚捕りや父と歩いた操山などの原体験が今につながっている」と語っている。
中須 勇雄(なかす いさお、1944年 - 2025年8月1… 中須 勇雄(なかす いさお、1944年 - 2025年8月13日)は、日本の農水官僚。水産庁長官、林野庁長官。 東京都立大学法学部を卒業し、1967年農林省に入省する。課長補佐を経て、1984年課長となる。各課課長を経て、1992年審議官。畜産局長等を経て、水産庁長官から林野庁長官を歴任し、2001年退官。その後大日本水産会会長や日本食肉協議会会長を歴任。
若林 勝三(わかばやし しょうぞう、1943年(昭和18年)… 若林 勝三(わかばやし しょうぞう、1943年(昭和18年)11月23日 - )は、日本の官僚。元沖縄開発事務次官。日本地震再保険会長。大阪府出身。
中野 正孝(なかの まさたか、1943年11月21日 - 2… 中野 正孝(なかの まさたか、1943年11月21日 - 2023年4月17日)は日本の通産官僚。元生活産業局長。誤嚥性肺炎により他界。 北海道札幌南高等学校、東京大学教養学部卒業後通産省入省。産業政策局総務課長補佐などを経て、1979年工業技術院総務課法令審査委員。1980年資源エネルギー庁総務課法令審査委員。1984年機械情報産業局情報処理振興課長となりその後各課課長を歴任する。情報処理振興課長や電子政策課長として第五世代コンピューター計画やソフトウェア開発の国家プロジェクト「シグマ計画」の立ち上げに携わる。1991年官房三課長の大臣官房総務課長となる。国際経済部長だった1993年には通産省の人事抗争をめぐる通産省4人組事件に名前が挙がる。
井出 亜夫(いで つぎお、1943年(昭和18年)11月20… 井出 亜夫(いで つぎお、1943年(昭和18年)11月20日 - )は、日本の通産官僚。経済企画庁国民生活局長、経済企画審議官などを歴任。長野県出身。
佐藤 謙(さとう けん、1943年11月17日 - )は、日… 佐藤 謙(さとう けん、1943年11月17日 - )は、日本の大蔵・防衛官僚。第24代防衛事務次官。公益財団法人日本国際フォーラム評議員、日本テレビホールディングス株式会社・日本テレビ放送網株式会社社外取締役。一般社団法人市ヶ谷論壇会長。 東京都立両国高等学校を経て、1966年東京大学法学部卒業。同年、大蔵省入省。同期に中山恭子、武藤敏郎、中島義雄、長野庬士(証券局長)、松川隆志(北海道開発事務次官)など。元自治庁次官、読売新聞社会長・小林與三次の娘婿。 防衛事務次官在任中は、海上自衛隊スパイ事件で処分を受けたが、紛争地への自衛隊の派遣、アメリカ同時多発テロに対するアフガニスタン侵攻の後方支援のための自衛艦派遣などを実施。
北村 歳治(きたむら としはる、1943年10月17日 - … 北村 歳治(きたむら としはる、1943年10月17日 - )は、日本の財務官僚、経済学者。早稲田大学教授などを務める。山梨県出身。 山梨県中巨摩郡鏡中條(現・南アルプス市)、酒造業北酒屋(酒銘は「若柳」、当主は代々荻衛門を襲名)の11代目として生まれる(その一族には、明治時代に北海道開拓の先駆となった北村三兄弟がいる)。元大蔵官僚、退官後は早稲田大学教授(2014年名誉教授)。この間、ウズベキスタンをはじめとする中央アジアと東南アジアに対する支援、及び、(国際会計監査問題に係る)公益監視委員会(PIOB)における国際活動。 なお、2016年春に瑞宝中綬章を授与される。 北村の教育・研究は、いずれも30年余の政府・国際機関等の実務を基盤にしている。
岡本 芳郎(おかもと よしろう、1943年10月5日 - )… 岡本 芳郎(おかもと よしろう、1943年10月5日 - )は、日本の農水官僚、政治家。学位は博士(農学)(東京大学・1997年)。自由民主党所属の元衆議院議員(2期)。 徳島県徳島市出身。徳島県立城南高等学校を経て、東京大学農学部農業工学科にて農学を修め農業工学科、1967年に卒業した。 大学卒業後、農林省に入省。徳島県庁耕地課長などを歴任し、1996年より農林水産省構造改善局次長を務めた。 2000年、第42回衆議院議員総選挙に徳島1区から出馬するも、仙谷由人に敗れた。2003年、第43回衆議院議員総選挙に比例四国ブロックより立候補し初当選。自由民主党内では平成研究会に所属した。2005年9月、第44回衆議院議員総選挙に出馬し、徳島1区で再び仙谷に敗れるも、比例四国ブロックで復活当選。
落合 俊雄(おちあい としお、1943年(昭和18年)9月2… 落合 俊雄(おちあい としお、1943年(昭和18年)9月28日 - 2015年3月6日)は、日本の通産官僚。元科学技術庁研究開発局長。従四位。瑞宝中綬章。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
山田 昭雄(やまだ あきお、1943年9月25日 - )は、… 山田 昭雄(やまだ あきお、1943年9月25日 - )は、日本の公取官僚・経済法学者。公正取引委員会事務総局審査局長や、同経済取引局長、公正取引委員会事務総長、公正取引委員会委員、公正取引協会会長、ジョーンズ・デイシニアアドバイザー等を歴任。 1967年北海道大学法学部卒業、公正取引委員会事務局入局。1996年取引部長。1997年審査局長。1998年経済取引局長。2000年公正取引委員会事務総長。2003年からは公正取引委員会委員を務めた。 2009年ジョーンズ・デイシニアアドバイザー。2010年第一三共監査役。2014年横浜ゴム監査役、綿半ホールディングス取締役。2015年大陽日酸取締役。 京都大学大学院法学研究科客員教授、同志社大学法学部客員教授、早稲田大学商学部客員教授なども務めた。
金子 善次郎(かねこ ぜんじろう、1943年(昭和18年)9… 金子 善次郎(かねこ ぜんじろう、1943年(昭和18年)9月24日 - )は、日本の自治官僚、政治家。自治省大臣官房審議官を最後に退官後、衆議院議員となり国土交通大臣政務官、厚生労働大臣政務官を歴任。旭日重光章受章。 山形県川西町出身。山形県立米沢興譲館高等学校を経て、1966年に一橋大学法学部を卒業(田上穣治ゼミナール)後、自治省(現・総務省)に入省。 1968年から外務省に出向し、北米第一課での勤務を経て、在シカゴ日本国総領事館領事を務め、1974年に自治省へ復帰。1976年から静岡県に出向し、静岡県商工企画課長や静岡県工業課長を務め、1982年からは埼玉県に出向し、同年に埼玉県労働部次長、1984年に埼玉県生活福祉部長、1986年には埼玉県企画財政部長へ就任した。
阪田 雅裕(さかた まさひろ、1943年〈昭和18年〉9月2… 阪田 雅裕(さかた まさひろ、1943年〈昭和18年〉9月20日 - )は、日本の大蔵官僚、弁護士。勲等は瑞宝大綬章。アンダーソン・毛利・友常法律事務所顧問、第一東京弁護士会所属。 大蔵省大臣官房審議官、内閣法制局総務主幹、内閣法制局第三部部長、内閣法制局第一部部長、内閣法制次長、内閣法制局長官などを歴任した。 和歌山県出身の大蔵官僚である。大蔵省においては、大臣官房参事官を経て審議官を務めた。のちに内閣法制局に出向し、総務主幹を経て、第三部や第一部の部長を務めるなど、要職を歴任した。2002年には内閣法制次長に就任した。2004年には秋山收の後任として内閣法制局長官に就任し、第2次小泉内閣から第3次小泉改造内閣にかけて同職を務めた。
阿部 孝夫(あべ たかお、1943年(昭和18年)9月18日… 阿部 孝夫(あべ たかお、1943年(昭和18年)9月18日 - )は、日本の政治家、自治官僚。神奈川県川崎市長(第15・16・17代)。元個人情報保護委員会委員(常勤、2014年1月1日~2019年1月1日)。 福島県信夫郡水保村(現福島市)生まれ。福島県立福島高等学校卒業。1967年(昭和42年)3月、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。同年4月、自治省に入省した。以後本省での勤務や外務省(本省、在サンフランシスコ日本国総領事館領事)、環境庁(環境管理課長)、埼玉県、茨城県(財政課長)、石川県(企画開発部長、商工労働部長、総務部長)への出向、自治大学校教授、市町村アカデミー教授・研修部長を経て、1992年(平成4年)に退官し北陸大学法学部教授。
高木 賢(たかぎ まさる、1943年〈昭和18年〉8月14日… 高木 賢(たかぎ まさる、1943年〈昭和18年〉8月14日 - 2024年〈令和6年〉11月24日)は、日本の農林官僚。第33代食糧庁長官。弁護士。
伊藤 庄平(いとう しょうへい、1943年8月10日 - )… 伊藤 庄平(いとう しょうへい、1943年8月10日 - )は、日本の労働官僚。労働事務次官を最後に退官し、厚生労働省顧問や労働者健康福祉機構理事長を務めた。クリスチャン。 福島県の建設業者の家に生まれる。福島県立安積高等学校を経て、一橋大学法学部卒業後、労働省入省。労働省同期には、長勢甚遠元法務大臣や、太田芳枝労働省初代女性局長らがいる。 労働事務次官や厚生労働省顧問等を歴任。また郷里の郡山市の経済人会会員も務めた。退官後は労働者健康福祉機構理事長を務めていたが、在任9年を迎え、長妻昭厚生労働大臣から理事長任期8年のルールに従い退任することを求められ退任。官僚の天下りに反発する世論が高まる中、後任の理事長には厚生労働省出身者ではなく公募により東京大学医学部附属病院副院長・教授の名川弘一が就任した。
淺見敏彦(あさみ としひこ、1943年7月12日 - )は、… 淺見敏彦(あさみ としひこ、1943年7月12日 - )は、日本の大蔵官僚。血液型はB型。東京都世田谷区経堂2丁目在住。大阪国税局長、大臣官房審議官(関税局担当)、印刷局長、日本酒造組合中央会副会長などを務めた。 愛知県豊橋市出身(父母も愛知県)。大阪府立天王寺高等学校、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業。1966年 大蔵省に入省(国有財産局総務課)。1971年7月 伊勢税務署長。 主計局法規課長補佐、主計局主計官補佐(総理府第二係主査)などを経て、1982年1月 大蔵大臣秘書官(事務担当)。1984年6月 主計局調査課長。1985年6月 主計局主計官(総理府、司法・警察担当)。1987年7月 銀行局特別金融課長。
嶋津 昭(しまづ あきら、1943年7月8日 - )は、日本… 嶋津 昭(しまづ あきら、1943年7月8日 - )は、日本の自治官僚。
武藤 敏郎(むとう としろう、1943年〈昭和18年〉7月2… 武藤 敏郎(むとう としろう、1943年〈昭和18年〉7月2日 - )は、日本の大蔵官僚、経済学者、実業家。株式会社大和総研理事長、言論NPOアドバイザーリポート、前学校法人開成学園理事長、元東京大学先端科学技術研究センター客員教授。
水谷英明(みずたに ひであき、1943年6月11日 - 19… 水谷英明(みずたに ひであき、1943年6月11日 - 1990年7月)は日本の大蔵官僚。証券局業務課長などを歴任。 東京都出身。東京都立新宿高等学校、東京大学法学部卒業。1967年 大蔵省入省(国際金融局総務課)。1972年7月 行橋税務署長。その後は主計局主計官補佐(通商産業第三係主査)などを務める。1983年6月 名古屋国税局直税部長。1984年6月 大臣官房企画官兼理財局総務課公共債特別調査室長兼理財局国庫課兼理財局国債課。1985年6月 総務庁人事局参事官。1987年7月 主計局主計官(地方財政、補助金、大蔵担当)。1989年6月 証券局業務課長。1990年7月 名古屋市中区錦1丁目の交差点で20代の男が運転する車に衝突し、死去。
松川 隆志(まつかわ たかし、1943年(昭和18年)6月7… 松川 隆志(まつかわ たかし、1943年(昭和18年)6月7日 - )は、日本の官僚。北海道開発事務次官、日本政策投資銀行副総裁、日本酒類販売社長などを務めた。血液型はB型。 都立小山台高校を経て、東京大学法学部第1類(私法コース)卒業後、1966年 大蔵省に入省。入省同期に、中山成彬、武藤敏郎、中島義雄、宗田勝博(関東財務局長)、剣持宣揚、藤井誠人など。大臣官房審議官、国税庁次長等を経て、1995年(平成7年)に北海道開発庁総務監理官に転じ、1997年(平成9年)に北海道開発事務次官に就任。 1998年(平成10年)に退官後は、自動車保険料率算定会副理事長、日本政策投資銀行副総裁を経て、2003年(平成15年)6月日本酒類販売に入社、副社長に就任。
中山 成彬(なかやま なりあき、1943年〈昭和18年〉6月… 中山 成彬(なかやま なりあき、1943年〈昭和18年〉6月7日 - )は、日本の政治家、大蔵官僚。 衆議院議員(8期)、文部科学大臣(第5代・第6代)、国土交通大臣(第10代)、経済産業副大臣(第2次森改造内閣)、日本維新の会・次世代の党両院議員総会長兼代議士会長、希望の党最高顧問、同代表(第2代)を歴任。 ラ・サール高等学校、東京大学法学部卒業後、大蔵省(当時)に入省。大臣官房企画官などを経て1982年に退官。翌1983年の第37回衆議院議員総選挙に旧宮崎2区から無所属で立候補したが落選。1986年の第38回衆議院議員総選挙で自民党公認で立候補し初当選。1993年の第40回衆議院議員総選挙で落選。
岡田 康彦(おかだ やすひこ、1943年6月1日 - )は、… 岡田 康彦(おかだ やすひこ、1943年6月1日 - )は、日本の大蔵・環境官僚、弁護士。環境事務次官などを歴任した。 愛知県宝飯郡出身。愛知県立時習館高等学校、東京大学法学部卒業。大学在学中に国家公務員上級試験で1位を取り(長野庬士と同点)、司法試験にも合格する。1966年に大蔵省に入省する。配属先は大臣官房財務参事官付。同期には長野のほか、武藤敏郎(東京五輪・パラリン競技大会組織委員会事務総長、日銀副総裁、初代財務事務次官、主計局長)、中島義雄(Kエナジー代表取締役、財政金融研究所長、主計局次長)、佐藤謙(世界平和研究所理事長、防衛事務次官)、中山成彬(国土交通大臣、文部科学大臣、初代経済産業副大臣)、中山恭子(拉致問題担当大臣、首相補佐官〈北朝鮮による拉致問題担当〉)らがいる。
圓藤 寿穂(えんどう としお、1943年(昭和18年)5月2… 圓藤 寿穂(えんどう としお、1943年(昭和18年)5月28日 - )は、日本の運輸官僚。政治家。元徳島県知事。 東京大学法学部卒業。徳島県板野町出身。父は香川大学名誉教授の圓藤眞一。 徳島県板野郡板野町出身。香川大学名誉教授である圓藤眞一の長男として生まれる。 東京大学法学部を卒業し運輸官僚になる。その後、1993年9月26日に自民党、社会党、公明党など7党推薦の無所属で徳島県知事に当選した。10月5日に、知事に就任した。 しかし、2002年3月4日に業際研事件に絡み、収賄容疑で逮捕される。同年3月15日に知事を辞職した。同年11月15日、懲役3年執行猶予4年追徴金800万円の有罪判決が確定した。
伊藤 英昌(いとう ひでまさ、1943年5月5日 - )は、… 伊藤 英昌(いとう ひでまさ、1943年5月5日 - )は、日本の造園系建設官僚。 千葉県出身[要出典]。1967年に東京大学農学部農業生物学科を卒業し、同年建設省に入省した[要出典]。 1985年当時は都市局都市計画課建設専門官を務めていた[要出典]。1996年時点では都市局公園緑地課長であった。その後、建設大臣官房審議官や、都市基盤整備公団理事となる。 2001年に、第23回日本公園緑地協会北村賞を受賞した。 退官後は、日本公園緑地協会会長(2015年時点)、2016年から2018年まで、日本造園修景協会会長(8代目)、日本造園学会副会長・理事[要出典]といった役職を歴任した。 2015年、瑞宝中綬章を授章した。
深田 烝治(ふかだ じょうじ、1943年(昭和18年)4月2… 深田 烝治(ふかだ じょうじ、1943年(昭和18年)4月21日 - )は、日本の官僚。元会計検査院事務総長。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
田中 節夫(たなか せつお、1943年4月 - )は、日本の… 田中 節夫(たなか せつお、1943年4月 - )は、日本の警察官僚。元警察庁長官。公益財団法人警察協会会長。 福井県鯖江市戸ノ口町出身。京都大学法学部卒。1966年警察庁入庁。警察庁長官では山本鎭彦以来となる非東大法学部出身者である。2013年、瑞宝重光章受章。 2002年退官、2006年6月から2012年6月日本自動車連盟会長、一般社団法人全日本指定自動車教習所協会連合会会長、2018年一般社団法人日本自動車運行管理協会顧問を歴任した。 2019年6月、公益財団法人警察協会会長に就任。
竹島 一彦(たけしま かずひこ、1943年3月16日 - )… 竹島 一彦(たけしま かずひこ、1943年3月16日 - )は、大蔵官僚。主計局主計官、主計局次長、大蔵省大臣官房総務審議官、経済企画庁長官官房長、第30代国税庁長官、初代内閣官房副長官補。第20代公正取引委員会委員長などを歴任。 村井七郎(三和銀行副頭取、大蔵省国際金融局長、財務参事官)は、義父にあたる。 首相官邸で政策調整に当たる内閣官房副長官補時代に、個人情報保護法の制定に携わり、法案の黒幕と名指しされた。また当時、被用者健康保険の本人負担2割から3割への引き上げに精力し、猛反発を乗り越え、制度改正する。 2002年7月より公正取引委員会委員長に就任。 在任中、独占禁止法の改正や談合や優越的地位の濫用等の監視・摘発の強化に尽力し、「吠えない番犬」から「戦う公取委」に脱皮させた人物と評価される。
伊佐山 建志(いさやま たけし、1943年 <昭和18年> … 伊佐山 建志(いさやま たけし、1943年 <昭和18年> 3月8日 - 2024年 <令和6年> 11月18日)は、日本の通産官僚、実業家。位階は従四位。元特許庁長官。2001年より日産自動車副会長。 静岡県出身。桐朋高校を経て、東京大学法学部第2類(公法コース)卒業後の1967年に、通産省入省。貿易局貿易振興部属。1971年 ハーバード大学ケネディ・スクール修了(行政修士) 。 1981年 ジェトロニューヨーク本部産業調査員、機械情報産業局航空機武器課長、産業機械課長、大臣官房会計課長、通商政策局経済協力部長などを経て、1994年7月通商政策局次長に。その間、米通商代表部との日米自動車交渉、日米半導体交渉に当たり、またAPEC、WIPO日本代表。
村井 温(むらい あつし、1943年(昭和18年)2月12日… 村井 温(むらい あつし、1943年(昭和18年)2月12日 - )は、日本の警察官僚、最終階級は警視監。綜合警備保障顧問。元会長。全国警備業協会会長、特定非営利活動法人日本防災士機構評議員。綜合警備保障元会長の村井恒夫の弟。初代内閣総理大臣官房調査室長、綜合警備保障の創業者として社長・会長を歴任した村井順の次男。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
目崎 八郎(めざき はちろう、1943年2月8日 - 202… 目崎 八郎(めざき はちろう、1943年2月8日 - 2025年7月30日)は日本の大蔵官僚。大阪税関長、大臣官房審議官(国際金融局担当)、国際通貨基金(IMF)理事などを歴任。血液型はO型。 新潟県南魚沼郡出身(父母も新潟県)。大阪府立清水谷高等学校を卒業し、京都大学法学部に進学。京都大学法学部卒業後は東京大学経済学部経済学科に学士入学。東京大学経済学部卒業。 1967年4月 大蔵省入省(主税局国際租税課)。 1971年5月から1974年7月まで外務省在フィリピン大使館に外交官として出向。 1990年7月 大臣官房会計課長。 1991年6月 大阪税関長。 1993年7月 大臣官房審議官(国際金融局担当)。
白川 一郎(しらかわ いちろう、1943年2月7日 - )は… 白川 一郎(しらかわ いちろう、1943年2月7日 - )は、日本の官僚・経済学者。 神奈川県生まれ。1965年慶應義塾大学経済学部卒、1968年同大学院経済学研究科修士課程修了。経済企画庁に入り、経済協力開発機構(OECD)、環境庁などを経て、調査局審議官を最後に退官、1995年立命館大学政策科学部教授、追手門学院大学教授を歴任。四国化成工学(株)社外取締役兼務。総務省「債務調整等に関する調査研究会」委員。
小滝 敏之(おたき としゆき、1943年(昭和18年)2月2… 小滝 敏之(おたき としゆき、1943年(昭和18年)2月2日 - )は、日本の官僚。元千葉経済大学学長。東京都出身。司法試験合格(1967年)。米国リトルロック市(アーカンソー州都)名誉市民、同リンカン市(ネブラスカ州都)名誉市民、同ハリスバーグ市(ペンシルヴェニア州都)名誉市民。瑞宝中綬章受章(2013年5月)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
新 欣樹(あたらし きんじゅ、1943年1月31日 - )は… 新 欣樹(あたらし きんじゅ、1943年1月31日 - )は、日本の官僚、実業家。
北 修爾(きた しゅうじ、1943年〈昭和18年〉1月28日… 北 修爾(きた しゅうじ、1943年〈昭和18年〉1月28日 - )は日本の通産官僚。阪和興業創業者北二郎の長男で、同社代表取締役社長として、バブル崩壊後叔父の北茂前社長の投資による多額の損失を被り経営危機にあった同社の再建を行った。 小林興起、広瀬勝貞、林康夫、森清圀生(ライフ社長、元通商政策局次長)、石黒正大(東京ガス副社長、元中小企業庁長官)、長藤史郎(荏原製作所常務執行役員)など。
宮林 正恭(みやばやし まさやす、1943年1月24日 - … 宮林 正恭(みやばやし まさやす、1943年1月24日 - )は、日本の官僚。リスク危機管理学者。松蔭大学観光メディア文化学部教授。元千葉科学大学副学長。博士(工学)。富山県高岡市出身。 この項目は、学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:人物伝/P:教育)。 この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。
木下 博夫(きのした ひろお、1943年(昭和18年)1月5… 木下 博夫(きのした ひろお、1943年(昭和18年)1月5日 - )は、日本の官僚。元国土事務次官。元阪神高速道路社長、現在は公益財団法人ワールドマスターズゲームズ2021関西組織委員会事務総長。静岡県出身。 京都大学農学部卒業後、建設省入省。都市局長、建設経済局長を経て国土庁に転じ、長官官房長を経て2000年(平成12年)国土事務次官。退官後は阪神高速道路公団副理事長、同理事長を経て、阪神高速道路社長に就任。現在は、公益財団法人ワールドマスターズゲームズ2021関西組織委員会の事務総長を務める。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
長谷川 憲正(はせがわ けんせい、1943年1月1日 - )… 長谷川 憲正(はせがわ けんせい、1943年1月1日 - )は、日本の政治家、郵政官僚。 参議院議員(1期)、総務大臣政務官、駐フィンランド特命全権大使などを歴任した。 郵政省官僚、駐フィンランド大使を経て、2004年に自由民主党から参議院に出馬し、初当選。 2005年に自由民主党を離党。国民新党旗揚げメンバーの一人として名を連ねるが、同年8月24日友党であった新党日本に同党の政党条件を満たすために期間限定で移籍。9月11日、新党日本へ離党届を提出し、国民新党へ復党した。この政党移籍はレンタル移籍と揶揄され、選挙互助会という批判があった。 全国郵便局長会顧問。政党代表者が招かれない定期総会に総務大臣と共に招かれた。
広野 允士(廣野 允士、ひろの ただし、1943年1月1日 … 広野 允士(廣野 允士、ひろの ただし、1943年1月1日 - )は、日本の通産官僚、政治家。 衆議院議員(1期)、参議院議員(2期)、参議院北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員長、民主党筆頭副幹事長、同参議院幹事長代理、同広報委員長、同富山県総支部連合会代表、国民の生活が第一副代表兼参議院議員会長、日本未来の党幹事(広報担当)、生活の党副代表・両院議員総会長・幹事会議長・富山県総支部連合会代表などを歴任。 選挙など政治活動の際には、姓を新字体、名を平仮名で表記した「広野ただし」名義を用いることが多いが、本名は漢字表記の「廣野允士」である。 富山県富山市出身。富山県立富山中部高等学校、東京大学工学部卒業後に通商産業省に技官で入省。
中名生 隆(なかのみょう たかし、1943年〈昭和18年〉 … 中名生 隆(なかのみょう たかし、1943年〈昭和18年〉 - )は、日本の経企官僚。元国民生活センター理事長、元経済企画事務次官。宮城県出身。 東京大学経済学部卒業後、経済企画庁に入庁。物価局審議官、国民生活局審議官を経て、1996年(平成8年)調査局長、1997年(平成9年)総合計画局長。1999年(平成11年)経済企画事務次官に就任。 2001年(平成13年)に退官し、連合総合生活開発研究所所長等を経て、2007年(平成19年)から国民生活センター理事長を務め、2010年に退任した。2020年より消費者教育支援センター理事長に就任した。 中名生の経済企画庁総合計画局計画官時代の部下に、日本専売公社から出向していた森永卓郎(現:経済アナリスト)がいた。
高木 勇樹(たかぎ ゆうき、1943年 - )は、日本の農水… 高木 勇樹(たかぎ ゆうき、1943年 - )は、日本の農水官僚。元農林水産事務次官。群馬県出身。 都立小石川高等学校、東京大学法学部(法学)卒業。1966年 農林省に入省する(林野庁林政部林政課)。課長補佐を経て、1981年 農林水産大臣秘書官事務取扱。1983年 砂糖類課長となる。食糧庁や林野庁の課長を経て、1992年 食糧庁管理部長。畜産局長、大臣官房長、食糧庁長官を歴任し、1998年 事務次官となる。異例の2年半在任し、2001年辞職する。
岡﨑 俊雄(おかざき としお、1943年 - )は、日本の官… 岡﨑 俊雄(おかざき としお、1943年 - )は、日本の官僚。元科学技術事務次官。 兵庫県出身。大阪大学工学部原子力工学科卒業後、科学技術庁入庁。長官官房審議官、原子力局長、科学審議官を経て、1998年(平成10年)科学技術事務次官に就任。 退官後は日本原子力研究所副理事長、同理事長を経て、2005年(平成17年)に日本原子力研究開発機構副理事長、2007年(平成19年)同理事長。もんじゅ運転再開に尽力し、再開後の2010年(平成22年)8月に理事長を退任。
梶村 皓二(かじむら こうじ、1943年〈昭和18年〉- )… 梶村 皓二(かじむら こうじ、1943年〈昭和18年〉- )は、日本の通産官僚。 大阪府生まれ。灘高等学校を経て、大阪大学基礎工学部電気工学科卒業、同大学院基礎工学研究科物理系修士課程修了。1968年に通商産業省工業技術院電気試験所に入所。同研究所企画室長・次長・所長を経て、1999年9月から工業技術院長。1991年から筑波大学連携大学院物質工学系教授を兼務。
畠中 信夫(はたけなか のぶお,1943年 - )は、日本の… 畠中 信夫(はたけなか のぶお,1943年 - )は、日本の労働官僚。退職後、白鷗大学教授などを歴任。 1968年中央大学法学部卒業、同年労働省入省、在ジュネーブ国際機関日本政府代表部参事官、北海道労働基準局長、中央労働委員会事務局次長、日本労働研究機構理事、労働保険審査会委員等を歴任。 その後、白鷗大学法学部教授。 労働官僚として労働安全衛生法、作業環境測定法、賃金の支払の確保等に関する法律等の法案作成に深く関わった。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
春田 尚徳(はるた ひさよし、1943年 - )は、元官僚、… 春田 尚徳(はるた ひさよし、1943年 - )は、元官僚、大学教員。工学博士(東京大学)。専門は都市政策・経済政策・経営管理。 1966年 東京大学工学部都市工学科卒業後、経済企画庁(名古屋大学へ赴任前に総括主任研究官を歴任)に入り、国土庁(計画調節局計画課長などを歴任)、大蔵省、国連事務局人間居住委員会、通産省等に勤務。途中でハーバード大学大学院留学、ペンシルベニア大学大学院修了。その後、名古屋大学工学部教授(途中より建築学科長)、会社社長、多摩大学経営情報学部・大学院経営情報学研究科教授(いずれも1999年度~2012年度)、中央大学兼任講師。その他、慶應義塾大学清華大学中国西部地域振興政策研究委員、日越・日ポーランド・日ウズベキスタン・日モンゴル・日グルジア中枢政策支援協力など。
細井 為行(ほそい ためゆき、1943年 - )は、日本の弁… 細井 為行(ほそい ためゆき、1943年 - )は、日本の弁護士、警察官僚。
垣見 隆(かきみ たかし、1942年〈昭和17年〉12月27… 垣見 隆(かきみ たかし、1942年〈昭和17年〉12月27日 - )は、日本の警察官僚。弁護士。元警察大学校長。静岡県浜松市出身。 東京大学法学部卒業後、警察庁に入庁。警察庁長官官房審議官(警備局担当)、警察庁長官官房長を経て、1993年(平成5年)刑事局長に就任。 一連のオウム真理教事件に対する捜査の最高責任者であった。 1995年(平成7年)警察大学校長に異動。本人は更迭と受け止めた。1996年(平成8年)、退職勧奨を受け満53歳で退官。 1999年(平成11年)に弁護士登録し、以後、住友電気工業、日本コムシス、コムシスホールディングス、熊谷組で監査役を務めた。